2010年4月26日月曜日

*What is Myself?

●その人の基本

++++++++++++++++++

その人とは、何か?
その人の基本とは、何か?
それが60歳を過ぎると、「輪郭」として
わかるようになる。
おおざっぱに、わかるようになる。
自分のことでもよい。
配偶者のことでもよい。
親類のことでもよい。

「あの人は、こういう人」と。

その「輪郭」は、実は乳幼児期に作られる。
乳幼児期に作られたまま、それが原型となって、
みな、おとなになっていく。
四角い人は、四角い人のまま、。おとなになっていく。
丸い人は、丸い人のまま、おとなになっていく。

+++++++++++++++++

●オオカミ姉妹

 ここ数日、オオカミ姉妹の話が気になる。
もう一度、昨日書いた原稿を、ここに書き出してみる。

●オオカミに育てられた姉妹

++++++++++++++++++

オオカミ姉妹(カマラとアマラ)について、
たびたび書いてきた。
「野生児」とも呼ばれる。
1920年10月に、インドで見つかった
2人の姉妹をいう。

この2人の姉妹について、私はあちこちで
書いてきたし、講演会でも、よく話してきた。

が、正確でない部分も多々、あった。
いろいろな資料をもとに、もう一度、
オオカミ姉妹について、整理しておきたい。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(1)1920年10月、カルカッタの南、ゴダムリという村で見つかった。
(2)オオカミが住んでいた、シロアリの塚の中から、見つかった。
(3)2人の少女は、そのまま孤児院に入れられた。
(4)名前を、カマラ(姉、推定年齢8歳)、アマラ(推定年齢1歳)と名づけられた。
(5)A.L.シング夫妻らによって、養育された。
(6)当初、2人の姉妹は、オオカミのようにひざまづいてものを食べた。
(7)4つ足で走り、オオカミのような叫び声をあげた。
(8)アマラは約1年後に死亡。
(9)カマラは推定年齢17歳まで、生きた。
(10)その過程で、衣食住の生活習慣を身につけた。
(11)6年後には直立して歩行した。(推定年齢、14歳。)
(12)7年後には、45語を話せるようになった。
(13)中枢神経系に、器質的な異常は認められなかった。

(以上、「心理学とは何だろうか」(無藤隆・新曜社)より)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

 この中でとくに注意しなければならないことは、(10)~(12)。
年齢を追って、もう一度、整理してみる。

 姉のカマラは、推定年齢8歳で見つかっている。
その姉は、「6年後」、つまり推定年齢、14歳で、やっと直立して歩行するようになった。
「7年後」、つまり推定年齢、15歳で、45語の言葉を話せるようになった。
もしカマラが、ごくふつうの家庭で生まれ育ったなら、満1歳前後には、直立して歩き、
満2歳前後には、ある程度の会話ができるようになっていただろう。

 しかしカマラのばあい、直立して歩けるようになるまでに、見つかってから6年も
かかっている!
45語の言葉を話せるようになるまでに、7年もかかっている!

 さらに別の記録によれば、カマラにしても、また同じころフランスで見つかった
ビクトールという少年にしても、最後まで、人間らしい感情や心を取り戻すことは
なかったという。

●三つ子の魂

 この野生児の例は、乳幼児期における(親子のふれあい)がいかに重要なもので
あるかを説明するために、よく取り上げられる。
と、同時に、そのころその人の「輪郭」ができるということも、明確に示している。
ほとんどの人は、「私は私」と思っている。
しかしその実、その「私」は、乳幼児期にその「輪郭」ができあがったとみてよい。
その結果が今であり、今の「私」は、その結果に過ぎない。

 心のやさしい人、心の冷たい人。
穏やかな性質の人、はげしい気性の人。
何ごともやる気満々の人、いつも逃げ腰の人。
ものごとをよく考える人、考えない人。
他人に感動しやすい人、感動しない人などなど。

 わかりやすい例としては、ケチ(ためこみ屋)と呼ばれる人がいる。
発達心理学的に説明すれば、肛門期(フロイト)に、愛情飢餓を経験すると、内へ内へと、
ものをためやすくなる。
それがケチになったり、ためこみ屋になったりする。

 長男、長女のこのタイプの人が多いのは、下の子(弟、妹)が生まれたことにより、
愛情飢餓の状態に陥ったためと考えられている。
まさに『三つ子の魂、百まで』ということになる。

●自己診断法

 そこで「自分探し」ということになる。
が、言い替えると、「自分の輪郭探し」ということになる。
つまり自分で自分の輪郭を知る。
それは可能なのか。
またその方法は、あるのか。

 「私」という人間の輪郭が、乳幼児期に作られたことはわかる。
が、その輪郭といったものは、どういうものなのか。
ひとつの診断法として、こんなものがある。
「私は子どものころから……」という文章につなげて、自分のことを書いてみる。
あまり深く考えないで、思いついたままを書くのがコツ。
あなたも一度、この診断をしてみるとよい。

===============

「私」を知る、自己診断法

===============

○私は、子どものころから……(
○私は、子どものころから……(
○私は、子どものころから……(
○私は、子どものころから……(
○私は、子どものころから……(

○私は、子どものころから……(
○私は、子どものころから……(
○私は、子どものころから……(
○私は、子どものころから……(
○私は、子どものころから……(

○私は、子どものころから……(
○私は、子どものころから……(
○私は、子どものころから……(
○私は、子どものころから……(
○私は、子どものころから……(

○私は、子どものころから……(
○私は、子どものころから……(
○私は、子どものころから……(
○私は、子どものころから……(
○私は、子どものころから……(

===============

以上、20問用意してみた。
その結果を見ながら、自己分析をしていく。

●私のばあい

 私も、してみる。
(ヨーイ、スタート!)

○私は、子どものころから……(何にでも興味をもった。
○私は、子どものころから……(捜し物が、苦手だった。
○私は、子どものころから……(さみしがり屋だった。
○私は、子どものころから……(外ではにぎやかな子どもだった。
○私は、子どものころから……(甘い食べ物が好きだった。

○私は、子どものころから……(負けん気が強かった。
○私は、子どものころから……(個人的に活動することが多かった。
○私は、子どものころから……(集団行動が苦手だった。
○私は、子どものころから……(寒がりだった。
○私は、子どものころから……(ものを作るのが好きだった。

○私は、子どものころから……(他人の心を読むのが苦手だった。
○私は、子どものころから……(女の子が苦手だった。
○私は、子どものころから……(絵を描くのが好きだった。
○私は、子どものころから……(好奇心が旺盛だった。
○私は、子どものころから……(いじけやすく、ささいなことをよく気にした。

○私は、子どものころから……(庭のある家に住みたかった。
○私は、子どものころから……(貧乏がこわかった。
○私は、子どものころから……(酒や酒のにおいが、嫌いだった。
○私は、子どものころから……(行動的だった。
○私は、子どものころから……(正義感が強かった。

=================

●自己分析

 同じようなテストを、私のワイフや、生徒たち(中高校生)にしてもらったことが
ある。
が、不思議なことに、他人のばあいは、「輪郭」がよく見える。
「この子は、こういう子だな」と。
しかし自分のこととなると、「輪郭」がよくわからない。
あのフロイトも、自分の夢判断を、弟子のユングに頼んでいる。
そういう意味でも、自分のことを知るのは、むずかしい(?)。

 それはさておき、そこであなたは、私の回答を読んで、私の「輪郭」をどのように
思っただろうか。
あなたは私を、どのような「輪郭」をもった人間と思っただろうか。
が、ここではその内容は、あまり重要ではない。
また私の自己分析をするのが、目的ではない。

 あなたが私についてどんな印象をもったにせよ、その印象、つまりここでいう「輪郭」
は、私の乳幼児期に作られたものということ。
それが現在の「私」の骨格になっている。
もちろんこのことは、あなた自身についても、当てはまる。

●臨界期仮説(critical period hypotheses)

 「臨界期」という言葉が、ここ数年、急速に注目されるようになってきた。
もともとは、「言葉の発達についての仮説」として生まれた。
ウィキペディア百科事典には、つぎのようにある。

+++++++++以下、ウィキペディア百科事典より+++++++++++

言語学および第二言語習得における臨界期仮説(英: critical period hypotheses)とは、臨界期とよばれる年齢を過ぎると自然な言語能力の習得が不可能になる、という仮説である。母語の習得および外国語の習得の両方に対して使われる。

臨界期の時期には諸説あるが、だいたい出生から思春期(12歳から15歳ごろ)までであるとされている。第一(L1)・第二言語(L2)両方の習得に関して年齢が重要な要素となっていることは定説となっているが、はたして臨界期なるものが本当に存在するのか、また存在するとしたらそれがいつなのかなどについては長い議論があり、仮説の域を出ていない。

野生児または孤立児と呼ばれる幼児期に人間社会から隔絶されて育った子供は、後に教育を受けても言語能力、特に文法に従った文を作る能力については著しく劣ることが知られている[1]。

また、外国語の学習でも、一家で国外へ移住した移民の親より子供のほうが外国語を早く、また上手に使いこなせるようになることは広く知られている。母語・外国語両方の習得の成否について年齢が大きな影響を与えていることは、日常の経験からも、言語学の研究結果[2]からも納得されることである。

年齢が上がると言語を習得することが困難になる原因についてはさまざまな説が提唱されている。しかし、年齢以外のファクターを除外できていない可能性があるという批判もあり、たとえば脳生理学的な変化や心理的影響を原因とする説などもあるが、21世紀初頭現在でははっきりとは解明されていない。

それに加え、個々の言語能力についての臨界期は異なるという説もある。たとえば発音についてはかなり低い年齢に臨界期が存在するという強い証拠があるが、語順などの統語的規則についての臨界期は遅いという主張もある[3]。また、語彙については明確な臨界期が存在しないとの説もある[4]。

+++++++++以上、ウィキペディア百科事典より+++++++++++

 だからといって、「臨界期仮説」を、言語に限ることはない。
先にあげたオオカミ姉妹についても、「言語」だけが問題になっているわけではない。
「言語」は、もろもろの才能の一部でしかない。
とくに注目すべきは、「人間らしい心」ということになる。
少し拡大解釈すれば、「人間らしい心」にも、臨界期があるということになる。
またそう解釈してよいことは、冒頭に書いたように、それが60歳を過ぎると、「輪郭」
としてわかるようになる。

 たとえば身近にいる、X氏ならX氏に焦点を当ててみる。
Yさんでもよいし、Z氏でもよい。
そういう人たちの人生を、全体としてながめてみる。
するとそこにその人の「輪郭」が浮かびあがってくる。
心の暖かい人は、暖かい。
心の冷たい人は、冷たい。
ウソのつけない人もいる。
一方、ウソばかりついている人もいる。

そしてその「輪郭」というのは、その人が子どものときのそれと、現在のそれと、
それほど違わないことに気づく。
つまりそれぞれの人は、「心」も、いくつかの臨界期を経て、作られていくのがわかる。
言い替えると、そのときどきの適切な時期に、適切な環境の中で、適切な(ふれあい)を
経験することによって、「心」も作られていくということ。

 繰り返しになるが、60歳を過ぎると、それがよくわかるようになる。
そこで結論。

 かつてアインシュタインは、こう言った。
「教育というのは、学校で学んだことをすべて忘れてしまったあとに、残っているもの」
と。
この言葉を拝借すると、こうなる。

「私というのは、私をすべて忘れてしまったあとに、そこにぼんやりと浮かびあがって
くるもの」と。(100426)

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 私とは 私論 野生児 カマラ アマラ オオカミ少女 オオカミ姉妹 輪郭論 臨界期)


Hiroshi Hayashi+教育評論++April.2010++幼児教育+はやし浩司

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。