2011年9月16日金曜日

Essay on Kiso-Komagatake Climbing

【木曽・駒ケ岳へ】(9月14日、水曜日、2011)

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浜松発8:10分の豊橋行きに乗り込んだ。
行き先は、木曽・駒ケ岳。
豊橋で、飯田線に乗り換える。

「準備万端!」とワイフ。
「紫外線防止クリームはもったか?」
「もった!」
「長袖のシャツはもったか?」
「もった!」と。

ついでに「コンドームは?」と聞くと、「もった!」と。

!!!

私「あのなア、冗談、冗談。必要ないよ」
ワ「気圧が低いところでは、役に立つかもよ」
私「そんな理屈、聞いたことがない」
ワ「それに、浣腸も!」
私「浣腸? 冗談だろ?」
ワ「本当よ。このところあなた便Pがちでしょ」
私「気をきかせすぎだよ、それは……」と。 

こうして木曽・駒ケ岳への旅は始まった。
豊橋からは、特急・伊那路1号。
飯田まで行き、そこからローカル線に乗り換え、駒ヶ根まで。
駒ヶ根から駒ケ岳までは、バスとロープウェイで。
今夜は、ホテル千畳敷で一泊。

天気は、この両日、晴れのち曇り。
ワイフは天気を心配していた。
「だいじょうぶだよ。雲の上に出るんだから」と。

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木曽駒ヶ岳.jpg

●旅行

 「旅行」というより、「旅」。
その場任せの、気まままなブラリ旅。

旅の大切さは、それをしない人たちをみると、よくわかる。
どこか人間のスケールが小さい……。
そんな感じがする。

 が、旅に出るには、それなりの勇気が必要。
勇気だ。
たとえて言うなら、喧嘩の相手に、わざわざ会いに行くようなもの。
臆病な気持ちでは、旅はできない。
つまり人間というのは、基本的には怠け者。
新しいことを知るよりは、古い知識にしがみついたほうが楽。
新しい場所へ行くよりは、行きなれた場所へ行くのが楽。
小さく生きた方が、安全、無難。

●脳みその栄養剤

 旅に出るというのは、固まりかけた脳みそをブレンダー(ミキサー)にかけるようなも
の。
……というのは、大げさかもしれない。
しかし歳を取ると、旅に出るのがめんどうになる。
疲れるし、それにお金もかかる。
「休みは家でぼんやりと過ごしたい」と思う。

 が、それではいけない。
脳みそにカビが生える。
腐る。
だから、あえて飛び出す。
その「あえて」という部分で、勇気が必要。

 ……知人の中には、家の中に引きこもったまま、人との接触すら絶っている人がいる。
「引きこもり」というと、若い人の病気のように考えている人も多い。
しかし60代、70代になってから、引きこもる人も多い。
病名は、多くは「うつ病」ということになっている。

 引きこもるから、うつになるのか。
うつになるから、引きこもるのか。
そういう人たちこそ、外の空気を吸ったほうがよい。
言うなれば、旅は、脳みその栄養剤。
そういう意味で、冒頭で「旅の大切さは、それをしない人たちをみると、よくわかる」と
書いた。

●公的教育支出費

 列車の中で、新聞を読む。
そのひとつ。

それによれば、日本の公的教育支出費は、またまた最下位になったとか(OECD)。
「日本は05年、07年も最下位になり、低迷がつづいている」と。
日本は、3・3%!
たったの3・3%!
OECD加盟国31か国中、最下位。
つまりその分だけ、親の負担が大きいということ。

 一方、日本の教育支出に占める私費負担の割合は、33・6%。
チリ(41.4%)、韓国(40・4%)につづいて、下から3番目。
とくに幼稚園の56・5%が、ダントツに高い。
しかもその分だけ、教育の質が高いかといえば、それはない。
生徒の数でみても、小学生の学級規模は、28・0人。
中学生で、33・0人(OECD平均は、21・4人)。
韓国に次いで、下から2番目。

つまりその分だけ、日本の教育の質は、「悪い」ということになる。

●奨学金制度

 が、この数字だけを見て、「日本もそれほど欧米とは変わらない」と思ってはいけない。
たとえばアメリカでもオーストラリアでも、奨学金制度が発達している。
大学へ進学する学生たちは、どこの大学へ入るかということよりも、どこから奨学金を手
に入れるかということに、血眼(ちまなこ)になっている。

 奨学金を提供する民間会社にしても、「どうせ税金で取られるなら……」と、奨学金をど
んどんと提供している。
もちろん会社側にも、メリットがある。
優秀な学生に、ツバをつけておくことができる。

 奨学金を得られない学生は、借金で……ということになるが、親のスネをかじって大学
へ通っている学生など、さがさなければならないほど、少ない。
現実には、ほとんどいない。

●親、貧乏盛り

 そんなわけで、昔は『子ども育ち盛り、親、貧乏盛り』と言った。
今は、『子ども大学生、親貧乏盛り』という。
が、問題はつづく。
老後の問題である。

 今、ほとんどの母親たちは、子どもが大学へ通うころになると、パートに出る。
それこそ爪に灯をともすようにして、子どもの学費(実際には遊興費)を捻出する。
が、子どもといえば、親の苦労など、どこ吹く風。

 50代で貯金ゼロの家庭は、30%もあるという。
家計は苦しい。
が、それでも親は、学費(実際には遊興費)を送りつづける。
「やがて子どもがめんどうをみてくれる……」という淡い期待を抱きつつ……。
しかしそれは幻想。

 最近の若い人たち、さらにその上の世代の人たちに、「親のめんどうをみる」という意識
はない。
ないことは、内閣府の調査結果を見ればわかる。
つまりこの段階で、親は、貯金を使い果たす。

●変わった家族観

 私たちが子どものころは、「家族」というと、そこには必ず祖父母がいた。
「先祖」という言葉も、色濃く残っていた。
が、今は、それがない。
「家族」というときには、自分たち夫婦と、その子どもたちだけをさす。
夫婦と子どもだけ。
悪しき欧米化と断言してよい。

 つまり欧米では、「家族崩壊」が常態化している。
日本および東洋の家族観と比較してみると、それがよくわかる。
欧米人のばあい、2世代家族というのがふつう。
3世代家族というのは、まず、ない。
つまり「家族」には、祖父母は含まれない。

 日本人の意識は、戦後、急速に欧米化した。
恋愛第一主義という、欧米流の価値観も、それに含まれる。
私が若いころは、結婚するにしても、まず親に相談し、親の許可を得てから……というの
が、ふつうだった。
が、今はちがう。
いきなり婚約者を連れてきて、「結婚します」と。

 最近の若い人たちは、恋愛をすると、何かすばらしいことをしでかしたかのように思う
らしい。
思うというより、錯覚。
(特別は特別だが、親も含めて他人には関係ない!
恋愛など、そこらのイヌやネコだって、しているぞ!)
「恋愛至上主義」というのは、それをいう。

●家族崩壊

それが今に見る結果ということになる。
が、欧米はまだよい。
それが常態化した状態で、社会のシステムが完備している。
老人は、若い人たちの助けがなくても、老後を送り、自分の終末ケアを受けることができ
る。

 が、この日本では、社会のシステムが追いつかないまま、意識だけが変わってしまった。
わかりやすく言えば、老人たちだけが、野に放り出されてしまった。

●人材

 グチぽいエッセーになってしまった。
しかし本来なら、日本は公的支出をふやすか、欧米並みの奨学金制度を拡充すべきである。
「奨学金に回してくれるなら、その分、税金を控除します」と。
そうするだけでも、会社は喜んで奨学金を提供するようになるだろう。
(もちろん、その分だけ税収が減るから、政府は猛反対するだろうが……。)

 しかしこの日本がなぜ日本かといえば、「人材」があるからである。
また人材以外に、財産はない。
土地は狭く、資源もない。
軍隊も貧弱。
ならば人材ということになるが……。
こんな状態で、どうして人材が育つというのか。
これからの日本は、どうやって世界と渡りあっていくというのか?

●豊橋

 伊那路1号は、定刻どおり発車。
10:08分。
飯田行き。
1号車は指定車両になっているが、客は私たちを含めて、4人だけ。
ラッキー!

 ワイフは豊橋駅で買った弁当を食べている。
私はパソコンを叩いている。
途中、「湯谷温泉駅」に停車するという。
湯谷温泉には、今年に入ってからだけで、もう10回近く通っている。

 泉山閣、湯の風HAZUなど。
ほかにもいくつかあるが、どこもカビ臭く、泊まるには、かなりの寛容力が必要。
それに料金は、ほかの温泉地と比べ、料金も割高。
が、気位だけは高い。
1300年の歴史があるとか。
それはわかるが、昔のままでは、客はつかめない。

ある旅館でのこと。
「一泊、朝食のみ」の予約をし、夕食を外から持ち込んだ。
それが女将を怒らせた。
叱られた。

 こういうことがあると、もうこりごり。
以後1か月以上になるが、以後、湯谷温泉には、足を踏み入れていない。

●駒ケ岳

 駒ケ岳には、一度、登っている。
息子の1人と旅をしたとき、登った。
登ったといっても、ロープウェイで終点まで行っただけ。
そのときの印象が今でも、強く残っている。

 で、そのとき、そこにホテルがあることを知った。
それが「ホテル千畳敷」。
「泊まろうか」ということになったが、満室だった。
そのときの恨みを、今日、晴らす。
あのとき感じた、不完全燃焼感を、今日、晴らす。

 何でも日本で最高峰にあるホテルとか。
もちろん料金も、最高?
冥土の土産には、もってこい。

●湯谷温泉

 淡い水色の空に、ポカリポカリと白い雲。
景色は薄く、かすんでいる。
緑の稲田が美しい。

 旅行のしかたにも、いろいろある。
しかしそれにも、学習が必要。
つまりレッスン料。
宣伝や広告につられていくと、たいてい失敗する。
温泉旅館にしても、何度か足を運ぶ。
現地を見て、はじめてどの旅館がよいかがわかる。
近くのみやげ物屋で評判を聞くのが、いちばんよい。

 もうすぐ列車は、その湯谷温泉駅で停まる。
私はもともと、山育ち。
山に囲まれた渓流が好き。
だから湯谷温泉……ということになる。
……ということで、湯谷温泉には、足しげく通った。

湯谷温泉を思い出しながら、そんなことを思い出した。

●長篠(ながしの)

 このあたりは、織田信長と徳川家康の連合軍、その連合軍と武田勝頼の激戦地であった
という。
あちこちに史跡が残っている。
息子たちが小さいころには、数度、通った。
史跡めぐり。
歴史の勉強という名目だった。
が、同時にこのあたりは、柿の産地。
よく柿を、箱一杯買って帰った。

 たった今、「本長篠(ほんながしの)」に着いた。
長篠の合戦は、このあたりでは、よく知られている。
騎馬戦を仕かける武田側。
それを迎え撃つ、織田側の鉄砲隊。

……というような構図ではなかったか。
実にいいかげんな記憶で、申し訳ない。
私はもともとこの種の歴史には、あまり興味がない。

●信長の時代

 現在のGDPに換算することはできない。
しかし戦国時代の日本は、恐ろしく貧しかった。
(明治のはじめですら、当時の日本のGDPは、インドネシアと同じだったという話を、
何かの本で読んだことがある。)

今に残る城だけを見て、「江戸時代も結構、豊かだった」と思うのは、まちがい。
数字で表すことは正しくないかもしれないが、一部の武士をのぞいて、たいはんの日本人
は、極貧の生活を強いられていた。

 つまり富と権力は、ほんの一握りの人間に集中していた。
それが戦国時代であり、江戸時代ということになる。
貨幣が一般社会に流通しはじめたのも、また大八車という「車」が発明されたのも、江戸
時代中期であった。
(このあたりのことは、私自身が詳しく調べた。)

 そういうことがわかればわかるほど、「何が織田信長だ!」となる。
今でも織田信長を信奉する人は多いが、エジプトのムバラクや、リビヤのカダフィと、ど
こがどうちがうというのか。
つまり城は、まさに暴政と暗黒政治の象徴。
あの城のために、どれほど多くの人たちが犠牲になったことか!
(列車が揺れ、船酔いに似た症状が出てきたので、しばらく景色を楽しむことにする。)

●飯田
  
 少し前、飯田を出た。
飯田からはローカル線。
5分おきに停車しているといった感じ。
水曜日の午後ということで、高校生たちがたくさん乗っている。
ホームにも、高校生の姿が目立つ。

 時刻は午後1時16分。
日差しは強く、外に出ると真夏の陽気。

 飯田の駅で、15分ほど待ち時間があったので、売店で「ニューズウィーク」誌を買っ
た。
見出しを読んだだけで、「さすが!」と感心する。
言葉の使い方が、うまい。
世界でも超一級のライターたちが書いている。

●「知的ブラックホール」(ニューズウィーク誌)

 見出ししか読んでいないが、「知的ブラックホール」という言葉が目に留まった。
私流に解釈すると、こうなる。

つまり知識人が、知識を過信するあまり、とんでもないことを信ずるようになることをい
う?
その結果として、これまたとんでもない袋小路、つまりブラックホールに入ってしまう。
が、それですめばまだよいほう。
そういう知識人が、一般庶民を、まちがった方向に誘導してしまう。

 以前にも書いたが、たとえば『行列のできる法律相談所』(テレビ番組)がある。
あの番組に流れる法哲学は、本来の法哲学ではない。
あの番組では、何でも、「まず法ありき」という姿勢で、法を説く。
しかし「法」というのは、何か問題が起きたとき、その問題を解決するための手段として
使われるもの。
それまでは、裏方として、うしろにひっこんでいる。
とくに民法では、そうである。
何か問題が起きたとしても、当人どうしが、それでよいなら、それでよい。
法の出る幕はない。
それをいきなり、「無断で写真を撮った! 肖像権侵害!」と騒ぐ。
小学生でも、そう言う。
「どこでそんなことを知ったの?」と聞くと、「行列の……」と答える。
 
 だから私はあるとき子どもたちに、こう言った。
「写真を撮ったことで、何か不都合なことが起きたら、肖像権侵害で訴えればいい。
でも、先生がみんなの写真を撮ることは、ごく日常的な行為で、法律違反ではないよ」と。

 これも知的ブラックホールということになる。
一部の知識人が、まちがった法哲学を説き、人々にまちがった法意識をもたせてしまう。
司法試験の合格だけをめざして勉強したような人ほど、このブラックホールに陥りやすい。

ニューズウィーク誌はどのように書いているか知らない。
あとでゆっくりと読んでみたい。

●駒ヶ根まで

 ワイフは前の座席で、ニューズウィーク誌を読んでいる。
私は先ほどまで船酔いに似ためまいを感じていた。
飯田線の特急列車は、不必要なまでに、クッションがよい。
そのためカーブを曲がるたびに、フワーッ、フワーッと揺れる。

 半面ローカル線は、(つまりこの列車は)、ガタンゴトンと、線路と車輪の鉄の衝撃がそ
のまま座席の下から伝わってくる。
パソコンを使うには、ローカル線のほうが、よい。
時間はかかるが、パソコンが手元にあれば、時間は気にならない。

 ……それにしても、よく停車する列車だ。

●キング牧師・暗殺前・最後の24時間(ニューズウィーク誌)

 ワイフは、今、「キング牧師・暗殺前・最後の24時間」という記事を読んでいる。
今度、映画化されたという。

 私はそれを読んで、「がま先生」こと、蠣崎要(かきざきかなめ)氏を思い出した。
浜松市で開業医をしていた、産婦人科医である。
タレントドクターとして、よく知られていた。

が、この30年間で、「がま先生」のことを書くのは、これがはじめて。
「がま先生」という名前を書くのもはじめて。
そのがま先生にも、最後の24時間があった。
詳しくは書けない。

私はがま先生の秘書を、7年間勤めた。
その間に、がま先生の本を、10冊近く書いた。

2人の息子氏と、1人のお嬢さんの家庭教師もした。
よくいっしょに外国へも行った。
あちこちの学会にも顔を出した。

 私が東洋医学の勉強をするようになったのも、がま先生の秘書をしていたからである。
そのがま先生は、その年の春の彼岸(3月)に焼死した。
直後の夕刊では、風呂場の煙突の加熱が原因によるとあった。
享年49歳。

息子氏の1人が2階の窓から逃げるとき、その煙突に足をかけた。
そのとき「煙突が異常に熱かった」と。
そこから煙突の加熱説が生まれた。
火事、つまり事故、と。

 が、私はそれを信じなかった。
がま先生の家の構造は、がま先生と同じくらい、私はよく知っていた。
で、その数日後から、私は消防署に足を運び、原因を調べ
た。
担当署員は、こう言った。
「私のほうからは、何も言えません。あなたの質問に対して、YES、NOだけで答えま
す」と。

が、それについて、ここで書くことはできない。
その「事件」で、がま先生夫妻、お嬢さんのHチャン、それに助産婦長をしていた、K先
生の4人がなくなっている。
K先生は、私の長男を取り上げてくれた人である。
3人の子どもは、私の教え子である。
とくにHチャンは、毎週私が自分の教室へ連れてきて、教えた。
みんなからは、「おあちゃん」と呼ばれ、かわいがられていた。

●謎の24時間

 その朝、がま先生は、オペ(手術)を1つこなしている。
それが終わると、市内のGホテルで催されたネクタイ展示会に顔を出している。
そのあと、一度帰宅。
どこで昼食をとったかは、不明。
(がま先生は、居間から診察室へ行く途中、食堂で簡単に昼食をすますということが多か
った。)

 で、午後から、またオペを2つこなし、今度は奥さんと同伴で、映画館へ。
市内のC劇場で映画を見ている。
その映画のあと、一度、自宅へ戻り、食事をすますと、そのまままたGホテルへ。
そこでだれかと会い、夜11時過ぎまで、過ごす。
が、ここからさらに謎が深まる。

そのあと秘書のI氏(運転手)を呼びつけ、I氏に運転させ、K町にあるRSというス
ナックに寄っている。
RSというのは、同僚医師のK氏の妻が経営するスナックである。
そこでしばらくの時間を過ごし、自宅に帰ったのが午前0時半ごろ。

●謎の焼死事件

 がま先生は、遅い風呂に入る。
それが午前1時ごろ。
その時刻、奥さんは、二階の寝室にいた(?)。
風呂釜の空焚き説も、そこから生まれた。
空焚き状態になり、火事になった、と。

 その朝早く、午前3時半ごろ(この時刻は記憶による)、火事が発生。
がま先生以下、4人がなくなるという、あの惨事につながった。

 が、私は、その火事がどのようにして起きたか、知っている。
消防署員の肉声の録音テープも、どこかにあるはず。
が、それについては、ここには書けない。
すでに記憶の中に、封印していある。
死ぬまで、だれにも話さないだろう。

 が、なぜ?
なぜあれほどまでに幸福そうに見えた家族に、あのような惨事が襲ったか?
なぜ、がま先生は、夜半まで、Gホテルで過ごしたか。
その相手は、だれだったのか。
なぜ、がま先生は、タクシーを使わず、深夜遅く、わざわざ秘書のI氏を呼びつけ、車を
運転させたか。
なぜ、がま先生は、途中、RSというスナックにわざわざ寄ったか。
スナックを出たとき、時刻は午前0時を回っていた。

私はその謎を解くヒントは、がま先生と奥さんが見た、あの映画の中にあると考えている。
当日、C劇場で上映されていた映画は、F監督製作の「xxxx」。
その映画があの悲劇の引き金を引いた。

 「がま先生・最後の24時間」。
まさに謎に包まれた24時間だった。

が、まさにあの映画どおりの筋書きで、がま先生は、この世を去った。
『キング牧師・暗殺前・最後の24時間』というタイトルを読んで、そんなことを思い出
した。

●貸し切り 

駒ヶ根からロープウェイ乗り場のある、ひらび平まではバス。
が、ここでも客は、私たち2人だけ。
さらに、ひらび平から千畳敷までのロープウェイでも、客は私たち2人だけ。
いろいろなところへ行ったが、こんなことははじめて。
けっしてシーズンオフということではない。
頂上へ着くと、どこかのテレビ局が、旅の番組を収録していた。
見たことのあるテレビタレントが、3~4人、いた。

 私たちはそれが終わるまで、近くのベンチで座って待った。
待って、今度は、私たちの記念撮影をした。
そばにいた男性に、シャッターを切ってもらった。
快く、引き受けてくれた。

 あとでワイフがこう言った。
「あの人ね、お笑いタレントのXXよ」と。
私がシャッターを切ってくれと頼んだ人は、テレビの世界ではかなり有名なタレントだっ
たという。
私は、そういう世界を、ほとんど知らない。
そういう番組は見ない。
XXさん、ありがとう。

●眠い

 今、夕食を終えて、部屋に戻ったところ。
つい先ほどまで、今夜は徹夜で……と考えていたが、今は、眠い。
無性に眠い。
時刻は午後7時10分。
徹夜で旅行記を書きたかった。
が、体のほうが言うことを聞かない。

 夕食前、1時間ほど、千畳敷を歩いてみた。
大きな岩が敷き詰められた歩道を、ゆっくりと歩く。
ときどき写真を撮る。
眼前に迫る駒ケ岳が、ちょうど日没どきで、まるでドラキュラか何かが住む悪魔城のよう
に見えた。
荒々しい岩肌。
遠近感のない空間。
ワイフは、「こんな景色を見るのは、はじめて」と、何度も言った。

●日韓経済戦争

 ホテルでネットがつながったのには、驚いた。
さっそく、あちこちのニュースサイトをのぞく。
気になったのは、韓国の株価。
暴落に、暴落を重ねている。

 ウォン高にすれば、輸出に影響が出る。
ウォン安にすれば、食料品やガソリン代が値上がりする。
すでに限界に近いほどまで、とくに食料品の価格が上昇している。
国内経済はメチャメチャ。
が、韓国政府が選んだ道は、ウォン安。
国民生活を犠牲にしても、まず金を稼ぐ。
うまくいけば、一気に韓国は経済大国として、世界に躍り出ることができる。

 ……というわけには、いかなかった。
韓国政府の思惑通りには、いかなかった。
最大のターゲットにしていたEUの経済が、こけた。
その前に、アメリカがこけた。
当初、つまり今回の大恐慌が始まったとき、韓国のイ大統領は、こう言っていた。
「わが国に与える経済的影響は、軽微」(8月はじめ)と。

 が、本当にこけたのは、韓国の国内経済だった。
それもそのはず。
韓国の銀行は、その大半が、アメリカの銀行の支配下にある。
サムスンにしても、ヒュンダイにしても、中身はアメリカの会社と考えたほうがよい。

 ニューズウィーク誌は、表紙を「韓流バブル」という文字で飾っている。
エンタメの世界で、韓流バブルがはじけ始めているという。
日本で起こりつつある、反韓流の動きをさす。
が、同時に韓国では、経済バブルもはじけつつある。
株価の暴落が、ほかの国とくらべても、大きすぎる。
が、日本よ、日本人よ、これだけはしっかりと覚えておこう。

 韓国が頭をさげて助けを求めてくるまで、日本は、ぜったいに韓国を助けてはいけない。
いけないことは、竹島問題を見ただけでもわかるはず。
さらに言えば、前回、韓国がデフォルトしたとき、日本は100億ドルを貸した。
そのうちの50億ドルが、まだ未払いのままになっている。

●希望

 数日前、地元の新聞社から、連載の依頼があった。
うれしかった。
ときどき単発モノの依頼はあるが、連載モノは、重みがちがう。
その連載にあわせ、体力を調整し、脳みそを鍛える。

 人は希望によって、生きる。
希望が、道を照らす。
言い換えると、道のない人生を歩むことぐらい、つらいことはない。

 これには、老人も若者もない。
1人の人間として、これほどつらいことはない。

 恐らく私にとっては、人生、最後を飾る連載になるはず。
命がけで書いてみたい。

●23:13

 先ほど目を覚ましてしまった。
部屋のエアコン調整に失敗した。
まずワイフが起き上がり、「暑い」と。

 私は窓を開けた。
眼前に、駒ケ岳が見えた。
暗闇を背にし、こちらに向かってのしかかるように、うっすらとその姿を現していた。
白い石灰石(多分)が、雪のように白く光っている。
その雄大な景色に、しばし見とれる。
それを見て、ワイフが、「美しいわね」と言ったまま、口を閉じた。

 こういう旅行では、よくこういうことがある。
睡眠調整がむずかしい。
というより、枕やふとんが変わっただけで、眠れない。
目が覚める。
今回は、暑苦しくて、目が覚めた。

 部屋は8畳。
エアコンはあるが、空調設備はないようだ。
時刻は、今、午後11時13分。

●猛暑 

 寝る前に見たニュースによれば、昨日は全国的に猛暑だったとか。
ところによっては、35度を超えたとか。
熱中症で倒れた人も多い。

 しかし9月半ばで、35度?
おととしも、たしか9月の終わりまで、30度を超える日々がつづいた。
地球の火星化(温暖化ではなく、火星化)は、確実に進んでいる。
この駒ケ岳でも、以前の今ごろは、気温も0度近くになり、氷も張ったという。
が、昨日も、そして今日も、朝夕の気温は11度前後。

 「地球が火星化したら、高い山地に引っ越そう」と考えていたが、その夢も、もろく崩
れた。
むしろ、寒冷地のほうが、地球火星化の影響を大きく受ける。

●頭痛

 ワイフが起き上がった。
「頭が痛い」と言った。
「枕を高くして」と言った。

 湿布薬を、首と額に塗ってやった。
ついでに精神安定剤を1錠。
睡眠薬がわりに、私たちはのんでいる。

「どういうふうに痛い?」と聞くと、「二日酔いみたい」と。

 ワイフも酒に弱くなった。
食前に生ビールを一杯飲んだ。
私も一口のんだが、それで顔が真っ赤になってしまった。

 一見、健康で私より元気に振舞っているが、ワイフも確実に老いつつある。
寝顔はすっかり、バーさん顔。
そんなワイフがいとおしい。
「いつまでこんなことができるのだろう」と考えていたら、目頭がスーッと熱くなってき
た。

 やはり今日の旅行は、ワイフには、無理だったかもしれない。
片道、6時間半。
次回は、もっと近いところにしよう。

●長篠の戦い

 この原稿のはじめに、「長篠の戦い」について、書いた。
当時の私は教育パパで、あちこちの史跡へ息子たちをよく連れていった。
40坪の畑も作り、自然への親しみを教えようと、植物や作物の作り方も教えた。
もちろん美術館へも連れていった。
文学も、読んで聞かせた。
テープに吹き込んで、毎晩聞かせた。

 が、今にして思うと、それが何だったのか、よくわからない。
過去どころか、年長者に対する畏敬の念など、ゼロ。
歴史の「れ」の字も理解していない。
国際経済の話をしても、「何、それ?」となる。
美術への造詣もなければ、政治の話もしない。
することと言えば、ギターを片手に、ミュージシャンのまねごとばかり。

 ああ、またグチになってしまった。
ワイフは寝息をたてて眠り始めた。
よかった。

「晃子へ、お前のめんどうは、最期の最期まで、ぼくがみるよ」と。

●欧州・9月危機

 ニューズウィーク誌を読みたいが、この暗闇では、どうしようもない。
明かりは、となりの玄関から漏れてくる光だけ。
それに紙質がちがうのか、ページをめくるたびに、ガサガサと大きな音をたてる。

 かろうじて見出しが読める程度。
が、かえってこのほうが、想像力をかきたてておもしろい。
その記事のひとつに、「欧州・9月危機」というのがある。

 が、だれが考えても、ギリシアのデフォルト(国家破綻)は、すでに既成の事実。
救いようがない。
へたに助ければ、かえってモラル・ハザードが起きてしまう。

それにギリシアだけではない。
スペインやイタリアが、そのうしろで構えている。
ドイツ一国だけで、欧州危機が回避できるとは、だれも考えていない。
今、EUは、EUそのものの崩壊の瀬戸際に立たされている。

●公務員的発想

 そのギリシア。
国民のほとんどが公務員と言ってよいほど、公務員の数が多い。
正確な数字は公表されていないが、60%近くがそうであるという。
何も公務員が悪いというわけではない。
また1人ひとりの公務員に責任があるというわけでもない。

 しかし公務員と呼ばれる人たちは、与えられた範囲での仕事はする。
権限にしがみつく。
そのくせ、少しでも管轄が侵害されると、猛烈にそれに反発する。
失敗しても責任を取らない。
常に責任逃れの口実を考えている。
加えて管轄以外の仕事はしない。
「余計なことをすれば、責任を取らされる」と。

 だから臨機応変に、ものごとに対処できない。
あの3・11大震災のときも、こんなことがあった。
ある小学校でのこと。

●震災悲劇

 地震のあと、児童たちをどこへ避難させるかで、教師たちの判断が二転三転した。
「三角地」と呼ばれる、低地にある平地か、それとも校舎の裏にある山地か、と。
そして子どもを迎えにきた父母には、いちいち名前まで書かせていた。

 結局、三角地と呼ばれる平地に避難することになり、そのとたん、津波に巻き込まれた。
74人の児童のうち、70人が死亡したという。

そのとき、こんな意見も出たという。
「山地に逃げれば、余震で木が倒れ、かえって危険」と。
一瞬の判断ミスが、多くの子どもたちの命を奪ったことになる。
が、地震から津波まで、1時間近い時間があった。
1時間の間、運動場で点呼を取りながら、親たちが迎えに来るのを待った。

 ほかにもいろいろ事情があったのかもしれない。
しかし地震があれば、津波。
津波の心配があるなら、高地へ。
学校の裏に山があるなら、まずそこへ逃げる。
裏山へ逃げれば、全員が助かっていたはず。
運動場で点呼など取っているほうが、おかしい。

 こんなことを書くと、亡くなった子どもをもつ親たちは、いたたまれない気持ちになる
だろう。
その場にいた教師のほとんども亡くなっている。
教師に責任を求めても、死んだ子どもは帰ってこない。
しかし避難マニュアルがどうのこうのと言っているうちに、津波が来てしまった。

 その反対の例もある。
福島第一原発のY所長は、「上」からの命令を無視し、原子炉に海水を注入しつづけた。
結果的に、このY所長の判断が、大惨事から、日本を救った。
が、世間の目は冷たかった。
Y所長のした行為は、独断による越権行為だった、と。
BLOG上でも、その行為について、賛否両論が今でもつづいている。

 が、どうして?
もしあのときY所長が、マニュアル通りの操作をしていたら、管直人前首相が行っている
ように、「東京にだって、人、1人住めなくなっていただろう」。

●ギリシア問題

 今のギリシアも、それに似ている。
国家破綻を前にし、公務員たちはストにストを重ねている。
一時はカンフル剤を注射してもらい、財政健全化に向かうかと思われたが、結局は何も変
わらなかった。
「救いようがない」というのは、そういう意味。 

●介護制度

 介護制度にも、大きな問題がある。
現在の介護制度の中で、恩恵を受けられる人は、必要以上に恩恵を受けられる。
その一方で、恩恵を受けられない人は、常にカヤの外。
特別養護老人ホームへ入るにも、2年待ち、100番待ち……というのが常態化している
(浜松市)。

 一方、巧みに、介護制度を利用している人も多い。
X氏(80歳)もその1人。

 妻も80歳。
日常的に歩くことには、それほど支障はない。
が、どうやってその介護度を取ったかは知らないが、介護度4(5段階中)。
ふつう介護度4というと、寝たきりの状態をいう。

 が、妻は、同時に有料の老人ホームに入居している。
週に2回、自宅に帰ってきている。
その日に、訪問介護があるからである。
恐らく自宅では、寝たきりの様子をして見せているのだろう。
介護士は、掃除、洗濯、料理などをして帰る。

 興味深いのは、訪問介護士が来る日は、夫のほうも家の中に引きこもっているというこ
と。
ふだんは、畑や庭で、いそがしそうに歩き回っている。
さらに驚くことに、妻の送り迎え(有料老人ホームと自宅の間)は、ボランティアの人た
ちがしているということ。
たまにタクシーを使うこともあるが、このタクシー代も、市が負担している。

 そういう老人がいるのを知るにつけ、「うまくやっているなあ」と感心する前に、怒りの
ようなものを、覚えてしまう。
私の母のときは、そういうサービスは、一度も受けられなかった。
2年間で、一度も受けられなかった。

(そろそろ眠くなってきたので、ここで眠る。)

●天竜峡
 
 今日は、駒ケ岳に登った。
ワイフの尻を押しながらの登山となった。
朝、7時30分ごろ、ホテル千畳敷を出発。
戻ってきたのが、10時半ごろだった。
駒ケ岳の頂上までは登れなかったが、中岳の手前にある山小屋まで行くことができた。

 天気に恵まれた。
風も、そよ吹く程度。
快晴。
気温は、20度。
簡単言えば、夢のような世界。
もう少し詩的な表現を……と考えるが、それ以上の言葉が思いつかない。
やはり「夢のような……」が、いちばん合っている。
現実の世界とは、とても思えなかった。

 よかった。
満足。
今は、帰りの列車の中。
飯田で特急に乗り換えるつもりだったが、天竜峡まで。
そこで2時間ほど、過ごすつもり。
どこかの温泉宿で一服し、そこで特急をつかまえる。
それにまだ昼食をとっていない。
何かおいしいものがあれば、よいのだが……。

 こうして私の駒ケ岳への旅は終わる。
来月はあちこちで講演がある。
それを利用して、あちこちの温泉地を巡る。
楽しみ!

 そうそう明日から、『サンクタム』、さらに明後日から、『ロスアンジェルス決戦』が始ま
る。
忙しくなりそう!

●おまけ

 天竜峡では、「龍峡亭」という旅館で、風呂に入らせてもらった。
事情を説明すると、女将が出てきて、「今日は15日です。ご縁の日です。600円でいい
です」と。

 天竜川の川沿いにある、「絶景の宿」(宿の案内書)。
「まだ泊り客は来ていないので……」という理由で、私とワイフの2人だけで入らせても
らった。
プラス、リンゴジュースのサービスつき。

 そのあと駅前まで歩き、私たちはそばを食べた。
4時14分の特急を待った。

 2011年9月15日。
おしまい。

(付記)

駒ヶ岳登山の写真集は……
http://bwmusic.ninja-web.net/
で、ご覧いただけます。


Hiroshi Hayashi+++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司
 

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