【ささやかなトラウマ】(ペットボトルの小便)
●1本のお茶
居間に入ると、そこに1本のペットボトルが置いてあった。
床の上に、直接、置いてあった。
500ミリリットル入りの、小さなペットボトルだった。
「おいしいお茶」という文字が、目に留まった。
見ると、先端のフタが、少しあいていた。
量も数センチ、減っていた。
「どうしてこんなところに……?」と思った。
横には、テーブルがある。
そこから1、2メートル離れたところには、コタツもある。
私は、じっとそのペットボトルをながめた。
たしかにお茶らしい。
しかし本当に、お茶なのか?
「ワイフがどこかで買って、飲み忘れたのかもしれない」と思った。
あるいは「息子かも……?」と。
しかし息子は、日本茶は飲まない。
私は、そのペットボトルを手でつかんで、もった。
どこもおかしなところはない。
汚れたところもない。
鼻に近づけて、においもかいでみた。
とくにおかしなにおいも、しなかった。
しかし飲むことはできなかった。
●バスの中で
そのとき、私とワイフは、岐阜県にある、実家へと向かっていた。
午前11時から、法事を予定していた。
バスといっても、今では、1、2時間に1本くらいしかない。
しかも乗るとすぐ、こんなアナウンスが流れる。
「このバスは……県の補助金を受けて……運営されています」と。
要するに、赤字路線で、本来なら廃止すべき路線だが、県の補助金で走っているということらしい。
実に恩着せがましい。
いやな言い方。
……そう思いながら、バスの中をながめると、客は、5、6人。
ほとんどが老人である。
バスはやがてすぐ、岐阜市の郊外に出た。
1人、2人……と降りていく。
そのうち客は、私たち夫婦と、前のほうに座っている男性だけになった。
春の終わりごろで、道路は白く乾いていた。
店の前に並ぶ、旗がゆらゆらと、風にたなびいていた。
●水分
私は水分を、ほかの人たちよりも、大量に摂取する。
「飲む」というよりは、「摂取」する。
飲料水はもちろんのこと、水っぽい食べ物なら、何でもよく食べる。
ミカンでも、イチゴでも、スイカでも……。
夏場になると、昼からだけでも、2リットル入りのペットボトルを、2本くらいは飲む。
自分では血圧が低いせいと言っているが、本当のところ、理由はよくわからない。
いつも水分を補給していないと、口がさみしい。
その日もそうだった。
JR岐阜駅に着くまで、何本かのお茶を飲んでいた。
で、当然のことながら、トイレに行く回数も多い。
が、それも、私にとっては快感。
ぎりぎりまでがまんして、なみなみと、小便を出す。
●尿意
JR岐阜駅から郷里のM町まで、時間にすれば、50分前後。
私は下半身に尿意を感じ始めた。
不吉な予感。
いやな予感……。
私「おしっこがしたくなった……」
ワ「こんなところで……!」
私「うん……」と。
バスは、いわゆる各駅停車。
乗り降りする客もいないから、よけいにのんびりと走っていた。
私は背筋を伸ばしたり、曲げたり……。
腰を浮かせてもみた。
しかし、そういう状態になると、打つ手なし。
が、じっとしているのも、つらい。
ワ「途中で降りようか?」
私「……」
ワ「がまんできるの?」
私「……無理……」と。
つぎのバスを待っていたら、法事に間に合わなくなる。
●ワイフの提案
バスは関市を走っていた。
岐阜市の隣町である。
私は、何度も頭の中で、時間を計算してみた。
「あと15分……?、それとも10分……?」と。
足を小刻みに震わせながら、私は、腰に不用意な力が入らないようにした。
が、バスは揺れる。
体も揺れる。
そのたびに、小便が漏れそうになる。
私の硬直した顔……たぶん、そのときはそうなっていたと思うが、ワイフが助け船を出してくれた。
ビニール袋から、ペットボトルを出して、「これにしてきなさいよ」と。
私「ここで……?」
ワ「……後ろのほうでよ……」
私「うん……」と。
ペットボトルのほうには、まだ3分の1ほど、お茶が残っていた。
私はそれを一気に飲んだ。
そして空のペットボトルをもち、何食わぬ顔をして、うしろの座席へと向かった。
●排尿
それは私の生涯において、はじめての経験だった。
本当に、はじめての経験だった。
私は座ったまま、あれを出すと、それをペットボトルの口に付けた。
意外とうまくいきそうな感じだった。
私はゆっくりと、小便をその中にした。
これもうまくいった。
で、男性のばあい、(ワイフの話では、女性はそれができないそうだが……)、途中で止めることもできる。
小便を全部出す必要はない。
膀胱の圧力が減れば、それでよい。
私はかげんを見て、小便を止めた。
ちょうどよい位置で、小便は止まった。
見ると、8~9割程度、ペットボトルがいっぱいになっていた。
私は、それにフタをした。
気が楽なった。
同時に、「お茶と小便は、区別がつかない」と知った。
●居間で
私はまだペットボトルを手にしていた。
「ひょっとしたら……」という思いが、何度も頭の中を出たり、入ったりした。
「ワイフがどこかで拾ってきたのかもしれない」とも思った。
ふだんなら、つまりそれがテーブルの上にでも置いてあれば、私はさっさとフタを開けて、それを飲んだだろう。
が、飲めなかった。
もう一度、においをかいでみた。
お茶のにおいだった。
しかし自信がもてなかった。
私はじっとそのまま、ペットボトルをながめた。
と、そこへワイフが、帰ってきた。
ドヤドヤと。
私「おい、これお茶か?」
ワ「そうよ」
私「本当か?」
ワ「お茶じゃなかったら、何なのよ」
私「そうだな……。でも、どうして床の上に置いたのだ?」
ワ「知らないわよ、そんなこと……」と。
私はおもむろに、ペットボトルを口につけると、それを飲んだ。
お茶の味だった。
ほっとした。
完璧にお茶の味だったとは言えないが、お茶の味だった。
ところで、あのバスの中でした小便は、どうしたかって?
ちょうどM町のバス停を降りたところに、自動販売機があった。
その横に、それを捨てるカゴが置いてあった。
私は、そのカゴの中に捨てた。
が、それについても、今から思うと、気がとがめる。
捨ててから気がついたが、だれが見ても、あれはお茶。
まちがえてだれかが飲むかもしれない……と思ったが、そのときには、背を向けて実家のほうに向かって歩き出していた。
まさか、ゴミ箱の中のペットボトルのお茶(小便)を飲む人はいないと思うが……。
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(補記)
こういうこともあるから、ペットボトルの口は、もっと大きくしたらよい。
あれが、すっぽりと入るくらいの大きさがよい。
ついでに、女性用のペットボトルも考えてほしい。
どうすればよいかについては、まったく、NO IDEA。
が、しかし自然現象だけは、だれにでも起きる。
もっともカーケア用品の店に行くと、ポータブルのトイレなどは売っているが……。
Hiroshi Hayashi++++++++OCT.09+++++++++はやし浩司
●野生の山鳩のヒナ
野生の山鳩のヒナの様子を、ビデオに収録した。
あるいは、下をクリック(↓)
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