【3日目の朝に】(短編小説byはやし浩司)(はやし浩司 2012-04-07)
(第1日目の朝)
●俵 周人
俵 周人(たわら・しゅうと)、83歳。
男性。
元司法書士。
「元」をつけるのは、現在は、引退中。
というより、事務所を閉鎖して、すでに10年近くになる。
2人の息子がいたが、それぞれは独立し、現在は、東京とアメリカに住んでいる。
共に音信が途絶えて、25年。
事務所を手伝っていた妻、由紀子は、事務所を閉鎖する、その少し前に他界。
享年、65歳だった。
その周人が、その朝、こんな夢を見た。
●公民館
周人は、どこかの公民館らしき部屋の中にいた。
木造の、古さを感じさせる建物だった。
歩くと、あちこちで、床が、ギシギシときしんだ。
柱に塗ったペンキも、ところどころはげ落ちていた。
周人は、その部屋の前のほうに立っていた。
村の人たちが、何かの会合を開いていた。
その周人に向かって、10数人の、男や女たちが座っていた。
周人は、男や女たちに向かって、こう言った。
「私は神様のような者です」と。
とたん部屋の中は、笑い声で埋まった。
中にはあからさまに、侮蔑の念を表情に浮かべる男もいた。
が、周人はつづけた。
「ここにいる皆さんは、私が勝手に、頭の中で想像した人たちです」と。
さらに笑い声は、大きくなった。
「先生は、おもしろい人だ」と。
そんな声も聞かれた。
が、周人はひるまなかった。
「私は今、夢を見ています。みなさんは、その夢の中の人たちです。だからみなさんは、私が勝手に、つまり頭の中で想像した人たちです」と。
●夢
周人は、それが夢であることを知っていた。
若いころから、ときどき、そういうことがあった。
夢を見ながら、別の意識が、「これは夢である」と、周人に教えた。
周人はそれを知り、「ああ、これは夢だ」と、自分に言って聞かせた。
そのときも、そうだった。
「ああ、これは夢だ」と。
だから周人は、男や女たちに向かって、こう言った。
「みなさんは、実は、存在しないのです」と。
周人は、そう言いながら、ふと前に見た夢のことを思い出した。
よくそうして、この公民館らしき部屋の中で、話したことがある。
いつだったかは思い出せない。
が、はじめてではない。
村で、何かの問題が起きるたびに、周人は、よく意見を求められた。
村で、ただ1人の、法律の専門家だった。
そのためその村では、「先生」と呼ばれていた。
そう、そのつど、こうしてみなの前で立って話をした。
●反論
すると左の隅にいた若い男が、こう聞いた。
若いといっても、50歳を過ぎていただろうか。
笑い声を含んだ、言い方だった。
「……つまり、私は、あなたの想像上の人間ということですか」と。
周人は、その質問にも、きっぱりとこう答えた。
「そうです!」と。
とたん、さらに大きな笑い声が、部屋中に響いた。
男「しかし、……私はね、今日、一日中、農協の手伝いをし、車を運転していましたよ」
周「それも、私がそのように想像したからです」
男「想像? そんなはずはありません。ほら、手だって、ちゃんと汚れている」
周「それも私がそのように想像したからです。私が想像したとおりに、あなたは話しているだけです」
男「じゃあ、そのあと私はどこへ行ったか、先生は、ご存知ですか」
私「知っていますよ。……そう、あなたは、水車小屋へ行き、そこで水の流れを調べましたね」
男「ハハハ、そうですが、先生は、私をどこかで見ていたのでしょう」
私「見ていたのかもしれません。映画の中のように、あなたの姿がはっきりと思い出せます」
男「……話にならない!」
周「私は、今、夢を見ているのです。みなさんは、私の夢の中の人たちなのです」と。
するとだれかが、こう言った。
その声に同調し、さらに何人かの男や女たちが、こう言った。
「だったら、証拠を見せてくださいよ」と。
●意識
周人は、かなりムキになっていた。
軽い興奮状態になった。
心臓の鼓動が大きくなるのが、自分でもよくわかった。
が、夢の中でそうなるのは、たいへんまずい。
「このままでは、目が覚めてしまう……」と。
周人は、自分の夢にしがみついた。
「証拠……? たとえばみなさんの怪我や病気だって、治せます。どんなことだって、できます」と。
気がつくと、1人の男が、周人の前に立っていた。
その2日前、草払い機で土手の草を刈っているとき、土手から落ちた。
そのとき、腕の骨を折った。
周人には、その事故のときの様子が、やはり映画でも見たかのように、よくわかっていた。
「どうしてだろう?」と、周人は思った。
意識がかすかに揺れた。
周人は、自分が夢を見ていることを、忘れ始めていた。
●義理の妹
周人は男の腕に、自分の手を置いた。
置きながら、「痛いですか」と聞いた。
固いギブスが、ひんやりと冷たかった。
その様子を見て、男は、こう言った。
「やはり、治せないじゃないか」と。
周人は、1歩、足をうしろへ引いた。
軽い敗北感を覚えた。
周人は、最前列に座っている女に話しかけた。
年齢は、やはり50歳くらいだった。
見覚えのない顔の女性だった。
周「あなたは、だれですか?」
女「あら、いやだ。先生ったら、私を忘れている。私はあなたの妹です。義理の……」
周「義理の妹?」
女「そうですよ。先月、父の法事で会ったばかりでしょ」
周「会った?」
女「……先生、だいじょうぶですか」
周「……ハア……?」と。
周人は、その法事のことは知らなかった。
その女性に会ったこともなかった。
義理の妹?
「義理の妹って……?」と思ったが、それは口にしなかった。
周人は、その場を、ごまかした。
「ハハハ、そうでしたね。ごめんなさい」と。
そこにいた男や女たちは、また笑った。
周人が、何かを口にするたびに、よく笑った。
●あの世
会場は、どこか薄暗かった。
そのあたりだけが、1、2個の裸電球で、白く照らし出されていた。
だれかが言った。
「先生の話は、おもしろいですね。もし私たちが先生の夢の中の人間であるとするなら、先生の住んでいるもとの世界は、どんな世界ですか」と。
周人はそのとき、懸命に、もとの世界を思い出そうとしていた。
「私は、俵 周人だ。名前はわかる。しかし……ここはどこなのか」と。
が、周人は、こうつなげた。
「……ええと、ここがここだとするなら、私のいたもとの世界は、あの世……ということになりますね」と。
懸命の反論だった。
再び、そこが夢の世界であることが、周人には、はっきりとわかった。
男「あの世? ならば先生、あの世は、どんな世界ですか」
周「……ここと、まったく同じです」
男「まったく同じ? 同じということは、どういうことですか」
周「今のみなさんと同じような人たちがいて、同じような生活をしています」と。
事実、その通りだった。
そこにいる男や女たちにしても、またその部屋にしても、周人の記憶のどこかにあった人や部屋にちがいない。
深い無意識の世界に潜んでいた記憶が、意識の世界に、浮かびあがってきた。
それが夢となった。
男「仮にですよ、仮にです。もしあなたがあの世で目を覚ましたら、私たちはどうなるのですか」
周「……目を覚ましたら、ですか? ……そうですね、あなたたちは、そのまま消えます」
男「先生の話は、おもしろい。私たちが消えるだなんて……。私たちは消えませんよ」と。
笑い声は、さらに大きくなった。
「そうですね」と思った瞬間、周人も、みなといっしょに笑い出した。
とたん、周人の意識は薄らいだ。
公民館らしき部屋が、暗闇の向こうに遠ざかった。
周人は、目を覚ました。
こう思った。
「やはり夢だった」と。
●夢日記
有料の老人ホームだった。
周人は、その一室で横たわっていた。
1畳分ほどの畳(たたみ)を、やや長くしたベッドの上に寝ていた。
白いシーツが、足にからみ、その上から、乾いた風がやさしく吹きつけていた。
温風機が、その上の壁にあった。
周人は、夢の中のできごとを思い出そうとしていた。
が、夢というのは、時間がたつと忘れてしまう。
ばあいによっては、1~2分で、忘れてしまう。
意識といっても、表層の意識。
脳の表面をかすめ、そのままどこかへと去っていく。
そこで周人は、若いときには、夢日記をつけていたこともある。
周人には、それが楽しかった。
妻の由紀子が生きているときには、その日記を、あとで読んで聞かせてやったりもした。
それを聞いて、由紀子はいつもこう言った。
「あなたの夢は、いつも映画みたい」と。
が、夢は夢。
夢日記につづられた話は、奇想天外というよりは、連続性のないものばかりだった。
背景も、そこに出てくる人たちも、また状況も、ちがっていた。
楽しく笑うような夢もあれば、反対に、何かに追い立てられ、苦しむ夢もあった。
が、夢日記を長くつづけていると、夢にも一貫性があることがわかるようになる。
周人は、いつだったか、それに気づいた。
自分の夢日記を読んでいたときのことである。
そのころの周人は、たとえば周人は、電車やバスに乗り遅れそうになる夢を、よく見た。
飛行機に乗り遅れそうになる夢を見たこともある。
そのことから、周人は、そういった夢を見る理由として、周人自身がもつ強迫観念によるものと知った。
しかし連続性はない。
今朝見た夢のつづきを、明日の朝、もう一度見るということはない。
周人は、夢がもつ、多様性……つまり脳の広さには、いつも驚いた。
●車椅子
周人は、枕元のベルを押した。
車椅子に移動するには、介護が必要だった。
右足の関節を痛めて、10年以上になるだろうか。
そのころから歩くと激痛が走るようになり、その数年後、人工関節の埋め込み手術を受けた。
さらにその数年後、周人は、現在の、この有料老人ホームに入居した。
それまで住んでいた家と土地を売り払い、それを預託金とした。
ほかに1200坪の農地があるが、それは死んだ父名義のままになっていた。
介護度は2。
実際には3かも?
一度、車椅子に座ったら、一日中、そのままということも珍しくなかった。
数日前には、ケアマネの男から、「特養(特別養護老人ホーム)の申し込みをしておきました」と言われた。
周人は、2度目のベルを押した。
夕食以後は、水分をとらないようにしている。
しかし尿意だけは、何ともしがたい。
し尿ビンをベッドの下から引き出そうとしたそのとき、介護の若い男が入ってきた。
愛想はよいが、形だけ。
口はうまいが、心がこもっていなかった。
手際よく周人の世話をしたあと、その若い男は、そのまま部屋を出て行った。
周人は、そのままひとりで、そこに残された。
●日記
あとは食事の時間を待つだけ。
介護士が決まった時刻になると、食事を運んできてくれる。
食堂もないわけでない。
その時刻の前に、食堂へ行けば、食堂で食事をとることもできる。
しかし周人のように、頭のしっかりした老人は、少ない。
ホームの約半数の人は、認知症か何かにかかっている。
話しかけても、反応がない。
一日中、何も話さないで、ボーッとしている人も多い。
周人はそういった老人と、いっしょに食事をするのがいやだった。
それで特別なはからいということで、たいはんの食事は、自分の部屋ですましていた。
周人にしても、ホームの人以外の人と話す機会は、ほとんど、ない。
話すといっても、内容は、いつもテーマ。
同じ話。
あとは、古いワープロを使い、その日の日記を書く。
それが周人のゆいいつの、日課になっていた。
●熟睡剤
「どうすれば、夢のつづきを見ることができるだろうか」
周人は、その日は、それだけを考えていた。
頭の中で、夢の中で会った男や女の顔を思い出していた。
「また会えるだろうか」とも。
が、今までの経験では、それはなかった。
つまりできなかった。
夢日記をつけていたとき、それを知った。
とくに現実と夢の世界が混濁するというのは、精神状態が、かなり危険な状態であることを示す。
精神病質の心配がある。
何かの本に、そう書いてあった。
では、連続性のある夢はどうか。
連続映画のように、その翌日、そのつづきを、見るとか。
そんな夢でも、精神状態が、かなり危険な状態になっていることを示すのか。
が、周人は、もう一度、今朝の夢に戻りたかった。
あの男と、もう一度、議論してみたかった。
「君は、ぼくの想像力が作った、架空の人間だ」と。
それをはっきり、それを言ってやりたかった。
そのための方法がないわけではない。
熟睡剤を多めにのめば、朝方、軽い幻覚症状が起きる。
それを利用し、夢を見る時間を長くすることはできる。
今の周人にとって、それ以外の楽しみは、ほとんどない。
その日も、何の変哲もなく過ぎた。
その夜もせかされるようにして、ベッドに入った。
介護士は、枕元の電気を消し、そのままつぎの部屋に向かった。
周人は、何も言わなかった。
あいさつをしなかった。
(2日目の朝)
周人は、なだらかな丘のつづく小道を歩いていた。
細い道だったが、舗装されたように美しい道だった。
しばらく行くと、木を組んだフェンスがあり、その向こうに何人かの男たちが座っていた。
仕事の前の段取りを、あれこれと話しあっているようだった。
あるいはすでに仕事を終え、その合間に、休息をとっているのかもしれない。
周人を見つけると、その中の1人が、声をかけてきた。
「やあ、先生、昨日の話は、おもしろかったですな」と。
男は、山の中腹に畑をもっていた。
かぼちゃや、山芋を育てていた。
が、それがイノシシに荒らされるようになった。
周人にはそれがよくわかっていた。
周「イノシシは、出ませんか」
男「ハハハ、ヤツの餌を作っているようなものですよ」
周「それはたいへんですね」
男「いいんですよ。どうせ、私たちは食べないから」と。
そのとき周人は、それが夢であることに気づいた。
「これは夢だ」と。
その気になれば、状況を変えることもできる。
空を飛ぶこともできる。
が、そういう思いをさえぎるかのように、別の男が話しかけてきた。
男「先生の……、昨夜話してくれた、あの話は、おもしろかったですよ」
周「……そうですか」
男「あの世というのは、私はないと思っていました」
周「いや、それがあるんです。ちゃんとあるんです」
男「先生は、あの世から来たと言いますが……ね?」
周「話すほども、価値のない世界ですから……。でね、昨日、私が消えたあとのことですが……」
男「消えた? 先生、冗談言わないでくださいよ」と。
男たちはそれぞれが勝手に話し始めた。
それによれば周人は、そのあと、村の班長の家に寄り道をしたという。
秋の収穫祭の祭が近いということもあり、その話しあいをしたという。
が、周人には、その記憶がなかった。
男たちの話すがまま、それに口を合わせるしかなかった。
「そうでしたね。そうでした。ハハハ」と。
●相談
夢の中の周人は、村の人たちと変わらないほど元気に、歩いていた。
山の土手も、すいすいと上った。
力仕事も、軽々とできた。
が、何よりもうれしかったのは、男たちの言葉に温もりがあったこと。
ぶっきらぼうな言い方だったが、一言、一言が、周人の心に響いた。
男たちは、作物の話をした。
「キーウィは、儲かる」「いや、花木のほうが、儲かる」と。
男「あの喜一さんの土地ねえ、先生。あれ、どうなるんですか」
周「ああ、あの土地ね。あそこまで複雑になると、手のほどこしようがないね」と。
周人は、喜一の土地の話は前から聞いていた。
代々、移転登記をしないまま、その喜一が、数年前、亡くなってしまった。
相続人はあちこちに散らばっている。
それが孫の代にまで、広がっている。
その孫も今では、生きているかどうかさえ、わからないという。
相続放棄の印鑑を集めるといっても、たいへんな作業になる。
周人は、そんな話を、した。
男たちは、「やはり、そうか」というような顔をした。
が、つぎの一言に、周人は、電撃に打たれたようなショックを受けた。
とたん胸の鼓動が激しくなり、周人の意識がかすんだ。
周人は懸命にそれを抑えた。
目を覚ましたら、そのままに自分が消えてしまう。
が、意識だけが勝手に、遠ざかっていった。
1人の男が、こう言った。
「奥さんがね……ほら、先生の奥さんですよ。今夜は、早く帰ってきてほしいとこぼしていましたよ。若い奥さんを、ひとりにしておいては、いけないよ」と。
●敗北感
周人は何度も目を閉じなおした。
夢の中に戻ろうとした。
が、そのつど、さらに強い意識が、周人を引き戻した。
激しい鼓動が、頭のうしろから、周人を叩いた。
周人は、はげしく小刻みな呼吸を繰り返した。
目を開けると、カーテンの隅から、白い朝の光が漏れていた。
周人は、強い後悔の念を覚えた。
「由紀子がいる? あの村に、由紀子が住んでいる?」
目を覚ました自分を、周人は、何度も、なじった。
ベルを押したのは、それから半時間もしてからのことだった。
●姉の息子
その日の午後は、遠くから客が来ることになっていた。
周人が住んでいるID地区は、観光地にもなっている。
温泉旅館も、いくつか並んでいる。
が、周人は、その客が嫌いだった。
つまりは、様子見。
見舞いではない。
見物。
それが周人には、よくわかっていた。
が、断ることができない。
それ以上に、逃げる場所もない。
「忙しいから会えない」という口実など、どこを探してもない。
客……20歳も若い、姉の息子だった。
つまり甥。
姉はすでに他界していたが、父が残した1200坪の農地については、相続権をもつ1人になっていた。
宅地に転用すれば、かなりの財産になる。
その息子、つまり周人の甥が、その相続権を主張し始めた。
周人が死ねば、その息子と、周人の息子たちが、相続権を主張し、土地を分配することになる。
周人は、その甥が嫌いだった。
定職にもつかず、女癖も悪かった。
かと言って、周人の息子たちとも疎遠になってしまった。
自分の息子だったが、遺産を分け与えようなどという気持ちは、とうの昔に消えた。
姉の息子は、遺産の協議分割書に、印を押させようとしていた。
周人はのらりくらりと、それをかわした。
そんな甥でも、印鑑を押したら、二度と来なくなる。
それが周人にはよくわかっていた。
が、周人は、前回、その息子に会ったあと、自分の取り分については、町に寄付すると心に決めた。
温泉街の人たちは、駐車場としてその土地を使っていた。
町に寄付すれば、ちょっとした公園にもなる。
町の人たちは、それを喜ぶだろう。
周人は、自分の意思を、遺言として書きとめ、公正証書として登記した。
●遺産
甥は慇懃無礼な男だった。
態度も大きかった。
介護士が部屋に入ってくると、ことさら大声で、昔話をした。
「この伯父には世話になりました。よく魚釣りに、連れて行ってもらいました」と。
わざとらしい言い方だった。
で、一連の世間話が終わると、甥は、こう訴えた。
「おじさんも、今のうちに土地を売り、もっといい施設に移ったほうがいい」と。
「母が残した家も古くなったので、早く立て直したい」とも。
が、周人はいつもの言葉を繰り返した。
「まあ、何とかしなければなりませんね。私もそう思っていますが……」と。
甥の立場になれば、ほかにも方法はある。
民事調停が、いちばん、手っ取り早い。
半ば強制的に、遺産の分割を請求することもできる。
しかし周人は、その方法については教えなかった。
が、今では、客と言っても、そんな客ばかり。
棚の郵便袋には、不動産屋の名刺だけでも、10枚近くが入っている。
その郵便袋に、周人は、ちらりと目をくれた。
●写真
その日も、体調がよくないことを理由に、甥には早めに帰ってもらった。
甥は、「今度来るときには、印鑑証明書と戸籍抄本を用意しておいてほしい」と、何度も念を押した。
周人は、うわの空で、軽い返事を繰り返した。
夕食は、自分の部屋でとった。
10分ほど、女性のヘルパーが、あれこれ世話をしてくれた。
が、周人のほうから、それ以上の世話を断った。
周人は、その日も、一日中、その朝見た夢のことを考えていた。
……というか、頭から離れなかった。
棚には、妻、由紀子の写真だけが、飾ってある。
周人は、それを何度もながめた。
そしてその夜も、熟睡剤を、いつもの2倍ほど、口の中に入れた。
(3日目の朝)
●自分の家
周人は、自分の家をさがした。
が、どれも近くまでは行くが、その先へは進めない。
またやっと見つけた家にしても、そこには別の人が住んでいた。
山の中腹にある家。
川沿いのビルの中の一室。
いちばん自分の家らしき家は、新興住宅地の中にあった。
が、どれも似たような家で、区別ができなかった。
周人は、はやる気持ちを抑えながら、あの男たちを探した。
「あの男たちなら、知っているはず」と。
が、その男たちも、いなかった。
●商店街の子ども
周人はそのとき見知らぬ商店街の前を歩いていた。
すると、1人の子どもが話しかけてきた。
10歳くらいだろうか。
それとも幼児だっただろうか。
よくわからなかった。
が、こう言った。
子「おじさん、あの世から来たの?」
周「……」
子「あの世って、本当にあるの?」
周「そうだな、あるかもね」と。
とたん、周人は、自分が夢の中にいるのがわかった。
「これは夢」と、はっきりわかった。
子「あの世って、どんなところ?」
周「こことは、どこも違わないよ。同じだよ」と。
その瞬間、周人は、公民館らしき部屋の中に立っていた。
また別の男が、こう聞いた。
男「同じということは、どういうことですか」
周「今のみなさんと同じような人たちがいて、同じような生活をしています」と。
周人は、うれしさが腹の底からこみあげてくるのを覚えた。
そしてそれが頭の高さまでくると、熱い涙に変わった。
周人は、あの公民館らしき部屋に戻ってた。
男「あの世が、ここと同じ?」
周「そうなんです。ここと同じです」
男「先生も、おかしなことを言う人だ。住職だって、そんなこと言わないよ」と。
周人は、ゆっくりとそのあと、こう聞いた。
「家に帰りたいです。由紀子が待っています。どなたか、いっしょに行ってくれる人はいませんか?」と。
それに応じて、何人かの男や女たちが、手をあげた。
その中には、あの義理の妹がいた。
「お忙しいところ、すみません」と。
周人はていねいに、頭をさげた。
義理の妹という、その女は、にこやかに笑いながら、周人を、外に誘った。
●自宅
その女性は、小柄な人だった。
年齢はわからないが、40歳くらいだろうか。
それとも30歳?
楽しそうだった。
歩くというよりは、空を舞うように、先を走った。
周人は、懸命にその後を追いかけた。
鼓動はますます激しくなった。
熱い涙は、ますます大粒になり、頬を伝って落ちた。
何かを話しかけようとしたが、声にはならなかった。
が、その女性は、周人のことなど忘れてしまっているかのようだった。
ゆるやかに曲がった道。
木々に覆われた土手。
小さな木の橋の下には、小川が流れていた。
澄んだ水で、何匹かの魚を、かいま見ることができた。
今度は周人が聞いた。
言葉にはならなかったが、女性には通じた。
「ここはあの世ですか」と。
が、女性はこう言った。
「先生は、あの世から来たのでしょ。おかしなこと、言わないでくださいよ」と。
●由紀子
家は、こんもりと盛り上がった土地の上にあった。
白い壁の家だった。
窓枠は木でできていた。
案内してくれた女は、そこにはいなかった。
消えていた。
が、周人には、それが自分の家とわかった。
子どものころ住んだことのある、あの木枠の家。
三角屋根の玄関。
その上を覆う、スレート瓦。
のぞき窓にもなっている、ステンドドグラスの小窓。
周人は、ドアのノッブに手をかけた。
と、そのとき、家の横から、声が聞こえた。
由紀子の声だった。
「お帰りなさい!」と。
そっけない声だった。
洗濯ものをかかえ、由紀子がそこに立っていた。
「あなた、悪いけど、まだ洗濯物が残っているから、集めてきて」と。
周人はそれには従わず、そのまま由紀子を抱きしめた。
そのとき周人は、はじめて自分の腕を見た。
しわのない、若々しい腕だった。
その手で、周人は、さらに力をこめ、由紀子を抱いた。
由紀子は、けげんそうな表情を残したまま、周人の腕の中で力を抜いた。
「あなた、いったい、どうしたのよ。いつものあなたじゃ、ないみたい。おかしいわ」と。
が、周人は、そのまま由紀子を抱きつづけた。
頬には大粒の涙が、流れつづけた。
周人は構わず、由紀子を抱きつづけた。
●周人の最期
俵 周人は、その朝早く、だれにも看取られず、息を引き取った。
医師の話では、午前5時ごろ、亡くなったのではないかということだった。
検視には、ホームの主任と、介護士が立ち会った。
医師が「老衰による自然死」とカルテに書き込むのを見届けると、介護士は手慣れた様子で、ベッドを整え、周人の乱れたパジャマを直した。
穏やかな表情だった。
安らかな表情だった。
今にも、笑い出しそうな顔だった。
俵 周人はこうして、この世を去った。
享年83歳。
介護士の男は、最後にそれを見届けると、部屋を出る前に、周人の顔に、白い布をかけた。
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2012年4月7日土曜日
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