2010年6月6日日曜日

*Magazine June 23rd





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 彡彡人ミミ      彡彡彡彡彡
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 子育て最前線の育児論byはやし浩司      6月   23日号
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メルマガ(6万3000誌)の中で、2008年度、メルマガ・オブ・ザ・イヤーに
選ばれました!

【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●愛情の勝利(2人のてんかん症の子どもをもって)

+++++++++++++++++

現在、小学3年生のM男君と、小学
6年生のS男君が、同じ教室で
肩を並べて、学習している。
私の教室へ来るようになって、もう
5、6年になる。

そのM男君と、S男君のすばらしい点は、
何よりも、心が暖かいこと。
だれよりも、心が暖かいこと。
ほかの子どもたちと比較してみると、それが
よくわかる。
比較してみないと、わからない。
子どもが生来的にもつ(温もり)というのは、
そういうもの。

理由は、もちろん、愛情豊かな家庭環境で
育てられたこと。
とくに母親の、子どもたちにかける愛情が
すばらしい。
何もかも溶かし込んでしまうような、
おおらかな愛情で、お母さんはいつも
子どもたちを包んだ。

もちろん溺愛ではない。
テストの点数がどんなに悪くても、お母さんは、
いつも笑っていた。
そういうおおらかさである。

が、M男君も、S男君も、ともに、
小児てんかん症に苦しんだ。
長い闘病生活だった。
が、お母さんはめげなかった。
いつも明るい笑顔を絶やさなかった。
その病気についても、勉強した。
結果、「この子たちは叱ってはだめ」という
ことを学んだ。
だから父親には、いつもこう言ったという。

「お願いだから、どんなことがあっても、
この子たちを、叱らないで」と。
それがお母さんの口癖だったという。

その結果、……というより、こんなメールが
届いた。
読んだ。
うれしかった。
そのまま紹介する。
(一部省略したものの、原文のまま。)

バンザーイ!
おめでとう!
お母さんの勝利ですよ!!

++++++++++++++++++++++++++

●林先生へ

おはようございます!

昨夜は、楽しいお話を聞かせていただき、有難うございました。
こちらこそお礼の連絡が遅くなり、
お詫びのメールまで頂いて、申し訳ありません。

弟のM男(小3)ですが、てんかんの症状が脳波にでなくなり、
薬(テグレトール)の服用を終了しました。
5/10で終了し、そろそろ薬の効果が消えている頃だとおもいます。

兄のS男(小6)が発病してから弟のM男もなり、その間8年間本当につらかったですが、
一番辛かったのは、毎日薬を飲んでいた本人達でしょう。
(二人とも最後の薬を飲んだ後、万歳しました。)

昨年夏S男は完治し、M男も今年の夏の検査で脳波に以上が無ければ、
完治に至ります。(病院に行かなくて良くなります)

「現実を受け入れる」中々出来なかったけど、
振り返れば、生きていく事の辛さや大切さを学んできたと思います。

仕事に追われる中、留守がちな母ですが、
今もまだ「本当にこれでいいのかな?」と思いながら
毎日を大切に生活してます。

まだまだ親子共々未熟ですが、はやし先生にお世話になりながら、
先生にお願いしたいと思います。

これからも、宜しくお願いします。

☆弟のM男の成長!!!

 昨年まで、授業態度を参観会で見ていたところ、
席に座っているのがやっとの事!(一人殻に閉じこもった状態)
授業なんて全然聞いていませんでした。

 今年4月の参観会では、回りの友達と楽しそうに話していて、
授業を聞いていないけど、ようやく授業に溶け込んでいる姿を見ました。
 嬉しかったです!

学校の先生方と色々ありましたが、明らかに変わった姿
M男は、担任の先生が好きなようで、話をしてくれます。
「今度の先生!美人だよ」って始業式に話してくれました。

 これからも二人の成長がたのしみです。


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●空の巣症候群

+++++++++++++++++

60歳という年齢は、男性にとっても、
女性にとっても、たいへんな節目である。
この年齢前後に、多くの男性は仕事を離れ、
家庭に入る。
仕事をつづける人もいるが、現役時代の
ようなわけにはいかない。
量的にも、時間的にも、ぐんと減少する。
当然、収入も減少する。

一方、この年齢前後に、子どもたちは、
親の手を離れ、巣立っていく。
それまで「お父さん、お母さん……」と
近くにいた子どもが、そのままどこかへ
行ってしまう。
結婚すれば、なおさら。
家の中……というより、心の中に、ポッカリと
穴があく。

無気力感と脱力感。
それに空虚感。
中には、それが高じて絶望感すら覚える人もいる。
仕事一筋で生きてきた人ほど、その症状は重い。
子育て一筋で生きてきた人ほど、その症状は重い。

そうした症状を総称して、「空の巣症候群」という。

ある男性は、こう言った。
「退職と同時に、何もやる気が起きなくなってしまった」と。
またある女性は、こう言った。
「私の人生は、何だったの!」と。

男性が家庭に戻ったとき、歓迎されるとはかぎらない。
そのまま粗大ゴミとなるケースも少なくない。
それまで家庭を守ってきた(?)女が、外へ出る
ケースも少なくない。
「うちのダンナな家の中で、ゴロゴロしているだけ。
いっしょにいると、息が詰まる」と。

また子どもが巣立ちが原因となって、それが夫婦の関係が
ギクシャクすることもある。
間に、キレツが走ることもある。
ある男性はこう言った。
「息子が出て行ったとき、それまで夫婦をつないでいた
絆(きずな)が切れたような感じがしました」と。

『子はかすがい』とは、よく言う。
子どもが、夫婦の接着剤となっているケースは多い。
ほとんどが、そうではないか。
その子ども、つまり接着剤がなくなれば、当然、
夫婦の間に、すきま風が吹くようになる。

砂をかむような味気ない日々。
目標を見失って、フラフラと漂うような日々。
そこにいつものような時間があるはずなのに、
どれも色あせて見える。
輝きもない。

『空の巣症候群』がこじれて、離婚問題に発展する
ケースも少なくない。
男性にとっても、女性にとっても、この節目で人生の
一大転機を迎える。

が、転機といっても、先のある転機ではない。
その先に見えるのは、先細りの、暗いトンネル。
さんさんと輝く未来など、どこをさがしてもない。
が、それでも自分の体にムチを打って、仕事に行く。
「仕事」と言えるような仕事ではない。
「サラリーマン生活など、もうこりごり」と。
しかし、それしかすることがない。
……それしか、できない。
大きなビルの裏手に立って、車の交通整理をする。
ビルやマンションの管理人になったりする。

遊ぶといっても、余分なお金など、どこにもない。
仲間を連れ立って、安いバス旅行に行く。
それが精一杯。
ワイワイ騒いで、うっぷんを張らす。
しかし家に帰ってみても、そこにはだれもいない。
電気をつけて、冷めたご飯に、お茶をかけて口に運ぶ。

中には……ほどんどの男性と女性が、そうかもしれないが、
「それでも……」と思って、歯を食いしばる。
歯を食いしばって、立ち上がる。
かきむしるようにして、草の中から、小さな夢と
希望をさがす。
しがみつく。
『空の巣症候群』という症候群は、そうした一連の
症状を総称したもの。
言葉では理解できるかもしれない。
しかしその中身は、空の巣の中に身を落としたもの
でないと、わからない。

++++++++++++++++++++

●ではどうするか

 60歳なら60歳でよい。
多少の前後はあるかもしれない。
しかしその年齢を、第二の転機とするなら、その準備は、50歳のときから始めたらよい。
40歳でも早すぎるということは、ない。
そのころ収入にしてもピークを迎え、以後、下り坂へと向かう。
準備もなしに60歳を迎えると、ほとんどの人はまちがいなく、空の巣症候群に陥る。
この問題は、「どうすればいいか」ではなく、「どう予防したらいいか」、
そういう問題である。

 で、もしあなたが50歳なら、(40歳でもよいが)、自分が(すべきこと)の基礎を作
る。
(したいこと)ではない。
(すべきこと)である。
それを発見するだけでもよい。
あとは、それを少しずつ、育てていく。

●子育ての「限界」

 この時期、子育てに埋没する人もいる。
子育てに生きがいを見出し、「子育てこそ、私のすべて」と言う人もいる。
が、子育ては、けっして(生きがい)にはならない。
またしてはいけない。
そこに100%、自分を注入してはいけない。
100%、注入すればするほど、やがていつか子どもは、それを負担に思うようになる。
あるいはあなた自身が、子どもの望まない行動に出ることもある。
それが親子の間を、かえって遠ざけてしまう。

 今、若い人たちは、ささいなことを理由にし、またそれにこじつけて、親を見捨ててい
く。
ある男(=父親)は、自分の父母が、自分の子どもの運動会に来なかったという理由だけ
で、「親子の縁」(?)を切っている。
それまでに、いろいろあったのかもしれない。
そのときそれが爆発したのかもしれない。
どうであるにせよ、その結果、一方的に傷つくのは、いつも親の方ということになる。

●子離れの完成

 親は親で、できるだけ早い時期に子離れを完成させる。
わかりやすく言えば、子どもへの依存心を捨て去る。
子どもへの甘い期待と決別する。
そしてここが重要だが、「限度」(バートランド・ラッセル)をしっかりとわきまえる。
その時期には、個人差があり、家庭の状況によってもちがうだろう。
しかし早ければ、子どもが中学生になること。
遅くとも大学生になるころ。
そのころまでの完成させる。

 バートランド・ラッセルは、こう書き残している。

『私たちは子どもに対して、必要なことはする。
しかし限度を超えてはいけない。
その限度をわきまえている親子のみが、真の家族の喜びを与えられる』と。

●老後

 あとは自分の人生を考える。
自分の(命)を考える。
さらに具体的には、自分の老後を考える。
が、若い父親や母親には、それがわからない。
目が(下=子ども)のほうばかり向いている。
下ばかり向いているから、自分の顔にシワがふえ、体がたるんでいくことに気がつかない。

 しかし……。
子どもが巣立ったその瞬間、そこにドカッと待っているのは、老後。
そんなことは簡単な足し算をしてみれば、だれにでもわかること。
現在のあなたの年齢に、子どもが巣立つまでの年齢を足してみればよい。
それが現実ということになる。

●統合性

 話を戻す。

 何度も書いてきたが、老後の生きがいは、「統合性」によって決まる。
(すべきこと)と(現実にしていること)を一致させる。
それが「統合性」。

 いろいろな条件が、ある。
(すべきこと)は、無私、無欲でなければならない。
功利、打算が入ったとたん、統合性は霧散する。

 ある男性は、無料の植物観察会を開いていた。
毎月1回の観察会である。
参加者の数は、その日によってちがう。
雨の日になると、ときにゼロになることもある。
しかしその男性は、その場に行って、参加者が集まるのを待つ。
で、しばらく待って、だれもこないとわかると、そのまま帰っていく。

 その男性というのは、元理科教師。
年齢は80歳くらいと聞いた。
それを「統合性」という。

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空の巣症候群と統合性について書いた
原稿を、さがしてみる。
日付は、2009年の11月となっている。

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●ヒマ(暇)論

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「どうやって1日を 過ごそうか?」
……それを考えるのも、苦痛。
ヒマなときというのは、そういうもの。
もちろんヒマであることも、苦痛。

こういうのを ぜいたくな 悩みという。
しかし 世の中には、そういう
恵まれた人(?)も いる。

「毎日、ヒマでヒマで、どうしようもない」と。

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●「ヒマでヒマで……」

 M氏は、今年65歳になる。
息子と娘がいたが、今は 2人とも、遠くに住んでいる。
私はどこか知らないが、M氏は、そう言った。

 公務員を退職し、つい数か月前まで、郊外の公共施設で 働いていた。
週3日だけの 勤務だった。
が、そこも退職。
今は、悠々自適の隠居生活。
親の代からの 財産も ある。
そのM氏が、こう言った。

 「毎日、ヒマでヒマで、どうしようもない」と。
「朝起きて考えること言えば、今日、1日を どうやって 過ごそうかということです」と。

●気がヘンになる

 M氏は、こう言った。
「日中は まだ何とかなります。
草を買ったり、バイクを直したりします。
問題は、夕食後です。
昨夜も、2時間も 音楽を聴いて、ぼんやりとしていました」と。

 で、私にこう聞いた。
「林さんは、どうしていますか?」と。

 たまたまその前日、私は友人への クリスマス・カードを 作っていた。
今年は、手作りカードに 挑戦している。
色紙に 写真や絵を張りつけ、それを 本のように仕立てる。

「ぼくもねエ、ヒマだと気がヘンになってしまいます。
だからいつも 何かをしています」と。

●生きがい

 M氏には話さなかったが、私のヒマつぶしといえば、インターネット。
ヒマなときは、まずパソコンに 電源を入れる。
とたん、したいこと、すべきことが、ドカッと、目の前に広がる。
趣味でもある。
道楽でもある。
が、それ以上に、今は、それが生きがいになっている。

 文章を書くために、本や雑誌を読んだりする。
マガジンを発行するために、写真を撮ったりする。
HPの更新も、そのつど しなければならない。

 やりたいこと、やるべきことが、あまりにも多い。
ヒマだとか、そんなことを言っている ヒマもない。
が、時として、ヒマになることがある。

●貧乏症

 私のばあいは、軽いパニック障害がある。
少し前までは、「不安神経症」と言った。
簡単に言えば、「貧乏症」。
いつも何かに 追い立てられているような感じがする。
乳幼児期の 不全な家庭環境が、原因と考えている。

 だからヒマであること自体が、苦痛。
何かをしていないと、気がすまない。
いつも、何かを している。

 そういう私の反対側にいるのが、無気力な人。
燃え尽き症候群とか、荷降ろし症候群とかいう。
私の年代には、「空の巣症候群」というのも ある。
子育ても終わり、子どもたちが巣立ってしまうと、とたんに 無気力状態になる。

 が、M氏のばあいは、少しちがうようだ。
「やりたいことは あるはずなのに、それが わからない」と。

●自己の統合性

 青年期には、「自己の同一性」という問題がある。
同じように、退職後には、「自己の統合性」という問題がある。
(やるべきこと)をもち、現実に、(それをする)。
これを「統合性」という。

 この構築に失敗すると、老後は、あわれで みじめなものになる。
M氏が そうだというのではない。
M氏はMしなりに、今のような老後を 夢見ながら、がんばって生きてきた。
しかし実際、それを手にすると、「何をしてよいか、わからない」、となる。

 孤独であるのも いやなこと。
老後になっても、息子や娘のことで、心配の種が尽きない人もいる。
それも いやなこと。
そういう人たちから見ると、M氏の置かれた立場は、うらやましいとなる。
先に「ぜいたくな悩み」と書いたのは、そういう意味。

●「だから、それが どうしたの?」

 そこでM氏が 見せてくれたのは、「太平洋一周、船の旅」という、パンフレット。
1人、150万円前後で、太平洋一周の旅ができるという。
行程は、日本→ハワイ→サンフランシスコ→ニュージーランド→オーストラリア
→東南アジア→中国→日本。

40日間の旅だという。

 「で、それに参加しようかどうかで、迷っている」と。

 私もときどき そうした旅行を考える。
が、そのまま シャボン玉のアワのように消えてしまう。

私のばあい、そういう旅行が、こわくて できない。
帰ってきたときの 虚しさを 想像するだけで、ゾッとする。
かえって虚脱感に襲われる……と思う。

 つまりそうした旅行には、「だから、それが どうしたの」と、そのあとに
つづくものがない。
たとえばそれぞれの国の 教育事情を調べるとか、そういうことなら楽しい。
あるいは私自身が 子どもたちを連れて、何かの指導をするというのでもよい。

 しかし帰ってきたとき、「ただいま!」だけでは、あまりにも さみしい。
一時的に ヒマをつぶすことは できても、そのあと、もっと大きなヒマが 
襲ってくる。
それに耐える自信が、私には、ない。

●老人観察

 老後には いろいろな問題がある。
しかし「ヒマ(暇)」について 考えたことはない。
M氏の話を聞きながら、「そういう問題もあったのか」と、驚いた。

 で、さっそく、あちこちの 老人観察を始めた。
「みんな、どうして いるのだろう?」と。

 もちろん 旅行を繰り返している人も いる。
趣味ざんまいの人も いる。
スポーツをしたり、孫の世話をしている人もいる。
人によって、みなちがう。

 が、こういうことは 言える。
人間というのは 勝手なもの。
忙しいときには、休みが来るのを、何よりも楽しみにする。
が、休みになったとたん、何をしてよいかわからず、ヒマをもてあます。
人生を「曜日」にたとえるなら、月曜日から土曜日までが、仕事。
日曜日が、つまり退職後ということになる。

 毎日が日曜日!

 しかし、これも考えもの。

●私のばあい

 で、私のばあいは、1、2年前に、ひとつの結論を すでに出した。
「私は 死ぬまで、現役で働く」と。
「過去は振り返らない。
前だけを見て、働く」と。

 わかりやすく言えば、身のまわりに、「ヒマ」を作らない。
そういう私の人生を 横から見ながら、「かわいそうなヤツ」と思う人もいる
かもしれない。
自分でも、それがよくわかっている。

 しかし いまだに(やるべきこと)が、何であるか、それがよくわからない。
統合性の確立があやふやなまま、今の仕事をやめてしまったら、それこそ 
たいへんなことになる。

 そのままボケ老人に向かって、まっしぐら!

 ただ幸いなことに、先にも書いたように、私にはまだ、やりたいことが
山のようにある。
どこから手をつけてよいのか、わからなくなることもある。

 で、今は、とりあえずは、新しいパソコンがほしい。
超高性能の、WINDOW7搭載の64ビット・マシン。
今夜も、ワイフに、それをねだったばかり。

 誤解がないように言っておくが、パソコンというのは、電気製品ではない。
買ったあとも、実際、使えるようになるまでに、いろいろな作業がつづく。
その作業が、楽しい。
だから買うとしても、長い休暇の前。

 ……ということで、改めて、究極の選択。

(1) 一生、ヒマで遊んで暮らす。
(2) 一生、仕事で、死ぬ寸前まで働く。

 どちらかを選べと言われたら、私は、迷わず、後者の(2)を選ぶ。
(すでに選んでいるが……。)

 M氏の話を聞いて、ますます強く、そう思うようになった。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 空の巣症候群 荷下ろし症候群 老後の統合性 統合性の確立 老後
の生きがい)


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●独り暮らし

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現在、独り暮らしの老人の方(年齢は81歳)
から、メールが届いた(5月25日)。

一部をそのまま紹介させてもらう。
ここに書いてあることは、明日の「私」のこと。
暗い話で、申し訳ないが、この問題だけは、
だれも避けて通ることはできない。

++++++++++++++++++++

【兵庫県にお住まいのMH氏より、はやし浩司へ】

わたくしは一人で住んでいます。一日中一言もしゃべらない日もあります。
しゃべる相手がいないからです。 
着実に歳をとって行きます。 
この先どうなるものか、何時何が起こるのか、いくら考えても分かるはずはないのですが、
確実に何時か、お迎えが来るはずですが、どうなるものか、生きる苦しみが増して行くで
しょうが、なるようにしかならない、それだけです。 
死んだら、ちょうど10年前に亡くなった妻にあちらで会えるような、ほのかな明るい期
待も致します。
いい人でした。 
一人暮らしは歳と共に辛くなります。 
ただ介護の人たちがよくしてくれるので、どうにか「生きておれる」のです。 
一日一日、毎日が感謝です。 
先日も書きましたが、幸せな人生でした。 
沢山の人のお世話になりながらご恩返しもしなかったのが唯一の悔いになっています。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●MH氏

 MH氏とのつきあいは、もう40年以上になる。
当時MH氏は、ある国で、領事館の領事をしていた。
何かと便宜を図ってもらった。
そのMH氏も、今年81歳。
息子氏と娘氏がいるが、現在は東京と京都に、離れて住んでいる。
数年前、ころんで腰を痛めてからは、マンションの中で、車椅子生活をしている。
最近は、ほとんど寝たままとのこと。

●老後のわびしさ

 老後のわびしさは、この一文に集約されている。
読めば読むほど、考えさせられる。
「明日は我が身」というような、生やさしいものではない。
またそういう言葉でごまかせるような、一文でもない。
が、「これが人生」と言い切るのは、あまりにもわびしい。
じんとした切なさが、私の心を塞ぐ。

●老後の孤独

 若い人たちからみれば、老人はみな、愚かで、バカに見えるかもしれない。
死ぬのが当然だから、死ぬことに対して、恐怖心もないだろうと思うかもしれない。
気力が衰える分だけ、孤独にも鈍感になると思うかもしれない。
が、これは誤解。
まったくの誤解。
老人だって、1人の人間である。
今の(あなた)と、どこもちがわない。
ちがわないことは、この文を読めばわかる。

 私たちだって、さみしい。
孤独。
死ぬのは、こわい。

●感謝

 老後の生き方には、大きく分けて2つある。
ひとつは、バカに徹し、何もかも忘れて生きる。
もうひとつは、老後と戦って戦って、戦い抜いて生きる。
が、どちらにせよ、それにも限度がある。
バカになればなるほど、そのあと襲ってくるのは、虚しさ。
戦うといっても、体力や気力が衰弱すれば、おしまい。
戦いようが、ない。

 が、MH氏は、「感謝」という言葉を使っている。

●喜び

 昨日、たまたま長男に、こんな話をした。
「今のお前にはまだわからないかもしれないけど、ぼくの年齢になるとね、
歩けるということだけも、喜びなんだよ」と。
そこらにある(当たり前)のことが、実は(当たり前)でないことが、よくわかる。
「感謝」という言葉は、その延長線のずっと先にある。
だから私は歩く。
時間さえ許せば、車から降りて、歩く。
「楽をしたい」という思いは、あまりない。
そのかわり、「明日も、元気であればいい」と願う。
それができたとき、「感謝」という言葉が口から出てくる。
毎日が、その繰り返し。
私にはまだよくわからないが、生きるということはそういうことか。

●メール

 たった今、MH氏にメールを送った。
「起きていたら、電話で話をしましょう」と書いた。
それからすでに30分以上。
MH氏は、もう眠ったのかもしれない。
返事がない。
起きていれば、すぐ返事をくれる人である。
もう少し、待ってみよう。

(午前1:00まで待ってみたが、MH氏からは連絡なし。
おやすみなさい!)


Hiroshi Hayashi+教育評論++May.2010++幼児教育+はやし浩司

●森鴎外

++++++++++++++++++

思いつくまま、森鴎外について……。

私の記憶にまちがいがなければ、
森鴎外は、60歳の年に、亡くなっている。
東京で亡くなったが、遺骨は、東京と
津和野の両地に葬られている。
津和野の森鴎外の生家には、一度、観光客として、
行ったことがある。

代表作というわけでもないが、やや長編の小説に
『雁(がん)』がある。
その中に、「お玉」という女性が出てくる。
私の祖母の名前と同じだったから、よく覚えている。
ただ「雁」の中の「お玉」は、美しくて可憐な
女性だった。
一方、私の祖母は、勝ち気で、気性の荒い女性だった。
こんなことはどうでもよいが、「60歳」という
年齢が、どうも心にひかかる。
当時としては、長命のほうだったのかもしれない。
しかし自分がもうすぐ63歳になることを考えると、
「若くして死んだんだなあ」と思ってしまう。

で、『雁』は、森鴎外が東大の医学生だったころのことを
書いた小説である。
小説の中には、そのあたりの地名がたくさん出てくる。
私が若いころには、森鴎外が散歩したのと同じコース
を歩くのが、ひとつの流行になっていた。
私も一度、その近くで幼稚園を経営している男性と、
いっしょにそのあたりを歩いたことがある。
10年ほど、前のことである。
小説の中に出てきたソバ屋かどうかは知らないが、
その男性は、不忍池の近くにあるソバ屋へ連れて
行ってくれた。

小路に入ったところにあるソバ屋で、おいしかった。
「ノリをかけたのが、ざるソバ。
ノリのかかっていないのが、かけソバ……」と、
その男性が話してくれたのを、覚えている。
ひょっとしたらその男性は、森鴎外の『雁』を
よく知っていて、そのソバ屋へ連れて行って
くれたのかもしれない。
上野方面から歩いて、大通りを右へ曲がり、
10件目くらいの、左側にあるソバ屋だった。
そのあたりでは、その店を知らない人はいない
という。

それからもう10年ほどになる。
「もう一度、行ってみたい」と思いつつ、もう10年!
上野のほうへ行く機会が、ほとんどない……。

そうだ、グーグル・マップで調べてみよう!
……ということで、今、調べてみた。

……私の記憶にまちがいがなければ、そのとき
行った店は、『そば屋・蓮玉庵(れんぎょくあん)』という
店だった。
不忍池の沿った不忍通りから一本、南側に
並行して走る小路である。
その小路に、そのソバ屋はある。
(今ではそんなことまで、ネットを使えばわかる!)

……今度は、グーグルの検索を使って調べてみる。
で、やはりそうだった。
だれかのHPに、こう紹介されていた。

「……お花見シーズン到来と言うことで、
上野の花見の後に上野の蕎麦の名店、
蓮玉庵(れんぎょくあん)に行ってきました。
森鴎外の「雁」の文中に登場する蓮玉庵は、
創業安政六年(1860年)の老舗蕎麦屋……」
(こくばんBLOG・リボン・ハッカ・キッズ)と。

やはりそうだった!
その男性は、森鴎外ゆかりのそば屋として、その
店に連れて行ってくれた!
そう言えば、その男性がそんなような話を
してくれたのを、記憶のどこかに残っている。

……とまあ、話がどんどんと脱線してしまったが、
今にして思うと、森鴎外が食べたそばと、10年ほど
前に私が食べたそばが、同じものだったような
気がする。
10年前も、100年前も、同じ。
それよりも、60歳と62歳。
森鴎外が『雁』を書き終えたころの60歳と、
現在の私の62歳。
そちらのほうが気になる。
つまり私は森鴎外が死んだあと、プラス2年目を
生きている!

そうそう津和野の森鴎外の生家だが、小さな質素な
家だった。
近くに観光バスが止まり、歩いて数分のところだった
ように記憶している。
父親も医者で、当時としては立派な屋敷だったのかも
しれない。
今、そんな記憶が、あちこちから集まってきて、
頭の中で、ひとつの形をつくる。

……そう言えば、森鴎外の『雁』は、私の家にもある。
朝食が終わったら、読み直してみよう。
62歳の森鴎外になったつもりで……。
今なら、森鴎外の当時の気持ちが、より深く理解できる
かもしれない。

みなさん、おはようございます。
5月27日、朝。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 森鴎外 雁 津和野 蓮玉庵(れんぎょくあん) 上野 不忍池)


Hiroshi Hayashi+教育評論++May.2010++幼児教育+はやし浩司

●風当たり

+++++++++++++++++

このところ私のhpやblogに対する
風当たりが強くなってきた。
どこかの団体(?)は、刑法を散らつかせて、
私の書いた原稿を批判してきた。
それだけ影響力も、大きくなってきたという
ことか。

が、本来なら、喜んでよいはずなのに、その
喜びがない(?)。
私にはサッカーでいうような、サポーター
がいない。
私を陰で応援してくれている人もいるの
だろうが、そういう人たちの声や姿が
見えない。
聞こえない。
だからとって、これはグチではない。
最初から、そういうものと、割り切っている。
しかしこのところやや疲れを感じ始めたのも、事実。
「どうしてこんなことをしているのだろう?」と。
いつだったか、どこかの男性(30歳くらい)が、
こう言った。
「あなたは奇特な人だ」と。

ほめてくれたのか、バカにされたのか。
今でもよくわからない。
たぶん、バカにされたのだろう。
自分でも、それがよくわかっている。

ゆいいつの収入といえば、メルマガ(電子マガジン)
のコマーシャル料だった。
だれかがクリックしてくれると、1クリックごとに
20円の収入になった。
それがたまって、2~3か月ごとに、2000円
前後になった。

どういうわけか、私は、その2000円がうれしかった。
ほかで得る収入とは、まったくちがった。
が、そのメルマガの経営母体がかわり、その収入も
途絶えた。
今は、広告収入は、そんなわけでゼロ。

さきほどマガジンの6月号の配信をすませたが、
「もうやめようか」という迷いが、何度も、
頭の中を横切った。
今は、マガジンというより、blogの時代。
読者数が、一桁ちがう。
一方マガジンのほうは、一向に読者がふえない。

また最近では、twitterがある。
全盛期と言ってもよい。
「私も……」と思って参加してみたが、みな、
若い人ばかり。
どうも居心地が悪い。
で、やはりこうしてまたまた意味のない
文章を書き始めてしまう。

……やはり、これはグチか。
アメリカではグチ(COMPLAINMENT)は、
精神疾患(うつ病)の立派な主症状のひとつになっている。
つまり精神疾患の診断項目のひとつになっている。
だからグチはやめよう。

ともかくも、私はめげない。
前に進むしかない。
そこに何があるかわからないが、
前に進むしかない。
「がんばれ!」と自分にムチを打つ。
負けてたまるか!

2010年5月26日朝

Hiroshi Hayashi+教育評論++May.2010++幼児教育+はやし浩司

【5歳児・大小感覚+数の大小】

●BW教室より、おうちの方へ


今週は、大小感覚+数の大小についての学習を進めました。
途中、ひとり声をあまり出さない子どもがいましたので、
何とか声を出させようと、ややふざけたシーンもありますが、
許してください。
(これも指導のうち?、です。)

大小弁別→相対的な見方、考え方→数の大小と学習を進めました。
子どもたちが「数は楽しい」と思ってくれたら、それで成功!
あとは子どもたちは自分の力で伸びてくれます。

(1)
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(2)

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(3)

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(4)

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(5)

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(6)

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allowfullscreen="true" width="425" height="344">



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