2009年7月4日土曜日

*Essays on House Education (July 4th)

ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(301)

●会話でわかるママ診断

(過干渉ママの会話)私、子ども(年中児)に向かって、「きのうは、どこへ行ったの?」、母、会話をさえぎりながら、「きのうは、おじいちゃんの家に行ったわよね。そうでしょ」、再び私、子どもに向かって、「そう、楽しかった?」、母、再び会話をさえぎりながら、「楽しかったわね。そうでしょ。だったら、そう言いなさい」と。

(親意識過剰ママの会話)母、子ども(四歳)に向かって、「楽チィワネエ~、ママとイッチョで、楽チィワネエ~」「おいチィー、おいチィー、このアイチュ、おいチィーネー」と。
(溺愛ママの会話)私、子ども(年長男児)に向かって、「あなたは大きくなったら、何になりたいのかな?」、母、子どもに向かって、「○○は、おとなになっても、ズ~と、ママのそばにいるわよねエ。どこへも行かないわよねエ~」と。

(過関心ママの会話)母、近所の女性に、「今度英会話教室の先生が、今まではイギリス人だったのですが、アイルランド人に変わったというではありませんか。ヘンなアクセントが身につくのではと、心配です」と。

(権威主義ママの会話)母、子どもに向かって、「親に向かって、何てこと、言うの! 私はあなたの親よ!」と。

(子ども不信ママの会話)子どもの話になると顔を曇らせて、「もう五歳になるのですがねエ~。こんなことでだいじょうぶですかネ~?」と。……などなど。

 会話を聞いていると、その親の子育て観が何となくわかるときがある。もっともここに書いたような会話をしたからといって、問題があるというわけではない。人はそれぞれだし、私はもともとこういうスパイ的な行為は好きではない。ただ職業柄、気になることはたしかだ。(だから電車などに乗っても、前に親子連れが座ったりすると、席をかわるようにしている。ホント!) 

 英語国では、親はいつも「あなたは私に何をしてほしいの?」とか、「あなたは何をしたいの?」とか、子どもに聞いている。こうした会話の違いは、日本を出てみるとよくわかる。どちらがどうということはないが、率直に言えば、日本人の子育て観は、きわめて発展途上国的である。教育はともかくも、こと子育てについては、原始的なままと言ってもよい。家庭教育の充実が叫ばれているが、そもそも家庭教育が何であるか、それすらよくわかっていないのでは……? 旧態依然の親子観が崩壊し、今、日本は、新しい家庭教育を求めて模索し始めている段階と言ってもよい。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(302)

●家庭教育の過渡期

 家庭における教育力が低下したとは、よく言われる。しかし実際には低下などしていない。30年前とくらべても、親子のふれあいの密度は、むしろ濃くなっている。教育力が低下したのは、教育力そのものが低下したと考えるのではなく、価値観の変動により、家庭教育そのものが混乱しているためと考えるほうが正しい。

 昔は、親の権力は絶対で、子どもは問答無用式にそれに従った。つまり昔は、そういうのを「教育力」(?)と言った。しかし権威の崩壊とともに、親の権力も失墜した。と、同時に、家庭の中の教育力は低下し、その分、混乱した。しかし混乱した本当の原因は、実のところ親の権威の失墜でもない。混乱した本当の原因は、それにかわる新しい家庭教育観を組み立てられなかった日本人自身にある。家庭における教育力の低下は、あくまでもその症状のひとつにすぎない。

そこで教育力そのものの低下にどう対処するかだが、それには二つの考え方がある。ひとつは、だからこそ、旧来の家庭観を取り戻そうという考え方。「親の威厳は必要だ」「父親は権威だ」「父親にとって大切なのは、家庭における存在感だ」と説くのが、それ。もうひとつは、「新しい家庭観、新しい教育観をつくろう」という考え方。どちらが正しいとか正しくないとかいう前に、こうした混乱は、価値観の転換期によく見られる現象である。たとえば一九七〇年前後のアメリカ。

 戦後、アメリカは、戦勝国という立場で未曾有の経済発展を遂げた。まさにアメリカンドリームの時代だった。が、そのアメリカは、あのベトナム戦争で、手痛いつまずきを経験する。そのころアメリカにはヒッピーを中心とする、反戦運動が台頭し、これがアメリカ社会を混乱させた。旧世代と新世代の対立もそこから生まれた。その状態は、今の日本にたいへんよく似ている。

たとえば私たちが学生時代のころは、安保闘争に代表されるような「反権力」が、いつも大きなテーマであった。それが、尾崎豊や長渕剛らの時代になると、いつしか若者たちのエネルギーは、「反世代」へとすりかえられていった。この日本でも世代間の闘争がはげしくなった。わかりやすく言えば、若者たちは古い世代の価値観を一方的に否定したものの、新しい価値観をつくりだすことができなかった。まただれもそれを提示することができなかった。ここに「混乱」の最大の原因がある。

 今は、たしかに混乱しているが、新しい家庭教育を確立する前の、その過渡期にあるとみてよい。あのアメリカでは、こうした混乱は一巡し、いろいろな統計をみても、アメリカの親子は、日本よりはるかによい関係を築いている。ただひとつ注意したい点は、さきにも書いたように、こうした混乱を利用して、復古主義的な家庭教育観も一方で力をもち始めているということ。

中には封建時代の武士道や、さらには戦前の教育勅語までもちだす人がいる。しかし私たちがめざすべきは、混乱の先にある、新しい価値観の創設であって、決して復古主義的な価値観ではない。前に進んでこそ、道は開ける。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(303)

●数は生活力

 計算力は訓練で伸びる。訓練すればするほど、速くなる。同じように、「教科書的な算数」は、学習によってできるようになる。しかしこれらが本当に「力」なのかということになると、疑わしい。疑わしいことは、きわめてすぐれた子どもに出会うと、わかる。

 O君(小3)という子どもがいた。もちろん彼は方程式などというものは知らない。知らないが、中学で学ぶ一次方程式や連立方程式を使って解くような問題を、自分流のやり方で解いてしまった。たとえば「仕入れ値の30%ましの定価をつけたが、売れなかったので、定価の2割引で売った。が、それでも80円の利益があった。仕入れ値はいくらか」という問題など。それこそあっという間に解いてしまった。こういう子どもを「力」のある子どもという。

 が、一方、そうでない子どもも多い。同じ小学三年生についていうなら、「10個ずつミカンの入った箱が、3箱ある。これらのミカンを、6人で分けると、1人分は何個ですか」という問題でも、解けない子どもは、解けない。かなり説明すれば解けるようにはなるが、少し内容を変えると、もう解けなくなってしまう。

「力」がないというよりは、問題を切り刻んでいく思考力そのものが弱い。「そんな問題、どうでもいい」というような様子を見せて、考えることそのものから逃げてしまう。そんなわけで私は、いつしか、「数は生活力」と思うようになった。「減った、ふえた」「取った、取られた」「得をした、損をした」という、ごく日常的な体験があって、子どもははじめて「数の力」を伸ばすことができる、と。こうした体験がないまま、別のところでいくら計算力をみがいても、また教科書を学んでも、ムダとは言わないが、子どもの「力」にはほとんどならない。

 ……と書いたが、こんなことはいわば常識だが、こうした常識をねじ曲げた上で、現在の教育が成り立っているところに、日本の悲劇がある。教育が教育だけでひとり歩きしすぎている。子どもたちが望みもしないうちから、「ほら、1次方程式だ、2次法手式だ」とやりだすから、話がおかしくなる。もっといえば、基本的な生活力そのものがないまま、子どもに勉強を押しつける……。

ちなみに東京理科大学理学部の澤田利夫教授が、こんな興味ある調査結果を公表している。小学6年生についてみると、「算数が嫌い」と答えた子どもが、2000年度に30%を超えた(1977年は13%前後)。反対に「算数が好き」と答えた子どもは、年々低下し、2000年度には35%弱しかいないそうだ。原因はいろいろあるのだろうが、「日本の教育がこのままでいい」とは、だれも考えていない。

むずかしい話はさておき、子どもの「算数の力」を考えたら、どこかで子どもの生活力を考えたらよい。それがやがて子どもを伸ばす、原動力になる。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(304)

●風邪薬は予防薬にはならない

 風邪薬をいくらのんでも風邪の予防にはならない。同じように、テストをいくらしても、頭がよくなるということはない。(テストを受ける要領がうまくなり、見かけの点数があがることはある。)子どもの「力」は、生活の場で、実体験をともなってはじめて、伸びる。言いかえると、生活の場で、実体験のともなわない知識教育は、ほとんど意味がない。まったくないとは言わないが、しかし苦労の割には身につかない。あまりよいたとえではないかもしれないが、たとえば英語教育がある。

 私は高校生のとき、英語の教師から、「pass(過ぎる)とpurse(サイフ)は発音が違う。よく覚えておけ」と、教えられたことがある。教師の発音では、どこがどう違うかわからなかった。だからテスト勉強では、「passは、パース、purseもパース、発音が違う」などと覚えた。今から思うと、何ともイイカゲンな勉強法だが、当時はそれが当たり前だった。で、英語のテストの点はよかったが、私の話す英語など、まったく役にたたなかった。

 こうした「イイカゲン性」は、ほとんどあらゆる勉強に見られる。そのサエたるものが、受験勉強。先日も中学生(中3男子)が、「長野の高原野菜、浜名湖のウナギ、富山のチューリップ……」と声を出して覚えていた。そこで私が「高原野菜って、何?」と聞くと、「知らない」と。ついでに私が、「今では浜名湖のウナギはいないぞ。ぜんぶ養殖だし、それにほとんどが中国から輸入されている」「富山のチューリップより、袋井市にある『ユリの園』のユリのほうが、よっぽどきれいだ」と言うと、その中学生は吐き捨てるようにこう言った。「いちいちうるさいナ~。いいの、これで!」と。

 ともすれば私たちは子どもに勉強を教えながら、その風邪薬のようなことをしてしまう。またそれをもって教育と思いこんでしまう。しかししょせん、風邪薬は風邪薬。たくさんのんだからといって、風邪の予防にはならない。もちろん健康にもならない。あなたの子どもの勉強も、一度同じような視点から見つめなおしてみてほしい。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(305)

●受験の神様?

 日本のどこかに「受験の神様」というのが祭ってあるという。その季節になると、多くの親や受験生が、その神社を訪れるらしい。しかし……。

 だいたいにおいて、信者に個人的な利益をもたらす神や仏がいるとしたら、インチキと考えてよい。いわんやそれで信者を金持ちにしたり、受験に合格させたりしたら、ますますインチキと考えてよい。

 実のところ私も若いころは結構、信仰深い(?)ところがあった。しかしあるとき、『原爆の少女・サダコ』を読んだときから、自分のために祈ることをやめた。「私より何千倍も真剣に祈った人がいる。私より何千倍も神や仏の力を必要とした人がいる」と、そんなふうに考えたら、もう祈れなくなってしまった。「私の願いをかなえてくれるくらいなら、私はいいから、サダコのような女性の願いをかなえてやってほしい」とも。

 私は「信仰」を否定するものではない。ないが、信仰するとしたら、それは他人のためにするものだと思っている。自分のためではない。あくまでも他人のためだ。言いかえると、自分のために信仰している間は、それは本当の信仰ではない。それがわからなければ、神や仏の立場になってみればよい。

……いや、実のところ、教育というのは、宗教と紙一重のところがある。私は神や仏は、もともとは教師ではなかったかと思うときがよくあるが、たとえばあなたのところへ一人の受験生がやってきて、「先生、どうか○○大学に合格させてください」と言ったとしたら、あなたは何と答えるだろうか。あるいは「先生、毎晩、あなたの家に向かって、真剣に祈っていますから、どうか願いをかなえてください」と言ったとしたら、あなたは何と答えるだろうか。きっとあなたはこう言うにちがいない。「バカなことはやめなさい。自分のことは自分でしなさい」と。

もしあなたがその神や仏で、そんなことで受験生の願いをかなえてやったとしたら、その受験生は、かえってダメになってしまうかもしれない。人間的に堕落してしまうかもしれない。しかしもしあなたのところへ一人の受験生がやってきて、「ぼくはいいから、不幸な○○さんをどうか合格させてやってください」と祈ったとしたら、あなたは少しは心を動かされるかもしれない。

 そこで「他人のために祈る」ということになる。が、結局のところ、だれのために祈ったらよいのか、私にはわからない。わからないから、祈りようがない。つまり私は祈らない。たとえ私に生死をさまような大病がふりかかったとしても、私は祈らない。もしそれで私の病気を神や仏がなおしてくれたとしたら、私は反対にその神や仏をうらむ。「そんな力があるなら、どうしてサダコを救ってやらなかったのだ!」と。

 要するに「受験の神様」など、インチキだということ。あんなのに祈っても、気休めにもならない。「信仰」という名前すら、泣く。こうしてエッセイにするのもバカらしいが、一度は書いておかねばならない問題なので、こうして書くことにした。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(306)

●善人と悪人

 人間もどん底に叩き落とされると、そこで二種類に分かれる。善人と悪人だ。そういう意味で善人も悪人も紙一重。大きく違うようで、それほど違わない。私のばあいも、幼稚園で講師になったとき、すべてをなくした。母にさえ、「あんたは道を誤ったア~」と泣きつかれるしまつ。

私は毎晩、自分のアパートへ帰るとき、「浩司、死んではダメだ」と自分に言ってきかせねばならなかった。ただ私のばあいは、そのときから、自分でもおかしいと思うほど、クソまじめな生き方をするようになった。酒もタバコもやめた。女遊びもやめた。

 もし運命というものがあるなら、私はあると思う。しかしその運命は、いかに自分と正直に立ち向かうかで決まる。さらに最後の最後で、その運命と立ち向かうのは、運命ではない。自分自身だ。それを決めるのは自分の意思だ。だから今、そういった自分を振り返ってみると、自分にはたしかに運命はあった。しかしその運命というのは、あらかじめ決められたものではなく、そのつど運命は、私自身で決めてきた。自分で決めながら、自分の運命をつくってきた。が、しかし本当にそう言いきってよいものか。

 もしあのとき、私がもうひとつ別の、つまり悪人の道を歩んでいたとしたら……。今もその運命の中に自分はいることになる。多分私のことだから、かなりの悪人になっていたことだろう。自分ではコントロールできないもっと大きな流れの中で、今ごろの私は悪事に悪事を重ねているに違いない。が、そのときですら、やはり今と同じことを言うかもしれない。「そのつど私は私の運命を、自分で決めてきた」と。……となると、またわからなくなる。果たして今の私は、本当に私なのか、と。

 今も、世間をにぎわすような偉人もいれば、悪人もいる。しかしそういう人とて、自分で偉人になったとか、悪人になったとかいうことではなく、もっと別の大きな力に動かされるまま、偉人は偉人になり、悪人は悪人になったのではないか。

たとえば私は今、こうして懸命に考え、懸命にものを書いている。しかしそれとて考えてみれば、結局は自分の中にあるもうひとつの運命と戦うためではないのか。ふと油断すれば、そのままスーッと、悪人の道に入ってしまいそうな、そんな自分がそこにいる。つまりそういう運命に吸い込まれていくのがいやだからこそ、こうしてものを書きながら、自分と戦う。……戦っている。

 私はときどき、善人も悪人もわからなくなる。どこかどう違うのかさえわからなくなる。みな、ちょっとした運命のいたずらで、善人は善人になり、悪人は悪人になる。今、善人ぶっているあなただって、悪人でないとは言い切れないし、また明日になると、あなたもその悪人になっているかもしれない。そういうのを運命というのなら、たしかに運命というのはある。何ともわかりにくい話をしたが、「?」と思う人は、どうかこのエッセイは無視してほしい。このつづきは、別のところで考えてみることにする。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(307)

●教育と医学

 たとえば一人の子どもがいる。彼は「○○症」と言われる子どもである。そういうとき、つまりその子どもを見る目は、教育と医学ではまったく違う。まず第一に、教育では子どもを診断し、ついで診断名をくだすことはしない。またしてはならない。だから「そうではないか?」と思いつつも、あるいは知っていても知らぬフリをして教育を進める。一方、医学では、まず診断名を確立し、その上で、「治療」を開始する。

 また指導という段階でも、教育と医学とではまったく違うとらえ方をする。たとえばその子どもが何かと問題を起こして、クラスを混乱させたとしても、教育ではいつも「全体の問題」として、それを考える。クラスが混乱したら、「混乱したクラス」を問題にする。が、医学では当然のことながら、個人を対象に治療をすすめる。

 さらに教育では、いつも親や子どもに希望を与えることを大切にする。仮に「たいへんなおりにくい問題」とわかっていても、「何とかしましょう」と言って、指導を開始する。医学では「治す」ことを考えるが、教育では、「よりよくする」ことだけを考える。またそれでよしとする。

 こうした教育と医学の違いは、そのつど教師ならだれでも経験することである。が、それが原因で、教師自身が大きなジレンマに陥ることがある。たとえば「先天的な問題」をもった子どもがいる。しかしいくらそうでも、教師は、「先天的」という言葉を使わない。「先天的」という言葉を使うこと自体、教育の放棄、つまり敗北と考える。が、それを親のほうから指摘してくることがある。

「うちの子の問題は、先天的なもので、私の育て方の問題ではありません」と。親としては、精一杯、自分の育て方についての責任を回避する意味でそう言うのだろうが、しかしそう言われてしまうと、教師としてはつぎに打つ手がなくなってしまう

さらに知識だけはやたらと豊富で、「遺伝子レベルで、この問題は解明されつつあります」とあれこれ説明してくれるが、それで終わらない。つづけてこう言う。「親に責任があるという世間に偏見の中で苦しんでいる親も多いはず」と。だれも親の責任など追及していないのだが、そう言う。

 教育と医学は、基本的な部分で違う。しかしそれを混同すると、教育そのものが成り立たなくなる。教育と医学は、いつも分けて考えなければならない。
 




ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(308)

●意識の違い

 意識は脳のCPU(中央演算装置)の問題だから、仮に自分の意識がズレていても、それに気づくことは、まずない。とくに教育の世界では、そうだ。

 今から30年前、私はオーストラリアの大学で学んでいたときのことだが、向こうの教授たちは平気で机の上に座っていた。机に足をかけて座っている教授すらいた。今でこそ笑い話だが、こうした光景は当時の日本の常識では考えられないことだった。

さらにその少し前、東京オリンピックがあった(1964年)。その入場式のときのこと。日本の選手団は一糸乱れぬ入場行進をして、高い評価(?)を受けた。当時ですら、アメリカの選手団はバラバラだった。私はそのとき高校生だったが、「アメリカの選手たちはだらしない」と思った。しかし……。

 一方、10年ほど前だが、こんなこともあった。アメリカ人の女性が私に、「ヒロシ、不気味だった」と言って、こんな話をしてくれた。何でもその女性が海で泳いでいたときのこと。どこかの女子高校生の一団が、海水浴にきたというのだ。「どうして?」と聞くと、その女性は、「みんな、ブルーの水着を着ていた!」と。

つまりその女性は、日本の高校生たちがみな、おそろいのブルーの水着を着ていたことが、不気味だったというのだ。が、私には、その女性の意識が理解できなかった。「日本ではあたりまえのことだ」とさえ思った。思って、「では、アメリカではどうなのか」と聞くと、こう言った。「アメリカでは、みんなバラバラの水着を着ている」と。

 このアメリカ人の女性の意識については、それからしばらくしてから、理解できるようになった。ある日のこと、当時のマスコミをにぎわしていたO教団という宗教団体があった。その教団の信者たちが、どこかふつうでない白い衣装を身にまとい、頭にこれまたふつうでない装置(?)をつけて、道を歩いていた。その様子がテレビで報道されたときのこと。私にはそれがぞっとするほど不気味に見えた。と、同時に、「ああ、あのときあのアメリカ人の女性が感じた不気味さというのは、これだったのだ」と思った。

 意識というのは、そういうものだ。人にはそれぞれに意識があり、その意識を基準にしてものを考える。しかしその意識というのは、決して絶対的なものではない。その人の意識というのは、常に変わるものであり、またそういう前提で自分の意識をとらえる。今、おかしいと思っていることでも、意識が変わると、おかしくなくなる。

反対に、今、おかしくないことでも、意識が変わると、おかしくなる。たとえば今、北朝鮮の人たちが、一糸乱れぬマスゲームをしているのを見たりすると、それを美しいと思う前に、心のどこかで違和感を覚えてしまう。が、もし30年前の私なら、それを美しいと思うかもしれないのだが……、などなど。

 進歩するということは、いつも自分の意識を疑ってみることではないか。言いかえると、自分の意識を疑わない人には、進歩はない。とくに教育の世界では、そうだ。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(309)

●固い粘土は伸びない

 伸びる子どもと伸び悩む子どもの違いといえば、「頭のやわらかさ」。頭のやわらかい子どもは伸びる。そうでない子どもは伸び悩む。たとえば頭のやわらかい子どもは、多芸多才。趣味も特技も幅広く、そのつどそれぞれの分野で、自分を楽しませることができる。子どもにいたずらはつきものだが、そのいたずらも、どこかほのぼのとした子どもらしさを覚えるものが多い。食パンをくりぬいて、トンネルごっこ。スリッパをつなげて、電車ごっこなど。

 一方伸び悩む子どもは、融通がきかない。ある子どもとこんな会話をしたことがある。子、「まちがえたところはどうするのですか?」、私、「なおせばいい」、子「消しゴムで消すのですか」、私「そうだ」、子「きれいに消すのですか」、私「そうだ」と。実際、小学三年生の子どもとした会話である。

 簡単な見分け方としては、ひとりで遊ばせてみるとよい。頭のやわらかい子どもは、身の回りからつぎつぎと新しい遊びを発見したり、発明したりする。そうでない子どもは、「退屈ウ~」とか、「もうおうちに帰ろウ~」とか言ったりする。遊びそのものが限定されている。また同じいたずらでも、知恵の発達が遅れ気味の子どもは、とんでもないいたずらをすることが多い。
先生のコップに殺虫剤を入れた中学生や、うとうとと居眠りしている先生の顔の下に、シャープペンシルを突きたてた中学生などがいた。その先生はそのため、あやうく失明するところだった。幼児でも、コンセントに粘土をつめたり、溶かした絵の具をほかの子どもの頭にかけたりする子どもがいる。常識によるブレーキが働かないという意味で、心配な子どもということになる。

 頭をやわらかくするためには、意外性を大切にする。子どもの側からみて、「あれっ」と思うような環境をいつも用意する。私も最近、こんな経験をしたことがある。オーストラリア人の夫婦を、ホームステイさせたときのこと。彼らは朝食に、白いご飯にチョコレートをかけて食べていた。

それを見たとき、私の頭の中で「知恵の火花」がバチバチと飛ぶのを感じた。それがここでいう意外性ということになる。言いかえると、単調で変化のない生活は、子どもの知能の大敵と考える。生活の中に、いつも新しい刺激を用意するのは、子どもを伸ばす秘訣であると同時に、親の大切な役目ということになる。

 



ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(310)

●世間体

 Yさん(84歳女性)という女性がいる。近所では「仏様」と呼ばれている。そのYさんについて、娘のKさん(60歳)が、こう話してくれた。「いまだにサイフの中には札束を入れて歩くのですよ」と。つまりその札束を、そのつど、これ見よがしに人に見せつけるのだという。「スーパーのレジの女の子にさえそれをするから、お母さん、もうそんなことをやめなさいと言うのですが、もうそれがわかる年齢でもないようです」と。世間体をとりつくろう人は、そこまで神経をつかう。

 ちょうどこの話を聞いたとき、北朝鮮では「アリラン」という祭典が催された(02年春)。ずいぶんと盛大な祭典だったようだ。その祭典について、読売新聞社の記者が、こんな記事を書いている(同年5月2日)。

「(D百貨店では)、記者団の到着とともに明かりがともり、エレベータが動き出した」「取材日程に組み込まれた庶民用のD百貨店も、衣類、電化製品、缶詰、調味料など品数と種類は多かったが、ただ購入している人はほとんどみかけなかった」「一方、ピョンヤンのアパートが立ち並ぶ一角の食料品店で陳列棚にあったのは、惣菜類入っているらしい金属製の容器3つだけだった」などなど。読売新聞社の記事だから、それ以上のことは書いてなかったが、世間体をとりつくろう(国)は、そこまで神経をつかう。

 世間体を気にする人というのは、それだけ自分のない人とみてよい。しかも世間体と自分は、反比例する。世間体を気にすればするほど、自分がなくなる。先のYさんだが、家計は火の車だが、冠婚葬祭にだけは惜しみなくお金を使う。法事にしても、たいてい近くの料亭を借りきって催している。が、それだけではない。

本当の悲劇は、世間体を気にする人は、自分がない分だけ、他人に心を許さない。他人どころか、身内にすら心を許さない。つまりそれだけ心のさみしい人とみる。たとえば娘のKさんが、Yさんを旅行に連れていったとする。そのときYさんにとって大切なのは、「娘が旅行に連れていってくれた」という事実なのだ。自分の仲間たちの間で、「息子や娘の親孝行ぶり」を、自慢するためである。こう書くと、信じられない人には信じられない話かもしれないが、もともと意識そのものがズレているから、このタイプの人はそう考える。もっというと、世間体を気にする人は、そこまで神経をつかう。

 さてあの北朝鮮。結局は犠牲になっているのは、その国民だと思うのだが、ある女子工員(縫製工場従業員の一人)はこう言っている。「もっと生産性をあげ、将軍様(金正日総書記)に喜びを与えたい(と話した)」(読売新聞)と。これについては、私もコメントを書くわけにはいかないので、読者の皆さんで考えてみてほしい。人間は教育(?)によって、ここまでつくられる!





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(311)

●心の貧しい人たち

 金持ちでも心の豊かな人。金持ちでも心の貧しい人。貧乏でも心の豊かな人がいる。最高級車を乗り回しながら、ゴミを窓の外にポイと捨てる人は、金持ちでも心の貧しい人。清貧を大切にしながら、近所の清掃をしている人は、貧乏でも心の豊かな人ということになる。しかし問題は、貧乏で、心の貧しい人だ。そういう人はいくらでもいる。

 ただここで誤解しないでほしいのは、人はすべてここでいう4つのタイプに分けられるというのではない。人は、そのつど、いろいろなタイプに変化するということ。あなたや私にしても、心が豊かな面もあれば、貧しい面もあるということ。さらに金持ちかどうかは、あくまでも相対的なものでしかない。いくら貧乏といっても、50年ほど前の日本人のような貧乏な人は少ないし、どこかの貧しい国の人よりは、はるかによい生活をしている人はいくらでもいる。

 で、そういう前提で、心の貧しい人を考えるが、そういう人は、実のところ、いくらでもいる。見栄、メンツ、世間体にこだわる人というのは、それだけで心の貧しい人と言ってよい。このタイプの人は、いつも他人の目の中で生きているから、ものの価値観や幸福感も、相対的なものでしかない。自分より不幸な境遇にいる人をさがしだしてきては、そういった人を見くだすことによって、自分の立場を守ろうとする。だから会話も独特のものとなる。

「あの家の息子さんは、引きこもりなんですってねえ。先生の息子さんでも、そうなるのですねえ」「あの家は昔からの財産家だったのですが、今は見る影もないですねえ」とか。他人の不幸や失敗が、いつも話のタネとなる。中には一見、同情するフリをしながら、ことさらそれを笑う人もいる。「かわいそうなものですねえ。人間はああも落ちぶれたくはないものです」と。こういう人を心の貧しい人という。

 つまるところ自分自身や自分の生きざまに、いかに誇りをもつかということだが、心の貧しい人は、他人の不幸を笑った分だけ、今度は、自分で自分のクビをしめることになる。ある女性(80歳)は、老人ホームへ入ることを、最後の最後までこばんでいた。理由は簡単だ。その女性はそれまで、老人ホームへ入る仲間をさんざん笑ってきた。人生の落伍者であるかのようにさえ言ったこともある。「あわれなもんだ、あわれなもんだ」と。

 学歴や地位、名誉、さらには家柄にこだわるということは、それだけでも自分を小さくする。が、それだけではすまない。こだわりすぎると、心を貧しくする。「形」を整えようとするあまり、自分を見失う。B氏(60歳、現在退職中)は、ある日私にこう言った。「ぼくは努力によって、ここまでの人間になったが、君は実力で、ここまでの人間になったのだねえ」と。自分のことを、「ここまでの人間」という愚かな人は少ない。B氏は過去の学歴におぼれるあまり、自分を見失っていた。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(312)

●考える人、考えない人

 私が50歳を過ぎたためかもしれない。しかしこの年齢になると、考える人と考えない人が、はっきりとわかるようになる。考える人は独特の話し方をする。独特の様子を見せる。反対に考えない人は、独特の話し方をする。独特の様子を見せる。

ただこの時点で大切なことは、考える人からは考えない人がどういうものかはよくわかるが、恐らく、考えない人からは、考える人がどういう人なのかはわからないだろうということ。それはちょうど、賢い人からは愚かな人がよくわかるが、愚かな人には、賢い人がどういう人かわからないのに似ている。(私が、考えない人がよくわかると書いても、私がその賢い人と言っているのではない。誤解のないように……。)

 考えない人というのは、どこかペラペラと調子がよいだけで、話している内容に深みやハバがない。何かを問いかけても、表面的な答しか返ってこない。通俗的というか、こちらの予想通りの答であったりする。そういうとき私は、その人の意見の違いに驚くというよりは、互いの間の「距離」を感じて、思わず身を引いてしまう。「この人からは何も得るものはないぞ」と。

あるいは「この人を説得するのは、不可能だ」とさえ思うときもある。とくに相手が、50歳とか60歳の人であったりすると、絶望感すら覚える。先日も私に向かって、「子どもが親のめんどうをみるのは当たり前でしょう」「親なら子どもを愛しているはず」「子どもは親に従って当然」と言った人がいた。言葉ではそのつど、「そうですね」と返事をしたものの、もうそれ以上、議論する気にはなれなかった。「どうぞ、ご勝手に」という気分に襲われた。

 一方、考える人というのは、何を話しかけても、こちらの言葉が相手の脳の中に深く沈んでいくのがわかる。それは子どもでもそうで、ひとつの問題を投げかけても、いろいろな方向から考えようとする。たとえば「人をいじめることは悪いことだよね」と話しかけたとする。するとよく考える子どもは、そのまま深く黙りこくってしまったりする。あれこれ自分の周囲で起きているいじめを思い出しているふうでもあるし、自分自身の経験を思い出しているふうでもある。そしてその一方で、私がどの程度の答を求めているかをさぐろうとする。

 ……ということになると、考えるか考えないかは、習慣の違いということになる。能力ではない。その習慣の違いが、長い時間をかけて、考える人とそうでない人を分ける。そしてそれが人生の晩年になると、はっきりとわかるようになる。そしてそのことを裏返すと、人生の晩年になってから気づいたのでは、もう遅いということ。習慣というのは、一朝一夕にはできるものではないし、また突然、変えられるものではない。冒頭で「五〇歳」という数字をあげたが、この年齢というのは、その節目ということになる。




 
ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(313)

●思考回路

 東京へ行くことになった。そこで私がまずしたことは、JRの浜松駅に電話をして、発車時刻を調べること。が、なかなか電話はつながらない。が、そのとき気がついた。今では電話などしなくても、インターネットを使えば、発車時刻など即座にわかる。思考回路というのはそういうもので、一度、できると、それを改めるのは容易ではない。私は昔から、電車の発車時刻は、電話をして確かめていた。それが今になっても、つづいている?

 実のところ、思考回路には、便利な面もある。人間の行動をパターン化することにより、行動そのものをスムーズにする。たとえばテーブルの上に置かれた湯飲み茶碗を手にするとき、右手でとろうか、左手でとろうかなどと考えてからとる人は、いない。自然に右手が出て、そしていつものように茶碗をもちあげる。しかしその思考回路にハマりすぎると、それ以外の考え方ができなくなってしまう。そういうとき思考回路は、かえって思考のじゃまになる。

 が、思考回路があることが問題ではない。問題は、その思考回路が、柔軟なものかどうかということ。たとえば子どもたちの行動パターンを観察すると、おもしろい連続性を発見することがある。たとえばポケモンカードがある。年齢的には小学校の低学年児に人気がある。それが中学年になると遊戯王になり、高学年になると、マジックザギャザリング(通称「マジギャザ」)になる。より複雑なゲームになるというよりは、子どもたち自身が、ひとつの思考回路にハマっているといったほうが正しい。

友人関係にせよ、遊び仲間にせよ、さらにはごく日常的な会話にせよ、全体としてひとつの思考回路となっているから、途中で、それを変えるのは容易なことではない。仮にカードゲームから離れて、趣味が読書に向かうとしたら、それまでの環境すべてを変えなければならない。

 ……と書いて、実はこれはおとなの問題でもある。思考回路というのは、歳をとればとるほど柔軟性をなくす。冒頭にあげた例がそのひとつ。そこで問題は、いかにして思考回路の柔軟性を確保するかということ。いろいろな刺激を与えればよいことは、私にもわかるが、体そのものが新しい刺激を受けつけないということもある。日常的な行動そのものがパターン化されている現状で、どうすれば新しい刺激を自分に与えることができるのか。

もっとも私のばあいは、たとえば旅行で、たとえば読書でと、そういったところで刺激を受けるようにしている。が、本当の問題は、このことでもない。本当の問題は、いかにすれば固定した思考回路をつくらないですむか、だ。あのマーク・トウェーン(「トム・ソーヤの冒険」の著者)はこう書いている。『皆と同じことをしていると感じたら、そのときは自分が変わるべきとき』と。

自分の中にひとつの思考回路を感じたら、その思考回路そのものと戦う。そしてそれをつくらないようにする。そういうのを自由といい、進歩という。行動面はともかくも、思想面では、思考回路は、思考そのものの障害となることもある。そういう視点で自分の思考回路をながめる。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(314)

●あなたは裁判官

(ケース)Aさん(40歳女性)は、Bさん(45歳女性)を、「いやな人だ」と言う。理由を聞くと、こう言った。AさんがBさんの家に遊びに行ったときのこと。Bさんの夫が、「食事をしていきなさい」と誘ったという。そこでAさんが、「食べてきたところです」と言って断ったところ、Bさんの夫がBさんに向かって、「おい、B(呼び捨て)!、すぐ食事の用意をしろ」と言ったという。それに対して、Bさんが夫に対して、家の奥のほうで、「今、食べてきたと言っておられるじゃない!」と反論したという。それを聞いて、AさんはBさんに対して不愉快に思ったというのだ。

(考察)まずAさんの言い分。「私の聞こえるところで、Bさんはあんなこと言うべきではない」「Bさんは、夫に従うべきだ」と。Bさんの言い分は聞いていないので、わからないが、Bさんは正直な人だ。自分を飾ったり、偽ったしないタイプの人だ。だからストレートにAさんの言葉を受けとめた。

一方、Bさんの夫は、昔からの飛騨人。飛騨地方では、「食事をしていかないか?」があいさつ言葉になっている。しかしそれはあくまでもあいさつ。本気で食事に誘うわけではない。相手が断るのを前提に、そう言って、食事に誘う。そのとき大切なことは、誘われたほうは、あいまいな断り方をしてはいけない。あいまいな断り方をすると、かえって誘ったほうが困ってしまう。飛騨地方には昔から、「飛騨の昼茶漬け」という言葉がある。昼食は簡単にすますという習慣である。

恐らくAさんは食事を断ったにせよ、どこかあいまいな言い方をしたに違いない。「出してもらえるなら、食べてもいい」というような言い方だったかもしれない。それでそういう事件になった?

(判断)このケースを聞いて、まず私が「?」と思ったことは、Bさんの夫が、Bさんに向かって、「おい、B(呼び捨て)!、すぐ食事の用意をしろ」と言ったところ。そういう習慣のある家庭では何でもない会話のように聞こえるかもしれないが、少なくとも私はそういう言い方はしない。私ならまず女房に、相談する。そしてその上で、「食事を出してやってくれないか」と聞く。

あるいはどうしてもということであれば、私は自分で用意する。いきなり「すぐ食事の用意をしろ」は、ない。つぎに気になったのは、言葉どおりとったBさんに対して、Aさんが不愉快に思ったところ。Aさんは「妻は夫に従うべきだ」と言う。つまり女性であるAさんが、自ら、「男尊女卑思想」を受け入れてしまっている! 本来ならそういう傲慢な「男」に対して、女性の立場から反発しなければならないAさんが、むしろBさんを責めている! 女性は夫の奴隷ではない!

 私はAさんの話を聞きながら、「うんうん」と返事するだけで精一杯だった。内心では反発を覚えながらも、Aさんを説得するのは、不可能だとさえ感じた。基本的な部分で、思想の違いを感じたからだ。さて、あなたならこのケースをどう考えるだろうか。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(315)

●心をゆがめる子ども

 これはあくまでも教える側からの見方だが、心をゆがめ始める子どもには、いくつかの特徴がある。その中でも最大の特徴は、(1)心がつかめなくなるということ。もう少し具体的には、何を考えているかわからない子どもといった感じになる。

よい子ぶったり、見た目にはよくできた子といった印象を与えることが多い。静かで従順、何を言いつけても、それに黙って従ったりする。この段階で、多くの先生は、「いい子」というレッテルを張ってしまい、子どものもつ問題を見落としてしまう。そしてある日突然、それが大きな問題になり、「えっ!」と驚く……。不登校がその一例。あとになって「そう言えば……」と思い当たることもあるにはあるが、それまではたいていの教師はその前兆にすら気づかない。

 つぎに(2)「すなおさ」が消える。幼児教育の世界で、「すなおな子ども」というときには、二つの意味がある。一つは、心の状態と表情が一致していること。悲しいときには悲しそうな顔をする。うれしいときにはうれしそうな顔をする、など。が、それが一致しなくなると、いわゆる心と表情の「遊離」が始まる。不愉快に思っているはずなのに、ニコニコと笑ったりするなど。

 もう一つは、「心のゆがみ」がないこと。いじける、ひがむ、つっぱる、ひねくれるなどの心のゆがみがない子どもを、すなおな子どもという。心がいつもオープンになっていて、やさしくしてあげたり、親切にしてあげると、それがそのままスーッと子どもの心の中にしみこんできくのがわかる。が、心がゆがんでくると、どこかでそのやさしさや親切がねじまげられてしまう。私「このお菓子、食べる?」、子、「どうせ宿題をさせたいのでしょう」と。

 家庭でも、こうした症状が見られたら、子どもをなおそうと考えるのではなく、家庭のあり方をかなり真剣に反省する。そしてここが重要だが、子どもの中に心のゆがみを感じたら、「今の状態をより悪くしないこと」だけを考え、1年単位でその推移を見守ること。あせればあせるほど、逆効果で、一度(何かをする)→(ますます症状が悪化する)の悪循環に入ると、あとは底無しのドロ沼に落ちてしまう。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(316)

●心を開かない子ども

 心を開かない子ども……と、書いて、実はあなた自身のこと。あなたはだれかに対して、一人だけでもよいが、心を開くことができるだろうか。あるいはそういう人がいるだろうか。「心を開く」ということは、そういう意味でもたいへんむずかしい。

実のところ、この私にしても、「この人だけになら心を開くことができる」と思える人は、ほとんどいない。どうしても自分をさらけ出すことができない。そのためどうしても自分を作ってしまう。

 そこで「本当の自分」とは何かを考えてみる。……この間、10数分の時間が過ぎたが、本当の自分と言われると、そこでまたハタと困ってしまう。本当の私は、小心者で、小ずるく、無責任で、冷酷で、自分勝手。そういう自分がつぎつぎと浮かんでくる。しかしそういう自分をさらけ出すことはできない。だれかと接するときは、どこかでそういう自分と戦わねばならない。ありのままの自分をさらけ出したら、相手もびっくりするだろう。

 ここから先はたいへん不謹慎な話になるが、異性と、裸になってセックスをするときは、ひょっとしたら、心を開いた状態なのかもしれない。肉体や感情や、それに欲望をさらけ出していると、ついでに心までさらけ出すことになる。もっともその前提として、互いに愛しあっていなければならない。自分の欲望を満たすために、心を偽るようでは、心をさらけ出したことにはならない。「私はどうなってもいい」という思いの中で、自分をさらけ出してこそはじめて、心を開いたことになる。

 ……と、書いて、子どもの話にもどる。親子だから、互いに心を開きあっているとは限らない。親のほうはともかくも、子どものほうが心を閉ざすケースはいくらでもある。「親がこわかった」「親の前にすわると緊張する」「親に会うと疲れる」「実家には帰りたくない」「何か言われると、反発してしまう」など。

若い母親でも、約3~4割の人が、そういう悩みをかかえている。子どもの立場でみて、親にどうしても心を開くことができないというのだ。そこでさらに問題を掘りさげて、あなたという親と、あなたの子どもの関係はどうかということ。あなたは子どもに心を開いているだろうか。反対にあなたの子どもはあなたに心を開いているだろうか。こういう質問をすると、たいていの人は、「うちはだいじょうぶ」と言うが、だいじょうぶでないことは、実はあなた自身が一番よく知っている。それともあなたは、あなたの親に対して、全幅の心を開いていると自信をもって言えるだろうか。

 「心を開く」ということは、そんな簡単な問題ではない。またそんなふうに簡単に考えてもらっては困る。私の経験では、生涯、心を開くことができる相手というのは、ほんの数人ではないかと思う。あるいはもっと少ない……? こちらが心を開いても、相手が開かないとか、その反対のこともある。なかなかうまくいかないのが人間関係だが、それはそのまま親子についても言える。はたしてあなたは本当にだいじょうぶか?





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(317)

●西郷隆盛が理想の教育者?

 ある教育雑誌に、ある県会議員の教育改革論(?)が載っていた。いわく「西郷隆盛(明治維新の元勲)こそが、私の尊敬する人物。彼の思想にこそ、これからの教育の指針が隠されている」(雑誌「K」)と。

いろいろ理由は書かれていたが、私はこういう意見を読むと、生理的な嫌悪感を覚える。イギリス人がトラファルガーの海戦(1805年)で勝利を収めた、ネルソン提督をあがめるようなものだ。気持ちはわからないでもないが、どうしてものの考え方が、こうもうしろ向きなのだろうとさえ思ってしまう。

西郷隆盛が西郷隆盛であったのは、あの時代の人物だったからにほかならない。西郷隆盛をたたえるということは、あの時代を肯定することにもなる。もちろん歴史は歴史だし、歴史上の人物は、それなりに評価しなければならない。しかし西郷隆盛に教育論を求めるとは……? 彼は、大久保利通、木戸孝允らと並んで、明治維新の三傑とは言われたが、少なくとも民主主義のために戦った人物ではない。平和や自由や平等のために戦った人物でもない。わかりやすく言えば、武士階級の権威や権力の温存を求めて戦った人物である。

……というような反論をしても、この日本では意味がない。私のほうが異端児になってしまう。先日も、「あなたは日本の歴史を否定するのか。それでもあなたは日本人か」と言ってきた人がいた。

しかし私は何も日本の歴史を否定しているのではない。それに私は上から下まで、完全な日本人だ。日本の文化や風土、民族はこの上なく愛している。しかしそのことと体制を愛するということは別のことである。西郷隆盛にしても、明治から大正、昭和における歴史の教科書の中で、そのときどきの体制につごうがよいように美化された偉人(?)にすぎない。その結果が、あの軍国主義であり、さらにその結果があの戦争である。だととするなら、なぜ今、西郷隆盛なのかという疑問を私がもったところで、それは当然のことではないのか。

こうした復古主義は、社会の世相が混乱するたびに姿を現す。今がそうだが、こうした復古主義がはびこればはびこるほど、「進歩」が停滞する。しかし私たちがすべきことは、「新しい家庭観」の創設であって、決して復古主義的な家庭観ではない。改革の思想は、いつも混乱の中から生まれる。混乱を恐れてはいけない。混乱の中から何かを生み出すという姿勢が、この混乱を抜け出る唯一の方法である。

……何とも、カタイ話になってしまったが、読者のみなさんも、こうした復古主義にだけはじゅうぶん、注意してほしい。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(318)

●国によって違う職業観

 職業観というのは、国によって違う。もう40年も前のことだが、私がメルボルン大学に留学していたときのこと。当時、正規の日本人留学生は私一人だけ。(もう一人Mという女子学生がいたが、彼女は、もともとメルボルンに住んでいた日本人。)そのときのこと。

 私が友人の部屋でお茶を飲んでいると、一通の手紙を見つけた。許可をもらって読むと、「君を外交官にしたいから、面接に来るように」と。私が喜んで、「外交官ではないか! おめでとう」と言うと、その友人は何を思ったか、その手紙を丸めてポイと捨てた。「アメリカやイギリスなら行きたいが、99%の国は、行きたくない」と。考えてみればオーストラリアは移民国家。「外国へ出る」という意識が、日本人のそれとはまったく違っていた。

 さらにある日。フィリッピンからの留学生と話していると、彼はこう言った。「君は日本へ帰ったら、ジャパニーズ・アーミィ(軍隊)に入るのか」と。私が「いや、今、日本では軍隊はあまり人気がない」と答えると、「イソロク(山本五十六)の伝統ある軍隊になぜ入らないのか」と、やんやの非難。当時のフィリッピンは、マルコス政権下。軍人になることイコール、そのまま出世コースということになっていた。で、私の番。

 私はほかに自慢できるものがなかったこともあり、最初のころは、会う人ごとに、「ぼくは日本へ帰ったら、M物産という会社に入る。日本ではナンバーワンの商社だ」と言っていた。が、ある日、一番仲のよかったデニス君が、こう言った。「ヒロシ、もうそんなことを言うのはよせ。日本のビジネスマンは、ここでは軽蔑されている」と。彼は「ディスパイズ(軽蔑する)」という言葉を使った。

 当時の日本は高度成長期のまっただ中。ほとんどの学生は何も迷わず、銀行マン、商社マンの道を歩もうとしていた。外交官になるというのは、エリート中のエリートでしかなかった。この友人の一言で、私の職業観が大きく変わったことは言うまでもない。

 さて今、あなたはどのような職業観をもっているだろうか。あなたというより、あなたの夫はどのような職業観をもっているだろうか。それがどんなものであるにせよ、ただこれだけは言える。

こうした職業観というのは、決して絶対的なものではないということ。時代によって、それぞれの国によって、そのときどきの「教育」によってつくられるということ。大切なことは、そういうものを通り越した、その先で子どもの将来を考える必要があるということ。私の母は、私が幼稚園教師になると電話で話したとき、電話口の向こうで、オイオイと泣き崩れてしまった。「浩ちャーン、あんたは道を誤ったア~」と。

母は母の時代の常識にそってそう言っただけだが、その一言が私をどん底に叩き落したことは言うまでもない。しかしあなたとあなたの子どもの間では、こういうことはあってはならない。これからは、もうそういう時代ではない。あってはならない。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(319)

●ホームスクール

 アメリカにはホームスクールという制度がある。親が教材一式を自分で買い込み、親が自宅で子どもを教育するという制度である。希望すれば、州政府が家庭教師を派遣してくれる。

日本では、不登校児のための制度と理解している人が多いが、それは誤解。アメリカだけでも九七年度には、ホームスクールの子どもが、100万人を超えた。毎年一五%前後の割合でふえ、2001年度末には200万人に達しただろうと言われている。それを指導しているのが、「Learn in Freedom」(自由に学ぶ)という組織。「真に自由な教育は家庭でこそできる」という理念がそこにある。

地域のホームスクーラーが合同で研修会を開いたり、遠足をしたりしている。またこの運動は世界的な広がりをみせ、世界で約千もの大学が、こうした子どもの受け入れを表明している(LIFレポートより)。

「自由に学ぶ」という組織が出しているパンフレットには、J・S・ミルの「自由論(On Liberty)」を引用しながら、次のようにある(K・M・バンディ)。

 「国家教育というのは、人々を、彼らが望む型にはめて、同じ人間にするためにあると考えてよい。そしてその教育は、その時々を支配する、為政者にとって都合のよいものでしかない。それが独裁国家であれ、宗教国家であれ、貴族政治であれ、教育は人々の心の上に専制政治を行うための手段として用いられてきている」と。

 そしてその上で、「個人が自らの選択で、自分の子どもの教育を行うということは、自由と社会的多様性を守るためにも必要」であるとし、「(こうしたホームスクールの存在は)学校教育を破壊するものだ」と言う人には、次のように反論している。いわく、「民主主義国家においては、国が創建されるとき、政府によらない教育から教育が始まっているではないか」「反対に軍事的独裁国家では、国づくりは学校教育から始まるということを忘れてはならない」と。

 さらに「学校で制服にしたら、犯罪率がさがった。(だから学校教育は必要だ)」という意見には、次のように反論している。「青少年を取り巻く環境の変化により、青少年全体の犯罪率はむしろ増加している。学校内部で犯罪が少なくなったから、それでよいと考えるのは正しくない。学校内部で少なくなったのは、(制服によるものというよりは)、警察システムや裁判所システムの改革によるところが大きい。青少年の犯罪については、もっと別の角度から検討すべきではないのか」と(以上、要約)。

 日本でもホームスクール(日本ではフリースクールと呼ぶことが多い)の理解者がふえている。なお2000年度に、小中学校での不登校児は、13万4000人を超えた。中学生では、38人に1人が、不登校児ということになる。この数字は前年度より、4000人多い。





ホップ・ステップ・子育てジャンプbyはやし浩司(320)

●二番目の子は、親と疎遠?

 「3人兄弟の第2子は、両親に電話する回数が少なく、疎遠になりやすいことが東京大学大学院のアンケート調査でわかった」(読売新聞02年5月)という。

 同大学院認知行動科学研究所が、全国の3人兄弟の大学生男女129人に、1か月に何回、両親に電話するかを聞いたところ、

 長子…… 6・9回
 第二子……4・6回
 末子…… 5・9回と、第二子は明らかに少なかった。

男女別に分けても、傾向は同じだったという。さらにその報告によれば、「出生順位と親子関係について、1998年にカナダで行われた研究でも、長子や末子にくらべて、中間の子どもは両親をあまり親しい人物と考えていないという結果が出ている」という。

理由として、「長子は両親が子育てにかける手間を独占できる期間があり、末子も、その後に弟妹がいないので、親が世話をしやすいため」と分析している。そして「一方、じゅうぶんに手をかけてもらっていない中間の子どもは、両親への親密度を減らす」とも。

 ……もっとも、こんなことは私たちの世界では常識で、何も「大学院のアンケート調査によれば」と断らなければならないほど、おおげさなものではない。私もすでにあちこちの本の中で、そう書いてきた。が、問題はその先。

 嫉妬による愛情飢餓の状態が、長くつづくと、子どもの心はゆがんでくる。表面的には、愛想がよくなり、人なつこくなる。しかしその反面、自分の心を防衛する(飾る)ようになり、仮面をかぶるようになる。よい子ぶったり、優等生になっておとなの関心を自分に引こうとする。

が、さらにその状態が長くつづくと、心の状態と顔の表情が遊離し始め、親から見ても、何を考えているかわからない子どもといった感じになる。この段階になると、ひがみやすくなる、いじけやすくなる、ひねくれやすくなる、つっぱりやすくなるなどの、「ゆがみ」が出てくるようになる。タイプとしては、(1)暴力的、攻撃的になるプラス型と、(2)ジクジクと内へこもるマイナス型に分けることができる。大切なことはそういう状態になる前に、子ども自身が今、どう状態なのかを親側が知ることである。ここにも書いたように、それが長くつづけばつづくほど、子どもの心はゆがむ。

 さて、読売新聞はこう結論づけている。「東大とカナダの調査結果は、(中間の子は、両親への親密度を減らすという)学説を裏づけるデータと言えそうだ。同研究室は、『中間の子だけに特有の性格があることは興味深い。電話以外の行動も調べてみたい』としている」と。

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