2010年6月19日土曜日

*Memories of my Mother

【親子の確執】

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母が死んで、もうすぐ2年目になる。
2年前に書いた原稿を読み直しながら、
今、こうして母を偲ぶ。

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(2008年3月の原稿より)

●今朝・あれこれ(3月3日)(March 3rd)

My mother was carried to a hospital by ambulance car, since she lost consciousness in that morning. She received some medical checks but she recovered her consciousness around that time. And in the next day I sent her back to the Center. In the car with my mother, I thought a lot of things. My mother is me myself of 20 0r 30 years later.

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このところ母の容体が、よくない。
今年に入ってから、これで2回、
救急車で、病院へ運ばれた。
今朝は、朝食後、意識がなくなって
しまったという。

あわててかけつけると、母は、酸素
吸入器を口につけ、ハーハーと
あえいでいた。血圧は、90弱~70
前後。

母にしては、異常な低さである。
大声で声をかけると、意識はもどった。
つきそいの看護士の方が、「一時的
だといいですね」と言った。
母を見ていると胸が詰まった。

姉だけには連絡を……と思って
電話をかけたが、つぎの言葉が出て
こなかった。
「今朝まで、ちゃんと朝食をとって
いました」とのこと。
午後からはワイフに任せた。
私は自宅にもどった。

……この静けさは何か?
この穏やかで、やわらいだ気分は何か?
カーテンを見ると、白い光が、
木々の小枝の影を、くっきりと
映し出している。
その向こうで、隣の屋根瓦が、キラキラと
光っている。
風もない。
寒さも、やわらいだ。
ワイフからの連絡を待つ。
今の私には、それしか、することがない。
静かに、静かに、どこまでも、静かに。

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(3月5日)

幸い、母は、たいしたこともなく、
「様子見入院」だけですんだ。
で、病院に1泊して、翌日(=昨日)、センターに戻った。
帰りは、タクシー会社の、寝台つきバンだった。
そのバンの中で、いろいろ考えた。
センターでは、母は、(お荷物)に
なり始めているらしい。
今年に入って、寝たきりの状態がつづいている。
だからといって、センターの人を責めているのではない。
センターとしても、できることには限界がある。
それはわかる。
一方、病院側には、病院側の論理がある。
治療が目的。
「治る見込みのある患者を治すのが、病院の役目」。
どこかの医師も、そう言っていた。老人を預かる施設ではない。
とくに母のように、とくにどこかが悪いという
わけでもない老人は、患者ではない。
医師もこう言った。「何かあっても、延命措置は
取りません」「寿命ですから」と。
その日の午後には、心電図検査を予定して
いたが、私がキャンセルした。
私が「しても意味はないですね」と言うと、
医師も、すんなりと、「そうですね」と。
……私たちも、いつかは、母のようになる。
母のようになるのが、どうこうというのではない。
現在の母が置かれているのと、同じような、立場に置かれる。
そのとき、医師も含めて、周囲の人たちは、
私たちを、どう扱うか。
「いつ死んでも仕方ない」という扱い方をするだろう。
治療といっても、治療の方法すらない。
一方、たとえば病院に、1週間も入院していると、
センターのほうでは、母の居場所が末梢されてしまう。
そうでなくても、入居を待っている人は多い。
医師もこう言った。
「そうなったら、どこかのセンターに再入居する
しかないですね」と。
しかし今度は、そうは簡単にいかない。
再入居するのに、数か月待ちということになったら、
その間、母は、どこにいればよいのか。
「やはりセンターに戻してもらったほうがいい」という
ことで、母は、センターに戻してもらった。
老人介護、老人医療には、いろいろ問題があるようだ。
そんなことを帰りのバンの中で、考えた。
見た目には、スヤスヤと眠っている母を見ながら……。

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介護のコツは、介護のことを考えているときと、
そうでないときで、頭の切り替えを、しっかりと
すること。
仕事にもどったり、家庭にもどったりしたら、
介護のことは忘れる。母のことは、忘れる。
「死んだら、死んだとき」と。
なかなかむずかしいことかもしれないが、
そこまで割り切らないと、気苦労だけが倍加してしまう。
ものごとは、なるようにしかならない。
「なるようにしかならない」と自分に言い聞かせて、
心の中を、サッと洗う。
ところで、こんな話を聞いた。
参観に来ていた母親に、「親の介護もたいへんですよ」と、
私がふと漏らすと、その母親は、こう言った。
「私の夫なんかは、母(=夫の実の母親)を見舞ったことは、
めったにありませんよ」と。
その母(=夫の実の母親)というのは、入院して、2年になるという。
事故で頭をけがしてからというもの、認知症に
なってしまったという。
年齢を聞くと、その母(=夫の実の母親)は、まだ60歳とか。
私「若いのに……。60歳で、寝たきりですか……」
母「そうですね」
私「でも、また、どうして? どうして、2年も……?」
母「いろいろありましたから」と。
親子の間で、私には想像もつかないような確執があったらしい。
私「親子関係といっても、さまざまですからね」
母「そうですね」
私「……」と。

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それぞれの家庭には、それぞれの事情がある。
外からでは、ぜったいにわからない。
だからあなたがもっている(常識)だけで、
その家庭を判断してはいけない。
一方的な話だけを聞いて、判断するのも正しくない。
仏教の世界にも、「怨憎会苦(おんぞうえく)」という
言葉がある。
「憎い相手と会う苦しみ」という意味だが、
親子であっても、どこかで歯車が狂うと、そうなる。
親子であるがゆえに、その苦しみも大きい。
さらに兄弟、姉妹となると、憎しみ合っている人は、
ゴマンといる。
遺産問題、金銭問題がからんでくると、兄弟、姉妹でも、
それこそ、血みどろの争いになる。
そういう例も、これまたゴマンとある。
そういう相手と会う……それはまさに、「怨憎会苦」。
「四苦八苦」のひとつにもなっている。
では、どうするか?
そうしたトラブルから、いかにして自分を救出するか?
つまりは、相手が、サルかイヌに見えるまで、
自分を高めるしかない。
(言葉はキツイが、それくらいに思わないと、この問題は
解決しないので、そう書く。)
が、「サルだと思え」「イヌだと思え」と言っても、
それはむずかしい。
だから自分を高める。
芸術に親しみ、本を読み、教養のある人と話をする。
その結果として、相手が、サルかイヌに見えるまで、
自分を高める。
私のばあいも、同じような立場に立たされたことが、
何度か、ある。
そういうときは、心の中で、歌を歌っていた。
(一度は、思わず、口が動いてしまい、相手に
バレそうになってしまったこともあるが……。)
言いたい人には言わせておけばよい。
思いたい人には、思わせておけばよい。
相手は、サルはサル。イヌはイヌ。どうせその程度の人間。
人間と言うよりは、サルかイヌ。
あなたが相手にしなければならないような人ではない。
また「わからせよう」と思っても、ムダ。
それだけの知恵もない。頭もない。
あとは無視。適当につきあって、それですます。

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こんな例を、ワイフが話してくれた。
「2年どころか、10年間、一度も、実の母親を
見舞っていない人もいるわよ」と。
その人を、Z氏(50歳、男性)としておく。
実の母親というのは、10年前に認知症になり、
今年85歳になるという。
「どうして、そうなったの?」と聞くと、ワイフが、
こう話してくれた。
ワ「もとはと言えば、Z氏が、今の奥さんと結婚するため、
家を出たのが始まりみたい。
1人息子だったのね。
そこでZ氏の母親が、猛反対。『結婚して家を出るなら、
今までお前にかけた、養育費を全部、返せ!』という
ことになったのね。
一時は、裁判沙汰にまでなったそうよ。
で、親子の関係は、それで切れてしまったというわけ」
私「養育費を返せというのも、ふつうではないね」
ワ「でも、そういう親も、多いわよ。私の知っている
別の人(=男性)なんか、いまだに実の親に、『お前にかけた、
学費を全部、返せ」と言われているそうよ。額は、
3000万円だってエ!」
私「でも、そんなことを親のほうが言えば、親子関係は、
おしまいだよ」
ワ「そうね。親もそのつもりではないかしら。Z氏の
母親にしてもそうよ。つまり親のほうから、先に縁を
切ってきたというわけ。だから、それでおしまい」
私「Z氏が家を出たというのも、わかるような気がする。
そういう親だから、家にはいたくなかったんだろうね。
つまりそういうことをしそうな親だということが、Z氏には
わかっていたんだよ」
ワ「そう、Z氏が家を出たから、親子関係が切れたのではなく、
すでに、Z氏が家にいるころから、切れていたのね。
それにZ氏の母親は、気づかなかっただけなのね」と。
表面的な部分だけを見れば、Z氏は、「子らしからぬ子」と
いうことになる。
事実、ごく最近まで、Z氏は、母親の兄(伯父)に、「お前は
親不孝者」と、ののしられていたそうだ。
Z氏の苦しみも、また大きい。……大きかった。
ワ「だから、今でも、Z氏は、実家の近くにさえ近寄らない
そうよ」
私「わかるね、その気持ち。とても、よくわかる」
ワ「Z氏にしてみれば、子どものときからの積み重ねも
あるから……。私の友だち(女性)にも、結婚して以来、
一度も実家に帰っていない人がいるわよ」
私「何年くらい?」
ワ「私より10歳くらい若いから、ざっと計算しても、
20年近くじゃ、ないかしら……」
私「20年ネエ~。よほどのことがあったんだろうね」
ワ「そうね……。よほどのことがあったんでしょうね」と。
そんなわけで、もし今、あなたが、どこかのだれかに、
その家の家庭問題であれこれ言っているようなら、
すぐやめたほうがよい。
あなたは気がついていないかもしれないが、
言われた人は、死ぬほど苦しい思いをしているはず。
あなたは親切心のつもりで言っているかもしれない。
もしそうなら、おカネを出してやったらよい。
それができないなら、だまっていること。
口を出すことくらいなら、だれにだって、できる!
ともかくも、これから母を見舞いに行ってくる。

++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●親捨てる子ども(Son and daughters who abandon their parents)
 今でもある地方へ行くと、「親捨て」という言葉が残っている。「親のめんどうを見ない、親不孝者」の人のことを、そう呼ぶのだそうだ。
 ただ単なる言葉だけの問題ではない。その地方では、一度、親捨てと呼ばれたら、親戚づきあいができなくなるのは、もとより、近所の人たちからさえも、白い目で見られるという。現実には、「郷里へ帰ることさえできなくなる」(ある男性からのメール)とのこと。
 その地方では、そういう形で、むしろ子どもを積極的に、自我群のもつ束縛の中に、組みこもうとする。それは自分自身の老後のためかもしれない。親を捨てた子どもをきびしく排斥することによって、その一方で、自分の息子や娘に対して、「親を捨てると、たいへんなことになるぞ」と、警告することができる。
 が、それだけではない。
 「親捨て」のレッテルを一度張られた子どもは、その重圧感に、一生、悩み、苦しむことになる。 
 こんなメールが、Nさんという方から、届いた。

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●Y市のNさんよりメール
 
 Y市に住んでいる、Nさんより、母親(実母)についての相談があった。
 Nさんは、現在、31歳。2児の母親。
 Nさんの母親(実母)は、プライドの高い人で、人から、何か指摘されたりすると、カッとなりやすい人のようである。そしていつも、夫(Nさんの実父)の顔色をうかがって、生活しているようなところがあるという。
 Nさんにとって、Nさんの生まれ育った家庭は、とても「暖かい家庭」とは言えなかったようである。一度、Nさんが家出をしたとき、こんなことがあったという。Nさんが、高校生のときのことである。
 Nさんの母親は、Nさんを迎えにきたとき、Nさんに、「私がかわりに家出をするから、あなたはもどってきなさい」と言ったという。その一件で、Nさんは、母親との信頼関係が、崩れたように感じたという。
 「私は恵まれた家庭に育っていない。しかし自分の子どもたちには、家族の温もりを教えてあげたい」「幸福な気持ちで、生きてほしい」「どうしたらいいか」「また、両親に、もっと自分たちのことを気づいてほしい。どうしたらいいか」と。

【Nさんへ……】

 エッセー形式で、返事を書いてごめんなさい。Nさんのかかえておられる問題は、広く、つまりあちこちの家庭で起きている問題です。そういう意味で、エッセー形式にしました。どうか、ご理解ください。

【家族自我群からの解放】

 「家族意識」には、善玉意識と悪玉意識がある。これについては、すでにたびたび書いてきた。
 「家族だから、みんなで助けあって生きていこう」というのが、善玉家族意識。「家族として、お前には勝手な行動は許さない」と、家族同士をしばりあげるのを、悪玉家族意識という。
 この悪玉家族意識には、二面性がある。(ほかの家族をしばる意識)と、(自分自身がしばられる意識)である。
 「お前は、長男だから、家を守るべき」「お前は、息子なのだから、親のめんどうをみるべき」と、子どもをしばりあげていく。これが(ほかの家族をしばる意識)ということになる。
 一方、子どもは子どもで、「私は長男だから、家をまもらなければならない」「息子だから、親のめんどうをみなければならない」と、自分自身をしばりあげていく。これが、(自分自身がしばられる意識)である。
 問題は、後者である。
 それなりに良好な親子関係ができていれば、自分で自分をしばりあげていく意識も、それなりに、良好な親子関係をつくる上においては、プラス面に作用する。しかしひとたび、その親子関係がくずれたとき、今度は、その意識が、その人を、大きな足かせとなって、苦しめる。
 ばあいによっては、自己否定にまで進む。
 ある男性は、実母の葬儀に出なかった。いろいろ事情はあったのだが、そのため、それ以後、自らに、ダメ人間のレッテルを張ってしまった。
 「私は親を捨てた、失格者だ」と。
 その男性の住む地方では、そういう人のことを、「親捨て」と呼ぶ。そして一度、「親捨て」のレッテルを張られると、親戚はもちろんのこと、近所の人からも、白い目で見られるようになるという。
 こうした束縛性を、心理学の世界でも、「家族自我群」と呼ぶ。そうでない人、つまり良好な親子関係にある人には、なかなか理解しにくい意識かもしれない。しかしその意識は、まさにカルト。家族自我群に背を向けた人は、ちょうど、それまで熱心な信者だった人が、その信仰に背を向けたときのような心理状態になる。
 ふつうの不安状態ではない。ばあいによっては、狂乱状態になる。
 家族としての束縛性は、それほどまでに濃厚なものだということ。絶対的なものだということ。親自身も、そして子ども自身も、代々、生まれながらにして、徹底的に、脳ミソの中枢部にたたきこまれる。
 こうした意識を総称して、私は「親・絶対教」と呼んでいる。日本人のほとんどが、多かれ少なかれ、この親・絶対教の信者と考えてよい。そのため、親自身が、「私は親だから、子どもたちに大切にされるべき」と考えることもある。子どもが何かを、口答えしただけで、「何だ、親に向かって!」と、子どもに怒鳴り散らす親もいる。
 私がいう、悪玉親意識というのが、それである。
 ずいぶんと、回り道をしたが、Nさんの両親は、こうした悪玉家族意識、そして悪玉親意識をもっているのではないかと、思われる。わかりやすく言えば、依存型人間。精神的に未熟なまま、おとなになった親ということになるのかもしれない。Nさん自身も、メールの中で、こう書いている。
 「(母も)、そろそろ自分の人生を生きることを選んで欲しいと、心から願っています」と。
 Nさんの母親は、いまだに子離れができず、悶々としている。そしてそれが、かえってNさんへの心理的負担となっているらしい。
 実際、親離れできない子どもをかかえるのも、たいへんだが、子離れできない親をかかえるのも、たいへんである。「もう、私のことをかまわず、親は親で、自分の道を見つけて、自分で生きてほしい」と願っている、子どもは、いくらでもいる。

【親であるという幻想】

 どこかのカルト教団では、教祖の髪の毛を煎じて飲んでいるという。その教祖のもつ霊力を、自分のものにするためだそうだ。
 しかし、そういう例は、少なくない。考えてみれば、おかしなことだが、実は、親・絶対教にも、似たようなところがある。
 ……という話はさておき、(というのも、すでに何度も触れてきたので)、私も、すでに56歳。その年齢になった人間の一人として、こんなことが言える。
 「親という言葉のもつ、幻惑から、自分を解放しなさい」と。
 子どもから見ると、親は絶対的な存在かもしれない。が、その親自身は、たいしたことがないということ。そのことは、自分がその年齢の親になってみて、よくわかる。
 多分、20代、30代の人から見ると、56歳の私は、年配者で、それなりの経験者で、かつそれなりの人格者だと思うかもしれない。しかしそれは、幻想。ウソ。
 ざっと私のまわりを見ても、50歳をすぎて、40代のときより、進歩した人など、一人もいない。人間というのは、むしろある時期を境に、退化するものらしい。惰性で生きるうち、その範囲の生活的な技術は身につけるかもしれない。が、知性にせよ、理性にせよ、そして道徳観にせよ、倫理観にせよ、むしろ自ら、退化させてしまう。
 わかりやすく言えば、歳をとればとるほど、くだらない人間になる人のほうが、多いということ。それはまさに健康や体力と似ている。よほどの訓練をしないと、現状維持すら、むずかしい。
 これは現実である。まちがいのない現実である。
 しかし親に対する幻想をもつ人は、その幻想に、幻惑される。「そんなはずはない」「親だから……」と。
 Nさんも、どうやら、そうした幻惑に苦しんでいるようである。
 だから、私は、こう言いたい。「Nさん、あなたの母親は、くだらない人です。冷静にそれを見抜きなさい。親だからといって、遠慮することは、ない」と。
 ただ誤解しないでほしいのは、だからといって、Nさんの母親をどうこうと言っているのではない。親・絶対教の人にこう書くと、かえって猛烈に反発する。以前、同じようなことを書いたとき、こう言ってきた人がいた。
 「いくら何でも、他人のあなたに私の母のことを、そこまで悪く言われる筋あいはない」と。
 私が言いたいのは、親といっても、その前に一人の人間であるということ。そういう視点から、親を見て、自分を見たらよいということ。親であるという幻惑から、まず、自分を解放する。
 この問題を解決するためには、それが第一歩となるということ。

【親のことは、親に任せる】

 Nさんのかかえるような問題では、子どもとしてできることには、かぎりがある。私の経験では、親自身に、特別な学習能力があるなら話は別だが、それがないなら、いくら説得しても、ムダだということ。
 そもそも、それを理解できるだけの、能力的なキャパシティ(容量)がない。おまけに脳細胞そのものが、サビついてしまっている。ボケの始まった人も、少なくない。
 さらにたいていの親(親というより、親の世代の年配者)は、毎日を惰性で生きている。進歩などというのは、望みようもない。
 そういう親に向かって、「あなたの人生観はまちがっている」と告げても意味はないし、仮にそれを親が理解したとしたら、今度は、親自身が、自己否定という地獄の苦しみを味わうことになる。
 つまり、そっとしておいてあげることこそ、重要。カルトを信仰している、信者だと思えばよい。その人が、その人なりに、ハッピーなら、それはそれでよい。私たちがあえて、その家の中に、あがりこみ、「あなたの信仰はまちがっている」などと言う必要はない。また言ってはならない。
 この世界では、そうした無配慮な行為を、「はしごをはずす行為」という。「あなたはまちがっている」と言うなら、それにかわる、(心のよりどころ)を用意してあげねばならない。そのよりどころを用意しないまま、はしごをはずしてはいけない。
 
 要するに、Nさん自身が、親自身に幻想をいだき、その幻惑の中で、もがいている。家族自我群という束縛から、解放されたいと願いつつ、その束縛というクサリで体をしめつけ、苦しんでいる。
 だから、Nさん自身が、まず、その幻想を捨てること。「どうせ、くだらない人間よ」「私が本気で相手にしなければならない人間ではない」と。
 「親だから、こんなはずはない」と思えば思うほど、Nさん自身が、そのクサリにからまれてしまう。私は、それを心配する。
 ある男性(50歳くらい)は、私にこう言った。
 「私の父親は、権威主義で、いつもいばっていました。『自分は、すばらしい人間だ』『私は、みなから、尊敬されるべきだ』とです。しかし過去をあれこれさぐってみても、父が、他人のために何かをしたということは何もないのですね。それこそ近所の草刈り一つ、したことがない。それを知ったとき、父に対する、幻想が消えました」と。
 あえて言うなら、Nさんの母親は、どこか自己愛的な女性ということになる。かわいいのは自分だけ。そういう自分だけの世界で、生きている。批判されるのを嫌う人というのは、たいてい自己愛者とみてよい。自己愛者の特徴の一つにもなっている。
 幼児的な自己中心性が肥大化すると、人は、自己愛の世界に溺れるようになる。Nさんのメールを読んでいたとき、そんな感じがした。

【お子さんたちのこと】

 Nさんは、子どもへの影響を心配している。「子どもたちに、幸福な家庭を見せてあげたい」と。
 心配は無用。
 Nさんの子どもたちは、Nさんの子どもたちへの愛情の中から、自分たちの進むべき道を見つけていく。つまりそうして子どもたちの将来を心配するNさんの愛情こそが、大切ということ。
 たしかに子どもというのは、自分の置かれた環境を再現する形で、おとなになってから、子育てをする。しかしそれは、決して、物理的な環境だけではない。
 もちろん問題がないわけではない。しかしどれも克服できる問題ばかり。現に今、Nさんは、私にメールをくれることで、真剣に子どもたちのことを考えている。
 こういう姿勢があるかぎり、子どもたちは、必ず、自分の進むべき道を自分で見つける。
 大切なのは、「形」ではなく、「自分で納得できる人生」である。
 だから子どもたちに対する愛情だけは、見失わないように。

【改めてNさんへ……】

 以上、大急ぎで返事を書きました。あちこち何かしら言い足りないところもありますが、参考にしていただければ、うれしいです。
 Nさんの問題をテーマにしてしまいましたが、どうか、ご了解の上、お許しください。x月x日号を今夜配信しなければならないのですが、この数日、ほとんど原稿を書いていません。
 それでx月x日号の原稿とかねて、返事を書かせてもらいました。お許しください。
 では、今夜は、これで失礼します。未推敲のまま原稿を送ります。よろしくお願いします。

H


Hiroshi Hayashi+教育評論++June.2010++幼児教育+はやし浩司

●ある悲喜劇

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これを悲喜劇、つまり知っては
苦笑し、知っては、哀れむ……。
悲喜劇と言わずして、何という。

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●鍋工場

 数年前、首都P市で、日本でいう「産業展示会」のようなものがあった。
産業展示会なら産業展示会でよい。
本当の名称は知らない。
各地域にある工場が、それぞれ自慢の品をもちよって、自慢しあう会のようなもの。
その産業展示会に、ある地方の、ある工場が、中国から輸入した鍋を、「我が工場の製品」と偽って、それを出展した。
あの国では、よくあることである。
(ついでに、中国にしても、よくあることである。)

 それを見て、独裁者である金xxは、たいへん喜んだ。
「我が国でも、こんな製品ができるようになった!」と。

●視察!

 ここまではよくある話で、その工場長にしても、大満足だった。
たぶん、日本でいう「金賞」でも受賞したのだろう。
が、ここからが、悲喜劇。
それを聞いて、当の工場長は、真っ青になったにちがいない。
あろうことか、何と、金xxが、その工場を視察すると言いだしたのだ。

 これに驚いたのが、当の工場長。
その工場で作っている鍋など、どこをさがしてもない。
ウソがバレれば、公開処刑(?)。
そこでその工場長は、当日の視察には、中国から大量に仕入れた鍋類の製品を、工場内に並べた。
そしてにわか仕立ての従業員を並べ、あたかも鍋を製造しているかのようにしてみせた。

 当日の工場長のあわてぶりが目に浮かんでくるが、似たような話は、相変わらずつづいているらしい。
今朝の中央N報に、こんなニュースが載っていた。

+++++++++++++以下、中央N報(一部)+++++++++++++++
 
 ……K国の後継構築作業が本格化する中、金xx国防委員長(68)の権力掌握力が大きく低下していると、政府消息筋が6月18日明らかにした。特に経済の実情について虚偽報告が増え、金正日が実態を正しく把握できない現象も生じている。

消息筋は「08年夏に脳卒中で倒れて後遺症が残る金xxの健康に配慮するという口実で、権力層が好ましい内容だけを選別して報告している」とし「後継者に内定したキム・ジョンウン(27)が自分が掌握する軍や、保衛部など公安機関の報告を先に受けた後、金xxに伝える内容を指定したりもする」と伝えた。

側近からこうした問題点の報告を受けた金xxは最近、報告体系を書記室(秘書室)に一元化することを指示したという。消息筋によると、金正日が最近、経済成果を強調しているため、問責を恐れた一線の幹部が生産実績を誇張しているという。

3月初めに金xxが群衆大会に出席して生産を促した咸興(ハムフン)2・8ビナロン連合企業所は竣工式を前後して半月ほど稼働し、現在、操業を中断していることが確認された。1月末の金正日の平壌(ピョンヤン)小麦粉工場訪問当時は、視察時間が予想より長くなり、準備された材料がすべてなくなると、幹部らがこっそりと完成品をまた生産ラインに投じたりもした。

また金正日が平安北道(ピョンアンブクド)鶏工場を訪問した昨年10月、平安北道(ピョンアンブクド)党の指示で周辺地域の鶏をすべて集め、住民に鶏肉を正常供給しているように金xxを欺いたりもした。三日浦(サムイルポ)特産物工場を訪問した昨年4月、金正日が道別に特産物工場を建設するよう指示すると、すでに建設された工場の設備を取り壊し、特産物工場を設立したりもしたと、消息筋は紹介した。

政府当局者は「最近、労働新聞が金xxの経済現場訪問写真を大量に掲載し、経済成果を宣伝しているが、実情は違うようだ」と話した。(以上、中央N報)

+++++++++++++以上、中央N報(一部)+++++++++++++++

●ステルス携帯電話?

 さらに今日、こんなニュースも配信されている(朝鮮N報)。
この記事を読んで、驚かない人はいない。
何でも金xxが、ステルス携帯電話を使って、南アフリカにいるW杯監督に、直接指示を出しているというのだ。

+++++++++++++以下、朝鮮N報(一部)+++++++++++++++

 「金xx指導者が、肉眼では見えないステルス携帯電話で作戦を指示している」。

 サッカー・ワールドカップ(W杯)に出場している北朝鮮代表を率いるキム・ジョンフン監督について、スポーツ専門チャネルのESPNが「金総書記から直接、チームの作戦に関するアドバイスを受けている」と報じた。

 キム監督は試合のたびに、通常は「目に見えない」携帯電話で金総書記から直接アドバイスを受けているとのことだ。ESPNが17日報じたところによると、キム監督はこの新型ステルス電話について、「金総書記が直接開発した」と発言しているという。
(以上朝鮮N報)

+++++++++++++以下、朝鮮N報(一部)+++++++++++++++

 もし本当にこんな携帯電話があれば、世界中で話題になるだろう。
「肉眼では見えない、ステルス携帯電話」?
が、あの国の中では、それが信じられてしまう。
私たちがもっている常識とは、別の常識が働く。
はっきり言えば、ふつうの常識が、通用しない。
言い替えると、そういうことも知った上で、あの国を理解し、あの国の行動を予想しなければならない。
外交問題を考えなければならない。

 たとえばこんなこともあった。

(1)今年(2010年)のはじめごろだったと思う。
金xxが、あるホテルに泊まった。
が、そのホテルには暖房がなく、たいへん寒かった。
それを知った金xxが、激怒。
ホテルや住民に、電気を回すように指示した。
が、とたん、周辺の工場の操業が停止してしまった。

(2)また別の工場では、衣服を縫製していた。
それを見て、金xxが、500ウォンで住民に配給するように指示した。
しかし原材料費は、800ウォン。
つまり800ウォンで布を仕入れ、工賃を払って縫製し、500ウォンで売る(?)
採算があうわけがない。
ないが、そういう非常識がそのままあの国では通ってしまう。

(上記、(1)と(2)の話は、私の記憶によるものなので、内容は、不正確。)

 先の中央N報が配信したニュースの中に出てくる「ビナロン」は、よく知られた話である。
「画期的な新繊維」ということだそうだ。
もともとは日本で開発された繊維だが、電力をたいへんたくさん使う。
それでビナロンは、金日成時代に、生産中止となってしまった。
それを今回、金xxは、再生産を命じたということになる。
が、肝心の電力がない!
……ということで、「……半月ほど稼働し、現在、操業を中断していることが確認された」(中央N報)ということらしい。

(が、その前に私が聞いた話では、当のビナロン工場は、機械類はとっくの昔に、従業員たちによって持ち出され、闇市で、鉄くずとして売られてしまったという。)

●余談

 冒頭に書いた、中国製の鍋を並べた工場長について、こんな余談も伝わってきている。

 先にも書いたように、工場長は、あわてて中国から鍋を大量に仕入れた。
それを工場の中に、並べて見せた。
で、何とかその視察をやりすごしたわけだが、その鍋類は、金xxに同行してやってきた軍人たちが、みな、持ち去ってしまったという。

 その後、その工場長がどんな気持ちだったかは、容易に察しがつく。

 繰り返す。
これを悲喜劇と言わずして、何と言う?


Hiroshi Hayashi+教育評論++June.2010++幼児教育+はやし浩司

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