2012年7月26日木曜日

School Refusal by Hiroshi Hayashi

【今週のBW教室より】2012/07/26

●年長児のお話作り



●小2児に棒グラフを教える




Hiroshi Hayashi+++++++July. 2012++++++はやし浩司・林浩司

●Pippi(ぼたんインコ)のしつけ

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

Pippiが、このところ、ものを鋭くかむようになった。
とくに私たちの肩にやってきて、耳たぶをかむ。
これがかなり痛い。
(中には、耳たぶを食いちぎるぼたんインコもいるとか。)

危険度があがった……ということで、ワイフも息子も、Pippiが、肩にあがったとたん、耳たぶをかまれないように、警戒態勢。
注意するようになった。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●無駄な行為

 ぼたんインコもそうだし、また乳幼児期の子どもも、そうである。
この時期のインコも子どもも、無駄なことはしない。
何かをするときには、かならず、理由がある。
あるいは、そういう行為をするには、そこに至るプロセスがある。

 その理由やプロセスを無視し、いきなり叱っても意味はない。
ないばかりか、かえって症状を悪化させる。

 たとえばPippiは、書斎と廊下の間を、何度も行ったり来たりする。
そのとき、ときどき私の手元に戻ってきては、いきなり指を強くかむ。
ギリギリと強くかむ。
これは欲求不満によるもの。

廊下の窓からは、外の景色がよく見える。
そこからはスズメや、ハトが庭で遊んでいる様子が、よく見える。
それを見ると、Pippiは、かなり興奮状態になる。
私の指を強くかむのは、そのとき。

●耳たぶ

 耳たぶをかむという行為にしてもそうだ。
私たちは耳たぶをかまれると、痛いという不快感が先にくる。
冷静に考える余裕はない。
が、よくよく観察すると、Pippiは、それを遊びのつもりでしているのがわかる。
私たちが痛がっているということが、理解できない。
「痛い、痛い」と手でPippiを肩からおろす。
すかさずPippiは肩までやってきて、また耳たぶをかむ。

 つまり耳たぶをかむのは、「遊んでほしい」という意思表示。
そのために、耳たぶをかむ。

 また私たちが「痛い!」と言って反応するのを、Pippiは、遊んでもらっていると誤解する……ようだ。

 だからそういうときは、根気よく、叱るしかない。
強く息を吹きかけながら、「痛いだろ」と強く、にらみつける。
体罰は、もちろんタブー。
体罰を加えても、それが何を意味するのか、Pippiには、理解できない。
(=理解できるはずもない。)

 体罰を加えれば、かえって人間を恐れるようになる。
で、それでも耳たぶをかじるようであれば、そのまま鳥かごの中に入れる。
「禁錮、3時間!」とか、何とか私は言う。

 で、3時間くらいしたところで、鳥かごから出してやる。
たいていおだやかで、やさしいPippiに、戻っている。

●人間の子ども

 人間の子どもも、同じ。
子どもに何かの症状が出たら、その理由、原因、プロセスをさぐる。
先にも書いたように、「何もない」ということは、こと幼児に関して言えば、ない!
かならず、ある!

 そうした理由、原因、プロセスを無視して、(しつけ)なるものをしても意味はない。
たとえばこんな例で考えてみよう。

●「がまんしてください」

 X君(年中児・4歳)という子どもがいた。
知的な遅れが目立った。
レッスンの間も、焦点の定まらない目つきで、ボーッとしていた。
先生との応答も、かみ合わなかった。
数の問題を出しても、思いついた数字を口にするだけ。
あとはゲラゲラとわらいこけていた。

 そういうX君を母親は見ながら、かなり気をもんだらしい。
が、先生は、こう言った。
「がまんしてください」と。

 というのも、この時期、発達曲線は、みな同じではない。
早熟的に発達する子どももいれば、そうでない子どももいる。
大切なことは、その子どもを楽しませること。
「楽しい」という思いが、好奇心を伸す。
学習意欲を育てる。

●LD児

 で、何とか小学校入学前には、それが目立たない子どもになった。
そのままだったら、LD児と診断されたかもしれない。
が、ここからが、よくあるケース。

 何か問題のある子どもが、(ふつう)になっても、親は、「よくなった」とは思わない。
それが当たり前と考える。
あるいは中には、「何も効果がなかった」と言う親さえいる。
「2年間、通いましたが、効果がありませでした」と。

 数値で表現するのは、適切ではないかもしれない。
が、数値で表現してみると、こうなる。

 X君は、平均児を(5)とすると、(3)前後の力しかなかった。
それが入学前に(5ー)になった。
ほかの子どもたちは(6)(7)の能力を示すようになった。

が、親はそれを喜ぶ前に、「うちの子は、やればできるはず」と思うようになった。
とたん、塾づけ。
週に3か所、4時間も通うようになった。
とたん、オーバーヒート。

 目をまばたきするチックが現れた。
食後、ときどき嘔吐することもあった。
で、眼科へ連れていくと、「過負担(塾)が原因です」と。
X君が、小学3年生になったときのことだった。

●徐々に減らす

 こういうケースのばあい、おけいこ塾にしても、負担にしても、少しずつ減らすのがよい。
……というケースは、私は何十例も経験している。
いきなりゼロにすると、あとあと立ち直れなくなる。
「また何かをさせよう」としても、子どもは、拒絶反応に似た症状を示すようになる。

 が、X君の母親は、すべてを、や・め・た!

 で、しばらくは、穏やかな日々がつづいた。
チックの症状は残ったが、ほかの神経症的な症状は軽くなった。
母親は、喜んだ。
が、同時に、X君は、まったく勉強をしなくなってしまった。
宿題すら、手をつけようとしなくなってしまった。
3年になってから買ったワークブックは、そのままほこりをかぶるようになった。

 とたん、母親に今度は、あせりが始まった。
「このままでは、うちの子は、遅れてしまう!」と。

 ……ついでに言うと、こうしたケースでは、徐々に、少しずつ負担をふやすのがよい。
が、X君の母親には、それを理解するだけの知的能力がなかった。
過干渉的で、すべてをその母親が取り仕切っていた。

●学校恐怖症

 ジョンソンの学校恐怖症を、この日本で最初に紹介したのは、この私である。
こんなことを自慢しても、どうしようもないが、最近では、不登校イコール、学校恐怖症と考える人が多くなった。
「恐怖症」に準じて考える。

 学校恐怖症については、たびたび書いてきた。
原稿を探してみる。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

【子どもが恐怖症になるとき】

●まさに九死に一生

 先日私は、交通事故で、あやうく死にかけた。
九死に一生とは、まさにあのこと。
今、こうして文を書いているのが、不思議なくらいだ。
が、それはそれとして、そのあと、妙な現象が現れた。
夜、自転車に乗っていたのだが、すれ違う自動車が、すべて私に向かって走ってくるように感じた。
私は少し走っては自転車からおり、少し走ってはまた、自転車からおりた。こわかった
……。恐怖症である。子どもはふとしたきっかけで、この恐怖症になりやすい。たとえば以前、
『学校の怪談』というドラマがはやったことがある。
そのとき「小学校へ行きたくない」と言う園児が続出した。
あるいは私の住む家の近くの湖で水死体があがったことがある。
その直後から、その近くの小学校でも、「こわいから学校へ行きたくない」という子どもが続出した。
これは単なる恐怖心だが、それが高じて、精神面、身体面に影響が出ることがある。
それが恐怖症だが、この恐怖症は子どものばあい、何に対して恐怖心をいだくかによって、ふつう、次の三つに分けて考える。

(1)対人(集団)恐怖症……子ども、特に幼児のばあい、新しい人の出会いや環境に、ある程度の警戒心をもつことは、むしろ正常な反応とみる。
知恵の発達がおくれぎみの子どもや、注意力が欠如している子どもほど、周囲に対して、無警戒、無頓着で、はじめて行ったような場所でも、わがもの顔で騒いだりする。
が、反対にその警戒心が、一定の限度を超えると、人前に出ると、声が出なくなる(失語症)、顔が赤くなる(赤面症)、冷や汗をかく、幼稚園や学校がこわくて行けなくなる(学校恐怖症)などの症状が表れる。
さらに症状がこじれると、外出できない、人と会えない、人と話せないなどの症状が表れることもある。

(2)場面恐怖症……その場面になると、極度の緊張状態になることをいう。
エレベーターに乗れない(閉所恐怖症)、鉄棒に登れない(高所恐怖症)などがある。
これはある子ども(小一男児)のケースだが、毎朝学校へ行く時刻になると、いつもメソメソし始めるという。
親から相談があったので調べてみると、原因はどうやら学校へ行くとちゅうにある、トンネルらしいということがわかった。
その子どもは閉所恐怖症だった。
実は私も子どものころ、暗いトイレでは、こわくて用を足すことができなかった。
それと関係があるかどうかは知らないが、今でも窮屈なトンネルなどに入ったりすると、ぞっとするような恐怖感を覚える。

(3)そのほかの恐怖症……動物や虫をこわがる(動物恐怖症)、死や幽霊、お化けをこわがる、先のとがったものをこわがる(先端恐怖症)などもある。
動物のお面をかぶって見せただけで、ワーッと泣き出す「お面恐怖症」の子どもは、一五人に一人はいる(年中児)。
ただ子どものばあい、恐怖症といってもばくぜんとしたものであり、問いただしてもなかなか原因がわからないことが多い。
また症状も、そのとき出るというよりも、その前後に出ることが多い。
これも私のことだが、私は三〇歳になる少し前、羽田空港で飛行機事故を経験した。
そのためそれ以来、ひどい飛行機恐怖症になってしまった。
何とか飛行機には乗ることはできるが、いつも現地ではひどい不眠症になってしまう。「
生きて帰れるだろうか」という不安が不眠症の原因になる。
また一度恐怖症になると、その恐怖症はそのつど姿を変えていろいろな症状となって表れる。
高所恐怖症になったり、閉所恐怖症になったりする。
脳の中にそういう思考回路ができるためと考えるとわかりやすい。
私のケースでは、幼いころの閉所恐怖症が飛行機恐怖症になり、そして今回の自動車恐怖症となったと考えられる。

●忘れるのが一番

 子ども自身の力でコントロールできないから、恐怖症という。
そのため説教したり、叱っても意味がない。
一般に「心」の問題は、一年単位、二年単位で考える。子どもの立場で、子どもの視点で、子どもの心を考える。無理な誘導や強引な押しつけは、タブー。無理をすればするほど、逆効果。
ますます子どもはものごとをこわがるようになる。
いわば心が熱を出したと思い、できるだけそのことを忘れさせるような環境を用意する。
症状だけをみると、神経症と区別がつきにくい。
私のばあいも、その事故から数日間は、車の速度が五〇キロ前後を超えると、目が回るような状態になってしまった。
「気のせいだ」とはわかっていても、あとで見ると、手のひらがびっしょりと汗をかいていた。
が、少しずつ自分をスピードに慣れさせ、何度も自分に、「こわくない」と言いきかせることで、克服することができた。
いや、今でもときどき、あのときの模様を思い出すと、夜中でも興奮状態になってしまう。
恐怖症というのはそういうもので、自分の理性や道理ではどうにもならない。
そういう前提で、子どもの恐怖症には対処する。

(付記)

●不登校と怠学

不登校は広い意味で、恐怖症(対人恐怖症など)の一つと考えられているが、恐怖症とは区別する。
この不登校のうち、行為障害に近い不登校を怠学という。
うつ病の一つと考える学者もいる。
不安障害(不安神経症)が、その根底にあって、不登校の原因となると考えるとわかりやすい。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●子どもの不登校を防ぐ法(前兆を見落とすな!)

子どもが学校恐怖症になるとき

●四つの段階論

 同じ不登校といっても、症状や様子はさまざま(※)。
私の二男はひどい花粉症で、睡眠不足からか、毎年春先になると不登校を繰り返した。
が、その中でも恐怖症の症状を見せるケースを、「学校恐怖症」(A・M・ジョンソン)、行為障害に近い不登校を「怠学(truancy)」といって区別している。
これらの不登校は、症状と経過から、次の三つの段階に分けて考える(長崎大・中根允文氏)。
心気的時期、登校時パニック時期、自閉的時期。
もう少しわかりやすくすると、
次のようになる。

(1)前兆期……登校時刻の前になると、腹痛、頭痛、脚痛、倦怠感、吐き気、気分の悪さを訴える。
症状は午前中に重く、午後に軽快し、夜になると、「明日は学校へ行く」などと、明るい声で答えたりする。
これを症状の日内変動という。
理由を聞くと、「A君がいじめる」などと言ったりする。
そこでA君を排除すると、今度は「B君がいじめる」と言い出したりする。
理由となる原因(ターゲット)が、そのつど移動するのが特徴。

(2)パニック期……攻撃的に登校を拒否する。
親が無理に車に乗せようとしたりすると、狂ったように暴れ、それに抵抗する。
が、親があきらめ、「もう今日は休んでもいい」などと言ったりすると、一転、症状が消滅する。
ある母親は、こう言った。「学校から帰ってくる車の中では、鼻歌まで歌っていました」と。

(3)自閉期……自分のカラにこもる。
特定の仲間とは遊んだりするが、心の中はいつも緊張状態にあり、ささいなことで激怒したり、暴れたりする(感情障害)。
この段階で回避性障害(人と会うことを避ける)、不安障害(非現実的な不安感をもつ。おののく)の症状を示すこともある。こうした状態が、数か月から数年続く。

④回復期……断続的に外の世界と接触をもつようになり、登校できるようになる。
週に一日~二日、月に一週~二週登校できるようになり、序々にその期間が長くなる。
(なおこの「回復期」は、私が付け足した。)

●前兆をいかにとらえるか

 要はいかに(1)の前兆期をとらえ、この段階で適切な措置をとるかということ。
たいていの親はひととおり病院通いをしたあと、「気のせい」と片づけて、無理をする。
この無理が症状を悪化させ、(2)のパニック期を招く。
この段階でも、もし親が無理をせず、「そうね、誰だって学校へ行きたくないときもあるわよ」と言えば、その後の症状は軽くすむ。
一般にこの恐怖症も含めて、子どもの心の問題は、今の状態をより悪くしないことだけを考える。
なおそうと無理をすればするほど、症状はこじれる。悪化する。 

(付記)
※……不登校の態様は、一般に、この日本では、(1)学校生活起因型、(2)遊び非行型、(3)無気力型、(4)不安など情緒混乱型、(5)意図的拒否型、(6)複合型に区分して考えられている。

 またその原因については、(1)学校生活起因型(友人や教師との関係、学業不振、部活動など不適応、学校の決まりなどの問題、進級・転入問題など)、(2)家庭生活起因型(生活環境の変化、親子関係、家庭内不和)、(3)本人起因型(病気など)に区分して考えられている(「日本教育新聞社」まとめ)。

●学校恐怖症は対人障害の一つ 

 こうした恐怖症ははやい子どもで、満四~五歳から表れる。
乳幼児期は、主に泣き叫ぶ、睡眠障害などの心身症状が主体だが、小学低学年にかけてこれに対人障害による症状が加わるようになる(西ドイツ、G・ニッセンほか)。
集団や人ごみをこわがるなどの対人恐怖症もこの時期に表れる。ここでいう学校恐怖症はあくまでもその一つと考える。

(参考)

●ジョンソンの「学校恐怖症」

「登校拒否」という言葉は、イギリスのI・T・ブロードウィンが、一九三二年に最初に使い、一九四一年にアメリカのA・M・ジョンソンが、「学校恐怖症」と命名したことに始まる。
ジョンソンは、「学校恐怖症」を、(1)心気的時期、(2)登校時のパニック時期(3)自閉期の三期に分けて、学校恐怖症を考えた。
私はそれをさらに四期に分け、次のようにした。

症状は、

第一期・不調期登校時刻になると、身体的不調を訴える。
頭痛や腹痛、脚痛、吐き気、気分の悪さ、朝寝坊、寝ぼけ、疲れ、倦怠感など。
午前中は症状が重く、午後は軽くなり、夕方になると静かに収まってくる。
床につく前に親が、「明日は学校へ行くの?」と聞くと、明るい声で「行く」と答えたりする。
この段階で、親が学校へ行きたがらない理由を聞くと、「A君がいじめるから」とか言ったりする。
そこでA君を排除すると、今度は「B君がいじめるから」と言い出したりする。
ターゲット(原因とする人や理由)がそのつど移動するのが特徴である。

第二期・パニック期登校時刻になるとパニック状態になり、はげしく抵抗したり、泣き叫んだりする。親が無理に学校へ連れていこうとすると、狂人のように暴れたりする。
しかしいったん学校へ行かなくてもよいとわかると、一転して今度は別人のように静かで穏やかな表情を見せる。
あまりの変わりように、たいていの親は、「これが同じ子どもか?」と思うことが多い。

第三期・自閉期親が学校へ行かせるのをあきらめ、子どももそれに慣れてくると、子どもは自分の世界に閉じこもるようになる。
暴力、暴言などの攻撃的態度は減り、見た目には穏やかな状態になり、落ちつく。
ただ心の緊張感は残り、親の不用意な言葉などで、突発的に激怒したり、暴れたりすることはある。
気を許した友人とは、限られた場所では遊ぶものの、その範囲や遊びは限定される。
この状態で症状は数か月から数年という単位で、一進一退を繰り返す。

第四期・回復期少しずつ友人との交際を始めたり、外へ遊びに行くようになる。数日学校行っては休むというようなことを、断続的に繰り返したあと、やがて登校できるようになる。

●学校恐怖症の対処のしかた

 第一期で注意しなければならないのは、本文の中でも書いたが、たいていの親はこの段階で、「わがまま」とか「気のせい」とか決めつけ、その前兆症状を見落としてしまうことである。
あるいは子どもの言う理由(ターゲット)に振り回され、もっと奥底にある子どもの(心の問題)を見落としてしまう。
しかしこのタイプの子どもが不登校児になるのは、第二期の対処のまずさによることが多い。
ある母親はトイレの中に逃げ込んだ息子(小一児)を外へ出すため、ドライバーでドアをはずした。
そして泣き叫んで暴れる子どもを無理やり車に乗せると、そのまま学校へ連れていった。
その母親は「このまま不登校児になったらたいへん」という恐怖心から、子どもをはげしく叱り続けた。
が、こうした衝撃は、たった一度でも、それが大きければ大きいほど、子どもの心に取り返しがつかないほど大きなキズを残す。
もしこの段階で、親が、「そうね、誰だって学校へ行きたくないときもあるわね。今日は休んで好きなことをしたら」と言ったら、症状はそれほど重くならなくてすむかもしれない。

 また第三期においても、鉄則は、ただ一つ。
なおそうと思わないこと。
私がある母親に、「三か月間は何も言ってはいけません。何もしてはいけません。子どもがしたいようにさせなさい」と言ったときのこと。母親は一度はそれに納得したようだった。しかし一週間もたたないうちに電話がかかってきて、「今日、学校へ連れていってみましたが、やっぱりダメでした」と。

親にすれば一か月どころか、一週間でも長い。
気持ちはわかるが、こういうことを繰り返しているうちに、症状はますますこじれる。

 第三期に入ったら、(1)学校は行かねばならないところという呪縛から、親自身が抜けること。
(2)前にも書いたように、今の状態をより悪くしなことだけを考えて、子どもの様子をみる。
(3)最低でも三か月は何も言わない、何もしないこと。子どもが退屈をもてあまし、身をもてあますまで、何も言わない、何もしないこと。
(4)生活態度(部屋や服装)が乱れて、だらしなくなっても、何も言わない、何もしないこと。特に子どもが引きこもる様子を見せたら、そうする。

よく子どもが部屋にいない間に、子どもの部屋の掃除をする親もいるが、こうした行為も避ける。

 要は子どものリズムで考えるということ。あるいは子どもの視点で、子どもの立場で考えること。
そういう謙虚な姿勢が、このタイプの子どもの不登校を未然に防ぎ、立ちなおりを早くする。

●不登校は不利なことばかりではない

 一方、こうした不登校児について、不登校を経験した子どもたち側からの調査もなされている。
文部科学省がした「不登校に関する実態調査」(二〇〇一年)によれば、「中学で不登校児だったものの、成人後に『マイナスではなかった』と振り返っている人が、四割もいる」という(不登校はマイナスではないと答えた人、三九%、マイナスだったと答えた人、二四%)。

そして学校へ行かなくなった理由として、

友人関係     ……四五%
教師との関係   ……二一%
クラブ・部活動  ……一七%
転向などでなじめず……一四%と、その多くが、学校生活の問題をあげている。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

 この診断表を見てもわかるように、X君は第一期にあった。
つぎのパニック期(第二期)を経て、不登校状態(第三期)になるのは、時間の問題だった。
事実、そのあと、X君は第三期に入り、そのまま不登校児になってしまった。
が、母親は、今でもこう言っている。
「幼児期に無理な学習をさせたのが、原因です」と。

 ……というようなケースは、多い。
本当に多い。
言い換えると、教える側の私たちは、そういうことも予想した上で、子どもを指導する。
親を指導する。
で、たいていの親はそれを理解し、何をすべきか、何をしてはいけないかを、判断する。
が、中には、それが判断できない親(母親)もいる。

 もしX君の母親が早い段階で、X君の能力を的確に判断していたら……。
X君の母親が、あるところで、満足していたら……。
X君の母親が「やればできるはず」と、X君を追い立てなかったら……。
X君の母親が、少しずつ、子どもの気持ちを確かめながら負担を減らしていたら……。
X君の母親がもう少し知的能力の高い人であったら……。
X君は、不登校児にならなくて、すんだはず。

(こう書くからといって、不登校児がみな、そうであるということではない。
不登校児になるには、様々な原因や理由がある。
もちろん心の病気がからんでいることも多い。
ここで書いているのは、そのうちのひとつに過ぎない。どうか、誤解のないように!)

●不登校

 X君の母親が、再びX君を私のところへ連れてきたのは、その数か月のことだった。
それについて書いた原稿も、どこかにあるはず。
なお内容は、少し変えてある。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●親の心 

 子どもの心に何か問題が起きたとする。
するとたいていの親は、それをなおそうとする。
「まだ何とかなる」「そんなはずはない」と考える。が、原因が自分にあると考える親は、まずいない。
しかも心の問題は外からは見えないため、これまたほんとどの親は、「気のせいだ」「心は気のもちようだ」と軽く考える。
しかしこうした誤解が、やがて悪循環を招き、少しずつだが時間をかけて、にっちもさっちもいかなくなる。

 S君(年長児)の症状は、軽いチックではじまった。
そこで母親はそれを何度となくうるさく注意した。が、チックはやがて階段をのぼるようにトントンと悪化した。症状も大きくなり、複数のチックを同時に併発するようになった。
母親はますます子どもを叱った。しかしこれがまずかった。
S君は真夜中に、はげしいけいれん状のチックを繰り返すようになった。一度は救急車まで呼んだ。
しかし親は、自分に原因があるとは決して思わなかった。
R君の母親は、見るからに神経質そうな母親だった。話し方もせっかちで、人の話をまったく聞こうとしなかった。

 やがてS君と母親はお決まりの病院めぐり。
あちこちで検査を受けては落胆したり、一抹の希望をもったりした。
S君が幼稚園へ行きたくないと言い出すと、それはますますエスカレートした。が、病院めぐりをすればするほど、S君の症状は悪化した。

母親はあとになってこう言った。
「あのまま不登校児になったらどうしようと、そればかりが心配でした」と。が、結局S君はそのまま不登校児になった。
1年生のときも、2年生のときも、ほとんど学校へは行かなかった。
私にも相談があったので、「3か月は何も言ってはいけません。S君の好きなようにさせなさい」と言ったが、母親にしてみれば、一か月だって長い。
そのつど学校へS君をひっぱっていった。
さらに病院めぐりをするようになると、もう私のアドバイスなど聞かなかった。

こうなると、私としては指導の方法はない。
さらに病院で処方される「わけのわからない薬」を飲むようになると、S君の症状は一時的には快方に向かったが、しかしそれはあくまでも一時的。そのあと薬の反作用で、症状はますますわけのわからないものになっていった。

 ……というような話はいくらでもある。
親というのは、結局は行き着くところまで自分で行くしかない。
冷たい言い方だが、これは子育てにまつわる宿命のようなもの。その途中で私のようなものがいくらアドバイスしても、意味がない。指導する側にしてみれば、そういうむなしさがいつもついて回る。これもやはり宿命のようなもの。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●「無知は罪悪である」

 こと子育てに関して言うなら、「無知は罪悪である」。
「知らなかった」では、すまされない。
とは書きつつも、みな、どんな親でも最初は「無知」の状態から始める。
それはそれでしかたのないこと。

 そこで「勉強」ということになる。
が、構える必要はない。
風通しのよい家庭環境にし、ほかの父母との情報交換ができるようにすればよい。
とくに1~2年、年上の子どもをもつ親たちと親しくなるのがよい。
けっして、殻やカプセルにこもってはいけない。

 ……ということで、またまた同じことを書き始めたので、今日はここまで。

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Hiroshi Hayashi+++++++July. 2012++++++はやし浩司・林浩司




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