2010年12月25日土曜日

*On Chrstmas Eve

● 12月24日夜記(2010年)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

● 不景気

 コンビニで、週刊誌を立ち読みする。
一読して、暗い気分になる。
どの週刊誌も、「不景気」一色。
たとえば週刊Sは、「シャッター街」を特集していた。
不景気でシャッターを下ろした、シャッター街。
その通りでは、どの店もシャッターを下ろしたまま。

私自身も、商店で生まれ育った。
それだけに、こういう話は、身につまされる。
シャッターを下ろした商店主たちは、どこへ行けばよいのか。
どこへ行ったのか。
さぞかしつらかったことだろう。
そのつらさは、私自身が経験している。

 負け戦(いくさ)なら負け戦でよい。
短期間に終わるなら、まだよい。
しかし商店のばあいは、それが10年単位でつづく。
言うなれば真綿で首を絞められたような状態。
それが綿々とつづく。
ジワジワ、ジワジワと……。
その間に、心まで蝕(むしば)まれる。
もちろん健康にもよくない。

2010年は不景気で始まり、不景気で終わった。
そんな感じがした。
もう少しワクを広げると、平成時代は不景気で始まり、
それがいまだに続いている。
「失われた10年」が、「失われた20年」になった。

今にして思えば、宮Z総理大臣、橋M大蔵大臣。
あの2人が、日本の経済をメチャメチャにしてしまった。
ある週刊誌は、この2人をさして、「戦後の日本のA級戦犯」と書いていた。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●北朝鮮、つぎの一手

 北朝鮮は、「聖戦」と称して、またまた韓国を脅した。
今度は、「核戦争の準備を整えた」(12月24日)と。
それに対して、韓国政府は、いつもの脅し(レトリック)ととらえている。
が、本当に、そうか?
そう考えてよいか?

 こういうときは、一度自分の脳を、あの独裁者の脳の中に入れてみる。
彼になりきって、ものを考えてみる。
そうすると彼の思考回路が手に取るようによくわかるようになる。
その状態で、あの独裁者のつぎの一手を考える。
で、そのつぎの一手とは……。

(1) 適当に韓国を挑発する。
(2) 韓国がそれに応じて、反撃してくるのを待つ。
(3) しばらく間を置いて、核実験を強行する。

 問題は核実験する場所だが、北朝鮮の北部や、日本海側ではない。
ズバリ38度戦のすぐ北。
韓国や在韓米軍を脅すには、最適。
そこなら全面戦争にはつながらない。
自国の領土内だから、名分も立つ。

 では、どうやって核兵器を、38度線近くまで運ぶか?
方法は簡単……というより、すでにその場所はできている。
何十本もあるとされるトンネルのひとつを使えばよい。
が、もし韓国の反撃が過ぎたものであれば、ソウルの地下で、ということも
考えられる。
ソウルの下にも、トンネルが走っている。
が、その場合は、核爆発と同時に、北朝鮮軍を一斉に南下させる。
アメリカ軍が反撃を整える前に、プサンまで南下する。
猶予期間は7日。
7日以内なら、北朝鮮は韓国を制圧できる。
それ以後だと、国連軍は反撃態勢を整える。
(2010年12月24日記)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●韓国vs中国

 少し前、中国の漁船が韓国の巡視船に体当たりをした。
韓国の領海内での違法操業が、発端だった。
その結果、中国漁船は沈没。
何人かの死者が出た。

 それについて韓国政府は、それ以上、ことを荒立てないようにという配慮からか、
「遺憾声明」なるものを出した。
「遺憾」という言葉を使った。
死者が出たことについて、「I’m sorry」と言った。
これを受けて、中国政府はそれを「謝罪声明」と曲解し、中国国内で発表した。
「韓国政府が謝罪した」と。
が、これに韓国のマスコミが一斉に反発した。
「事実を歪曲した」、「わざと反韓感情を、かきたてている」と。

 しかし「遺憾」も「謝罪」も、英語では「I’m sorry」。
「残念」「ごめんなさい」という意味。
こういうケースのばあい、「遺憾声明」を出すほうが、おかしい。
少しでも国際外交の知識があったら、こんな言葉は使わなかったはず。
ずいぶんと昔だが、日本もアメリカに対して、同じ失敗をしている。

 それに一言。

 韓国の新聞は、いつも日本のニュースをゆがめて韓国国内へ伝えている。
わざと反日感情をかきたてている。
それについては、今までたびたび書いてきた。
そういう韓国が、中国に対して文句をつける。
このおかしさ。

 少し前のことだが、中国の自動車会社が、韓国の車のデザインを盗用したと、
韓国で問題になった。
しかしその韓国は、どうか?
どうだったか?
10年前まで、日本車をコピーして車を作っていた。
前から見るとTOYOTA、うしろからみるとNISSAN。
そんな車ばかりだった。

 自分の姿を客観的に知ることは、むずかしい。
自分の国を客観的に知ることは、さらにむずかしい。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●性欲の奴隷たち

 ある賢者はこう言った。
『若者たちは老人を見ると、みな、バカと思う。
しかし老人たちは若者を見ると、みなバカと思う」と。

 その「境界」、つまり若者と老人を分ける壁が、「性欲」ということになる。
60歳を過ぎると、人は、急速に性欲から解放される。
「衰退する」とか「減退する」というのではない。
「解放される」。

 たとえばこの私。
(こういう話は、正確に書きとめておきたい。)
性欲が消えたわけではない。
ただ最近は、若い女性には、ほとんど興味がない。
どんな写真を見ても、ただの肉塊に見える。
(それとも脂肪の塊?)
胸にしても、腰にしても、ただの肉塊に見える。

 もともとただの肉塊。
肉塊でないと言うほうが、おかしい。
つまり私たちが人間として本来的にもつ本能が、私たちの目を狂わせているだけ。
性欲から解放されると、それがよくわかる。
言い換えると、この私にしても今まで、性欲の奴隷でしかなかった。
それがよくわかる。

 が、それだけではない。
若い女性、とくに化粧に化粧を塗り重ねたような女性を見ると、本当にバカに見える。
恩師のT先生は、そういう人たちを評して、「昆虫のような脳みそ」と表現した。
その言葉をはじめて聞いたときには、私は少なからず違和感を覚えた。
が、今、私も、そう思うようになった。
中身がまったくない。
ないばかりか、薄汚ささえ覚える。
まさに昆虫のような脳みそ。
そういう脳みそしかもっていない。

 性欲の奴隷となり、本能の命ずるままに行動している。
それが悪いというのではない。
それがあるからこそ、ヒトも、子孫を後世に残すことができる。
が、それに溺れてはいけない。
……と言っても、それに溺れている人に、それを説いても意味はない。
それが生きる原動力にもなっている。
あのフロイトも、それを「性的エネルギー」という言葉を使って説明した。
女性だけではない。

 男性がスポーツでがんばるのも、仕事や業績でがんばるのも、結局はその向こうに、
その性的エネルギーがあるから。
それが背後でその人を操る。

 が、60歳を過ぎると、そういう自分が、たいへんよくわかるようになる。
同時に、脳の中を、さわやかな風が吹き通るようになる。
それを私は「性欲からの解放」と呼んだ。

 だから今、私は、若者たちがみな、バカに見える。
ちょうど若者たちが私たち老人をバカと思うように、バカと思う。
自分であって自分でないものに、振り回されているだけ。

 で、今は、どうか?
相手が男性でも、また女性でも、その向こうにある「人間」を見るようになった。
「男性だから……」とか、「女性だから……」とか、そういう外見では区別しない。
1人の人間として、どうなのか、と。

 で、私と同年齢以上の人は、このエッセーを読んで、「そうだ」と納得してくれるはず。
しかし若い人たちには、このエッセーの内容すら理解できないだろう。
「そんなはずはない」とか、「はやし浩司は、きれいごとを並べているだけ」とか、
そう言って反発するかもしれない。
「何を偉そうに」と思う人もいるかもしれない。
私自身もそうだった。
私も若いころは、老人がみな、バカに見えた。

 しかしもしそうなら、男性も女性も、もう一度冷静な目で、異性をながめてみるとよい。
自分にこう問うてみたらよい。
「どうして相手が、ただの肉塊に見えないのか」と。
つまりその(見えなくしているもの)が、私であって私でない部分、つまり本能という
ことになる。

 ……ただしまったく性欲がなくなったわけではない。
ときどきだが、今でも性欲がわいてくるときがある。
突発的にと書くべきか、それとも発作的にと書くべきか。
どうであるにせよ、まったく消えてしまったわけではない。
しかしそれは小便とか大便と同じ。
それに相手は、若い女性ではない。
私のワイフである。

また若いときとちがって、そうした性欲には、いつもある種の虚しさがともなうように
なった。
その虚しさを感じたとたん、自分の中から性欲がスーッと萎(な)えていく。
それが自分でも、よくわかる。
そう言えば、10年ほど前のこと。
ワイフとこんな会話をしたことがある。
私が「今なら、混浴風呂に入っても、そこにいる女性と平気で会話ができると」と
言ったときのこと。
ワイフはこう言った。

「バカねえ。相手の女性がいやがるでしょ。どうしてあなたにはそれがわからないの!」
と。

 ハハハ。
そうだった。
相手のことを考えていなかった。
若い女性が私のようなジジイなど、相手にするはずがない。
ハハハ。
この話は、ここまで。
こういう話は、どうも苦手。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●12月24日

 今夜はクリスマス・イブ。
夜遅く、ワイフと山荘にやってきた。
毎年、家でクリスマスをささやかに祝ってきた。
2人だけで。
ときに長男を加えて3人だけで。

が、今年は、やめた。
つまり家で祝うのは、やめた。
そのかわり、教室の生徒たちといっしょに、祝った。
いくつかのゲームをした。
記念撮影もした。
それがめちゃめちゃ、楽しかった。
ワイフもうれしそうだった。
その様子は、ビデオカメラに収めた。
明日にはYOUTUBE上で、公開するつもり。

 で、ここへ来る途中、ワイフといろいろな話をした。

私「ぼくね、最近は、生徒と自分の息子たちや孫たちと区別できなくなった」
ワ「私も、そうよ」
私「なっ、そうだろ。少し前までは、生徒は生徒、家族は家族というふうに区別していた」
ワ「たしかに区別していたわね」
私「が、今はちがう。息子たちや孫たちが、毎日ぼくに会いに来てくれる。そんなふうに
考えるようになった」
ワ「そうね。あなたの生徒を見る目は、明らかに変わってきたわよ。生徒を見たとたん、
あなたの顔がパッと輝くわよ。それがわかるわ」と。

 去年までは、さみしいクリスマスだった。
しかし今年は、ちがった。
楽しかった。
つまり家族を家族と区別するから、さみしくなる。
しかしその壁を取り払えば、そこにいるのは、みな、私の家族。
とたん、今まで感じていたさみしさが、ウソのように消える。

 今年のクリスマスは、そういう点では意味があった。
自分の世界を広げることができた。
新しい感覚を、ゲット!
これからは、そのワクを広げていけばよい。
みなさん、メリークリスマス!

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●良妻vs悪妻

 昨日、二男にこんなメールを出した。
「貴君のワイフはすばらしい人だよ。自信をもっていいよ」と。
すかさず二男から返事が届いた。
「どうして、パパにそれがわかるのか?」と。

 で、私はこう書いた。
「ぼくは若いころから、女性の世界で生きてきた。
今でも毎日、10~20人の母親と呼ばれる女性と会っている。
だからそれがよくわかる」と。

 良妻か悪妻か。
それは当の夫には、判断できないかもしれない。
良妻であっても、悪妻であっても、その女性しか知らない。
比較して判断することができない。

しかし良妻と呼ばれる人は、たしかにいる。
またそういう女性と結婚した男性は、幸福。
そうでない男性は、不幸。
さらに悪妻と結婚した男性は、もっと不幸。
が、不幸なことに、自分が不幸であることにさえ気がつかない。
やがて子どもができたりして、一生を、憂うつなまま過ごす。
棒に振る。

 それについてワイフがやはり車の中で、こう聞いた。
「じゃあ、どうして結婚してしまうのかしら?」と。

私「本能の力のほうが、それだけ強力ということじゃないかな」
ワ「がまんできなくなるというわけ」
私「そうだろうね。そこに異性がいると、たがいにがまんできなくなる。
だから結婚してしまう。理性のブレーキが働かなくなる」
ワ「私たちもそうだったかしら」
私「例外はないよ」と。

 悪妻になるとわかっていても、性欲のほうが理性を押しつぶしてしまう。
だから結婚する。
子どもまで作ってしまう。
しかしそのあたりで、「恋のホルモン」の有効期限が切れる。
とたん、そこに待っているのは、きびしい現実。
悪妻だったからという理由で、離婚することもできない。

ワ「だったら、結婚なんて、くじを引くようなものね」
私「ぼくも、そう思う。くじ引きと同じ」
ワ「でもそのときは、『この人しかいない』と思って、みな、結婚するわよ」
私「ハハハ、それが本能。本能のなせるわざ」
ワ「で、あなたはどうなの?」
私「ぼくかあ? ぼくねえ? ぼくは運がよかったと思っているよ。
お前のようないいワイフに恵まれて……」と。

 良妻か悪妻か。
それは10年とか20年とかでは、わからない。
少なくとも子育てが終わるまで、わからない。
そのころわかる。
子育てが終わったとき、ともに理解しあい、助けあい、励ましあうことができるなら、
良妻ということになる。
が、それよりも大切なことは、そばにいるだけで安心感を覚えること。
やすらぎを覚えること。
ふだんは空気のような存在。
けんかもするが、2日以上は、つづかない。
それがあれば、良妻。
それがなければ、悪妻。

私「派手な恋愛をしたからといって、幸福な家庭を築くとはかぎらない。
結婚式にしても、そうだ。
皮肉なことに、派手な結婚式をしたカップルほど、あとがあやしいね」
ワ「……」と。

 これは慰めか。
私たち夫婦は、その結婚式をしていない。
そのお金がなかった。
が、今になってみると、しなくてよかったと思っている。
私流の生き様を貫くことができた。
一抹のさみしさは、ある。
しかしそれは耐えられない(さみしさ)ではない。

 晃子へ、

 いろいろ今まで、ありがとう。
口ではうまく言えないが、愛しているよ!

 二男へ、

 最近の若い女性には、貴君が想像もつかないようなバカが多い。
「バカママ」という言葉が、一時流行語になったが、それが最近はさらにひどくなった。
理性のひとかけらもないような女性が、母親の顔をして、子育てをしている。
まだ幼児の子どもに、整形手術を施したりしてね。
ああいうのは、法律で禁止すべき、と、ぼくは思う。
先日は、コンビニで自分の息子(小学生)に、「テメエ、マジ、バカか!」と叫んでいた
母親を見かけた。
まともな日本語すら、話せない。

 貴君は幸いにも、そういう女性を知らない。
そういう世界で生きていない。
だから身近にいる人の、すばらしさが理解できない。
貴君のワイフは、まちがいなくすばらしい人だよ。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●コタツの中で

 ワイフは隣の部屋で眠っている。
私はこうしてコタツの中で、文を書いている。
私にとっては、至極のとき。
楽しい。
できるなら明日の朝まで、こうして文を書いていたい。

 外気は冷たいはずなのに、寒さを感じない。
コタツだけで、じゅうぶん暖かい。

どうしてだろう。
どうしてこんなに文を書いていると、楽しいのだろう。
いや、反対に1日も文を書かないでいると、頭の中がモヤモヤとしてくる。
それが、私にはかえって苦痛。
だから文を書く。
書いて、モヤモヤを叩き出す。
その爽快感は、たまらない。
たとえて言うなら、便秘か何かでたまったウxxが、ドサッと出たときの気分に似ている。
うまく文章にまとまれば、なおさら。

 さらに最近は、私に似た人に出会うと、うれしくてならない。
「私はヒマさえあれば、文を書いています」「私もそうです」と。
とたん100年来の友人のようになってしまう。

 ……そう言えば、今井修という人もそうだった。
この浜松に住むようになって、最初の友人だった。
年齢は、私より7歳ほど、上だった。
その今井さんも、いつも原稿用紙に文を書いていた。
「いつか作家になる」が、口癖だった。

 その「今井修」という名前が出てきた。
ワイフのほうから、その名前を口にした。
「あの今井さんは、若くして死んでしまったわね」と。

 いつも焼酎片手に、タバコを吸いながら原稿を書いていた。
死因は食道がん。
わかりすぎるほど、わかりやすい死因だった。
ちょうど30歳になったときのことだった。

私「ぼくね、今井さんを思い出すたびに、今井さんの分まで、書いてやろうという
気持ちになるよ」
ワ「いい人だったわね」
私「そうだよ。本当にいい人だった」
ワ「文章はどうだったの?」
私「昔風の、くどい文章だった。ぼくは好きではなかった。ほら、ぼくは短い
文で、ポンポンと書くのが好きだったからね。漢字もできるだけ使わないように
している」
ワ「今井さんは……?」
私「ほら、あの人はアル中だっただろ。酒を飲んでいないと手が震え、ペンが
持てなかった。だからああいう文章になったんじゃないかな」と。

 文の書き方は、人それぞれ。
みな、ちがう。
読む側にしても、好き好きがある。
私の文章が好きという人もいれば、そうでない人もいる。
私は私。
今井さんは今井さん。
しかし重要なことは、自分の心を偽らないこと。
ありのままを、正直に書くこと。
文のじょうず、へたは、次の次。

 だれのためでもない。
文というのは、自分のために書く。
多くの人に読んでほしいとは思う。
しかしだからといって、媚(こび)を売ってはいけない。
言い換えると、私は文を書いているときだけ、言いようのない解放感を覚える。
大空をはばたくことができる。
またそれがあるから、文を書く。

 ……ということで、かなり眠くなってきた。
12月24日は終わり、今はもう25日。
2010年12月25日。
では、みなさん、おやすみなさい!
今日も、1日、無事、終わりました!
ありがとうございました!


Hiroshi Hayashi+++++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司

●実例

 こんな話(例1)

 その男には、子どもがいた。
若いころ、たまたま遊んだ女性との間にできた子どもである。
しかしその男は、そのことを告げないで、相手の女性と結婚した。
で、それから20年。
ある日、突然、その子どもがその男の前に名乗り出た。
「私はあなたの子どもです。母から、聞きました」と。
そのことが、妻の耳にも入り、家の中は大騒動。
妻は、「娘(当時10歳)が、中学を卒業したら離婚する」とまで言い出した。

 こんな話(例2)

 その女性は結婚してからも、妊娠できず、病院通いをしていた。
表向きは「不妊症」と言っていたが、実際は「アッシャーマン症候群」。
若いころの中絶のときの処置が不適切で、子宮の内膜に傷がついてしまった。
「子宮腔癒着症」とも呼ばれ、子宮の内膜がうまく成長することができなくなる病気を
いう。
排卵などは正常に行われるのだが、着床がしにくくなる。
中絶や流産が必ずしも不妊症につながるというわけではないが、ここにあげたような
ケースは少なくない。

女性の両親は、それを知っていた。
知らないのは、夫だけ。
現在の今も、妻と不妊教室に通いながら、子ども作りに励んでいるという。


●本来なら……

 本来なら、こうした過去は、結婚時、あるいはその前に相手に話すのがよい。
(私は、話すべきと思うが……。)
「ぼくには別に子どもがいる」「私は若いころ中絶したことがある」と。
その上で、たがいに納得した上で、結婚する。
それをしないというのは、それ自体、不作為による背信行為ということになる。
(「不作為」というのは、法律用語で、「本来ならすべきことをしないで」という意。)

 が、問題は、父親にせよ、母親にせよ、それを知っていたばあい。
いろいろなケースがある。

 こんな話(例3)

 息子の嫁が自宅に泊まったときのこと。
母親は、嫁の体に妊娠線(妊娠した経験のある女性に現れる、特有の線模様)が
あることを見てしまった。
しかし息子は、それに気づいていない。
妊娠線がどういうものであるかすらも知らない。

 こういうケースのばあい、たいていの親は、そのまま黙ってしまう。
大切なことは、息子にせよ、娘にせよ、幸福な家庭を築くこと。
だれにもひとつやふたつ、過ちや失敗(?)はある。
母親はその事実を、墓場までもっていくことにした。
嫁は嫁で、生涯、それについて夫に話すことはないだろう。

 こんな話(例4)

 相手の娘には、重度の人格障害があった。
子どものころは、不登校を繰り返し、それが終わると今度は、家庭内暴力。
家の外ではおとなしかったが、家の中では暴れた。
青年期に入ると引きこもりを繰り返し、定職にも就かなかった。
病院で、うつ病の薬を処方してもらっていた。

 が、結婚。
自分の息子が、「どうしても」というので、結婚した。
かなり資産家だった。
両親は興信所を使って、相手の女性、つまりその娘について調べた。
その娘の過去を知った。
が、いくら説得しても、息子は、「結婚する」と。
相手の両親にも、それとなく反対の意思を伝えた。
が、相手の両親は両親で、「良縁です」「良縁です」と喜ぶだけ。
話し合いにならなかった。

 現在、息子夫婦は同じ市内に住んでいるが、行き来は途絶えた。
子ども(孫)も2人生まれたが、この5年、会っていないという。

●誠実

 誠実に生きるというのは、むずかしい。
が、こんな皮肉な話を耳にしたことがある。

 「不倫相手の方が、何でも話せる」と。
つまり相手が不倫相手だと、夫や妻にさえ話せないような話でも、話せる、と。
これはどういう心理によるものなのか。
ワイフに相談すると、ワイフがこう教えてくれた。

「不倫という罪深いことをたがいにしているから、罪の意識が薄れるんじゃ、
な~い?」と。

 そうかもしれない。
そうでないかもしれない。
「だったら、はじめっから、不倫相手と結婚すればいいのに」と私。
「そのほうが、たがいに誠実でいられる」と。
 
 ともかくも、こうして男と女のドラマが始まる。
またそうであるから、10組の夫婦がいれば、10通りのドラマが生まれる。
が、それが人生。
人間の人生。
みな、同じようだったら、つまらない。
おもしろくない。

 ほかにもいろいろ書きたいことがあるが、今朝はここまで。

 みなさん、おはようございます。

2010年12月25日朝記


Hiroshi Hayashi++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司

【子どもの自己主張】

●自己主張する幼児たち(年中児、3~5歳児)@BW幼児教室(子どもクラブ)
 はやし浩司 2010-12ー24 Hamamatsu Japan

(YOUTUBEより)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司












Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

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