2012年6月22日金曜日

The old men are garbage?

【第4章】 ジジババ・ゴミ論

Young men think old men are fools; but old men know young men are fools.
若い人たちは、老人を馬鹿と思うが、老人は若い人たちが馬鹿ということを知っている。
George Chapman

【ジジババ・ゴミ論】

●信号無視

 2011年の11月、こんな事件が起きた。

 赤信号を無視して歩いている男性を、別の男性が注意した。
それに注意された男性が、逆ギレ。
注意した男性を殴り、殺してしまったという事件。

 この種の事件は、ときどきあるが、今回の事件は、つぎの1点で特異性がある。
殴った男性は、そのとき自分の「10代の息子」(報道)と、いっしょだったこと。
MSN・Newsの見出しは、つぎのようになっている。

『赤信号注意され逆上…男性殴り死なせた男の「理不尽」 交錯する怒りと悲しみ』(MSN・NEWS)と。

●MSNニュースより

+++++++++++++以下、MSN・NEWS+++++++++++++++

東京都品川区の路上で昨年11月、赤信号で横断したことを注意された男が逆上し、注意した男性を殴って死亡させる事件があった。
傷害致死容疑で逮捕、起訴された男は警視庁の調べに「腹がたってやった」と供述。
その理不尽な行動に、関係者の間で怒りと悲しみが交錯している。

息子の前で逆上し…

 昨年11月12日午後7時35分ごろ、大手百貨店や飲食店などが立ち並ぶ東京都品川区のJR大井町駅中央口側の横断歩道。
区内に住む無職、小牧信一さん=当時(77)=は、対面から信号無視をして渡ってきた2人組の男らを見かけた。

 「赤信号ですよ」

 小牧さんがこう注意すると、男の1人が「うるせえんだよ」と逆上。
顔を殴られた小牧さんは路上に転倒して頭を強く打ち、意識不明の重体となった。
小牧さんはすぐに病院に搬送されたが、1カ月以上たった12月20日、帰らぬ人となった。

 捜査関係者によると、小牧さんを殴ったのは傷害致死容疑で逮捕され、今月13日に起訴された品川区東大井の会社役員、YM被告(48)。

そして、傍らにいたのはYM被告の10代の息子だった。
2人は事件後、駅構内を抜け、自宅のある東口方面から逃走。
YM被告は事件がニュースなどで報道されているのを見て、小牧さんが死亡したことも把握していたという。

 当初、捜査は難航したが捜査員の執念が実を結ぶ。
事件から数週間がたち、再度、現場周辺の防犯カメラを細かく解析したところ、事件当時、現場で目撃された男と似た人物を確認。
YM被告が浮上した。

+++++++++++++以上、MSN・NEWS+++++++++++++++

●若い人たちの反応

 事件の異常性もさることながら、若い人たちの、この事件に対する反応に、私は驚いた。
2チャンネルをのぞいてみると、つぎのような意見が、ズラリと並んでいた。

全体の2分の1から、3分の1以上が、殴られて殺された小牧伸一さんを非難したり、反対に、殴ったYM被告を擁護するもの。
(殴った男性を非難しているのではなく、殴られた男性を非難している!)

●2チャンネルより

 2チャンネルへの書き込みを、そのまま紹介させてもらう。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

★子どもの前で恥じかかせた爺が悪いわ
まじでむかつく言い方したんだろうな
もしかして赤だと車こなくても待つタイプ?

★勇ましいなおい

★赤信号まじめに待ってる奴って馬鹿でしょw

★これは逆に爺がよっぽど酷かったんじゃないかとすら思ったり

★むしろ良い仕事しただろ 。
老人一匹殺すとか

★メリークリスマス
子どもにカッコ良いところみせたかったんだろうな
正論だから腹が立ちともいうよな
忘れられないクリスマスだな
まぁ政府は見殺しにして風評被害にして
関係者は身も心もぬくぬくぶるっちょだし

★信号をいちいち守る歩行者は大体発達障害か何かなんだよな。

★赤信号を守るのは正しいことだが
それを守らない人を注意するのにはリスクが伴うことを教えた

★俺も原チャリ走行してたら、俺を怒鳴りつけながら追いかけてきた爺がいたが、その言い分が、「カーブで歩行者の領域に入ったのがけしからん」みたいな話だった。
俺が走行時、歩行者が居なかったからショートカットしたんだが、そこにいたわけでもない爺に罵倒されて頭に来たが殴りはしなかった。

★知らんやつに注意するのはバカとしか言いようがない
この爺はよく今まで生きてたわ

★団塊と老害だからどっちもν速の敵だろ

★んなわけねえよ。
近所に住んでてあの状況をよくわかってるから言ってるだけ。
あそこはみんな信号無視するから注意するのがおかしいんだよ。

★俺は原付でいつものごとく車の前で止まってたら いきなり停止線オーバーしてるだろ!って目の前横断してたおっちゃんが怒鳴ってきた
おっちゃん、あんた横断帯とから二メートルも離れたとこ横断してるんですが…

★団塊ってかバブル世代だったな
まあどっちにしても敵だけど

★見ず知らずの人間に文句を言うクソジジイと、見ず知らずの人間を殴って殺すオッサン、ゴミみたいな人間が2人消えて良かったじゃんw

★信号無視ごときでいちいち注意する奴に限って巨悪には何も言えずダンマリなんだよなw 卑屈すぎるわ

★子ども連れてるのに人に注意されるようなことをした父親の自業自得だろ
子どもの前で尊厳大事にしたかったら人に注意されるような行動をしなければいい

★いちいち注意した老害もゴミ
殴り殺したDQNパパもゴミ
そんなDQNパパに育てられた息子もやっぱりゴミ

★大阪の場合はジジイが率先して信号無視

★だったら親だけを呼んでこっそりよくないですよって言えばいい。
わざわざ恥をかかせようとするような奴はこういう報いを受けるのは当然だわ

★ジジイも信号無視したことあんだろ?
ジジババは他人に厳しく自分に甘いからな

★これはやりすぎだけど、しつこい老人もいる。車のまったく通らない赤信号で歩行者が信号待ちをするのは愚鈍。

★俺も1回、歩道をチャリで漕ぐのが原則禁止になった月に、歩道を漕いでたら片足引きずってるジジイに大声でキレられて警官呼ばれるまでの騒ぎになったな
警官も、別にどうでもいいじゃんみたいな態度取ってたから今度はジジイが警官に絡んでてわろた

★他人を注意するのは常識知らずで自業自得だな

★77歳のじいさんの言うことなんてほっときゃいいのに、48歳にもなってこんなことで一生台無しにするなんて
ただのあほ、そんだけのことだろ
どっちがいいとか悪いとかどうでもいいし
殴ったほうも殴られたほうも人生終わりなんだよ

★俺の大学のフランス人の先生が、車が来ないのに赤信号で横断歩道を渡らず、待っているのは日本人とドイツ人だけだって笑いながら言ってたな。
信号が何のためにあるかを考えたら、渡らないほうが不合理だとな。

★爺も自業自得だよ。

★いい大人を注意するとかもう最悪ですね
本人は分かっててあえてやってるんですから
バカと言われたと同じです
これはもう殺してくれと言ってるのと同じでしょうね

★ちょっとカチンと来る注意のされ方をしたら、嫌味や余計な一言を返して相手も不愉快な気分にさせるのが常識のある社会人の行動だろ

(以下、延々と、つづく……)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●意識

 最近の若い人たちの意識が、私たちの意識とズレていることは、私自身も強く感じていた。
が、ここまでズレているとは、思ってもいなかった。

 若い人たちは、「77歳」という数字だけを見て、「ジジイ」と位置づけている。
(もし注意したのが、30代、40代の男性だったら、どうだったのか?)
その上で、事件の内容を吟味することなく、短絡的に、老人批判を展開している。
「2チャンネル」という、無責任な掲示板での意見だから、本気にとらえる必要はないのかもしれない。
が、それ故に、かえって、現代の若い人たちの「本音」が、そこにあるとみてよい。

●段階の世代は「敵」

 この書き込みの中で、つぎの2つが、気になった。
「団塊」という言葉が、強く私の関心をひいた。

『団塊ってかバブル世代だったな。まあどっちにしても敵だけど』
『団塊と老害だからどっちもν速の敵だろ』と。

 「v速」とは、何か。
それはさておき、ここで見られる若い人たちの意識は、180度、私たち団塊の世代のもっている意識とちがう。

 私たち団塊の世代には、それを意識しながら生きてきたわけではないが、「この日本の繁栄を築きあげたのは私たち」という自負心がある。
同時に、ぜいたく三昧に明け暮れる若い人たちを見かけると、ときどき、「だれのおかげで、そんなぜいたくができるのか、わかっているのか?」と言いたくなるときがある。

 が、若い人たちの意識は、私たちの意識とは、ちがう。
私たち団塊の世代をさして、「敵」と。
こうした意識をもっているのは、若い人たちの中でも一部と、私は信じたいが、どうやら一部ではなさそうだ。
すでにこうした傾向、つまり「世代間闘争」は、あの尾崎豊が、『♪卒業』を歌ったときから、始まっていた。

●親バカからジジバカへ

 総じてみると、団塊の世代には、親バカが多い。
「子どものため……」と、自分の人生を犠牲にした人は多い。

「子どもだけには、腹一杯、メシを食べさせてやりたい」
「ひもじい思いだけは、させたくない」
「学歴だけは、しっかりと身につけさせてやりたい」と。

 が、そんな思いや苦労など、今の若い人たちにしてみれば、どこ吹く風。
気がついてみたら、老後の資金を使い果たしていた……。
それが団塊の世代。

 が、親バカなら、まだ救われる。
が、それが親から老人に及んだとき、今度は、ジジバカとなる。
私たちは「つぎの世代」を考えながら、この日本はどうあるべきかを、思い悩む。
考える。
が、肝心のつぎの世代にしてみれば、ただの(ありがた迷惑)。

 が、私たちの世代には、それがわからない。
「そうではない」という幻想にしがみつきながら、生きている。
が、幻想は、幻想。
それがわからないから、ジジバカ。
私たち団塊の世代は、今、とんでもないジジバカを繰り返している(?)。

 それを如実に表現しているのが、つぎの言葉。
少なくとも私がもっている「常識」とは、180度、ちがう。
180度、ひっくり返っている。

『……ちょっとカチンと来る注意のされ方をしたら、嫌味や余計な一言を返して相手も不愉快な
気分にさせるのが常識のある社会人の行動だろ』と。

 その若者は、こう言っている。

 「カチンと来るような注意のされかたをしたら、イヤミや余計な一言を返し、相手も不愉快な気
分にさせるのは、当然。
それが常識のある、社会人としての行動」と。

●ゴミ

 60代、70代の人たちよ、覚悟しようではないか。
……といっても、これは何も60代、70代の人たちだけの問題ではない。
40代以上の人たちにとっても、無縁の問題ではない。

 現在の若い人たちには、私たち老人に対する畏敬の念など、微塵(みじん)もない。
そういう若い人たちに、私たちの未来を託しても、意味がない。
期待しても、意味がない。

 ……というのは書き過ぎ。
またそうであってはいけない。
それはよくわかっているが、それが私たちの未来を包む現実。
この先、この傾向は、ますます強くなる。
こんな記述も見られる。

『ゴミみたいな人間が2人消えて良かったじゃんw』と。

 現に今、あくまでも風聞でしかないが、医療機関でも、「75歳以上は手術はしない」という考
え方が定着しているという。
現実にそんな規定があるわけではない。
その年齢以上になると、「年齢(とし)ですから……」と、治療を拒否されるケースも多い。
事実、私の兄は、担当のドクターに、こう言われた。
「私は治る見込みのある患者は、治療しますが……」と。

 つまり治る見込みのない患者(=兄)は、治療しない、と。

●同情

 ただ若い人たちが、忘れていることが、ひとつ、ある。

 現在、「若い人たち」と呼ばれている人にしても、かならず、100%、そのジジ・ババになる。
自分たちだけは、ジジ・ババにならないと信じているかもしれない。
が、かならず、100%、そのジジ・ババになる。
そしてそのとき、そのジジ・ババを取り巻く環境は、今よりも過酷なものとなる。
2050年……つまり38年後には、約3人に1人が、そのジジ・ババになる。
(=1・2人の実労働者が、1人の老人を支える時代になる。)

 現在25歳であれば、25+38=63歳!
若い人たちよ、それがあなたの未来だぞ!

 そのとき、今、天に向かって吐いた唾(つば)が、自分の顔に落ちてくる。
が、私はけっして、現在の若い人たちのように、「ザマーミロ!」とは言わない。
「かわいそうに」と同情する。

●小牧伸一さん

 小牧伸一さん、あなたの死は、けっして無駄にしない。
こういう事例では、注意するほうも、不愉快。
できれば、事なかれ主義でもって、無視したい。
しかしそれがあまりにも目に余った。

「信号を守れ」というのは、相手のことを思って発した言葉。
自分のためではない。
信号を無視すれば、その相手が事故に遭う。
小牧伸一さんは、それを心配した。
だから相手を注意した。

 が、心配してもらったほうは、逆ギレ。
あなたを逆に殴った。
こんなバカなことが「常識」というのなら、そちらの常識のほうが狂っている。

 殴った男は、本物のバカ。
どうしようもない、つまり救いようがない、バカ。
徹底して法の裁きを受ければよい。

 が、残念ながら、今、こういうバカが、ふえている。
言うなれば、これはまさに、善と悪の闘い。
善が勝つか、悪が勝つか……。

●信頼関係の欠落

 が、問題は、なぜ、こうまで老人たちが嫌われ始めているか。

 一言で結論を言えば、「信頼関係の欠落」。
若い世代と、古い世代の間には、大きな溝(みぞ)がある。
そしてその2つの世代が、対立関係にあり、それをつなぐ信頼関係がない。
この信頼関係の欠落が、若い世代の憎悪感を、増幅させている。
「ジジ・ババ・ゴミ論」も、そういうところから生まれている。

●若者の視点

 私は職業上、いつも若い人たちの世界で仕事をしている。
下は幼稚園の年中児から、上は高校3年生まで。
1日のサイクルの中で、幅広い子どもたちと接している。

 それもあって、温泉の鏡を見て、自分が老人であることを知ることはあるが、それ以外の場で、自分が老人であると思うことは、めったにない。
家庭でも、鏡を見ることはめったにない。

 「若い人間」とまでは思わないが、そんなわけで、自分を老人と思ったことは、まだ、ない。
「そろそろ老人の仲間」という意味で、「老人組」という言葉を使うことはある。

●100万円

 そんな私だから、若い人たちの気持ちも、わからないわけではない。
たとえば月末に郵便局へ行く。
そこで見る光景は、まさに異様な光景。

 足腰の曲がったようなような老人たちが、100万円近い札束を、わしづかみにして帰っていく。
私が住むこのあたりは、旧国鉄村と呼ばれるほど、旧国鉄のOBたちが、たくさん住んでいる。
もちろんそのほかの公務員たちも多い。
そういう人たちが、3か月ごとに年金を手にする。
そあいうのを見ていると、この私ですら、「これでいいのか?」と疑問に思ってしまう。
それには理由がある。

●悠々自適の年金生活

 旧国鉄の人たちや公務員が、現役時代、どんな仕事をしていたか……?
それはともかくも、問題は、退職後。

 たとえば私の近所には、多くの空地があった。
(最近は少なくなってきたが……。)
その空地。
ゴミ拾いなどの清掃をするのは、この私しかいなかった。
その私が、ここで、こう、はっきりと断言できる。
ここに住むようになって、35年になるが、いまだかってそういうOBたちが、ゴミ拾いも含め、近所のために奉仕活動をしているのを、一度も、見たことがない。
「一度も」だ。

 みな、まさに悠々自適の年金生活。
趣味三昧。
そういう人たちの口癖は、いつも同じ。

「私ら、国に収めてきたお金を、返してもらっているだけです」。

●人間選別機関

 その一方で、若い人たちを包む社会は、ますます息苦しくなってきている。
何をするにも、資格、認可、許可、免許、登録。
この私自身が、そう感じているのだから、どうしようもない。

 しかも給料は少なく、仕事は不安定。
そういう若い人たちから見ると、「老人たちだけが、いい生活をしている」となる。
もちろん教育とて、無罪ではない。
現在の若い人たちが、学生のころはといえば、学校はまさに「人間選別機関」。
今の今も、そうだ。

 この日本では、人生の入り口で、そのほとんどが決まってしまう。

●不公平社会

 2チャンネルに載った意見を読み、驚いた人も多いかと思う。
私も驚いた。
が、再度読みなおしてみると、「なるほど」と思わない部分もないわけではない。
ズレているのは、ズレている。
しかし何故に、私たち老人組が嫌われているかと言えば、そこには、若い人たちなりの理由がある。

 今、まさに、若い人たちは、「不公平社会」という社会のひずみの中で、窒息しそうになっている。
その閉塞感には、ものすごいものがある。
それに対する、不平や不満、それに怒りが、私たち老人に向けられている。

●還元する老人

 その一方で、自分の命を、つぎの世代に還元しようとしている老人も、少なくない。
「還元」という言葉は、鵠沼市(神奈川県)に住む恩師が、教えてくれた。
池田英雄先生である。

 池田英雄先生は、いつもこう言っている。
「ある年齢を過ぎたら、自分の命を、若い人たちに返していくのです」と。

 そのために、さまざまなボランティア活動がある。
たとえば私のワイフが通っているテニスクラブのコーチは、旧国鉄の職員である。
いつも無償で、コーチをしている。
そういう老人もいるにはいる。

●意識

 信頼関係があれば、若い人たちも素直な気持ちで、老人の注意を聞くだろう。
「赤信号だよ」「ああ、そうですね」と。

 が、それがないから、その時点で、はげしく反発する。
「うるせえんだよ」(報道)と。

 では、どうするか。
若い人たちに向かって、「あなたがたは、おかしい」と言っても、意味はない。
こうした意識というのは、相対的なもの。
若い人たちは若い人たちで、私たちのことを、おかしいと思っている。
そこで大切なのは、信頼関係の構築……ということになる。

●命の還元

 老人たちよ、街に出て、自分たちの命を還元しよう。
人生の先輩として、見せるべき見本を示してやろう。
存在感を、もっとアピールしよう。

 身近なところでは、ゴミ拾いでもよい。
無私、無欲。
私たち老人組だって、役に立つこともある。
そういうことをもっと積極的に、若い人たちに示していこう。
信頼関係は、そういうところから生まれる。

 ともあれ、この問題は、きわめて深刻な問題と考えてよい。
で、もし、今、あなたが、「私だけよければ、それでいい」と考えているなら、それこそまさに自滅行為。
自殺行為ではない。
自滅行為。

 あなたを待っている死後は、まさに自己否定の世界。
あなたが生きてきたという事実すらも抹消される、自己否定の世界。

 さりとて、若い人たちの言いなりになるのも、どうか。
順に反論してみたい。

●老人組の反論

★子どもの前で恥じかかせた爺が悪いわ
まじでむかつく言い方したんだろうな
もしかして赤だと車こなくても待つタイプ?

……ルールを破り、注意された。
当然のことではないのかな。
むかつく前に、自分を恥じたらどうかな。
私は、赤だと、車が来なくても、待つよ。
それほどまで急がねばならなようなことは、めったにないし……。

★勇ましいなおい

……私もよく注意するが、注意する方も、それなりの覚悟と勇気が必要だよ。
できれば事なかれで、すましたい。
が、それでも目に余るものがあった。
それで注意した。
「勇ましい」のではないよ。
見るに見かねて、注意した。
注意したくて、注意したのではないと思うよ。

★赤信号まじめに待ってる奴って馬鹿でしょw

……まじめに生きることがバカなのかな?
だったら、どういう生き方がバカでないのかな?
きちんとした形もないまま、相手をバカと言って切り捨てる。
こういうのを無秩序主義者(アナーキー)というだよ。
どこかの島にでも行って、つまりルールのない世界へ行って、原始生活でもしたらどうかな。

★これは逆に爺がよっぽど酷かったんじゃないかとすら思ったり

……「77歳」だったから、問題なのかな?
でもね、年齢は関係ないはず。
老人に、問題をなすりつけないでほしい。

★むしろ良い仕事しただろ 。
老人一匹殺すとか

……君たちは、まだ「1人」かもしれないが、やがて君たちも「1匹」になる。
虫けらになる。
その覚悟は、できているのかな?

★メリークリスマス
子どもにカッコ良いところみせたかったんだろうな
正論だから腹が立ちともいうよな
忘れられないクリスマスだな
まぁ政府は見殺しにして風評被害にして
関係者は身も心もぬくぬくぶるっちょだし

……それとこれは、問題は別。
正義の人が殴られ、殺された。
どうしてそれが「メリークリスマス」なのかな?
天の神様も、悲しむと思うよ。

★信号をいちいち守る歩行者は大体発達障害か何かなんだよな。

……これを書いた君自身が、前頭連合野の発達障害者ではないのかな?

★赤信号を守るのは正しいことだが
それを守らない人を注意するのにはリスクが伴うことを教えた

……信号を無視し、交通事故が起きたとする。
それはリスクではないのかな?
この浜松市も、長い間、交通事故ワーストワンだった。
しかし街角に警察官が立つようになって、事故数は、ぐんと減った。
みなが、信号を守るようになったからね。
信号を守るということは、君自身の命を守るということにもなるのだよ。

★俺も原チャリ走行してたら、俺を怒鳴りつけながら追いかけてきた爺がいたが、その言い分
が、「カーブで歩行者の領域に入ったのがけしからん」みたいな話だった。
俺が走行時、歩行者が居なかったからショートカットしたんだが、そこにいたわけでもない爺に
罵倒されて頭に来たが殴りはしなかった。

……その老人に感謝したらよいと思うよ。
今、君が交通刑務所に入っていないのは、そういう老人がいたおかげだよ。

★知らんやつに注意するのはバカとしか言いようがない
この爺はよく今まで生きてたわ

……君たちは、すでに死んでいるよ。
心がね。
その老人は、まだ死んでいないよ。
肉体の生死だけで、(あるいは肉体の老若だけで)、人の死を論じてはいけないよ。
私たちが、こうして、今、その老人の死を無駄にしないように、がんばっている。
肉体の死イコール、魂の死ではないよ。

★団塊と老害だからどっちもν速の敵だろ

……今までの日本は、私たち団塊の世代が作ってきた。
君たちには、それがわからないかもしれない。
が、これからの日本は、君たち若い人たちが作っていく。
どうか、今より、すばらしい日本を築いてほしい。
楽しみにしているよ。

★んなわけねえよ。
近所に住んでてあの状況をよくわかってるから言ってるだけ。
あそこはみんな信号無視するから注意するのがおかしいんだよ。

……だからこそ、その老人は勇気を奮い立たせ、注意したのではないのかな?

★俺は原付でいつものごとく車の前で止まってたら
いきなり停止線オーバーしてるだろ!って目の前横断してたおっちゃんが怒鳴ってきた
おっちゃん、あんた横断帯とから二メートルも離れたとこ横断してるんですが…

……その逆の例をあげたら、山のようにある。
君も一度、勇気を出して、暴走族を注意してみたらどうだろうかな。
暴走族の中には、77歳の老人はいないはず。

★団塊ってかバブル世代だったな
まあどっちにしても敵だけど

……どうして団塊の世代が、敵なのかな?
この言葉には、少なからず、私はショックを受けたよ。
私は、その団塊の世代、第1号、昭和22年(1947年)生まれだよ。

★見ず知らずの人間に文句を言うクソジジイと、見ず知らずの人間を殴って殺すオッサン、ゴ
ミみたいな人間が2人消えて良かったじゃんw

……どちらが、ゴミなのかな?
つまり私たちと、君たちと、どちらがゴミなのかな?

★信号無視ごときでいちいち注意する奴に限って巨悪には何も言えずダンマリなんだよなw
卑屈すぎるわ

……そんなことないよ。
君たちの未来を憂い、私のように、がんばっている老人組も、結構、多いよ。
私も、巨悪に向かって、毎日のように、吠えつづけているよ。

★いちいち注意した老害もゴミ
殴り殺したDQNパパもゴミ
そんなDQNパパに育てられた息子もやっぱりゴミ

……「DNQ」の意味がわからない。
だったら、君自身は、そのゴミにならないよう、努力してほしい。

★大阪の場合はジジイが率先して信号無視

……ジジイとか、ジジイでないとか、そういう尺度で、ものを論じないようにしてほしい。
同じ人間だろ。
同じ日本人だろ。
みんなで、この日本をよくしていこうよ。

★だったら親だけを呼んでこっそりよくないですよって言えばいい。
わざわざ恥をかかせようとするような奴はこういう報いを受けるのは当然だわ

……恥をかかせられたら、何をしてもいいのかな?
恥の大切さを説く、「藤原H氏」(国家のH格・著者)が聞いたら、涙を流して喜ぶと思うよ。

★ジジイも信号無視したことあんだろ?
ジジババは他人に厳しく自分に甘いからな

……自分にきびしいから、注意したんだよ。
私はそう解釈しているよ。
損得を考えたら、黙っているよ。

★これはやりすぎだけど、しつこい老人もいる。
車のまったく通らない赤信号で歩行者が信号待ちをするのは愚鈍。

……「世の中を少しでもよくしたい」と、私はしつこく生きているよ。
これからもしつこく、生きていくよ。
77歳までは無理かもしれないけれど、70歳くらいまでなら、がんばれると思う。

★俺も1回、歩道をチャリで漕ぐのが原則禁止になった月に歩道を漕いでたら片足引きずって
るジジイに大声でキレられて警官呼ばれるまでの騒ぎになったな
警官も、別にどうでもいいじゃんみたいな態度取ってたから今度はジジイが警官に絡んでてわ
ろた

……ジジイがおかしいのではないよ。
その警官が、おかしいのだよ。
攻撃する矛先が、ちがうよ。

★他人を注意するのは常識知らずで自業自得だな

……「自業自得」?
「業」の意味を、もう一度、近くのジジイに聞いてみたらどうかな?
その意味は、君たちが想像するよりも、はるかに深いと思うよ。
私も55歳をすぎて、はじめて、その意味がおぼろげながらに、わかるようになったよ。

★77歳のじいさんの言うことなんてほっときゃいいのに
48歳にもなってこんなことで一生台無しにするなんて
ただのあほ、そんだけのことだろ
どっちがいいとか悪いとかどうでもいいし
殴ったほうも殴られたほうも人生終わりなんだよ

……君のように賢い人間ばかりになったら、この世界は、本当に住みやすくなるよね。
君は、すばらしい人生を送っているにちがいない。
私もいつか、ものすごく賢い人間になって、世の中の人たちをみな、「アホ」と呼んでみたい。

★俺の大学のフランス人の先生が、車が来ないのに赤信号で横断歩道を渡らず
待っているのは日本人とドイツ人だけだって笑いながら言ってたな。
信号が何のためにあるかを考えたら、渡らないほうが不合理だとな。

……フランス人の先生?
そういう先生が教壇に立っていると思うだけで、ぞっとする。
あのね、フランスではね、図書館でも、たった5~10分、パソコンを置き忘れただけで、だれか
に持っていかれるそうだよ。
君の論理に従えば、置き忘れた人のほうがバカで、盗んでいった人のほうが利口ということに
なるのかな?

★爺も自業自得だよ。

……その「爺」は、まだ死んでないよ。
君たちのほうが、死んでいるよ。
その「爺」は、「魂」を残したよ。
だから死んでいないよ。

★いい大人を注意するとかもう最悪ですね
本人は分かっててあえてやってるんですから
バカと言われたと同じです
これはもう殺してくれと言ってるのと同じでしょうね

……「信号を無視する人を注意した」。
それがどうして、バカなのかな。
「殺してくれ」と、どうして同じなのかな。

★ちょっとカチンと来る注意のされ方をしたら、嫌味や余計な一言を返して相手も不愉快な気
分にさせるのが常識のある社会人の行動だろ

……どうしてそういう常識が、常識になるのかな。

 アインシュタインは、こう言っているよ。
『常識などというのは、その人が18歳にまでもった、偏見のかたまりである』と。
そういう常識しかもてなかった、君に同情するよ。
でもね、大切なことは、自分の常識を常に疑い、同時に、自分の常識を常に磨くこと。
死ぬまで、それがつづくよ。
釈迦は、それを『精進』という言葉を使って説明したよ。
究極の健康法というのがないのと同じように、究極の精神鍛錬法というのはない。
毎日、精進。
精進、あるのみ。
1日でもさぼったら、そのときから下り坂。
肉体の健康と同じだよ。
1日でもさぼったら、そのときから下り坂。
ちがうかな?

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