2011年10月31日月曜日

*Are we Japanese?

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 彡彡人ミミ      彡彡彡彡彡
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q 0―0 MMMMM ∩ ∩ MM m
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凸/Σ▽乃q ・ ・ p ̄Σ▽乃 ̄` /
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 子育て最前線の育児論byはやし浩司     10月 31日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【小1児に、分数と分数の概念を教える】

●Active Learners(積極的に学ぶ子どもたち)

いつもにぎやかなクラスです。
で、今日は年間計画表に従い、分数と分数の概念を教えてみました。
で、結果は、ご覧の通りです。
ワイワイ騒いでいるうちに、何となく覚えてしまったようです。
このビデオで見ていただきたいことは、子どもたちの積極性です。
アメリカでは、「アクティブ・ラーナー(Active Learners)」という言葉をよく聞きます。
積極的に学ぶ子どもという意味です。
「1年生に分数!」と驚く人も多いかと思いますが、それこそ偏見と誤解です。
こういう教育をすると、ほとんどの人は、子どもが苦しんでいる……と誤解します。
が、そんなことはありません。
子どもたちの笑い声が、その答です。
それよりも子どもたちのもつ、可能性に注目してください。
子どもというのは、(足し算)→(引き算)→(繰り上がりのある足し算)→(繰り下がり
のある引き算)→……と教えるのがよいと思っている人も多いかと思います。
が、どうしてこの日本では、教育がかくも技術的なのでしょうか。
だからおもしろくない。
子どもたちがついてこない。
みな、算数嫌いになってしまう!
……ということで、私のところでは、世界でも類のない教育を実践しています。

(1)


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(3)


(4)



(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 分数の学習 分数の
概念 小学1年生に分数を教える Fractional Numbers Fraction)


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【日本人としてのルーツを大切に!】

●今どきの中学生(なぜ、今、私たちは日本人なのか?)

●錯視

 私の孫のSの写真を見て、中学生(中3女子)が、こう言った。
「まったくの白人ね」と。
そこで私は、こう言った。
「アメリカではね、だれが見ても、孫のSを見ると、アジア人(東洋人)と言うらしいよ」
と。
するとその中学生は、「ウッソー!」と。

 東洋的であるか、白人的であるかは、相対的なもの。
長く一方の世界に住んでいると、ほんのわずかなちがいが、大きなちがいになる。
「錯視」と言ってもよい。
同じ円でも、より大きな円に囲まれると、小さく見える。
より小さな円に囲まれると、大きく見える。

その中学生は、日本で生まれ育っている。
だから孫のSが、白人に見えるらしい。

 念のため、孫のSの写真をここに載せておく。

img7de5bb1bvs0hgw.jpg

●「私は欧米人」

 今でも「私は欧米人」と考えている子ども(小中学生)が多いのには、驚かされる。
理由を聞くと、「肌が白いから」と。
昨夜も、中学生たちと、そんな議論になった。
発端は、AKB48。
AKB48が、今度、外国でもプロデュース(?)されることになったという。

私「それはね、日光にそれだけ当たっていないからだよ」
子「そんなことはない。アジア人は、皆、黒い」
私「黒くないよ。マレーシアなんか行くと、ぞっとするほど美しい女性に出会う」
子「どうして……?」
私「血の交流を受けているからだよ」

子「血の交流って?」
私「そのつど歴史の中で、異邦人、つまり外国人の血が混ざっている。マレーシアのばあ
い、イギリス人の血が混ざっている」
子「外国人の血が混ざると、どうして美しくなるの?」
私「優性遺伝といってね、双方のよい遺伝子のみが伝わるからだよ」と。

●白い肌

 そこで私は、パソコンを開いた。
孫のSが、アメリカ人と並んで写っている写真はないかと、さがした。
1枚だけ、あった。

 それがつぎの写真。
孫のSが、幼稚園に通っているときのもの。

img1f92d05fzik5zj.jpg

 私はこの写真を見せながら言った。

「この写真を見れば、孫のSは、だれだって東洋人と思う。アメリカ人なら、即座にそれ
がわかる」と。

 孫のSも、ハーフだから、肌は白い。
胸などは透けるように白い。
それでもアジア人は、アジア人。
「白い」といっても、その白さがちがう。

私「つまりね、こういう議論そのものが、ナンセンス」
子「……?」
私「だからといって、日本人のほうが劣っているということではない。逆に、日本人のほ
うが、優性とか、白人のほうが優性とか、そんなことを論じても意味はない」
子「だってエ~。日本人は、中国人や韓国人とは、ちがうわ」
私「ちがわない。むしろ中国人や韓国人は、日本人を『下』、つまり劣等民族と思っている
よ」
子「そんなことはない! 日本人のほうが、かっこいい!」

私「ア~ア、今、血の交流の話をしただろ。日本人は、極東の島国で、長い間、その交流
を受けてこなかった。骨相学的にも、日本人は、世界でも、もっとも貧弱と言われている」
子「私、そんな話、信じない!」
私「信じないのは、君の勝手だけど、反対に世界の人とそんなことを論じても、かえって
笑われるだけだから、やめたほうがいい。つまりナンセンス」と。

●ナンセンス

 私はオーストラリアの大学にいたころ、身長では、下から2番目だった(IHカレッジ)。
日本では、ごくふつうの学生だった。
当時の私は、身長166・5センチ。
体重は、50キロ前後。

 とくに気になったのは、足の長さだった。
私の足は短く、ひざが飛び出て、O脚だった。
乳幼児期の栄養不足と、「正座する」という習慣が、そういう足にした。

 困ったのが、パンツ(ズボン)。
私に合うパンツなど、どこにもなかった。
だから私はいつも子ども用のパンツをさがし、買っていた。
だからというわけでもないが、「身長」に対するコンプレックスは、乗り越えることができ
た。
180~190センチもあるオーストラリア人を相手にしても、自分を小さな人間と思う
ようなことはない。
来週、私の家にやってくるD君にしても、195センチ。
D君にしても、私を小さな人間と思っていないはず。
私もこの40年間、一度も、それを気にしたことがない。

●ゆがんだ優位性

 「日本民族がすぐれた民族」と思うのは、その人の勝手。
どこの民族でも、自分たちが最高と思っている。
それはそれでよい。

 しかしその返す刀で、他民族を、「劣っている」と考えてはいけない。
そう思ったとたん、その民族は、外の世界にはじき飛ばされる。
とくに私たち日本人は、である。
言い換えると、どうして日本人だけが、こういう錯視をするようになってしまったかとい
うこと。

 これも教育のなせるわざなのか?
それとも伝統的意識によるものなのか?
それとも島国民族の悲しさによるものなのか?
20年ほど前のこと。
オーストラリアでこんな経験をした。

●アボリジニー

 オーストラリアの友人とメルボルン市内の通りを歩いていたときのこと。
向こう側から日本人の女性たちが、5~6人、集団でやってきた。
ああした通りで甲高い声で、キャッキャッと騒いでいるのは、たいてい日本人だった。

 その手前に、1人のアボリジニーの男性が、道ばたの石段に座り込んでいた。
それを日本人の女性が目ざとく見つけ、まるで獣(けもの)でも見つけたかのように、さ
らに大声で騒ぎ始めた。
なぜ大声で騒ぎ始めたのか、私にはその理由がよくわかった。
もの珍しそうにそのアボリジニーをながめたあと、(こうした行為そのものが、たいへん失
敬なことなのだが)、「ああ、気味悪い~」と。
日本語でそう言っていた。

 バカめ!
本当にバカめ!

 オーストラリアのアボリジニーは、アジア大陸から何派にわけて、移動してきた民族で
ある。
私が学生時代に学んだ記憶によれば、大きく4つの「派」があったという。
そのひとつは、日本人とルーツをともにする。
つまりあのアボリジニーは、日本人にはるかに近い民族である。
遺伝子学的には、そうである。
そうした事実も忘れて、「ギャーッ!」はない。

●化粧

 化粧に化粧を重ね、それこそ1枚、皮がめくれるほど化粧を重ねる。
その結果、日本の若い女性は、今に見る若い女性になった。
化粧を否定する者ではないが、世界的に見ても、日本人は、化粧のしすぎ。

 オーストラリア人などは、今でも、あまり化粧をしない。
当時のオーストラリア人は、ほとんどといってよいほど、化粧をしなかった。
しても口紅程度。
アジア人の女性は、素顔のまま。
とくに中国系の女性は、そうだった。

 だから当時の日本人は、たしかに美しく(?)見えた。
が、それでもって、遺伝子が変化したわけではない。
白人になったというわけではない。
その証拠に……というわけでもないが、……ということで、最後に私はその中学生にこう
話してやった。

私「もしそれがわからなければ、40代、50代の女性を見ればいい。もう化粧するのを、
あきらめたような女性だ」
子「日本人は、みんな、きれいよ」
私「きれいとか、きれいでないとか……そういうことではなく、客観的に見る。そのとき
アボリジニーの人たちと、どこがどうちがうか、比べてみればいい」と。

 で、私はネットでアボリジニーを検索してみた。
ウィキペディア百科事典に、1枚、写真が載っていた。
10人近い、アボリジニーの子どもたちが写っていた。
それをその中学生に見せた。

私「いいか、客観的な目で、日本人と比べてみればいい。みな、日本人より、顔が整って
いることがわかるはず」
子「……でも色が黒い……」
私「黒いのはしかたない。砂漠に住んでいるから。日本人でも農家の人は、みな、黒いよ」
子「でも、先生は、どうして日本人のことを、そんなに悪く言うの?」
私「言っていない。そういう議論そのものが、ナンセンスと言っている」と。

●日本人

 私がそれ以上に心配しているのは、日本人が「日本」を意識しなくなっていること。
その中学生も、話の途中で、何度もこう言った。

「ああ、私もハーフで生まれればよかった」とか、「フランスで生まれればよかった」と。

 10年ほど前だが、私にこう言った高校生がいた。
私が「ぼくたちは、戦後、ひもじい時代から、がんばってきた」と言ったときのこと。
「そんなの自業自得だ。ぼくもアメリカ人に生まれればよかった」と。

 それが最近は、国籍不明というか、「ネット人種」まで生まれてきた。
先週も、私が「ジョブズ氏(アップル社会長)」について、「時流に乗っただけ」と書いた
ときのこと。
「偉そうなことを言うなら、自分でやってみろ」(日本人)と。

 アップル社のホームパソコン(当時はそう呼んでいた)が、日本製のパソコンをつぎつ
ぎと駆逐していった。
1978~9年にかけてのことだった。

 当時、アメリカは国策として、電子計算機事業に力を入れ、日本にも繰り返し圧力を加
えてきた。
日本のBTRON(OS)がつぶされた背景にも、アメリカ政府の圧力があった。
結果、IBMは今に見るIBMになった。
当時の首相(田中角栄)には、それだけの知的能力はなかった。
土建業は土建業。
そういう流れを知っているから、「時流に乗っただけ」と書いた。

 行きすぎた国粋主義は危険。
しかしここまで無国籍人間がふえると、私は日本の将来を憂えずにはいられない。
今の若い人たちは、この先、平気で日本を捨てていく(?)。

●こだわり

 その中学生には言わなかったが、私が「日本」にこだわる、大きな理由がひとつある。
もし、このまま、(そんなことはありえなとしても)、日本が地球から消えてしまったら、
私が今、こうして書いている文章は、どうなるかということ。

 有名人の文章は残るかもしれない。
それこそ時流に乗った人の文章は残るかもしれない。
が、私が今、こうして書いている文章など、まっさきに消えてしまうだろう。
もしそうなったら、今、ここでこうしてモノを書いていること自体、無駄になってしまう。
今の私には、それほど恐ろしい話はない。

 いつかどこかで、たとえ100年後でも、私の書いている文章を読んでくれる人がいる
かもしれない。
そんな希望があるから、今、こうしてモノを書いている。

 そのためにも、私たち日本人は、しっかりと大地に、根を張らなければならない。
欧米人に「美」の基準を求め、顔をファウンデーションで白く塗りたくって、それでどう
なる?
どうする?
首から下は黄色?
話が混乱してきたが、それこそまさに自ら「根」を切るような行為。

 日本人は日本人。
私たちのルーツはそこにある。
そのルーツを忘れて、国際化はない。

 最後にその中学生にこう言った。

私「ぼくたちは恵まれた世界に生まれたんだよ。食べ物にだって、困ったことがない」
子「……」
私「君たちはそれを当たり前と思っているかもしれないが、今、世界の3分の1の人たちは飢餓状態にある。それを思ったら、感謝しなくちゃあ」
子「……」
私「日本人でよかった、とね」と。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 今どきの中学生 
2011/10/12記)


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【The Ocean(浜名湖弁天リゾート・ジ・オーシャン・ホテル)】

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

自転車でホテルへ向かう途中、
風景の写真を撮った。
それをYOUTUBEにUPした。
行程は、自宅のある浜松市西区の入野町から、ジ・オーシャンのある弁天島まで。



Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

++++++++++++++++++++

私は自転車で、向かった。
ワイフと息子は、車で向かった。
浜名湖弁天リゾート・ジ・オーシャン。

私は自転車で走りながら、写真を撮った。
自宅からジ・オーシャンまで。
今日はキャンペーン価格ということで、1泊2食つきで、1人、7050円。
(3人1部屋のばあい。)
この料金で文句を言う人はいない。
今までに泊まったホテルの中でも、最低料金ではないか。
というか、この料金を知ると、だれしも、「安かろう、悪かろう」と思うかもしれない。
しかしこのジ・オーシャンは、そうでない。

たとえばすぐ近くに、K楼という旅館がある。
何度か泊まったが、そこはたしかに「安かろう、悪かろう」。

ロビーに入ると、フロントの女性が、「10階のX号室ですよ」と声をかけてくれた。
「……露天風呂もできましたから」と。
先月泊まったとき、その話が出た。
それでその話を覚えていてくれた。

部屋に入ると、ワイフと息子がいた。
息子は雑誌を読んでいた。
ワイフは、ベッドに座って私を待っていた。
「今日は、強い向かい風でね」と言うと、「たいへんだったわね」と。

このホテルへは、ときどき自転車で来る。
運動をかねる。

近くにR・ホテルというのもある。
そのホテルも、よく利用させてもらう。
が、商売上手というか、いつも客でごった返している。
何でも静岡県で集客数、ナンバー1とか。
そんなわけで、最近は、もっぱら、このジ・オーシャン。
ほどよく大きく、ほどよく、こじんまりしている。
サービスもよい。
掃除も行き届いている。
料理は今夜は、バイキングとか。
私たちは小食派だから、それこそギョーザと白いご飯だけでもよい。

……たった今、温泉から戻ったところ。
温泉には私1人だけ。
気持ちよかった。

++++++++++++++++++++++++

●パソコン

 物欲を抑制すると、それ自体が強烈なストレッサーになる。
喫煙者がたばこを禁煙したり、アルコール中毒者が断酒したときと同じ反応が脳の中で起
こる。
だから物欲は、適当に発散させるのがよい。
がまんすればするほど、ストレスがたまる。

 で、私は今、TOSHIBAの新型パソコンがほしい。
TOSHIBAのDynabook(R631)。
世界最薄、最軽量。
この11月に発売になる。
ハードディスクはなく、OSはSDに収納される。
またこの先、クラウドが一般化する。
そのため「ノートパソコン」ではなく、これからは「ウルトラブック」と呼ぶ。
が、ここでちょっと待った!

 2012年には、WINDOW8が発売になる。
またインテルもCPU「Core-i」シリーズを刷新するとか。
今、この世界は目まぐるしく変化しつつある。
賢い人なら、2012年まで待つ。

 なおクラウドというのは、パソコン内に、ソフトやデータ(ファイル)などを置かない
で、そのつど必要なとき、サーバーからダウンロードして使う方式をいう。
こうすることによって、パソコンへの負担をかぎりなく軽くすることができる。

 私は、その賢い人なのだア!

●もうすぐ誕生日

 もうすぐ私の誕生日。
10月2x日。
たまたまその前後、オーストラリアの友人がやってくる。
「今日は私の誕生日」と言うと、おおげさになる。
友人は友人。
それとなくワイフとこっそりと祝う。

 一方、欧米人は誕生日を派手に祝う。
しかしその希望も消えた。
……というか、息子たちが子どものころは、我が家なりに息子たちの誕生日を、派手に祝
った。
それはどこの家も似たようなものだったと思う。
が、今は、メールだけ(?)。
6月にワイフの誕生日があった。
私が「息子たちから、祝いの言葉はあったか?」と聞くと、「メールでね」と。

 「そんなものかなあ……」と思ったところで、思考停止。
母親の誕生日に、メール1本!
それ以上のことを言えば、グチになる。
わかりやすく言えば、親の思いというのはいつも、一方通行。

私たちは、それを「よかれ」と思ってする。
しかしその大半は、子どもたちにとっては、「ありがた迷惑」?

 そのときもワイフはこう言った。
「みんなそれぞれ、元気でやってくれれば、それでいいのよ」と。
どこかさみしそうな言い方だった。

 私も、期待しない。
期待しない分だけ、息子や孫たちの誕生日に、気を使わない。
今や「家族崩壊」は、日本の流れ。
日本も世界の潮流に合流しつつある。
私ひとりだけ抵抗したところで、どうにもならない。

●夕食

 夕食は、星5つの★★★★★。
レストランは清潔。
安い料金の客なのだが、一流ホテルの客のように扱ってくれた。

 で、ここでのシステムは、ほかのホテルとは、少しちがう。
まずメインデイッシュとして、(カレー)(ステーキ)(ミックスフライ)の中から、ひとつ
選ぶ。
それをメインとして、そのほかの食材は、バイキング方式で選ぶ。
私たちはじゅうぶんすぎるほど、満足した。

●眠い

 今朝のことだった。
時刻は午前3時ごろ。
寝る前からその症状は出ていたが、偏頭痛が始まった。
が、「Z」という薬をのめば、治る。
それを知っていたから、痛いのをがまんし、ふとんの中で丸くなっていた。
が、一眠りして目を覚ますと、午前4時。
痛みはそのままだった。

 で、「Z」を半分に割ってのむ。
それで効かなければ、残り半分をのむ。
しかしたいてい、半分で症状は消える。
そんなことを考えながら、ぼんやりしていると、ワイフがそれに気づいて、「痛いの?」と。
「そう」と答えると、そのまましばらく後頭部をマッサージしてくれた。
が、何か申し訳なく、もう半錠を口に含んだ。
とたん、スーッと痛みが消えていくのが、自分でもよくわかった。

 「Z」は、週に2回以上はのまないように」と言われている。
すばらしい薬だが、それだけに副作用も大きい(?)。
ご存知の人も多いかと思うが、血管が緩んだようなとき、その血管が周囲の神経を圧迫す
る。
それが偏頭痛となる。
だから偏頭痛の薬というと、基本的には血管収縮薬ということになる。
ここからは私の素人判断だが、収縮させすぎると、今度は血管が閉塞する。
高血圧ぎみの人には、よくない(?)。
ドクターが、「週2回以上のまないように」というのは、そういう理由によるものかもしれ
ない。

●綿棒で、直腸検査

 少し前、近くの病院で、大腸検査を受けた。
結果はシロだった。
が、そのとき、つまりベッドで横になっているとき、私は新しい検査法を考えた。

 がんの2大特徴は、細胞の不規則な増殖と出血。
組織が破壊されるため、出血する。
だったら、こうすれば簡単に大腸検査ができるのでは?
(ここから先は、私という素人の意見だから、本気にしないように!)

 何も病院で検査を受ける必要はない。
肛門あたりに何かの軟膏を少し塗る。
これはすべりをよくするため。
私はオロナイン軟膏を使ってみた。
その肛門から、綿棒を挿入する。
一番奥まで挿入する。
で、そのままの姿勢で、10分ほど、待つ。
直腸のどこかで出血があれば、それでわかる。

 で、さらにここからも、私という素人の意見。
綿棒といっても、長さはせいぜい7~8センチ。
そこで長さ20~30センチほどの、自由にクネクネと曲がる綿棒を作ったら、どうか。
そのまま便器に流せるような材質のものであれば、さらによい。
それを肛門から挿入する。
その途中で出血があれば、それでわかる。

 ちょっと(かなり)ダーティな話でごめん。

●小便

 ついでにもうひとつ、ダーティな話。

 女性は知らないかもしれないが、男性用の公衆トイレは、どこも汚い。
便器から小便が飛び散っている。
で、私には、それが不思議でならなかった。
見たところ、みな、それなりに気をつけて、用を足している。
が、小便が飛び散る。

 で、その理由は、立小便をしているときにわかった。
小便というのは、メインの小便だけではなく、その周囲を霧状になって飛び散る小便もあ
る。
明るい陽光を背にして立小便をしてみると、それがよくわかる。
が、さらに、最近、こんなことも発見した。

 アレをウィンナーソーセージにたとえる。
その先の穴から、小便は出る。
ところが、である。
排尿が終わるころ、小便が、ウィンナーソーセージよりも手前にしたたり落ちる。
表面張力により、小便がウィンナーソーセージの丸みに沿って、逆方向に回り込むために、
そうなる。
つまりこれが床を汚す。

 だからふつうは、ウィンナーソーセージを、その直後、2、3度振る。
振って、しずくを落とす。

 ……一度、そのあたりのことをしっかりと研究する必要がある。
でないと、この問題は、いつまでたっても解決しない。
男性諸氏のマナーの問題ではない。
ウィンナーソーセージには、構造的に、欠陥がある。
それが床を汚す原因となる。

●「Z」

 偏頭痛薬には、欠陥がある。
脳の血管を収縮させるためか、脳の働きがややいつもと違った感じになる。
私のばあい、三半規管が影響を受けるのか、フワフワした感じになる。
が、何よりも注意しなければならないのは、胃の調子。
……というか、肝臓の調子。

 かなり強力な薬らしい。
つづけてのむと、こうした薬は、やがて肝臓がそれを「毒物」と判断するようになる。
以前のんでいた薬がそうだった。
偏頭痛はそれで治るが、そのあと、胃の不快感が襲ってくる。
吐き気と胸苦しさ。
とくに吐き気がつらい。
もちろん食欲もなくなる。

 そこで以前はその薬と併せて、胃の薬も処方してもらっていた。
だからこうした薬は、あまりのまないほうがよい。
症状がよほどひどくならないかぎり、のまないほうがよい。

 ……大きく話が脱線したが、その偏頭痛があり、今朝は、よく眠っていない。
それが今、強い眠気となって、私を襲い始めている。

●ベッドの帯

 少しよいホテルに泊まると、ベッドの下のほうに、帯が置いてある。
このホテルのベッドにも、それがある。
それについて、「なあ、お前、この帯、何のためにあるの?」と聞くと、ワイフは「知らな
い」と。
息子も「知らない」と。

 そこで私なりに推察してみる。

 ひとつ気になるのは、ベッドカバーがないこと。
帯は、そのベッドカバーの代わり?
今度スカイプをしたとき、オーストラリアの友人に聞いてみよう。

 ……ということで、たった今、スカイプで呼び出してみたが、応答はなかった。

●10月11日

 明けて今日は、10月11日。
モーニングコールは、朝6時に頼んでおいた。
その朝、6時。
起きるとそのまま温泉に。

 で、今は、こうして朝食を待っている。
朝、7時半から。

 あの露天風呂はよい。
1人用になっていて、人にじゃまされない分だけ、よりリラックスできる。……できた。

 ジ・オーシャン様、
また来ます。
リラックスできました。
+格安料金で、ありがとうございました。

(弁天島温泉 はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi
Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 
ジ・オーシャン 浜名湖弁天リゾート ジ・オーシャン The Ocean)


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●しくまれた自由(尾崎豊「卒業」)からの解放

 がんじがらめの規制と許認可、規則と資格。
生活のあらゆる部分にまで、それが浸透している。
私たち日本人はそんな中で、小さく、小さく、生きている。
小さく生きていることにすら気づかないまま、小さく生きている。

 仮に小さく生きるにしても、キバまで抜かれてはいけない。
声をあげるときは、声をあげる。
行動するときは、行動する。
でないと、私たち日本人は、ますます小さくなってしまう。

 見よ、万事、事なかれ主義で生きている日本人を!
見よ、「自分だけよければそれでいい」と考えている日本人を!
社会の歯車になりながら、歯車であるこにさえ気づかない。
またそれがあるべき、自分の姿と捕えている。

 あの尾崎豊がそこまで意識していたかどうかは、知らない。
しかしそれこそまさに、「しくまれた自由」。
エセの自由。
その自由をもって、「私は自由」と思ってはいけない。

 このままでは、この日本は、本当に押しつぶされてしまう。
日本の外へ一歩出れば、そこは怪獣と野獣の住む海千山千の世界。
おとなしく、穏やかで、お人好し……。
そんなヤワな人間が住める場所ではない。

 自由とは、「自らに由る」という意味。
自分で考え、自分で行動し、自分で責任を取る。
それを自由という。
権利と権限と資格にぶらさがり、人の後をついていくのは楽。
しかしそれは自由ではない。

 さあ、あなたも、鎖を解いてみよう。
心を空に向かって解き放ってみよう。
そして声を出して、「私は自由だ」と叫ぼう。
体は、あとからついてくる。


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●1・2人で、1人の老人

 今朝のエッセーの中で、こう書いた。

『……この先何年かすると、1・2人の人が、1人の高齢者を支えなければならなくなる
という(週刊現代)。
試算によれば、2050年以後。
逆算すると、現在、現在25~26歳の人が、65歳になるころということになる。

 が、常識で考えても、不可能。
つまり満足な老人福祉など、とうてい不可能。
(現在の今でも、約2・6人の人が、1人の老人を支えている。)……』と。

 今日は、一日中、この中の数字が気になった。
現在の今ですら、約2・6人の人が、1人の老人を支えている。
それがこの先(2050年)、約1・2人の人が、1人の老人を支えなければならなくなる。

2人の夫婦が、2人の老人を養う……というような単純な問題ではない。
医療費、介護費、生活費、すべてを含めて、1・2人に1人ということ。

が、そんなことは、常識で考えても、不可能。
実のところ私は、少子化が、そこまで深刻な問題をはらんでいるとは、知らなかった。

●老人はゴミの時代に

 すでに老人はゴミの時代に入りつつある。
それがわからなければ、ネットの世界をのぞいてみたらよい。
年を追うごとに、私たち老人組に対する風当たりは強くなることはあっても、弱くなるこ
とはない。
辛らつな言葉も並ぶ。

 が、もちろん私たちはゴミではない。
ゴミであってはいけない。
またそういう私たちを、もっと積極的に、社会に訴えていかねばならない。
こぢんまりと小さく生きるのが、あるべき老人の姿と思ってはいけない。

 週刊現代誌を100%信ずるわけではない。
そこに出てくる数字については、この先、ゆっくりと検証してみたい。
しかし年金問題ひとつあげても、現在の65歳支給開始年齢は、70歳になる。
さらに75歳になる。
もちろん年金額は引き下げられる。
週刊現代誌によれば、「1人一律5万円になる」という(?)。
が、その額とて、「よくみて……」の話。

 日本経済が崩壊すれば、さらに低くなる。
ハイパーインフレが襲ってくれば、それこそ「タクシーの初乗りが1万円」ということに
なる。
そうなったときの自分を、ほんの少しだけ、頭の中で想像してみればよい。
「私はどうなっているか」と。

●悲観論

 が、現状は、どう見ても、おかしい。
保護される人は、徹底的に保護されている。
そうでない人は、孤独死、無縁死……。
そういう老人を見て、「自業自得」と言う人は、あなた自身がその自業自得の道を歩むこと
になる。

 2050年といえば、あと39年後。
それまで一次曲線的に少子化は進む。
あなたの年齢に、+39を加えてみればよい。
もしその数字が、平均余命の約80歳を超えていれば、あなたはラッキーなほうだ。
そうでなければ、そうでない。

 が、この問題は、「では、私たちは何のために生きているのか」という問題に直結してく
る。
あるいはあなたは何のために生きているのか。
何のために生きてきたか、でもよい。
が、ひとつだけ、はっきりしている。
私たちはゴミになるために、生きてきたのではない。
……生きているのでもない。

●還元

 老人よ、やがて老人になる人たちよ、私たちは自分の命を、社会に還元しよう。
そこにいて、小さく生きていてはいけない。
自分のことだけをしていてはいけない。
肉体労働が無理なら、あなたがもてる知恵や知識を、分け与えるだけでもよい。
自分たちの存在感を、もっと社会に訴えていこう。

 つぎにつづく人たちに、「ゴミ」と言わせないために。

 が、その還元に失敗すれば、私たちは本当にその「ゴミ」になってしまう。
またそう扱われたからといって、文句を言えなくなってしまう。

 今まで私は「老後の統合性」を、私たち自身のためにと考え、説いてきた。
しかしそれでは足りない。
つまり自分のことだけをしていたのでは、いけない。
真・善・美の追求も結構。
が、自己満足で終わってはいけない。

「統合性」と「還元」。
この2つが融合したとき、はじめてそれが私たちの「生きがい」につながる。
またそうであってこそ、私たちはつぎの世代の人たちの支持を集めることができる。

 さあ、あなたも勇気を出して、私たちが残してきた負の遺産を、精算しよう。
若い世代に残すべきものと、残してはいけないものを区別し、残していけないものについ
ては、精算しよう。
それは私たちの責任でもある。

 改革の第一。

 不公平社会の是正。
とりあえずは、この一言に尽きる!


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●デクシアの経営破綻



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TBS-iは、つぎのように伝える。

『ギリシャの財政危機から始まったヨーロッパの信用不安。
ついに大手金融機関の経営破綻という事態になりました。
フランスとベルギーの両政府は、経営危機に陥っている大手金融グループの「デクシア」
を分割、再編することで合意しました』(以上、TBS-i)と。

++++++++++++++++++++

●デクシア

 「デクシア」と聞いても、よくわからない。
どういう金融機関なのか。

 そこで調べてみると、従業員、約35200人(2010年)の商業銀行ということがわかっ
た。
本社所在地は、ベルギーのブリュッセル。

 従業員数で見るかぎり、三菱東京UFJ銀行と、ほぼ同じ。
三菱東京UFJは、34797人(2011年3月末、単体)。

 が、銀行の規模は、従業員数だけではわからない。
その国の人口、銀行数、さらにはそれぞれが別の子会社(ファイナンシャル・グループ)
がいくつあるかで、決まる。

 が、従業員数は三菱東京UFJ銀行と、ほぼ同じ。
つまりそれだけのメガバンクが、破綻した。
不吉な予感というか、大恐慌の嵐がジワジワと近寄ってきたような印象をもつ。
それぞれの国で、それぞれの専門家が、目下、必死で防波堤を高くしているのだろう。
が、ギリシア問題ひとつあげても、桁が2桁も3桁もちがう。

 ギリシアがデフォルトすれば、フランス(ギリシアの第一の債権国)、ドイツ(第二の債
権国)が、大きく影響を受ける。
が、イチ早く、ベルギーのデクシアが経営破綻した。
これはどういうことなのか。

 「嵐」というより、「底なしの泥沼」。
つぎにどこで何が起るか、さっぱりわからない。
リーマンショックのときのように、とんでもないところで、とんでもないことが起きる。
「デクシアがあぶない」という話にしても、ほんの数日前に聞いたばかり。
それが今朝のニュースでは、経営破綻。

 金融機関の経営破綻で恐ろしいのは、ここ。
その前日まで、何食わぬ顔をしていて、その翌日、突然、破綻する。
たいていは金曜日に急変し、月曜日に破綻する。

 もちろんデクシアだけで終わるはずがない。
問題は、それによって、日本のどこの銀行、あるいは証券会社(投資会社)が、大きな損
失を被るかということ。
それによって、明日あたりから、日本の経済も大きく動くはず。
忘れてはいけない。

 日本は、ドイツ、フランスの最大債権国である。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●人は、見かけによらぬもの!(あるサラ金業者の取り立て屋)

++++++++++++++++++

昨夜、ある人から、こんな話を聞いた。
H氏(当時63歳)。
60歳まで、N通信会社に勤めていた。
役職ゼロの退職。
そのH氏は、私には、こう言っていた。
「退職後は、(N通信会社の)子会社で、調査の仕事をしている」と。

調査というのは、電話料未払いの家庭を訪問し、
その家庭の経済状況を調べるという仕事だった。
私は、そう聞いていた。

体格のよい男性で、その年齢では珍しく、身長も
175センチを超えていた。
が、実際には、「調査」の仕事ではなかった。
「調査」+「脅迫」の仕事だった。
わかりやすく言えば、「取り立て屋」。

H氏はある人材派遣会社に属しているということだった。
ただしモグリの会社。
そこでどこかのサラ金業者の仕事を請け負ったらしい。

私「道理で、おかしいと私は思っていました」
友「どうして?」
私「だってそのときは、伊豆の長岡まで行くと言っていました」
友「……長岡……?」

私「だってそうでしょ。長岡の近くにもN通信会社の支店くらいはあるはずです。
わざわざ浜松から出かけなくても、その近くの人が調査すればいい」
友「そう言われてみれば、そうですね」
私「でしょ。それに電話料の滞納などというのは、あっても少額※です。
そんな少額のために、大のおとなが、一日ががりで、長岡まで行くでしょうか。
旅費と日当だけで、それ(滞納料金)を超えてしまいますよ」と。

(注※:N通信会社のばあい、電話料を滞納すると、1か月から2か月位で電話が止まる。
その際に、滞納してる旨のお知らせが届く。
その後も払わなければ、契約解除となり電話の権利も消滅する。)

+++++++++++++++++++

●注意力

 この話には、2つの問題点がある。

 ひとつは、私がその話をH氏自身から聞いたときには、H氏の話を鵜呑みにしてしまっ
たこと。
ほんの少しだけ注意深く聞いていれば、ウソと見抜けたはず。
が、その注意力に欠けていた。

(サラ金の取り立て屋の仕事が、どうこう書いているのではない。誤解のないように!)

 つまり私の注意力も、かなりサビついてきた。
若いときなら、即座に、「そんな仕事はない」と見抜いていただろう。

●ウソつきの心理

 もうひとつの問題点は、そのH氏だが、こちらが聞いてもいないのに、自分の仕事をこ
とこまかく説明したということ。

 心理学の世界でも、「ウソをつく人は、自ら、ことこまかく説明する」と教える。
ウソをついているという意識があるから、それをさらにごまかそうとする。
「取り立て屋」(脅迫業)をしているという、うしろめたさがあるなら、なおさら。
自らの仕事を、カバーで覆い、虚栄で飾ろうとする。

 繰り返すが、その人が、陰でどんな仕事していようが、その人の勝手。
法に触れなければ、(=被害者が出なければ)、私たちがとやかく言う必要はない。
しかし私はその話を聞いて、ここに書いたように、私にも盲点があるのを知った。
「知的盲点」と言うべきか。
その知的盲点が、加齢とともに、ますます、多くなってきた。

●では、どうすべきか

 「人を疑う」というのは、それ自体、気持ちのよいものではない。
しかし「疑う」。
加齢とともに、その訓練もしなければならない。
でないと、それこそ「なりすまし詐欺」の被害者になってしまう。

 言うなれば「疑う」というのは、昆虫の触角のようなもの。
その触角を左右に振りながら、そのつど事実を確かめる。
ノー天気な、お人好しになってはいけない。

 しかし今、私はこう思う。
「どうしてそんなウソが見抜けなかったのだろう?」と。
で、ワイフに聞いてみた。
結婚前、ワイフは、N通信会社(当時の電電公社)で働いていた。
そのワイフもこう言った。

「詳しくはわからないけど、私が働いていたころには、そんな仕事はなかったわ」と。
つまり電話料の滞納者の家を家庭訪問するという仕事は、なかった、と。

 ……一見すると、穏やかで温厚な人物に見えるH氏。
そのH氏が、別の世界では、「テメエ~」「コノヤロ~」と怒鳴り散らしていた。
本当に、人というのは、見かけだけではわからないもの。
それを改めて確認した。


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●疑惑力(人を見たら、泥棒と思え)

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「疑う力」のことを、「疑惑力」という。
私が勝手に、そういう名前をつけた。
洞察力、推察力、直感力、判断力の一部。
独立して、「疑惑力」という。

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●人を見たら、泥棒と思え

 この日本では、疑惑力は、とくに必要な能力かもしれない。
何といっても、本音と建て前を使い分ける国である。
見栄や体裁を気にする人も多い。

 こういう国では、まず「人を見たら、泥棒と思え」となる。
またそれは、(たいへん悲しいことだが)、それほどまちがっていない。
人を見たら、まず泥棒と思え。

 先日も、私にこう言った人がいた。
「あのXさん(女性、60歳)は、いい人ですね」と。
が、私はワイフを通して、その女性のことは、たいへんよく知っている。
浜松へ来たころは、毎週のように会っていた。

私「えっ、あのXさん?」と。

●Xさん

 若いころは、美しい人だった。
男好きするというか、静かに立っているだけでも色気を感じた。
そのこともあって、男性関係は、メチャメチャ。
会うたびに、ちがった男性とつきあっていた。

 が、やがて水商売に。
そこで一子(女児)をもうけた。
が、自分では育てないで、その子どもを、実の姉に預けた。
預けただけではなく、姉の夫とも性的関係をもった。

 それが原因で、姉夫婦は離婚。
姉と妹は、そのまま絶縁した。
が、それでXさんの派手な男性遍歴が終わったわけではない。
50歳になるまで、バーを転々とした。
そのXさんを、「いい人?」。

●人間関係

 人間関係というのは、実に興味深い。
同じ人物でも、見る人によって、「いい人」にもなるし、「悪い人」にもなる。
どちらが正しいとか、正しくないとか、そんなことを論じても意味はない。
人、それぞれ。
また私やあなたにも、いろいろな面がある。
単純ではない。

 たとえば私についても、「いい人」と言う人もいる。
「悪い人」と言う人もいる。
つまりその人が、XさんならXさんでもよいが、「いい人」と思っているなら、それはそれ。
それでよい。
私が間に入って、「あの人はね……」と、言う必要はない。
また言ってはならない。

 が、中には、さらに腹黒い人がいる。
いい人ぶりながら近づいてきて、相手をだます。
モノを売りつける。
宗教に勧誘する。
そういうときは、やはり注意してやる必要がある。
「あの人は注意したほうが、いいですよ」と。

●歳月

 その人が本当にいい人かどうかは、10年単位でつきあってみなければわからない。
つきあう。
「幼なじみ」とか「昔から知っている」、あるいは「親類だから」というのは、まったくア
テにならない。

 頻繁でなくてもよい。
しかし1~2か月ごとに、つきあう。
そういうつきあいを通して、その人を知る。
で、ある人は、私にこう言った。

「20年ぐらい住まないと、仲間に入れませんよ」と。
私が郊外の山間地に、山荘をもったときのことだった。
で、その20年がすぎた。
その人が言ったとおり、20年で、やっと仲間になれた。
今は、そんな感じがする。

●疑惑力

 そこで疑惑力。
人を疑う。
先にも書いたが、本来なら、不必要な「力」である。
が、この日本では、必要。
とくに老人組になったら、必要。

 たとえば今、私がいちばん怪しいとにらんでいるのが、訪問介護士のY(女性、50歳
くらい)。
ときどき、ワイフのある親戚に寄るのだが、いつもその女性はそこにいる。
仕事を聞くと、「訪問介護士」と言う。

 その家には、90歳近い女性(義理の伯母)がひとりで住んでいる。
先日もどこかへ行く途中、その親戚に寄ると、やはりいた。
偶然か、それとも毎日来ているのか?

 それはわからないが、いくら介護度が高くても、「毎日」ということはないはず。
別の事件だが、ある訪問介護士は、そうして訪問しながら、その家の老人がボケているの
をよいことに、つぎつぎと財産を持ち出していたという。

いよいよ特別養護老人ホームに入居するというときになって、家族(娘)が家に入ってみ
ると、現金類はもちろんのこと、財産らしい財産は、すべて消えていたという。
タンスの中は、空き箱の捨て場になっていたという。
そういうこともある。

 が、これは私たち自身の問題でもある。
私たちもやがてそういう老人になる。
だから「疑惑力」。

●制度として解決

 ……が、疑惑力にも限界がある?
人を疑うのも、疲れる。
家人が近くにいれば、そういう家人に守ってもらうという方法もある。
しかし、それでもスキは生まれる。

 こうした問題は、制度として解決するしかないが、頼りになるはずの訪問介護士ですら、
信用できない。
もちろんほとんどの訪問介護士の人は、よい人かもしれない。
だから制度として、解決する。

 たとえば同一の訪問介護士を、長期にわたって、同一老人の自宅を訪問させないなど。
しかしこのあたりでも、一度、その訪問介護士になると、1~2年は、同じ訪問介護士に
なるようだ。
が、それではいけない。
老人の安心と財産を守ることはできない。

 ……などなど、こうして疑惑力を前向きに育てていく。
これから老人組になる人たちには、とくに必要な「力」ということになる。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 疑惑力 老人の保護)


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

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