2009年12月17日木曜日

*New Wave of Education in Japan

●新しい日本の流れ(再考版)


++++++++++++++++++


古い原稿を、読み直している。
日付は、2007年となっているが、
実際には、もっと古いと思う。
記事の内容からして、2000~2001年
ごろ書いたものではないかと思う。


こうして古い原稿を読みなおしてみると、
古い原稿そのものが、私の一部になっているのが
わかる。


私は(過去)の上に立っている。
と、同時に、2つのことに気づく。


ひとつは、「その通りだ」と思う部分。
もうひとつは、「少し、おかしいぞ?」と
思う部分。
この10年の間に、世間の事情も大きく
変化した。
私自身も、変化した。


が、基本的には、私は(過去)の上に
立っている。


つっこみの甘いエッセーだが、「10年前に
は、こんなことを考えていたのか」と
思いながら、読んだ。
現状に合わない意見もあるが、それはそれとして
許してほしい。


が、その一方で、今、教育の世界が、私が予想
した通りに動きつつあるのを知るのは、
楽しい。


たとえば「学力」の見直しも進んでいる(09年)。
入試制度も、この10年のうちに、大きく
変わりつつある。


そんなことも考えながら、以下の原稿を読んで
いただければ、うれしい。


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 日本の教育は、今、知識偏重の詰めこみ教育から、議論をしながら考える教育へと、その転換期にある。
多くの学校で、今まで私たちが知らなかった試みが、なされている。


 今までは、知識詰め込み式の教育でよかったが、これからは、もう、そういう教育は、通用しない。それはもう、だれの目にも、明らかである。
(しかしその亡霊は、社会や化学など、いたるところに残ってはいるが……。)


 と書いても、私に、何か、具体的な方法論があるわけではない。私は、こういうとき、つまり、自分がどこか袋小路に入ったのを感じたようなときは、ネットサーフィンをしながら、あちこちで世界の賢者たちの言葉を読むことにしている。


 世界の賢者たちの言葉を、あちこちから拾って、訳をつけてみた。


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★The important thing is not to stop questioning. - Albert Einstein
「重要なことは、問いつづけることだ」(A・アインシュタイン)


★Those who educate children well are more to be honored than parents, for these gave
only life, those the art of living well. - Aristotle
「子どもをよく教育するものは、両親より、称えられる。なぜなら、両親は、命を与えるだけだが、子どもをよく教育するものは、生きる技術を与えるから」(アリストテレス)


★They were majoring in two subjects: physics and philosophy. Their choice amazed
everybody but me: modern thinkers considered it unnecessary to perceive reality, and
modern physicists considered it unnecessary to think. I knew better; what amazed me was that these children knew it, too. - Ayn Rand
「彼らは、物理学と哲学のふたつを専攻していた。その選択は、私をのぞいて、みなを驚かせた。しかし近代の思想家は、現実を認知することを、不必要と考えた。そして近代の物理学者は、思索することを、不必要と考えた。しかし私は、私を驚かせたことは、これらの子どもたちも、それを知っていたということを、よりよく知っていた」(A・ランド)


★"Most of all, perhaps, we need an intimate knowledge of the past. Not that the past has anything magical about it, but we cannot study the future." - C.S. Lewis
「私たちのほとんどは、たぶん、過去をよくしる必要がある。それは、過去が何か神秘的であるからということではなく、過去を知らなければ未来を学ぶことができないからである」(C・S・ルイス)


★Frederick Douglass taught that literacy is the path from slavery to freedom. There are many kinds of slavery and many kinds of freedom. But reading is still the path. - Carl Sagan
「フレドリック・ダグラスは、読み書きの能力は、奴隷を解放する道だと教えた。いろいろな種類の奴隷制度があり、いろいろな種類の自由があるが、読書は、まさにその道である」(C・サガン)


★I hear and I forget. I see and I remember. I do and I understand. - Confucius
「私は聞いて、そして忘れる。私は見て、そして覚える。私は行動して、そして理解する」(孔子)


★The true genius shudders at incompleteness - and usually prefers silence to saying
something which is not everything it should be. - Edgar Allen Poe
「真の天才は、未完成さに、身震いする。つまり真の天才は、それがすべてでない何かを語るよりも、沈黙をふつう、好む」(E・A・ポー)


★To know what to leave out and what to put in; just where and just how, ah, THAT is to
have been educated in the knowledge of simplicity. - Frank Lloyd Wright
「どこにどのように、何を捨て、何を取り入れるか……つまりそれが、単純な知識として、教育されるべきことである」(F・L・ライト)


★You cannot teach a man anything; you can only help him find it within himself. - Galileo Galilei
「あなたは人に教えることなどできない。あなたはただ、人が彼の中にそれを見つけるのを、助けることができるだけである」(G・ガリレイ)


★What office is there which involves more responsibility, which requires more qualifications, and which ought, therefore, to be more honourable, than that of teaching? - Harriet Martineau
「教育の仕事以上に、責任があり、資格を必要とし、それゆえに、名誉ある仕事が、ほかのどこにあるだろうか」(H・Martineau)


★A child's wisdom is also wisdom - Jewish Proverb
「子どもの智慧も、これまた智慧である」(ユダヤの格言)


★The teacher, if indeed wise, does not bid you to enter the house of their wisdom, but
leads you to the threshold of your own mind. - Kahlil Gibran
「本当に賢い教師というのは、あなたを決して彼らの智慧の家に入れとは命令しないもの。しかし本当に賢い教師というのは、彼ら自身の心の入り口にあなたを導く」(K・ギブラン)


★We have to continually be jumping off cliffs and developing our wings on the way down. - Kurt Vonnegut
「私たちはいつも、崖(がけ)から飛び降りる。飛び降りながら、その途中で、翼を開発する」(K・Vonnegut)


★Just as iron rusts from disuse, even so does inaction spoil the intellect. - Leonardo Da
Vinci
「鉄がさびて使い物にならなくなるように、何もしなければ、才能をつぶす」(L・ダビンチ)


★Truth is eternal. Knowledge is changeable. It is disastrous to confuse them. - Madeleine L'Engle
「真実は永遠である。知識は、変化しうるもの。それらを混同するのは、たいへん危険なことである」(M・L'Engle)


★Never let school interfere with your education. - Mark Twain
「学校を、決して、あなたの教育に介在させてはならない」(M・トウェイン)


★Education is an admirable thing, but it is well to remember from time to time that nothing that is worth knowing can be taught. - Oscar Wilde
「教育は、賞賛されるべきものだが、しかしときには、価値ある知識は教えられないということも、よく覚えておくべきである」(O・ワイルド)


★You must train the children to their studies in a playful manner, and without any air of constraint, with the further object of discerning more readily the natural bent of their
respective characters. - Plato「あなたは子どもを、遊びを中心とした方法で指導しなければならない。強制的な雰囲気ではなく、彼らの好ましい性格の自然な適正を、さらに認める目的をもって、そうしなければならない」(プラト)


★In every man there is something wherein I may learn of him, and in that I am his pupil. - Ralph Waldo Emerson
「どんな人にも、彼らの中に、私が学ぶべき何かがある。そういう点では、私は生徒である」(R・W・エマーソン)


★We, as we read, must become Greeks, Romans, Turks, priest and king, martyr and
executioner, that is, must fasten these images to some reality in our secret experience, or we shall see nothing, learn nothing, keep nothing. - Ralph Waldo Emerson
「読書することによって、私たちは、ギリシア人にも、ローマ人にも、トルコ人にも、王にも、殉教者にも、死刑執行人にも、なることができる。つまり読書によって、こうした人たちのイメージを、私たちの密かな経験として、現実味をもたせることができる。読書をしなけば、何も見ることはないだろうし、何も学ぶことはないだろうし、何も保持することはないだろう」(R・W・エマーソン)


★Education is a sexual disease, IT makes you unsuitable for a lot of jobs and then you have the urge to pass it on. - Terry Pratchett
「教育は、性病だ。つまり教育によって、ジョークがわからなくなり、そのためそれをつぎつぎと、人にうつしてしまう」(T・プラシェ)


★I am always doing what I cannot do yet, in order to learn how to do it - Vincent Van Gogh
「私はいつも、まだ私ができないことをする。それをいかにすべきかを学ぶために」(V・V・ゴッフォ)



【考察】


●これらの教育格言の中で、とくにハッと思ったのが、エドガー・アラン・ポーの「真の天才は、未完成さに、身震いする。つまり真の天才は、それがすべてでない何かを語るよりも、沈黙をふつう、好む」という言葉である。


 わかりやすく言えば、「ものごとを知り尽くした天才は、自分の未熟さや、未完成さを熟知している。だから未熟なことや、未完成なことを人に語るよりも、沈黙を守るほうを選ぶ」と。私は天才ではないが、こうした経験は、日常的によくする。


 私のばあい、親と私の間に、どうしようもない「隔たり」を感じたときには、もう何も言わない。たとえば先日も、こんなことを言ってきた母親がいた。


 「先祖を粗末にする親からは、立派な子どもは生まれません。教育者としても失格です」と。


 30歳そこそこの若い母親が、こういう言葉を口にするから、恐ろしい。何をどこから説明したらよいかと思い悩んでいると、そのうち私の脳の回路がショートしてしまった。火花がバチバチと飛んでいるのがわかった。だから私は、「ハア~?」と言ったまま、おし黙ってしまった。


 私自身は、先祖を否定したようなことは、一度もないのだが……。(念のため。)


●つぎに「私たちはいつも、崖(がけ)から飛び降りる。飛び降りながら、その途中で、翼を開発する」と言った、K・Vonnegut。英語では、何と読むのだろうか。それはともかくも、これは私の持論でもある。以前私は、「人間の創意工夫は、絶壁に立たされて、はじめて生まれる」と書いた。


 少し前だが、ある教育審議会のメンバーをしたこともあるF氏から、相談を受けた。「学校教育に蔓延(まんえん)している沈滞感は、どうしたら克服できるか」と。


 それに対して私は、「教師を絶壁に立たせないと、ダメです」と。


 こう書くと学校の先生は、不愉快に思うかもしれないが、ここは怒らないで聞いてほしい。


 学校の先生たちは、たしかに忙しい。同じ公務員でも、給料が20%増しという理由も、そこにある。納得できる。しかしそれでも、一般世間の、つまりは民間企業に働く労働者とは、待遇や職場環境が、基本的に違う。


 たとえば私立幼稚園にしても、今、少子化の波をもろにかぶり、どこも四苦八苦している。経営のボーダーラインといわれている、200人(園児数)を割っている幼稚園は、いくらでもある。
もっとも経営者自身は、それほど深刻ではない。すでにじゅうぶんすぎるほどの財力を蓄えている。悲惨なのは、そこで働く保育士の先生たちである。安い給料の上、いつリストラされるかと、ビクビクしている。中には、園児獲得のノルマを、先生たちに課している幼稚園もある。(ほとんどの幼稚園が、そうではないか?)


 だから毎年、10月前後になると、先生たちは、案内書や簡単なみやげをもって、幼児のいる家を、1軒ずつ回っている。「教える」だけではなく、生徒集めにまで、神経をつかっている。しかも、その先は、まさに絶壁!


 こうした危機感があるから、当然のことながら、教えることについても、ある種の緊張感が生まれる。その緊張感が、教育の質を高める。もし本当に、教育の質を高めようと思うなら、こうした緊張感を、人為的につくるしかない。


 残念ながら、それから先の方法については、私もわからない。しかしこれだけは言える。学校の先生たちも、勇気を出して、崖から飛び降りてみてほしい。翼、つまり創意工夫は、飛び降りている間に生まれる。



●三つ目に、アリストテレスの、「子どもをよく教育するものは、両親より、称えられる。なぜなら、両親は、命を与えるだけだが、子どもをよく教育するものは、生きる技術を与えるから」という言葉。


この訳は正確ではないと思う。思うのは、冒頭の「Those」を、「親」と訳すべきか、「教師」と訳すべきかで、意味がまるで変わってくる。


「親」とみると、「だれでも子どもを産めば親になるが、生きる技術を与えて、親は、真の親となる」と解釈できる。


 一方「教師」とみると、「生きる技術を与える教師は、親よりすばらしい」と訳せる。どちらが正しいかわからないという意味で、「この訳は正確ではないと思う」と書いた。


 一般論として、欧米の教育の「柱」は、ここにある。どの人に会っても、彼らは、「教育の目標は、「子どもに生きる技術を与えること」と言う。オーストラリアの友人(M大教授)も、かつてこう教えてくれた。


 「教育の目標は、私たちのもつ知恵や経験を、子どもたちがつぎの世代を、よりよく生きていくことができるように、それを教え伝えることだ」と。


 つまり「実用的なのが教育」ということになっている。しかしこの日本には、むしろ実用的であってはならないという風潮すらある。日本の教育は、将来学者になるためには、すぐれた体系をもっている。しかし、だ。みながみな、学者になるわけではない。あるいは将来、学者になる子どもは、いったい何%、いるというのか。


 英語にしても、数学にしても、将来、英語の文法学者や、数学者になるには、すぐれた体系をもっている。しかしそのため、おもしろくない。役にたたない。しかしこんなことは、30年前に、すでにわかっていたことではないか。最近になって、やっと「役にたつ」という言葉が聞かれるようになったが、それにしても、30年とは!


 要するに、子どもを産むだけでは、親ではないということ(失礼!)。自分の生きザマを、子どもに示してこそ、親は、親になる。そしてそれが親の役目ということになる。



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【新しい教育】


 教育を考えるときは、当然のことながら、年齢別、学年別に考えなければならないことは、言うまでもない。


 その中でも、とくに幼児教育の重要性については、私は、たびたび書いてきた。


 それはともかくも、今度は、子ども自身がもつ、方向性にあわせた教育を考えなければならない。


 将来、すぐれた研究者になるための教育もあれば、その研究を利用した分野で活躍する人材を育てるための教育もある。どちらが正しいとか、有用とかいうのではない。どちらかの立場で、一方的に、相手に押しつけるのは、正しくないということ。


 そこで登場するのが、「教育の多様性の問題」である。アメリカの小学校を例にあげて考えてみよう。



●アメリカの小学校


 アメリカでもオーストラリアでも、そしてカナダでも、学校を訪れてまず驚くのが、その「楽しさ」。まるでおもちゃ箱の中にでも入ったかのような、錯覚を覚える。


たとえば、アメリカ中南部にある公立の小学校(アーカンソー州アーカデルフィア、ルイザ・E・ペリット小学校。児童数370名)。教室の中に、動物の飼育小屋があったり、遊具があったりする。


 アメリカでは、教育の自由化が、予想以上に進んでいる。


まずカリキュラムだが、州政府のガイダンスに従って、学校が独自で、親と相談して決めることができる。オクイン校長に、「ガイダンスはきびしいものですか」と聞くと、「たいへんゆるやかなものです」と言って笑った。


もちろん日本でいう教科書はない。検定制度もない。たとえばこの小学校は、年長児と小学一年生だけを教える。そのほか、プレ・キンダガーテンというクラスがある。四歳児(年中児)を教えるクラスである。費用は朝食代と昼食代などで、週六〇ドルかかるが、その分、学校券(バウチャ)などによって、親は補助されている。


驚いたのは4歳児から、コンピュータの授業をしていること。また欧米では、図書室での教育を重要視している。この学校でも、図書室には専門の司書を置いて、子どもの読書指導にあたっていた。


 授業は、1クラス16名前後。教師のほか、当番制で学校へやってくる母親、それに大学から派遣されたインターンの学生の3人であたっている。アメリカというと、とかく荒れた学校だけが日本で報道されがちだが、そういうのは、大都会の一部の学校とみてよい。周辺の学校もいくつか回ってみたが、どの学校も、実にきめのこまかい、ていねいな指導をしていた。


 教育の自由化は、世界の流れとみてよい。たとえば欧米の先進国の中で、いまだに教科書の検定制度をもうけているのは、日本だけ。オーストラリアにも検定制度はあるが、それは民間組織によるもの。しかも検定するのは、過激な暴力的表現と性描写のみ。「歴史的事実については検定してはならない」(南豪州)ということになっている。


アメリカには、家庭で教えるホームスクール、親たちが教師を雇って開くチャータースクール、さらには学校券で運営するバウチャースクールなどもある。行き過ぎた自由化が、問題になっている部分もあるが、こうした「自由さ」が、アメリカの教育をダイナミックなものにしている。


 ドイツでは、中学生にしても、たいていは午前中だけで授業を終え、そのまま、それぞれのクラブに通っている。


 運動クラブだけではない。科学クラブもあれば、それぞれの趣味に合わせたクラブもある。そしてそうした費用は、「チャイルドマネー」と呼ばれている補助金によって、まかなわれている。


【後書き】


内閣府の調査でも、「教育は悪い方向に向かっている」と答えた人は、二六%もいる(二〇〇〇年)。九八年の調査よりも八%もふえた。むべなるかな、である。


 もう補習をするとかしなとかいうレベルの話ではない。日本の教育改革は、三〇年は遅れた。しかも今、改革(?)しても、その結果が出るのは、さらに二〇年後。そのころ世界はどこまで進んでいることやら! 


日本の文部科学省は、いまだに大本営発表よろしく、「日本の教育レベルはそれほど低くはない」(※1)と言っているが、そういう話は鵜呑みにしないほうがよい。今では分数の足し算、引き算ができない大学生など、珍しくも何ともない。


「小学生レベルの問題で、正解率は五九%」(国立文系大学院生について調査、京都大学西
村和雄氏)(※2)だそうだ。


 あるいはこんなショッキングな報告もある。世界的な標準にもなっている、TOEFL(国際英語検定試験)で、日本人の成績は、一六五か国中、一五〇位(九九年)。「アジアで日本より成績が悪い国は、モンゴルぐらい。北朝鮮とブービーを争うレベル」(週刊新潮)だそうだ。


オーストラリアあたりでも、どの大学にも、ノーベル賞受賞者がゴロゴロしている。しかし日本には数えるほどしかいない。あの天下の東大でも、たったの二人。ちなみにアメリカだけでも、二五〇人もの受賞者がいる。ヨーロッパ全体では、もっと多い(田丸謙二氏指摘)。


 「構造改革(官僚主導型の政治手法からの脱却)」という言葉がよく聞かれる。しかし今、この日本でもっとも構造改革が遅れ、もっとも構造改革が求められているのが、文部行政である。私はその改革について、つぎのように提案する。


(1) 中学校、高校では、無学年制の単位履修制度にする。(アメリカ)
(2)中学校、高校では、授業は原則として午前中で終了する。(ドイツ、イタリアなど)
(3)有料だが、低価格の、各種無数のクラブをたちあげる。(ドイツ、カナダ)
(4)クラブ費用の補助。(ドイツ……チャイルドマネー、アメリカ……バウチャ券)
(5)大学入学後の学部変更、学科変更、転籍を自由化する。(欧米各国)
(6)教科書の検定制度の廃止。(各国共通)
(7)官僚主導型の教育体制を是正し、権限を大幅に市町村レベルに委譲する。
(8)学校法人の設立を、許認可制度から、届け出制度にし、自由化をはかる。


 が、何よりも先決させるべき重大な課題は、日本の社会のすみずみにまではびこる、不公平である。


この日本、公的な保護を受ける人は徹底的に受け、そうでない人は、まったくといってよいほど、受けない。わかりやすく言えば、官僚社会の是正。官僚社会そのものが、不公平社会の温床になっている。この問題を放置すれば、これらの改革は、すべて水泡に帰す。今の状態で教育を自由化すれば、一部の受験産業だけがその恩恵をこうむり、またぞろ復活することになる。


 ざっと思いついたまま書いたので、細部では議論もあるかと思うが、ここまでしてはじめて「改革」と言うにふさわしい。



(※1)
 国際教育到達度評価学会(IEA、本部オランダ・99年)の調査によると、日本の中学生の学力は、数学については、シンガポール、韓国、台湾、香港についで、第五位。以下、オーストラリア、マレーシア、アメリカ、イギリスと続くそうだ。理科については、台湾、シンガポールに次いで第三位。以下韓国、オーストラリア、イギリス、香港、アメリカ、マレーシア、と。


この結果をみて、文部科学省の徳久治彦中学校課長は、「順位はさがったが、(日本の教育
は)引き続き国際的にみてトップクラスを維持していると言える」(中日新聞)とコメントを寄せている。東京大学大学院教授の苅谷剛彦氏が、「今の改革でだいじょうぶというメッセージを与えるのは問題が残る」と述べていることとは、対照的である。


ちなみに、「数学が好き」と答えた割合は、日本の中学生が最低(四八%)。「理科が好き」と答えた割合は、韓国についでビリ二であった(韓国五二%、日本五五%)。学校の外で勉強する学外学習も、韓国に次いでビリ二。一方、その分、前回(九五年)と比べて、テレビやビデオを見る時間が、二・六時間から三・一時間にふえている。


で、実際にはどうなのか。東京理科大学理学部の澤田利夫教授が、興味ある調査結果を公表している。教授が調べた「学力調査の問題例と正答率」によると、つぎのような結果だそうだ。


この二〇年間(一九八二年から二〇〇〇年)だけで、簡単な分数の足し算の正解率は、小学六年生で、八〇・八%から、六一・七%に低下。分数の割り算は、九〇・七%から六六・五%に低下。小数の掛け算は、七七・二%から七〇・二%に低下。たしざんと掛け算の混合計算は、三八・三%から三二・八%に低下。全体として、六八・九%から五七・五%に低下している(同じ問題で調査)、と。


 いろいろ弁解がましい意見や、文部科学省を擁護した意見、あるいは文部科学省を批判した意見などが交錯しているが、日本の子どもたちの学力が低下していることは、もう疑いようがない。


同じ澤田教授の調査だが、小学六年生についてみると、「算数が嫌い」と答えた子どもが、二〇〇〇年度に三〇%を超えた(一九七七年は一三%前後)。反対に「算数が好き」と答えた子どもは、年々低下し、二〇〇〇年度には三五%弱しかいない。原因はいろいろあるのだろうが、「日本の教育がこのままでいい」とは、だれも考えていない。


少なくとも、「(日本の教育が)国際的にみてトップクラスを維持していると言える」というのは、もはや幻想でしかない。


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(※2)
 京都大学経済研究所の西村和雄教授(経済計画学)の調査によれば、次のようであったという。


調査は一九九九年と二〇〇〇年の四月に実施。トップレベルの国立五大学で経済学などを研究する大学院生約一三〇人に、中学、高校レベルの問題を解かせた。結果、二五点満点で平均は、一六・八五点。同じ問題を、学部の学生にも解かせたが、ある国立大学の文学部一年生で、二二・九四点。多くの大学の学部生が、大学院生より好成績をとったという。)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(343)


●The important thing is not to stop questioning. - Albert Einstein
「重要なことは、問いつづけることをやめないことだ」(A・アインシュタイン)


 「考える教育」が、重要なことは言うまでもない。しかし「考える」という概念ほど、これまた抽象的で、わかりにくい概念もない。


 そこでアインシュタインの言葉。


The important thing is not to stop questioning. 


 アインシュタインは、こう言っている。「重要なことは、問うことをやめないことである」と。


 つまり子どもに向かって、「考えなさい」と言っても、あまり意味はない。しかし子どもが何かのことで問うことにたいして、その問うことを、励まし、伸ばすことはできる。「ほほう、それはおもしろい質問だね」「なかなか鋭いね」と。

 たったそれだけのことで、子どもを、より深く、考える子どもに誘導することができる。つまり「より考える子どもにしたい」と考えたら、「より質問を繰りかえす子どもにすること」を考えればよい。


 むずかしいことではない。


 子どもは、満4・5歳から5・5歳にかけて、「なぜ?」「どうして?」を繰りかえす時期にさしかかる。乳幼児の思考的特徴(自己中心性、物活論、人工論など)からの脱却を、はかる。そしてその結果として、子どもは、より分析的なものの考え方や、より論理的なものの考え方をすることができるようになる。


 この時期というのは、乳幼児から、少年、少女期への移行期にもあたる。


 この時期をうまくとらえれば、その「問う」という行為を、じょうずに引き出すことができる。が、そうでなければ、そうでない。


 私としては、その重要性というか、幼児教育の重要性が理解してもらえなくて、歯がゆくてならない。はっきり言えば、そのあとの、小中高、それに大学教育など、そのころできた方向性の、燃えカスのようなもの。……というのは、少し言い過ぎかもしれないが、しかし、一度、この時期にできた方向性が、その子どもの将来を、決定づける。またこの時期にできた方向性は、一度できると、それ以後、なかなか変えることはできない。


 昨今、小学校教育の場でも、「より考える深く子ども」が、大きなテーマになっている。「総合的な学習」というのも、そういう視点から、取り入れられたものである。それはそれとして評価されなければならないが、もっと大切なことは、その(方向性づくり)である。


 そのために、(問う)という姿勢を伸ばす。テーマは何でもよい。どんなささいなことでもよい。


 日本では、「わかったか? では、つぎ」が、教育の基本になっている。しかしアメリカでは、「君は、どう思う?」「それはすばらしい」が基本になっている(T先生、指摘)。そういう部分から、つまりもっとベーシックな部分から、教育というより、子育てのあり方そのものを考えなおす。


 それが結局は、日本の教育を変えていく、原動力になる。



【付録】


●ついでに、A・アインシュタインの語録を、集めてみた。(イギリス「Quote Cache」より)


It's not that I'm so smart, it's just that I stay with problems longer.
(私は頭がきれるのではない。私はただ、その問題に、より長くかかわっているだけだ。)


The physicist's greatest tool is his wastebasket.
(物理学者のもっともすばらしい道具は、ごみ箱である。)


There are only two ways to live your life. One is as though nothing is a miracle. The other is as though everything is a miracle.
(人生を生きるためには、たった二つの方法しかない。一つは、奇跡など、どこにもないと思う生き方。もう一つは、すべては奇跡だと思う生き方。)


It was, of course, a lie what you read about my religious convictions, a lie which is being
systematically repeated. I do not believe in a personal God and I have never denied this but have expressed it clearly. If something is in me which can be called religious then it is the unbounded admiration for the structure of the world so far as our science can reveal it.
(私の宗教的な確信について、あなたが読んだことは、ウソである。つまり、意図的に繰り返されてきたウソである。私は、個人的な神の存在を信じていないし、このことを否定したことは一度もない。それについては、ここではっきりしておきたい。もし私の中に、宗教的なものがあるとするなら、それは、科学が明らかにした部分について、世界の構造について、無限の崇拝の念でしかない。


We should take care not to make the intellect our god. It has, of course, powerful muscles, but no personality.
知性的な人を神にしないよう、注意しなければいけない。もちろん知性的な人には、筋肉はあるが、人間性はない。


Fantasie ist wichtiger als Wissen.


If my theory of relativity is proven succesful, Germany will claim me as German and France will declare that I am a citizen of the world. If my theory should prove to be untrue, then France will say that I am a German, and Germany will say that I am a Jew.
もし私の相対性理論が正しいと証明されるなら、ドイツ人とフランス人たちは、私が世界市民であると宣言することについて、文句を言うだろう。もし私の理論がまちがっていると証明されるなら、フランスは私をドイツ人と呼び、ドイツは、私をユダヤ人と呼ぶだろう。


Any fool can make things bigger, more complex, and more violent. It takes a touch of genius-
• and a lot of courage--to move in the opposite direction.
バカが、ものごとを、誇大し、複雑にし、暴力的にする。その反対方向にものごとを進めるためには、転載的なひらめきと、勇気が必要である。


Great spirits have always encountered violent opposition from mediocre minds.
偉大な精神というのは、いつも二流の精神からの猛烈な抵抗に出会うもの。


The human mind is not capable of grasping the Universe. We are like a little child entereing a huge library. The walls are covered to the ceilings with books in many different tongues. The child knows that someone must have written these books. It does not know who or how. It does not understand the languages in which they are written. But the child notes a definite plan in the arrangement of books--a mysterious order which it does not comprehend, but only dimly suspects.
人間というのは、宇宙の構造を把握することはできない。それは小さな子どもが、巨大な図書館に入ったようなもの。壁には、床から天井まで、異なった言語で書かれた本でおおわれている。子どもは、だれかがこれらの本を書いたことはわかる。しかしだれが、どうやって書いたかまでは、わからない。それらが書かれた言語も理解できない。しかし子どもは、本の並び方の中に、一定の秩序があることに気がつく。つまり、神秘的な秩序だ。はっきりとわかるわけではないが、おぼろげながら、疑うことはできる。


The important thing is not to stop questioning.
重要なことは、問うことをやめないことだ。


Few are those who can see with their own eyes and hear with their own hearts.
ほとんどの人は、自分の心で見て、聞くことができない。


The pioneers of a warless world are the youth that refuse military service.
戦争のない世界をつくるパイオニアたちは、軍務を拒否する若者たちだ。


Reality is merely an illusion, albeit a very persistant one
現実は、ただの幻想でしかない。が、研究は、とても忍耐を必要とするものだ。


It is not enough for a handful of experts to attempt the solution of a problem, to solve it
and then to apply it. The restriction of knowledge to an elite group destroys the spirit of
society and leads to its intellectual impoverishment.
一つの問題を解決し、それを応用するためには、一握りのエキスパートだけでは、じゅうぶんではない。一つのエリート集団に、知識を制限することは、社会の精神を破壊し、社会を、知的な貧困へと導くことになる。


A country cannot simultaneously prepare and prevent war.
一つの国というのは、戦争を同時に、準備し、避けることはできない。


I am enough of an artist to draw freely upon my imagination. Imagination is more important than knowledge. Knowledge is limited. Imagination encircles the world.
私はイマジネーションによって、自由に絵を描く画家と言ってもよい。イマジネーションは、知識よりも重要である。知識には、限界がある。イマジネーションは、世界をかけ回る。


True art is characterized by an irresistible urge in the creative artist.
真の芸術は、想像的な芸術家による、抵抗しがたい欲求によって、特徴づけられるものである。


The most beautiful thing we can experience is the mysterious. It is the source of all true art and science.
私たちが経験できるもっとも美しいものは、神秘である。それはすべての芸術と化学の源泉である。


I do not believe in the immortality of the individual, and I consider ethics to be an
exclusively human concern without any superhuman authority behind it.
私は人間の不死を信じない。そして私は、その背後に超人的な権威のない、倫理こそが、人間唯一の関心ごとであると考える。


Only two things are infinite, the universe and human stupidity, and I'm not sure about the former.
たった二つのものだけが、永遠である。この宇宙と、人間の愚かさである。そして私は、その前者である宇宙については、あまりよく知らない。


Life is a mystery, not a problem to be solved
人生(生命)は、神秘である。それは解かれねばならない問題ではない。


Nothing will benefit human health and increase the chances for survival of life on Earth as much as the evolution to a vegetarian diet.
菜食主義ほど、人間の健康に恩恵をもたらし、命の存続をふやすものはない。


Creativity is contagious. Pass it on.
創造力は、伝染しやすい。ままにさせておけ。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司(以上、古い原稿の、再掲載)

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