2012年6月23日土曜日

第5章 これから先、高齢者はどう生きるか

【第5章】 

【統合性の確立と復権論】

If a man hasn't discovered something that he will die for, he isn't fit to live. ー Martin Luther King Jr.
死ぬための何かを発見することに失敗した人は、生きるのに適していないということ。
マーティン・ルーサー・キング・Jr

【復権のための10か条】

(1)統合性の確立

●老後の統合性と生き様

●無料の植物観察会

 ある小学校の校長から、こんな話を聞いた。
なんでもその老人は、今年84歳になるという。
元、小学校の教師。
毎月、一回、植物観察会を開いているという。
無料で開いているという。

 日時と集合場所が、毎月、決まっている。
が、集まる会員と人数は、そのつどちがうらしい。
雨の日などは、ゼロになることもあるという。
が、その老人は休むということをしない。
雨の中で、会員が来るのをじっと待っているという。そして時刻になっても、だれも来ないと、それを確かめたあと、その場を離れて、家に帰る、と。
 
 その話を聞いたとき、「すばらしい」と思う前に、私自身の近未来の目標を示してもらったようで、うれしかった。
「私もそうしたい」と。

●老後の生きがい

 私自身もそうだったが、(老後の生きがい)について、みな、あまりにも安易に考えすぎ
ている。
「安易」というより、「何も考えていない」。

 「老後になったら、休む」とか、「遊ぶ」とか言う人は多い。
しかし「遊べ」と言われて
も、遊べるものではない。
「休め」と言われても、休めるものではない。
だいたいた、遊んだからといって、それがどうなのか? 
休んだからといって、それがどうなのか? 
私たちが求めているのは、その先。
「だからそれがどうしたの?」という部分。
つまり、(生きがい)。

 もしそれがないようだったら、私のように死ぬまで仕事をするということになる。
仕事をつづけることによって、老後になるのを、先送りすることができる。
が、仕事がいやなのではない。
仕事ができるということも、喜びなのだ。その(喜び)を絶やさないようにする。

 目が見える。音が聞こえる。
ものを考えることができる。体が動く。
……それらすべてが集合されて、(生きる喜び)につながる。

●自分との戦い

 その老人の気持ちが、痛いほど、私にはよく理解できる。
その老人にしてみれば、それが(生きがい)なのだ。
雨の日に、ひとりで、どこかで待つのはつらいことだろう……と、あなたは思うかもしれない。
「なんら得にもならないようなことをして、何になるだろう」と思う人もいるかもしれない。
しかしその老人は、そういう世俗的な同情など、とっくの昔に超越している。
そこらのインチキ・タレントが、名声を利用して開くチャリィティ・コンサートとは、中身がちがう。
心の入れ方がちがう。
(みなさんも、ああした偽善にだまされてはいけない!)

 その老人にしてみれば、参加者が来ても、また来なくても、かまわない。
たった1人でもよい。
多ければ多いほど、やりがいはあるだろう。
しかし(やりがい)イコール、(生きがい)ということでもない。
つまりそれは他者のためではない。自分自身のため。
老後の生きがいというのは、つまるところ、(自分自身の生きがい)。
それとの戦いということになる。

●統合性は、無私無欲で……

 まだその芽は、小さいかもしれない。しかしその心は、私も大切にしたい。

 言うまでもなく、「老後の統合性」は、無私無欲でなければならない。そこに欲得がからんだとたん、統合性は意味を失い、霧散する。
仮にその老人が会費なるものを徴収して、観察会を開いていたとしたら、どうだろうか。
最初のうちは、ボランティア(=無料奉仕)のつもりで始めても、そこに生活がからんできたとたん、(つもり)が(つもり)でなくなってしまう。
「今日は1人しか来なかった……」という思いは、そのまま落胆につながる。
「雨の中で待っていたのに、だれも来なかった。みな、恩知らず」と思うようになったら、おしまい。

 だったら、最初から、無私無欲でなければならない。
またそうでないと、つづかない。
こうした活動は途切れたとたん、そこで終わってしまう。
生きがいも、そこで消えてしまう。
つまりそれがいやだったら、最初から無私無欲でやる。
何も考えず、無私無欲でやる。

(注)統合性の確立……(やるべきこと)と(現実に自分がしていること)を一致させる
ことをいう(エリクソン)。

●人生の正午(40歳)から

 なお統合性の確立は、一朝一夕にはできない。
エリクソンは、人生の正午と言われる満40歳前後から、(やるべきこと)の基礎を作れというようなことを説いている。
(やるべきこと)を見つけ、その基礎固めをしていく。
それが5年とか10年とかいう年月を経て、その人の中で熟成していく。
何度も書くが、「60歳になりました。明日からゴビの砂漠でヤナギの木を植える」というわけにはいかない。
そんな取って付けたようなことをしても、身につかない。

 (やるべきこと)を見つけ、現実にそれを実行していく。
それが老後になって花となって咲く。
それを「統合性の確立」という。

●ある知人

 一方、こんな老人もいる。
というより、多い。

 先月、1人の知人が他界した。
男性、享年、85歳。
55歳のとき退職し、以後、仕事の経験は、なし。
計算すると、30年間、遊んで暮らしたことになる。
(30年間だぞ!)
中央省庁の出先機関の元副長。

 その知人についての最大の謎。
……と言っても、私がそう思うだけだが、心の問題をどう処理したかということ。
私なら1年どころか、1か月でも、気が変になってしまうだろう。
「遊んで暮らせ」と言われても、私にはできない。
何をどうやって遊べばよいのか。

●時刻表的生活

 そこで近所の人に話を聞くと、その知人について、こう教えてくれた。
「毎日、ふつうでない、規則正しい生活をしていました。
家の裏に100坪あまりの畑をもっていました。
一日中、農作業をしていました」と。

 朝、6時に、雨戸を開ける。
午前10時と3時に、ゴルフの練習。
練習時間は、ピッタシ、30分間。
家の横にネットを張った練習場もある。
夕方6時半に、雨戸を閉める。
庭先にある池の金魚に与える時刻まで、決まっていたという。
その間を縫って、もっぱら農作業。
夏も冬もない。
まさに時刻表的生活。

 このあたりにその知人の特性のようなものが、見え隠れする。
「時刻表的生活」というのは、ふつうの人のふつうの生活ではない。
ふつうでないからこそ、この30年間遊んで暮らせたのかもしれない。

●仕事
 
 仕事ができる喜びを書きたい。
63歳を過ぎても仕事ができる、その喜びを書きたい。
しかしそれを書くと、そうでない人に申し訳ない。
仕事をしたくても、職場から追い出された人も多い。
喜びを書こうとしても、強いブレーキが働く。
それに私だって、明日のことはわからない。

 もちろん仕事ができるためには、いくつかの条件がある。
健康であること。
職場があること。
その仕事を必要とする人がいること。

しかしこれらは、向こうからやってくるものではない。
こちらから求めるもの。
それなりの努力が必要。
その「努力」という部分が、やがて「喜び」につながる。
けっして軽々しく、「ラッキー!」と言えるようなことではない。

●流れ

 が、仕事があれば、それでよいというものでもない。
仕事から生まれる、緊張感。
それに「流れ」。
もちろん「生きがい」も必要だが、この際、ぜいたくは言っておれない。
「流れ」が、大切。

たとえば東洋医学でも、「流水は腐らず」と教える。
これは肉体の健康法について言ったものだが、精神の健康法としても、
そのまま使える。
週単位、月単位、さらには季節単位、年単位で、生活は流れていく。
その「流れ」が重要。

 が、仕事を失うということは、同時に、その「流れ」が止まることを意味する。
「年金があれば、それでよい」という問題ではない。
(もちろん年金は必要だが、それでは十分でない。)

 もっとも私のばあいは、その年金さえアテにならない。
働くしかない。
働くしかないから、仕事を手放すわけにはいかない。
「私は仕事ができる」と、一方的に喜んでいるわけではない。
その下には、切実な問題が隠されている。
どうか、誤解のないように!

●心の問題

 先に「心の問題」という言葉を書いた。
ほとんどの人は、(私も若いころそうだったが)、「老後」というと、健康問題しか
ないように考えている。
また健康であれば、それでよしと考えている。
(もちろん健康であることは必要だが、それでは十分でない。)

窓のない袋小路に立たされると、「だから、どうなの?」と考えることが多くなる。
「健康だからといって、それがどうなの?」と。
つまりその先が、「心の問題」ということになる。

 ただ誤解してほしくないのは、老人といっても、1人の人間ということ。
けっして半人前になるわけではない。
感性も知性も理性も、若いときのまま。
喜怒哀楽の情も、若いときのまま。
反応は多少鈍くなるが、生きることを、あきらめるようになるわけではない。

 が、世間は、否応(いやおう)なしに、あきらめることを強いてくる。
「あなたも歳だから……」と。
つまり老人は、そのはざまで、もがく。
苦しむ。
それが心の問題ということになる。
 
●金太郎飴人生

 だから老人は、現状を1日延ばしで、人生を先に送ろうとする。
今の私がそうだ。
悠々自適の隠居生活などというものは、夢のまた夢。
またそんな生活に、どれほどの意味があるというのか。
けっして負け惜しみではない。
先に書いた知人を思い浮かべてみればよい。

 この30年間、何がどう変わったというのか。
10年前も同じ。
20年前も同じ。
こういうのを、「金太郎飴人生」という。
どこで切っても同じ。
いつ死んでも同じ。
だから金太郎飴人生。

 一方、仕事をしている人にしても、そうだ。
もっとも私の年齢になると、地位や名誉など、まったく興味がない。
関心もない。
仕事といっても、どこかで生きがいにつながっていなければならない。
収入につながれば、さらによい。
……というのが、仕事ということになる。

●老後の統合性

 こうして考えていくと、やはり「老後の統合性」の問題に行き着く。
繰り返す。
(人間として、すべきこと)と(現実にしていること)を、一致させていく。
それが「統合性」ということになる。

 で、その統合性の確立に成功した老人は、老後を生き生きと過ごすことができる。
日々に満足し、充足感を覚える。
そうでない老人は、そうでない。
日々に後悔し、明日が来るのを恐れる。

私もこの年齢になってわかったことがある。
孫の世話に庭いじり?
そんな生活はけっして理想の老後ではないということ。
これはそれができない私のひがみでは、ない。
今はわからないかもしれない。
しかしあなたも60歳を過ぎたら、それがわかるはず。

●究極の選択

 が、知人は、30年間、遊んで暮らした。
たまに町内の活動をしたことはあるらしい。
しかしいつも、「お偉い様」。
私も息子の運動会で、来賓席に、その知人が座っているのを見たことがある。
何もせず、じっと座っていた。
が、それでは生活に根をおろすことはできない。
晩年を自分のものにすることはできない。

 さみしくなかったのだろうか?
悶々と悩むことはなかったのだろうか?
窓のない部屋の閉じ込められて、息苦しくなかったのだろうか?

 となると、やはり最初の問題にぶつかってしまう。
その知人は、心の問題をどう処理したかということ。
悩みや苦しみもあっただろう。
さみしい思いやつらい思いもしただろう。
ひょっとしたら、遊びたくて遊んでいたわけではないかもしれない。
が、私には、やはり「遊んで暮らした」としか思えない。

 で、最後に究極の選択。
あなたならどちらを選ぶだろうか。

(1) 年金で、死ぬまで、遊んで暮らす。
(2) 死ぬまで、働きながら暮らす。

 私なら(2)を選ぶ。
(本当は先にも書いたように、選ぶしかないが……。)
仮に年金があったとしても、(2)を選ぶ。


(2)代替哲学の確立

 人も55歳を過ぎると、展望性(未来を見る力)よりも、懐古性(過去を思い懐かしむ)ことが多くなる。
同時に、結果主義に陥りやすくなる。
が、老若男女問わず、基本はひとつ。
「今を生きる」。

 今を生きると、結果主義は、対立関係にある。
仏教の影響もある。
日本人は、概して言えば、結果主義。
たちえば、『終わりよければ、すべてよし』という格言がある。
しかし、本当にそうか。
そう考えてよいか。

 Rさん(高校女子)は、こう言った。
「大学へ入って、高校で使う教科書より簡単な教科書で勉強するのは、無駄」と。
一見、合理的な意見に見える。
しかしその実、その裏に見え隠れするのは、結果主義。

 あるいは以前、こんなことを言う母親がいた。
自分の息子が高校受験に失敗したときのこと。
「今までの苦労が、すべて無駄になりました」と。

 が、本当にそうか。
そう考えてよいのか。

 その高校に入ることは、たしかにできなかった。
しかしそれまでに学んだことが、消えたわけではない。
それにその失敗を乗り越え、つぎの成功に結びつけるということはできる。
人生に終わりはない。
始まりもない。
絶えずその瞬間に終わり、また始まる。

 重要なのはプロセス。
 結果主義のこわいところは、ここにある。
『終わりよければ、すべてよし』というのは、結果主義。
しかしそれを裏から読むと、『終わり悪ければ、すべて悪し』となる。

 どこかの仏教系教団の信者が、こう言っていた。
「林さん(=私)、あのキリストは、最期は磔(はりつけ)で死んだのですよ。
キリスト教がまちがっているという、最大の証拠です」と。

 が、この意見に納得する人は、少ない。
何も結果だけが、人生ではない。
重要なのは、プロセス。
過程。

 最後にどうなったかではなく、それまでどう生きたかということ。
もしそんなことを肯定したら、あなた自身が、自分の人生を否定しなければならなくなる。
私もそうだが、たいしたこともできず、そこそこの人生で終わるはず。
が、それでもまだよいほう。
多くは、挫折と失望を繰り返し、名もなく、財産もなく、この先、孤独死、無縁死を迎える。

 が、ただ「孤独死を覚悟しなさい」と言われても、簡単にできない。
そこで「今を生きる」。

 ……私たちは今、懸命に生きている。
自分と闘っている。
生きる意味や価値は、そこにある。
それ以外には、ない。

 あえて言えば、結果など、気にするほうが、おかしい。
はっきり言えば、どうでもよい。

 私自身も、孤独死、無縁死を迎えるだろう。
少し前までは、そうであってはいけないと思っていた。
が、今は、その希望(?)も消えた。

反対に、「それもいいではないか」と考えるようになった。
どうせ人は、独りで生まれ、独りで死ぬ。
どうせ人は、裸で生まれ、裸で死ぬ。
「無」から生まれ、「無」に帰る。
(「帰る」ではなく、「還る」でもよい。)
 そのかわり、今というときを、燃焼させる。
燃焼させて生きる。

大切なのは、「死」というそのときがどんなものであれ、そのときまでに、自分を完全に燃焼させること。
その充実感さえあれば、たとえ砂漠でのたれ死んでも、「無駄だった」ということにはならない。

 さあ、名もなく、名誉もなく、地位もなく、財産もなく、それでいて懸命に生きてきた仲間たちよ、勇気を出して、前に向かって生きて行こう。
世間の馬鹿どもに、「無駄だった」と批評されても、気にすることはない。
私たちは、私たち。……ということになる。

 繰り返す。
人生には、終わりもなければ、始まりもない。
大学生になってから、中学の教科書を使って勉強しても、遅すぎるということはない。
老人組になってから、中学の教科書を使って勉強しても、遅すぎるということはない。

 ……ということで、ここで明確に結論をくだしておく。
 結果主義は、まちがっている!

(2)死生観の変更

 孤独死、無縁死の話を、近隣でもよく耳にするようになった。
そのときのこと。
寺などめったに行ったことのない私でさえ、葬儀、それにつづく法事が気になった。
墓の問題もある。

 が、死生観というのは、その人自身の哲学になっている。
「はい、わかりました」と言って、簡単に変えられるものではない。
「墓は不要」と口では言いながらも、自分の死後に不安を抱いている人は、多い。
戒名にしても、七七回忌にしても、自分なりの結論を出しておく必要がある。

 ということで、私は調べてみた。
私のばあいも、……というか、この先、約60%の人が、孤独死、無縁死を迎えることになる。
「60%」ということは、「ほとんど」という意味。
現在の状況を考えるなら、ワイフもしくは私は、孤独死なるものを避けられない。
であるなら、自分なりの死生観を確立しておく必要がある。
……結果、日本でいう「法事」には、ほとんど意味がないことがわかった。

 たとえば、人は死ねば、7回の裁判を受けるという。
死後、七日ごとにそれぞれ、

(1)秦広王(初七日)
(2)初江王 (十四日)
(3)宋帝王(二十一日)
(4)五官王(二十八日)
(5)閻魔王(三十五日)
(6)変成王(四十二日)
(7)泰山王(四十九日)の順番で、一回ずつ審理がされるという。

 ただし、各審理で問題が無いと判断された場ばあいは、つぎの審理に回ることはなく、抜けて転生していくことになるため、七回すべてやるわけではないという。

 その根拠となっているのが、『地蔵十王経』という経典。
が、この経典は、中国でできた偽経の上に、さらに日本でできた偽経であることがわかった。
迷信も迷信。
この説を疑う人は、私がここに書いたことを手がかりに、自分で調べてみたらよい。

 さらに言えば、あの盆供養。
もとはといえば、アフガニスタンの「ウラバン」という土着儀式に由来する。
それが仏教伝来の過程で、仏教の中に混入した。
中国へ入り、「盂蘭盆(うらぼん)」という当て字が当てられ、それが「盂蘭盆会(うらぼんえ)」という儀式になった。

 ……などなど。
が、誤解してはいけない。
だからといって、私は、仏教とともに生きてきた人まで否定しているわけではない。
それぞれの人には、それぞれの思いがある。
思いがあって、宗教に身を寄せる。
そういう人たちまで、否定しているわけではない。

 が、もし自分の死後に不安をもつ人がいたら、ここにも書いたように、自分で調べてみたらよい。
その上で、自分の宗教観を確立する。
ただ一言、付け足すなら、こういうことになる。

 極楽も地獄も、ない。
あるわけがない。
死んだ人が7回も裁きを受けるという話に至っては、迷信というより、コミック漫画的ですらある。
「あの世」にしても、そうだ。
釈迦はあの世について、一言も触れていない。
「あると思えばある。ないと思えばない」(法句経)と。

 法の裁きが不備であった昔ならいざ知らず、現在の今、迷信が迷信とも理解されず、葬儀というその人最後の、もっとも厳粛な儀式の中で、堂々とまかり通っている。
このおかしさに、まず私たち日本人自身が気づべきである。

 仏教を信ずるなら信ずるで、もう一度、私たちは仏教の原点に立ち戻ってみるべきではないだろうか。

(3)依存性からの脱却

 その人の依存性は、無意識のうちにも、言葉となって表れる。
たとえばよく知られた例に、(だから、何とかしてくれ)言葉がある。

 おなかがすいたときでも、具体的に、「~~が食べたい」「食事の用意をしてほしい」とは言わない。
「腹、減ったア。(だから何とかしてくれ)」と、言う。
あるいは、「寒い。(だから何とかしてくれ)」「眠い。(だから何とかしてくれ)」「退屈だ。(だから何とかしてくれ)」と。

 もう少し高度になると、こういう言い方をするようになる。

 もう亡くなったが、一人の伯父は、いつも、口ぐせのようにこう言っていた。
ワシも、年をとったからね」と。
彼もまた、言外で、「だから、オレを大切にせよ」と言っていた。

 さらにこんなことを言う女性がいた。
そのとき50歳くらいだっただろうか。
いっしょに食事をしているときも、「私は、中学生のとき、胃が悪くて、ずっと入院をしていました」と。

 最初は、その意味がよくわからなかったが、そのうち、わかった。
その女性は、「だから、私には、へんなものを食べさせるな」と言いたかったのだ。

 こうした依存性は、しかし日本人に広く共通して見られる現象である。
いつも心のどこかで、「だれかが、何とかしてくれるだろう」というような考え方をする。
近隣の問題についてもそうだし、国際問題についても、そうである。

 その原因をたどれば、長くつづいた、あの封建時代がある。
今のK国の人たちのように、日本人は、自ら考え、自ら立ちあがる力を、骨のズイまで抜かれてしまった! 
たとえば「自由」「平等」という意味でさえ、本当のところは、何もわかっていないのではないだろうか。
いや、その「自由」は「平等(?)」にしても、本当のところは、自分たちで得たものというよりは、アメリカによって、与えられたものにすぎなかった。

 ところでたまたま昨日、こんな会話を耳にした。60~65歳前後の女性たちの会話である。

女A「おなかがすきましたね……」
女B「もう12時になりますね……」
女C「どうしましょう?」
女D「どうしましょうか……?」と。

 それぞれが、だれかが「食事をしましょう」「レストランへ行きましょう」と言い出すのを待っているといった感じである。
しかしそれを口にした人が、食事代を負担しなければならない(?)。
だから自分では言い出せず、だれかにそれを言わせようとしていた(?)。

 少し考えすぎかもしれないが、私は、会話の雰囲気から、そんな印象をもった。

 こうした依存性は、日本人独特のもので、日本に住んでいると、それがわからない。
外国の家庭などでは、そういう言い方をしても通用しない。
へたに、「I am hungry.」(おなかがすいた)などと言おうものなら、「Then what?」(だから、どうなの?)とやり返される。

 依存心の強い子どもは、独特の話し方をする。
おなかがすいても、「○○を食べたい」とは言わない。
「おなかが、すいたア~」と言う。言外に、(だから何とかしろ)と、相手に要求する。

 おとなでも、依存心の強い人はいくらでもいる。
ある女性(67歳)は、だれかに電話をするたびに、「私も、年をとったからネエ~」を口グセにしている。
このばあいも、言外に、(だから何とかしろ)と、相手に要求していることになる。

 依存性の強い人は、いつも心のどこかで、だれかに何かをしてもらうのを、待っている。
そういう生きざまが、すべての面に渡っているので、独特の考え方をするようになる。
つい先日も、ある女性(60歳)と、北朝鮮について話しあったが、その女性は、こう言った。「そのときになったら、アメリカが何とかしてくれますよ」と。

 自立した人間どうしが、助けあうのは、「助けあい」という。
しかし依存心の強い人間どうしが、助けあうのは、「助けあい」とは言わない。
「なぐさめあい」という。

一見、なごやかな世界に見えるかもしれないが、おたがいに心の弱さを、なぐさめあっているだけ。

 総じて言えば、日本人がもつ、独特の「邑(むら)意識」や「邑社会」というのは、その依存性が結集したものとみてよい。
「長いものには巻かれろ」「みんなで渡ればこわくない」「ほかの人と違ったことをしていると嫌われる」「世間体が悪い」「世間が笑う」「出る杭(くい)はたたかれる」など。
こうした世界では、好んで使われる言葉である。

 こうした依存性の強い人を見分けるのは、それほどむずかしいことではない。
いくつか並べてみる。

★してもらうのが、当然……「してもらうのが当然」「助けてもらうのが当然」と考える。
あるいは相手を、そういう方向に誘導していく。
よい人ぶったり、それを演じたり、あるいは同情を買ったりする。「~~してあげたから、~~してくれるハズ」「~~してあげたから、感謝しているハズ」と、「ハズ論」で行動することが多い。

★自分では何もしない……自分から、積極的に何かをしていくというよりは、相手が何かをしてくれるのを、待つ。
あるいは自分にとって、居心地のよい世界を好んで求める。
それ以外の世界には、同化できない。人間関係も、敵をつくらないことだけを考える。
ものごとを、ナーナーですまそうとする。

★子育てに反映される……依存性の強い人は、子どもが自分に対して依存性をもつことに、どうしても甘くなる。そして依存性が強く、ベタベタと親に甘える子どもを、かわいい子イコール、できのよい子と位置づける。

★親孝行を必要以上に美化する……このタイプの人は、自分の依存性(あるいはマザコン性、ファザコン性)を正当化するため、必要以上に、親孝行を美化する。
親に対して犠牲的であればあるほど、美徳と考える。
しかし脳のCPUがズレているため、自分でそれに気づくことは、まずない。
だれかが親の批判でもしようものなら、猛烈にそれに反発したりする。

 依存性の強い社会は、ある意味で、温もりのある居心地のよい世界かもしれない。
しかし今、日本人に一番欠けている部分は何かと言われれば、「個の確立」。
個人が個人として確立していない。

 あるいは個性的な生き方をすることを、許さない。
いまだに戦前、あるいは封建時代の全体主義的な要素を、あちこちで引きずっている。
そしてこうした国民性が、外の世界からみて、日本や日本人を、実にわかりにくいものにしている。
つまりいつまでたっても、日本人が国際人の仲間に入れない本当の理由は、ここにある。

 最後に「甘えの構造」を書いた、土居健郎の言葉。

『人情は依存性を歓迎し、義理は人々を依存的な関係に縛る。
義理人情が支配的なモラルである日本の社会は、かくして甘えの弥慢化した世界であった』と。

(4)SKI(財産を次世代に残さない)

 オーストラリアには、「SKI」という言葉がある。
「Spend the Kids’ Inheritance(息子や娘たちの相続財産を使う)」を略して、「SKI」。
「私はスキーに行く(隠語で、私は息子や娘たちには財産を残さない)」というような言い方をする。

 残せるような財産がないこともある。
オーストラリアのことは知らないが、SKIは、この日本でも主流になりつつある。
私自身もそう考えているし、私が知るかぎり、友人や知人たちも、同じように考えている。
家制度の崩壊、家督制度の崩壊、そして家族意識の崩壊。
SKIは、その当然の結果ということになる。

 が、不安がないわけではない。
ブラック・ビジネスのひとつに、悪徳ヘルパーの問題が浮上しつつある。
思考力の弱くなった老人を相手に、金儲けをたくらむ。
詐欺を働く。
介護するフリをしながら、預金通帳や印鑑、現金や財産を持ち帰る。

 老人ホームとて、安心できない。

 医療経済研究機構が、厚生省の委託を受けて調査したところ、全国1万6800か所の介護サービス、病院で、1991事例もの、『高齢者虐待』の実態が、明るみになったという(03年11月~04年1月期)。

 わかりやすく言えば、氷山の一角とはいえ、10か所の施設につき、約1例の老人虐待があったということになる。

 この調査によると、虐待された高齢者の平均年齢は、81・6歳。うち76%は、女性。
虐待する加害者は、息子で、32%。息子の配偶者が、21%。娘、16%とつづく。
夫が虐待するケースもある(12%)。

 息子が虐待する背景には、息子の未婚化、リストラなどによる経済的負担があるという。
これもわかりやすく言えば、息子が、実の母親を虐待するケースが、突出して多いということになる。

 で、その虐待にも、いろいろある。

(1)殴る蹴るなどの、身体的虐待
(2)ののしる、無視するなどの、心理的虐待
(3)食事を与えない、介護や世話をしないなどの、放棄、放任
(4)財産を勝手に使うなどの、経済的虐待など。

 何ともすさまじい親子関係が思い浮かんでくるが、決して、他人ごとではない。
こうした虐待は、これから先、ふえることはあっても、減ることは決してない。
最近の若者のうち、「将来親のめんどうをみる」と考えている人は、5人に1人もいない(総理府、内閣府の調査)。

 それを防止するため、成年後見制度が制定された(2000年)。
さらに高齢者虐待防止法が制定された(2006年)。
この防止法により、虐待の「おそれがある」と思われる段階で、地域包括支援センターへの通報できるようになった。
が、これでじゅうぶんとは、だれも思っていない。
 

●終わりに……

【はやし浩司よりAさんへ】

●「それ以上、何を望むのですか」
   
 親子とは名ばかり。
会話もなければ、交流もない。
廊下ですれ違っても、互いに顔をそむける。
怒りたくても、相手は我が子。
できが悪ければ悪いほど、親は深い挫折感を覚える。
「私はダメな親だ」と思っているうちに、「私はダメな人間だ」と思ってしまうようになる。

が、近所の人には、「おかげでよい大学へ入りました」と喜んでみせる。
今、そんな親子がふえている。
いや、そういう親はまだ幸せなほうだ。
夢も希望もことごとくつぶされると、親は、「生きていてくれるだけでいい」とか、あるいは「人様に迷惑さえかけなければいい」とか願うようになる。

 「子どものころ、手をつないでピアノ教室へ通ったのが夢みたいです」と言った父親がいた。
「あのころはディズニーランドへ行くと言っただけで、私の体に抱きついてきたものです」と言った父親もいた。

が、どこかでその歯車が狂う。
狂って、最初は小さな亀裂だが、やがてそれが大きくなり、そして互いの間を断絶する。
そうなったとき、大半の親は、「どうして?」と言ったまま、口をつぐんでしまう。

 法句経にこんな話がのっている。
ある日釈迦のところへ一人の男がやってきて、こうたずねる。
「釈迦よ、私はもうすぐ死ぬ。
死ぬのがこわい。
どうすればこの死の恐怖から逃れることができるか」と。
それに答えて釈迦は、こう言う。

「明日のないことを嘆くな。今日まで生きてきたことを喜べ、感謝せよ」と。

私も一度、脳腫瘍を疑われて死を覚悟したことがある。
そのとき私は、この釈迦の言葉で救われた。
そういう言葉を子育てにあてはめるのもどうかと思うが、そういうふうに苦しんでいる親をみると、私はこう言うことにしている。
「今まで子育てをしながら、じゅうぶん人生を楽しんだではないですか。それ以上、何を望むのですか」と。

 子育てもいつか、子どもの巣立ちで終わる。
しかしその巣立ちは必ずしも、美しいものばかりではない。
憎しみあい、ののしりあいながら別れていく親子は、いくらでもいる。

しかしそれでも巣立ちは巣立ち。親は子どもの踏み台になりながらも、じっとそれに耐えるしかない。
親がせいぜいできることといえば、いつか帰ってくるかもしれない子どものために、いつもドアをあけ、部屋を掃除しておくことでしかない。

私の恩師の故松下哲子先生*は手記の中にこう書いている。

「子どもはいつか古里に帰ってくる。そのときは、親はもうこの世にいないかもしれない。が、それでも子どもは古里に帰ってくる。決して帰り道を閉ざしてはいけない」と。

 今、本当に子育てそのものが混迷している。イギリスの哲学者でもあり、ノーベル文学賞受賞者でもあるバートランド・ラッセル(1872~1970)は、こう書き残している。

「子どもたちに尊敬されると同時に、子どもたちを尊敬し、必要なだけの訓練は施すけれど、決して程度をこえないことを知っている、そんな両親たちのみが、家族の真の喜びを与えられる」と。

こういう家庭づくりに成功している親子は、この日本に、今、いったいどれほどいるだろうか。(*浜松市幼稚園元園長)



Hiroshi Hayashi+++++++June. 2012++++++はやし浩司・林浩司

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