2010年6月12日土曜日

*Questions from Parents

【H幼稚園のみなさんからの、質問に答えて】

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H幼稚園での講演に先立ち、父母のみなさんから、
質問をいただきました。

それについて、考えてみます。

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【1】講演会の中で説明があると思いますが、なぜ法学科を卒業し、その道に進まず
 幼児教育評論家になったのか。肩書きが非常に多いのですが、それぞれへの道を
 たどっていったきっかけをお聞きしたいです。

【2】男の子3人兄弟の三男ですが、気に入らないことがあるとたたいてきます。
 たたくことは良くない事だよと言い聞かせても、私(母)が大げさに「痛いよ~。」
と泣きまねをしても、たたくことをやめません。どのように対応したらよいですか?

【3】兄弟の子育てについて。

【4】習い事(ピアノや水泳など)は本人の意思で始めた方が良いでしょうか?

【5】主人が育児に協力してくれません。食事も共にすることがほとんどありません。
 父親が子育てに関心を持つのは、どんな時ですか?

【6】子育てで、一番大事だと思われることをずばり一言で教えて下さい。

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【1】講演会の中で説明があると思いますが、なぜ法学科を卒業し、その道に進まず
 幼児教育評論家になったのか。肩書きが非常に多いのですが、それぞれへの道を
 たどっていったきっかけをお聞きしたいです。

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【はやし浩司より】

 これについては、今回の講演の中で、じっくりと話させていただきます。

【2】男の子3人兄弟の三男ですが、気に入らないことがあるとたたいてきます。
 たたくことは良くない事だよと言い聞かせても、私(母)が大げさに「痛いよ~。」
と泣きまねをしても、たたくことをやめません。どのように対応したらよいですか?

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●子どもの欲求不満

 欲求不満に対する、子どもの反応は、一般的には次の三つに分けて考える。

 (1)攻撃、暴力タイプ……欲求不満やストレスが日常的にたまると、子どもは攻撃的になる。突発的にカッとなることが多く、弟を逆さづりにして、頭から落とした子ども(年長男児)がいた。そしてその攻撃性は、表に出るタイプ(喧嘩する。乱暴になる)と、裏に隠れるタイプ(いじめ、動物への虐待)に分けて考える。

 (2)退行、依存タイプ……理由もなく、ぐずったり、赤ちゃんぽくなる(退行)。あるいはネチネチと甘える(依存性)。優柔不断になることもある。このタイプの子どもは、いわゆる「ぐずな子ども」という印象を与える。

 (3)固着、執着タイプ……いつまでも同じことにこだわったり、あるいは特定のもの(毛布の切れ端、ボタン、古い雑誌、おもちゃ)に執着する。情緒的な不安定さを解消するための、代償的行為(心を償うためにする代わりの行為)と理解するとわかりやすい。オナニー、髪いじり、指しゃぶり、爪かみも同じように考える。

 子どもがこうした症状を見せたら、まず愛情問題を疑ってみる。親や家族への絶対的な安心感がゆらいでいないか。親の愛に疑問を抱いていないか。あるいは下の子どもが生まれたことなどで、その子どもへの愛が減っていないか、など。ここで「絶対的」というのは、「疑いを抱かない」という意味。はげしい家庭内騒動、夫婦不仲、日常的な不安感、無理な学習、きびしいしつけなどが原因となることもある。

よく誤解されるが、子どもにとって愛情というのは、落差の問題。たとえば下の子どもが生まれると、上の子どもが赤ちゃんがえりを起こすことがある。そういうとき親は、「上の子も下の子も、平等にかわいがっています」と言うが、上の子にしてみれば、今まで一〇〇の愛情を受けていたのが、五〇に減ったことが、不満なのだ。特に嫉妬に関する問題は、慎重に扱うこと。これは幼児指導の大原則。

 こうした欲求不満が原因で、情緒が不安定になったら、スキンシップをふやし、子どもの心を安心させることに心がける。叱ったり説教しても意味がない。脳の機能そのものが、変調しているとみる。また似たような症状に、「かんしゃく発作」がある。乳幼児の抵抗的な行動(突発的なはげしい怒り)をいう。

たいていはささいな刺激が引き金となって、爆発的に起きる。デパートなどで、ギャーギャーと泣き叫ぶのが一例。原因の第一は、家庭教育の失敗とみる。ただし年齢によって、症状が違う。一歳前後は、ダダをこねる、ぐずる、手足をバタバタさせるなど。一歳半を過ぎると、大声で泣き叫び、その時間が長くなる。満二歳前後では、言葉による抵抗、拒絶が目立つようになる。自分の体をわざと傷つけることもある。こうしたかんしゃく発作が見られたら、家庭教育のあり方そのものを反省する。権威主義的(押しつけ)な子育てや、強圧的(ガミガミ)な子育てになっていないかなど。「わがまま」と決めつけて、叱っても意味がない。あるいは叱れば叱るほど、逆効果。あとは欲求不満に準じて、対処する。
 
【はやし浩司より】

 根底に欲求不満があるのでは? そのあたりから疑って考えてみてはどうでしょうか。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【3】兄弟の子育てについて。

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【はやし浩司より】

 テーマが、ばくぜんとしすぎていて、お答えできません。ごめんなさい。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【4】習い事(ピアノや水泳など)は本人の意思で始めた方が良いでしょうか?

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●子どもの一芸論

 Sさん(中一)もT君(小三)も、勉強はまったくダメだったが、Sさんは、手芸で、T君は、スケートで、それぞれ、自分を光らせていた。中に「勉強、一本!」という子どももいるが、このタイプの子どもは、一度勉強でつまずくと、あとは坂をころげ落ちるように、成績がさがる。そういうときのため、……というだけではないが、子どもには一芸をもたせる。この一芸が、子どもを側面から支える。あるいはその一芸が、その子どもの身を立てることもある。

 M君は高校へ入るころから、不登校を繰り返し、やがて学校へはほとんど行かなくなってしまった。そしてその間、時間をつぶすため、近くの公園でゴルフばかりしていた。が、一〇年後。ひょっこり私の家にやってきて、こう言って私を驚かせた。「先生、ぼくのほうが先生より、お金を稼いでいるよね」と。彼はゴルフのプロコーチになっていた。

 この一芸は作るものではなく、見つけるもの。親が無理に作ろうとしても、たいてい失敗する。Eさん(二歳児)は、風呂に入っても、平気でお湯の中にもぐって遊んでいた。そこで母親が、「水泳の才能があるのでは」と思い、水泳教室へ入れてみた。案の定、Eさんは水泳ですぐれた才能を見せ、中学二年のときには、全国大会に出場するまでに成長した。S君(年長児)もそうだ。

父親が新車を買ったときのこと。S君は車のスイッチに興味をもち、「これは何だ、これは何だ」と。そこで母親から私に相談があったので、私はS君にパソコンを買ってあげることを勧めた。パソコンはスイッチのかたまりのようなものだ。その後S君は、小学三年生のころには、ベーシック言語を、中学一年生のころには、C言語をマスターするまでになった。

 この一芸。親は聖域と考えること。よく「成績がさがったから、(好きな)サッカーをやめさせる」と言う親がいる。しかし実際には、サッカーをやめさせればやめさせたで、成績は、もっとさがる。一芸というのは、そういうもの。

ただし、テレビゲームがうまいとか、カードをたくさん集めているというのは、一芸ではない。ここでいう一芸というのは、集団の中で光り、かつ未来に向かって創造的なものをいう。「創造的なもの」というのは、努力によって、技や内容が磨かれるものという意味である。そしてここが大切だが、子どもの中に一芸を見つけたら、時間とお金をたっぷりとかける。そういう思いっきりのよさが、子どもの一芸を伸ばす。「誰が見ても、この分野に関しては、あいつしかいない」という状態にする。子どもの立場で言うなら、「これだけは絶対に人に負けない」という状態にする。

 一芸、つまり才能と言いかえてもいいが、その一芸を見つけるのは、乳幼児期から四、五歳ごろまでが勝負。この時期、子どもがどんなことに興味をもち、どんなことをするかを静かに観察する。一見、くだらないことのように見えることでも、その中に、すばらしい才能が隠されていることもある。それを判断するのも、家庭教育の大切な役目の一つである。  


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【はやし浩司より】

 これからはプロが生き残る時代です。そういうことを考えて、オールマイティな人間ではなく、一芸に秀でた子どもをめざすとよいですよ。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【5】主人が育児に協力してくれません。食事も共にすることがほとんどありません。
 父親が子育てに関心を持つのは、どんな時ですか?

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【父親論】

 父親の役割は、二つ、ある。(1)母子関係の是正と、(2)行動の限界設定である。これは私の意見というより、子育ての常識。

●母子関係の是正

 母親と子どもの関係は、絶対的なものである。それについては、何度も書いてきた。

 しかし父親と子どもの関係は、「精液一しずくの関係」にすぎない。もともと母子関係と、父子関係は平等ではない。

 その子ども(人間)のもつ、「基本的信頼関係」は、母子の間で、はぐくまれる。父子の間ではない。そういう意味で、子育ての初期の段階では、子どもにとっては、母親の存在は絶対的なものである。この時期、母親が何らかの理由で不在状態になると、子どもには、決定的とも言えるほど、重大な影響を与える。情緒、精神面のみならず、子どもの生命にも影響を与えることさえある。

 内乱や戦争などで、乳児院に預けられた赤ちゃんの死亡率が、きわめて高いということは、以前から指摘されている。

 では、父親の役割は、何か。

 父親の役割は、実は、こうした母子関係を調整することにある。母子関係は、ここにも書いたように、絶対的なものである。しかしその「絶対性」に溺れてしまうと、今度は、逆に、子どもにさまざまな弊害が生まれてくる。マザーコンプレックスが、その一つである。

 一般論から言うと、父親不在の家庭で育った子どもほど、母親を絶対視するあまり、マザーコンプレックス、俗にいう、マザコンになりやすい。40歳を過ぎても、50歳をすぎても、「ママ」「ママ」と言う。

 ある男性は、会社などで昇進や昇給があると、妻に話す前に、母親に電話をして、それを報告していたという。また別の男性(50歳)は、せとものの卸し業を営んでいたが、収入は一度、妻ではなく、すべて母親(80歳)に手渡していたという。

 また、ある男性(53歳)は、「母の手一つで育てられました」と、いつも人に話している。一度講演会で、涙声で、母に対する恩を語っているのを聞いたことがある。

 その男性は、その母と、自分の妻が家庭内で対立したとき、離婚という形で、妻を追いだしたと聞いている。しかし自分の中の、マザコン性には、気づいていないようだ。

 常識で考えれば、おかしな関係だが、マザコンタイプの人には、それがわからない。そうすることが、子どもの務めと考えている。

 そしてマザコンタイプの子どもの特徴は、自分のマザコン性を正当化するために、母親をことさら、美化すること。「私の母は偉大でした」と。そしてあげくの果てには、「産んでいただきました」「育てていただきました」「女手一つで、育てていただきました」と言いだす。

 マザコンタイプの男性は、(圧倒的に男性が多いが、女性でも、少なくない)、親の悪口や、批判を許さない。少し批判しただけで、猛烈に反発する。依存性が強い分だけ、どこかのカルト教団の信者のような反応を示す。(もともとカルト教団の信者の心理状態は、マザコンタイプの子どもの心理と、共通している。徹底した隷属性と、徹底した偶像化。妄信的に、その価値を信じこむ。)

 そこで父親の登場!

 こうした母子関係を、父親は、調整する。もっとわかりやすく言えば、母子関係の絶対性に、クサビを入れていく。

 ここに母子関係と、父子関係の基本的なちがいが、ある。つまり母子関係は、子どもの成長とともに、解消されねばならない。一方、父子関係は、子どもの成長とともに、つくりあげていかねばならない。つまり、それが父親の役割ということになる。

 ……という話は、子育ての世界では、常識なのだが、しかし問題は、父親自身が、マザコンタイプであるとき。

 こういうケースでは、父親自身が、父親の役割を、見失ってしまう。いつまでも母親にベタベタと甘える自分の子どもをみながら、それをよしとしてしまう。そしてなお悪いことに、それを代々と繰りかえしてしまう。

 問題は、そうした異常性に、母親や父親が、いつ、どのような形で、気づくかということ。

 しかしこの問題は、脳のCPU(中央演算装置)の問題であるだけに、特別な事情がないかぎり、それに気づく母親や父親は、まずいない。(この原稿を読んだ方は、気づくと思うが……。)

 そこで一つの方法として、私がここに書いたことを念頭に入れて、あなたの周囲の人たちを、見回してみてほしい。よく知っている親類の人とか、友人がよい。このタイプの人が、何人かは、必ずいるはずである。(あるいは、ひょっとしたら、あなたや、あなたの夫がそうであるかもしれない。)

 そういう人たちを比較しながら、自分の姿をさぐってみる。たとえば父親不在の家庭で育った子どもほど、マザコン性をもちやすい。そういうことを手がかりに、自分の姿をさぐってみる。
 
●行動の限界設定

 もう一つ、父親の大きな役割は、子どもの行動に、限界を設定すること。わかりやすく言えば、行動規範を示し、いかに生きるべきか、その道徳的、倫理的規範を示すこと。さらにわかりやすく言えば、「しつけ」をすること。

 しかし、これはむずかしいことではない。

 こうした基本的なしつけは、ごく日常的な、ごく基本的なことから始まる。そして、ここが重要だが、すべてはそれで始まり、それで終わる。

 ウソをつかない。
 人と誠実に接する。
 約束やルールは守る。
 自分に正直に生きる。

 さらに一歩進んで……

 家族は大切にする。
 家族は守りあう。
 家族は教えあう。
 家族はいたわり、励ましあう。

 さらに一歩進んで……

 自分の生きザマをつらぬく。
 
 こうした生きザマを、ごくふつうの家庭人として、ごくふつうの生活の中で、見せていく。見せるだけでは足りない。しみこませておく。そしてそれに子どもが反したような行動をしたとき、父親は、それに制限を加えていく。

 こうした日々の生きザマが、週となり、月となり、そして年となったとき、その子どもの人格となる。

 その基礎をつくっていくのが、父親の役目ということになる。

 一見簡単そうに見えるが、簡単でないことは、父親ならだれしも知っている。こうした父親像というのは、代々、受けつがれるもの。その父親が作るものではないからである。

 そういう意味で父親から受ける影響は、無視できない。たとえばこんなことがある。

 私には、三人の息子がいる。年齢は、それぞれ、ちょうど三年ずつ、離れている。

 そういう三人の息子を比較すると、それぞれが、私のある時期の「私」を、忠実に受けついでいるのがわかる。(もちろん息子たち自身は、そうは思っていないが……。)

 一番特徴的なのは、それぞれの息子たちが、年長児から小学二、三年生にかけて私が熱中した趣味を、受け継いでいるということ。

 長男がそのころには、私は、模型飛行機やエアーガン、その種のものばかりで遊んでいた。だから、長男は、こまかいものを、コツコツと作るのが趣味になってしまった。

 二男のときは、パソコン。三男のときは、山荘作り。今、それぞれが、その流れをくむ趣味をもっている。父親が子どもに与える影響というのは、そういうものと考えてよい。みながみな、そうということでもないだろうが、大きな影響を与えるのは、事実のようだ。

 まあ、もしあなたがあなたの子どもを、よい人間に育てたいと思っているなら、(当然だが……)、まず、自分の身のまわりの、ごく簡単なことから、身を律したらよい。「あとで……」とか、「明日から……」というのではない。今、この瞬間から、すぐに、である。

 この瞬間からすぐに、

 ウソをつかない。
 人と誠実に接する。
 約束やルールは守る。
 自分に正直に生きる。

 たったこれだけのことだが、何年かたって、あるいは何十年かたって、今のこの時を振りかえってみると、この時が、子育ての大きな転機になっていたことを知るはず。

 ただし……。私は生まれが生まれだから、こういうことは、あえて努力しないと、できない。ふと油断すると、ウソをついたり、自分を偽ったりする。へつらったり、相手の機嫌をとったりする。そういう自分から早く決別したいと思うが、それが、なかなかむずかしい。

 がんばろう! がんばりましょう! 父親の役割というのは、そういうもの。

【はやし浩司より】

 ここにあげた文章を読んでいただければ、(お父さんに、です)、少しは考え方を改めてもらえるのではないかと思います。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【6】子育てで、一番大事だと思われることをずばり一言で教えて下さい。

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●子どもをよい子にしたいとき 

●どうすれば、うちの子は、いい子になるの?

 「どうすれば、うちの子どもを、いい子にすることができるのか。それを一口で言ってくれ。私は、そのとおりにするから」と言ってきた、強引な(?)父親がいた。「あんたの本を、何冊も読む時間など、ない」と。私はしばらく間をおいて、こう言った。「使うことです。使って使って、使いまくることです」と。

 そのとおり。子どもは使えば使うほど、よくなる。使うことで、子どもは生活力を身につける。自立心を養う。それだけではない。忍耐力や、さらに根性も、そこから生まれる。この忍耐力や根性が、やがて子どもを伸ばす原動力になる。

●一〇〇%スポイルされている日本の子ども?

 ところでこんなことを言ったアメリカ人の友人がいた。「日本の子どもたちは、一〇〇%、スポイルされている」と。わかりやすく言えば、「ドラ息子、ドラ娘だ」と言うのだ。

そこで私が、「君は、日本の子どものどんなところを見て、そう言うのか」と聞くと、彼は、こう教えてくれた。「ときどきホームステイをさせてやるのだが、食事のあと、食器を洗わない。片づけない。シャワーを浴びても、あわを洗い流さない。朝、起きても、ベッドをなおさない」などなど。つまり、「日本の子どもは何もしない」と。反対に夏休みの間、アメリカでホームステイをしてきた高校生が、こう言って驚いていた。「向こうでは、明らかにできそこないと思われるような高校生ですら、家事だけはしっかりと手伝っている」と。ちなみにドラ息子の症状としては、次のようなものがある。

●ドラ息子症候群

(1)ものの考え方が自己中心的。自分のことはするが他人のことはしない。他人は自分を喜ばせるためにいると考える。ゲームなどで負けたりすると、泣いたり怒ったりする。自分の思いどおりにならないと、不機嫌になる。あるいは自分より先に行くものを許さない。いつも自分が皆の中心にいないと、気がすまない。

(2)ものの考え方が退行的。約束やルールが守れない。目標を定めることができず、目標を定めても、それを達成することができない。あれこれ理由をつけては、目標を放棄してしまう。ほしいものにブレーキをかけることができない。生活習慣そのものがだらしなくなる。その場を楽しめばそれでよいという考え方が強くなり、享楽的かつ消費的な行動が多くなる。

(3)ものの考え方が無責任。他人に対して無礼、無作法になる。依存心が強い割には、自分勝手。わがままな割には、幼児性が残るなどのアンバランスさが目立つ。

(4)バランス感覚が消える。ものごとを静かに考えて、正しく判断し、その判断に従って行動することができない、など。

●原因は家庭教育に

 こうした症状は、早い子どもで、年中児の中ごろ(四・五歳)前後で表れてくる。しかし一度この時期にこういう症状が出てくると、それ以後、それをなおすのは容易ではない。ドラ息子、ドラ娘というのは、その子どもに問題があるというよりは、家庭のあり方そのものに原因があるからである。また私のようなものがそれを指摘したりすると、家庭のあり方を反省する前に、叱って子どもをなおそうとする。あるいは私に向かって、「内政干渉しないでほしい」とか言って、それをはねのけてしまう。あるいは言い方をまちがえると、家庭騒動の原因をつくってしまう。

●子どもは使えば使うほどよい子に

 日本の親は、子どもを使わない。本当に使わない。「子どもに楽な思いをさせるのが、親の愛だ」と誤解しているようなところがある。だから子どもにも生活感がない。「水はどこからくるか」と聞くと、年長児たちは「水道の蛇口」と答える。「ゴミはどうなるか」と聞くと、「どこかのおじさんが捨ててくれる」と。

あるいは「お母さんが病気になると、どんなことで困りますか」と聞くと、「お父さんがいるから、いい」と答えたりする。生活への耐性そのものがなくなることもある。友だちの家からタクシーで、あわてて帰ってきた子ども(小六女児)がいた。話を聞くと、「トイレが汚れていて、そこで用をたすことができなかったからだ」と。そういう子どもにしないためにも、子どもにはどんどん家事を分担させる。子どもが二~四歳のときが勝負で、それ以後になると、このしつけはできなくなる。

●いやなことをする力、それが忍耐力

 で、その忍耐力。よく「うちの子はサッカーだと、一日中しています。そういう力を勉強に向けてくれたらいいのですが……」と言う親がいる。しかしそういうのは忍耐力とは言わない。好きなことをしているだけ。幼児にとって、忍耐力というのは、「いやなことをする力」のことをいう。たとえば台所の生ゴミを始末できる。寒い日に隣の家へ、回覧板を届けることができる。風呂場の排水口にたまった毛玉を始末できる。そういうことができる力のことを、忍耐力という。

こんな子ども(年中女児)がいた。その子どもの家には、病気がちのおばあさんがいた。そのおばあさんのめんどうをみるのが、その女の子の役目だというのだ。その子どものお母さんは、こう話してくれた。「おばあさんが口から食べ物を吐き出すと、娘がタオルで、口をぬぐってくれるのです」と。こういう子どもは、学習面でも伸びる。なぜか。

●学習面でも伸びる

 もともと勉強にはある種の苦痛がともなう。漢字を覚えるにしても、計算ドリルをするにしても、大半の子どもにとっては、じっと座っていること自体が苦痛なのだ。その苦痛を乗り越える力が、ここでいう忍耐力だからである。反対に、その力がないと、(いやだ)→(しない)→(できない)→……の悪循環の中で、子どもは伸び悩む。

 ……こう書くと、決まって、こういう親が出てくる。「何をやらせればいいのですか」と。話を聞くと、「掃除は、掃除機でものの一〇分もあればすんでしまう。買物といっても、食材は、食材屋さんが毎日、届けてくれる。洗濯も今では全自動。料理のときも、キッチンの周囲でうろうろされると、かえってじゃま。テレビでも見ていてくれたほうがいい」と。

●家庭の緊張感に巻き込む

 子どもを使うということは、家庭の緊張感に巻き込むことをいう。親が寝そべってテレビを見ながら、「玄関の掃除をしなさい」は、ない。子どもを使うということは、親がキビキビと動き回り、子どももそれに合わせて、すべきことをすることをいう。たとえば……。
 あなた(親)が重い買い物袋をさげて、家の近くまでやってきた。そしてそれをあなたの子どもが見つけたとする。そのときさっと子どもが走ってきて、あなたを助ければ、それでよし。しかし知らぬ顔で、自分のしたいことをしているようであれば、家庭教育のあり方をかなり反省したほうがよい。

やらせることがないのではない。その気になればいくらでもある。食事が終わったら、食器を台所のシンクのところまで持ってこさせる。そこで洗わせる。フキンで拭かせる。さらに食器を食器棚へしまわせる、など。

 子どもを使うということは、ここに書いたように、家庭の緊張感に巻き込むことをいう。たとえば親が、何かのことで電話に出られないようなとき、子どものほうからサッと電話に出る。庭の草むしりをしていたら、やはり子どものほうからサッと手伝いにくる。そういう雰囲気で包むことをいう。何をどれだけさせればよいという問題ではない。要はそういう子どもにすること。それが、「いい子にする条件」ということになる。

●バランスのある生活を大切に

 ついでに……。子どもをドラ息子、ドラ娘にしないためには、次の点に注意する。(1)生活感のある生活に心がける。ふつうの寝起きをするだけでも、それにはある程度の苦労がともなうことをわからせる。あるいは子どもに「あなたが家事を手伝わなければ、家族のみんなが困るのだ」という意識をもたせる。(2)質素な生活を旨とし、子ども中心の生活を改める。(3)忍耐力をつけさせるため、家事の分担をさせる。(4)生活のルールを守らせる。(5)不自由であることが、生活の基本であることをわからせる。そしてここが重要だが、(6)バランスのある生活に心がける。

 ここでいう「バランスのある生活」というのは、きびしさと甘さが、ほどよく調和した生活をいう。ガミガミと子どもにきびしい反面、結局は子どもの言いなりになってしまうような甘い生活。あるいは極端にきびしい父親と、極端に甘い母親が、それぞれ子どもの接し方でチグハグになっている生活は、子どもにとっては、決して好ましい環境とは言えない。チグハグになればなるほど、子どもはバランス感覚をなくす。ものの考え方がかたよったり、極端になったりする。

子どもがドラ息子やドラ娘になればなったで、将来苦労するのは、結局は子ども自身。それを忘れてはならない。

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【はやし浩司より】

 以前、同じような質問をもらったときに書いた原稿です。参考にしていただければ、うれしいです。

++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司※

●頭のよい子ども

 現在、BW教室に、NG君という子どもがいる。まだ小学1年生である。

 私は今までに、数多くの、いわゆる「頭のよい子ども」を見てきた。小学4、5年生時に、中学3年生の勉強を終えてしまった子どもなど。しかしNG君は、その中でも、とくに秀でている。

 現在は、小学3年生のクラスで教えているが、実際には、小学4、5年生のクラスに入れてもよいと考えている。ただ、まだ小学1年生である。高学年のクラスは、夜になるので、体力に無理。……ということで、小学3年生のクラスで教えている。

 たとえばあなたなら、つぎの問題を、何分くらいで解けるだろうか。ちょっと、あなた自身の(算数力)を試してみてほしい。

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【問題】

 ABCAB x 9 = DDDDDD

 A、B、C、Dはすべて異なる数字である。A、B、C、Dは、それぞれ、いくつか?

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 問題の出典は、「頭がよくなる数学パズル」(逢沢明著、PHP文庫)。(類題、KY学院中等部)とある。つまりKY学院中等部の入試問題として、出された問題である。

 この程度の問題なら、NG君は、10分程度(あるいはそれ以下)で解いてしまう。彼が解いた、その解答用紙を、コピーして、ここに添付しておく。

 念のため申し添えるなら、私は、いっさいのヒントを与えていない。「やってみたら?」と声をかけたら、「やってみる」と言って、解き始めた。「まさか?」と思っていたが、「できたよ」と言ってもってきたので、見た。驚いた。

 現実にこういう子どもがいる。しかし今の日本の教育制度では、こういう子どもをさらに伸ばすシステムそのものがない。それを、「日本の損失」と言わずして、何という。

 YG君の解いた解答用紙は、
 http://bwhayashi.fc2web.com/page043.html#
頭のよい子ども
 に収録しておいた。
(05年10月14日記)
(はやし浩司 頭のよい子ども 頭のよい子供 天才 天才児 英才 英才教育)


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

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