2012年12月9日日曜日

ナスカの地上絵の謎とその答byはやし浩司


*********************************

 彡彡人ミミ      彡彡彡彡彡

|   |   MM   MM

q 00 MMMMM   MM m

  M   M″ v ゛)/ ̄)

凸/Σ▽乃q ・ ・ p ̄Σ▽乃 ̄` /

\   /(  ゛)\    厂 ̄偶

BW公開教室・まぐまぐプレミアム読者のみなさんへ)

   http://hiroshihayashi4.ninja-web.net/

 

 ==============================

 子育て最前線の育児論byはやし浩司     12月  10日号

 ================================  

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━­­­­­――――――――――――――

★★★★★★★★★★HTML版★★★★★★★★★★★

マガジンを、カラー版でお楽しみください。(↓)をクリック!

 
http://bwhayashi2.fc2web.com/page025.html

★メルマガ(6万3000誌)の中で、2008年度、メルマガ・オブ・ザ・イヤーに

選ばれました!

★2009年、2010年、連続、カテゴリー部門・人気NO.1に選ばれました。

 
【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
 
休みます。
 
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
 

【私たちは生かされている】

 

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

 

この2日間、古代ギリシアについて考えた。

楽しかった。

アテネから、それほど深く考えず、ナスカに向かって、1本の直線を描いた。

その直線は、真一文字に、ナスカ平原にある直線と重なった。

久しぶりに、ぞっとした。

 

そこでもう一度、ナスカの地上絵について調べてみた。

いくつか驚くべき事実を発見した。

 

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

 

118 Lines in Nazca ナスカの直線の謎とその答byはやし浩司】

 


 

http://youtu.be/cBDCxsZO2tg

 

ナスカの直線は、何を意味するか。

その答を、このビデオの中で紹介します。

大切なことは、自分の目で直接確かめることです。

自分で納得し、自分で結論を出すことです。

ナスカの直線は、明らかに宇宙を自由に飛びまわることができた人によって、描かれたものです。

その証明を、証拠とともに、ここでします。

 

なおティワナコ遺跡で、酒船石、益田の岩船そっくりの石を見つけました。

驚きました。

これはおまけです。

重要なことは、地球を、宇宙的視野で見直すことです。

 

私の説がおかしいと思う人は、どうかこのビデオを見て、自分で判断してください。

繰り返します。

自分で判断することです。

 

はやし浩司

 

here in this video I'd like to explain about the facts (not mysteries anymore) again, saying that lines in Nazca were drawn by aliens who could fly in the space.

Here is the answer to the mystery of line in Nazca.

 

Hiroshi Hayashi

Hamamatsu-city

Japan

 

Dec., 09th 2012

 

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

 

○インコのピッピ

 

 ぼたんインコのピッピは、頭がよい。

驚くほど、頭がよい。

舌を巻く。

 

が、頭がよい分だけ、扱い方がむずかし。

ときどきカゴから出してやる。

部屋の中で、自由に遊ばせる。

が、カゴに戻すのが、たいへん。

食べ物や菓子で、何とかだまして、つかまえる。

しかし同じ方法は、2~3度しか、使えない。

 

 で、今は、私の書斎へ連れて行く。

しばらくそこで遊ばせたあと、電気を消す。

その瞬間に、ピッピをつかまえる。

が、この方法でも、このところ、つかまえるのが、むずかしくなってきた。

ピッピのほうが、私の行動を先に読む。

その雰囲気を察すると、私に近づかなくなる。

 

○世話係

 

 が、実際に、ピッピの世話をしているのは、私。

たった今も、カゴを掃除した。

それが終わると、ヒーターの調整。

ヒーターは2つ、つけてある。

万が一、夜中に電気が切れたりすると、ピッピは、凍死してしまう。

電源も、別々のところから引いてある。

これも万が一のため。

 

 ぼたんインコは、寒さに弱い。

適温が何度かは知らない。

が、それについては、ピッピのほうで判断してくれる。

寒さがきびしいときは、ヒーターの上の止まり木の上で眠る。

そうでないときは、別の場所で眠る。

どうであるにせよ、今のところ、うまくいっている。

 

○嫌われ役

 

 しかし……だ。

ここが割の合わないところ。

家族の中で、私がいちばん、嫌われている。

ピッピをカゴから出すのも、私の役目。

少しは好かれてもよいとは思う。

が、つかまえるときに、嫌われる。

とくに、私の手を嫌う。

私の手を見ると、猛烈にダッシュしてきて、攻撃をしかけてくる。

 

 ……私はそれを見ながら、ワイフにこう言った。

 

「人間も、ピッピも同じだな」と。

 

○ジグソー・パズル

 

 この8月から、『古代文明を結ぶ、謎の点と線』について、調べてきた。

昨日は、「ギリシアの謎」について、調べた。

結果、古代ギリシア人は、エイリアンだった。

……というようなことがわかった。

 

 証拠は、ナスカ平原に残されていた。

アテネからの直線が、グランド・クロスあたりのところで、寸部の狂いもなく、1本の直線と重なった。

(詳しくは、ビデオ117を見てほしい。)

 

 が、このところ「謎の点と線」を調べるのが、こわくなってきた。

私が調べようとするまでもなく、答は、向こうからやってくる。

よく「ジグソー・パズルのよう」と、私は言う。

最初から、答は用意されている。

私がすることといえば、チップを手にし、それがどこに当てはまるか考えるだけ。

そのつど、ピタリ、ピタリと、チップが、当てはまっていく。

謎が解けていく。

 

○こわさ

 

 が、私が(こわさ)を感ずるのは、それが理由ではない。

私が感ずる(こわさ)というのは、もっと別のところにある。

たとえば釈迦にせよ、キリストにせよ、またムハンマドにせよ、明らかにその向こうに、異星人の影を感ずる。

昨日調べた、古代ギリシアにしてもそうだ。

直接的には、ナスカ、さらに同じ直線で、西安と、つながっている。

古代ギリシアと西安(仰韶文明)は、ほぼ同時に繁栄し、そして滅亡した。

 

 が、それは同時に、異星人の力にも限界があることを意味する。

釈迦やキリスト、イスラム教のもつ力の限界と言ってもよい。

「万能の神」とは言う。

しかしけっして、万能ではない。

そればかりか、異星人の活動は、そのつど変化している。

右往左往している。

一貫性がない。

 

○奴隷

 

 一時、異星人は、人間を奴隷のように考えていた。

エドフ神殿に残る壁画などを見ると、それがわかる。

で、彼らは、人間に絶対的な服従を求めた。

彼らにしてみれば、私たち人間は、山の中に住むサルのようなものだった。

少なくとも、それくらいの(差)はあった。

 

 が、そのうち、人間のほうが勝手気ままな行動を繰り返すようになった。

そこで異星人は、人間の扱いに、手を焼くようになった。

各地で、核兵器を使ったこともある。

 

 そこで異星人は、釈迦、キリスト、ムハンマドを、この地球で誕生させた。

が、ここで誤解してはいけないことがある。

仏教、キリスト教、それにイスラム教を広めたのは、釈迦自身ではない。

キリストでもない。

ムハンマドでもない。

つまり異星人である。

私はこれを「別働隊」と呼ぶ。

「別動隊」でもよい。

 

 その証拠は、各地に残っている。

たとえば釈迦について言えば、フィルザバードや、西アジア・クロスポイント※に残るミステリーサークルに、その証拠が残っている。

釈迦の生誕地である、ルンビニを、正確に示すラインが残っている。

 

 これらの線が、釈迦の活動期に引かれたものなのかどうか。

あるいは釈迦の滅後に引かれたものかどうか。

それは、わからない。

ともかくも、釈迦自身が引いたものではない。

それだけは確かである。

 

※(ギザから、北極に対して60度の線)と、(モヘンジョダロと北極をつないだ線)の交点。

ここにミステリーサークルがあることは、私が発見した。

 

○バカ論

 

 たとえばこんなことを考える。

サルならサルでよい。

 

 サルから見たら、私たち人間は、どう見えるか、と。

で、ひとつだけ確かなことは、サルは、自分たちがバカとは思っていないということ。

対等と思っているはず。

バカかどうかは、自分がより賢くなってからわかること。

つまりバカからは、賢い人がわからない。

賢い人からは、バカがわかる。

 

 同じように、サルはサル。

ひょっとしたら、自分たちのほうが、人間よりすぐれていると思っているかもしれない。

ときどき山の中で出会うあのサルたちにしても、みな、ふてぶてしい顔をしている。

が、同時にそれは、私たち人間の姿でもある。

私たち人間は、異星人といっても、そうはちがわないはずと考えている。

が、本当にそうか?

そう考えてよいか?

 

○殺すのも、彼らの自由

 

 が、私が感ずる(こわさ)の根は、もっと深い。

つまりこれらのことを総合すると、こういうことになる。

 

 私たちは生かされている、と。

 

 裏からこの事実を読むと、こうなる。

人間の命運は、彼らが握っている。

彼らの手の中にある。

生かすのも彼らの自由なら、殺すのも、彼らの自由。 

 

 ……異星人とて、けっして万能ではない。

限界がある。

その一例が、古代ギリシア文明である。

異星人が総力をあげ、古代ギリシアを統治した。

が、その古代ギリシアは、簡単ではないにせよ、やがて滅びる。

 

 仏教にせよ、キリスト教にせよ、またイスラム教にせよ、そこには限界がある。

その限界を知ることは、恐怖以外の何ものでもない。

 

○2種類の知的生物

 

 ここで私は「人間を殺すのも、彼らの自由」と書いた。

逆説的に考えてみよう。

こういうことになる。

 

 もし彼らに人間を生かす意思があるなら、彼らはそこにいるはず。

私にとって、目に見える形で、そこにいるはず。

が、そこにいない。

理由は、簡単。

彼らは、こう判断している。

「人間とは、共存できない」と。

 

 あのホーキング博士も、こう断言している。

「ひとつの惑星で、2種類の知的生物は共存できない」と。

 

 民族や宗教がちがっただけでも、人間はたがいに殺しあう。

政治がちがっても、国がちがっても、殺しあう。

いわんや、DNAが基本的にちがえば、その殺しあいは、壮絶なものになるにちがいない。

たがいに相手を、抹殺するまでつづける。

 

 このことがわからなければ、反対に自分に問うてみたらよい。

もしそこに昆虫人間がいたら、あなたはどうするか、と。

 

○不気味な沈黙

 

 UFOの目撃例は多い。

ときどき連絡が届く。

そういった話を聞くと、励まされる。

 

 が、UFOに乗っているはずの知的生物との接触(コンタクト)は、驚くほど、少ない。

中に、「私はコンタクトしました」と言う人がいるには、いる。

が、それはどうか?

私は信じない。

というか、異星人たちは、意外と心が狭い。

それに権威主義。

上下意識が、きわめて強い。

俗な言い方をすれば、異星人は、そこらの人間など、相手にしない。

相手にしても、意味がない。

相手にすれば、かえってこの人間社会を混乱させてしまう。

 

相手にするとしたら、その国の王か大統領。

あるいはそれ以上のレベルの人。

 

 異星人の限界を知った今、これについては、私はほぼ確信している。

「そこらの人間など、相手にしない」と。

 

 で、今、異星人たちは、人間に対して不気味な沈黙を守っている。

 

○異星人の視点

 

 視点を、異星人の中に置いてみよう。

その視点で、ものを考えてみよう。

すると、こんなことがわかってくる。

つまり異星人は、今、こんな判断に迫られている。

 

 「人間を生かすべきか、抹殺すべきか」と。

 

 このまま生かしておけば、自分たち(=異星人)の生存すら、危うくなる。

人間は核兵器すら、もっている。

一方、人間には、愛すべき面も、多い。

悪人ばかりではない。

基本的には、人間は善人。

だからこそ、人間は、20万年という年月を生き延びることができた。

「20万年」という数字が、その証拠ということになる。

もし悪人なら、とっくの昔に、自然淘汰されていた。

絶滅していた。

 

○選択

 

 が、それでも異星人は、選択に迫られている。

究極の選択。

理由は、簡単。

人間は、今まさに、宇宙へ飛び出そうとしている。

言うなれば、異星人が住む領域を、侵犯しようとしている。

月なら月でもよい。

どことは断言できないが、彼らの(領域)は、すでに人間の手の届く範囲に入ってきている。

異星人は、それを警戒している。

 

○抹殺

 

 抹殺ということは、抹殺。

ひとり残らず。

 

 ……ここから先は、SF小説風になる。

(すでにSF小説風だが……。)

 

 それについても、異星人の視点の中に自分を置いてみると、よくわかる。

人間といっても、たったの1種類。

この地球には、数百万種類の生物が住んでいる。

が、その生物全体が、たった1種類の生物によって、絶滅しようとしている。

異星人にしてみれば、人間を救わねばならない理由など、どこにもない。

むしろことこの地球に関して言うなら、人間などいないほうが、ずっと快適。

世界中が、そのまま彼らの楽園となる。

 

 つまりオール、オア、ナッシング(All or Nothing)

一部を生かすという方法もないわけではない。

しかし私には、彼らの声が聞こえる。

彼らは、こう言っている。

 

「人間には、もうコリゴリ」と。

「ウンザリ」でもよい。

 

 私たちはそのつど、異星人の(やさしさ)を、裏切ってきた。

仏や神の意図と、言い換えてもよい。

 

○ユダヤ教

 

 話はぐんと現実的になる。

 

 私はあのドイツ人による、ユダヤ人虐殺を知ったとき、こう思った。

遠い昔のこと。

たぶん、学生時代のころだったと思う。

「どうして神は、ユダヤ人を助けなかったのか」と。

 

 キリスト教にしても、そのベースは、ユダヤ教である。

ユダヤ人のユダヤ教。

もしそこに神がいるなら、神は、まっ先に、ユダヤ人を救ったはず。

罪もない子どもたちを、まっ先に救ったはず。

 

 しかし神は、彼らを、少なくとも物理的には救わなかった。

が、それについても、最近は、こう思う。

「異星人なら、救わないだろうな」と。

 

 異星人にしてみれば、救わないことによる利益よりも、救うことによる利益のほうが、はるかに多い。

「コリゴリ」「ウンザリ」という言葉の中には、そういう意味も含まれる。

 

 理由のひとつとして、感情の問題がある。

 

○感情

 

 古代ギリシアの彫刻を見る。

絵画を見る。

とくに彫刻。

共通しているのは、完成された人間。

男にしても、女にしても、それはまさに神々の像。

もちろん彫刻そのものも、すばらしい。

まるで実物を、コンピュータ・カッティングしたかのようでもある。

現在の今でも、大理石を、あそこまで彫刻できる人は、まず、いない。

(粘土をくっつけながら像を作るのとは、訳がちがう!)

 

 が、もうひとつ共通点がある。

それが感情の喪失。

どの像を見ても、感情を、押し殺してしまっている。

無表情とは言わないが、それに近い。

喜怒哀楽という情を、表情として表現している像は、私が知るかぎり、ない。

あるいは少ない?

が、それはまさに、神々の「心」ということになる。

 

 異星人たちは、人間がふつうにもっている感情を、「悪」と考えていたのかもしれない。

そのことは、最近の脳科学の世界でも、証明されつつある。

今では、「感情、脳内ホルモン説」が、主流になってきている。

私たちがもつ感情というのは、脳内ホルモンの作用によるものという説である。

少し飛躍するかもしれないが、そういう点では、欲望と同じ。

欲望も、脳内ホルモンの作用によって生ずる。

 

 むき出しの欲望を嫌う。

同時にむき出しの感情を嫌う。

一理、ある。

 

 それが理由というわけではない。

が、仏教にせよ、キリスト教にせよ、イスラム教にせよ、私たち人間からみると、恐ろしく冷たい。

(心内部の温もりのことを書いているのではない。誤解のないように。)

先月も、高野山の金剛峰寺を参詣してきた。

あの金剛峰寺にしても、厳粛。

おごそか。

粛々。

静か。

 

 その表象されたものが、仏像ということになる。

が、それはそのまま異星人の(心)と考えてよい。

彼らは、けっして情には流されない。

 

 ……目の前で、1000万人単位の人たちが虐殺されても、冷静。

悲しむ前に、彼らは人間の愚行にあきれる。

それが理由だったかもしれない。

 

 「異星人なら救わないだろうな」と思うようになった理由は、そこにある。

 

○悲観論

 

 さて、今ごろ。

異星人たちは、どんな目で、私たち人間を見ているのだろうか。

好意的に見ているのだろうか。

それともそうではないのだろうか。

 

 が、「謎の点と線」を考えるようになって以来、私は、残念ながら悲観的になりつつある。

異星人は異星人なりに、それなりの努力はしてきた。

しかしそうした努力、つまり善意を、そのつど粉々に破壊してきたのは、ほかならぬ、人間の私たち。

この先の未来にしても、そうだ。

今ですら、人間は、彼らにしてみれば、手に負えなくなってきている。

頭がよい分だけ、扱い方もむずかしい。

かといって、人間が彼らの奴隷になることも、ありえない。

が、最大の問題は、人口。

人間は、数が多い。

湿った家に生えるカビのような存在。

それが世界中に、はびこるようになった。

 

 私が異星人なら、「抹殺」を考えるかもしれない。

この先、たとえば月の領有権を争って、戦争を始めるようになるかもしれない。

火星や金星でも、同じようなことが起こる。

 

 それを考えるなら、「抹殺」を考える。

考えて当然。

 

YOUTUBE ALL

 

 では、どう考えたらよいか。

それがこのエッセーの目的でもある。

 

 私が「謎の点と線」で主張したいのは、ただひとつ。

「心を開き、そこにある事実を受け入れろ」。

たとえば数日前、邪馬台国の謎を解いた。

どう解いたかは、どうかビデオのほうを見てほしい。


から、「YOUTUBE All」を見てもらえばわかる。

 

 学者の方には失礼かと思うが、地面にはいつくばって、重箱の底をほじくり返すような研究は、もうやめたらよい。

時間というか、研究予算の無駄。

その数パーセントでもよいから、自分たちの世界を、宇宙からながめてみたらよい。

邪馬台国にしても、その謎を私は、ほんの10分足らずで、解いた。

今回の古代ギリシアの謎にしても、そうだ。

謎を解くのに、10分もかかっていない。

アテネからの真直線が、ナスカにある1本の直線と、これまた真直線で重なった。

それが証拠。

古代ギリシア人は、エイリアンだった。

その証拠。

言い換えると、これ以上の証拠が、どこにある。

 

 で、さらに調べていくと、西安ともつながった。

時代的な考証していけば、古代ギリシアと西安(仰韶文明、あるいは長安)は、同時に栄え、同時に衰退したことがわかるはず。

称して、「宇宙考古学」。

「はやし浩司の宇宙考古学」。

 

 さらにナスカに残る線の上下関係を見れば、それぞれの遺跡の年代も、ちょうど地層を見るようにわかるはず。

 

 心を開き、事実を受け入れば、私たちはもう少し謙虚になるはず。

その謙虚さがあるかぎり、私たち人間にも未来は残る。

 

 最後に一言。

 

 我が家のぼたんインコのピッピにしても、もう少し謙虚になればよい。

本当にピッピの世話をしているのは、この私。

生かしているのは、この私。

その私にたいして、攻撃的になるのは、まさに自殺行為。

昔風に言えば、私が命の恩人。

が、悲しいかな、ピッピはバカだから、それがわからない。

 

 ……そう、人間は、仏や神に対して、けっして攻撃的になってはいけない。

異星人に対して、けっして攻撃的になってはいけない。

私たちは、明らかに生かされている。

それを忘れたとき、私たち人間は、抹殺される。

異星人は、私たち人間が思っているほど、甘くない。

 

これがこのエッセーの結論ということになる。

 

(はやし浩司 教育 林 浩司 林浩司 Hiroshi Hayashi 幼児教育 教育評論 幼児教育評論 はやし浩司 異星人 エイリアン論 古代ギリシア 古代ギリシアの謎 ナスカ ナスカ平原 ナスカ平原の謎 謎の地上絵 西安とアテネ)

 

 

Hiroshi Hayashi+++++++Dec.2012++++++はやし浩司・林浩司

 
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
 
休みます。
 
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 はやし浩司のホームページ http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
***********************************
 
このマガジンがお役にたてそうな人が、あなたのまわりにいませんか?
よろしかったら、どうか、このマガジンのことを、お友だちの方に
話していただけませんか?
 
よろしくお願いします。              はやし浩司
***********************************
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■  
まぐまぐプレミア版(有料版)のお申し込みは……
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/page141.html
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■                      
.   *※※
※※  ***
.*※※…※**   
. **++ ))
. {※※ /
.  /mQQQm
.**/| |Q   Q  Bye
.  = | QQ   QQ   
.       m\  /m~= 
.        ~~~\\//
=================================
.みなさん、次号で、またお会いしましょう!
=================================

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。