2011年9月22日木曜日

*Forgive & Forget


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【親や先生の悪口はタブー】
 心理学の世界にも、「三角関係」という言葉がある。わかりやすく言えば、父親、母親、子どもの関係が、それぞれバラバラになった状態をいう。
 よくあるのは、母親が父親の悪口を言うケース。「お父さんの給料が少ないから、生活が苦しいのよ」「あなたはお父さんのようにならないでね」と。 
 母親は同情を買うためにそう言うかもしれない。子どもはそのときは、それに同調するかもしれない。が、やがて母親の指示にも、父親の指示にも従わなくなる。つまりこの時点で、家庭教育は、崩壊する。
 同じように、園や学校の先生の悪口、批判もタブー。同調するのもタブー。子どもが先生の悪口を言ったら、すかさず、こう言う。「それは、あなたが悪いからでしょ」と。
 先生の悪口を言ったり、批判したりすると、子どもは先生の指示に従わなくなる。
 教育というのは、信頼関係で成り立つ。その信頼関係が崩壊したら、先生とて生身の人間。やる気をなくす。これは子どもにとっても、たいへん不幸なことと考えてよい。 
 なお先生に問題があるときには、子どもとは関係のない世界で、おとなどうしで解決する。
 たがいに高い次元で、尊敬しあう。それを平等という。「あなたのお父さんはすばらしい人よ」「あなたの先生はすばらしい人よ」を、口ぐせにする。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【逃げ場を大切に】
 どんな動物にも、最後の逃げ場というのがある。子どもも、またしかり。子どもは、その
逃げ場に逃げ込むことによって、身の安全をはかり、心をいやす。たいていは自分の部屋
ということになる。
 その逃げ場を荒らすようになると、子どもの心は、一挙に不安定になる。だから子どもが逃げ場に入ったら、その逃げ場を荒らすようなことはしてはいけない。追いつめ、叱ったり説教したりしてはいけない。それが日常化すると、「家出」ということにもなりかねない。
 ある子どもは、トイレや公園の電話ボックスに逃げていた。犬小屋の中に逃げていた子どももいた。
 同じように、子どもとて、1人の「人格者」。中には子どもの机の中まで調べる親がいる。それがいかに不愉快なものであるかは、逆の立場で考えてみればわかるはず。
 …というような話を、ある会場でしたら、「親子の間で秘密は作らない方がいい」と言った母親がいた。が、個人の尊厳と秘密は、区別する。守るべきは個人の尊厳。さらに言えば、信頼関係。相手の秘密が気になるようであれば、すでにたがいの信頼関係は、危機的状態とみる。友人や夫婦の関係も同じ。
 子どもが逃げ場に入ったら、そっとしておく。しばらくすると、子どもは心をとりなおし、そこから出てくる。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【赤ちゃん返りに注意】
 年長6歳児にぬいぐるみを見せると、「かわいい」と言って、やさしそうな表情を見せる子どもが、約80%。しかし残りの20%は、ほとんど反応を示さないか、中には、キックしてくる子どももいる。
 一般的に豊かな愛情に包まれて育った子どもは、心が穏やかで、やさしくなる。そうでなければ、そうでない。とくに気をつけたいのが、嫉妬。
 たとえば下の子どもが生まれたりすると、ばあいによっては、上の子どもがはげしく嫉妬することがある。その嫉妬が心をゆがめる。「赤ちゃん返り」という現象も、それによって生まれる。
 ネチネチと赤ちゃんぽくなるタイプと、下の子に攻撃的な暴力を繰り返すタイプがある。「突然、下の子が生まれた」という状況にすると、そうなりやすい。親は「平等にかわいがっています」と言うが、下の子にしてみれば、それまでの愛情が半分に減らされたことが不満。
 なお赤ちゃん返りは、本能的な部分で原発的に起きる現象なため、叱ったり、説教したりしても、意味はない。症状がひどいようであれば、もう一度、100%の上の子に愛情を注ぎなおしてみる。「求めてきたときが与えどき」と心得る。「あとでね…」「今、忙しいの」は、禁句。すかさずぐいと抱いてやる。それだけで子どもは落ち着く。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【国語力は母親が決める】
 子どもの国語力は、母親の会話力によって決まる。たとえば幼稚園バスがやってきたとき、母親が「ほらほら、バス。ハンカチ? 帽子? 急いで」というような言い方をしていて、どうして子どもに、国語力が育つというのか。そういうときは、めんどうでも、「バスがきます。あなたは急いで、外に行きます。ハンカチをもっていますか。帽子をかぶっていますか」と話す。
 あるいは夕日を見ても、「すてきね」「すばらしいわ」「美しいわね」と、いろいろな言い方で表現してみせる。みせるだけでは足りない。実際、子どもに使わせてみる。
 相手が乳幼児でも、幼稚発音、幼児語(たとえば自動車を「ブーブー」)を使う必要はない。
 また世界広しといえども、幼児期に発音教育をしないのは、この日本。「口をしっかりと動かし」「息をたくさん吐き」「あいまいな音を避ける」。もちろん正しい発音で!
 最近では、「メリー・クリスマス」と言うときでも、鼻から「メリー・クリスモ~ス」という話し方をする女性がいる。流行語、あるいは流行的な言い方というのは、その時代のアワのようなもの。使うとしても、心のどこかで一線を引く。
 国語力は、ほかの科目のでき・ふできにも、大きな影響を与える。小学3年生レベルで、算数の応用問題が読み切れない子どもは、30%はいる。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【崩壊する、家族意識】
 「将来親のめんどうをみる」と考えている若者は、30%もいない。同時に親のようになりたくないと考えている中高校生は、60%もいる(内閣府)。
 もし今、あなたが「私はだいじょうぶ。私たち親子の絆は絶対」と思っているなら、それは幻想。今、親に感謝しながら、高校や大学へ通っている子どもは、ゼロ。これを私は、「家族崩壊」という。
 もっとも欧米社会では、家族崩壊は、常態化している。「家族」というときは、そこには祖父母の姿は、ない。それを前提として、その分、介護制度も完備している。が、この日本では、そうでない。意識だけが欧米化し、制度がそれに追いついていない。その結果が、孤独死、無縁死ということになる。
 日本の公的教育支出費は、世界でも最低(OECD)。その分、親の負担が大きいということ。『子ども大学生、親、貧乏盛り』ともいう。退職時に貯金ゼロという家庭が、50%もある(F投信調査)。が、親は爪に灯ををともすようにして、子どもの学費を送りつづける。
 が、子どもがやっと社会人になったと思ったら、ドカッとそこに待っているのは、老後。だから私はこう言う。
 「親として、必要なことはしなさい。しかし限度をしっかりとわきまえなさい。余裕があったら、自分の老後を先に考えなさい」と。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【子どもを伸ばす三種の神器】
 ウソ、悪口、盗み。この3つを子どもを伸ばす3種の神器という。
 それを奨励せよというわけではないが、それができないほどまでに、子どもを抑え込んでしまっていけない。子どもはこれら3つを通して、おとなを操ることを覚え、おとなのもつ優位性を打破する。自立期(幼児期後期・4~6歳)の重要なテーマと考える(エリクソン)。
 まず、ウソ。代表的なものにウソ寝、ウソ泣きがある。2歳ごろから始まる。
 つぎに悪口。親に向かって「クソババア」と言ったりする。
私に向かっても、「ジジイ」とか言ったりする。そこで私のばあい、つぎのように指導する。
私「もっと悪い言葉を教えてやろうか。でも使ってはだめ」
子「教えて、使わないから」
私「…ビダンシ(美男子)…」
子「ビダンシ、ビダンシ!」と。
 盗みについては、「欲望」と深くからんでいる。慎重な指導が必要。子どものばあい、金銭欲は、年長から小学2年生くらいまでの間に完成する。幼児のころは、100円の菓子で満足していた子どもでも、小学生になると1000円、中学生になると1万円……とエスカレートしやすい。
 親は軽い気持ちで、100円のものを買い与えるが、そによって子どもは、「お金によって欲望を満足させる」ことを覚える。それが盗みにつながる。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【抑圧が作る、心の別室】
 Aさん夫婦は、ともに75歳。が、夫婦げんかになると、40年前、50年前の話を持ち出す。
「あのとき、お前はア!」「あなただってエ!」と。
 強い不平や不満があると、人は心の別室を作り、それをそこへ押し込む。こうした現象を心理学の世界では『抑圧』という言葉を使って説明する。この抑圧には、時効が効かない。40年でも、50年でも、心の別室にそのまま残る。
 またワープロの世界でいう、上書きも効かない。そのあといくら楽しい思い出があったとしても、心の別室にあるため、そのまま残る。残って、時折、顔を出す。「こんなオレにしたのは、テメエだア!」と。
 子どもの世界では、心の別室を作らせない。そのつど、不平や不満を吐き出させる。またそれが自然な形でできる子どもを、素直な子どもという。
 が、一度作ると、子どもは仮面をかぶるようになる。いい子ぶるようになる。見た目には、従順で穏やか。しかしその裏で、不平や不満をためこむ。が、そのままですむことはない。先にも書いたように、折りにつけ爆発する。ふつうの爆発ではない。錯乱状態になる。
 で、もしあなたが、「うちの子は何を考えているかわからない」「話しかけるのもこわい」と感じているようなら、一度、育児姿勢が強圧的、威圧的になっていないか、反省してみる。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【親子の絆(きずな)論】

 イギリスでは、『釣りザオを買ってやるより、いっしょに釣りに行け』と教える。子どもの心をつかみたかったら、「モノより思い出というわけである。
 が、この日本では、「より高価なものを買って与えれば、それだけ子どもは喜ぶはず。親子の絆も太くなるはず」と考える傾向がある。しかしこれは幻想。むしろ逆効果。子どもはかえってドラ息子、ドラ娘化する。
 自分勝手で、わがまま。自分のことしかしない。享楽的で、忍耐力もない。思い通りにならないと気がすまない。根気もつづかない。
 そもそも物欲は、中毒化しやすい。わかりやすく言えば、アルコール中毒、ニコチン中毒と同じ。それがほしいから求めるのではなく、(得た)という満足感を得るために、求める。そうなると、いくら買い与えても、キリがない…という状態になる。
 さらに言えば、親子の絆を深めるのは、「苦労」ということになる。ともに苦労をしたという思いが、絆を深める。そのためにも、「いっしょに釣りに行け」となる。ためしにこんなテストをしてみてほしい。
 あなたの子どもの目の前で、重い荷物を苦しそうに運んで見せてみる。そのとき、「お母さん、もってあげる!」と言って助けにくればよし。そうでなければ、親子の絆はかなり細い…とみる。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【マシュマロ・テスト】
 2~4歳児といえば、幼児期前期。「自律期」(エリクソン)に相当する。
 その4歳児を対称に、1960年代、スタンフォード大学で興味ある実験がなされた。それがマシュマロ・テストである。試験官が、こう指示する。
 「テーブルの上にマシュマロが1個ある。食べたい人は、食べていい。でも、おじちゃんが帰ってくるまでがまんできた人には、マシュマロを2個あげる」と。
 このテストでは、マシュマロを食べた子どもと、がまんして2個手にした子どもの2つのグループにはっきり分かれた。
 で、このテストの興味深いところは、その後、長い年月をかけて追跡調査がなされたという点にある。
 がまんしてマシュマロを2個手にした子どもは、その後、SAT(大学入試検定試験)でも、200点以上の差をつけ、社会人になってからも、責任ある地位で責任ある仕事をするようになったという(ゴールドマン)。
 子どもにとって忍耐力というのは、「いやなことをする力」をいう。マシュマロを食べないでがまんできた子どもには、その忍耐力(情動の自己規制力)が備わっていたということになる。そのためにはどうするか。
 子どもは使う。家事の緊張感の中に巻き込む。自律期の最大のテーマということになる。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【アルバム&名前を大切に】
 おとなは過去をなつかしんで、アルバムを見る。しかし子どもは、自分の未来を見るため
に、アルバムを見る。が、それだけではない。アルバムには、心をいやす作用がある。ある子ども(小学生)は、何かいやなことや、つらいことがあると、いつもアルバムを開いて見ていた。それもそのはず。悲しいときやつらいときを、写真にとって残す人は、いない。つまりアルバムには、楽しい思い出がぎっしりと詰まっている。
 そんなわけで、親子の絆(きずな)を太くするためにも、アルバムを、部屋の中央に置いておくとよい。
 ついでに、名前。子どもの名前は大切にする。「あなたの名前は、すばらしい」「いい名前だ」と、ことあるごとに言う。子どもは、自分の名前を大切にすることをとおして、自尊心を学ぶ。そしてその自尊心が、何かのことでつまずいたようなとき、子どもの進路を、自動修正する。
 たとえば子どもの名前が、新聞や雑誌に載ったようなときは、それを切り抜いて、高いところに張ったりする。そういう親の姿勢を見て、子どもは、名前のもつ意味を知る。
 心理学の世界では、これを「自己評価力」という。「私はすばらしい」「できる」と信じている子どもには、プラスの力(強化の原理)が働き、ますます前向きに伸びていく。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【子どもの体で考える】
 体重10キロの子どもに缶ジュースを一本与えるということは、体重50キロのおとなが、5本、飲む量に等しい。体重20キロの子どもがソフトクリーム1個食べることは、体重60キロのおとなが、3個、食べる量に等しい。そんな量を子どもに与えておきながら、「どうしてうちの子は、小食なのかしら」は、ない。子どもに与える量は、子どもの体で考える。
 とくに注意したいのが、白砂糖。「砂糖は白い麻薬」ともいう。砂糖を多量に摂取すると、インシュリンが分泌される。血糖値がさがったあとも、さらにインシュリンは、血中に残り、血糖値をさげる。結果として、子どもは低血糖になり、低血糖児特有の症状(イライラしたり、カッとキレやすくなったりする)が現れる。脳の抑制命令が変調するためと考えられている。
 さらに最近の研究によれば、「砂糖断ち」をすると、麻薬に似た禁断症状が現れることもわかってきた(アメリカの国立薬物乱用研究所、N・D・ボルコフ)。使うとしても、精製されていない黒砂糖を使うとよい。
 なお子どもの小食は、母親の買い物習慣を改めないと直らない。しばらくは母親も注意して減らすが、それが過ぎるとまた以前の買い物習慣が顔を出す。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【ペルソナとシャドー】
 だれしも何かの仮面(ペルソナ)をかぶる。ビジネスのときは、とくにそうだ。それはそれでしかたのないこと。大切なことは、それを仮面と意識し、家に帰ったら、それを脱ぐこと。
それを忘れると、本当の自分がどれなのか、それがわからなくなる。
 で、中に、すごく人間味あふれる親を演ずる人がいる。やさしく穏やかで、話し方も温かい。「私、ひとり住まいの老人を見ると、放っておけなくて…」と言っては、ボランティア活動の自慢話を始める。
 が、他人はだませても、自分の子どもはだませない。子どもはうしろから、いつも親を見る。そして親が隠している、邪悪なシャドー(影)を、そのまま引き継いでしまう(ユング)。
 こうしてすばらしい親(?)から、信じられないほど、邪悪な子どもが生まれる。欧米では、牧師による性犯罪が話題にならない日がない。牧師の子どもほど、非行に走りやすいとよく言われる。では、どうするか。
 子どもがそこにいても、いなくても、ルールを守る。ウソはつかない。この2つだけをかたくなに守る。それが10年、20年とつづいたとき、その人の人格になる。またそれを見て、子どもは親を評価するようになる。「私の母は、すばらしい人だった」と。もちろんあなたの子どもも、すばらしい子どもになる。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【心の持病】
 若いときは、何かの持病があっても、それを気力でカバーすることができる。が、歳を取ると、それがドッと表に出てくる。
 同じように、邪悪な「私」も、歳を取ると、それがドッと表に出てくる。いわゆる「地」が出てくる。これがこわい。
 それがよいものであれば、それでよし。そうでなければ、結局はあなた自身が、みなから見放される。
 そこで釈迦は「精進」という言葉を使った。たゆみない努力こそが重要、と。それは健康論に似ている。
 究極の健康法というのはない。1週間もだらければ、その時点から健康は下り坂に向かう。同じように、究極の境地というのはない。1週間もだらければ、その時点から精神は下り坂に向かう。
 さらに人も40歳を過ぎると、脳みその底に穴があいたような状態になる。知識や知恵、経験は容赦なく、そこからこぼれ出て行く。ではどうするか。
 日々に、親は親として、自分を磨く。こぼれ出る以上のものを、補給していく。つまり日々に鍛錬、あるのみ。
 もしあなたが、妬みやすい、いじけやすい、ひがみやすい、意地悪、ウソつき…ということであれば、日々にそれと闘う。あなたの子どもは、それを見て、すばらしい子どもになる。『子は親の背中を見て育つ』というのは、そういう意味。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【タイタニック・シンドローム】
 恋愛こそ、すべて。人生の一大事。恋愛したとたん、何か大偉業でも成し遂げたかのように錯覚する。これを「タイタニック・シンドローム」、つまり恋愛至上主義という。
 今や、結婚についても、親に相談したり、親の許可を求める若者は、まずいない。ある日突然、相手を連れてきて、「結婚します」と。
 まさに問答無用。が、その程度の恋愛なら、そこらのイヌやネコでもしている。恋愛も、脳内ホルモンの作用によって起こることがわかっている。フェニルエチルアミンというホルモンである。賞味期限は、せいぜい3~4年。そのせいか、離婚率もウナギ登り。平成19年度に結婚した人の数が約72万人に対して、離婚した人の数は25万5000人(厚労省)。単純に25万人を72万人で割ってみると、離婚率は、35・4%!
 が、タイタニック・シンドロームも、つまるところ、ドラ娘・ドラ息子症候群のひとつと考えてよい。欲望の趣くまま行動し、理性によるブレーキがきかない。日本の若者…というより、日本人は、飽食とぜいたくの中で自分を見失ってしまった。よい年齢のオバチャンたちが、韓流スターを追いかけ回したりする。そういうことをしながら、みじんも恥じない。
 恋愛至上主義は、亡国への第一歩。強く警戒したい。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【同一性の確立】
 「こうありたい」という自己像。が、そこには現実の自分がいる。この両者が一致した状態を、「同一性の確立」という。思春期最大のテーマである(エリクソン)。
 同一性の確立した子どもは、ものの考え方が前向き、かつ積極的。非行に対しても強い抵抗力を示す。そうでなければ、そうでない。
 が、これは何も子どもだけの問題ではない。退職後の私たちの問題でもある。
 よく誤解されるが、庭いじりと孫の世話。それはけっして老後の理想の姿ではない。退職後であっても、道なき人生を歩む苦しみに、変わりはない。そこで私たちは、(すべきこと)を発見し、そこに自分を統合させていく。これを「統合性の確立」という。
 が、(すべきこと)を発見するのは、むずかしい。それこそ20年単位の準備期間が必要である。そこでエリクソンは、遅くとも人生の正午と言われる40歳ごろから、その準備をせよと教える。
 で、子どもを伸ばす、三種の神器といえば、夢、目的、希望。しかし今、夢のない中学生がふえている。「明日は、きっといいことがある」と思って、一日を終える子どもは、男子30%、女子35%にすぎない(「日本社会子ども学会」、04年)。これでは同一性の確立など、望むべくもない。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【子どもの人格と完成度】(1)
 今、思春期の子どもの心の中では、猛烈な「生的エネルギー」(ユング)が、わき起こっている。
 最近の研究によれば、脳の中の視床下部というところが、どうやらそういった信号の発信源ということがわかってきた(サイエンス誌・08年)。その視床下部からの命令を受けて、ドーパミンという脳間伝達物質が放出される。
 このドーパミンが、脳の中の線条体というところを刺激すると、猛烈な(欲望)となって、その子ども(人)を支配する。ふつうの反応ではない。そうした欲望をコントロールするのが、大脳の前頭前野(理性の中枢部)ということになる。が、「意志の力だけで、こうした衝動を克服するのはむずかしい」(N・D・ボルコフ)。
 もちろん欲望といっても、その内容はさまざま。性欲のほか、食欲、生存欲、物欲、支配欲に始まって、もろもろの快楽追求もその中に含まれる。わかりやすく言えば、脳の中で、どのような受容体が形成されるかによって決まる。たとえばアルコール中毒患者やニコチン中毒患者は、それぞれ別の受容体が形成されることがわかっている。
 では、どうするか? そこでEQ論の登場ということになる。「情動の知能指数」と訳されているが、わかりやすく言えば、「人格の完成度」。(つづく)


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【子どもの人格と完成度】(2)
 EQ論では、つぎの3つを重要視する(P.サロベイ)。
(1) 自己管理能力
(2) 良好な対人関係
(3) 他者との良好な共感性
 その中でもとくに重要なのが、自己管理能力。その自己管理能力は、どこまで(1)自分で考え、(2)自分で行動し、(3)自分で責任を取るかによって決まる。
 親の過干渉、過関心が度を越せば、子どもは自分で考えられなくなる。非常識な行動をする。
 親の過保護が度を越せば、自分で行動できなくなる。いわゆる「温室育ち」になる。
 また親の溺愛が度を越せば、依存性、服従性が強くなり、その分だけ、行動に責任を取らなくなる。
(A)小遣いを手にしたとき、将来の自分の夢を達成するために、それを貯金に回す。あるいはささいなことでもルールを守り、約束を守る。疲れていても、家事の手伝いなど、やるべきことは、きちんとやる。
(B)小遣いを手にしても、そのときどきに欲しいものがあると、使ってしまう。家庭の中でもルールなど、あってないようなもの。約束を守るということは、まずない。「疲れている」「やりたくない」という言葉をよく使い、家事を手伝わない。
 (A)のようであれば、あなたは自分の子どもを、「すばらしい子ども」と自信をもってよい。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【許して、忘れる】
 親の愛にも3種類、ある。まず本能的な愛。親は子どもがかわいいしぐさをして見せると、いたたまれない気持ちになる。
 つぎに代償的愛。子どもを自分の支配下の置き、自分の思い通りにしたいと願う。一見、愛だが、愛ではない。よい例が子どもの受験競争に奔走する親。
 3つ目が、真の愛。その真の愛の深さは、どこまで子どもを許して忘れるかで、決まる。英語では、『for・give & for・get 』という。
 この単語をよく見ると、「与えるために、許し、得るために忘れる」とも訳せる。(forgive= 許す、 forget=忘れる。「フォ・ギブは、与えるため」、「フォ・ゲッは、得るため」とも訳せる。)
子どもに愛を与えるために、親は許し、子どもから愛を得るために、親は忘れるということになる。
 子育てをしていて、袋小路に入り、行きづまりを覚えたら、この言葉を思い出してほしい。心が軽くなるはずである。
 ただし一言。「許して、忘れる」は、相手に対してはできる。しかし自分に対しては、できない。たとえば親バカ。必要以上のことをしてしまい、子どもがドラ息子、ドラ娘になったとき、親は、深い悔恨の念に襲われる。
そういうとき、親は、自分を許し、忘れることはできない。悶々とした罪の意識を背負って生きる。そのためにも、親自身も、日々に努力し、賢くなる。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【袋小路の3原則】
 ときとして親は、袋小路に入る。そういうときの3原則。
(1)子どもの横を歩く
 親には、三つの役目がある。ガイドとして、前を歩く。プロテクター(保護者)として、うしろを歩く。そして友として、子どもの横を歩く。
(2)ほどよい親である
 やりすぎない。子どもが求めてきたら、与えどきと考えて、そのときは、ていねいに答えてやる。昔から『肥料のやりすぎは、根を枯らす』という。
 いつも、「子どもがそれを求めているか」ということを、自分に問いかけながら、子どもに対処するとよい。手のかけすぎ、サービス過剰は、かえって、子ども自身が自ら伸びていく芽をつんでしまうことになる。
●暖かい無視
 親の過剰期待、過関心、過干渉ほど、子どもの負担になるものはない。「まあ、うちの子は、こんなもの。親が親だから…」という割りきりが、子どもを伸ばす。
 親は、いつも子どもから一歩退いた位置で、子どもを見守る。野生動物保護団体には、『暖かい無視』という言葉がある。その言葉は、そのまま、子育てにも当てはまる。
 ちょっと心配のしすぎかな? 手のかけすぎかな? と、感じたら、心のどこかで、暖かい無視を思い浮かべる。子どもを暖かい愛情で包みながら、無視する。


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。