2010年12月26日日曜日

*Diet in Mid-winter time

●12月26日夜・日曜日(はやし浩司 2010ー12-26)

●真冬のダイエット

 この数週間、体重計には乗らなかった。
……乗れなかった。
こわかった。
が、数日前、近くの温泉に行った折、乗った。
恐る恐る……。
ジャジャーン!

何と64・5キロの、2・5キロ、オーバー。

 早速、一昨日から、ダイエット。
小食+運動、あとはコンニャク食。
で、昨日体重を量ってみたら、63キロ。
今日は、62・5キロ。

ほっとしたのも束のが、異変はすぐ起きた。
体がいわば、ガス欠状態になってしまった。
寒い。
とにかく寒い。
寒いというより、どこにいても、体の芯から冷える。
ストーブをたいていも、寒い。
こたつの中に入っても、寒い。
布団乾燥機をつけ、ふとんにもぐっても、寒い。

 ワイフがそのつど、葛根湯を作ってくれた。
それでも寒い。

 ……ということで、今夜は、カニすき鍋。
ダイエットは、一時、中断。

●「日本の論点・2011」(文藝春秋)

 こたつの中で、「日本の論点」を読む。
あちこちを拾って読む。
その中のひとつ。
葬儀。

 「葬儀など不要」と説く人。
「葬儀は必要」ととく人。

 私はどちらでもよいと考える。
人、それぞれ。
それぞれが、納得する方法で、すればよい。
こうした議論そのものが、ナンセンス。
したい人は、すればよい。
したくない人は、しなければよい。
したい人に向かって、「しなくてもいいです」と言う必要はない。
しない人に向かって、「したほうがいいです」と言う必要はない。

 が、こういう問題もある。

 「葬儀は不要」と思っていても、世間体という圧力をはねかえすためには、相当の
覚悟とエネルギーが必要。
私自身がそうだった。
そこで自分なりの理論武装。
母を介護している間、20年ぶりに、あちこちから宗教論について書いた本を引き出し、
それを読んだ。
が、こうした理論を自分のものにするには、熟成期間が必要。
5年とか、10年とか、そういう時間の経緯が必要。
「今日読んだから、明日から、私もそうします」というわけにはいかない。

 で、その熟成期間を待たずして、実兄が他界。
つづいて実母が他界。
結局、世間並みの葬儀をすることになってしまった。
世間体という圧力と闘うのは、それほどまでに難しい。

●葬儀

 葬儀費用は、平均で220万円前後だそうだ(「日本の論点)。
実兄のときは、それ以上にかかった。
実母のときは、それ以下ですんだ。
間に2か月しかなかった。
実兄の100か日法要と、実母の七七回忌が重なった。

 で、その葬儀を振り返ってみて、こう考える。

 やはり葬儀というのは、質素にやればよい、と。
直送でも自然葬(密葬)でもよい。
派手にやったから、よいというのでもない。
質素にやったから、悪いというのでもない。

 ただ大切なことは、それぞれの人が、相手の葬儀の仕方、あるいは葬儀のやり方を、
理解すること。
受け入れること。
尊重すること。
いくら相手のやり方が気にくわないからといって、それをとやかく言ってはいけない。
それこそ「傲慢」というもの。

 一方、葬儀をする人は、自分流のやり方を、声高らかに、宣言すればよい。
「うちでは、こうします!」と。
地域によっては、勇気のいることかもしれない。
しかし、宣言する。
自分流のやり方を、押し通す。
もしそれをとやかく言う人がいたら、こちらから蹴飛ばしてやればよい。

 ……しかし220万円前後?
私の年金は、月額6万4000円。
34か月分。
約3年分。
葬儀費用もバカにならない。

●日曜日

 昨夜は、午前1時ごろまで義兄の家で、話し込んだ。
長話をした。
家に帰って寝たのが、午前2時。
今朝起きたのが、午前9時。
「まだ6時ごろかな?」と思って起きたら、午前9時だった。

 で、今日は日曜日。
やるべきことは、山のようにある。
そのひとつが、年賀状書き。
おおまかなデザインは、決まっている。
たいした作業ではない。
その気になれば、1時間足らずですむ。
が、その1時間を作るのが、むずかしい。
どうしても後回しになってしまう。
今の今も、そうだ。

 年賀状を書くより、こうして文を叩いていたほうが、楽しい。
どうしよう?

 ……先ほど、ワイフが買い物に行かないかと声をかけてくれた。
ということで、これから買い物。
カニすき鍋のカニを仕入れてくる。
ついでに同じものを、義兄に届けてくる。
昨夜は、真夜中まで、失礼をした。


Hiroshi Hayashi++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司

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