2012年7月5日木曜日

Wise men vs Stupid men

【良心的な歯医者さん】

●K歯科医院

心の美しい人に出会うと、こちらの心まで洗われる。
ほっとするような安堵感を覚える。
今日(7-4)、こんなことがあった。

……私は現在の入野町(地名)に住むようになって、35年になる。
それ以前は、歯科医院には、行った記憶がない。
が、ある日、虫歯が痛み出した。
それで近くにある、X歯科医院へ行った。
そこでのこと。

 治療が終わって待合室に座っていると、院長(歯科医師)自らが、そこへやってきた。
私の横に座った。
体をかがめて、「林さん、これだけ出してくれれば、いい歯にしますよ」と。
院長は、5本の指を伸した。
「?」と思っていると、「50万円です」と。
(これは事実! 声を大にして強調したい!)

 この話は事実であり、もしX医院の院長がそれをどうのこうのと騒いだら、私はその院長と闘う。
今でもX歯科医院は、近くの団地内で、医院を経営している。

 ……ということもあり、つぎに私は、少し離れたところにある、S歯科医院に通うようになった。
良心的な歯科医師だった。
院長は誠実さが、体の芯からしみ出てくるような人だった。
で、私や家族は、以後、30年以上、そのS歯科医院に通った。

 が、S歯科医院の医院長が、病気で倒れた。
そのまま閉院。
去年(2011)のことだった。
困った。
困ってワイフに相談すると、「K医院にしたら……」と。

●K歯科医院

 実は、K歯科医院は、よく知っている。
私が最初に開いた小さな教室の、すぐ近くにあった。
歩いて数分くらいのところだった。
6畳一間くらいの小さな医院で、夏などは、窓を開け広げて、治療していた。
私はその医院のそばを通るたびに、中の治療室をのぞいた。

 で、そのK歯科医院の長女のKさんが、やがて私の教室に通ってくれるようになった。
母親が二女を背中に負い、いつも連れてきてくれた。
自宅からは、かなりの距離がある。
車で、15分くらい。
が、迷わず、K歯科医院にした。
先にも書いたように、世の中には、X歯科医院のような歯科医院もある。
悪徳中の悪徳。
そのときも、ロクに治療らしい治療もせず、歯を2本も抜いてしまった。
医院を選ぶといっても、どうしても慎重にならざるをえない。

●レントゲン

 私は歯科医院で受けるレントゲンが、嫌い。
ここ3~4年ほど、久しぶりに行ったりすると、かならずと言ってよいほど、レントゲン写真を撮られる。
そういうシステムになっているらしい。

 で、あるとき、S歯科医院で、歯科医にこう言った。
「できれば、レントゲンを避けたいのですが……」と。
しかしS医師は、応じてくれなかった。
「ごく微量ですから」と。

 で、今回は、覚悟した。
「はじめてだから、しかたないか」と。

●1回の治療

 歯科医院によって、治療システムはちがう。
そういう話は、どこかで聞いたことがある。
が、K歯科医院は、今までの歯科医院と、すべてがちがっていた。

 予約制ではない。
受け付け順。
で、入ると、1回の治療で、すべてを治してくれた。
(今どき、1回の治療ですべてをすませてくれるところは、少ない!)
義兄も同じK歯科医院に通っているという。
「あのK先生はね、すべて保険の範囲で治療してくれるよ」と。

 何よりもうれしかったのは、レントゲンを撮られなかったこと。
プラス、K医師の妻が、私のことを覚えていてくれた。
「もう30年になりますね」と言ったので、「いえ、35年です」と。

 私は待合室で待っている間、ずっと年数を数えていた。
それで即座に「35年」と答えることができた。

●善人

 X歯科医院のような歯科医院は例外であるとしても、S歯科医院でも、治療は1回につき、15分程度。
ひとつの虫歯でも、最低でも、5~7回は通わねばならなかった。
それに保険で治療をしてくれるのは、目立たない奥歯だけ。
目立つ歯は、それぞれ10万円前後の実費がかかった。

 私はその(ちがい)に驚いた。
同時に、うれしかった。
それは混沌とした闇夜で、善人に出会ったようなうれしさだった。
K医師は、穏やかで、やさしそうな表情をしていた。
私のことを覚えていてくれた。

 「懐かしいです」と一言。
ぐっと胸が詰まった。
治療の合間に、私はK医師の顔を何度ものぞいた。
顔のしわのなかに、35年という年輪を感じた。
あの治療室で、懸命に治療している、K医師の姿が、そのまま浮かんできた。

●娘さん

 治療が終わった。
1回の治療で終わった。
が、どうも終わり方がすっきりしない。
で、「つぎはいつ来ればいいですか?」と聞くと、「じゃあ、また来週にでもおいでください」と。
私は「はい、来ます」と答えた。
治療室を出た。

 今、あのとき教えていた娘さんが、父親の跡を継いで、父親といっしょに仕事をしている。
つまり娘さんも、歯科医師になった。
私は、今までに、何百人という医師や歯科医師を、この世に送り出してきた。
しかし自分の教え子に、治療してもらったのは、今日がはじめて。
本当に、はじめて。

 それがどういうわけか、うれしかった。
安堵感に、満足感が加わった。
車に乗ったとき、じんと胸が熱くなった。
2012/07/04


Hiroshi Hayashi+++++++July. 2012++++++はやし浩司・林浩司

●ヒッグズ粒子&CERN(サーン)

 「ヒッグズ粒子」なるものが、発見された。
「神の素粒子」とも呼ばれている。
Yahooニュースは、つぎのように伝えている。
 
 『4日に行われたBBC(英国放送協会)とのインタビューでホーキング博士は、「これは重要な発見だ。ピーター・ヒッグス氏はノーベル賞をもらうべきだ」と述べつつも、「しかしこの物理学上の偉大な進歩が、われわれが予想していなかった結果を出した実験からもたらされたというのは、ある意味で残念なことだ」とつづけた』と。

●CERN(サーン)

 この日本では、「CERN」の名前を知る人は少ない。
「息子はCERNで働いています」と言っても、みな「?」の顔をする。

CERN……『スイスのジュネーヴ郊外でフランスと国境地帯にある、世界最大規模の素粒子物理学の研究所。
「欧州合同原子核研究機構」、「欧州合同原子核研究機関」、「ヨーロッパ合同原子核研究機構」、または「欧州原子核共同研究所」などとも呼ばれる。
研究内容が素粒子物理学を中心としていることから、「ヨーロッパ素粒子物理学研究所」、「欧州素粒子原子核研究機構」などの通称もある』(以上、ウィキペディア百科事典)と。

 実際には、CERNで出てきた研究結果(データ)は、そのまま2つのルートで世界に流される(息子談)。
そのうちひとつは、衛星を介して、一度インディアナ州のインディアナ大学に集められる。
大学といっても、端から端まで、車で2時間弱もかかる広大なキャンパスを誇る。
その情報を、一部は、スパコンを使って分析する。
が、スパコンの能力には限界がある。
そこでその情報は、世界中の大学の中型コンピューターに分散して流される。
もちろん、その中には、東京大学も含まれる。

 その管理を、息子と他の2人の研究者がしている。
他の2人は、ニューヨークとラスベガスにいる。
「どうしてそんな仕事ができるのか?」と聞くと、息子はこう答えた。
「常時、テレビ電話で、つながれている」と。
「ときどき東京大学からも、研究者が来るよ」とも。

 現在、先にも書いたように、CERNから出てきたデータは、2つのルートで世界に流される。
「アメリカ方式」と「ヨーロッパ方式」と呼ばれている。
使っているソフトがちがう。
そこで息子は、その2つのソフトの統合ソフトの開発も手がけている。

 なお息子に言わせると、「今は、もうスパコンの時代ではない」とのこと。
あくまでも息子がそう言っているだけだが、無数の中型コンピューターをつないだほうが、効率のよい分析ができるそうだ(息子談)。
(息子は、州立大学の学生のときから、コンピューターの接続を専門としていた。)

 このあたりの話になると、私にもまったく理解できない。
で、昨年、こういう会話をした。

「東京では、そういう仕事はできないのか?」と。
日本も、この分野では、最先端を行くと私は思っていた。
が、息子は、こう答えた。
「東京には、そういう仕事はない。パパ、日本は相手にされていないよ」と。

 悲しい話だが、これも日本人の知らない事実のひとつ。
それはともかくも、そのCERNで、「神の素粒子」が発見された。
目下確認中だが、発見は、ほぼまちがいないようだ。
「ピーター・ヒッグス氏はノーベル賞をもらうべきだ」という話も出ている。

 そんなわけで、CERNの名前が出るたびに、どこか誇らしい気持ちになる。
うれしい。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 二男 CERN CERN 神の素粒子)2012/07/05記


Hiroshi Hayashi+++++++July. 2012++++++はやし浩司・林浩司





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子育て最前線の育児論byはやし浩司   2012年 7月 18日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●沼津・家庭教育学級(2012年5月15日)(主催:沼津市教育委員会)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

沼津市の家庭教育学級で、講話をさせていただきました。
こじんまりとした会場でしたが、2時間という長い時間、みなさん真剣に聞いてくださいました。
ありがとうございました。

なおその帰り道、焼津市にあるグランドホテルに一泊させてもらいました。
そのときの様子をつづけて送ります。

Hiroshi Hayashi+++++++May. 2012++++++はやし浩司・林浩司

【家庭学級】(やる気のある子どもにするには!)

(1)



(2)



【焼津・グランドホテルにて】(すばらしい朝焼けでした)




【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●愚人と賢人(2004年に書いた原稿より)



 ずいぶんと昔だが、私に面と向かって、こう言った女の子(中3)がいた。



 「あんた(=私のこと)も、くだらねエ仕事、してるねエ。私やア、おとなになったら、

あんたより、もう少し、マシな仕事をすっからア」と。



 私は、その女の子を見ながら、怒るよりも先に、「なるほどなア」と思った
私のしている仕事は、その程度だということは、自分でも、よくわかっている。
しかし私は、その女の子の前では、本当の私の姿を見せていない。
見せる必要も、ない。



 まただからといって、その女の子を、責めているのでもない。
(実際には、そのまま退塾させたが……。)
最近の若い人たちは、多かれ少なかれ、みな、そうだ。
何も、彼女が、特別というわけでもない。
この時期の子どもは、生意気になることで、自分を主張しようとする。



 それに、多分、今でも、子どもたちから見る私は、バカで、ドジで、どこかダサイ、初老の男なのだろう。
私も、あえて子どもたちの前で、そういう男を演じてみせている。



 で、私は、一つの事実に気がついた。



 愚人には、賢人がわからない。
どの人が賢人であるか、その区別さえできない、と。



 たとえばこんなことがある。



 幼児クラスで、私が、わざと、「3+4」の問題を、まちがえてみせたとする。
すると、子どもたちは、「先生、ちがう!」と騒ぎだす。常識で考えれば、(あくまでもおとなの常識でだが……)、私という人間が、そんな簡単な足し算で、まちがえるはずはない。



 しかし子どもたちには、それがわからない。
中には、本気で怒ってしまう子どもさえ、いる。「あんた、本当に、先生!」と。



 しかし賢人には、愚人がよくわかる。あたかも手に取るかのように、よくわかる。
何をどう考え、どう思っているか。
そしてその先、どういう結論をだすかまで、わかる。
この足し算のケースでいうなら、子どもが怒りだすところまで、わかる。



 つまり冒頭にあげた女の子は、そのレベルの子どもということになる。
(私が賢人であるかという話は、別にして……。)
少なくとも、私は、その女の子よりは、賢人である。
だから、「なるほどなア」と思った。
またそう思うことで、自分の心を、処理した。



 で、私は、そのあと、その女の子と、こんな会話をした。



私「君は、将来、どんな仕事をするの?」

女「まあね、いろいろ」

私「たとえば……」

女「まあね。でもね、先生、私も将来、何もすることがなくなったら、塾の講師でもすっから。そのときは、先生、よろしくね」と。



 つまりその女の子は、対、私との関係では、愚人ということになる。
自分が愚人であるとさえ、気づいていない。
(だから、愚人ということになるが……。)
だから私が、どういう人間であるかさえ、わからない。
理解もできない。



 こうして私は、一つの結論を導いた。
それが、つぎの一文である。



 『愚人は、決して、自分を愚人と思わない。
しかし賢人は、いつも自分を愚人と思う。

そして愚人からは、賢人がわからない。
自分と同じ人間だと思う。が、賢人からは、愚人がよくわかる。
これが愚人と賢人のちがいである』である。



●愚人論



 簡単な例では、『堂々巡り』という言葉がある。
あるいは、『小田原評定』というのもある。
同じことを繰りかえし考えるだけで、前に進まないことをいう。
これを、「思考のループ」という。



 一度、このループ状態にはいると、進歩が止まるのみならず、ばあいによっては、後退する。



 たとえば昨夜、私はテレビのチャンネルをかえるとき、あるバラエティ番組をのぞいてみた。
夜の9時台だった。



 見ると、お笑いタレントとしてよく知られている、Sという男が、ペラペラと何かをしゃべっていた。
軽妙なタッチで、若い人たちには、それなりに受けはよい。
しかし私は、ふと、こう思った。
「この男は、5年前にも、そして10年前にも、同じことを言っていたぞ」と。



 実のところ、同じかどうかはわからない。
しかし昔、彼がしゃべったのを何度か聞いたことがあるが、どの一つも、記憶に残っていない。
何かしら、いっしょに笑ったような覚えはあるが、それだけ。



 お笑いタレントのSが、ループ状態に入って、同じようなことをしゃべるのは、構わない。
それが彼の仕事である。
問題は、それを見たり聞いたりする、視聴者である。
実は、この視聴者も、ループ状態に入る。



 もう少しわかりやすい例で考えてみよう。



 たとえばプロ野球が、ある。



 私はあるとき、プロ野球を見ながら、こう考えたことがある。



 「毎年、毎年、こうしてプロ野球は、繰りかえされる。しかし中身は、同じではないか」と。



 もちろん中身は、ちがう。試合の内容も、ちがう。
しかし三〇年前のプロ野球も、最近のプロ野球も、プロ野球は、プロ野球。
パターンこそちがうが、「プロ野球」という全体のワクは、同じ。



 ワイフと、こんな会話をした。



私「たとえばその日の献立を考える。そのとき、『何を食べようか』と考える。
考えながら、頭の中で、いくつかの料理を思い浮かべる。
そのとき思い浮かべる料理の内容はちがうか
もしれないが、献立を考えるというワクは、同じ」

ワ「だから、どうなの?」

私「思考も、これによく似ている。
いろいろなことを考えるが、一定のワクができると、そのワクの中だけで、同じようなパターンを繰りかえすようになる。
しかしこうなると、思考は、進歩を停止する」



 思考が停止した状態になると、明日も今日と同じ、あさっても、その明日と同じという状態になる。
しかしこうなれば、その人は、死んだも同然。



私「人間は考えるから、人間なのだ」

ワ「いつものあなたのセリフよ」

私「そうだ。考えることによって、前に進むことができる」

ワ「考えなかったら……?」



 私は、老人たちの会話を例にあげた。
どこかの公園に集まって、毎日、毎日、同じ会話を繰りかえしている、あの老人たちである。



 もちろんそれが悪いというのではない。
人は、人、それぞれ。またほとんどの人は、みな、そうなる。
しかし若い人は、そうであってはいけない。



私「若い人でも、思考のループに入ってしまう人はいくらでもいる」

ワ「そういう人は、死んでいるの?」

私「思考的には、そういうことになる」



 そこで問題は、どうすればそのループ状態から、抜け出ることができるかということ。

いや、その前に重要なことは、自分が、ループ状態にあることに気がつかなければならない。



 たとえば、今のあなたを、10年前のあなたとくらべてみればよい。
20年前のあなたとくらべてみればよい。
が、それがわからなければ、あなたの近くにいる、叔父や叔母を一人選んで、その人を外から観察してみればよい。



 あなたなら、あなた。
その人なら、その人が、10年前と同じ、あるいは20年前と同じというのであれば、あなたや、その人は、ループ状態にいるとみる。
このタイプの人は、10年一律なことばかりを、口にする。
そして同じことを、同じパターンで繰りかえす。



 では、どうするか。
そういうループ状態から抜け出るには、どうするか。
このことを、あの釈迦は、『精進(しょうじん)』という言葉を使って説明した。
つまり常に、今のカラを破り、前に進む。
そこに生きる、人間の尊さがある。
人間の価値がある、と。



私「大切なことは、考えること。この一語に、行きつく」

ワ「どう考えるの?」

私「いいか、思想というのは、言葉でできている。だから考えるということは、ものを書くことということにもなる人間は、書きながら考え、考えながら、書く。
そうすると、荒野の荒地に、ときどき小さな、光るものを見つけることがある。
あとは、その光るものを、どこまでも追いつづければいい」と。



ワ「それが精進ってことね」

私「そう。あえて言うなら……」

ワ「何よ……」

私「先へ進めば進むほど、相対的に、まわりの人が、幼稚に見えてくる」

ワ「愚かに見えてくるということ?」



私「はっきり言えば、そういうことになるかもしれない。
だから10年前、あるいは20年前につきあった人と、会ってみればいい。
そういう人と会って話してみたとき、自分が、昔のままだと感じたら、たがいにループ状態にいるとみていい。
しかし相手が愚かに見えたら、自分はループ状態から、抜け出たとみていい」と。



 こうして人間は、死ぬまで、歩きつづける。
求めて、求めて、歩きつづける。もちろんゴールは、ない。
そう言いきるのは危険なことかもしれない。
しかしゴールは、ない。
荒野は、どこまでも果てしなく、つづく。
そしてゴールだと思っても、必ず、その先は、ある。



 最後にもう一度。



 愚人は、決して、自分を愚人と思わない。
しかし賢人は、いつも自分を愚人と思う。
そして愚人からは、賢人がわからない。
自分と同じ人間だと思う。
が、賢人からは、愚人がよくわかる。
これが愚人と賢人のちがいである。
(040127記)

(はやし浩司 愚人 賢人 愚人論 賢人論 はやし浩司 くだらない仕事 マシな仕事 ある女子中学生 生意気な子ども つまらない仕事)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●不便と不快感

 こうして考えてみると、「あえて不便」には、2つの意味があることがわかる。

 ひとつは、行動面の不便。
これはわかりやすい。
で、もうひとつは、精神面の不便。
が、これは(不便)というよりは、(不快感)。
一見、まったく別の不便さに見えるかもしれない。
しかし脳内で起こる反応は同じ。
その処理方法も、メカニズム的には、同じ。

 わざと楽でない方法を選びながら、自分の脳に刺激を与えていく。
(不便)や(不快感)から、逃げていたのでは、刺激にならない。
あえて不便を求め、不快感を求める。
それはちょうど、寒い夜にサイクリングに出かけるような気分に似ている。
出かけたいか、出かけたくないかと問われれば、だれだって(?)、出かけたくない。
しかしサイクリングから戻ってきたときの爽快感が、たまらない。
その爽快感を知っているから、あえてサイクリングに出かける。

 ……逆に、もし、(不便)や(不快感)のない生活になってしまったら、(もちろんそれには限度というものがあるが……)、何とつまらないことか。
それこそただ「息(いき)る」だけの人生になってしまう。

 何としても、それだけは避けなければならない。
……ということで、今日も、「あえて不便」を求めて、がんばろう。
2012/05/17朝記

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 あえて不便 息る 生きる)

(追記)

 あのときあの女子中学生をそのまま退塾させたのには、別の理由がある。
日ごろの言動が生意気なのに併せて、学習態度が粗放。
ほかの子どもたちがその影響を受け始めたからである。
念のため。


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2012++++++はやし浩司・林浩司

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【息(いき)る人生】

●あえて不便

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

このところ、「あえて不便」に、心がけている。
(便利)イコール、(望ましいこと)ではない。
あえて不便にし、生活のリズムを変える。
たとえば、パソコン上からカレンダーを消した。
とたん、日にちがわからなくなった。

それまでは、目を横にやれば、その日の日にちがわかった。
曜日もわかった。

で、今は、そのつど、壁に張ったカレンダーを見る。
日にちを調べる。
曜日を調べる。

こうした(不便)は、脳を活性化させる?
というか、生活がマンネリ化すると、刺激が乏しくなる。
単調になる。
それ以外のことが、できなくなる。

そうでなくても、使わない知識や知恵は、どんどんと消えていく。
それに気がつかないまま、どんどんと消えていく。
それがこわい。

だから「あえて不便」。
不便な道を選ぶ。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●「だから、それがどうしたの?」

 私の年齢になると、「だからそれがどうしたの?」という疑問が、すぐ追いかけてくる。
いつも追いかけてくる。
たとえば「長寿」。
「長生きしたからといって、それがどうしたの?」と。

 答え方をまちがえると、そのまま自己否定の世界に陥ってしまう。
自己否定ほど、恐ろしいものはない。
だから多くの人は、自分の過去にしがみつく。
学歴、肩書き、地位にしがみつく。
それを否定されたら、自分が自分でなくなってしまう。
それこそ「何のための人生だったの?」となる。

●生きる目的

 昨日、講演の依頼があった。
講演というより、講話。
ある小学校の学年単位の講話である。
講演に大小があるとするなら、もっともミニサイズの講演ということになる。
講演料も安い。
1万円。

 が、1万円が悪いというのではない。
すぐ先方に電話を入れ、確認。
「……もし、先生が自腹を切られるというのであれば、無料で結構です」と。

 また講演時間も、短い。
計画表を見ると、45分とある。
しかし45分で、何が話せるのか。
……ということで、時間を延ばしてもらった。
1時間半にしてもらった。

 よく誤解されるが、講演というのは、長いからつらいとか、短いから楽ということはない。
使うエネルギーは同じ。
……というか、いくらミニサイズの講演会でも、私は手を抜かない。
かならず10ページ前後のレジュメを用意する。
それを会場で配付してもらう。

 もちろん、(仕事)には、ならない。
しかし「だから、それがどうしたの?」と自問したとき、そういう講演会ほど、明確な答が返ってくる。

 「それが生きる目的」と。

●無私、無欲

 一方、数日前、ある相談があった。
フォーム(=個人連絡用)での相談だった。
子どもの発達障害に関するものだった。
で、転載許可を求めると、「いかなる場合も、不許可」と。
「一文たりとも、許可しない」と。

 こういうばあいは、私は、簡単な返事を書いたあと、即、削除することにしている。
深く読めば、内容が記憶に残る。
それがどこかで亡霊のようになって出てくる。
そのとき、それがトラブルの原因となる。

 無私、無欲とはいうが、返事を書くのに、最低でも1~2時間はかかる。
それにこの種の相談は、繰り返しやってくる。
そのつど、いつも同じような返事を書く。
が、それが問題ではない。
私にとっては、その1~2時間が、惜しい。
1~2時間もあれば、新しい知識を吸収することができる。

 だから即、削除。
記憶に残さない。

 で、すかさず抗議のメールが入った。

いわく「あなたに相談したことを、後悔している。相談内容を、ぜったいに公開しないことを約束してほしい」と。

●リンカーン・コンチネンタル

 生きる目的というのは、そのつど複雑に交錯する。
損を考えたり、得を考えたり……。
ときにその意味さえ、見失う。
「ああ、私も、このままこの先、朽ちていくのか」と。
というのも、今まで、私は多くの成功者や失敗者を、直接見てきた。
若いころは、今の私ですら本当にそんなことがあったのかと思えるような世界に住んでいた。

 30代のはじめには、運転手付のリンカーン・コンチネンタル・マーク4に乗っていた。
どこかの金持ちが、貸してくれた。
それで東京と浜松の間を、行き来していた。
また東京では、ホテル・ニューオータニ以外には泊まったことがない。
そんな私だったが、今は、TOYOTAのプリウス。
燃費を気にしながら、細々と乗り回している。
そうそうこんなこともあった。

●ある女子中学生

 15年ほど前のこと。
手がつけられないほど、生意気な女子中学生がいた。
ドラ娘。
まさにドラ娘、そのもの。
トイレから戻ってくると、あるとき、こう言った。

「私ね、汚れたトイレは苦手なのよね。生理的嫌悪感を覚えるのよね」と。

 で、そのあと、私はその女子中学生を、あれこれと説教した。
「ぼくたちの時代には、ボットン便所が当たり前だった」というような話もした。
が、しばらくすると、私にこう言った。

「あんた(=私のこと)も、くだらねエ仕事(=塾教師)、してるねエ。私やア、おとなになったら、あんたより、もう少し、マシな仕事をすっからア」と。

 この一言が私を激怒させた。
私はその場で、その女子中学生を、退塾させた。
「今日は、このまま帰りなさい!」と。

 ……この話は以前にも書いた。
原稿を探してみる。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(以下、日付は、2004年になっている。
が、現在、この女子中学生は、40歳くらいになっているはず。)

Hiroshi Hayashi+++++++May. 2012++++++はやし浩司・林浩司

【浜松市・雄踏町に現れたUFOを検証する】はやし浩司 2012-05-19

●信頼できるBT氏


 12年来の友人でもあり、信頼できるできるBT氏が、昨夜(5月18日)、1枚の写真を届けてくれた。
「何かが写っている」と、BT氏は言った。


 まず、その写真をここに紹介する。


(1)元の写真(矢印部に注目)


 なお矢印は2か所につけたが、左の矢印のやや右側にも、もう1個、白い物体が写っているのがわかる。


UFO(1)


(2)元の写真の明度をあげてみた。


 白い物体を、より鮮明にしてみた。


UFO(2)


(3)左の矢印部を拡大してみた。


UFO(3)


(4)右の矢印部を拡大してみた。


UFO(4)


 昨夜(18日)と、今日(19日)、2度、現場へ行って検証してみた。
左側の物体は、屋根の上にあるように見える。
右側の物体は、道路から、10~13メートル高いところに浮かんでいたことがわかった。
詳しくは、後述する。


●現場へ


 昨夜(5月18日)、午後11時ごろ、現場へ行ってみた。
場所は、BT氏より詳しく聞いていたこともあり、すぐわかった。
フラッシュなしで、撮影してみた。


DSC02694


●再び現場へ


 今日(5月19日)、午前11時30分ごろ、オーストラリアの友人とワイフ、それに私の3人で、現場へ行ってみた。
この写真の写っている家の家人(女性)から話を聞くことができた。


(1)50歳くらいの女性だったが、写真を見て、たいへん気味悪がった。
(2)枕などではないかと聞いたが、裏の屋根(北側の屋根)では、ものを干さないと答えた。
(3)白い物体に、思い当たるものはないかと何度も念を押し聞いたが、「ない」と答えた。
(4)写真を撮った位置に立ち、私たちも現場を検証してみたが、右側の白い物体は、道路から高さ10メートル以上の位置にあることがわかった。
(目測では、10~13メートル前後だった。
少なくとも、工事用のバルーン型照明器具ではないことは確認できた。)


DSC02695


ほぼ同じ位置から撮影してみた。


DSC02697


道路(浜松市内から雄踏町へ抜ける道路がある。その道路に向かって、20メートルほど、先に進んでみた。この写真の、山の大きさから、右側の物体が、かなり高いところに浮いていたことがわかる。)


●考察


 このタイプのUFOは、各地で頻繁に目撃されている。
集団で現れることが多いよう。
結論は、まさにUFOということになった。
未確認飛行物体ということになる。
あとの判断は、読者諸氏に任せる。
2012/05/19記


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Hiroshi Hayashi+++++++July. 2012++++++はやし浩司・林浩司

【K君との会話】はやし浩司 2012-05-20

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

昨日、市内のホテルで、K君と食事をした。
K君は、メルボルン大学(オーストラリア)で、修士号(Master’s Degree)を取得したあと、現在に至るまで、モナーシュ大学(メルボルン)に籍を置いている。
大学の教官(インストラクター)を、総合的に指導する立場にある。
その場でのこと。
いろいろな話をした。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●ノーベル賞受賞者

 モナーシュ大学に、現在、ノーベル賞受賞者はいるかと尋ねると、「いない」と。
理由を聞くと、「受賞すると、みな、ほかの大学や研究機関に移ってしまう」と。
欧米では、学生はもちろん、教授たちも、よりよい教育(待遇)を求めて、大学から大学へと渡り歩く。
日本の大学で見るような、徒弟制度そのものがない。

 「インターナショナルハウス(メルボルン大学)には、毎週のようにノーベル賞受賞者がやってきて、泊まっていった」と話すと、「それは今でも、そうだ」と。
が、そのあと、K君は、こう言った。

「ヒロシは、あのノーベル賞という賞が、公平と思うか」と。

●ノーベル賞

 K君はいくつかの例をあげ、ノーベル賞の問題点をあげた。
まず推薦人制度。
それぞれの国には、推薦人が割り当てられている。
どういう基準で、だれが選ばれるか、だれも知らない。
その推薦人が、ノーベル受賞者をノルウェー政府に推薦する。

 つぎに今では、研究といっても、単独で研究する例は少ない。
複数以上の研究者が集まって、共同で研究する。
しかし賞を受けるのは、その「長」ということになっている。

 実際K君が知っている例でも、部下に研究を任せ、自分では何もしなかった研究者がノーベル賞を受けた例もあるという。
「日本でも、昔、SEという元首相が、ノーベル平和賞を受けたことがある」と話すと、K君は、笑った。

●知識人

 私は率直にこう言った。
「ぼくは、君がうらやましい。毎日、第一級の知識人(インテリジェントな人)と、接することができる」と。

 が、K君はこう言った。
「ヒロシ、インストラクター(教授たち)といっても、ほとんどが、頭がおかしい。君がうらやましがるような世界ではない」と。

私「しかし、ぼくはいつも、知識に飢えている。知識人に会う機会が、ほとんどない」
K「ぼくは大学にいても、いつも本ばかり読んでいる。今はインターネットがある。ヒロシも、そうすればいい」と。

 学生時代のK君は、毎日本ばかり読んでいた。
今でも世界中を回りながら、古本をあさるのが、K君の趣味にもなっている。
が、K君は、私の住んでいる世界を知らない。
あえて言えば、私の住んでいる世界は、砂漠のような世界。
一方、K君は、知識が水のようにこんこんとわき出る、オアシスのような世界に住んでいる。

 「知識」に対する基準、そのものが、ちがう。
「飢え」の感じ方、そのものが、ちがう。

●有名人

 たまたま私の前の席に、その世界では有名なスポーツ選手が座った。
年齢は30歳くらい。
妻らしき女性と、数人の家族が同席していた。
私がK君に、「あの男は日本でも有名な、プロ~~だ」と教えると、すかさず、K君はこう言った。
「バカ顔(no brain)に見える」と。

K「日本ではどういう人を、有名(famous)と言うのか」
私「正しくは、よく知られた人(well-known)と言うべきだったかもしれない」
K「商業主義の世界では、人は正しく評価されない」
私「そう。ぼくも、その意見に同感だ。この4月に、慶応大学に9000人の化学者が集まった。ぼくの知人がその場で、基調講演をした。が、この日本では、ただの一行も、またただの1秒も報道されなかった」
K「オーストラリアでも、そうだ」と。

 で、その一方で、商業主義に乗った人たちが、この日本では、「よく知られた人」となり、それを自分の名声や財力につなげていく。

●低進国

 「低進国」という言葉は、私が考えた。
「後進国」というのは、経済用語。
「低進国」というのは、文化用語。
この日本は、先進国かもしれないが、低進国。

 英語でどう表現したらよいか。
それが議論になった。
たとえば以前は、後進国と言った。
が、20年ほど前から、発展途上国と言うようになった。
だから「低進国では、まずい」と。
あえて言うなら、「文化的発展途上国(Culturally Newly-developing Country)」。

 「日本では、テレビへの露出度で、文化人が決まる」と話したら、オーストラリアでは、それはないと教えてくれた。
「社会への貢献度で決まる」と。

●ハーバード大学で講演?

 こんな話もした。

 もう20年ほど前のこと。
日本のある宗教指導者が、ハーバード大学で講演をしたという。
が、この話そのものが、「?」。

 外国の大学を少しでも知っている人なら、だれしも首をかしげる。
そこで私は、すかさずハーバード大学へ電話を入れた。

 もちろんハーバード大学といっても、広い。
会場となるような会館(ホール)は、いくつもある。
広い講義室を貸すこともある。
もちろん有料。
で、やっとそのホール(会場)を見つけた。

 で、電話で聞くと、「どこかの団体に貸したことはある」と。
「詳しくは文書で返事するから、文書で問い合わせてほしい」とも。

 そこですぐ私は手紙を書いた。
折り返し返事が届いた。
それにはこうあった。

 「在米のある団体に、会場(講義室の1室)を貸した。利用目的、内容は、大学としては、関知しない」と。

 が、この日本では、そういうことが堂々と宣伝に利用される。
あたかもハーバード大学に招へいされ、講演でもしたかのように装う。

 そんな話をK君にしたら、K君は、フンと鼻先で笑った。

●SKI

 話は家族、さらには遺産の話にも及んだ。
オーストラリアでも、息子や娘には遺産を残さない人がふえているそうだ。
それを、つまり、子どもに遺産を残さないことを、英語では、「SKI(スキー)」と言うと。

 「Spend the Kids’ Inheritance(子どもの遺産を消費する)」を略して、「SKI」と。

 私がどういう言い回しをするのかと尋ねると、「I am going to SKI.(スキーに行く=ぼくは息子や娘たちに財産を残さない)」と教えてくれた。

 オーストラリアでは制度として整っているから、息子や娘が親の老後の世話をするということは、めったにない。
K君自身も、国からの年金など、あてにしていない。
民間の保険会社に積み立てた私的年金で老後を、老人ホームで過ごすつもりという。

 SKI……おもしろい言い方なので、ここに記録する。

●忘却

 ほかにもいろいろな話をした。
が、数日もたつと、そのほとんどを忘れてしまう。
その場だけでも、2時間も話した。
が、こうして記録できることは、たったのこれだけ。
読めば、5分足らずの文章でしかない。
残りの1時間55分は、どこへ消えたのか。

 考えてみれば、これほど恐ろしい話は、そうはない。
2012/05/20記


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2012++++++はやし浩司・林浩司


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