2009年7月9日木曜日

*I ashame myself

●消息(身勝手な好奇心)

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どうしてこんな、おかしな夢を見るのか?
ときどき、見る。
で、今朝は、起きがけに、高校時代の友人の
AK君の夢を見た。
AK君の実兄が、10年ほど前、自ら命を絶った
という話は聞いていた。
重い精神疾患を、長い間患っていた。
私はその話を、2年前、中学の同窓会で
聞いた。

ところが、今朝、そのAK君が夢に出てきた。
その10年くらい前までは、年に1、2度、
我が家へ遊びに来てくれていた。
奥さんとも電話でよく話した。
が、そのころ、音信がプツリと切れた。

夢の中で、AK君が、こう言った。
「ぼくも、今度兄貴と同じように、自殺したよ」と。

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●電話

 何があってもおかしくない。
私もそういう年齢になった。
だからというわけでもないが、何を聞いても、このところ驚かなくなった。
知人が死んだとか、そういう話でも、淡々と聞き流せるようになった。
知人の大病についても、そうだ。
「つぎはぼくかなあ……」と。

 しかしこういう夢は気になる。
私自身はスピリチュアル(霊)的な力といものを、信じていない。
またそんな力が、私にあるなどとは思っていない。
夢というのは、脳の奥深くに潜む潜在意識、さらにその下の無意識が具現化したもの。
そこにある(意識できない意識)が、勝手な想像をする。
今朝見た夢もそうだ。
しかし気になる。……気になった。

 が、こういう話は、自分で確かめておく必要がある。
しっかりと自分なりに結論を出しておく必要がある。
一度は、それをしておかねばならない。

 AK君の実家は、もう一人の兄が引き継いでいる。
名前も知っている。
さっそく(104)に電話をかけ、電話番号を確かめる。
つづいて、AK君の実家に電話を入れる。

 AK君自身も、実は、数年前から、重い精神病を患い、現在は、名古屋市の
そうした病院に入院している。
数年前に一度、見舞いに行ったきりになっている。

 電話には、AK君の妹氏が出た。
私は自分の名前と立場、それにたがいの関係をしっかりと話したあと、妹氏に聞いた。

私「AK君は、元気ですか?」
妹「……まだ名古屋の病院に入ったままです……」と。

●思いすごし

 やはり私の思いすごしだった。
AK君は、自殺など、していなかった。
よかった。
先日も、同じような夢を見たとき、ワイフがこう言った。
「あなたには、そういう超能力があるのかもしれないわ」と。
私は、笑って、吐き捨てた。
「バカなこと言うな」と。

 こういう話は、映画の世界ではおもしろい。
死んだ人が、その能力のある人のところへやってきて、挨拶をする……。
しかし現実の世界の話ではない。
現実の世界では、ありえない。
それを今回、確かめてみた。……みたかった。
結果、私の思いすごしだった。……ということがわかった。
やはり夢は夢。
ただのいたずら。
脳の、奥深くに住む意識が、勝手に想像しただけ。
それを知って、安心した。

私「お元気なら、それでいいです」
妹「何か、伝言があれば、伝えておきますが……」
私「いいです。今朝、AK君の夢を見たので、それで気になって電話をしただけですから」
妹「ご心配かけて、すみません」と。

 妹氏の話は、AK君からよく聞いていたが、声を聞いたのは、今朝がはじめてだった。
しかし……。
こうして私のまわりから、1人、2人……と、人が消えていく。
この淡々とした静けさこそが、不気味。
それを傍観しながら、どうして私はこんなにも冷静でいられるのか?
私はそれほどまでに、心の冷たい人間になってしまったのか?
こうした現象は、私だけに起きているものなのか?
それとも、ある一定以上の年齢になると、みな、そう考えるようになるのか?

 加えて、何というニヒリズム。
……私がAK君の実家に電話をしたのも、AK君を心配したからではない。
ただ単なる好奇心。
イヤ~ナ好奇心。
それも自分の(思い込み)を確かめるための電話。
もっと言えば、ときどき見るおかしな夢を、自ら、否定するため。
わかりやすく言えば、自分のエゴ。
が、どうして私は、こんな残酷なことができるのか。

 ……このところ私の精神状態は、あまりよくない。
だから、こんな夢を見る。
そして意味のない電話をしてしまう。

そうそう気分を入れ替えるため、今日は、ワイフと近くの温泉に行くつもり。
夜9時まで入れば、11時まで、入浴できるという。
中で、軽い食事もできるという。
一度、そこで心をリフレッシュしてくる。

(付記)
 世の中には、他人の不幸をのぞいては、それを楽しむ人たちがいる。
そういう低レベルな人たちがいる。
それをするのは、その人の勝手だが、されたほうは、たまらない。
そうした行為は、グサリと胸に突き刺さる。
胸をえぐられるような悲しみと言ってもよい。

 だから……。

 他人の不幸は、のぞいてはいけない。
世の中には、知らなくてもよいことは、山のようにある。
(一方、知らなければならないことも、山のようにあるが……。)
のぞけばのぞくほど、自分の品位をさげる。
よい例が、モーニングショー(テレビ)のゴシップ番組。

見るからに低俗なレポーターが、さも知ったかぶりをして、タレントたちのゴシップを
追いかけている。
ああいうことばかりしていると、ああいう人間になる。……なってしまう。

 そういう意味でも、ある一定の年齢になったら、つきあう人を選ぶ。
「選ぶ」といっても、勇気のいることだが、その勇気がないと、いつの間にか、
自分自身も低俗になってしまう。
が、それこそ、時間のムダ。
人生のムダ。

(付記2)

そこに不幸な人がいるなら、静かに、そっとしておいてやろう。
相手から何かを求めてきたら、すかさずそれに応じてやればいい。
しかしそれまで、静かに、そっとしておいてやろう。
まちがっても、人の不幸をのぞいてはいけない。
確かめてはいけない。

今朝の反省より。

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