●ユーモア(日本人と笑い)(Humor and the Japanese)
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私が若いころ、だれかが言った。
「日本人には、ユーモアがわからない」と。
それから40年ほど。
今になって、それを再確認しつつある。
たとえば子どもたちでも、私が何かユーモアを
話しても、内容そのものが、理解できない。
中には、「どうして、そんな話がおもしろいの?」と
聞いてくる子どもさえいる。
昨日も、小4の子どもたちに、こんな話をしてみた。
「あるアメリカ人が、1時間ほど、講演をした。
たいへんおもしろい話をした。
しかしみな、英語がわからなかったのか、だれも
笑わなかった。
そこで横にいた通訳に、通訳してくれるように
頼んだ。
その通訳は、みなに、こう言った。
『今、このアメリカ人はたいへんおもしろい話を
しました。
みなさん、笑ってやってください』と。
すると、みなが、ドッと笑った。
それを見て、講演をしたアメリカ人は驚いて
こう言った。
『君は、すばらしい通訳だ。
私が1時間もかかって話したことを、たった一言で
通訳した』と」と。
先にも書いたが、小4の子どもたちはだれも笑わなかった。
またそのあとの小6のクラスでも、同じ話をしてみたが、
だれも私ら笑わなかった。
そこで、私が「どうして君たちは、笑わないのか?」と聞いた。
すると、1人の男の子がこう言った。
「おもしろいのはわかるけど、笑うような話ではない」と。
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●ユーモアと詩
民族性というか、国民性というか?
日本人はユーモアが苦手。
それはそれとして、ユーモアと同じように、もうひとつ気になっているのが、「詩」。
アメリカでもオーストラリアでも、また欧米でも、「詩の朗読会」というのがある。
あちこちである。
音楽会と同じように、開かれている。
しかしこの日本で、少なくとも私の周辺で、詩の朗読会が開かれたという話は、聞いたことがない。
声のすばらしい人が、ピアノの演奏などのような軽い音楽をBGMに使いながら、詩を朗読する。
英語国の人は、声が太いので、意味はわからなくても、聴いているだけで、うっとりする。
もちろんだからといって、日本人が異質であるとか、遅れているとかいうのではない。
日本には日本のよさがある。
外国にはなくても、日本だけにあるものも多い。
しかしことユーモアとなると、これはセンスの問題。
つまり学習と訓練の問題。
日本人は子どもときから、そういう訓練を受けていない。
一般論としては、思考の柔軟な人ほど、ユーモアを楽しむ。
ユーモアに対して、おおらか。
つまりその分だけ、日本人は、頭が固い(?)。
まじめすぎる(?)。
いろいろ理由は考えられるが、しかし子どもたちにユーモアを話してみて、これほどまでに、日本人がユーモアを理解できない民族だったとは知らなかった。
再発見というか、驚いた。
ついでに今朝、証券会社の女性から電話がかかってきたから、こんな話をしてみた。
その女性(30歳前、未婚)も、笑わなかった。
話の内容も理解できなかった。
こんな話だ。
『ある男は、毎晩、床へ入る前に、バイアグラと鉄剤を飲んで寝ている。
だからその男の体は、朝になると、いつも北を向いているそうだ』と。
このユーモアを読んで笑ったあなたは、かなり思考の柔軟な人ということになる。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 ユーモア ユーモアのセンス 日本人と笑い)
Hiroshi Hayashi++++++++Oct. 09+++++++++はやし浩司
2009年10月9日金曜日
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