2009年5月25日月曜日

*May 25th 2009

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子育て最前線の育児論byはやし浩司   09年 5月 25日
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選ばれました!

【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●強迫観念(Obsession)

++++++++++++++++++

いつも何かに追い立てられているような感じ。
じっとしていると、それだけで罪の意識を覚える。
「何かをしなければ」とは思うが、それが
何であるか、わからない。
悶々とした閉塞感。
焦燥感。
加えて、時おり胸をふさぐ、妄想。
ひとつのことが気になると、それが心からずっと離れない。
「ああではないか」「こうではないか」と、
心配を繰り返す……。

何かに背後から脅迫されているような感じがする
ところから、こうした心の状態を、「強迫観念」という。

++++++++++++++++++

●封印された記憶

抑圧された記憶は、思いだすこと自体が、苦痛。
そのため心の奥に封印された記憶は、表に浮かびあがってくることは、まずない。
しかしその記憶が、私やあなたを、心の裏側から操る。
強迫観念も、そのひとつ。

●自由連想法

フロイトは、「自由連想法」という言葉を使った。
これは患者に、自由に自分のことを語ってもらい、その中から、病巣となっている
(こだわり)や(わだかまり)を知るという方法である。
この自由連想法を、自分自身に応用できないものか?
それができれば、私たちは自分で、「私」を知ることができる。
たとえばフロイトも、自分の夢判断を、弟子のユングにさせている。

●「時間がない!」

よく人から、「あなたは、忙しいか?」と聞かれることがある。
そういうとき私は決まって、こう答えるようにしている。
「忙しくはないが、時間がない」と。
すると相手の人は、それが理解できなくて、たいてい怪訝(けげん)な顔をする。
そんなことから、「忙しくはないが、時間がない」などと言う人は、
何かの強迫観念の持ち主と考えてよい。
この私がそうであるから、それがよくわかる。

●原因

「暗くて、憂うつな毎日だった」。
それが、私の少年時代である。
稼業は自転車屋だったが、私が思春期に入るころには、すでに開店休業状態。
商売べたの父は、いつ来るともわからない客を待ちながら、じっと店先で
座っていた。
私が今のような強迫観念をもち始めたのは、そのころではなかったか。
そういう父や、そして兄の姿を見ながら、私は毎日が、不安でならなかった。

●父のトラウマ

今にして思うと、父にも深いトラウマがあったように思う。
父は、戦地の台湾で、アメリカ軍と戦い、貫通銃創を受けている。
その後、傷痍(しょうい)軍人として帰国。
やがて酒に溺れるようになった。
つまり父とて、戦争の犠牲者だった。
が、当時、それを理解できる人は、まだだれもいなかった。
「トラウマ」、つまり「精神的外傷」という言葉すら、まだこの日本にはなかった。

●どこも、子どもだらけ。

加えて団塊の世代。
数日前、映画『ALWAYS、3丁目の夕日』を見た。
あの風景が、私たちの少年時代ということになる。
すばらしい映画だったが、が、いくつかの点で、納得できないことがあった。
そのひとつ。
当時は、街角や路地には、子どもたちの姿があふれていた。
どこを見ても、子ども、子ども、また子ども……。
そんな時代だった。

●ボール遊び

私が今のような私になったのは、そのせいかもしれない。
ガツガツしなければ生きていかれなかった。
どこへ行っても、競争と喧嘩。
遊ぶといっても、すぐ場所の取りあいが始まった。

で、私もよく遊んだが、その中でも、ひとつだけ苦手な遊びがあった。
ボール遊びである。
どういうわけか、ボール遊びだけは苦手だった。
理由として思い浮かぶのが、「銃殺刑ごっこ」。
鬼をつくり、その鬼を立たせて、背後からボールを当てるという遊びである。
記憶にはないが、私も何度か、その鬼になった。
それでボールに対して、恐怖心を覚えるようになった。

●だれにでもあるトラウマ

こうして思い出してみると、心というのは、トラウマのかたまりのようなもの。
無数のトラウマが積み重なって、その人を作る。
「私」を作る。
トラウマのない人はいないし、またトラウマを恐れていたら、この世界では、
生きていくことはできない。
子育てもできない。
それが強迫観念に結びついたからといって、それはそれ。
大切なことは、自分にどんなトラウマがあるかを知り、それとうまくつきあうこと。

●「私」さがし

……こうして自由に(?)、私は自分の過去を振り返ってみた。
思いつくまま書いたので、エッセーとしての意味はない。
しかしなぜ今の私が、私なのかは、過去を振り返ってみることによってわかる。
先にも書いたように、私の強迫観念も、どうやらあのころできたらしい、と。
今の今も、それがつづいている。
もし神様か何かがいて、私をもう一度、あの少年時代に戻してやると言ったら、
私は迷うだろう。
私にとっては、いやな時代だった。
あのころのボール遊びが、それを象徴している。

●私もあと10年

加えてこのところ、老いることに恐怖心をもち始めている。
母の介護を通して見た、「老人の世界」、
それは私にとっては、地獄絵図そのものだった。
みながみなそうなるわけではないが、少なくとも特養で余生を過ごす人たちは、
(人間であることをやめた人)と言っても、過言ではない。
中には70代の人もいた。
そんな人たちが、うつろな目つきで、一日中、車椅子に座っている……。
それを知って、「私もよくて、あと10年」と思うようになった。

●強迫観念は悪か?

強迫観念というのがその人にとって好ましいものでないことは、わかる。
が、悪いことばかりではない。
強迫観念があるからこそ、こうして毎日、ものを書いたり運動したりする。
もし強迫観念がなければ、私とて、こうまでがんばることはないだろう。
「そこにある何かを知りたい」。
そういう思いが、私を急(せ)き立てる。

要するに、先にも書いたように、それはそれとして、つまり強迫観念があるなら
あるで構わないが、あとは、それとうまく付きあうこと。
とくに大切なのは、これはあくまでも私の個人的な問題としてとらえ、
それによって、周囲の人たちに迷惑をかけてはいけないということ。
あせるのはあなたの勝手だが、その中に、妻や子どもを巻き込んではいけない。

(付記)

子どもの勉強をみていて、言いようのない不安や心配を覚える人は、
その人自身が、何らかの強迫観念をもっていると考えてよい。
それはそれとして仕方のないことかもしれないが、それを子どもにそのまま、
ぶつけてはいけない。
いわんや、子どもをして、自分の不安や心配を解消するための道具にしては
いけない。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
強迫観念 不安 心配 焦燥感 焦り あせり)


Hiroshi Hayashi++++++++April. 09+++++++++はやし浩司

●心の開放

++++++++++++++++++

昔、ベトナムへ行った、若いオーストラリアの
兵士が、こんな話をしてくれた。

「みな、サイゴン(南ベトナムの当時の首都)へ
戻ると、いっせいに、女を買いに行った」と。

女を買うといっても、Sxxが、目的ではない。
「みな、一晩中、女の乳房を吸っていた」と。

戦場では屈強な兵士に見える彼らも、
内側の世界では、ただのか弱き(人)でしか
なかった……。

++++++++++++++++++

●ペルソナと開放

人はだれしも、仮面(ペルソナ)をかぶって生きている。
教師は教師の仮面。
医師は医師の仮面。
牧師は牧師の仮面などなど。
私もかぶっている。
あなたもかぶっている。
しかし仮面をかぶっていると、疲れる。
心を偽るということは、そういうこと。
言いたいことも、ぐいとこらえて、笑顔で答える……。

そこで人は、内界に向っては、つまり自分の心に適応するため、心を開放する。
心のバランスを図る。

●マザコン?

このことは、子どもを見ているとわかる。
幼稚園や学校では、(しっかり者)の子どもが、家へ帰ると、まるで赤ちゃんのように
なってしまう子どもは、珍しくない。

ある子ども(小5・男児)は、柔道選手として県の大会に出るような活躍を繰り返して
いた。
が、家に戻ると、まったく別人だった。
食事のときなど、いつも母親のひざに抱かれていた。
風呂も母親といっしょに入っていた。

このタイプの子どもを、私たちは「マザコン」と呼ぶが、このタイプの子どもは、
そういう形で、心の緊張感を解きほぐす。
そういう例は、たいへん多い。

●かん黙児

さらに顕著な形で現れるのが、かん黙児と呼ばれる子どもたちである。
このタイプの子どもは、外の世界では、極度の緊張状態を強いられる。
(表情だけを見て判断してはいけない。
外の世界では、どこか意味のわからない笑みを浮かべていることが多い。
こうした現象は「遊離」(=心と表情が遊離している)という言葉を使って説明される。)

外の世界で「いい子?」ぶる半面、その反動として、家の中では、大声を出して
騒いだり、暴れたりする。

●心の開放

心の中に別室を作り、そこへ自分を逃避させる人もいる。
子どもにも多い。
心理学の世界では、「抑圧」という言葉を使ってそれを説明するが、心の別室は、
心そのものをゆがめることがある。

そこで大切なことは、「開放」ということになる。

したいことをし、言いたいことを言う。
すべてはここから始まり、ここに終わる。
子どもを指導するときもそうで、まず、したいことをさせ、言いたいことを言わせる。
私たちが「すなおな子ども」というときの子どもは、そういう子どもをさす。

同じように、私たち自身も、したいことをし、言いたいことを言う。
最初は勇気がいることだが、一歩、踏み出してしまえば、心はあとからついてくる。
心をすなおにすれば、そこに待っているのは、すがすがしい世界。
すがすがしい人間関係。
私たちは、そのすがすがしい人生をめざす。

その第一歩が、心の開放ということになる。


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●豚インフルエンザ(So-called in Japan, “Pig Flue” or “Swine Flue”)

+++++++++++++++++

「鳥インフルエンザはどうなったか?」と
思っていたら、とんでもない伏兵が現れた。
豚インフルエンザである。

+++++++++++++++++

●パンデミックス(世界的大流行)

「とっくの昔に大流行していても、おかしくない」と思われているのが、
鳥インフルエンザ。
しかしいまだに大流行(=パンデミックス)していない。
ということは、逆説的に考えると、鳥インフルエンザは、今のところ、
心配ないということになる。

が、ここでとんでもない伏兵が現れた。
豚インフルエンザである。

NIKKEI NETニュースは、つぎのように伝える。

『……緊急委に先立ち、WHOのチャン事務局長は同日、電話記者会見を開き、豚インフ
ルエンザは「深刻な状況だ」と指摘。各国当局に対してはインフルエンザが疑われる症例
に注意するよう呼びかけた。米国とメキシコ以外に感染が拡大するリスクについては現段
階では不明とした』(4月26日朝)と。

時事通信によれば、『豚インフルエンザをめぐっては、米国とメキシコで計1000人を超
える症例が報告され、メキシコで60人以上が死亡した疑いがあるとされる』と。

現状でも、死亡率は、6%ということになる。
1000人を超える罹患者が、今後どうなるかによって、死亡率はさらに高くなる
可能性がある。

●日本も警戒態勢

この日本でも、空港でのチェック、さらには相談窓口の設置などが始まっている。
もしこの日本に豚インフルエンザが侵入したら……。

日本人の中には、「日本は衛生状態がいいから、心配ない」と考えている人が多いようだ。
が、どうやら、現実は逆。
「免疫性がない分だけ、かえって大流行しやすい」と。

ともかくも、私の家族も、そして教室も、今週から厳戒態勢に入る。
もし日本でパンデミックス(世界的大流行)が始まれば、通常のインフルエンザ並みの
罹患率としても、約数百万人以上が、豚インフルエンザにかかることになる。
死亡率10%としても、数十万人以上が死ぬ。
その上、やっかいなことに、10代前後の子どもたちのほうが死亡率が高いという。
何としても、大流行させてはいけない。

(1)集団の中では、マスク着用は、常識。
(2)外から帰ってきたら、うがいは、常識。

それをとりあえず、徹底するしかない。


Hiroshi Hayashi++++++++April. 09+++++++++はやし浩司

●アメリカの無視作戦(Ignorance is the Best Policy for Japan)

++++++++++++++++++++++++

「あんな国は、まともに相手にしてはいけない」。
それが「無視作戦」ということになる。

現在、アメリカ政府は、K国に対して、徹底した
無視作戦を展開している。

++++++++++++++++++++++++

無視すればするほど、相手は、いきりたつ。
何をしでかすかわからないが、それでも無視。
やがて相手は、自ら墓穴を掘る。

朝鮮N報オンラインは、つぎのように伝える。

『……クリントン長官は23日(現地時間)、米国議会下院聴聞会への報告書から「K国問
題」を完全に削除し、議員からの質問にも、「K国のさまざまな動きに屈服してはならない」
と短く断固とした口調で答えた。キム教授は「ロケット発射などが、基本的に米国に対す
る“早く交渉しよう”というメッセージだということを考慮すると、K国としては、“徹底
した無視”で北に対処する米国の反応に我慢できなくなる」と語った』(4月26日)と。

少し読みづらい文章だが、要するに、『アメリカがK国を無視しつづければ、やがてK国は
がまんできなくなる』と。
『下院聴聞会への報告書から、「K国問題」を完全に削除した』というのは、そういう意味。

相手は、「相手にしてほしい」「相手にしてほしい」と、ダダをこねる子どもと同じ。
だったら、相手にしないことこそ、ベスト。
相手にしたとたん、無理難題をふっかけてきて、こちらを自分たちのペースに
巻き込んでしまう。
よい例が、数日前にK国の開城(ケソン)でもたれた、南北協議。
韓国側は当然のことながら、現在、K国側に抑留されている韓国人についての話かと
思っていたが、結果は、「もっと金(=マネー)、よこせ!」だった。

思考回路が、メチャメチャ。
一般の常識が、まったく通じない。
それをクリントン国務長官は、「予測不能」という言葉を使って表現した。

だから……。
この先も、いろいろと問題が起きてくるはず。
あるいは何かと、ちょっかいを出してくるはず。
しかし日本も、そのつど、無視すればよい。
適当にあしらって、それで終わりにする。

何度も繰り返すが、あんな国を相手に、正義だの大義など、そんなものを説いても
意味はない。
その価値もない。
『無視こそ、最善』(Igonorance is the best policy)ということになる。


Hiroshi Hayashi++++++++April. 09+++++++++はやし浩司

●ミサイル迎撃、反対!(I am against shooting down the Missile!)

●あまりにも貧しいK国!(4月24日記)(Too much poor, is the North Korea)

先ほど、K国の経済事情について書いた。
それを読んでもらえばわかるが、K国は、あまりにも貧しい。
想像を絶するほど貧しい。
もう一度、数字を並べてみる。

公式レートによっても、K国の国家予算は、たったの37億ドル。
実勢の交換レートは、その26分の1(中朝国境)。
それによれば、さらにたったの……(絶句!)。

K国の人口は、約2330万人だから、日本の人口の約5分の1。
それでも、この数字である。
なぜ、中国や韓国、それにロシアが、K国の崩壊を恐れるか、
これでわかった人も多いかと思う。

(ちなみに、実勢交換レートに従えば、K国の国家予算は、1・42億ドル。
日本円で、142億円。
それを2330万人で割ると、1人あたり、609円!
公式レートに従っても、たったの1万6000円弱!
何度計算しなおしても、そうなる。

一方、島根県の標準財政規模は、2546億円(平成18年度)。
人口は、72・3万人。
同じように2546億円を72・3万人で割ると、1人あたり、35万円。

K国と島根県を比較するのは、以前からよく「K国の国家規模は、人口の
少ない山陰地方の1つの県にも及ばない」と言われているからである。
とくに島根県にこだわっているではない。
どうか誤解のないように!)

こんな国が、まともに(?)崩壊したら、それこそたいへん!
何10万人、何100万人という難民が、それらの国に押し寄せる。
金日成教団の信者かもしれないが、それ以外に、満足な教育を受けていない。
これは韓国へ脱北してくる人についての話だが、「税金」という概念を理解させる
だけでも、たいへんとか。
あとは、推して量るべし。
わかりやすく言えば、韓国や中国は、とんでもない(お重荷)を背負うことになる。

が、皮肉なことに、日本へやってくる難民は、少ないと予想されている。
徹底した反日教育のおかげ(?)、とか。
ある日本のカメラマンが、K国へ行き、「私は日本人だ」と言っただけで、
K国の子どもたちが泣き出してしまったという。
そんなエピソードもある。
それくらい、日本人は、嫌われている(?)。
あるいは元在日朝鮮人の人たちや、日本人妻たちをそれくらい虐待している(?)。
彼らにしてみれば、「日本にだけは、行きたくない」「行けば、仕返しを受ける」となる。

●人間ロボット

異常なまでに虚栄心が強く、見栄っ張り。
加えて異常な思い込み。
それが現在のK国を裏から支えている。
が、しかし一般の人たちはどうかというと、それがよくわからない。
政府関係者は、金太郎飴ならぬ、金xx飴のように、みな、同じ。
同じことしか言わない。
「洗脳」というのは、そういう意味で、恐ろしい。
人間が人間でなくなってしまう。
独裁者のロボットになりながら、「ロボットになっている」という意識さえない。

ためしにK国の人たちに、(あるいは日本に住むK国関係者の人たちでもよいが)、
こう聞いてみたらよい。
(私は聞いたことがないが……。)
「あなたがたは、自分の意思で行動していますか?」と。
するとまちがいなく、彼らは笑いながら、こう言って答えるだろう。
「もちろん、そうです。私たちは、自分の意思で考え、行動しています」と。
洗脳の恐ろしさは、ここにある。

が、そのことは、私たち日本人についても言える。
戦前や、戦時中の日本人ではない。
今の今ですら、カルト教団のロボットになりながら、教団に操られるまま
動いている人は、少なくない。

●本気で相手にしてはいけない

それにしても、貧しい。
K国ウォンは、世界の中でも、もっとも不安定な通貨ということになっている。
わかりやすく言えば、紙くず同然。
だれもほしがらない。
使わない。
K国の国内ですら、みな、K国の人たちはドルをほしがるという。
K国ウォンを信じていない。
そのためマンションなどの高額商品は、「金(=gold)」で取り引きされているという。

そこで改めて、本題。
私も拉致問題については、きわめて激しい(怒り)を覚える。
抗議の念をこめて、金xxと書く。
あの国を「K国」と書くのも、そういう理由による。
しかし「制裁」ということについては、この問題が提起されたときから、一貫して
反対している。
K国と日本の連絡船である、M号の入港禁止措置にしても、反対してきた。

理由は、簡単。
「あんな国を本気で相手にするな」である。

大切なことは、通関をきびしくするということ。
徹底的にきびしくする。
それこそバッグの隅の隅まで、チェックする。
M号の問題は、それで解決したはず。

また制裁しても意味がないことは、現状を見ればわかる。
餓死者が続出しても、あの国は、倒れない。
そこはカルト国家。
自己否定を選ぶくらいなら、「死」を選ぶ。
私たちの常識では理解できないが、現在のK国は、そういう国である。

●しかし……

そのK国も、このところ内部の動きが、たいへん不安定になってきている。
たとえば4月5日に打ちあげられたテポドン(=ミサイル)にしても、
K国国内では、「大成功」「宇宙から電波を傍受した」と報道している。
各国の在P市在住の大使たちが、みな、抗議の意味で、祝賀行事に参加
しなかったにもかかわらず、「各国が賞賛している」と報道している。

つまりすべてが、ウソである。
ウソの上にウソを塗り固めている。
100に1つも、本当がない。
が、問題は、なぜウソをつかねばならないかということ。
この(ウソをつかねばならない)というところに、K国の危機感が表れている。

K国の崩壊は、たいへん近い。
何かのきっかけがあれば、明日にでも……という状況である。
もし開城工業団地から、韓国が手を引いたら……。
それだけでも、K国は、一気に崩壊するかもしれない。
現在は、そういう状況と考えてよい。
たぶんに希望的観測だが……。

●日本の立場

日本としては、K国に(日本攻撃)の口実を与えないこと。
中に「制裁だ!」「迎撃だ!」「日本も核兵器を!」と主張する人たちがいる。
しかしこの日本は、丸裸以上の丸裸。
仮に1発でも日本に発射されたら、日本はそれで万事休す。
化学兵器にせよ、生物兵器にせよ、1発で、約20万人が死傷すると言われている。
その救護態勢も整っていない。
経済活動は、もちろんその日からさらにドン底へ向かう。

だから繰りかえす。
あんな国をまともに相手にしてはいけない。
相手になるような国ではない。
それとも日本は、あんな国といっしょに心中するつもりなのか!

昔からこの日本では、こう言う。
『負けるが勝ち』と。

●日本としてのプライド論

「正義」にせよ、「大義」にせよ、はたまた「プライド」にせよ、それを説くなら、
まず相手を選ぶ。
それなりの相手なら、それなりの意味がある。
しかしあんな国を相手に、正義だの、大義だの、はたまたプライドなど説いて、どうする?
どうなる?

「勝った」「負けた」ということになれば、戦後、日本は勝ちつづけた。
一方、K国は、負けつづけた。
その結果が今である。
忘れてならないのは、まだ日本は、大国である。
経済大国である。
大国なら、大国らしくしよう。

愚かな政治家は、もてる武器を最大限使いたがる。
しかし武器のもつ力を過信してはいけない。
よい例が、あのベトナム戦争。
つづくイラク戦争。
さらにここ数日の報道によれば、アフガニスタンのタリバン勢力は、
パキスタンの首都、イスラマバードに、あと100キロまで迫っているという。

迎撃ミサイルをもったとたん、「迎撃!」「迎撃!」と叫ぶのが、いかに愚かなことか!
報復は報復を呼び、やがて戦争は泥沼化する。
だから……。

私たちは賢くなろう。
「卑怯だ」「弱腰だ」と言われても、ここはじっと我慢。
我慢しながら、K国を、自己崩壊に導く。
いや、導くまでもない。
あの国は、すでに崩壊している。
それが、冒頭に書いた、37億ドルという数字である。

(付記)
こう書くからといって、K国を擁護するわけではない。
しかしK国を理解するためには、K国の立場で、ものを考えてみる必要がある。

経済はメチャメチャ。
国民を満足に食べさせることもできない。
やることなすこと、すべて裏目、裏目……。

あなた自身のこととして考えてみればよい。
たとえばあなたには、家族がいる。
しかし満足に食べさせることもできない。
仕事もない。
家はボロボロ。
雨漏りもする。

しかしふと隣を見ると、そこには、煌々(こうこう)たる光に包まれた大御殿。
このあたりでも評判の金持ち。
みな、腹いっぱい、メシを食べ、好き勝手なことをしている。
収入は、あなたの数百倍!
ときどき隣の金持ちが、見るに見かねて、あなたの子どもたちにチョコパイをくれる。
しかしそんなもので、空腹感を満たすことはできない。

で、いくらあなたに甲斐性(かいしょう)がないといっても、あなたはそれに
納得するだろうか。

そこであなたは、知り合いの暴力団から拳銃を手に入れた。
なけなしの貯金をはたいて、買った。
その拳銃を隣の金持ちに、ちらつかせた。
とたん、隣の金持ちは、パニック。
それを見て、あなたは隣の金持ちに向かって、こう言う。
「拳銃を捨ててほしいなら、金をよこせ!」と。

が、隣の金持ちも考えた。
家の周りを、鉄板でかためた。
さすが金持ち。
やることがちがう。
さらに隣の金持ちは、近所の人たちにも相談した。
みな隣の金持ちに一応同情はしてみせたが、それ以上、何もすることができない。
そこで金持ちは、あなたの周囲の人たちの話しかけて、商売をできないようにした。
「あの人との商売は、やめましょう」と。
けっして好ましい商売ではないが、あなたには、それしか収入源がない。
覚せい剤販売に、偽札づくり。
見ようみまねで、ついでに、拳銃の弾丸づくり。

そこであなたはこう叫ぶ。
畜生!
バカヤロー!、と。
まともな思考力をもてといわれても、無理。
そんな余裕もない。
あんたの妻や子どもは、「父ちゃん、何とかしてよ!」と、ただただあなたに
泣きつくばかり……。

家の中は、真っ暗。
電気もつかない。
あなたができることといえば、拳銃を神棚に置いて、「今に見てろ!」「今に見てろ!」
と手を合わせるだけ。

現在のK国は、今、そういう状態である。
(09年4月26日記)


Hiroshi Hayashi++++++++April. 09+++++++++はやし浩司

●4月26日

++++++++++++++++++

今度、実家を売却することにした。
無人の家になって、もう4年以上になる。
5年以上か?
が、伝統的建造物ということで、
解体することもできない。
しかたないので、「古家付」ということになった。

その実家。
土地の坪数は、xx坪弱。
坪単価を、20万円としても、xxx万円。
「こんなものかなあ」とか、「こんなものだろうな」とか、
いろいろ考える。

「こんなものかなあ」というのは、
祖父母の代から、父、兄と引き継いできたものが、
たったのxxx万円(!)。

「こんなものだろうな」というのは、
現在、観光地で売り出してはいるものの、
しょせん、さびれた田舎町(失礼!)。
時代も変わった。
おまけにこのところの大不況。
買う人もいないだろうな、ということで、
そう思った。

+++++++++++++++++++

●田舎の価値

少し前、長野県の田舎に住む友人が、家を建て直そうとした。
そのときのこと。
銀行でローンを組もうとした。
が、評価額のあまりの低さに驚いたという。
「宅地にはなっていますが、300坪で、たったのxx万円!」と。
つまり銀行は、土地を担保にしても、xx万円しか貸さない、と。

その友人も同じようなことを言っていた。
「代々、守り継いだ家の価値が、たったのxx万円とは!」と。
きびしい言い方になるが、たったxx万円のために、代々、その
家の人たちは先祖の土地を守ってきた、ということになる。

あるいはそれ以前の日本は、その程度までに貧しかったのか。
今なら、平均的な労働者が数か月で稼げるような金額で、「家」をもち、
それを守った(?)。

解釈の仕方はいろいろある。
が、もちろんその「家」のもつ価値は、土地の評価額だけで決まるものではない。
そこに住む人の(思い)で決まる。
(思い)があれば、土地の値段など、どうでもよい。

しかしたったの、xxx万円。
売ることができたとしても、20%の税金がそれにかかる。
手取りは、xxx万円。
実兄と母の、葬儀代プラス仏壇代と、ほぼ同額。


Hiroshi Hayashi++++++++APRIL・09++++++++++++はやし浩司

●「FUxx」という卑猥語(ひわいご)

+++++++++++++++++++++++++++++++

40年前には、この日本で、「FUxx」(ファxx)という単語の
意味を知っている人は、ほとんどいなかった。
この単語が日本で、ぼちぼち使われるようになったのは、それから
15年ほどもたってからのことである。

+++++++++++++++++++++++++++++++

が、今では、そこらの小学生でも、この単語を使う。
おまけに、あの指を1、2本立てたジェスチャまで!
(手のひらのほうを相手に向けて、指を2本立てれば、ヴィクトリー・
マーク。
手の甲のほうを相手に向けてすれば、まったく別の意味になる。
ふつう「Get Fuxxed」とか、「Get stuffed」とか、
そういう言葉を添えて、そうする。)

そこで私がそれを強く制する。
「子どもがそんなジェスチャをしてはダメだ!」と。
すると子どもたちは、すかさず、「どうしてエ~~?」と聞く。
しかし意味など、言えない。
私も、学生時代、その意味を知って驚いた。

少し回りくどい言い方になるが、許してほしい。
インターネットの世界には、使用禁止用語というのがある。
それを使うと、BLOGなどに原稿を掲載するとき、拒否される。
……指を立てる意味は、こうだ。

女性が、自分で自分を慰めるとき、指ですることが多い(そうだ)。
そのとき、指を1、2本だけ伸ばして、それをすることが多い(そうだ)。
あるいは男性が女性を抱いて、女性を慰めるときも、そうである(そうだ)。
それがそのまま指を立てるという、あのジェスチャになった。

ジェスチャだけではない。
「Get Fuxxed」にしてもそうだ。
どう訳すかというよりも、日本語には、そういう言葉すらない。
あえて訳せば、「おxxこ野郎!」という意味か?

先に書いた、「Get stuaffed」(詰めろ!)というのも、
同じような意味で使う。
これは女性の体の中を、「詰めろ」という意味である。
何で、どう詰めるかは、改めて、ここに書くまでもない。
つまり(とんでもない意味)である。
そういうジェスチャや言葉を、最近の子どもたちは、平気で使う。

日本とちがって、外国では、指のジェスチャが、日本人の私たちが
想像する以上に意味をもつ。
そういうジェスチャを外国でして、相手に殴られても、文句は言えない。
つまりそれくらい重大な意味をもつ。
ブラジルでは、本当に、そういう事件があった。

日本のある領事が、リオで、車を運転していたときのこと。
うしろから猛スピードで車が近づいてきた。
そこでその領事は路肩に車を寄せ、窓から手を出し、日本でいう、
「OK」マークを指でつくり、その手を振ってみせた。
「早く追い抜け」という意味で、そうした。

しかし、である。
その車は領事の車の前に突っ込んできた。
車から男が降りてきて、その領事を袋叩きにしてしまった。
ブラジルでは、「OK」マークは、男性が自らを慰めるときに使うジェスチャ。
指を立てるジェスチャと同じ意味をもつそうだ。
で、その男は逮捕されたが、しかしそのまま無罪放免。
そういうジェスチャをした領事のほうが悪い、ということになった。

私はこの話を、領事館に勤務する書記官から直接聞いた。
だから……。
子どもたちがそうした言葉を口にしたり、ジェスチャをしたら、しっかりと
私たちは言おう。

「そういうことをしては、ダメ」と。


Hiroshi Hayashi++++++++APRIL・09++++++++++++はやし浩司

●フルスペック・ハイビジョン

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2011年には、アナログ放送が終了し、
すべて地上デジタル放送に切り替わるという。
そこで我が家でも、今日、テレビ受像機を換えた。
シャープの、フル・ハイビジョンテレビ、である!
サイズは、42インチ。
昨年の秋のモデルらしく、今年の春モデルの価格の
約半額で購入することができた。

それほど期待していなかったが、電源を入れて、仰天。
本当に驚いた。
あまりの美しさに、ただぼう然!
息をのんだ。
そのまま、少し前まで、計5時間もテレビを
見つづけた。

どこかの店頭で見るときは、それほど美しさを
感じなかった。
が、しかしここまで美しいとは……!

ワイフの趣味はビデオ鑑賞。
言うなれば、そういうワイフへのプレゼント。
「これから家でも映画館並みの映像が見られるね」と
声をかけると、うれしそうだった。
ついでに紅茶を作って、ワイフに出してやった。
私としては、大サービス!

「(映画館の)プレミア席でも、紅茶サービスはないよ」と。

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●目標

私としては、この10月まで待つつもりだった。
この10月から、3D(立体)テレビ放送が始まる。
立体放送が始まったら、テレビを買い替えよう、と。
が、何となく、雰囲気にのまれて、先日、フルHDテレビを買ってしまった。
値段は、今年の春モデルの約半額。
しかしこれには、こんなエピソードがある。

私は当初、「HD」というのは、パソコンの「ハードディスク」のことと思っていた。
チラシなどには、「フルHD」というように、書いてある。
で、「どうしてテレビに、ハードディスクがついているのだろう」と。
で、近くの電気屋、電気屋といっても、駐車場が300台分くらいある大型店だが、
そこへ行って聞いてみた。

「HDって、どういう意味ですか」と。

すると店員が、「ハイビジョンのことです」と言った。
それをていねいに説明してくれた。
「フル」というのは、「フルスペック」という意味だそうだ。
ハイビジョンテレビにも、「ハイビジョン」と、「フルハイビジョン」の2種類がある。
画素数のちがいらしい。
フルハイビジョンは、たしか「画素数が、2000万~」とか、なんとか言った。

ついでに店員が、「昨年の秋モデルでよければ、安くしますよ」と。
で、そういう話をしているうちに、だんだんと断れなくなった。
それで、まあ、購入することに……。
そのテレビが今日の夕刻、届いた。
そのときの様子は、冒頭に書いたとおり。

しかしここまで美しいとは、私も思っていなかった。
本当に、美しい。
今までも32インチの液晶テレビを見ていたが、美しさがダントツにちがう。
「こんなに美しいものなら、もっと早く買えばよかった」と、今は、そう
思っている。

で、新しい目標(?)ができた。

今度は、フルハイビジョンが撮影できる、ビデオカメラを買う。
それで美しい景色を撮る。
それにブルーレイ・プレイヤーも。
それを買えば、映画館で見るような美しい映像で、映画を見ることができるそうだ。
今すぐには無理かもしれないが、それが今の目標。


Hiroshi Hayashi++++++++April. 09+++++++++はやし浩司

●邦画『ALWAYA、3丁目の夕日』

今週は劇場で見たい映画がなかった。
そのこともあって、近くのビデオショップで、邦画を一本
借りてきた。
昨夜、それを見た。
タイトルは、『ALWAYS、3丁目の夕日』。

よかった。
久々に感動した。
笑って泣いて、また笑った。
星は4つの、★★★★。

冒頭部分はともかくも、昭和30年前後の東京の下町の様子が出てきたところから、
ぐんぐんと画面に吸い込まれた。
とくにオート三輪が出てきたときには、大感激!
私たちの世代には、忘れられない乗り物である。

どれもCG(コンピュータ・グラフィックス)で作成した映像なのだが、
そうとわからないほど、よくできていた。
とくに蒸気機関車は、圧巻!
どう見ても、あれは本物(?)。

そんなわけで団塊の世代の私たちには、たまらない映画である。
1958年(昭和33年)の10月14日に東京タワーが完成したというから、
私が10~11歳(小5、6年生)ごろの話ということになる。
言い忘れたが、ところどころで、工事中の東京タワーが出てきた。
それがシーンごとに、少しずつ高くなっていった。
時間の経過がそれでわかった。
このあたりの表現方法が、すばらしい!

ワイフと、「そうだった」「いや、ここはそうでなかった」と、
ワイワイ、言い合いながら見た。

ほかの俳優はともかくも、小雪さんの演技は、超一流。
「日本にも、ああいうすばらしい俳優がいるんだ」と、再認識。
加えて、日本のCG技術の進歩にも、驚いた。
ああいう技術は、ハリウッドだけにしかないと思っていた。

で、見終わったとき、ほのぼのとした温もりを感じた。
半世紀前の余韻が、そのまま心に響いた。
団塊の世代の人は、ぜひ、一度見たらよい。

(追記)

「Always 3丁目の夕日」には、続編があるそうだ。
それも借りてきて、見るつもり。


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 はやし浩司のホームページ http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
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