2009年11月16日月曜日

*E.T. *Christmas Carrol

●パレスホテル掛川

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今夜は講演のついでに、パレスホテル
掛川に泊まった。
来年、同じホテルで、O地区医師会の
講演会がある。
その会に、講師として招かれている。
その下見も兼ねて、泊まった。

楽天を通して予約したら、2人分で
1万円。
禁煙・ダブルベッドという部屋である。

料金が料金だから、ぜいたくは言えない。
が、その料金で評価するなら、星は4つ。
先日、千葉市で泊まったホテルは、最悪。
そのホテルでは最高料金のダブルベッド
ルームに宿泊した。
が、トイレ・バス・寝室を含めても、
全体で7~8畳程度の広さ。
窮屈というより、息が詰まった。

そのホテルと比べたら、パレスホテル
掛川は、ゆったりとしている。
1階にはレストランがあるし、9階には
大浴場もある。

土曜日の夜ということもあって、駐車場は
車でいっぱい。
それだけ人気があるということか。

講演が終わったのが、午後9時少し前。
帰りに近くのコンビニで夕食を買って、
ワイフと2人で食べた。
おいしかった。

帰りは、S小学校のYU先生がコンビニまで
送ってくれた。
わざわざ大回りして、ライトアップされた
掛川城を見せてくれた。
そういうやさしさが、うれしい。
掛川はいつ来ても、心温まる町だ。

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●掛川で……

 昨夜は部屋の温度調整をまちがえたようだ。夜中過ぎに、暑くて何度も目が
さめた。
見ると、ヒーターのスイッチが、「強」になっていた。
あわてて「弱」にしたあと、窓を少し開けた。
それからは朝まで、ぐっすりと休むことができた。

 私たちが泊まったのは、501号室。
東向きの部屋で、日の出とともに、オレンジ色の朝日が、部屋の中に飛び込んできた。
もう一枚、内側に、ふすま様のしきりがあったが、それを閉め忘れた。
それでそのまま目が覚めた。

 服を着替えたあと、いつもにない疲れを感じた。
頭も重い。
しかしこの重さは、動き出せば消える。
薬をのむまでもない。
そのとき今度の、秋田での講演が心配になった。
秋田では、どこかの旅館に一泊してから、講演をすることになっている。
「こんな状態では、講演などできないな」と思う。

●ホテルの窓から

 窓の向こうを、たった今、新幹線が走り去って行った。
やはり朝日を浴びて、キラキラと光っていた。
遠くに低いが、とんがった山々が見える。
その山を横切って、何十本もの送電用の鉄塔が見える。
電力の大動脈になっているらしい。
「どこまで行っているのだろう」と、目で追ってみたが、手前のマンションで
その先は見えなかった。

 静かな朝だ。
眼下の木がさわさわと風に揺れているのを見なければ、一枚の写真のよう。
あとはときどき、鳥が黒いシルエットのまま、水色の空を横切っている。
窓からは相変わらず冬の冷気が入り込んでいるが、「寒い」と感ずるほどではない。
ここ数日の雨で、空気が洗われた。
が、まだまだ南の暖気のほうが優勢のようだ。
11月も半ばというのに、この暖かさは何だろう。


Hiroshi Hayashi++++++++Nov. 09+++++++++はやし浩司

●知的生命体

 先日、ある本を読んだ。
それには、こうあった。
現在、文明が存在する確率は、銀河系(銀河系だぞ!)、
20個の銀河につき、1個分程度だそうだ(「宇宙と地球を動かす科学の法則」(PHP))。
つまりこの地球に、われわれ地球人という知的生物(?)がいるということは、
この銀河系には、ほかに文明を築くほどの知的生物は、ほぼいないということになる。
が、それでも、この大宇宙には、数千億個の銀河系があるから、全体では、
約50万個以上の知生体文明があることになるという。

 50万個以上! (すごいね!)

 この計算の基礎になっているのが、ドレイクの法則。
つまり「銀河文明の法則」と呼ばれているものだそうだ(同書)。

N=RfL

R; 銀河系で1年間に生まれる星の数
f;1つの星のまわりに知生体が生まれる確率
L; 知生体の文明が存続する年数

 が、この計算には、重大な欠陥がある。
称して、「自滅公式」。
それを組み込んでいない。

 人間が知的生物かどうかという議論はさておき、知的生物は、その進化の過程で
エネルギーを大量に消費するようになる。
そのとき環境を破壊する。
結果、知的生物は、そのまま自滅する。

 そこで知的生物が、宇宙へ飛び出す確率となると、きわめて少ない……というより、
惑星の大きさに比例することになる。
それが「自滅公式」ということになる。

 惑星が小さければ小さいほど、環境破壊が起こりやすくなる。
そのため知的生物がいたとしても、宇宙へ飛び出すほどまで、じゅうぶん進歩する
前に、自滅してしまう。
一方、惑星が大きければ大きいほど、環境破壊は起こりにくくなる。

 では、この地球は、どうか?
それには、隣の火星と比較してみればよい。

 かつてはあの火星も、地球と同じような、水の惑星であったという。
それが何らかの理由で、現在のような火星になってしまった。
人類と同じような知的生物がいて、進歩の過程でやはり、環境を破壊してしまった。
……という説もある。

 火星の直径は、地球の半分程度。
体積は10分の1。
その分だけ、大気の層も薄かったにちがいない。

 そこで私が考えた、「自滅公式」。

J=Ax(惑星の直径)

 自滅までの年数(J)は、(惑星の直径)に比例する。
Aは係数だが、地球人と火星人の自滅までの年数を入れて計算すれば、求まるはず。
たとえばこの地球人が新石器時代をやっと抜け出たのが、今から約5500年前。
この先、約数百年で滅亡するとして、長くても6000年。

 この6000年という年月は、宇宙的時間の中で見れば、星がまばたきする
一瞬より短い。
つまりこの大宇宙に現在、50万種類の知的生物がいるといっても、それは一瞬
にすぎない。
一瞬に生まれ、つぎの一瞬には、滅亡する。
この公式をドレイクの公式に上乗せすると、知的生物どうしが、たがいに接触する
などということは、計算上、さらにありえないということになる。

●知的生命体

 が、現実には、UFOは存在する。
(私とワイフは、巨大なUFOを目撃している!)
ということは、それに乗っている宇宙人は、宇宙人というより、私たちの仲間、
もしくは同類とみてよい。

 が、これについても、あのホーキング博士は、こんな興味深い事実を、講演の中で
述べている。
「同時に、2つの知的生命体は共存しえない」と。

 仮に近辺に、2つの知的生命体が同居したとする。
その知的生命体は、どういう形であれ、他方を抹殺するまで、戦争を繰り返す、と。
となると、地球人と、あのUFOに乗っている宇宙人との関係を、どう考えたらよいのか。

 2つの知的生命体が、同時にこの太陽系という小さな世界で、誕生する確率は、ゼロ。
しかも2つの知的生命体が共存できるという可能性も、ゼロ。
しかし現実には、(あくまでも私の個人的な体験に基づくものだが)、宇宙人は近くに存在
する。
となると、そこから引き出される答は、ただひとつ。

 私たちがいうUFOに乗った宇宙人というのは、別の知的生命体ではなく、私たち自身、
もしくは、その仲間ということになる。

 もう少し詳しく「宇宙と地球を動かす科学の法則」(PHP)を、詳しく読んでみよう。
そこには、こうある。

「この100年間に人口は5倍以上に増加しているし、放出した炭酸ガスは大気中に、
1・5倍にもなっています。
このままいきますと、2050年には100億人に達し、大気中の炭酸ガスも、
400ppmに達すると言われています。
こうなると温暖化が進行し、海水の水位が上昇することになります。
その高さは100メートルに達するという説もあります」(同書、P35)。

「すべての星に生命の誕生する惑星が1つずつあるとすれば、図の式(後述)から
わかるように、0・05~0・005程度となります。
これでは銀河系の中でたがいに通信できる知生体はありそうでないということに
なってしまいます。
人類はこの銀河の中で、唯一無二なのかもしれません」(P36)。

 が、その人類も、このままでは、文明を築いてから、「200年」で、滅亡しようと
している(同書)。

【ドレイクの公式】

銀河系で考えると、ドレイクの公式(N=RfL)により、

R;0・5
f;10億分の1
L;1000万~1億
N=0・05~0・005

 しかしたった「200年」(同書)では、どうしようもない。
「6000年」でも、どうしようもない。

 ……こう考えていくと、私たち人類が、こうしてこの地球上の存在していること自体、
奇跡中の奇跡ということになる。
が、その価値を、人類は、いまだに理解できないでいる。
私も含めてどの人も、そこに私がいて、あなたがいるということを、当たり前のように
考えている。
しかしこれほど、もったいないというよりは、恐ろしいことはない。
人類は、その奇跡を自ら、末梢しようとしている。
地球火星化という問題の前では、第一次世界大戦も、第二次世界大戦も、ただの
小競(こぜ)りあい程度のものでしかない。

 では、どうするか?

 ドレイクの公式の中の(L)値を大きくするしかない。
文明の進化の速度を落としてでもよいから、人類の存続する年数を長くする。
長くしながら、その間に、人類は、より賢くなる。
現在のように、サルが核兵器をもったような状態で、人類が長く存続できると
考えるのには、無理がある。
あと10年もすれば、そこら中の国々が核兵器をもち、あちこちで、
戦争を始めるようになるかもしれない。
そうなれば、「200年」も、むずかしいということになる。

 さあ、みなさん、もっと賢くなろう!
自分で考える力を、身につけよう!
人類を救うために!
(少し大げさかな? 自分でもそれがよくわかっています!)


Hiroshi Hayashi++++++++Nov. 09+++++++++はやし浩司

●ウォルト・ディズニーの『クリスマス・キャロル』byジム・キャリー

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ものすごい映画!
3D映画。
それが『クリスマス・キャロル』。
主演は、あのジム・キャリー。
映画で、ここまでで表現できるとは!、というのが、私の感想。
驚いた。
圧倒された。
感動した。
星は文句なしの5つ星。★★★★★。
書き忘れたが、先週見た、『路上のソリスト』は、星4つの、★★★★。

『クリスマス・キャロル』の前作も、よかった。
10年ほど前に、劇場で見た。
が、今度は、CG映画。
女性の細い髪の毛一本一本が、ゆるやかに風になびいていた。
雪がひとつひとつ、遠近感を保ったまま、表現されていた。
本当に、驚いた!

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●CG映画

 CG映画、つまりコンピュータ・グラフィックス映画といえば、思い出すのが、
最近見た、『沈まぬ太陽』。
空港の向こうから旅客機が飛び立つシーンが、何度か出てきたが、みな同じ。
しかも離陸の仕方が、不自然。
右に急旋回しながら離陸していたが、あんな離陸の仕方はない。
「離陸」というよりは、「墜落」?
取って付け足したようなシーンだった。
(興味のある人は、『沈まぬ太陽』を見てみたらよい。)
つまりこのあたりに、日本映画とアメリカ映画の技術力の(差)がある。
その(差)を、改めて、見せつけられた。

 映画を観終わったあと、ワイフは、こう言った。
「哲学がちがうわね」と。
ひとつの筋が通った哲学が、矛盾なく、映画の中に流れている。
まわりを固める脇役も、うまい。
加えて音楽も、すばらしかった。
「人生はどうあるべきか」ということを、62歳になった私ですら、教えられた。

 ただし童心に返って観ること。
余計なお節介かもしれないが、一度、子どもの心になって観る。
それを忘れると、「何だ、こんな映画!」となる。
『クリスマス・キャロル』は、そういう映画。

(補足)

 クリスマス・キャロルの中のスクルージーは、だれの心の中にも住んでいる。
私の心の中にもいる。
あなたの心の中にもいる。

一方、貧しいからといって、その人が善人とはかぎらない。
裕福になったとたん、スクルージーになる人は、いくらでもいる。
たとえば政治家にしても、当初は高邁な精神でもって、その世界に入る人は多い。
しかし長い間政治にたずさわっている間に、少しずつ心がゆがんでくる……(?)。
そういう政治家は、少なくない。

 金権には、そういう魔力がある。
言い換えると、結果として、スクルージーはスクルージーになったが、ではだれが
スクルージーを、石をもって打てるかというと、それはだれにもできない。
「自分はあんなにひどい男ではない」と、スクルージーを軽蔑しながら、自分は自分で
優越感に浸る。
安心する。
そのために、そこにスクルージーがいる。

 私は映画を観ながら、ときどき自分の過去を見せつけられているように感じた。
「私も、ああだったなあ」と。
同時にまた、「私のクリスマスも似たようなものだ」とか、「私が死んでも、葬式は
あんなものだろうな」とか、思った。
私の人生は、さみしいものだった。
今も、さみしい。
これから先も、同じようなものだろう。
クリスマスといっても、ここ10年ほどは、家族でささやかに言わう程度。
ときどきワイフと2人きりで祝うこともある。

 そんなことをワイフにポツリと話すと、ワイフは、こう言った。
「あなただって、しようと思えば、いつだってできるわよ」と。
「クリスマスに、生徒や親たちをみな、招待すればいいのよ。みんな来てくれるわよ」と。

 そうかもしれない。
そうでないかもしれない。
たしかに来てはくれるだろう。
しかしそんなことで、私の心は満たされるのだろうか。
立場を利用しているだけ。
またそんなことのために、みなを利用したくない。
相手のほうから、自然な形で、「メリー・クリスマス!」と言ってほしい。
が、それこそ、わがままというもの。

 そこで私は決めた!

 今年からは、私のほうから、みなにプレゼントを渡したり、みなの家に
行ってやろう、と。
つまり「他人に愛されたれかったら、まず他人を愛する」ということ。
他人を愛することもできないような人が、他人に愛されるはずがない。
クリスマスにしても、そうだ。

 映画『クリスマス・キャロル』を観ながら、そんなことを考えた。

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