●西浦温泉・吉良吉田(竜宮ホテル・RYUGU HOTEL)
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2010年9月x日。
今夜は西浦温泉にやってきた。
今年に入って、3度目。
今回は竜宮ホテルという
ホテルに一泊。
道沿いのホテルだが、それをのぞけば、
すべて「優良」。
サービスよし、接客態度よし、清潔度満点、
部屋よし、部屋からの眺望満点。
こういうよいホテルにめぐりあうと、ほっとする。
「日本もいい国だなあ」と。
「道沿いのホテル」と書いたが、道を横切れば、そのまま海浜へ。
その先は散歩道へとつづいている。
私とワイフはその散歩道の途中にあるベンチに座って、
しばしのときを過ごした。
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●シーズンオフ
私たちはできるだけシーズンをはずして、あちこちの旅館に泊まる。
ホテルや旅館には悪いが、混雑したホテルや旅館は、好まない。
かといって、閑散とし、どこかカビ臭いホテルや旅館もいや・・・。
各階ごとに、煎茶を香として炊いていた。
その香りが心をなごませる。
大浴場を出たところでは、こぶ茶のサービスもあった。
どうやらこのホテルは本気らしい。
その本気さが、ズズーンとしみ込んでくる。
料金も手ごろで、それを換算するなら、星は4つの★★★★。
もう少し暑いときにくれば、目の前の砂場で泳ぐこともできた。
(もちろん泳ぐようなことはしないが・・・。)
●団体客
が、大浴場の下足置き場を見て、びっくり。
スリッパが、30~40個も並んでいた。
浴室内から、ワイワイガヤガヤ・・・。
聞くと、団体客。
年齢はみな、70歳前後。
同じ愛知県のA市からやってきた、カラオケ愛好会の人たちという。
不思議なもので、そういう人たちの間に立つと、自分が青年のように
若く見える。
体格も、ぐんとたくましい。
年齢というのは、相対的なもの。
改めてアインシュタインの相対性理論(?)を思い浮かべる。
(関係ないかな?)
私は日ごろ、子どもたちの世界にいる。
だからよけいに自分のことをジー様と思う。
しかしまだまだ・・・。
まだまだ若い!
●昼神温泉
こういう温泉地へ来て、別の温泉の話をするのも失礼なこと。
しかしこの11月に、長野県の昼神温泉に一泊する。
(ワイフには、「死神温泉」と、内々では言っている。ごめん!)
先日、早めの予約をすませた。
紅葉の季節に重なる。
土日はすでにどこも予約で満員。
ぎりぎりセーフ!
楽しみ。
こんなことは若いころは考えもしなかった。
紅葉を見るために、わざわざ長野まで・・・!
どこかジジ臭い。
ババ臭い。
昼神温泉のみなさん、どうかよろしく。
で、どうして昼神温泉へ行く気になったか?
それには短くて、どうでもよい話がある。
1か月ほど前のこと。
駅前の路地を歩いていたら、遠鉄電車のガード下で、
昼神温泉観光協会の人たちが、温泉の案内をしていた。
そこで出会った女性が、たいへん親切だった。
年齢は私と同じくらい?
気が合った。
いくつか特産品を買うと、安くしてくれた上、ほかの特産品を
おまけにつけてくれた。
そのやさしさ。
温もり。
「秋には紅葉がきれいですよ」と言われ、そのままその気になってしまった。
「今度は昼神温泉に・・・」と。
私はそういう点では、きわめて単純+素直。
●夕食待ち
今は夕食待ち。
時刻は5時30分。
ワイフは横でビデオを見ている。
私はこうしてキーボードのキーを叩いている。
私にとっては、至極の時。
心配なのは、もうすぐバッテリーが切れるかもしれないということ。
今見たら、「残り29%」と出た。
このパソコン(TOSHIBA・UX)は、バッテリーのもちが、
あまりよくない。
時間にすれば、残り30分ほど?
・・・実はその通り。
電源コードをもってくるのを、忘れてしまった。
ワイフがビデオを見終わったら、アダプターを貸してもらうつもり。
ワイフのパソコンは、TOSHIBAのMX。
同じ19V(出力)。
「パソコンはTOSHIBAのダイナブック」と決めていたのがよかった。
こういうところで、相互に使える。
つまり互換性がある。
●日中経済戦争
昨日と今日、「日中経済戦争」というタイトルで、原稿を書いた。
経済論を書くのは久しぶり。
(ド素人の経済論だから、信頼性はまったくないが・・・。)
昨年までは、「日韓経済戦争」というタイトルで書いていた。
10年近く書いていた。
しかし率直に、どうでもよくなってしまった。
こと日韓経済戦争に関して言えば、日本の負け。
韓国政府のしたたかさには、舌を巻く。
国際外交では、日本のはるか上を行く。
何か重要案件があると、すかさず特使を飛ばす。
調整する。
そういうネットワークを、世界中に張り巡らせている。
「日本海の呼称問題」にしても、そうだ。
世界中の国々の、政府のみならず、主だった地図会社にまで
特使を派遣する。
そういった徹底ぶりが、すごい!
そのうち日本海は、「東海」と呼ばれるようになるだろう。
一方、日本はそういう韓国の動きを指をくわえて見ているだけ。
万事、事なかれ主義。
小さな世界に閉じこもり、ひとり静かにしている(?)。
その日中経済戦争。
今日になって中国政府は、「レアメタルの輸出禁止措置を解いた」。
世界中の反発を感じたのだろう。
しかし時、すでに遅し。
世界中が中国を疑惑の目で見始めている。
とくにヨーロッパ。
イランの核兵器開発問題で、内心ではイライラしていた。
「中国は、どこかおかしい?」と、みな思っていた。
今度の尖閣諸島事件が、それに火をつけた。
私が日本の総理大臣だったら、すかさず世界中に特使を送る。
中国のチンピラ行為を、世界に訴える。
自分から船を当てておいて、「おい、テメエ、このヤロー!」は、ない!
●23%
バッテリーが「残り23%」になった。
食事まで、あと15分。
もつかな?
残り10%くらいになると、自動的にシャットダウンする。
たぶんそういう設定になっている。
こまめに(CTRL・キー)+(S・キー)を押し、そのつど
原稿をSAVEする。
ハラハラ・・・。
ところで今、ワイフが見ているビデオは、『オールド・ドッグ』。
ロビン・ウィリアムズとジョン・トラボルタの共演作。
ペラペラと調子のよい会話がつづく。
意味のない娯楽映画。
「おもしろいか?」と聞くと、「まあまあね」と。
これはワイフ一流の、負け惜しみ。
つまり「おもしろくない」ということ。
それにしてもどうしてワイフはああまで、映画が好きなのだろう。
私も嫌いではないが、ワイフほど、好きではない。
●19%
今見たら、「残り19%」と表示された。
何かせかされているような気分になってきた。
気持ちばかりあせって、落ち着いてものを考えられない。
こういうときは、何を書くべきなのか。
・・・先ほど、9階にある露天風呂に入ってきた。
今夜は10時まで入れるとか。
もう一度、あとで入ってみるつもり。
三河湾を一望できる。
言い忘れたが、この西浦温泉では、「温泉」という名前が
ついているが、実は、温泉は枯渇してしまったそうだ。
つまり「沸かし湯」。
効能の但し書きのところには、「準温泉」とある。
「準温泉」とは、何か。
こんなことを書くと、西浦温泉の人たちに叱られるかもしれない。
しかしその分、料理がよい。
サービスがよい。
今年になってから、銀波荘、ホテル・キラカン(吉良観光ホテル)などに泊まったが、
ハズレなし。
(たった今、食事を終えて帰ってきたところ。)
●食事
ワイフは再び、大浴場に。
「頭を洗いたいから・・・」と言って、出て行った。
私はこうして部屋に残り、キーボードを叩く。
料理のことを書かなかったが、料理もほぼ満点。
大満足。
伊勢海老一匹、あわび一個、金目鯛一匹、それにうなぎ飯などなど。
それらがほどよく調理されていた。
「ほどよく」というのは、自然の味をうまく残して、という意味。
おいしかった。
またまた食べ過ぎてしまった。
ア~ア。
明日からまたダイエット開始。
いつもこの繰り返し。
愚かな繰り返し。
●就寝前
今日も終わった。
あわただしい一日だった。
しかし楽しかった。
ところで世の中には、時間の使い方のうまい人と、そうでない人がいる。
先日、夕刻に静岡駅で知人と別れるとき、その知人はこう言った。
「これから伊東(伊豆半島)まで行ってくるよ」と。
愛人が、伊東で待っているらしい。
で、一晩を伊東で過ごして、翌日の早朝には東京へ戻る。
いつものように仕事をする。
私にはとてもまねできない芸当である。
同じ24時間を、ふつうの人たちより何倍も濃密に(?)、生きている。
その時間の使い方が、加齢とともに、ゆるくなる。
認知症の人などは、1年をそれこそ1日のようにして生きる。
そういうことを考えると、人生というのは、使い方の問題。
同じ人生でも使い方によっては、何倍も長くなる。
そうでなければ、そうでない。
ただ誤解してはけないのは、(忙しいこと)イコール、(密度が濃い)という
ことではない。
忙しいといっても、単純な行動を繰り返していたのでは、意味はない。
が、「では意味のある人生とは何か」と聞かれると、それがよくわからない。
たとえばこうして今夜は西浦温泉に一泊するが、「だからそれがどうしたの?」と
聞かれると、返答に困る。
「楽しかった」で、終わってしまう。
●帰りの電車の中で
竜宮ホテルは、最後まで、私たちの期待を裏切らなかった。
どの人も親切だった。
駅(吉良吉田駅)で別れるときも、送ってくれた若い男性が、
深々と頭をさげてくれた。
言うなれば旅館も、パソコンと同じ。
こまかいところで不満が重なると、「よくなかった」となる。
が、そのつど満足すると、「よかった」となる。
その満足感が、気持ちを緩める。
ところで竜宮ホテルでは、いたるところに相田みつをの一筆書きが、
飾ってあった。
従業員の人に「何か関係があるのですか」と聞くと、「社長の好みです」と。
竜宮ホテルに泊まることがあったら、読んでみたらよい。
ロビーの横には、陳列室まで設けてある。
電車はもうすぐ蒲郡駅に着く。
「がまごおり」と読む。
私は子どものころ、毎年夏になると、この町へ、町内会の遠足でよく来た。
どこで泳いだかは覚えていないが、このあたりの海辺だった。
記憶に残っているのは、砂浜だけ。
あとはどこかで見た、古ぼけた写真のよう。
どれが自分かさえ、よくわからない。
打ち寄せる波も、記憶の中では、静かに止まっている。
・・・以上、西浦温泉にて。
三河国定公園内。
朝のラッシュアワーと重なってしまった。
車内が急に混んできた。
たった今、「つぎは終点、蒲郡」という車内アナウンスが流れた。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 西浦温泉 竜宮ホテル RYUGUU HOTEL 吉良吉田 蒲郡)
Hiroshi Hayashi++++++Sep 2010++++++はやし浩司
●親の前で固まる子ども
今週は2つの経験をした。
その子どもに問題があるというのではない。
子どものプライバシーを暴露するというのでもない。
こういうことはよくある。
あるから、あえて公表する。
つまり親がそばにいると、固まってしまう子どもである。
そういう子どもが、実際にはいる。
10人に1人(幼児園児~小学低学年児)はいる。
程度の差もあるが、症状が軽い子どもも含めると、もっと多い。
言い換えると、親をまったく気にしない子どものほうが少ないかもしれない。
【A子さん(年中児)のケース】
母親が参観しているだけで、元気がない。
覇気もない。
暗く沈んだまま、憂うつそうな表情をしている。
みながはしゃぐときも、チラチラと視線を母親のほうに送る。
そのまま黙ってしまう。
そういうA子さんを見て、母親はそれ以上に暗い表情をして見せる。
私も当初は、A子さんというのは、そういう子どもと思っていた。
が、ある日のこと。
何かの用事があって、母親がレッスンを参観できないと言った。
母親はどこか心配そうだった。
「ひとりでだいじょうぶでしょうか?」と。
私も自信がなかった。
「たぶん、だいじょうぶですよ」とだけ答えた。
A子さんは下の子ども(妹)が生まれてから、軽い赤ちゃん返りに
よる症状も見られた。
親の姿が見えなくなるだけで、ギャーッと泣き叫んで、あとを
追いかける子どももいる。
その心配があった。
が、その日のA子さんは、見違えるほど、明るかった。
表情も生き生きとしていた。
みなが笑うときも、いっしょになって、大声で笑った。
ゲラゲラと笑った。
私はほっとした。
【B君(小2)のケース】
その日は休日レッスンだった。
いつもは母親が参観に来ていた。
が、その日は、父親が参観に来た。
母親は妹を連れて、外で待っていた。
そのときのこと。
B君は、最初からコチンコチンに固まっていた。
緊張感に包まれているといったふうだった。
なめらかな動作も、いつもの笑顔もなかった。
レッスンを進めていった。
が、途中で何かのことで、B君がつまずいた。
私はいつものように、隣の子どもに順を回した。
とたん、B君が大粒の涙をこぼした。
声は出さなかった。
それを見て、助手役をしているワイフに視線を送ると、
ワイフがすぐB君の横に座った。
いろいろ慰めた。
が、それからもB君はかたまったままだった。
あとで母親と話す機会があった。
母親はこう言った。
「きっと父親にいいところを見せようと、緊張したのね」と。
●視線
視線には、人を刺す力がある。
今でこそ慣れたが、若いときは私もその視線に苦しんだ。
レッスンの間中、母親たちの視線が容赦なく、私の体を貫いた。
子どもたちを教えていて疲れるということはなかった。
親の視線に、疲れた。
中には、ものすごい視線の母親もいた。
いくら笑顔を作っていても、視線は別。
それが映画『スターウォーズ』の中に出てくるような光線銃のように、
ズキ~ン、ズキ~ンと私の心を貫いた。
教えにくかった。
それだけではない。
そういう母親が1人でもいると、クラスの雰囲気そのものが変わってしまう。
ほかの父母たちまで、(当時はほとんど、母親たちだったが)、緊張して
しまう。
さらに2~3か月ならともかくも、それが半年もつづいたりすると、
その緊張感に耐え切れず、教室をやめていく母親もいた。
私もそのクラスになるたびに、重い気持ちに包まれた。
●親子のリズム
原因は親と子の不協和音ということになる。
親子のリズムが合っていない。
さらにその原因はというと、親の過干渉、過関心がある。
子どもへの不信感、子育てへの不安感が、形を変えて、過干渉や過関心へと
つながっていく。
親を責めているのではない。
長男、長女というのは、そういうもの。
はじめての子どもということで、親も神経質になりやすい。
最初は小さな亀裂。
それが年を追うごとに、大きくなる。
親は子どもの一挙手一動が気になる。
子どもはそうした視線を、そのつど気にする。
●母因性萎縮児
どこかの評論家が、先に「母原性」という言葉を使った。
だから私は「母因性」という。
意味は同じ。
つまり母親が原因で、(もちろん父親というケースもあるが)、子どもが
萎縮してしまうというケースは多い。
中には、まったく別人のように変化する子どももいる。
以前にも書いたが、ある医院でこんな少年(中学生)に出会ったことがある。
その少年は毎週、何かの薬を取りにやってくる。
母親がいないときは、看護士さんと冗談を言い合うほど、快活な
少年である。
が、母親がそばにいるときは、まったくの別人。
毎回、薬の数を窓口で確認するのだが、母親がいると薬の数すら数えない。
もじもじいているだけ。
それを見て母親が、せかす。
「早くしなさい!」
「ちゃんと数えなさい!」と。
●あくまでも一面
だから・・・というわけでもないが、子どもの姿を見たとしても、
それが子どものすべてと思ってはいけない。
ある一面にすぎない。
ここに書いたAさん、B君、それに病院で見かけた少年にしても、それぞれ
別の世界では別の顔をもっている。
もちろんその反対のケースもある。
親の前ではおとなしく、従順。
プラス優等生。
しかし外の世界では、陰湿ないじめを繰り返したりする、など。
ある中学生(男子)は、祭のとき酒を飲んで、補導された。
親は「うちの子は、友だちにそそのかされただけ」と言い張っていたが、
あとで調べみたら、その子どもが主犯格だった・・・というようなケースも
多い。
●では、どうするか
この世界には「好意の返報性」という言葉がある。
英語では、『相手はあなたが相手を思うように、あなたのことを思う』という。
子どもというのは、(おとなもそうだが)、自分を信じてくれる
人の前では、自分のよい面を見せようとする。
そういう性質を利用して、子どもを伸ばす。
私もどんなにその子どもに問題があったとしても、初対面のときに、
それを打ち消すようにしている。
「この子はいい子」「すばらしい子」と、思いなおすようにしている。
そうすることで、まず自分の心をだます。
作り変える。
こうすることによって、子どもの表情も明るくなるが、同時に教えるの
も楽しくなる。
子どもを教えるときの第一の鉄則。
それは教える側も、楽しむ。
その楽しさの中に、子どもを巻き込んでいく。
●終わりに・・・
A子さんは、このあとしばらくして、私の教室を去っていった。
B君は、幸いにも母親がそれを理解してくれて、明るく笑い飛ばしてくれた。
病院で出会ったその少年については、こんなエピソードがある。
たまたまワイフがその医院にいたときのこと。
少年の母親もそのとき、そこにいた。
その母親に向かって、医院の医師がこう言って怒鳴っていたという。
「お母さん、あなたが横でごちゃごちゃ言ったら、息子さんは何も
言えないでしょ。少し黙っていなさい!」と。
その話を聞いて、私も「その通り」と思った。
またそういう言葉も、医師だからこそ言える。
立場が強い。
私の世界では、親がそれに自分で気づくまで、じっと待っているしかない。
いつか親のほうから質問があったとき、それとなくその話をする。
もちろんこの原稿を読んでくれた、あなたは別。
一度、この原稿をヒントに、あなたの子どもはどうか反省してみてほしい。
●付記
この世界では、「うちの子のことは、私がいちばんよく知っている」と豪語
する親ほど、自分の子どものことを知らない。
とくに過干渉ママと言われる親ほどそうで、子どもの心まで勝手に作って
しまう。
私、子どもに向かって、「夏休みにどこかへ行ってきた?」
母親、会話に割り込んできて、「・・・行ったでしょ。おじいちゃんの家に
行ったでしょ!」
私、再び子どもに向かって、「そう、それはよかったね。楽しかった?」
母親、再び会話に割り込んできて、「・・・楽しかったでしょ。だったら
どうして楽しかったと言わないの! ちゃんと言いなさい!」
私、「・・・」と。
こういうケースは、多い。
日本人のばあい、とくに多い。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 親の前で固まる子ども 母因性萎縮児 母原性萎縮児 親の視線 過干渉児 過関心児 親の過干渉)
Hiroshi Hayashi++++++Sep 2010++++++はやし浩司
2010年9月30日木曜日
2010年9月29日水曜日
*Japan-China Business Wars
【日中経済戦争】(2)(2010-9-29)
+++++++++++++++++
尖閣諸島事件で、中国はかえって
自ら、醜態をさらけ出した。
それが国際世論の反応である。
とくにヨーロッパでの風当たりが強い。
イランの核開発問題に関しては、
中国はことごとく欧米に非協力的な
態度をとり続けてきた。
それがここにきて、急速に「中国は
まともでない」という認識に変わりつつある。
+++++++++++++++++
●住宅バブル
もうだれの目にも疑いようがないほど、中国の住宅バブルはひどい。
メチャメチャというか、デタラメ。
どうひどいかは、連日報道されているとおり。
で、問題は、その金(マネー)の出所。
直接的には個人投資家によるものとされる。
が、さらにその元をたどると、その裏に銀行がいる。
この春ごろから中央政府は銀行融資の規制を始めたが、焼け石に水。
というか、本気で規制をかけたら、たいへんなことになる。
地方財政そのものが、住宅投資で潤っている。
で、さらに銀行融資の金は、どこから出ているか?
言うまでもなく、海外からの投資資金。
本来ならそうした投資資金は、設備投資などに向かわねばならない。
が、その資金が、住宅バブルへと回されている。
しかしそれだけでは中国の住宅バブルは説明できない。
「異常」というより、異常をはるかに、通り越している。
つまりここに中国のかかえる特殊性がある。
●拝金主義
中国人のもつ拝金主義には、これまたものすごいものがある。
日本の金権教も、中国人の拝金主義と比べたら、足下にも及ばない。
「マネーがすべてあるよ」と。
が、なぜこうまで中国人は、拝金主義に走るのか。
ほかに彼らが心のより所とすべき「主義」はないのか。
その謎を解く鍵が、実は「中国」という国そのものにある。
中国という国は、私たち日本人が考える「国」とは、中身がちがう。
そのため概念もちがう。
多民族国家というよりは、言うなれば中央政府が武力で抑え込んだ、寄せ集め国家。
チベットを見れば、それがわかる。
今回の尖閣諸島事件は、はからずもその一端を世界に露呈した。
つまり北京周辺の中国人は別として、一歩そこから離れた中国人には「国」意識はない。
中央政府による武力統制がゆるめば、そのままバラバラになってしまう。
だから、「信じられるのはマネーだけ」となる。
言い替えると、「中国、恐れるに足りず」。
ここで住宅バブルがはじければ……それは可能性の問題ではなく、すでに
時間の問題だが、中国経済は未曾有の混乱状態に陥る。
が、それだけではすまない。
拝金主義者たちがマネーを失ったら、どうなるか?
中国の至る所で、暴動を起こすだろう。
その矛先を中央政府に向けるだろう。
中国共産党という一党独裁体制に向かう。
実は、これが中国政府がもっとも恐れているシナリオである。
だから中国政府は、打つ手なし。
住宅バブルを本気で抑え込むこともできない。
かといって、元高に誘導することもできない。
そんなことをしたら、とたん、外資が一斉に逃げてしまう。
で、せっかく元安を利用して外資(借金)を呼び込んでも、民衆レベルにマネーが
回ったとき、それがそのままタンス預金として眠ってしまう。
現在中国人の貯蓄率は、40%弱と言われている。
これほどまでの経済成長(?)をつづけながら、中国人自身は、自国の経済発展を
信用していない。
本来なら好景気に踊って、市中で札束が乱舞してもよいような状況である。
それがタンス預金!
個人消費につながっていかない!
●高まる不平、不満
数日前にも書いたが、中国のジニ係数は、すでに0・5を超えていると言われている。
また同じく書いたが、先進国における0・5と、中国のような国における0・5は、
同じ「0・5」でも意味がちがう。
(それについても、数日前に書いたとおり。)
上位10%の人は、超リッチな生活を楽しむことができる一方、4分の3前後の
人は、家(マンション)をもつことはもちろん、その日の食費すらも、じゅうぶん
稼ぐことができないでいる。
さらに悪いことに、先に書いた拝金主義が医療機関はもちろん、末端の政府機関に
まで、はびこり始めている。
マネーをもっている人は、治療を受けられる。
政府サービスを受けられる。
が、貧しい人たちは、そうした社会の外にはじき飛ばされる。
それが不平、不満となり、うねりとなり、中国社会を動かし始めている。
上海万博で沸き立っている(?)中国だが、その中身はきわめて脆弱。
大都市には豪華なマンションのビルが立ち並ぶ。
しかしその大半は、空きや家。
投資のために建てられた空き家。
つまり中身は、からっぽ。
今回の尖閣諸島事件は、そうした民衆の、(中国には「人民」はいても、「国民」は
いないとよく言われるので、ここでは「民衆」としておく)、不平、不満を外に
そらすために、中央政府が作りあげた事件とも言えなくもない。
そう、まさに、「今」というこのときに、今回の事件が起きた!
●レア・メタル(泥土)問題
中国政府は、レア・メタルに関して対日輸出を停止した。
公式には「停止した」とは言っていない。
しかし事実上、停止した。
(公式にそれをしたとなると、国際的に袋だたきにあう。)
が、恐れるに足りず。
これだけ経済がグローバル化してくると、対一国だけに輸出規制をかけても、
意味はない。
たとえば昔、私がある商社にいたころ、こんなことがあった。
日本からの洪水のように押し寄せる繊維製品に、アメリカが音を上げた。
そこでアメリカ政府は、日本からの輸入に規制をかけた。
が、日本の商社はそんな規制など、どこ吹く風。
そのころサンフランシスコに向かっていた輸送船を、太平洋上ですべてUターン。
そのままオランダのアムステルダムへ。
その輸送船がアムステルダムへ着くころには、すでにオランダ・XX会社が
設立されている。
つまりオランダ・XXを一度経由することによって、今度は「オランダ製(ものは
日本製のまま)」として、ニューヨーク港で陸揚げ。
繊維規制など、日本の商社は、こうして無力化してしまった。
ずるいと言えば、ずるい。
しかし朝飯前。
こんなことができないようであれば、「総合商社」の名が泣く。
もし私が今、商社マンなら、即座にフィリッピンにレアメタルの加工工場を開く。
その加工工場に、中国のレアメタル(泥土)を輸入させる。
相手がフィリッピンなら、中国も規制できない。
日本はゆっくりと、そのあとフィリッピン製のレアメタルを、フィリッピンから
輸入すればよい。
相手は中国。
フェアプレイなど、通用しない。
フェアプレイなど、考えなくてもよい。
●墓穴
尖閣諸島周辺が、がぜん緊張してきた。
日本の巡視船と中国の哨戒船が、一触即発の状態で向かい合っている。
しかしここは音無の構え。
けっして相手のワナにはまってはいけない。
じっとがまんのとき。
感情的になり、先に手を出した方が負け。
日本はあとは粛々と事務的に、ことを運んでいけばよい。
なおこの話を昨日、ある中学生(2年男子)に話したら、彼はこう言った。
「アメリカが助けてくれるよ」と。
しかしアメリカは、そんな甘い国ではない。
頼りにしたとたん、中国以上のキバをむいて、日本に襲いかかってくる。
(今のアメリカは、傷を負ったオオカミのような状態。気をつけるべし。)
だからここは冷静に。
ただひたすら冷静に。
中国が騒げば騒ぐほど、中国は自ら墓穴を掘る。
すでに東南アジア諸国が、日本と連携して、中国包囲網を敷くという構想も
生まれつつある。
孤立するのは中国。
損をするのは中国。
が、それだけではない。
冒頭の話にもどる。
それが引き金となって、中国のバブル経済が崩壊するかもしれない。
日本ももちろん大きな影響を受ける。
それはそれとして覚悟しておかなければならない。
しかしこれはまさに「戦争」。
「経済戦争」という「戦争」。
勝つか負けるか。
無傷のまま戦争に勝つことはできない。
またそんなムシのよい話は、通用しない。
がんばれ、日本!
負けるな、日本!
ひるむな、管さん!
2010/09/29記
(注)時間の関係で、未推敲のままの荒っぽい文章で、ごめん!
Hiroshi Hayashi+++++++Sep. 2010++++++はやし浩司
+++++++++++++++++
尖閣諸島事件で、中国はかえって
自ら、醜態をさらけ出した。
それが国際世論の反応である。
とくにヨーロッパでの風当たりが強い。
イランの核開発問題に関しては、
中国はことごとく欧米に非協力的な
態度をとり続けてきた。
それがここにきて、急速に「中国は
まともでない」という認識に変わりつつある。
+++++++++++++++++
●住宅バブル
もうだれの目にも疑いようがないほど、中国の住宅バブルはひどい。
メチャメチャというか、デタラメ。
どうひどいかは、連日報道されているとおり。
で、問題は、その金(マネー)の出所。
直接的には個人投資家によるものとされる。
が、さらにその元をたどると、その裏に銀行がいる。
この春ごろから中央政府は銀行融資の規制を始めたが、焼け石に水。
というか、本気で規制をかけたら、たいへんなことになる。
地方財政そのものが、住宅投資で潤っている。
で、さらに銀行融資の金は、どこから出ているか?
言うまでもなく、海外からの投資資金。
本来ならそうした投資資金は、設備投資などに向かわねばならない。
が、その資金が、住宅バブルへと回されている。
しかしそれだけでは中国の住宅バブルは説明できない。
「異常」というより、異常をはるかに、通り越している。
つまりここに中国のかかえる特殊性がある。
●拝金主義
中国人のもつ拝金主義には、これまたものすごいものがある。
日本の金権教も、中国人の拝金主義と比べたら、足下にも及ばない。
「マネーがすべてあるよ」と。
が、なぜこうまで中国人は、拝金主義に走るのか。
ほかに彼らが心のより所とすべき「主義」はないのか。
その謎を解く鍵が、実は「中国」という国そのものにある。
中国という国は、私たち日本人が考える「国」とは、中身がちがう。
そのため概念もちがう。
多民族国家というよりは、言うなれば中央政府が武力で抑え込んだ、寄せ集め国家。
チベットを見れば、それがわかる。
今回の尖閣諸島事件は、はからずもその一端を世界に露呈した。
つまり北京周辺の中国人は別として、一歩そこから離れた中国人には「国」意識はない。
中央政府による武力統制がゆるめば、そのままバラバラになってしまう。
だから、「信じられるのはマネーだけ」となる。
言い替えると、「中国、恐れるに足りず」。
ここで住宅バブルがはじければ……それは可能性の問題ではなく、すでに
時間の問題だが、中国経済は未曾有の混乱状態に陥る。
が、それだけではすまない。
拝金主義者たちがマネーを失ったら、どうなるか?
中国の至る所で、暴動を起こすだろう。
その矛先を中央政府に向けるだろう。
中国共産党という一党独裁体制に向かう。
実は、これが中国政府がもっとも恐れているシナリオである。
だから中国政府は、打つ手なし。
住宅バブルを本気で抑え込むこともできない。
かといって、元高に誘導することもできない。
そんなことをしたら、とたん、外資が一斉に逃げてしまう。
で、せっかく元安を利用して外資(借金)を呼び込んでも、民衆レベルにマネーが
回ったとき、それがそのままタンス預金として眠ってしまう。
現在中国人の貯蓄率は、40%弱と言われている。
これほどまでの経済成長(?)をつづけながら、中国人自身は、自国の経済発展を
信用していない。
本来なら好景気に踊って、市中で札束が乱舞してもよいような状況である。
それがタンス預金!
個人消費につながっていかない!
●高まる不平、不満
数日前にも書いたが、中国のジニ係数は、すでに0・5を超えていると言われている。
また同じく書いたが、先進国における0・5と、中国のような国における0・5は、
同じ「0・5」でも意味がちがう。
(それについても、数日前に書いたとおり。)
上位10%の人は、超リッチな生活を楽しむことができる一方、4分の3前後の
人は、家(マンション)をもつことはもちろん、その日の食費すらも、じゅうぶん
稼ぐことができないでいる。
さらに悪いことに、先に書いた拝金主義が医療機関はもちろん、末端の政府機関に
まで、はびこり始めている。
マネーをもっている人は、治療を受けられる。
政府サービスを受けられる。
が、貧しい人たちは、そうした社会の外にはじき飛ばされる。
それが不平、不満となり、うねりとなり、中国社会を動かし始めている。
上海万博で沸き立っている(?)中国だが、その中身はきわめて脆弱。
大都市には豪華なマンションのビルが立ち並ぶ。
しかしその大半は、空きや家。
投資のために建てられた空き家。
つまり中身は、からっぽ。
今回の尖閣諸島事件は、そうした民衆の、(中国には「人民」はいても、「国民」は
いないとよく言われるので、ここでは「民衆」としておく)、不平、不満を外に
そらすために、中央政府が作りあげた事件とも言えなくもない。
そう、まさに、「今」というこのときに、今回の事件が起きた!
●レア・メタル(泥土)問題
中国政府は、レア・メタルに関して対日輸出を停止した。
公式には「停止した」とは言っていない。
しかし事実上、停止した。
(公式にそれをしたとなると、国際的に袋だたきにあう。)
が、恐れるに足りず。
これだけ経済がグローバル化してくると、対一国だけに輸出規制をかけても、
意味はない。
たとえば昔、私がある商社にいたころ、こんなことがあった。
日本からの洪水のように押し寄せる繊維製品に、アメリカが音を上げた。
そこでアメリカ政府は、日本からの輸入に規制をかけた。
が、日本の商社はそんな規制など、どこ吹く風。
そのころサンフランシスコに向かっていた輸送船を、太平洋上ですべてUターン。
そのままオランダのアムステルダムへ。
その輸送船がアムステルダムへ着くころには、すでにオランダ・XX会社が
設立されている。
つまりオランダ・XXを一度経由することによって、今度は「オランダ製(ものは
日本製のまま)」として、ニューヨーク港で陸揚げ。
繊維規制など、日本の商社は、こうして無力化してしまった。
ずるいと言えば、ずるい。
しかし朝飯前。
こんなことができないようであれば、「総合商社」の名が泣く。
もし私が今、商社マンなら、即座にフィリッピンにレアメタルの加工工場を開く。
その加工工場に、中国のレアメタル(泥土)を輸入させる。
相手がフィリッピンなら、中国も規制できない。
日本はゆっくりと、そのあとフィリッピン製のレアメタルを、フィリッピンから
輸入すればよい。
相手は中国。
フェアプレイなど、通用しない。
フェアプレイなど、考えなくてもよい。
●墓穴
尖閣諸島周辺が、がぜん緊張してきた。
日本の巡視船と中国の哨戒船が、一触即発の状態で向かい合っている。
しかしここは音無の構え。
けっして相手のワナにはまってはいけない。
じっとがまんのとき。
感情的になり、先に手を出した方が負け。
日本はあとは粛々と事務的に、ことを運んでいけばよい。
なおこの話を昨日、ある中学生(2年男子)に話したら、彼はこう言った。
「アメリカが助けてくれるよ」と。
しかしアメリカは、そんな甘い国ではない。
頼りにしたとたん、中国以上のキバをむいて、日本に襲いかかってくる。
(今のアメリカは、傷を負ったオオカミのような状態。気をつけるべし。)
だからここは冷静に。
ただひたすら冷静に。
中国が騒げば騒ぐほど、中国は自ら墓穴を掘る。
すでに東南アジア諸国が、日本と連携して、中国包囲網を敷くという構想も
生まれつつある。
孤立するのは中国。
損をするのは中国。
が、それだけではない。
冒頭の話にもどる。
それが引き金となって、中国のバブル経済が崩壊するかもしれない。
日本ももちろん大きな影響を受ける。
それはそれとして覚悟しておかなければならない。
しかしこれはまさに「戦争」。
「経済戦争」という「戦争」。
勝つか負けるか。
無傷のまま戦争に勝つことはできない。
またそんなムシのよい話は、通用しない。
がんばれ、日本!
負けるな、日本!
ひるむな、管さん!
2010/09/29記
(注)時間の関係で、未推敲のままの荒っぽい文章で、ごめん!
Hiroshi Hayashi+++++++Sep. 2010++++++はやし浩司
*Global Warming in Japan
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 2010年 9月 29日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
(9月1日)の相談より
【O県のRTさんより、はやし浩司へ】
以前にも息子の件でご相談させていただきました。
以前の相談内容です。
息子は現在、中学2年生、14歳です。↓
中学に入ってから登校する時、偶然同じ学年の子と会っても挨拶もせず避けるように行っ
てします。
学校では積極的に自分から動くことはなく、授業中もうつむいていることが多い、という
ことです。
息子は周りを気にするあまり、自分が見えていない。主人と話すときも自信がなさそうな
小さな声でボソボソ話したり、黙り込んでしまいます。
人の話をCと聞いて、自分の考えを人に伝えることが苦手なように 思えます。
あれから1年…
今回の相談なんですが…
担任の先生やクラスも変わって少しですが、自分を出せるようになってきたと思います。
今から実家に帰るという時に、息子の部屋からを女子の水着・体操服がでてきたんです。
私は訳が分からず、真っ先に主人に言いました。主人も信じられない顔していました。
主人は息子を2階の部屋に呼び2人きりで話をして、その後は、みんなで実家に帰りまし
たが気分はずっと落ちこんでいる状態です。
私の実家にもよる予定でしたが、急きょ、主人と息子だけ先に家に帰ることになり私と娘
だけ実家に寄りました。
家に帰ってからの主人と息子の様子を聞きました。
まず、その持ち物は好きな女の子のものだということ。
忘れ物を取りに教室へ行ったときに、見つけて誰もいなかったから盗ってしまったこと。
後で先生の方から持ち物が無くなったが知らないかとクラス全員に聞いたが黙っていたこ
と。
主人はかなりのショックで息子に対してどう接したらいいのか悩んで、仕事も手に付かな
いといった状態です。
その日は息子の部屋をすべて見て押し入れの中からはアダルト系のマンガも出てきて、そ
れは友達から借りたのがきっかけで自分で買うようになったようです。
とにかく、マンガやゲームなどすべて部屋から出して部屋をすっきりキレいにして、過去
のことは忘れて、これからは生まれ変わった気持ちで頑張っていこうと約束しました。
それから半月たちましたが、部屋にはマンガが転がり、夏休みの宿題も結局進まず主人が
徹夜で手伝い、ギリギリ終わらせたのですが、息子本人は焦りもなく、主人に対しても何
も言わず学校に行きました。
自分の思いを出すのが苦手で、宿題も読書感想文など自分の考えをまとめる宿題は一切手
に付かない状態で主人が考える始末。
夏休みの部活中にも携帯を持って行ったことで呼び出され、ガラスを割って(ドアに鍵が
かかってたので窓から入ろうとして手で押したら割れた)、呼び出され、もうどうしていい
のか……勉強も苦手意識が強く、積極的にできません。
来年は受験も控え心配です。
このままでは自分の意見や気持ちも言えない。
それが原因で大人になって悪い方向にいかないか。
心配で仕方ありません。
今の息子の気持ちを前向きにポジティブに子供らしく向けるにはどうすればいいのでしょ
うか。
主人や息子のために私は何ができるのでしょうか。
どうか内容はわからないようにお願いいたします。
わがままを言って申し訳ありません。
よろしくお願いいたします。
【はやし浩司よりRTさんへ】
「役割混乱」という言葉を知っていますか。
RTさん、あなたの子ども(U君としておきます)は、今、自分らしさをつかもうと必死
でもがいています。
が、それができない。
何をしても、親(=あなた)に頭から否定されてしまう。
あなたのメールを読んだとき、いちばんドキッとしたのは、つぎの部分です。
『……とにかく、マンガやゲームなどすべて部屋から出して、部屋をすっきりキレいにし
て、過去のことは忘れて、これからは生まれ変わった気持ちで頑張っていこうと約束しま
した』と。
あなたはU君の住む世界を、粉々に破壊しています。
気がついていますか?
悪玉親意識(=親風)が強すぎるというか、ふつうの常識では考えられない行為です。
だれが、「すべて部屋から出した」のですか?
だれが、「部屋をすっきりした」のですか?
「過去のことをわすれて……」とは、どういうことですか?
「生まれ変わった気持ち」とは、どういうことですか?
あなたは一方的に、自分の(わがまま)をU君に押しつけているだけ。
私にはU君の悲鳴が聞こえてきます。
悲鳴です。
が、それも言えない。
口に出すこともできない。
言えないほどまでに、あなたはU君を押さえつけてしまっている。
異常な過干渉と過関心。
加えて異常なまでの過保護。
『……夏休みの宿題も結局進まず主人が徹夜で手伝い、ギリギリ終わらせた』という部分
が、それです。
中学2年生の子どもが、親に手伝ってもらって、宿題を終わらせた?
U君のほうが助けを求めてきたのですか?
もしそうなら、それでよし。
しかし実際には、あなたがU君の宿題の進ちょく状況を調べ、終わらせたのではないです
か。
もしそうなら、生まれ変わるべきは、U君のほうではなく、あなたのほうです。
くだらない親意識は捨てなさい。
学歴信仰は捨てなさい。
U君をひとりの人間として認め、U君の立場に立って、U君の苦しみや悲しみを理解しな
さい。
いちばん悲しい思いをしているのは、U君です。
アダルト漫画すら、自由に読めない。
あなたには男子の生理が理解できないようですね。
「男」は、「女」ではありませんよ。
私も中学2年生くらいのときから、その種の本を読みあさっていました。
が、あなたは「女」の立場だけで、「男」を理解しようとしている。
あなたはそれに気づいていますか?
こんな状態になりながらも、『勉強も苦手意識が強く、積極的にできません。来年は受験も
控え心配です』とは?
こうした問題には、必ず2番底、3番底があります。
今が最悪ではなく、さらに最悪な状態になって、「まだ以前のほうがよかった」とわかるの
です。
U君はすでに2番底から3番底へ向かっています。
へたをすれば、4番底へ!
覇気のない、ナヨナヨとした、つまり社会人として自立できない人間になってしまいます
よ。
あなたのメールを読んでいると、私の母を思い出します。
私の母が、あなたそっくりだったからです。
だから私の兄は、生涯、母の奴隷のような人生を送ってしまいました。
母は「J(=私の兄)は、生まれつきああだ」を口癖にしていましたが、生まれたときか
ら、子どもの性格がわかる親などいません。
この問題は、『ポジティブに子供らしく向けるにはどうすればいいのでしょうか』という
ような生易しい問題ではありません。
今より状況を悪くしないことだけを考えなさい!
なおす方法など、あるわけないでしょ。
U君を今のようなU君にしたのは、あなた自身だからです。
盗みは悪いことですが、女性の水着や体操服に興味をもつのは、自然なことです。
中学2年生ですよ!
女性に興味をもち始めたことを、喜びなさい。
それが原動力となって、もろもろの「性的エネルギー」、つまり「生きる活力」へとつなが
っていくのです。
フロイトやユングの学説に、一度は目を通してみてください。
(「はやし浩司 性的エネルギー」で検索をかけてみてください。)
それともあなたは、U君を牧師か何かにでもするつもりですか。
私がU君なら、一日も、あなたのそばにいたくないですよ。
(だから私は郷里から飛び出すことばかり、考えていましたが……。)
力で抑え込んだところで、無意味です。
一方的な「約束」で、どうこうなるような問題ではないからです。
またどこかで水着や体操服を盗んでくるだけです。
それにはっきり言いましょう。
あなたはU君を愛してはいない。
愛しているフリをしているだけ。
U君を自分の支配下において、あなたのロボットにしたいだけ。
自分の不安や心配を解消するための道具として、U君を利用しているだけ。
こういうのを、「代償的過保護」といいます。
「はやし浩司 代償的過保護」で検索してくだされば、いくつか原稿を読んでいただける
はずです。
つまりはストーカーと同じ、身勝手な愛。
率直に言って、ここまで家庭教育が失敗していると、手のつけようがないです。
恐らくあなたがU君を妊娠したときから、そして生まれたときから、すでに親子のリズム
が狂いっぱなし、狂っていた。
その結果が今です。
もしすべきことがあるとすれば、(1)すべてをあきらめて、(2)U君をあなたの呪縛か
ら解き放ってやること。
今は自我の形成、さらには自我の同一性の確立に、たいへん重要な時期です。
U君が何をしたいのか、それを理解し、その方向にU君が進めるような環境づくりをして
あげることです。
が、それとて、1年単位の時間が必要です。
私の印象では、それもむずかしいのでは心配しています。
「生まれ変わるべき」は、あなた自身だからです。
あなたには、それができますか?
できないなら、いつまでも親風を吹かしていないで、あきらめなさい。
それがU君に伝わったとき、U君ははじめて、一歩、足を前へ踏み出すことができるので
す。
ともかくも、あなたの「否定的な育児姿勢」。
「何をしてもだめ」と。
これがすべての元凶です。
その上で、「勉強だけはせよ」と。
U君の苦しみや悲しみには、いっさい耳を傾けない。
あなたは本当に、「親」と言えるのですか!
(1) 子どもの部屋には入ってはいけません。
入って、勝手にあれこれ調べてはいけません。
(2) 男子の「性」の問題は、父親に任せなさい。
女性のあなたが出る幕ではありません。
(3) 受験勉強は、なるようにしかなりません。
U君に任せて、自然の流れの中に、U君を置いてあげなさい。
(4) 学校での様子をあれこれ聞き出すような、スパイ行為はやめなさい。
U君のほうから相談でもあれば話が別ですが、いちいちそれを知り、U君を叱った
ところで意味はありません。
かえってU君を、自我の崩壊へと導くだけです。
中学2年生といえば、おとなですよ。
あなた自身も、そうだったでしょ。
何よりも重要なことは、U君を1人の人間として認め、U君の横に立ってやること
です。
親としてではなく、「友」として、です。
「まだ間に合います」などという気休めを言うのも、疲れました。
ともかくも今は、「これ以上、状態を悪くしないこと」だけを考えて対処してください。
「ポジティブ」などと、おこがましいことは考えないこと。
そのときがきたら、子どもは、自ら必ずポジティブになります。
「そのとき」というのは、「自分の進むべき道を見つけたとき」という意味です。
そのときは、あなたは子どもを信じ、子どもをうしろから支えてやります。
私も三井物産という会社をやめ、幼稚園の講師になるといったとき、母は電話口の向こう
で泣き崩れていまいました。
「浩C(=私)、あんたは道を誤ったア!」と。
そういう母親にだけは、なってはいけませんよ!
きびしい意見を書きましたが、多くの親は、子どもに何か問題が起きると、子どもをな
おそうとします。
しかし子どもは、「家族の代表」に過ぎません。
今は、そういう考え方をします。
そういう視点で、U君の問題をもう一度、考えなおしてみてください。
いいですか、親が子どもを育てるのではないですよ。
こうした問題をかかえ、それを乗り越えることによって、親が成長するのです。
つまり子どもが親を育てているのです。
今、U君は、あなたを懸命に育てようとしています。
だからあなたはもっと謙虚になって、U君に負けを認めなさい。
「お母さんが悪かったわ」と。
「ごめんね」と、すなおにあなたが言えたとき、U君はあなたに心を開くでしょう。
それができたら、またメールをください。
それができなければ、私ではなく、だれかほかの人に相談してください。
では、また。
はやし浩司
浜松市
Hiroshi Hayashi++++++++Sep. 2010+++++++++はやし浩司
●雑感(9月3日)
●床屋
おととい、床屋に行ってきた。
いつもひげ剃りは断っている。
感染症がうつされたら、たまらない。
一応、カミソリはそのつど消毒、殺菌することになっているらしい(県の衛生部)。
しかし最近の床屋は、どこもいいかげん。
前の人に使ったカミソリを、そのまま使っている。
が、おとといは断るのを忘れてしまった。
散髪が終わると、そのままひげ剃りに……。
ア~ア!
が、油断は禁物。
車に乗るとすぐ、エタノールで顔を消毒。
そのときはわからなかったが、けっこう、あちこちで目には見えない切り傷を
作られていた。
その部分で、エタノールが、シカシカと肌にしみる。
床屋はそのつど、粉状の止血剤をまぶしたり、熱いタオルで顔を押さえたりする。
しかしそれで安心してはいけない。
HIV(エイズ)にせよ、肝炎にせよ、こうして人から人へと感染していく。
言い換えると、床屋でのひげ剃りは、今はもう必要ない。
とくに子どもには、必要ない。
もしそれでも……というのなら、床屋も医院なみの消毒設備を備えるべき。
つまりそれくらいの衛生意識を床屋もしっかりと、もつべき。
(1) 子どもが床屋へ行くときは、店主に、「ひげ剃りはしないでほしい」と、
はっきりと言うこと。
(2) 順番を待っているようなとき、カミソリをどのように消毒しているか、よく
観察すること。
あぶない店(?)では、ひげ剃りをしっかりと断ること。
Hiroshi Hayashi++++++++Sep. 2010+++++++++はやし浩司
●BW教室(数の勉強)「幼児教育とは」
++++++++++++++++++++
幼児を教えるときのコツは、子どものもつ
リズムに合わせて、テンポの速いレッスンを
展開すること。
ダラダラとしたとたん、子どもの集中力が
失われる。
で、今週は、「数の学習」。
この数の学習で大切なことは、つねに刺激を
与えつづけ、子どもの頭を熱くすること。
冷やさない。
いろいろな角度から、子どもの頭を刺激する。
子どもの学習能力は、おとなのそれより
何倍も速い。
すぐ先を読むようになる。
思考をパターン化する。
そのためつねに意外性を用意し、思考が
パターン化するのを防ぐ。
同時に「数は楽しい」という印象づくりを
しっかりとする。
そのために、教える側の私が楽しむ。
楽しめば、子どもも楽しむ。
その「楽しさ」が重要。
こうした指導を幼児期にしておけば、あとは
子どもは子ども自身のもつ力で、自分で
伸びていく。
それが幼児教育。
+++++++++++++++++++
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【第三の選択】
●猛暑
暑い!
本当に暑い!
今日は昼寝をしただけで、気分が悪くなってしまった。
軽い熱中症にかかったらしい。
軽い頭痛と吐き気。
私は子どものころは、暑さには強かった。
というより、夏の暑さが好きだった。
夏が近づいてくると、それだけでワクワクした。
そんな私だったが、今年の夏は、身にこたえる。
8月の気温にしても、平年より2~3度高かったという。
その暑さが今日もつづいている。
が、その前にみなさん、「平年」という言葉にだまされてはいけない。
平年というのは、過去30年間の平均気温をいう。
10年ごとに過去30年間の平均をとり、それを「平年」という。
だからたとえば、50年ごとに平均気温が10度ずつあがっても、
「平年より2~3度高い」で終わってしまうこともある。
仮にこの先、同じような夏が30年もつづけば、それが「平年並み」となる。
だから地球温暖化(火星化)にしても、50年前と比べてどうなのか。
100年前と比べてどうなのか。
そういう比較をしてみて、はじめてわかること。
たとえば私の子ども時代。
ちょうど50年前。
昨年は「冷夏」だったという。
しかしそれでも、私が子どものころの夏よりは、暑かった。
気温が30度を超えるのは、毎年梅雨が明けてから。
7月15~20日前後。
それに当時の夏は短かった。
8月15日の盆を過ぎるころには、冷気を含んだ秋風が吹き始めた。
川の水は冷たく、足を入れることもできなかった。
私たちは土手の上から、どこかものほしげに川面(かわも)をながめた。
それが夏の終わりだった。
●たった10年で!
どうなるのか?
この先、地球は、どうなるのか?
それを考えると、ときどき足元をすくわれるような不安感に襲われる。
私たちのことはよい。
もうじゅうぶんに人生を楽しんだ。
それに……。
地球が火星化するころには、私たちはこの世にいない。
が、子どもたちは、そうでない。
現在、5歳、6歳の子どもたちが、今の私の年齢になるころには、地球温暖化の
問題は、さらに深刻化しているはず。
忘れてならないのは、たった10年前には、科学者たちはこう言っていた。
「2100年ごろには、地球の気温は、3~4度上昇するだろう」と。
が、すでに瞬間的ではあるにせよ、2~3度も上昇している。
たった10年で!
子どもたちを見ながら、申し訳ない気持ちになるのは、私だけだろうか。
今の今も、無力感を覚えながら、日々を何となくごまかして生きている。
そこにいる大罪から、わざと目をそむけながら、生きている。
「これではいけない」と思いつつ、結局は何もできない。
できることもない。
そのかわりデスクの横にある、カタログに目を通しながら、「つぎはどんな
パソコンを買おうか」などと考える。
この無責任。
無感覚。
危機意識のなさ。
あるいは人間というのは、それを繰り返しながら、ますます鈍感になっていく
ものなのか。
つまり日々の日常性の中に身を隠し、脱力感とあきらめを繰り返しながら、
鈍感になっていく。
●第三の選択
若いころ、『第三の選択』※という本を読んだ。
実際には、テレビを見て『第三の選択』という言葉を知り、そのあとあわてて、
その本を書店で求めて読んだ。
恐ろしい本だった。
人類を救済するための方法が書かれていた。
核兵器で大気に穴をあけるとか(第一の選択)、地下に生活基盤を移すとか(第二の選択)、
そんなようなことが書いてあった。
が、結局は一部の人類だけを救済し、あとは自滅するのを待つというような内容の
本だった。
それが第三番目の選択とか。
あとになって、ただのSF小説と知ったが、それを読んだときには、あまりのリアルさに、
身が震えた。
が、それが今、可能性を超えて現実の選択になりつつある。
60億以上の人々を救うことは、不可能。
人間が生来的にもつ欲望をコントロールするのは、不可能。
それをキリスト教で「原罪」というのかどうかは知らないが、もし人間が生まれながらに
してもつ「罪」があるとするなら、欲望こそが、「原罪」ということになる。
だったら、一部の人間だけを救い、残りの私たちはいさぎよく「死」を選択する。
人類が全滅するよりはよい。
一部の人たちが、私たち人間が生きたという証(あかし)を、未来へ残してくれる。
もしその希望すら失ってしまったら、それこそ人間は何のために生きているのかという
ことになる。
●阿鼻地獄
が、私が本当に恐れるのは、地球の火星化ではない。
その火星化に至るプロセスの中で、人間が地獄を経験すること。
それはまさに人間を人間の燃える火で焼く、阿鼻地獄。
どんなに想像力が豊かな人でも、その阿鼻地獄までは想像できないだろう。
人間が心の内部から破壊される。
そのとき人間は悪魔と化し、人肉をむさぼるようになる。
先に書いた「原罪」には、それほどまでに恐ろしい力がある。
……私たちにはそれに耐える力があるか?
それを乗り越えるだけの道徳や倫理、哲学を構築することができるか?
またそれまでに間に合うか?
「絶望」という言葉に敗れてはいけない。
最期の最期まで、人間は人間らしく生きる。
それは果たして可能なのか?
●火星
20万年前。
一説によると、火星にも豊かな海があったという。
どうやら陸もあったらしい。
川が流れた痕跡もあちこちに残っている。
が、それがこれまた一説によると、現在の地球温暖化と同じようなことが起き、
火星は今に見るような火星になったという。
地球より小さな惑星だったこともあり、温暖化は一気に進んでしまったらしい。
原因は何であれ、地球も今、同じような運命をたどりつつある。
恐ろしいのは、その変化が、だれの目にもわかるほど、速いということ。
ジワジワ……とか、徐々に……というのではない。
世界のあちこちで、ドカン、ドカンと起きている。
まだ散発的だからよい。
こうした変化がやがて連続性を帯びたときがこわい。
ひとつのドカンが終わる前に、つぎのドカンが起きる。
それがこわい。
不測の事態が不測の事態を呼び起こし、そのとき地球は、一気に破滅へと向かう。
よく誤解されるが、地球温暖化は、2100年に終わるわけではない。
もしここで化石燃料の使用をいっせいにやめたとしても、「温室効果」はそのまま
残る。
つまり地球の温暖化は、そのあともつづく。
2100年は何とか通り抜けることはできても、2200年にはわからない。
2200年は何とか通り抜けることはできても、2300年にはわからない。
一説によれば、そのころ地球の気温は、400度近くまで上昇するだろうと言われて
いる。
400度だぞ!
●おバカ博士
今夜も暗い話を書いてしまった。
「今夜こそ、明るい話題を」と思ったが、やはり書いてしまった。
できれば日々の日常性の中に身を隠し、「我、関せず」と、のんびりと生きたい。
またそういうテーマにしぼって、ものを書きたい。
それにこんなことを書いても、かえって読者の皆さんを不安にするだけ。
解決方法もない。
そう、どこかのおバカ博士のように、パワーストーンでも売って、気休めを
したほうがよいのかもしれない。
「このブレスレットを腕に巻いていれば、悪魔は退散する」とか、何とか言って。
値段は、4万5000円。
もとは中国から仕入れた、安物の宝石。
5色の宝石。
バカバカしい……。
バカバカしいが、人間は一方で、それ以上にバカなことを毎日している。
私もしている。
あなたもしている。
その結果が、今に見る、「地球温暖化」ということになる。
だれがあのおバカ博士を、どうして笑うことができるだろうか?
……ということで、兎にも角にも、「精進」あるのみ。
日々に研鑽あるのみ。
そうそう数日前、ある従兄弟とこんな会話をした。
私の母の三回忌をどうするかと聞いてきたので、「考えていない」と答えると、
「親の三回忌をしないで、どうする!」と。
今年の夏の暑さを考えたら、三回忌どころではない。
ないが、私はこう答えた。
「近く、寺へ行って、供養してもらってきます」と。
そう答えた自分が、限りなくバカに思えた。
情けないほど、バカに思えた。
そう、もし第4の選択肢があるとするなら、みんなバカになって、バカのまま
死ぬこと。
ひょっとしたら、そのほうがよいかもしれない……とまあ、とんでもないことを
書き始めたので、この話はここまで。
とりあえず明日は土曜日だから、「原罪」について考えてみたい。
人間が生来的にもつ「欲望」について、考えてみたい。
では、おやすみなさい!
ワイフは、すでに床に入って寝息をたてている。
(2010年9月3日、午後11時45分。
まこの時刻になっても、首下を流れる汗がまだ止まらない!)
●不眠
時刻は今、午前2時30分。
2時間半も、寝床でもがいていたことになる。
原因は、寝る前に飲んだ、ウーロン茶(?)。
近くのコンビニで買ってきた。
濃厚なウーロン茶だった。
それを約1リットルも飲んだ。
それで頭が冴えてしまった。
最近は少なくなったが、ときどきこういうことがある。
眠るタイミングをはずすと、そのまま寝損ねてしまう。
今がそうだ。
「早く眠らなければ……」と思えば思うほど、頭が冴えてしまう。
で、思い切って起きてしまった。
床から出て、居間へ。
電気をつけて、このパソコンに電源を入れた。
どうせ明日は土曜日。
……というか、すでに土曜日。
こういうときは、なるように身を任せるのがよい。
眠くなったら寝る。
●週刊誌
そのコンビニで、ワイフが買い物をしている間、いくつかの週刊誌を
立ち読みした。
その中のひとつの週刊文春。
「世界恐慌が近い」という記事が載っていた。
現在の世界経済は、あの世界恐慌の前の状況にたいへん似ているとか。
それに民主党の党首選挙。
「小沢一郎は、強制訴追を避けるため、党首選挙に打って出た」と。
総理大臣になれば、強制訴追されないですむ。
……いろいろな説が交錯している。
たしかに世界の経済はおかしい。
民主党もおかしい。
どちらもつかみどころがないほど、混乱している。
ドロドロというか、グチャグチャ。
まさに一寸先は闇。
明日、何が起きてもおかしくない。
●眠くなってきた
少し眠くなってきた。
先ほど精神安定剤を半錠と、睡眠導入薬をひとかけら口に入れた。
風はぐんと涼しくなった。
よかった。
一説によると、人間は、2、3日くらいなら、眠らなくてもだいじょうぶだそうだ。
それよりも気をつけなければならないのは、ストレス。
「眠らなければならない」と自分を追い込むと、それがかえってストレッサーに
なってしまう。
心身によくない。
だからここは自然体で臨むのがよい。
ウム……。
かなり眠くなってきた。
まぶたが重くなってきた。
明日は、(といっても、今日だが……)、近くのパソコンショップへ行ってくる。
2テラバイトのハードディスクが、9000円弱で売りに出されるとか。
買うかどうか、まだ決めていない。
が、ほしい!
2テラバイトというのは、つまり2000ギガバイト!
「すごい!」の一言。
それにしてもハードディスクも安くなったものだ。
たった10年前には、10ギガのハードディスクに驚いた。
それが今では、2000ギガ!
そのチラシを見ていれば、たぶん、眠ってしまうはず。
では、みなさん、今度こそ、本当に、おやすみなさい!
そうそう先ほど床の中で、母の三周忌は簡素にすますと決めた。
「地蔵十王経」(=日本でできた偽経※)の言いなりにはなりたくない。
あんなのは迷信以上の迷信。
(私は自分でCと調べたぞ!)
形式的な儀式をすれば、それでよいというものでもない。
それで死者を悼むことができるというのは、どう考えても納得できない。
「墓参りだけは……」とは思うが、この暑さではどうにもならない。
もう少し涼しくなったら、考えよう。
……ということで、私には私なりの生き様がある。
これからはその生き様を、もっと明確な形で貫きたい。
残りの人生も少なくなってきた。
親類がどう言おうと、私の知ったことではない。
自分の生き様を確立できないような人は、世間に迎合して生きればよい。
好きなように私を批判すればよい。
(注※「第3の選択」Infoseek HPより)
『……米ソの間の秘密協定が疑われる中、ガーシュタイン博士はとうとう第3の選択の内
容を明らかにする。それは環境の悪化によって住めなくなる地球を捨て、人類の選ばれた
一部だけでも火星で生き延びさせるという驚くべき内容であった。(ちなみに第1は核兵器
で大気の層に穴をあけ熱を逃がす。第2は地下に生活基盤を移す。もちろん選ばれし人々
のみ)』(以上、「Infoseek HP」より。)
(注※「地蔵十王経」)
【堂々たる迷信】(初七日、四十九日の法要)
●地蔵十王経
「地蔵十王経」の由来については、ウィキペディア百科事典が、詳しく書いている。
難解な文章がつづくが、そのまま紹介させてもらう。
+++++++++++以下、ウィキペディア百科事典より++++++++++
仏教が中国に渡り、当地の道教と習合していく過程で偽経の『閻羅王授記四衆逆修生七往
生浄土経』(略称として『預修十王生七経』)が作られ、晩唐の時期に十王信仰は成立した。
また道教経典の中にも、『元始天尊説鄷都滅罪経』、『地府十王抜度儀』、『太上救苦天尊説消
愆滅罪経』という同名で同順の十王を説く経典が存在する。
『預修十王生七経』が、一般的な漢訳仏典と際立って異なっている点は、その巻首に
「成都府大聖慈寺沙門蔵川述」と記している点である。漢訳仏典という用語の通り、
たとえ偽経であったとしても、建て前として「○○代翻経三蔵△△訳」のように記すのが、漢
訳仏典の常識である。
しかし、こと「十王経」に限っては、この当たり前の点を無視しているのである。この点
が、「十王経」類の特徴である。と言うのは、後述の日本で撰せられたと考えられる『地蔵
十王経』の巻首にも、同様の記述がある。それ故、中国で撰述されたものと、長く信じら
れてきたという経緯がある。ただ、これは、『地蔵十王経』の撰者が、自作の経典の権威づ
けをしようとして、先達の『預修十王生七経』の撰述者に仮託したものと考えられている。
また、訳経の体裁を借りなかった点に関しては、本来の本経が、経典の体裁をとっておら
ず、はじめ、礼讃文や儀軌の類として制作された経緯に拠るものと考えられている。
+++++++++++以上、ウィキペディア百科事典より++++++++++
要するに、「地蔵十王経」というのは、中国でできた偽経の上に、さらに日本でできた偽経
ということ。
が、この「地蔵十王経」が、日本の葬式仏教の基本になっているから、無視できない。
たとえば私たちが葬儀のあとにする、初七日以下、四十九日の儀式など、この
「地蔵十王経」が原点になっている。
+++++++++++以下、ウィキペディア百科事典より++++++++++
死者の審理は通常七回行われる。没して後、七日ごとにそれぞれ秦広王(初七日)・初江王
(十四日)・宋帝王(二十一日)・五官王(二十八日)・閻魔王(三十五日)・変成王(四十二
日)・泰山王(四十九日)の順番で一回ずつ審理を担当する。
ただし、各審理で問題が無いと判断された場合は次の審理に回る事は無く、抜けて転生し
ていく事になるため、七回すべてやるわけではない。一般には、五七日の閻魔王が最終審
判となり、ここで死者の行方が決定される。これを引導(引接)と呼び、「引導を渡す」と
いう慣用句の語源となった。
七回の審理で決まらない場合も考慮されており、追加の審理が三回、平等王(百ヶ日忌)・
都市王(一周忌)・五道転輪王(三回忌)となる。ただし、七回で決まらない場合でも六道
のいずれかに行く事になっており、追加の審理は実質救済処置である。もしも
地獄道・餓鬼道・畜生道の三悪道に落ちていたとしても助け、修羅道・人道・天道に居た
ならば徳が積まれる仕組みとなっている。
なお、仏事の法要は大抵七日ごとに七回あるのは、審理のたびに十王に対し死者への減罪
の嘆願を行うためであり、追加の審理の三回についての追善法要は救い損ないを無くすた
めの受け皿として機能していたようだ。
現在では簡略化され通夜・告別式・初七日の後は四十九日まで法要はしない事が通例化し
ている。
+++++++++++以上、ウィキペディア百科事典より++++++++++
つまり人は死ぬと、7回の裁判を受けるという。
死後、七日ごとにそれぞれ、
(1)秦広王(初七日)
(2)初江王 (十四日)
(3)宋帝王(二十一日)
(4)五官王(二十八日)
(5)閻魔王(三十五日)
(6)変成王(四十二日)
(7)泰山王(四十九日)の順番で一回ずつ審理がされるという。
ただし、各審理で問題が無いと判断された場ばあいは、つぎの審理に回ることはなく、
抜けて転生していくことになるため、七回すべてやるわけではないという。
一般には、五十七日の閻魔王が最終審判となり、ここで死者の行方が決定される。これを
引導(引接)と呼び、「引導を渡す」という慣用句の語源となったという(参考、引用、
ウィキペディア百科事典より)。
わかりやすく言えば、最終的には、五十七目に、閻魔王が、その死者を極楽へ送るか、地
獄へ送るかを決めるという。
私たちも子どものころ、「ウソをつくと、閻魔様に、舌を抜かれるぞ」とよく、脅された。
しかしこんなのは、まさに迷信。
霊感商法でも、ここまでは言わない。
もちろん釈迦自身も、そんなことは一度も述べていない。
いないばかりか、そのルーツは、中国の道教。
道教が混在して、こうした迷信が生まれた。
極楽も地獄も、ない。
あるわけがない。
死んだ人が7回も裁きを受けるという話に至っては、迷信というより、コミック漫画的で
すらある。
法の裁きが不備であった昔ならいざ知らず、現在の今、迷信が迷信とも理解されず、葬儀
というその人最後の、もっとも重要な儀式の中で、堂々とまかり通っている。
このおかしさに、まず私たち日本人自身が気づべきである。
「法の裁きが不備であった昔」というのは、当時の人たちなら、「悪いことをしたら地獄へ
落ちる」と脅されただけで、悪事をやめたかもしれない。
そういう時代をいう。
「死」というのは、どこまでも厳粛なものである。
そういう「死」が、ウソとインチキの上で、儀式化され、僧侶たちの金儲けの道具になっ
ているとしたら、これは問題である。
このおかしさ。
そして悲しさ。
仏教を信ずるなら信ずるで、もう一度、私たちは仏教の原点に立ち戻ってみるべきではな
いだろうか。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て
はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 地蔵十王経
初七日 四十九日 法要 偽経 第3の選択 第三の選択 地球温暖化 地球火星化)
Hiroshi Hayashi+++++++Sep. 2010++++++はやし浩司
【付記】地上オゾン(光化学オキシダント濃度)
●もうひとつの地球温暖化問題
++++++++++++++++++++
2年前と、7年前に書いた原稿を、
再掲載します。
++++++++++++++++++++
●地上オゾンの恐怖(Photochemical Oxidant)
Photochemical Oxidant is to affect the growth of plants and vegetables on earth.
According to the recent research done by Agricultural Environment Technical Center of
Japan, in China the production of cereals would be dropped abt . 40%~60% by the year
of 2020.
+++++++++++++++
TK先生から、地上オゾンの話を
聞いてから、もう7、8年になる。
中国から流れてきた排気ガスが、
光化学オキシダントとなって、植物の
光合成に影響を与えるというのだ。
TK先生は、当時、すでに沖縄などでは、
20%近く収穫量が落ちているという
ような話をしてくれた。
(聞き覚えなので、この数字は不正確。)
しかしそれがますます現実味を帯びてきた。
読売新聞は、つぎのように伝える。
++++++++++以下、読売新聞++++++++++
中国大陸からの大気によって、光化学オキシダントの濃度が上昇する
「越境汚染」問題で、日本海沿岸部のある地点のコメの収量を調べたところ、
内陸部との比較で、約1割少なくなっているとする研究結果を、
農業環境技術研究所(茨城県つくば市)が、20日、山口県で
開かれた日本農業気象学会で発表した。
光化学オキシダントは近年、日本海の離島などで、高濃度で観測され、
昨年は新潟、大分県で注意報が発令された。
農作物の収量減少は実験から推測されてはいたが、部分的とはいえ、
実際に濃度と収量の関連が裏付けられたのは初めて。
研究は、長谷川利拡主任研究員によるもの。品種と肥料水準は、
同一の日本海沿岸部の1地点と約30キロ内陸に入った1地点を選び、
1980年からの収量データを比較した。両地点の近くで測定された
光化学オキシダントの5~9月の平均濃度は、2001~05年の
平均では沿岸地点が0・045ppmで、内陸地点の0・031ppm
より高かった。
濃度は沿岸、内陸ともに上昇していたが、沿岸では96~05年にかけて、
毎年、内陸部の2倍にあたる0・001ppm高くなっていた。
両地点の玄米の1平方メートル当たりの収量は、
沿岸は80~96年は平均588グラムだったのが、
97~05年は560グラムに減った。逆に内陸では、
577グラムから609グラムに増えた。
80年代は沿岸の方が内陸よりも多かった収量が、
90年代半ばから逆転し始め、2000年以降は内陸が沿岸を常に上回った。
沿岸では、内陸と異なり、夜になっても光化学オキシダント濃度が下がらなかった。
夜間に海からオゾンが流れ込み、昼間の高濃度を保ったとみられる。
小林和彦東大教授(農学)によると、収量が減るのは、
光化学オキシダントの主成分であるオゾンが植物の葉の中に入り、
光合成作用を妨げるため。農作物への影響について、
中国では研究者らが「2020年には濃度が0・055ppmを超え、
大豆、トウモロコシ、小麦の収量が40~60%減少する」と推定している。
+++++++++以上、読売新聞(3月20日)+++++++++++++
とくに気になるのは、最後の部分。そこには、こうある。
「中国では研究者らが、2020年には濃度が0・055ppmを超え、
大豆、トウモロコシ、小麦の収量が40~60%減少すると推定している」と。
わかりやすく言えば、光化学オキシダント濃度(地上オゾン)がふえるため、
中国では、2020年には、大豆、トウモロコシ、小麦の収穫量が、半減する
というのだ。
しかしこれは何も、中国だけの話ではない。
読売新聞によると、すでに新潟県、大分県では、「注意報」まで発令
される状態になっているという。
今では酸性雨による木々の立ち枯れなど、珍しくも何ともない。
この日本でも、ごくふつうの景色になってしまった。
そこへ今度は、光化学オキシダント!
さらにそれに加えて隣の韓国では、中国からの黄砂による健康被害まで
報告されるようになっている。
黄砂は、大気汚染とは、直接には関係ない。
しかし(大気汚染)→(温暖化)→(砂漠化)→(黄砂の大量発生)と
つなげてみると、元凶は、やはり大気汚染ということがわかる。
不測の事態が、また別の不測の事態を生み出す。
このドミノ倒しによって、地球環境は、爆発的に悪化する。
ほんの7、8年前には、科学者の間では、ほんのうわさ話にしか過ぎなかった。
「地上オゾン」という名前すら、世間ではほとんど知られていなかった。
私が5年前に書いた原稿を載せる。日付は、03年の4月になっている。
+++++++++++++++++
●異常気象
このところ、SARS(新型肺炎)だとか、北朝鮮問題とか、何かと世相が、騒がしい。
で、そういう騒がしさにまぎれて、おととい(4月17日)、静岡県のS町で、31・5度
という、観測史上はじまって以来という、気温を記録した。たしか昨年(02年)は、5
月末に、30度を超えたと思う。そのときも、「観測史上はじめて」という言葉を聞いたよ
うな気がする。(あいまいな記憶で、申し訳ありません。)それが今年は、去年より、約4
0日も、早まったことになる!
私が子どものころは、30度を超えるのは、毎年梅雨あけの、7月に入ってからだった。
それがふつうだった(岐阜県)。30度を超えると、「真夏日」ということになり、川で泳
ぐのが許された。しかしそれとて、梅雨があけてからのこと。だいたい7月10~15日
過ぎのことだった。しかし今では、4月の中旬に、30度を超える!? ゾーッ!
気象庁には、「平年並み」という言葉がある。しかしこの言葉ほど、いいかげんな言葉は
ない。気象庁がいう平年並みというのは、過去30年間の平均気温をいう。だからもし3
0年ごとに5度ずつ気温が上昇したとしても、平年並は、平年並になってしまう? 「今
年の気温は平年並みです」と。
しかし地球温暖化は、確実に進行している。しかも予想より、はるかに早いペースで進
行している。数字の上では、この半世紀で、1度前後しか上昇していないというが、実感
は、とてもそんなものではない。気象庁は、ひょっとしたら、世界の指導者と申しあわせ
て、ウソを言っているのではないのか? ……つまりそう思ってもおかしくないほど、実
感気温とかけ離れている。
たとえば気象庁の記録によれば、2000~02年度においてさえ、この浜松市での最
高気温は、31度前後(8月)ということになっている。しかしこんなのは、まっかなウ
ソ。昨年は、わりと涼しかったほうだが、それでも浜松市内では、連日、40度近くは、
あった。「今日の最高気温は、32度でした」などと報道されるたびに、私は温度計を見な
がら、「どこの気温のことを言っているのか?」と思った。
しかしそれにしても、深刻な話である。地球温暖化が進めば、やがて地球は火星のよう
になると言う人もいる。今のまま温暖化が進めば、その可能性は、きわめて高い。そこま
でいかなくても、あと10年もすれば、2~3月期に、30度を超えるようになるかもし
れない。そうなれば日本の気象状態は、完全に狂う。
……と、まあ、地球温暖化の問題を考えていると、SARSや北朝鮮の問題が、小さく見
えてくるから不思議である。それにSARSや北朝鮮の問題は、まだ人間の力で何とかな
る。が、地球温暖化はそうではない。人類滅亡どころか、すべての生物が死滅する。
だから、地球温暖化を考えていると、「どう解決するか」ということよりも、「どう静かに
滅亡するか」という問題になってしまう。いや、滅亡するなら滅亡するで、かまわない。
問題は、それまでのプロセス。人間は、決して静かには滅亡しないだろう。恐らく(とい
うより、確実に)、まさに地獄を経験するに違いない。秩序やモラルは崩壊し、殺人や暴力
が、日常的に横行するようになる。略奪や殺人が、日常的に横行するようになるかもしれ
ない。知能が高い分だけ、「末期」は、悲惨(ひさん)なものになる。
そこで人類には希望がないのかというと、方法がないわけではない。一つは宇宙へ飛び
出すという方法。もう一つは、人類がたくわえた知識や知恵を、コンピュータの形で後世
に残すという方法。地球の周辺に、何かのガスをまいて、それで太陽光線をさえぎるとい
う方法。あるいは太平洋のど真ん中で、数千発の核兵器を爆発させて、地球の大気に「穴」
をあけるという方法などがある。
どこかSF的だが、しかしすでにそういう方向で考えている科学者もいるという。いざと
なれば、方法はいくらでもある?
しかしまあ、人間も、好き勝手なことをしたものだ。もっとも、私たちおとなは、自業
自得としての結果だから、あきらめることができるが、かわいそうなのは、子どもたちで
ある。これから先、どういう未来を経験することやら? 申し訳ないことをしたと思うの
と同時に、考えれば考えるほど、気が重くなる。たいへん悲観的なことを言うが、この問
題だけは、もうくるべきところまできたような感じがする。単純な問題ではないだけに、
どこから手をつけてよいのかさえわからない。たとえばこんなこともある。
ところで「地上オゾン(対流圏オゾン)」という言葉を聞いたことがあるだろうか。種々
の排気ガスや煙が化学的に反応して、それが地上オゾンになるという。温室効果ガスの一
つだが、その地上オゾンが、5%ふえると、農作物が約20%減少するという※。そこで
あの北朝鮮だが、近年、農業生産が慢性的に不振状態にあるという。その原因のひとつが、
地上オゾンではないかと言われている。
もちろん韓国も影響を受けているらしい。もちろんその発生源は、中国、ロシア。日本も、
沖縄あたりに影響が出始めているという。農作物だけではない。森林も影響を受ける。そ
してその結果として、ますます地球の温暖化は進む……。あああ。
(030419……この原稿は、去る、4月19日に書いたものです。)
※……この数値は、ある科学者から直接、会話の中で聞いたもので、確たる根拠があるわ
けではありません。ただ沖縄地方における地上オゾン濃度の上昇率と、農作物の減少率が
根拠になっていると、その科学者は言っていました。(了解をもらっていないので、名前を
出すことができません。)
(注)ここでいうTK先生というのは、光合成、触媒の世界ではよく知られた、田丸謙二
先生をいいます。
+++++++++++++++++
最後に、昨日、こんなニュースが新聞に載っていた。
何でもあの火星から、塩のかたまりが、見つかったという。
しかもその塩のかたまりが、何百か所から見つかったという。
つまりかつては、火星にも海があったということ。
このことが何を意味するか?
一説によれば、火星にも人間のような知的生物がいたという。
その知的生物たちが、現在の地球人と同じように、発展とともの(?)、
火星温暖化を招いてしまったという。
もちろんこれはSF的な話でしかない。
……とまあ、いろいろ考えられるが、そこでどうだろう。
このあたりで、名前を変えてみたら……?
「地球温暖化」ではなく、「地球火星化」と。
そうすれば、もう少し、ことの深刻さを、より多くの人にわかって
もらえるようになるかもしれない。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 地球温暖化 地球火星化
光化学オキシダント 地上オゾン はやし浩司)
Hiroshi Hayashi++++++++Sep. 2010+++++++++はやし浩司
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【雑感】(9月1日)「虚しさ」をテーマに(改)
+++++++++++++++++
文章が雑だったので、推敲しなおして
みました。
+++++++++++++++++
●老いる
老いることは、たしかにさみしい。
失ったもの、去っていった人たち、なくした時間などなど。
そういった思い出が、波打ち際にヒタヒタと打ち寄せる波のようにやってきては、
また去っていく。
さみしいと言えば、さみしい。
さみしくないと書けば、嘘になる。
しかしそのさみしさに、時として、酔いしれる。
静かに時の流れの中に身を置き、ふと涙ぐむ。
それが老いるということではないか。
ときどきあのときの、あの人は今ごろ、どうしているだろうと思う。
元気でいるだろうか。
それとも、もう亡くなっているだろうか。
確かめる方法がないわけではない。
しかしそれを確かめたところで、どうなる?
そのあと何をする?
●虚しさ
定年後の再就職という言葉もある。
しかし定年後の再就職というのは、若いときの就職とは、本質的にちがう。
もしだれかが私にこう言ったとしよう。
「一生懸命がんばってください。10年後は、課長になってもらいます」と。
しかしそんな申し出に応ずる人はいない。
課長職に魅力を感ずる人はいない。
またその目的のためにがんばる人もいない。
私たちはすでに、その虚しさというのを、いやというほど知っている。
ただ私のばあい、その虚しさを、オーストラリアで学生をしていたころ知った。
当時の日本は、まさに高度成長期。
だれもが迷わず大企業を選択し、出世を夢見て、企業戦士としてがんばった。
当時の日本で、つまり日本の若者たちの中で、その虚しさを知っている人は、
いったいどれくらいいただろうか。
●教育学博士?
ところで昨日、A・Cというタレントについて書いた。
肩書は「教育学博士」ということになっているが、教育学の博士?
(教育学だぞ!)
何度かテレビで講演をしているのを聞いたことがあるが、私は何も得るものはなかった。
専門用語もまったくと言ってよいほど、口から出てこなかった。
たとえば日本では、「○○大学教育学部教授」という肩書を使う人はいる。
しかし「教育学博士」という肩書を使う人はいない。
が、その博士?
私よりはるかに高い立場にいる人ということになる。
私よりはるかに高い見識と学識のある人ということになる。
ああいうタレントが、(いくら肩書きがそうであっても、私は学者とは認めない)、
教育者として活躍しているのを見ると、いつもある種の虚しさを覚える。
恐らくその虚しさは、アフリカやアジアのへき地でボランティア活動をしている人たちが
感ずる、それと同じではないか。
ああいう一部のはねあがった人たちが、底辺でまじめにがんばっている人たちの心を、
平気で踏みにじる。
難民救済活動?
アフリカの難民救済活動?
ふつうの常識のある人なら、そんなおこがましいことはとてもできない。
●偽善
生きることには、いつも連続性がある。
その人がその人になるには、その土台に過去とのつながりがある。
それを連続性という。
たとえば教育学博士であるにしても、日本ユニセフの親善大使であるにしても、
そこに至る過去があるはず。
積み重ねがあるはず。
さらに言えば、その周辺に、心理学でいうところの役割形成があるはず。
つまりその人らしい、(それらしさ)があるはず。
たとえば大学の教壇に立って、教育者を教育したとか、あるいは街中のホーム
レスの人たちの食事を世話したとか、など。
さらに言えば、学校の先生たちを指導しているとか、(子どもたちを教えている
とか)、あるいは孤児を預かって世話をしているとか、など。
そういうことでもよい。
それがここでいう(それらしさ)ということになる。
そういうものをいっさい省略して、いきなり「王手!(=博士)」は、ない。
が、中には、(A・Cがそうというわけではないが)、善意ある人たちから
金をまきあげ、貧しい人たちを利用して、自分の利益や名声につなげていく人もいる。
私の恩師の松下哲子(のりこ)先生(幼稚園元園長)は、いつもこう言っていた。
「林さん(=私)、悪人の餌(えさ)にだけは、なってはいけませんよ」と。
悪人の餌になることは、自分で悪事をすることより、悪いことという。
その餌に、私たちはなっていないか?
一度、A・Cという人を観察しながら、私たちはそれを冷静に見つめなおして
みる必要がある。
また雑誌や写真雑誌の報道によると、同じ日本ユニセフの重鎮であるKT氏は、
写真撮影のときだけ、やせ細った難民の子を抱きあげ、そのあとすぐ体中を消毒して
いたという。
もしこれが事実とするなら、これほどまでに悪臭に満ちた偽善はない!
●30兆円
つい1か月ほど、「砂漠に水をまくようなもの」と書いた。
案の定、政府の対策は、何ら効果をもたらさなかった。
もたらさなかったばかりか、かえって円高を誘導してしまった。
某新聞は今朝になって、「焼け石に水だった」と書いている。
私のようなド素人にもわかるようなことが、どうして日銀の総裁や政府の指導者
たちに、わからないのだろう。
30兆円もバラまけば、その後遺症はかならずあとになって出てくる。
そのときが、心配。
へたをすれば、ハイパーインフレ!
日本経済の崩壊は、可能性の問題ではない。
時間の問題。
それが秒読み段階に入った。
日本と中国は2010年になって、16%以上も株価をさげている。
注視すべきは、その中国。
バブル経済が音をたてて崩れ始めている。
その威力は、ドバイショックの1000倍以上と言われている(某経済誌)。
また今年になって、6~7年も書きつづけてきた『日韓経済戦争』の記事を
私は停止した。
「今さら、何を!」と言った状態になってしまった。
この虚しさ。
脱力感。
イルボネ(日本人)よ、もう少し外の世界を見ろ!
緊張感をもて!
このままでは、日本は本当に沈没してしまうぞ!
●JAL問題
JAL問題は、日本の官僚社会の縮図。
そう思って、日本の官僚社会を見ればよい。
今の日本にとって重要なことは、JAL並みに、日本の官僚社会を破綻させること。
公務員の数を、半減、もしくは3分の1にすること。
人件費を減らし、無駄を省くこと。
日本という国そのものが、JALと同じ問題をかかえている。
「一度日本経済を破綻させるしかない」と考えるのではなく、「破綻する前に、やるべき
ことはやる」。
それが官僚社会の破綻。
……というか、行政改革の大断行。
ふつうの「改革」では、だめ。
「破綻」に近い、「改革」。
それにはCとした理由がある。
今のまま日本経済が破綻したら、イのいちばんに復活するのも、また官僚社会という
こと。
敗戦直後の日本を見れば、それがわかる。
あの文部省にしても、敗戦と同時にクビになった役人は1人もいない。
もっとも早く、きちんとした給料を受け取ったのは、ほかならぬ役人たちである。
次回もそうなる。
●民主党の小沢一郎
民主党が、解党か沈没かという瀬戸際に立たされている。
仮に小沢一郎が党首になり、総理大臣になったら……。
現在、小沢一郎の支持率は、15%前後。
たったの15%前後。
「私が党首になれば、支持率は回復する」というようなことを言っている。
そうかな?
そうなるかな?
小沢一郎は、現実検証能力を完全に失っている。
つまり外から見た自分の姿が、わからなくなっている。
これは日本人の私たちにとっても、たいへん悲しむべきことと考えてよい。
そういう人物が総理大臣に就任したら、それこそ日本はメチャメチャになってしまう。
なお小沢一郎は、どこかの講演で、尊敬すべき人物として織田信長をあげている。
中日新聞8月26日(2010)は、つぎのように報道している。
『……講演の中で尊敬する人物として、ふだんはあまり挙げたことのない好戦的な
織田信長に言及したのも、不気味といえば不気味』と。
アノネ、織田信長は、民衆のために立ちあがった人でも、また日本の民主主義を
求めて立ちあがった人でもないノ!
ただの餓鬼。
権力の亡者。
『世界の暴君』という本があるが、その中でも1、2を争う暴君。
そういう頭の狂った人を尊敬して、どうするノ?
……ということで、「虚しさ」についての原稿はおしまい。
今朝のテーマは、「虚しさ」。
本当にこの世の中、考えれば考えるほど、虚しさばかりが襲ってくる。
まじめに生きるのが、バカバカしくなる。
が、がんばるしかない。
今朝もメールでの相談が、3通も届いている。
まずそれから返事を書こう。
今日から9月1日。
2010年9月1日。
気温は早くも26度。
今日も30度を超えそう。
おはようございます。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 2010年 9月 29日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
(9月1日)の相談より
【O県のRTさんより、はやし浩司へ】
以前にも息子の件でご相談させていただきました。
以前の相談内容です。
息子は現在、中学2年生、14歳です。↓
中学に入ってから登校する時、偶然同じ学年の子と会っても挨拶もせず避けるように行っ
てします。
学校では積極的に自分から動くことはなく、授業中もうつむいていることが多い、という
ことです。
息子は周りを気にするあまり、自分が見えていない。主人と話すときも自信がなさそうな
小さな声でボソボソ話したり、黙り込んでしまいます。
人の話をCと聞いて、自分の考えを人に伝えることが苦手なように 思えます。
あれから1年…
今回の相談なんですが…
担任の先生やクラスも変わって少しですが、自分を出せるようになってきたと思います。
今から実家に帰るという時に、息子の部屋からを女子の水着・体操服がでてきたんです。
私は訳が分からず、真っ先に主人に言いました。主人も信じられない顔していました。
主人は息子を2階の部屋に呼び2人きりで話をして、その後は、みんなで実家に帰りまし
たが気分はずっと落ちこんでいる状態です。
私の実家にもよる予定でしたが、急きょ、主人と息子だけ先に家に帰ることになり私と娘
だけ実家に寄りました。
家に帰ってからの主人と息子の様子を聞きました。
まず、その持ち物は好きな女の子のものだということ。
忘れ物を取りに教室へ行ったときに、見つけて誰もいなかったから盗ってしまったこと。
後で先生の方から持ち物が無くなったが知らないかとクラス全員に聞いたが黙っていたこ
と。
主人はかなりのショックで息子に対してどう接したらいいのか悩んで、仕事も手に付かな
いといった状態です。
その日は息子の部屋をすべて見て押し入れの中からはアダルト系のマンガも出てきて、そ
れは友達から借りたのがきっかけで自分で買うようになったようです。
とにかく、マンガやゲームなどすべて部屋から出して部屋をすっきりキレいにして、過去
のことは忘れて、これからは生まれ変わった気持ちで頑張っていこうと約束しました。
それから半月たちましたが、部屋にはマンガが転がり、夏休みの宿題も結局進まず主人が
徹夜で手伝い、ギリギリ終わらせたのですが、息子本人は焦りもなく、主人に対しても何
も言わず学校に行きました。
自分の思いを出すのが苦手で、宿題も読書感想文など自分の考えをまとめる宿題は一切手
に付かない状態で主人が考える始末。
夏休みの部活中にも携帯を持って行ったことで呼び出され、ガラスを割って(ドアに鍵が
かかってたので窓から入ろうとして手で押したら割れた)、呼び出され、もうどうしていい
のか……勉強も苦手意識が強く、積極的にできません。
来年は受験も控え心配です。
このままでは自分の意見や気持ちも言えない。
それが原因で大人になって悪い方向にいかないか。
心配で仕方ありません。
今の息子の気持ちを前向きにポジティブに子供らしく向けるにはどうすればいいのでしょ
うか。
主人や息子のために私は何ができるのでしょうか。
どうか内容はわからないようにお願いいたします。
わがままを言って申し訳ありません。
よろしくお願いいたします。
【はやし浩司よりRTさんへ】
「役割混乱」という言葉を知っていますか。
RTさん、あなたの子ども(U君としておきます)は、今、自分らしさをつかもうと必死
でもがいています。
が、それができない。
何をしても、親(=あなた)に頭から否定されてしまう。
あなたのメールを読んだとき、いちばんドキッとしたのは、つぎの部分です。
『……とにかく、マンガやゲームなどすべて部屋から出して、部屋をすっきりキレいにし
て、過去のことは忘れて、これからは生まれ変わった気持ちで頑張っていこうと約束しま
した』と。
あなたはU君の住む世界を、粉々に破壊しています。
気がついていますか?
悪玉親意識(=親風)が強すぎるというか、ふつうの常識では考えられない行為です。
だれが、「すべて部屋から出した」のですか?
だれが、「部屋をすっきりした」のですか?
「過去のことをわすれて……」とは、どういうことですか?
「生まれ変わった気持ち」とは、どういうことですか?
あなたは一方的に、自分の(わがまま)をU君に押しつけているだけ。
私にはU君の悲鳴が聞こえてきます。
悲鳴です。
が、それも言えない。
口に出すこともできない。
言えないほどまでに、あなたはU君を押さえつけてしまっている。
異常な過干渉と過関心。
加えて異常なまでの過保護。
『……夏休みの宿題も結局進まず主人が徹夜で手伝い、ギリギリ終わらせた』という部分
が、それです。
中学2年生の子どもが、親に手伝ってもらって、宿題を終わらせた?
U君のほうが助けを求めてきたのですか?
もしそうなら、それでよし。
しかし実際には、あなたがU君の宿題の進ちょく状況を調べ、終わらせたのではないです
か。
もしそうなら、生まれ変わるべきは、U君のほうではなく、あなたのほうです。
くだらない親意識は捨てなさい。
学歴信仰は捨てなさい。
U君をひとりの人間として認め、U君の立場に立って、U君の苦しみや悲しみを理解しな
さい。
いちばん悲しい思いをしているのは、U君です。
アダルト漫画すら、自由に読めない。
あなたには男子の生理が理解できないようですね。
「男」は、「女」ではありませんよ。
私も中学2年生くらいのときから、その種の本を読みあさっていました。
が、あなたは「女」の立場だけで、「男」を理解しようとしている。
あなたはそれに気づいていますか?
こんな状態になりながらも、『勉強も苦手意識が強く、積極的にできません。来年は受験も
控え心配です』とは?
こうした問題には、必ず2番底、3番底があります。
今が最悪ではなく、さらに最悪な状態になって、「まだ以前のほうがよかった」とわかるの
です。
U君はすでに2番底から3番底へ向かっています。
へたをすれば、4番底へ!
覇気のない、ナヨナヨとした、つまり社会人として自立できない人間になってしまいます
よ。
あなたのメールを読んでいると、私の母を思い出します。
私の母が、あなたそっくりだったからです。
だから私の兄は、生涯、母の奴隷のような人生を送ってしまいました。
母は「J(=私の兄)は、生まれつきああだ」を口癖にしていましたが、生まれたときか
ら、子どもの性格がわかる親などいません。
この問題は、『ポジティブに子供らしく向けるにはどうすればいいのでしょうか』という
ような生易しい問題ではありません。
今より状況を悪くしないことだけを考えなさい!
なおす方法など、あるわけないでしょ。
U君を今のようなU君にしたのは、あなた自身だからです。
盗みは悪いことですが、女性の水着や体操服に興味をもつのは、自然なことです。
中学2年生ですよ!
女性に興味をもち始めたことを、喜びなさい。
それが原動力となって、もろもろの「性的エネルギー」、つまり「生きる活力」へとつなが
っていくのです。
フロイトやユングの学説に、一度は目を通してみてください。
(「はやし浩司 性的エネルギー」で検索をかけてみてください。)
それともあなたは、U君を牧師か何かにでもするつもりですか。
私がU君なら、一日も、あなたのそばにいたくないですよ。
(だから私は郷里から飛び出すことばかり、考えていましたが……。)
力で抑え込んだところで、無意味です。
一方的な「約束」で、どうこうなるような問題ではないからです。
またどこかで水着や体操服を盗んでくるだけです。
それにはっきり言いましょう。
あなたはU君を愛してはいない。
愛しているフリをしているだけ。
U君を自分の支配下において、あなたのロボットにしたいだけ。
自分の不安や心配を解消するための道具として、U君を利用しているだけ。
こういうのを、「代償的過保護」といいます。
「はやし浩司 代償的過保護」で検索してくだされば、いくつか原稿を読んでいただける
はずです。
つまりはストーカーと同じ、身勝手な愛。
率直に言って、ここまで家庭教育が失敗していると、手のつけようがないです。
恐らくあなたがU君を妊娠したときから、そして生まれたときから、すでに親子のリズム
が狂いっぱなし、狂っていた。
その結果が今です。
もしすべきことがあるとすれば、(1)すべてをあきらめて、(2)U君をあなたの呪縛か
ら解き放ってやること。
今は自我の形成、さらには自我の同一性の確立に、たいへん重要な時期です。
U君が何をしたいのか、それを理解し、その方向にU君が進めるような環境づくりをして
あげることです。
が、それとて、1年単位の時間が必要です。
私の印象では、それもむずかしいのでは心配しています。
「生まれ変わるべき」は、あなた自身だからです。
あなたには、それができますか?
できないなら、いつまでも親風を吹かしていないで、あきらめなさい。
それがU君に伝わったとき、U君ははじめて、一歩、足を前へ踏み出すことができるので
す。
ともかくも、あなたの「否定的な育児姿勢」。
「何をしてもだめ」と。
これがすべての元凶です。
その上で、「勉強だけはせよ」と。
U君の苦しみや悲しみには、いっさい耳を傾けない。
あなたは本当に、「親」と言えるのですか!
(1) 子どもの部屋には入ってはいけません。
入って、勝手にあれこれ調べてはいけません。
(2) 男子の「性」の問題は、父親に任せなさい。
女性のあなたが出る幕ではありません。
(3) 受験勉強は、なるようにしかなりません。
U君に任せて、自然の流れの中に、U君を置いてあげなさい。
(4) 学校での様子をあれこれ聞き出すような、スパイ行為はやめなさい。
U君のほうから相談でもあれば話が別ですが、いちいちそれを知り、U君を叱った
ところで意味はありません。
かえってU君を、自我の崩壊へと導くだけです。
中学2年生といえば、おとなですよ。
あなた自身も、そうだったでしょ。
何よりも重要なことは、U君を1人の人間として認め、U君の横に立ってやること
です。
親としてではなく、「友」として、です。
「まだ間に合います」などという気休めを言うのも、疲れました。
ともかくも今は、「これ以上、状態を悪くしないこと」だけを考えて対処してください。
「ポジティブ」などと、おこがましいことは考えないこと。
そのときがきたら、子どもは、自ら必ずポジティブになります。
「そのとき」というのは、「自分の進むべき道を見つけたとき」という意味です。
そのときは、あなたは子どもを信じ、子どもをうしろから支えてやります。
私も三井物産という会社をやめ、幼稚園の講師になるといったとき、母は電話口の向こう
で泣き崩れていまいました。
「浩C(=私)、あんたは道を誤ったア!」と。
そういう母親にだけは、なってはいけませんよ!
きびしい意見を書きましたが、多くの親は、子どもに何か問題が起きると、子どもをな
おそうとします。
しかし子どもは、「家族の代表」に過ぎません。
今は、そういう考え方をします。
そういう視点で、U君の問題をもう一度、考えなおしてみてください。
いいですか、親が子どもを育てるのではないですよ。
こうした問題をかかえ、それを乗り越えることによって、親が成長するのです。
つまり子どもが親を育てているのです。
今、U君は、あなたを懸命に育てようとしています。
だからあなたはもっと謙虚になって、U君に負けを認めなさい。
「お母さんが悪かったわ」と。
「ごめんね」と、すなおにあなたが言えたとき、U君はあなたに心を開くでしょう。
それができたら、またメールをください。
それができなければ、私ではなく、だれかほかの人に相談してください。
では、また。
はやし浩司
浜松市
Hiroshi Hayashi++++++++Sep. 2010+++++++++はやし浩司
●雑感(9月3日)
●床屋
おととい、床屋に行ってきた。
いつもひげ剃りは断っている。
感染症がうつされたら、たまらない。
一応、カミソリはそのつど消毒、殺菌することになっているらしい(県の衛生部)。
しかし最近の床屋は、どこもいいかげん。
前の人に使ったカミソリを、そのまま使っている。
が、おとといは断るのを忘れてしまった。
散髪が終わると、そのままひげ剃りに……。
ア~ア!
が、油断は禁物。
車に乗るとすぐ、エタノールで顔を消毒。
そのときはわからなかったが、けっこう、あちこちで目には見えない切り傷を
作られていた。
その部分で、エタノールが、シカシカと肌にしみる。
床屋はそのつど、粉状の止血剤をまぶしたり、熱いタオルで顔を押さえたりする。
しかしそれで安心してはいけない。
HIV(エイズ)にせよ、肝炎にせよ、こうして人から人へと感染していく。
言い換えると、床屋でのひげ剃りは、今はもう必要ない。
とくに子どもには、必要ない。
もしそれでも……というのなら、床屋も医院なみの消毒設備を備えるべき。
つまりそれくらいの衛生意識を床屋もしっかりと、もつべき。
(1) 子どもが床屋へ行くときは、店主に、「ひげ剃りはしないでほしい」と、
はっきりと言うこと。
(2) 順番を待っているようなとき、カミソリをどのように消毒しているか、よく
観察すること。
あぶない店(?)では、ひげ剃りをしっかりと断ること。
Hiroshi Hayashi++++++++Sep. 2010+++++++++はやし浩司
●BW教室(数の勉強)「幼児教育とは」
++++++++++++++++++++
幼児を教えるときのコツは、子どものもつ
リズムに合わせて、テンポの速いレッスンを
展開すること。
ダラダラとしたとたん、子どもの集中力が
失われる。
で、今週は、「数の学習」。
この数の学習で大切なことは、つねに刺激を
与えつづけ、子どもの頭を熱くすること。
冷やさない。
いろいろな角度から、子どもの頭を刺激する。
子どもの学習能力は、おとなのそれより
何倍も速い。
すぐ先を読むようになる。
思考をパターン化する。
そのためつねに意外性を用意し、思考が
パターン化するのを防ぐ。
同時に「数は楽しい」という印象づくりを
しっかりとする。
そのために、教える側の私が楽しむ。
楽しめば、子どもも楽しむ。
その「楽しさ」が重要。
こうした指導を幼児期にしておけば、あとは
子どもは子ども自身のもつ力で、自分で
伸びていく。
それが幼児教育。
+++++++++++++++++++
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【第三の選択】
●猛暑
暑い!
本当に暑い!
今日は昼寝をしただけで、気分が悪くなってしまった。
軽い熱中症にかかったらしい。
軽い頭痛と吐き気。
私は子どものころは、暑さには強かった。
というより、夏の暑さが好きだった。
夏が近づいてくると、それだけでワクワクした。
そんな私だったが、今年の夏は、身にこたえる。
8月の気温にしても、平年より2~3度高かったという。
その暑さが今日もつづいている。
が、その前にみなさん、「平年」という言葉にだまされてはいけない。
平年というのは、過去30年間の平均気温をいう。
10年ごとに過去30年間の平均をとり、それを「平年」という。
だからたとえば、50年ごとに平均気温が10度ずつあがっても、
「平年より2~3度高い」で終わってしまうこともある。
仮にこの先、同じような夏が30年もつづけば、それが「平年並み」となる。
だから地球温暖化(火星化)にしても、50年前と比べてどうなのか。
100年前と比べてどうなのか。
そういう比較をしてみて、はじめてわかること。
たとえば私の子ども時代。
ちょうど50年前。
昨年は「冷夏」だったという。
しかしそれでも、私が子どものころの夏よりは、暑かった。
気温が30度を超えるのは、毎年梅雨が明けてから。
7月15~20日前後。
それに当時の夏は短かった。
8月15日の盆を過ぎるころには、冷気を含んだ秋風が吹き始めた。
川の水は冷たく、足を入れることもできなかった。
私たちは土手の上から、どこかものほしげに川面(かわも)をながめた。
それが夏の終わりだった。
●たった10年で!
どうなるのか?
この先、地球は、どうなるのか?
それを考えると、ときどき足元をすくわれるような不安感に襲われる。
私たちのことはよい。
もうじゅうぶんに人生を楽しんだ。
それに……。
地球が火星化するころには、私たちはこの世にいない。
が、子どもたちは、そうでない。
現在、5歳、6歳の子どもたちが、今の私の年齢になるころには、地球温暖化の
問題は、さらに深刻化しているはず。
忘れてならないのは、たった10年前には、科学者たちはこう言っていた。
「2100年ごろには、地球の気温は、3~4度上昇するだろう」と。
が、すでに瞬間的ではあるにせよ、2~3度も上昇している。
たった10年で!
子どもたちを見ながら、申し訳ない気持ちになるのは、私だけだろうか。
今の今も、無力感を覚えながら、日々を何となくごまかして生きている。
そこにいる大罪から、わざと目をそむけながら、生きている。
「これではいけない」と思いつつ、結局は何もできない。
できることもない。
そのかわりデスクの横にある、カタログに目を通しながら、「つぎはどんな
パソコンを買おうか」などと考える。
この無責任。
無感覚。
危機意識のなさ。
あるいは人間というのは、それを繰り返しながら、ますます鈍感になっていく
ものなのか。
つまり日々の日常性の中に身を隠し、脱力感とあきらめを繰り返しながら、
鈍感になっていく。
●第三の選択
若いころ、『第三の選択』※という本を読んだ。
実際には、テレビを見て『第三の選択』という言葉を知り、そのあとあわてて、
その本を書店で求めて読んだ。
恐ろしい本だった。
人類を救済するための方法が書かれていた。
核兵器で大気に穴をあけるとか(第一の選択)、地下に生活基盤を移すとか(第二の選択)、
そんなようなことが書いてあった。
が、結局は一部の人類だけを救済し、あとは自滅するのを待つというような内容の
本だった。
それが第三番目の選択とか。
あとになって、ただのSF小説と知ったが、それを読んだときには、あまりのリアルさに、
身が震えた。
が、それが今、可能性を超えて現実の選択になりつつある。
60億以上の人々を救うことは、不可能。
人間が生来的にもつ欲望をコントロールするのは、不可能。
それをキリスト教で「原罪」というのかどうかは知らないが、もし人間が生まれながらに
してもつ「罪」があるとするなら、欲望こそが、「原罪」ということになる。
だったら、一部の人間だけを救い、残りの私たちはいさぎよく「死」を選択する。
人類が全滅するよりはよい。
一部の人たちが、私たち人間が生きたという証(あかし)を、未来へ残してくれる。
もしその希望すら失ってしまったら、それこそ人間は何のために生きているのかという
ことになる。
●阿鼻地獄
が、私が本当に恐れるのは、地球の火星化ではない。
その火星化に至るプロセスの中で、人間が地獄を経験すること。
それはまさに人間を人間の燃える火で焼く、阿鼻地獄。
どんなに想像力が豊かな人でも、その阿鼻地獄までは想像できないだろう。
人間が心の内部から破壊される。
そのとき人間は悪魔と化し、人肉をむさぼるようになる。
先に書いた「原罪」には、それほどまでに恐ろしい力がある。
……私たちにはそれに耐える力があるか?
それを乗り越えるだけの道徳や倫理、哲学を構築することができるか?
またそれまでに間に合うか?
「絶望」という言葉に敗れてはいけない。
最期の最期まで、人間は人間らしく生きる。
それは果たして可能なのか?
●火星
20万年前。
一説によると、火星にも豊かな海があったという。
どうやら陸もあったらしい。
川が流れた痕跡もあちこちに残っている。
が、それがこれまた一説によると、現在の地球温暖化と同じようなことが起き、
火星は今に見るような火星になったという。
地球より小さな惑星だったこともあり、温暖化は一気に進んでしまったらしい。
原因は何であれ、地球も今、同じような運命をたどりつつある。
恐ろしいのは、その変化が、だれの目にもわかるほど、速いということ。
ジワジワ……とか、徐々に……というのではない。
世界のあちこちで、ドカン、ドカンと起きている。
まだ散発的だからよい。
こうした変化がやがて連続性を帯びたときがこわい。
ひとつのドカンが終わる前に、つぎのドカンが起きる。
それがこわい。
不測の事態が不測の事態を呼び起こし、そのとき地球は、一気に破滅へと向かう。
よく誤解されるが、地球温暖化は、2100年に終わるわけではない。
もしここで化石燃料の使用をいっせいにやめたとしても、「温室効果」はそのまま
残る。
つまり地球の温暖化は、そのあともつづく。
2100年は何とか通り抜けることはできても、2200年にはわからない。
2200年は何とか通り抜けることはできても、2300年にはわからない。
一説によれば、そのころ地球の気温は、400度近くまで上昇するだろうと言われて
いる。
400度だぞ!
●おバカ博士
今夜も暗い話を書いてしまった。
「今夜こそ、明るい話題を」と思ったが、やはり書いてしまった。
できれば日々の日常性の中に身を隠し、「我、関せず」と、のんびりと生きたい。
またそういうテーマにしぼって、ものを書きたい。
それにこんなことを書いても、かえって読者の皆さんを不安にするだけ。
解決方法もない。
そう、どこかのおバカ博士のように、パワーストーンでも売って、気休めを
したほうがよいのかもしれない。
「このブレスレットを腕に巻いていれば、悪魔は退散する」とか、何とか言って。
値段は、4万5000円。
もとは中国から仕入れた、安物の宝石。
5色の宝石。
バカバカしい……。
バカバカしいが、人間は一方で、それ以上にバカなことを毎日している。
私もしている。
あなたもしている。
その結果が、今に見る、「地球温暖化」ということになる。
だれがあのおバカ博士を、どうして笑うことができるだろうか?
……ということで、兎にも角にも、「精進」あるのみ。
日々に研鑽あるのみ。
そうそう数日前、ある従兄弟とこんな会話をした。
私の母の三回忌をどうするかと聞いてきたので、「考えていない」と答えると、
「親の三回忌をしないで、どうする!」と。
今年の夏の暑さを考えたら、三回忌どころではない。
ないが、私はこう答えた。
「近く、寺へ行って、供養してもらってきます」と。
そう答えた自分が、限りなくバカに思えた。
情けないほど、バカに思えた。
そう、もし第4の選択肢があるとするなら、みんなバカになって、バカのまま
死ぬこと。
ひょっとしたら、そのほうがよいかもしれない……とまあ、とんでもないことを
書き始めたので、この話はここまで。
とりあえず明日は土曜日だから、「原罪」について考えてみたい。
人間が生来的にもつ「欲望」について、考えてみたい。
では、おやすみなさい!
ワイフは、すでに床に入って寝息をたてている。
(2010年9月3日、午後11時45分。
まこの時刻になっても、首下を流れる汗がまだ止まらない!)
●不眠
時刻は今、午前2時30分。
2時間半も、寝床でもがいていたことになる。
原因は、寝る前に飲んだ、ウーロン茶(?)。
近くのコンビニで買ってきた。
濃厚なウーロン茶だった。
それを約1リットルも飲んだ。
それで頭が冴えてしまった。
最近は少なくなったが、ときどきこういうことがある。
眠るタイミングをはずすと、そのまま寝損ねてしまう。
今がそうだ。
「早く眠らなければ……」と思えば思うほど、頭が冴えてしまう。
で、思い切って起きてしまった。
床から出て、居間へ。
電気をつけて、このパソコンに電源を入れた。
どうせ明日は土曜日。
……というか、すでに土曜日。
こういうときは、なるように身を任せるのがよい。
眠くなったら寝る。
●週刊誌
そのコンビニで、ワイフが買い物をしている間、いくつかの週刊誌を
立ち読みした。
その中のひとつの週刊文春。
「世界恐慌が近い」という記事が載っていた。
現在の世界経済は、あの世界恐慌の前の状況にたいへん似ているとか。
それに民主党の党首選挙。
「小沢一郎は、強制訴追を避けるため、党首選挙に打って出た」と。
総理大臣になれば、強制訴追されないですむ。
……いろいろな説が交錯している。
たしかに世界の経済はおかしい。
民主党もおかしい。
どちらもつかみどころがないほど、混乱している。
ドロドロというか、グチャグチャ。
まさに一寸先は闇。
明日、何が起きてもおかしくない。
●眠くなってきた
少し眠くなってきた。
先ほど精神安定剤を半錠と、睡眠導入薬をひとかけら口に入れた。
風はぐんと涼しくなった。
よかった。
一説によると、人間は、2、3日くらいなら、眠らなくてもだいじょうぶだそうだ。
それよりも気をつけなければならないのは、ストレス。
「眠らなければならない」と自分を追い込むと、それがかえってストレッサーに
なってしまう。
心身によくない。
だからここは自然体で臨むのがよい。
ウム……。
かなり眠くなってきた。
まぶたが重くなってきた。
明日は、(といっても、今日だが……)、近くのパソコンショップへ行ってくる。
2テラバイトのハードディスクが、9000円弱で売りに出されるとか。
買うかどうか、まだ決めていない。
が、ほしい!
2テラバイトというのは、つまり2000ギガバイト!
「すごい!」の一言。
それにしてもハードディスクも安くなったものだ。
たった10年前には、10ギガのハードディスクに驚いた。
それが今では、2000ギガ!
そのチラシを見ていれば、たぶん、眠ってしまうはず。
では、みなさん、今度こそ、本当に、おやすみなさい!
そうそう先ほど床の中で、母の三周忌は簡素にすますと決めた。
「地蔵十王経」(=日本でできた偽経※)の言いなりにはなりたくない。
あんなのは迷信以上の迷信。
(私は自分でCと調べたぞ!)
形式的な儀式をすれば、それでよいというものでもない。
それで死者を悼むことができるというのは、どう考えても納得できない。
「墓参りだけは……」とは思うが、この暑さではどうにもならない。
もう少し涼しくなったら、考えよう。
……ということで、私には私なりの生き様がある。
これからはその生き様を、もっと明確な形で貫きたい。
残りの人生も少なくなってきた。
親類がどう言おうと、私の知ったことではない。
自分の生き様を確立できないような人は、世間に迎合して生きればよい。
好きなように私を批判すればよい。
(注※「第3の選択」Infoseek HPより)
『……米ソの間の秘密協定が疑われる中、ガーシュタイン博士はとうとう第3の選択の内
容を明らかにする。それは環境の悪化によって住めなくなる地球を捨て、人類の選ばれた
一部だけでも火星で生き延びさせるという驚くべき内容であった。(ちなみに第1は核兵器
で大気の層に穴をあけ熱を逃がす。第2は地下に生活基盤を移す。もちろん選ばれし人々
のみ)』(以上、「Infoseek HP」より。)
(注※「地蔵十王経」)
【堂々たる迷信】(初七日、四十九日の法要)
●地蔵十王経
「地蔵十王経」の由来については、ウィキペディア百科事典が、詳しく書いている。
難解な文章がつづくが、そのまま紹介させてもらう。
+++++++++++以下、ウィキペディア百科事典より++++++++++
仏教が中国に渡り、当地の道教と習合していく過程で偽経の『閻羅王授記四衆逆修生七往
生浄土経』(略称として『預修十王生七経』)が作られ、晩唐の時期に十王信仰は成立した。
また道教経典の中にも、『元始天尊説鄷都滅罪経』、『地府十王抜度儀』、『太上救苦天尊説消
愆滅罪経』という同名で同順の十王を説く経典が存在する。
『預修十王生七経』が、一般的な漢訳仏典と際立って異なっている点は、その巻首に
「成都府大聖慈寺沙門蔵川述」と記している点である。漢訳仏典という用語の通り、
たとえ偽経であったとしても、建て前として「○○代翻経三蔵△△訳」のように記すのが、漢
訳仏典の常識である。
しかし、こと「十王経」に限っては、この当たり前の点を無視しているのである。この点
が、「十王経」類の特徴である。と言うのは、後述の日本で撰せられたと考えられる『地蔵
十王経』の巻首にも、同様の記述がある。それ故、中国で撰述されたものと、長く信じら
れてきたという経緯がある。ただ、これは、『地蔵十王経』の撰者が、自作の経典の権威づ
けをしようとして、先達の『預修十王生七経』の撰述者に仮託したものと考えられている。
また、訳経の体裁を借りなかった点に関しては、本来の本経が、経典の体裁をとっておら
ず、はじめ、礼讃文や儀軌の類として制作された経緯に拠るものと考えられている。
+++++++++++以上、ウィキペディア百科事典より++++++++++
要するに、「地蔵十王経」というのは、中国でできた偽経の上に、さらに日本でできた偽経
ということ。
が、この「地蔵十王経」が、日本の葬式仏教の基本になっているから、無視できない。
たとえば私たちが葬儀のあとにする、初七日以下、四十九日の儀式など、この
「地蔵十王経」が原点になっている。
+++++++++++以下、ウィキペディア百科事典より++++++++++
死者の審理は通常七回行われる。没して後、七日ごとにそれぞれ秦広王(初七日)・初江王
(十四日)・宋帝王(二十一日)・五官王(二十八日)・閻魔王(三十五日)・変成王(四十二
日)・泰山王(四十九日)の順番で一回ずつ審理を担当する。
ただし、各審理で問題が無いと判断された場合は次の審理に回る事は無く、抜けて転生し
ていく事になるため、七回すべてやるわけではない。一般には、五七日の閻魔王が最終審
判となり、ここで死者の行方が決定される。これを引導(引接)と呼び、「引導を渡す」と
いう慣用句の語源となった。
七回の審理で決まらない場合も考慮されており、追加の審理が三回、平等王(百ヶ日忌)・
都市王(一周忌)・五道転輪王(三回忌)となる。ただし、七回で決まらない場合でも六道
のいずれかに行く事になっており、追加の審理は実質救済処置である。もしも
地獄道・餓鬼道・畜生道の三悪道に落ちていたとしても助け、修羅道・人道・天道に居た
ならば徳が積まれる仕組みとなっている。
なお、仏事の法要は大抵七日ごとに七回あるのは、審理のたびに十王に対し死者への減罪
の嘆願を行うためであり、追加の審理の三回についての追善法要は救い損ないを無くすた
めの受け皿として機能していたようだ。
現在では簡略化され通夜・告別式・初七日の後は四十九日まで法要はしない事が通例化し
ている。
+++++++++++以上、ウィキペディア百科事典より++++++++++
つまり人は死ぬと、7回の裁判を受けるという。
死後、七日ごとにそれぞれ、
(1)秦広王(初七日)
(2)初江王 (十四日)
(3)宋帝王(二十一日)
(4)五官王(二十八日)
(5)閻魔王(三十五日)
(6)変成王(四十二日)
(7)泰山王(四十九日)の順番で一回ずつ審理がされるという。
ただし、各審理で問題が無いと判断された場ばあいは、つぎの審理に回ることはなく、
抜けて転生していくことになるため、七回すべてやるわけではないという。
一般には、五十七日の閻魔王が最終審判となり、ここで死者の行方が決定される。これを
引導(引接)と呼び、「引導を渡す」という慣用句の語源となったという(参考、引用、
ウィキペディア百科事典より)。
わかりやすく言えば、最終的には、五十七目に、閻魔王が、その死者を極楽へ送るか、地
獄へ送るかを決めるという。
私たちも子どものころ、「ウソをつくと、閻魔様に、舌を抜かれるぞ」とよく、脅された。
しかしこんなのは、まさに迷信。
霊感商法でも、ここまでは言わない。
もちろん釈迦自身も、そんなことは一度も述べていない。
いないばかりか、そのルーツは、中国の道教。
道教が混在して、こうした迷信が生まれた。
極楽も地獄も、ない。
あるわけがない。
死んだ人が7回も裁きを受けるという話に至っては、迷信というより、コミック漫画的で
すらある。
法の裁きが不備であった昔ならいざ知らず、現在の今、迷信が迷信とも理解されず、葬儀
というその人最後の、もっとも重要な儀式の中で、堂々とまかり通っている。
このおかしさに、まず私たち日本人自身が気づべきである。
「法の裁きが不備であった昔」というのは、当時の人たちなら、「悪いことをしたら地獄へ
落ちる」と脅されただけで、悪事をやめたかもしれない。
そういう時代をいう。
「死」というのは、どこまでも厳粛なものである。
そういう「死」が、ウソとインチキの上で、儀式化され、僧侶たちの金儲けの道具になっ
ているとしたら、これは問題である。
このおかしさ。
そして悲しさ。
仏教を信ずるなら信ずるで、もう一度、私たちは仏教の原点に立ち戻ってみるべきではな
いだろうか。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て
はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 地蔵十王経
初七日 四十九日 法要 偽経 第3の選択 第三の選択 地球温暖化 地球火星化)
Hiroshi Hayashi+++++++Sep. 2010++++++はやし浩司
【付記】地上オゾン(光化学オキシダント濃度)
●もうひとつの地球温暖化問題
++++++++++++++++++++
2年前と、7年前に書いた原稿を、
再掲載します。
++++++++++++++++++++
●地上オゾンの恐怖(Photochemical Oxidant)
Photochemical Oxidant is to affect the growth of plants and vegetables on earth.
According to the recent research done by Agricultural Environment Technical Center of
Japan, in China the production of cereals would be dropped abt . 40%~60% by the year
of 2020.
+++++++++++++++
TK先生から、地上オゾンの話を
聞いてから、もう7、8年になる。
中国から流れてきた排気ガスが、
光化学オキシダントとなって、植物の
光合成に影響を与えるというのだ。
TK先生は、当時、すでに沖縄などでは、
20%近く収穫量が落ちているという
ような話をしてくれた。
(聞き覚えなので、この数字は不正確。)
しかしそれがますます現実味を帯びてきた。
読売新聞は、つぎのように伝える。
++++++++++以下、読売新聞++++++++++
中国大陸からの大気によって、光化学オキシダントの濃度が上昇する
「越境汚染」問題で、日本海沿岸部のある地点のコメの収量を調べたところ、
内陸部との比較で、約1割少なくなっているとする研究結果を、
農業環境技術研究所(茨城県つくば市)が、20日、山口県で
開かれた日本農業気象学会で発表した。
光化学オキシダントは近年、日本海の離島などで、高濃度で観測され、
昨年は新潟、大分県で注意報が発令された。
農作物の収量減少は実験から推測されてはいたが、部分的とはいえ、
実際に濃度と収量の関連が裏付けられたのは初めて。
研究は、長谷川利拡主任研究員によるもの。品種と肥料水準は、
同一の日本海沿岸部の1地点と約30キロ内陸に入った1地点を選び、
1980年からの収量データを比較した。両地点の近くで測定された
光化学オキシダントの5~9月の平均濃度は、2001~05年の
平均では沿岸地点が0・045ppmで、内陸地点の0・031ppm
より高かった。
濃度は沿岸、内陸ともに上昇していたが、沿岸では96~05年にかけて、
毎年、内陸部の2倍にあたる0・001ppm高くなっていた。
両地点の玄米の1平方メートル当たりの収量は、
沿岸は80~96年は平均588グラムだったのが、
97~05年は560グラムに減った。逆に内陸では、
577グラムから609グラムに増えた。
80年代は沿岸の方が内陸よりも多かった収量が、
90年代半ばから逆転し始め、2000年以降は内陸が沿岸を常に上回った。
沿岸では、内陸と異なり、夜になっても光化学オキシダント濃度が下がらなかった。
夜間に海からオゾンが流れ込み、昼間の高濃度を保ったとみられる。
小林和彦東大教授(農学)によると、収量が減るのは、
光化学オキシダントの主成分であるオゾンが植物の葉の中に入り、
光合成作用を妨げるため。農作物への影響について、
中国では研究者らが「2020年には濃度が0・055ppmを超え、
大豆、トウモロコシ、小麦の収量が40~60%減少する」と推定している。
+++++++++以上、読売新聞(3月20日)+++++++++++++
とくに気になるのは、最後の部分。そこには、こうある。
「中国では研究者らが、2020年には濃度が0・055ppmを超え、
大豆、トウモロコシ、小麦の収量が40~60%減少すると推定している」と。
わかりやすく言えば、光化学オキシダント濃度(地上オゾン)がふえるため、
中国では、2020年には、大豆、トウモロコシ、小麦の収穫量が、半減する
というのだ。
しかしこれは何も、中国だけの話ではない。
読売新聞によると、すでに新潟県、大分県では、「注意報」まで発令
される状態になっているという。
今では酸性雨による木々の立ち枯れなど、珍しくも何ともない。
この日本でも、ごくふつうの景色になってしまった。
そこへ今度は、光化学オキシダント!
さらにそれに加えて隣の韓国では、中国からの黄砂による健康被害まで
報告されるようになっている。
黄砂は、大気汚染とは、直接には関係ない。
しかし(大気汚染)→(温暖化)→(砂漠化)→(黄砂の大量発生)と
つなげてみると、元凶は、やはり大気汚染ということがわかる。
不測の事態が、また別の不測の事態を生み出す。
このドミノ倒しによって、地球環境は、爆発的に悪化する。
ほんの7、8年前には、科学者の間では、ほんのうわさ話にしか過ぎなかった。
「地上オゾン」という名前すら、世間ではほとんど知られていなかった。
私が5年前に書いた原稿を載せる。日付は、03年の4月になっている。
+++++++++++++++++
●異常気象
このところ、SARS(新型肺炎)だとか、北朝鮮問題とか、何かと世相が、騒がしい。
で、そういう騒がしさにまぎれて、おととい(4月17日)、静岡県のS町で、31・5度
という、観測史上はじまって以来という、気温を記録した。たしか昨年(02年)は、5
月末に、30度を超えたと思う。そのときも、「観測史上はじめて」という言葉を聞いたよ
うな気がする。(あいまいな記憶で、申し訳ありません。)それが今年は、去年より、約4
0日も、早まったことになる!
私が子どものころは、30度を超えるのは、毎年梅雨あけの、7月に入ってからだった。
それがふつうだった(岐阜県)。30度を超えると、「真夏日」ということになり、川で泳
ぐのが許された。しかしそれとて、梅雨があけてからのこと。だいたい7月10~15日
過ぎのことだった。しかし今では、4月の中旬に、30度を超える!? ゾーッ!
気象庁には、「平年並み」という言葉がある。しかしこの言葉ほど、いいかげんな言葉は
ない。気象庁がいう平年並みというのは、過去30年間の平均気温をいう。だからもし3
0年ごとに5度ずつ気温が上昇したとしても、平年並は、平年並になってしまう? 「今
年の気温は平年並みです」と。
しかし地球温暖化は、確実に進行している。しかも予想より、はるかに早いペースで進
行している。数字の上では、この半世紀で、1度前後しか上昇していないというが、実感
は、とてもそんなものではない。気象庁は、ひょっとしたら、世界の指導者と申しあわせ
て、ウソを言っているのではないのか? ……つまりそう思ってもおかしくないほど、実
感気温とかけ離れている。
たとえば気象庁の記録によれば、2000~02年度においてさえ、この浜松市での最
高気温は、31度前後(8月)ということになっている。しかしこんなのは、まっかなウ
ソ。昨年は、わりと涼しかったほうだが、それでも浜松市内では、連日、40度近くは、
あった。「今日の最高気温は、32度でした」などと報道されるたびに、私は温度計を見な
がら、「どこの気温のことを言っているのか?」と思った。
しかしそれにしても、深刻な話である。地球温暖化が進めば、やがて地球は火星のよう
になると言う人もいる。今のまま温暖化が進めば、その可能性は、きわめて高い。そこま
でいかなくても、あと10年もすれば、2~3月期に、30度を超えるようになるかもし
れない。そうなれば日本の気象状態は、完全に狂う。
……と、まあ、地球温暖化の問題を考えていると、SARSや北朝鮮の問題が、小さく見
えてくるから不思議である。それにSARSや北朝鮮の問題は、まだ人間の力で何とかな
る。が、地球温暖化はそうではない。人類滅亡どころか、すべての生物が死滅する。
だから、地球温暖化を考えていると、「どう解決するか」ということよりも、「どう静かに
滅亡するか」という問題になってしまう。いや、滅亡するなら滅亡するで、かまわない。
問題は、それまでのプロセス。人間は、決して静かには滅亡しないだろう。恐らく(とい
うより、確実に)、まさに地獄を経験するに違いない。秩序やモラルは崩壊し、殺人や暴力
が、日常的に横行するようになる。略奪や殺人が、日常的に横行するようになるかもしれ
ない。知能が高い分だけ、「末期」は、悲惨(ひさん)なものになる。
そこで人類には希望がないのかというと、方法がないわけではない。一つは宇宙へ飛び
出すという方法。もう一つは、人類がたくわえた知識や知恵を、コンピュータの形で後世
に残すという方法。地球の周辺に、何かのガスをまいて、それで太陽光線をさえぎるとい
う方法。あるいは太平洋のど真ん中で、数千発の核兵器を爆発させて、地球の大気に「穴」
をあけるという方法などがある。
どこかSF的だが、しかしすでにそういう方向で考えている科学者もいるという。いざと
なれば、方法はいくらでもある?
しかしまあ、人間も、好き勝手なことをしたものだ。もっとも、私たちおとなは、自業
自得としての結果だから、あきらめることができるが、かわいそうなのは、子どもたちで
ある。これから先、どういう未来を経験することやら? 申し訳ないことをしたと思うの
と同時に、考えれば考えるほど、気が重くなる。たいへん悲観的なことを言うが、この問
題だけは、もうくるべきところまできたような感じがする。単純な問題ではないだけに、
どこから手をつけてよいのかさえわからない。たとえばこんなこともある。
ところで「地上オゾン(対流圏オゾン)」という言葉を聞いたことがあるだろうか。種々
の排気ガスや煙が化学的に反応して、それが地上オゾンになるという。温室効果ガスの一
つだが、その地上オゾンが、5%ふえると、農作物が約20%減少するという※。そこで
あの北朝鮮だが、近年、農業生産が慢性的に不振状態にあるという。その原因のひとつが、
地上オゾンではないかと言われている。
もちろん韓国も影響を受けているらしい。もちろんその発生源は、中国、ロシア。日本も、
沖縄あたりに影響が出始めているという。農作物だけではない。森林も影響を受ける。そ
してその結果として、ますます地球の温暖化は進む……。あああ。
(030419……この原稿は、去る、4月19日に書いたものです。)
※……この数値は、ある科学者から直接、会話の中で聞いたもので、確たる根拠があるわ
けではありません。ただ沖縄地方における地上オゾン濃度の上昇率と、農作物の減少率が
根拠になっていると、その科学者は言っていました。(了解をもらっていないので、名前を
出すことができません。)
(注)ここでいうTK先生というのは、光合成、触媒の世界ではよく知られた、田丸謙二
先生をいいます。
+++++++++++++++++
最後に、昨日、こんなニュースが新聞に載っていた。
何でもあの火星から、塩のかたまりが、見つかったという。
しかもその塩のかたまりが、何百か所から見つかったという。
つまりかつては、火星にも海があったということ。
このことが何を意味するか?
一説によれば、火星にも人間のような知的生物がいたという。
その知的生物たちが、現在の地球人と同じように、発展とともの(?)、
火星温暖化を招いてしまったという。
もちろんこれはSF的な話でしかない。
……とまあ、いろいろ考えられるが、そこでどうだろう。
このあたりで、名前を変えてみたら……?
「地球温暖化」ではなく、「地球火星化」と。
そうすれば、もう少し、ことの深刻さを、より多くの人にわかって
もらえるようになるかもしれない。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 地球温暖化 地球火星化
光化学オキシダント 地上オゾン はやし浩司)
Hiroshi Hayashi++++++++Sep. 2010+++++++++はやし浩司
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【雑感】(9月1日)「虚しさ」をテーマに(改)
+++++++++++++++++
文章が雑だったので、推敲しなおして
みました。
+++++++++++++++++
●老いる
老いることは、たしかにさみしい。
失ったもの、去っていった人たち、なくした時間などなど。
そういった思い出が、波打ち際にヒタヒタと打ち寄せる波のようにやってきては、
また去っていく。
さみしいと言えば、さみしい。
さみしくないと書けば、嘘になる。
しかしそのさみしさに、時として、酔いしれる。
静かに時の流れの中に身を置き、ふと涙ぐむ。
それが老いるということではないか。
ときどきあのときの、あの人は今ごろ、どうしているだろうと思う。
元気でいるだろうか。
それとも、もう亡くなっているだろうか。
確かめる方法がないわけではない。
しかしそれを確かめたところで、どうなる?
そのあと何をする?
●虚しさ
定年後の再就職という言葉もある。
しかし定年後の再就職というのは、若いときの就職とは、本質的にちがう。
もしだれかが私にこう言ったとしよう。
「一生懸命がんばってください。10年後は、課長になってもらいます」と。
しかしそんな申し出に応ずる人はいない。
課長職に魅力を感ずる人はいない。
またその目的のためにがんばる人もいない。
私たちはすでに、その虚しさというのを、いやというほど知っている。
ただ私のばあい、その虚しさを、オーストラリアで学生をしていたころ知った。
当時の日本は、まさに高度成長期。
だれもが迷わず大企業を選択し、出世を夢見て、企業戦士としてがんばった。
当時の日本で、つまり日本の若者たちの中で、その虚しさを知っている人は、
いったいどれくらいいただろうか。
●教育学博士?
ところで昨日、A・Cというタレントについて書いた。
肩書は「教育学博士」ということになっているが、教育学の博士?
(教育学だぞ!)
何度かテレビで講演をしているのを聞いたことがあるが、私は何も得るものはなかった。
専門用語もまったくと言ってよいほど、口から出てこなかった。
たとえば日本では、「○○大学教育学部教授」という肩書を使う人はいる。
しかし「教育学博士」という肩書を使う人はいない。
が、その博士?
私よりはるかに高い立場にいる人ということになる。
私よりはるかに高い見識と学識のある人ということになる。
ああいうタレントが、(いくら肩書きがそうであっても、私は学者とは認めない)、
教育者として活躍しているのを見ると、いつもある種の虚しさを覚える。
恐らくその虚しさは、アフリカやアジアのへき地でボランティア活動をしている人たちが
感ずる、それと同じではないか。
ああいう一部のはねあがった人たちが、底辺でまじめにがんばっている人たちの心を、
平気で踏みにじる。
難民救済活動?
アフリカの難民救済活動?
ふつうの常識のある人なら、そんなおこがましいことはとてもできない。
●偽善
生きることには、いつも連続性がある。
その人がその人になるには、その土台に過去とのつながりがある。
それを連続性という。
たとえば教育学博士であるにしても、日本ユニセフの親善大使であるにしても、
そこに至る過去があるはず。
積み重ねがあるはず。
さらに言えば、その周辺に、心理学でいうところの役割形成があるはず。
つまりその人らしい、(それらしさ)があるはず。
たとえば大学の教壇に立って、教育者を教育したとか、あるいは街中のホーム
レスの人たちの食事を世話したとか、など。
さらに言えば、学校の先生たちを指導しているとか、(子どもたちを教えている
とか)、あるいは孤児を預かって世話をしているとか、など。
そういうことでもよい。
それがここでいう(それらしさ)ということになる。
そういうものをいっさい省略して、いきなり「王手!(=博士)」は、ない。
が、中には、(A・Cがそうというわけではないが)、善意ある人たちから
金をまきあげ、貧しい人たちを利用して、自分の利益や名声につなげていく人もいる。
私の恩師の松下哲子(のりこ)先生(幼稚園元園長)は、いつもこう言っていた。
「林さん(=私)、悪人の餌(えさ)にだけは、なってはいけませんよ」と。
悪人の餌になることは、自分で悪事をすることより、悪いことという。
その餌に、私たちはなっていないか?
一度、A・Cという人を観察しながら、私たちはそれを冷静に見つめなおして
みる必要がある。
また雑誌や写真雑誌の報道によると、同じ日本ユニセフの重鎮であるKT氏は、
写真撮影のときだけ、やせ細った難民の子を抱きあげ、そのあとすぐ体中を消毒して
いたという。
もしこれが事実とするなら、これほどまでに悪臭に満ちた偽善はない!
●30兆円
つい1か月ほど、「砂漠に水をまくようなもの」と書いた。
案の定、政府の対策は、何ら効果をもたらさなかった。
もたらさなかったばかりか、かえって円高を誘導してしまった。
某新聞は今朝になって、「焼け石に水だった」と書いている。
私のようなド素人にもわかるようなことが、どうして日銀の総裁や政府の指導者
たちに、わからないのだろう。
30兆円もバラまけば、その後遺症はかならずあとになって出てくる。
そのときが、心配。
へたをすれば、ハイパーインフレ!
日本経済の崩壊は、可能性の問題ではない。
時間の問題。
それが秒読み段階に入った。
日本と中国は2010年になって、16%以上も株価をさげている。
注視すべきは、その中国。
バブル経済が音をたてて崩れ始めている。
その威力は、ドバイショックの1000倍以上と言われている(某経済誌)。
また今年になって、6~7年も書きつづけてきた『日韓経済戦争』の記事を
私は停止した。
「今さら、何を!」と言った状態になってしまった。
この虚しさ。
脱力感。
イルボネ(日本人)よ、もう少し外の世界を見ろ!
緊張感をもて!
このままでは、日本は本当に沈没してしまうぞ!
●JAL問題
JAL問題は、日本の官僚社会の縮図。
そう思って、日本の官僚社会を見ればよい。
今の日本にとって重要なことは、JAL並みに、日本の官僚社会を破綻させること。
公務員の数を、半減、もしくは3分の1にすること。
人件費を減らし、無駄を省くこと。
日本という国そのものが、JALと同じ問題をかかえている。
「一度日本経済を破綻させるしかない」と考えるのではなく、「破綻する前に、やるべき
ことはやる」。
それが官僚社会の破綻。
……というか、行政改革の大断行。
ふつうの「改革」では、だめ。
「破綻」に近い、「改革」。
それにはCとした理由がある。
今のまま日本経済が破綻したら、イのいちばんに復活するのも、また官僚社会という
こと。
敗戦直後の日本を見れば、それがわかる。
あの文部省にしても、敗戦と同時にクビになった役人は1人もいない。
もっとも早く、きちんとした給料を受け取ったのは、ほかならぬ役人たちである。
次回もそうなる。
●民主党の小沢一郎
民主党が、解党か沈没かという瀬戸際に立たされている。
仮に小沢一郎が党首になり、総理大臣になったら……。
現在、小沢一郎の支持率は、15%前後。
たったの15%前後。
「私が党首になれば、支持率は回復する」というようなことを言っている。
そうかな?
そうなるかな?
小沢一郎は、現実検証能力を完全に失っている。
つまり外から見た自分の姿が、わからなくなっている。
これは日本人の私たちにとっても、たいへん悲しむべきことと考えてよい。
そういう人物が総理大臣に就任したら、それこそ日本はメチャメチャになってしまう。
なお小沢一郎は、どこかの講演で、尊敬すべき人物として織田信長をあげている。
中日新聞8月26日(2010)は、つぎのように報道している。
『……講演の中で尊敬する人物として、ふだんはあまり挙げたことのない好戦的な
織田信長に言及したのも、不気味といえば不気味』と。
アノネ、織田信長は、民衆のために立ちあがった人でも、また日本の民主主義を
求めて立ちあがった人でもないノ!
ただの餓鬼。
権力の亡者。
『世界の暴君』という本があるが、その中でも1、2を争う暴君。
そういう頭の狂った人を尊敬して、どうするノ?
……ということで、「虚しさ」についての原稿はおしまい。
今朝のテーマは、「虚しさ」。
本当にこの世の中、考えれば考えるほど、虚しさばかりが襲ってくる。
まじめに生きるのが、バカバカしくなる。
が、がんばるしかない。
今朝もメールでの相談が、3通も届いている。
まずそれから返事を書こう。
今日から9月1日。
2010年9月1日。
気温は早くも26度。
今日も30度を超えそう。
おはようございます。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 日本ユニセフ AC A・C 霊感商法 教育学
博士 小沢一郎 民主党 はやし浩司 JAL問題)
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.みなさん、次号で、またお会いしましょう!
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2010年9月27日月曜日
*Japan-China Business Wars
【日中経済戦争】(1)
+++++++++++++++++
まず敵を知る。
敵の内情を知る。
それが戦争のイロハ。
情報なくして、戦争はできない。
そこで今、中国経済がどうなっているか。
それを知る。
+++++++++++++++++
●『VOICE』(以下V誌)
V誌の「中国経済・墜落に備えよ」(10月号)は、読み応えがあった。
それを読むと、中国経済は、かなりあぶない。
「墜落」という言葉も、そこから生まれた。
6人の識者が寄稿している。
(1)ビル・エモット氏……中国経済のキーポイントは、「インフレ」と説く。
(2)三橋貴明氏……異常な「投資依存経済」に、問題があると説く。
(3)岩本沙弓氏……バブル経済に問題があると説く。
(4)富坂聡氏……不動産バブルをどう始末するか、それで命運が決まると説く。
(5)片山修氏……中国の社会制度、商習慣に問題があると説く。
(6)何清連氏……上昇しつづける労務コストと、続発するストに問題があると説く。
つい数日前、中国のジニ係数が、実際には5・0を超えているのでは……という記事を
どこかで読んだ。
ジニ係数……「ジニ指数」ともいう。
イタリアのコッラド・ジニによって考案された「所得分配の不公平さ」を測る指標。
これによって富の偏在性や、エネルギー消費における不平等さなどに応用される
(ウィキペディア百科事典)。
++++++++++++++++++
以前、ジニ係数について書いた
ことがある。
その原稿を掲載する。
日付は2008年となっている。
少し遠回りをするが、許してほしい。
++++++++++++++++++
【豊かさとは何か】
●相対的貧困層
+++++++++++++
貧困かどうかということは、
相対的な満足度によって決まる。
家と車と家電製品をもっていても、
貧しい人は、貧しい。
その日、その日を生きていくだけで、
精一杯という人も、少なくない。
そこで最近では、国の豊かさを
測る尺度として、「相対的貧困率」
という言葉を使う。
+++++++++++++
生活の豊かさは、「モノ」では決まらない。いくら家と車と家電製品をもっていても、貧しい人は、貧しい。その日、その日を生きていくだけで、精一杯という人も少なくない。
そこで最近では、国の豊かさを測る尺度として、「相対的貧困率」という言葉を使う。わかりやすく言えば、生活に対する満足度ということになる。
それによれば、
メキシコ ……20・3
アメリカ ……17・1
トルコ ……15・9
アイルランド……15・4
【日本】 ……15・3
ポルトガル ……13・7
……
……
スウェーデン…… 5・3
チェコ …… 4・3
デンマーク …… 4・3、だ、そうだ。
(OECD24か国平均……10・4)(2005年)
日本は相対的貧困率でみるかぎり、貧しい国としては、上位5位ということになる。実際、「ワーキングプア」という言葉があることからもわかるように、この日本には、「働いても、働いても楽になれない」という人たちが、「全体の4分の1、400万世帯もある」(朝日新聞「キーワード」)そうだ。
これらの人たちは、最低賃金や、生活保護以下の収入しか得られない人たちという。つまりその分だけ、所得格差が進んでいる。ジニ係数(ジニ指数ともいう)でみても、日本は、OECD25か国中、第10位ということになっている。ジニ係数は、所得のかたよりを測る指数と考えてよい。
たとえば高所得者の4分の1の世帯が、全所得の4分の3を占め、残りの4分の3の人たちが、残った4分の1の所得を分けあう状態で、ジニ係数は、0・5となる。日本は、0・314(2005年)である。
……そういう意味では、この日本は、たしかに住みにくい国になりつつある。何をするにも、お金がかかる。どこへ行っても、お金がついて回る。まさに、マネー、マネー、マネーの国。お金がないと、それこそ、身動きができない。
そこで知恵をしぼって、たとえば休日でも、できるだけお金を使わないですまそうとする。お弁当を用意して、無料の公園を散策したり、山歩きをしたりする。が、それでもお金がかかる。どういうわけだか、かかる。そういうしくみが、できあがってしまっている。
言いかえると、お金を使わないですまそうと思ったら、家の中で、ゴロゴロしているしかない。しかしそういう生活を、だれも、豊かな生活とは言わない。つまり今、日本人の多くが感じている貧困感は、そういうところから生まれている(?)。
では、どうすれば、豊かに生きられるのか? 「豊か」というより、「心豊か」と言いかえたほうがよい。
私なりの実践法を並べてみる。
(1)家族が円満であること。これは心豊かに生きるための、第一条件。
(2)みなが、健康であること。これも心豊かに生きるための、第一条件。かりにだれかが病気であっても、それを前向きに受け入れてしまう。
(3)収入の範囲で、ほどほどの生活をする。できれば、常に最低限の生活を心がける。
(4)価値観を、(お金)から、(心)と(知恵)に移す。心の豊かさ、知恵の豊かさをもって、「豊か」と判断する。
(5)「私は私」という生き方を貫く。世間体、見栄、体裁は無視。冠婚葬祭を含めて、儀礼を廃する。
私はとくに(4)が大切だと思う。心や知恵は、みがけばみがくほど、そうでない人が、そうでなく見えてくる。他人に対して優越感をもつことは、好ましいことではないが、しかしそのうち、愚かな人たちを相手にしなくなる。「私は私」という生きざまを貫きやすくなる。
……ともかくも、相対的貧困率が高いということは、けっして望ましいことではない。社会がそれだけ不安定化することになる。また国の豊かさというのは、いかに弱者にやさしいかで決まる。弱者にきびしい国というのは、それだけ未熟な国ということになる。
【付記】
●拡大する貧富の差とこれからの受験勉強
この日本の社会では、静かに、密かに、しかし確実に、ジワジワと、貧富の差が拡大しつつある。
このことは、工場労働者の構成を見ればわかる。
近くのX自動車の下請けメーカーの中堅社員が、こんなことを話してくれた。
「社員といっても、何種類もいる。正社員のほか、パート社員、期間社員、アルバイト、人材派遣会社からの派遣社員などなど。
さらに最近では、一応社員なのだが、独立した仕事だけをして帰る社員もいる」と。
「どういう仕事ですか?」と聞くと、「たとえば会社で出す、人材募集のチラシを作ったり、社内報を作ったりする社員です。しかしこの社員は、社員というよりは、独立したアルバイトといった感じです。社会保険にも入れず、もちろんいっさいの保証はありません」と。
手厚く保護される正社員。しかしその一方で、冷遇されるそれ以外の社員(?)たち。年俸にしても、数百万円以上もの差がある。が、「安い」だけではない。労働条件は、かえってきびしい。少しでもヘマをすると、即、クビという状態だそうだ。
この日本では、今、確実に、貧富の差が、広がりつつある。やがてそのうち、社会問題化するのも時間の問題といってよい。数字を見てみよう。
厚生労働省が04年6月に発表した、ジニ指数(世帯ごとの所得格差を示す)は、調査を始めた84年から、7年連続で、拡大をつづけている。
昨年(04年)は、そのジニ指数が、0・498と、かぎりなく0・5に近づきつつある。
0・5という数字は、高所得者の4分の1の世帯が、全所得の4分の3を占めることを意味する。残りの4分の3の人たちは、残った4分の1の所得を分けあうことになる。
しかしこの数字を、深刻に考えている政治家は、少ない。……いない。経済界にいたっては、なおさらで、むしろ、こうした格差を歓迎しているふうですら、ある。理由がある。
「こうした差こそが、やる気のある人にやる気を出させ、経済を活性化させる」と。
つまり力があり、やる気のある人がいい生活をして、そうでない人が、そうでない生活をするのは、当然ではないか、と。そういう冷徹な論理である。が、どうもそれだけではないようだ。
「この世の中では、支配階級と、だまってそれに従う階級がなければ、そもそもマネー社会(=マネー資本主義)は成りたたない」という論理がある。みなが平等になり、中産階級になってしまえば、社会の活力そのものが、停止してしまうという。例がないわけではない。
かつて私が留学していたころのオーストラリアが、そうだった(1960~70年代)。
当時のオーストラリアでは、年俸が、確か2万2000ドル(この数字は正確ではない)を超えると、とたんに、所得税率が極端にあがるしくみになっていた。だから、みな、2万ドル分までは働くが、それ以上に働いても意味がないというように考えるようになった。
こうして「レイジー・オージー(怠け者のオーストラリア人)」が生まれたわけだが、この制度は、オーストラリアの活力そのものまで奪ってしまった。(もともと、土地を掘れば、鉱物資源が無尽蔵に出てくるという、ラッキーな国であったことも事実である。)
だから経済界あたりでは、むしろ、貧富の差を助長することこそ、重要であるというような考え方をする。はっきり言えば、マスター(ご主人様)がいて、それに従順に従う、スレイブ(奴隷)がいたほうが、経済の活性化のためには、つごうがよいということになる。
だから、官僚たちは、恥ずかしげもなく、こう言う。「林さん、労働者には、金(マネー)をもたせてはいけないのですよ。金をもったとたん、働かなくなりますから。万博でも何でもいい。そういうのを開いて、労働者に金を使わせる。貯金させてはいけないのですよ」と。
これはある官僚から、私が直接聞いた言葉である。だから万博に反対というわけではない。経済界の論理というのは、そういうもの。
それを知ってか、知らずか、地方の貧しい人たちが、バスに乗って、万博を見にくる。マンモスの像を見て、「マンモスだ」「マンモスだ」と、喜んでみせる。そこにある種の悲しさを覚えるのは、はたして私だけであろうか。
話がそれたが、この貧富の差が大きくなればなるほど、またまた受験競争が燃えあがる。だれしも勝ち組に入りたいと願っている。「せめて、自分の子どもだけは……」と願っている。それが子どもの受験競争に拍車をかける。
1995年~2000年にかけて下火になってきた、いわゆる受験産業が、このところまた息を吹きかえしつつ。そんな事情の背景には、こんな事実が隠されている。
悲しいかな、今、この日本で、「受験」に背を向けて生きられる人(子ども)は、ほとんど、いない。そしてその傾向は、これから10年、さらにはげしくなる。貧富の差がはげしくなればなるほど、なおさらである。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 ジニ指数 ジニ係数 貧富の差 受験競争 ジニ指数)
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●ジニ係数
話を戻す。
「係数の範囲は0から1で、係数の値が0に近いほど格差が少ない状態で、1に近いほど格差が大きい状態であることを意味する。ちなみに、0のときには完全な「平等」、つまり皆同じ所得を得ている状態を示す」(ウィキペディア百科事典)と。
ジニ係数の計算方法については、「日本共産党」のHPに載っていたので、そのまま転載させてもらう。
**********以下、日本共産党のHPより***********
《ジニ係数の算出方法》
ジニ係数の算出方法は、次の手順をふんで計算します。
(1)対象となる集団に含まれるすべての数値間の差の絶対値を合計して、平均する(これを「平均差」という)。
(2)全体の平均値を計算する。
(3)平均差を全体の平均値の2倍で割る(2倍で割るのは、ジニ係数を0と1の間に収めるため)。この結果がジニ係数です。
たとえば(245万円、362万円、826万円)のジニ係数は次のようになります。
(1)(―245-362―+―245-826―+―362-245―+―362-826―+―826-245―+―826-362―)/6
=2324/6=387.3(平均差)
(2)(245+362+826)/3=1433/3=477.7(平均値)
(3)387.3/(2×477.7)=0.4054
よって、ジニ係数は、0.4054
(注・― ―は絶対値記号)
**********以上、日本共産党のHPより***********
●ジニ係数、0・5
中国のジニ係数も、0・5を超えているのではないかと言われている。
先にも書いたように、0・5というのは、おおざっぱに言えば、高所得者の4分の1の世帯が、全所得の4分の3を占めることを意味する。
残りの4分の3の人たちは、残った4分の1の所得を分けあうことになる。
たとえば10世帯の人が、1億円を稼いだとする。
ジニ係数0・5の社会では、2・5人が、7500万円を自分のものにする。
平均所得は、3000万円となる。
残りの2500万円を、7・5人の人が分け合う。
平均所得は、333万円となる。
3000万円と333万円。
その格差は、約10倍となる。
つまりジニ係数が0・5を超えるほどになると、不公平感が増大し、社会そのものが、不安定化する。
今の日本もあぶないが、中国は、もっとあぶない。
つまりこのジニ係数には、ひとつの盲点がある。
●ジニ係数の盲点
ウィキペディア百科事典は、こんな例をあげている。
そのまま紹介させてもらう。
『……例えば、ある高級住宅地に年収10億円の人が99人、年収1兆円の大富豪が1人いるとする。そこでこの高級住宅地に住む100人を対象にジニ係数を計算すると約0.91となり、非常に格差が大きいが、年収10億円でもかなりの高収入であり、この状態が悪いとは一概に言えない』と。
つまり日本でいう「0・5」と、中国でいう「0・5」には、本質的なちがいがある。
不平等は不平等だが、年収333万円でも、何とかそれなりの生活を維持することができる。
年収3000万円の人を、ときに「うらやましい」と思うことはあるが、「まあ、そんなものかな」と、たいていは黙って見過ごすことができる。
しかし中国のような発展途上にある国では、そうでない。
1人当たりの国民所得が全体的に低い国では、不平等感は相乗的に大きくなる。
今日の食費もままならない家庭が大半を占める一方で、外国製の大型車を乗り回す家庭が、その隣にある。
中国政府がもっとも恐れている部分は、実はここにある。
アキレス腱といってもよい。
不公平感が、いつその矛先を中国共産党に向けてくるか。
ハラハラドキドキ!
あの天安門事件にしても、その不公平感が引き金となったことは、よく知られている。
●三橋貴明氏の卓見
三橋貴明氏は、『異常な「投資依存経済」に、問題がある』と説く。
V誌の記事を読み比べたとき、氏の記事がいちばん核心をついている。
中国政府は、外国からの投資を呼び込むことで、自国の発展をつづけてきた。
(このこと自体は、すでに10年以上も前から常識だったが……。)
一方外国は、日本のような国から金(マネー)を借り、それをいったん売り(=円安になる)、ドルに交換したあと(=ドル高になる)、中国に投資してきた。
現在、中国向けの最大投資国が、この日本であることも忘れてはいけない。
三橋氏の意見を要約してみる。
(1)中国政府(共産党)は、「保八」(=経済成長率を8%に保つ)に固執している。
(2)が、世界経済は縮小傾向にある。
(3)そこで中国政府は、外資を呼び込むことで、8%成長率を維持しようとした。
(結果、2009年の中国のGDPにおける「投資(民間投資+公共投資)」が占める割合は、45%以上になっている。)
(4)が、国内では、そうした外資を使うとことがない。
(5)そこで中国政府は、「融資指示」という形で、銀行に各方面に融資をすように指示した。
(6)が、それを受けた銀行は、設備投資ではなく、その半分近くを、株式と不動産市場に流した。
(7)中国バブルは、こうして発生した。
(8)結果、人の住まない住宅やマンションが続出。今やその状態が、狂乱化している。
(9)が、本来ならその一方で、個人消費が伸びなければならない。
(10)しかし中国人は、本来、守銭奴(私の言葉)傾向が強い。拝金主義もその背景にある。対GDP比における個人消費率は、35・6%(09年)。欧米先進国は、約60%前後。つまり得たお金を、消費に回さず、貯蓄に回している。
以上の結果「……こうなると、またまた政府支出(公共投資)に頼り、中国共産党政府はGDPの下支えをせざるをえなくなるだろう。
結局のところ、極端な投資(および輸出)依存で成長をつづけている中国は、先進諸国のような大衆消費社会を築くこともなく、成長の袋小路に突き当たる可能性がきわめて高い」(三橋貴明氏)と。
●具体的に……
こうした経済論は、一家の家計にたとえてみると、理解しやすい。
(私はいつもそうしているが……。)
あなたはバリバリの亭主関白。
一家の独裁者。
見栄っ張りで虚栄心が強い。
だから近所でもいつも大物ぶっている。
が、それを支えているのは、金(マネー)。
収入。
あなたはいつも豪語している。
「オレの家は、繁盛している。どうだい!」と。
が、近所はみな、景気が悪い。
思うように仕事が入ってこない。
家には7人もの子どもがいる。
みな、腹をすかせている。
しかしここで弱みを見せるわけにはいかない。
そこであなたは、隣町(=外国)から借金を重ねる。
「私に金を貸せば、儲かるあるヨ」と。
そこで金を借り、家族に渡すが、女房がこれまた稀に見る拝金主義者。
札束を仏壇にあげたまま、使おうともしない。
子どもたちが腹をすかせ、ギャーギャーと泣いていても、知らぬ顔。
あとは離れを増築したり、通路を大理石で覆ったり……。
が、元高にすることもできない。
元高にしたとたん、売り上げが減ってしまう。
外資も引き上げてしまう。
そこであなたは何とか、その不満を、外に向けさせなければならない。
そこであなたは近所の人たちに、いちゃもんをつけることにした。
通りを歩いていたら、どこかのんきな日高さん(=日本)が歩いていた。
その日高さんにわざと自分から体当たりし、こう言って怒鳴る。
「よくもテメエ、オレにぶつかりやがったな! ただですまさないあるぞ!」と。
それを家の中で見ていた7人の子どもたちが、手を叩いて喜ぶ。
「父ちゃん、かっこいいあるね!」と。
……とまあ、今回の一連の事件の流れを大きく見ると、そういうことになる。
●日中経済戦争
かくして日中経済戦争は始まった。
ルールなし。
「ない」というより、相手にはルールは通用しない。
では、どうするか。
中国の強引さには、目に余るものがある。
しかし中国のアキレス腱をうまくつつけば、中国は明日にでも崩壊する。
たとえば現在、円高ということもあって、中国は日本への借金返済に苦しんでいる。
へたをすれば、不渡りを出しかねない。
そうでなくてもバブル経済は崩壊中。
この6月(2010年)を頂点に、住宅販売価格も下落し始めた!
あぶないのは、日本ではない。
中国である。
その中身を、これからも検証していきたい。
負けるな、日本!
がんばれ、日本!
ついでに一言。
がんばれ、管さん!
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 日中経済戦争 住宅販売価格の下落)
(注)推敲しないまま、BLOGに掲載。誤字、脱字を許してほしい。
2010/09/27記
Hiroshi Hayashi+++++++Sep. 2010++++++はやし浩司
+++++++++++++++++
まず敵を知る。
敵の内情を知る。
それが戦争のイロハ。
情報なくして、戦争はできない。
そこで今、中国経済がどうなっているか。
それを知る。
+++++++++++++++++
●『VOICE』(以下V誌)
V誌の「中国経済・墜落に備えよ」(10月号)は、読み応えがあった。
それを読むと、中国経済は、かなりあぶない。
「墜落」という言葉も、そこから生まれた。
6人の識者が寄稿している。
(1)ビル・エモット氏……中国経済のキーポイントは、「インフレ」と説く。
(2)三橋貴明氏……異常な「投資依存経済」に、問題があると説く。
(3)岩本沙弓氏……バブル経済に問題があると説く。
(4)富坂聡氏……不動産バブルをどう始末するか、それで命運が決まると説く。
(5)片山修氏……中国の社会制度、商習慣に問題があると説く。
(6)何清連氏……上昇しつづける労務コストと、続発するストに問題があると説く。
つい数日前、中国のジニ係数が、実際には5・0を超えているのでは……という記事を
どこかで読んだ。
ジニ係数……「ジニ指数」ともいう。
イタリアのコッラド・ジニによって考案された「所得分配の不公平さ」を測る指標。
これによって富の偏在性や、エネルギー消費における不平等さなどに応用される
(ウィキペディア百科事典)。
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以前、ジニ係数について書いた
ことがある。
その原稿を掲載する。
日付は2008年となっている。
少し遠回りをするが、許してほしい。
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【豊かさとは何か】
●相対的貧困層
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貧困かどうかということは、
相対的な満足度によって決まる。
家と車と家電製品をもっていても、
貧しい人は、貧しい。
その日、その日を生きていくだけで、
精一杯という人も、少なくない。
そこで最近では、国の豊かさを
測る尺度として、「相対的貧困率」
という言葉を使う。
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生活の豊かさは、「モノ」では決まらない。いくら家と車と家電製品をもっていても、貧しい人は、貧しい。その日、その日を生きていくだけで、精一杯という人も少なくない。
そこで最近では、国の豊かさを測る尺度として、「相対的貧困率」という言葉を使う。わかりやすく言えば、生活に対する満足度ということになる。
それによれば、
メキシコ ……20・3
アメリカ ……17・1
トルコ ……15・9
アイルランド……15・4
【日本】 ……15・3
ポルトガル ……13・7
……
……
スウェーデン…… 5・3
チェコ …… 4・3
デンマーク …… 4・3、だ、そうだ。
(OECD24か国平均……10・4)(2005年)
日本は相対的貧困率でみるかぎり、貧しい国としては、上位5位ということになる。実際、「ワーキングプア」という言葉があることからもわかるように、この日本には、「働いても、働いても楽になれない」という人たちが、「全体の4分の1、400万世帯もある」(朝日新聞「キーワード」)そうだ。
これらの人たちは、最低賃金や、生活保護以下の収入しか得られない人たちという。つまりその分だけ、所得格差が進んでいる。ジニ係数(ジニ指数ともいう)でみても、日本は、OECD25か国中、第10位ということになっている。ジニ係数は、所得のかたよりを測る指数と考えてよい。
たとえば高所得者の4分の1の世帯が、全所得の4分の3を占め、残りの4分の3の人たちが、残った4分の1の所得を分けあう状態で、ジニ係数は、0・5となる。日本は、0・314(2005年)である。
……そういう意味では、この日本は、たしかに住みにくい国になりつつある。何をするにも、お金がかかる。どこへ行っても、お金がついて回る。まさに、マネー、マネー、マネーの国。お金がないと、それこそ、身動きができない。
そこで知恵をしぼって、たとえば休日でも、できるだけお金を使わないですまそうとする。お弁当を用意して、無料の公園を散策したり、山歩きをしたりする。が、それでもお金がかかる。どういうわけだか、かかる。そういうしくみが、できあがってしまっている。
言いかえると、お金を使わないですまそうと思ったら、家の中で、ゴロゴロしているしかない。しかしそういう生活を、だれも、豊かな生活とは言わない。つまり今、日本人の多くが感じている貧困感は、そういうところから生まれている(?)。
では、どうすれば、豊かに生きられるのか? 「豊か」というより、「心豊か」と言いかえたほうがよい。
私なりの実践法を並べてみる。
(1)家族が円満であること。これは心豊かに生きるための、第一条件。
(2)みなが、健康であること。これも心豊かに生きるための、第一条件。かりにだれかが病気であっても、それを前向きに受け入れてしまう。
(3)収入の範囲で、ほどほどの生活をする。できれば、常に最低限の生活を心がける。
(4)価値観を、(お金)から、(心)と(知恵)に移す。心の豊かさ、知恵の豊かさをもって、「豊か」と判断する。
(5)「私は私」という生き方を貫く。世間体、見栄、体裁は無視。冠婚葬祭を含めて、儀礼を廃する。
私はとくに(4)が大切だと思う。心や知恵は、みがけばみがくほど、そうでない人が、そうでなく見えてくる。他人に対して優越感をもつことは、好ましいことではないが、しかしそのうち、愚かな人たちを相手にしなくなる。「私は私」という生きざまを貫きやすくなる。
……ともかくも、相対的貧困率が高いということは、けっして望ましいことではない。社会がそれだけ不安定化することになる。また国の豊かさというのは、いかに弱者にやさしいかで決まる。弱者にきびしい国というのは、それだけ未熟な国ということになる。
【付記】
●拡大する貧富の差とこれからの受験勉強
この日本の社会では、静かに、密かに、しかし確実に、ジワジワと、貧富の差が拡大しつつある。
このことは、工場労働者の構成を見ればわかる。
近くのX自動車の下請けメーカーの中堅社員が、こんなことを話してくれた。
「社員といっても、何種類もいる。正社員のほか、パート社員、期間社員、アルバイト、人材派遣会社からの派遣社員などなど。
さらに最近では、一応社員なのだが、独立した仕事だけをして帰る社員もいる」と。
「どういう仕事ですか?」と聞くと、「たとえば会社で出す、人材募集のチラシを作ったり、社内報を作ったりする社員です。しかしこの社員は、社員というよりは、独立したアルバイトといった感じです。社会保険にも入れず、もちろんいっさいの保証はありません」と。
手厚く保護される正社員。しかしその一方で、冷遇されるそれ以外の社員(?)たち。年俸にしても、数百万円以上もの差がある。が、「安い」だけではない。労働条件は、かえってきびしい。少しでもヘマをすると、即、クビという状態だそうだ。
この日本では、今、確実に、貧富の差が、広がりつつある。やがてそのうち、社会問題化するのも時間の問題といってよい。数字を見てみよう。
厚生労働省が04年6月に発表した、ジニ指数(世帯ごとの所得格差を示す)は、調査を始めた84年から、7年連続で、拡大をつづけている。
昨年(04年)は、そのジニ指数が、0・498と、かぎりなく0・5に近づきつつある。
0・5という数字は、高所得者の4分の1の世帯が、全所得の4分の3を占めることを意味する。残りの4分の3の人たちは、残った4分の1の所得を分けあうことになる。
しかしこの数字を、深刻に考えている政治家は、少ない。……いない。経済界にいたっては、なおさらで、むしろ、こうした格差を歓迎しているふうですら、ある。理由がある。
「こうした差こそが、やる気のある人にやる気を出させ、経済を活性化させる」と。
つまり力があり、やる気のある人がいい生活をして、そうでない人が、そうでない生活をするのは、当然ではないか、と。そういう冷徹な論理である。が、どうもそれだけではないようだ。
「この世の中では、支配階級と、だまってそれに従う階級がなければ、そもそもマネー社会(=マネー資本主義)は成りたたない」という論理がある。みなが平等になり、中産階級になってしまえば、社会の活力そのものが、停止してしまうという。例がないわけではない。
かつて私が留学していたころのオーストラリアが、そうだった(1960~70年代)。
当時のオーストラリアでは、年俸が、確か2万2000ドル(この数字は正確ではない)を超えると、とたんに、所得税率が極端にあがるしくみになっていた。だから、みな、2万ドル分までは働くが、それ以上に働いても意味がないというように考えるようになった。
こうして「レイジー・オージー(怠け者のオーストラリア人)」が生まれたわけだが、この制度は、オーストラリアの活力そのものまで奪ってしまった。(もともと、土地を掘れば、鉱物資源が無尽蔵に出てくるという、ラッキーな国であったことも事実である。)
だから経済界あたりでは、むしろ、貧富の差を助長することこそ、重要であるというような考え方をする。はっきり言えば、マスター(ご主人様)がいて、それに従順に従う、スレイブ(奴隷)がいたほうが、経済の活性化のためには、つごうがよいということになる。
だから、官僚たちは、恥ずかしげもなく、こう言う。「林さん、労働者には、金(マネー)をもたせてはいけないのですよ。金をもったとたん、働かなくなりますから。万博でも何でもいい。そういうのを開いて、労働者に金を使わせる。貯金させてはいけないのですよ」と。
これはある官僚から、私が直接聞いた言葉である。だから万博に反対というわけではない。経済界の論理というのは、そういうもの。
それを知ってか、知らずか、地方の貧しい人たちが、バスに乗って、万博を見にくる。マンモスの像を見て、「マンモスだ」「マンモスだ」と、喜んでみせる。そこにある種の悲しさを覚えるのは、はたして私だけであろうか。
話がそれたが、この貧富の差が大きくなればなるほど、またまた受験競争が燃えあがる。だれしも勝ち組に入りたいと願っている。「せめて、自分の子どもだけは……」と願っている。それが子どもの受験競争に拍車をかける。
1995年~2000年にかけて下火になってきた、いわゆる受験産業が、このところまた息を吹きかえしつつ。そんな事情の背景には、こんな事実が隠されている。
悲しいかな、今、この日本で、「受験」に背を向けて生きられる人(子ども)は、ほとんど、いない。そしてその傾向は、これから10年、さらにはげしくなる。貧富の差がはげしくなればなるほど、なおさらである。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 ジニ指数 ジニ係数 貧富の差 受験競争 ジニ指数)
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●ジニ係数
話を戻す。
「係数の範囲は0から1で、係数の値が0に近いほど格差が少ない状態で、1に近いほど格差が大きい状態であることを意味する。ちなみに、0のときには完全な「平等」、つまり皆同じ所得を得ている状態を示す」(ウィキペディア百科事典)と。
ジニ係数の計算方法については、「日本共産党」のHPに載っていたので、そのまま転載させてもらう。
**********以下、日本共産党のHPより***********
《ジニ係数の算出方法》
ジニ係数の算出方法は、次の手順をふんで計算します。
(1)対象となる集団に含まれるすべての数値間の差の絶対値を合計して、平均する(これを「平均差」という)。
(2)全体の平均値を計算する。
(3)平均差を全体の平均値の2倍で割る(2倍で割るのは、ジニ係数を0と1の間に収めるため)。この結果がジニ係数です。
たとえば(245万円、362万円、826万円)のジニ係数は次のようになります。
(1)(―245-362―+―245-826―+―362-245―+―362-826―+―826-245―+―826-362―)/6
=2324/6=387.3(平均差)
(2)(245+362+826)/3=1433/3=477.7(平均値)
(3)387.3/(2×477.7)=0.4054
よって、ジニ係数は、0.4054
(注・― ―は絶対値記号)
**********以上、日本共産党のHPより***********
●ジニ係数、0・5
中国のジニ係数も、0・5を超えているのではないかと言われている。
先にも書いたように、0・5というのは、おおざっぱに言えば、高所得者の4分の1の世帯が、全所得の4分の3を占めることを意味する。
残りの4分の3の人たちは、残った4分の1の所得を分けあうことになる。
たとえば10世帯の人が、1億円を稼いだとする。
ジニ係数0・5の社会では、2・5人が、7500万円を自分のものにする。
平均所得は、3000万円となる。
残りの2500万円を、7・5人の人が分け合う。
平均所得は、333万円となる。
3000万円と333万円。
その格差は、約10倍となる。
つまりジニ係数が0・5を超えるほどになると、不公平感が増大し、社会そのものが、不安定化する。
今の日本もあぶないが、中国は、もっとあぶない。
つまりこのジニ係数には、ひとつの盲点がある。
●ジニ係数の盲点
ウィキペディア百科事典は、こんな例をあげている。
そのまま紹介させてもらう。
『……例えば、ある高級住宅地に年収10億円の人が99人、年収1兆円の大富豪が1人いるとする。そこでこの高級住宅地に住む100人を対象にジニ係数を計算すると約0.91となり、非常に格差が大きいが、年収10億円でもかなりの高収入であり、この状態が悪いとは一概に言えない』と。
つまり日本でいう「0・5」と、中国でいう「0・5」には、本質的なちがいがある。
不平等は不平等だが、年収333万円でも、何とかそれなりの生活を維持することができる。
年収3000万円の人を、ときに「うらやましい」と思うことはあるが、「まあ、そんなものかな」と、たいていは黙って見過ごすことができる。
しかし中国のような発展途上にある国では、そうでない。
1人当たりの国民所得が全体的に低い国では、不平等感は相乗的に大きくなる。
今日の食費もままならない家庭が大半を占める一方で、外国製の大型車を乗り回す家庭が、その隣にある。
中国政府がもっとも恐れている部分は、実はここにある。
アキレス腱といってもよい。
不公平感が、いつその矛先を中国共産党に向けてくるか。
ハラハラドキドキ!
あの天安門事件にしても、その不公平感が引き金となったことは、よく知られている。
●三橋貴明氏の卓見
三橋貴明氏は、『異常な「投資依存経済」に、問題がある』と説く。
V誌の記事を読み比べたとき、氏の記事がいちばん核心をついている。
中国政府は、外国からの投資を呼び込むことで、自国の発展をつづけてきた。
(このこと自体は、すでに10年以上も前から常識だったが……。)
一方外国は、日本のような国から金(マネー)を借り、それをいったん売り(=円安になる)、ドルに交換したあと(=ドル高になる)、中国に投資してきた。
現在、中国向けの最大投資国が、この日本であることも忘れてはいけない。
三橋氏の意見を要約してみる。
(1)中国政府(共産党)は、「保八」(=経済成長率を8%に保つ)に固執している。
(2)が、世界経済は縮小傾向にある。
(3)そこで中国政府は、外資を呼び込むことで、8%成長率を維持しようとした。
(結果、2009年の中国のGDPにおける「投資(民間投資+公共投資)」が占める割合は、45%以上になっている。)
(4)が、国内では、そうした外資を使うとことがない。
(5)そこで中国政府は、「融資指示」という形で、銀行に各方面に融資をすように指示した。
(6)が、それを受けた銀行は、設備投資ではなく、その半分近くを、株式と不動産市場に流した。
(7)中国バブルは、こうして発生した。
(8)結果、人の住まない住宅やマンションが続出。今やその状態が、狂乱化している。
(9)が、本来ならその一方で、個人消費が伸びなければならない。
(10)しかし中国人は、本来、守銭奴(私の言葉)傾向が強い。拝金主義もその背景にある。対GDP比における個人消費率は、35・6%(09年)。欧米先進国は、約60%前後。つまり得たお金を、消費に回さず、貯蓄に回している。
以上の結果「……こうなると、またまた政府支出(公共投資)に頼り、中国共産党政府はGDPの下支えをせざるをえなくなるだろう。
結局のところ、極端な投資(および輸出)依存で成長をつづけている中国は、先進諸国のような大衆消費社会を築くこともなく、成長の袋小路に突き当たる可能性がきわめて高い」(三橋貴明氏)と。
●具体的に……
こうした経済論は、一家の家計にたとえてみると、理解しやすい。
(私はいつもそうしているが……。)
あなたはバリバリの亭主関白。
一家の独裁者。
見栄っ張りで虚栄心が強い。
だから近所でもいつも大物ぶっている。
が、それを支えているのは、金(マネー)。
収入。
あなたはいつも豪語している。
「オレの家は、繁盛している。どうだい!」と。
が、近所はみな、景気が悪い。
思うように仕事が入ってこない。
家には7人もの子どもがいる。
みな、腹をすかせている。
しかしここで弱みを見せるわけにはいかない。
そこであなたは、隣町(=外国)から借金を重ねる。
「私に金を貸せば、儲かるあるヨ」と。
そこで金を借り、家族に渡すが、女房がこれまた稀に見る拝金主義者。
札束を仏壇にあげたまま、使おうともしない。
子どもたちが腹をすかせ、ギャーギャーと泣いていても、知らぬ顔。
あとは離れを増築したり、通路を大理石で覆ったり……。
が、元高にすることもできない。
元高にしたとたん、売り上げが減ってしまう。
外資も引き上げてしまう。
そこであなたは何とか、その不満を、外に向けさせなければならない。
そこであなたは近所の人たちに、いちゃもんをつけることにした。
通りを歩いていたら、どこかのんきな日高さん(=日本)が歩いていた。
その日高さんにわざと自分から体当たりし、こう言って怒鳴る。
「よくもテメエ、オレにぶつかりやがったな! ただですまさないあるぞ!」と。
それを家の中で見ていた7人の子どもたちが、手を叩いて喜ぶ。
「父ちゃん、かっこいいあるね!」と。
……とまあ、今回の一連の事件の流れを大きく見ると、そういうことになる。
●日中経済戦争
かくして日中経済戦争は始まった。
ルールなし。
「ない」というより、相手にはルールは通用しない。
では、どうするか。
中国の強引さには、目に余るものがある。
しかし中国のアキレス腱をうまくつつけば、中国は明日にでも崩壊する。
たとえば現在、円高ということもあって、中国は日本への借金返済に苦しんでいる。
へたをすれば、不渡りを出しかねない。
そうでなくてもバブル経済は崩壊中。
この6月(2010年)を頂点に、住宅販売価格も下落し始めた!
あぶないのは、日本ではない。
中国である。
その中身を、これからも検証していきたい。
負けるな、日本!
がんばれ、日本!
ついでに一言。
がんばれ、管さん!
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 日中経済戦争 住宅販売価格の下落)
(注)推敲しないまま、BLOGに掲載。誤字、脱字を許してほしい。
2010/09/27記
Hiroshi Hayashi+++++++Sep. 2010++++++はやし浩司
*Hypocricy
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 10年 9月 27日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●勇気(2010-8-29)
+++++++++++++++++
昨日、友人が経営しているミカン畑を
訪れてみた。
ドライブの途中だった。
友人は私と同じ、昭和22年(1947年)
生まれ。
市の部長職を退職したあと、1年ほど、
どこかの団体で働いていた。
そのあと、長年の夢をかなえるため、農場主に
変身した。
1年ぶりの訪問だった。
が、ミカンの木は、かなり減っていた。
そのかわり、そこにログハウスが建っていた。
友人は、自分であちこちに山小屋を建てて、
人生を楽しんでいる。
今度で、4棟目ではないか?
1度、雑誌で紹介されたことこともある。
それを見て、ググーッと感動した。
水は、農業用水。
飲み水は、ペットボトル。
電気は近くの電柱から。
風呂は、家の外。
家の中をのぞくと、工具が整然と並べられていた。
今は屋根の工事の最中らしい。
ビニールのシートが、夏の暑い風にあおられて、
パタパタとはためいていた。
「何だ、やればできるんだ!」と思った。
生きる勇気が、腹の底からわいてきた。
友人は60歳を過ぎても、まだ意気軒昂(いき・けんこう)。
家に帰ってからさっそく、電話する。
「林さん(=私)、オレたちは、まだ若いんだよ、ナッ!」と。
大いに励まされた。
私「ぼくはね、どう生きるかよりも、どう死ぬかばかりを
考えているよ」
友「ははは、だから、ジジ臭い」
私「いや、死ぬのがこわいというのじゃないんだよ。
死に向かっていくプロセスがこわい」
友「それはそのとき、考えればいい」と。
そう、我ら、ヤング・オールド・マン、
何にも遠慮する必要はない。
だれにも遠慮する必要はない。
我らは、まだ若い。
その気になれば、1年でログハウスを建てることも
できる。
それにしても昨日ほど、一軒の家をまじまじと
見たことはなかった。
どこかの山城より、ずっと立派に見えた。
力強く見えた。
ただミカンの木が減ったのは、こういうことらしい。
友人はできるだけ農薬を使わないで、有機農法
にこだわった。
が、それが裏目に出た。
「カミキリムシにやられた」、とか。
「ミカンは難しいよ」と、その友人は笑っていた。
(補記)
うっかりしいて、カメラをもっていかなかった。
そのため新しいログハウスを、写真に収める
ことができなかった。
来週のはじめにもう一度行くことになっているので、
そのとき写真を撮る。
マガジンのほうで紹介する。
お楽しみに!
+++++++++++++++++++
●流れ
退職をすると、みな、一様に健康運動を始めたり、日々の生きがいを求めたり
するようになる。
スポーツジムに通うようになったり、夫婦で散歩に出たりするようになったりする。
あるいは町内の世話役をしたりするようになったりする、など。
判を押したように、みな、同じことをするようになるから、おもしろい(失礼!)。
しかし(流れ)の中にないものは、長つづきしない。
たいてい2、3年もすると、花がしぼむように、少しずつ衰退していく。
軽い事故や怪我がきっかけで、そのままやめてしまう人も多い。
昔から『泡銭(あぶくぜに)、身につかず』という。
同じように、取って付け足したようなことをしても、長つづきしない。
そこには(流れ)というのがある。
それを称して、「老後の統合性」という。
その統合性は、若いときから準備するもの。
あるいはその「芽」は、若いときから作っておくもの。
早ければ早いほど、よい。
40歳(=人生の正午)でも遅いくらい……。
●老後の統合性
「老後の統合性」については、何度も書いてきた。
もう少し正確には、「退職後の統合性」でもよい。
退職後、(やるべきこと)をもち、その(やるべきこと)に向かって、日々を忘れる
ことができる人は、幸福な人だ。
が、それには条件がある。
無私無欲。
打算、功利が入ったとたん、統合性は霧散する。
が、いくら無私無欲といっても、暇つぶしや時間つぶしでは、意味がない。
かえって虚しくなるだけ。
言うまでもなく、真・善・美の追求。
そこに行き着く。
私たちがなぜここに今、生きているかといえば、真・善・美の追求にほかならない。
つまりそのために生きている。
しかもその追求は、日々の研鑽と努力のみによって、可能。
一日でも休んだら、その緊張感はその日を境にして崩れていく。
それはちょうど健康法に似ている。
究極の健康法というのはない。
私たちがなぜ今日、健康かと言えば、昨日までの努力がそこにあるから。
そうでなくても、退職年齢になると、脳みその底に穴が開いたような状態になる。
知恵や知識、経験や技術が、そこからどんどんと、それこそ容赦なく下へこぼれ
落ちていく。
健康については、さらにはっきりしている。
1週間もだらしない生活をしたら、とたんに足腰が動かなくなる。
●40歳になった人へ
40歳になったら、運動をはじめなさい。
「運動」というより、「運動する習慣」を身につけなさい。
40歳になったら、無私無欲でできる(何か)を見つけなさい。
真理の探究、善の追求、美の創造……。
「これが私」と言えるものを、見つけなさい。
またその「芽」がすでにあれば、よし。
そうでなければ、今すぐ、始めなさい。
コツは、(したいこと)をどんどん高めて、それを「目標」と言えるほどまでに、
昇華させること。
冒頭に書いた友人は、現役時代も、土日はひとりで山にこもって、ログハウスを建てて
いた。
そういう下地があったからこそ、今、生き生きと自分の人生を歩むことができる。
「退職しました。ログハウスでも建ててみるか」では、何度も書くが、長つづきしない。
中に「子育てが生きがい」と言う人もいる。
女性(母親)に多い。
しかし子育てなど、生きがいにしてはいけない。
安っぽい家族主義に振り回されてはいけない。
私たちは親として(やるべきこと)はやる。
しかし「その限度」(バートランド・ラッセル)を忘れてはいけない。
あなたが子どもに、自分の人生を力強く生きてほしいと願うなら、同時に、あなた
自身も、自分の人生を力強く生きる。
それが結局は、子どもを育てるということになる。
●私もがんばる!
今日は8月30日。
月曜日。
朝、目を覚ますと、冷気を含んださわやかな風が、カーテンを揺らしていた。
ふだんならそのまま起きて、ランニングマシンに直行。
しかしそれを見ている間に、また眠ってしまった。
つぎに目を覚ましたのは、犬のハナが吠えたとき。
ハナは、私たちが起きるのが遅いと、一声だけだが、寝室の横に来て、「ワン!」と
吠える。
食事の催促か?
それとも私たちのことを心配してか?
どうであるにせよ、今朝は、それで起きた。
時計を見たら、午前8時。
ランニングマシンと乗馬マシンで体を動かして、そのまま体重計に。
数日前62キロになって喜んでいたが、今朝は、何と63・5キロ!
昨日、ギョーザを食べたのが、よくなかった。
今日の運動(予定)。
昼に、もう一度、20分のランニング。
夜になって、サイクリング。
来週は友人が、オーストラリアから来る。
楽しみ!
今日も+今週も、がんばります!
8月30日。
月曜日。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 老後の統合性 退職後の統合性 生きがい 無私無欲)
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
【参考:2009年、5月の原稿より】
●自我の統合性と世代性(我々は、どう生きるべきか?)
(Do we have what we should do? If you have something that you should do, your life
after you retire from your job, would be fruitful. If not, you will despair in a miserable
age.)
+++++++++++++++++
乳児期の信頼関係の構築を、人生の
入り口とするなら、老年期の自我の
統合性は、その出口ということになる。
人は、この入り口から、人生に入り、
そしてやがて、人生の出口にたどりつく。
出口イコール、「死」ではない。
出口から出て、今度は、自分の(命)を、
つぎの世代に還元しようとする。
こうした一連の心理作用を、エリクソンという
学者は、「世代性」と呼んだ。
+++++++++++++++++
我々は何をなすべきか。
「何をしたいか」ではない。
「何をなすべきか」。
その(なすべきこと)の先に見えてくるのが、エリクソンが説いた、「世代性」である。
我々は、誕生と同時に、「生」を受ける。
が、その「生」には、限界がある。
その限界状況の中で、自分の晩年はどうあるべきかを考える。
その(どうあるべきか)という部分で、我々は、自分たちのもっている経験、知識、哲学、
倫理、道徳を、つぎの世代に伝えようとする。
つぎの世代が、よりよい人生を享受できるように努める。
それが世代性ということになる。
その条件として、私は、つぎの5つを考える。
(1)普遍性(=世界的に通用する。歴史に左右されない。)
(2)没利己性(=利己主義であってはいけない。)
(3)無私、無欲性(=私の子孫、私の財産という考え方をしない。)
(4)高邁(こうまい)性(=真・善・美の追求。)
(5)還元性(=教育を通して、後世に伝える。)
この世代性の構築に失敗すると、その人の晩年は、あわれでみじめなものになる。エリク
ソンは、「絶望」という言葉すら使っている(エリクソン「心理社会的発達理論」)。
何がこわいかといって、老年期の絶望ほど、こわいものはない。
言葉はきついが、それこそまさに、「地獄」。
「無間地獄」。
つまり自我の統合性に失敗すれば、その先で待っているものは、地獄ということになる。
来る日も、来る日も、ただ死を待つだけの人生ということになる。
健康であるとか、ないとかいうことは、問題ではない。
大切なことは、(やるべきこと)と、(現実にしていること)を一致させること。
が、その統合性は、何度も書くが、一朝一夕に確立できるものではない。
それこそ10年単位の熟成期間、あるいは準備期間が必要である。
「定年で退職しました。明日から、ゴビの砂漠で、ヤナギの木を植えてきます」というわ
けにはいかない。
またそうした行動には、意味はない。
さらに言えば、功利、打算が入ったとたん、ここでいう統合性は、そのまま霧散する。
私は、条件のひとつとして、「無私、無欲性」をあげたが、無私、無欲をクリアしないかぎ
り、統合性の確立は不可能と言ってよい。
我々は、何のために生きているのか。
どう生きるべきなのか。
その結論を出すのが、成人後期から晩年期ということになる。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 人生の統合性 世代性 統
合性の確立)
(追記)
(やるべきこと)の基礎をつくる時期は、「人生の正午」(エリクソン)と言われる40歳
前後である。もちろんこの年齢にこだわる必要はない。早ければ早いほど、よい。
その時期から、先にあげた5つの条件を常に念頭に置きながら、行動を開始する。
この問題だけは、そのときになって、あわてて始めても、意味はない。
たとえばボランティア活動があるが、そういう活動をしたこともない人が、いきなりボラ
ンティア活動をしたところで、意味はない。身につかない。
……ではどうするか?、ということになるが、しかしこれは「ではどうするか?」という
問題ではない。
もしそれがわからなければ、あなたの周囲にいる老人たちを静かに観察してみればよい。
孫の世話に庭いじりをしている老人は、まだよいほうかもしれない。
中には、小銭にこだわり、守銭奴になっている人もいる。
来世に望みを託したり、宗教に走る老人もいる。
利己主義で自分勝手な老人となると、それこそゴマンといる。
しかしそういう方法では、この絶望感から逃れることはできない。
忘れることはできるかもしれないが、それで絶望感が消えるわけではない。
もしゆいいつ、この絶望感から逃れる方法があるとするなら、人間であることをやめるこ
と。
認知症か何かになって、何も考えない人間になること。
もし、それでもよいというのなら、それでもかまわない。
しかし、だれがそんな人間を、あるべき私たちの老人像と考えるだろうか。
(付記)
統合性を確立するためのひとつの方法として、常に、自分に、「だからどうなの?」と自問
してみるという方法がある。
「おいしいものを食べた」……だから、それがどうしたの?、と。
「高級外車を買った」……だから、それがどうしたの?、と。
ところがときどき、「だからどうなの?」と自問してみたとき、ぐぐっと、跳ね返ってくる
ものを感ずるときがある。
真・善・美のどれかに接したときほど、そうかもしれない。
それがあなたが探し求めている、「使命」ということになる。
なおこの使命というのは、みな、ちがう。
人それぞれ。
その人が置かれた境遇、境涯によって、みな、ちがう。
大切なことは、自分なりの使命を見出し、それに向かって進むということ。
50歳を過ぎると、その熱意は急速に冷えてくる。
持病も出てくるし、頭の活動も鈍くなる。
60歳をすぎれば、さらにそうである。
我々に残された時間は、あまりにも少ない。
私の実感としては、40歳から始めても、遅すぎるのではないかと思う。
早ければ早いほど、よい。
Hiroshi Hayashi++++++++May. 09+++++++++はやし浩司
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●アグネス・チャンvs. 霊感商法(by大槻義彦氏)
+++++++++++++++++
ホメオパシーについての情報を集めていたら、
今度は、アグネス・Cに関する
霊感商法疑惑問題が出てきた。
『しまねこ』さんのBLOGから、まず
その突破口を開いてみたい。
++++++++以下『しまねこ』さんのBLOG
●今度は霊感商法の疑い:アグネス・C
『「今度はアグネス・Cを叩きますよ!」
大槻教授に公言されちゃったアグネス・Cなんだけど、
パワーストンで霊感商法をやってるらしい
自らは豪邸に生活しながら、他人の金で
貧しい人々の救済をつづけるアグネス・C。
贅沢をするなと言うつもりはないが、偽善はいけない。
他人の金で手柄を自分の物にしている。
そんなわかりやすい偽善者のアグネス・Cの関係者が
詐欺まがいの商法をやってる疑いがもたれている。
この動画では、
アグネスCのアグネス大学の動画を
youtubeに投稿していたアグネス大学の関係者が、
怪しいパワーストーンを売っていた事実が告発されている。
現在問題のyoutubeの動画は削除済みである。
(抜粋)
●Yさんの日記より
うっはー。こりゃこりゃ。
折しも、ホメオパシーが俎上にあげられてる今、
いろんな所に飛び火しそうですね。
ホメオパシーに関しては、
劇的に効いたと言う人から直に話を聞いているので、
(たしかぜんそくだったか)
完全否定は出来ませんわ。
そういや今朝、「花まる」のVTRだかで
美輪明宏さんがチラッと江原さんの話をしてたけど、
今はどうなってんのかね?
まだ仲良しなんだろうか。
(以上、『しまねこ』さんのBLOGより)
++++++++以上『しまねこ』HPより++++++
●大槻義彦氏のコメント
++++++++++++以下、大槻義彦のHPより転載++++++++++++
既に皆様もご存知のとおり、アグネス Cは自分の写真を載せ、宣伝に努める販売会社Cズ
(CHAN'S)で『健康食品』や『開運グッズ』を販売している。
その一つがなんと、『風水 パワーストーン』というものだ。『あなたの下降運勢を上昇にか
える』『開運パワー』というわけ。
このパワーストーンとやら、色とりどりで『水色は仕事運』が開け、『青は出世運』『ピン
クは恋愛運』(笑)、『黄色は健康運』が開けるのだという。
『このストーンを手首に巻いておれば、この手首から運を呼び込む』のだそうだ。
つまり、アグネス Cの販売するこのような開運グッズは毎度毎度、性懲りもなく繰り返さ
れる霊感商法そのものではないか。
『黄色のパワーストーンを身につけておれば健康運が向いてくる』というのは、『この壺を
買えば体の具合がよくなる』『この掛け軸を家に飾れば病気もよくなる』と売りつけるオカ
ルト宗教団体と変わりがない。はっきりとした霊感商法である。
アグネスもカナダの大学を出たと公言している(正式の大学名は私には分からないし、正
式の卒業であったのかも分からない)のだから、『腕首に黄色の石を巻けば体がよくなり、
病気も改善する』という科学的、医学的理由を説明する責任がある。なぜ黄色かも。
もっといかがわしいのは、『五色霊芝』の販売がある。
このサプリメント(漢方薬?)は高価で1万8千円もする。『中国では古来より健康を維持
する』妙薬として用いられたもの、とのふれこみ。『βグルカン』『有機ゲルマニウム』を含
み、様々な病気に適応されるというのだ。
『現代の社会における環境汚染、加工食品の害、さまざまなストレスに適応される』とも
説明されている。
『中国古代からの妙薬』だと?それがどうして『現代の環境汚染、加工食品の害』にあて
はまるのか?そもそも霊芝というが、これはその辺に生える『マンネンタケ』のことでは
ないか。マンネンタケは食用に適さない。毒キノコではないが、食用は不向きなだけでな
く誤用は危険なのだ。
食用には適さなくても漢方薬としての効果はあるのではないか。
ところが、漢方薬について調べると、『正式の漢方では霊芝を含む処方はない』と明記され
ているではないか。抗がん作用についても、その他の病気治療効果についても『ヒトへの
臨床報告は公には認められていない』となっている。まして、出血傾向の副作用、低血圧
の副作用、末梢神経障害、尿路障害、腎障害などの副作用も指摘されている(一部、国立
健康・栄養研究所)。
このようなことで、国民生活センターは『霊芝、とくに有機ゲルマニウムは貧血やガンに
効くという薬効を否定、薬事法に抵触する可能性』を指摘している。
『アグネス大学入学案内』によると、『日本ユニセフ協会大使として貧しい人々の救済を続
けるアグネス Cのような立派な人間になりたい方は入学を』と勧誘している。
私から言わせれば、『貧しい人々の救済と見せかけて、霊感商法をやり、薬事法抵触も疑わ
れるものを販売するような人間になりたい方は入学を』と、なってしまうかも。
++++++++++++以上、大槻義彦のHPより転載++++++++++++
●アグネス・C
私も「教育学博士」という肩書きが気になって、アグネス・Cについては
調べさせてもらったことがある。
大槻義彦氏は疑っているようだが、(私も疑ったが)、アグネス・Cは、経歴どおりの
大学を卒業している。
(アメリカでは、学位取得者には通し番号がつけられ、即座に検索できるようになって
いる。)
が、どんな論文を書いて、「博士号」を取ったかについては、わからない。
たしか「日米~~子育て比較」(記憶によるもの)に関する論文だったと思う。
ただし欧米では、論文審査だけで博士号を取得することが可能。
その大学に在学しているかどうかは、関係ない。
が、どこかおかしい。
アメリカの教育事情とはちがい、アグネス・Cは、少女時代に日本へ移住してきている。
その少女が、最終的にはJ大学の英文科(東京)を卒業するなどということは、当時の
日本の常識ではありえない。
中学や高校はどうしたのか?
それとも高卒でなくても、大学へ入れたのか?
その間、アグネス・Cは、歌手生活が忙しく、勉強どころではなかったはず。
そういう女性が、今、「教育学博士」?
それで調べさせてもらった。
●偽善
『しまねこ』さん(静岡県在住)は、こう端的に指摘している。
『……自らは豪邸に生活しながら、他人の金で
貧しい人々の救済をつづけるアグネス・C。
贅沢をするなと言うつもりはないが、偽善はいけない。
他人の金で手柄を自分の物にしている』と。
善行にせよ、善行に基づくボランティア活動にせよ、そこに至る過程には、それなりの
「積み重ね」がある。
あるいは「周囲環境」というのがある。
たとえば若いときから、ホームレスの人の世話をしてきたとか、孤児の世話をしてきた
とか、など。
そういうものが(積み重なって)、ユニセフとか何とか運動へとつながっていく。
難民救済運動へとつながっていく。
しかしそういう(積み重ね)もなく、また(周辺環境)もなく、いきなり「王手!」は
ない。
そんなことは、ほんの少し冷静になってみれば、わかること。
『しまねこ』さんは、「偽善」という言葉を使っているが、欧米人ならみな、まちがいなく、
こうした行為を「偽善」と位置づけるだろう。
貧しい人たちを、食い物にしている。
つまり悪人以下の悪人。
それが偽善を行う偽善者ということになる。
●大槻義久氏のHPへの投稿と、そのコメント
++++++++++++以下、大槻義彦のHPより転載++++++++++++
読者の方から、下記のメールをいただきました。
▼読者の方からのメール
------------------------------
大槻先生
はじめまして○○と申します。
先生のブログにて、アグネスCに関する言及を拝見し、非常に感銘受け筆を執りました。
C氏は二重三重の極めて強固な権力の防壁によって守られた、「アンタッチャブルな悪の要
塞」の様な人物です。
彼女の周りには、中国共産党、S学会、日本ユニセフ、そしてそれら団体と蜜月関係にあ
る大手マスコミ各社が防壁を作り、彼女に対するネガティブな論を全てシャットアウトし
ている様に見えます。
そのような人物に対して敵対的な論を、公人(先生はそう呼ぶにふさわしい知名度と影響
力を持たれています)が表明するのは、ある意味非常に勇気のいることです。
敢えてそれを実行された先生は、文字通り信念の人であり、私にとって正義の人なのです。
さて、アグネスC。
彼女のウサン臭さは、正に、「叩けば叩くほど埃が立つ」状態であり、言動と行動の不一致、
矛盾点の羅列には事欠きません。
例えば、彼女の代名詞である慈善活動。
彼女がそれほどまでに私腹よりも公を重視する人物であれば、なぜ講演料130万を取り
(つまり金を出せる団体以外ではしゃべらないと公言しているに等しい)、かつ下記のよう
な豪邸を建てねばならないのか?
彼女の主張に従えば、「その装飾物1つで、何万人もの子供たちが救われる」のではないで
しょうか?
そもそも日本ユニセフ自体が、ユニセフとは別の一般団体であり、募金から25%はね、
その資金でマスコミからの天下り役員の給料や、自社ビルを建てているのは有名な話です。
また彼女は政治活動にも熱心ですが、それを中国国内で展開しているとは聞いたことがあ
りません。
必ずこの日本でのみ規制強化関連の法案成立に熱心です。
規制強化に対する考え方そのものは、個々人の自由なので否定しませんが、彼女の場合、
常に、「時と場合を選ぶ」のが、非常に胡散臭く見える。
その上、大槻先生おっしゃられる、オカルト流布による洗脳、それから派生するカネと権
力の流れにまで勢力を増しているとなると、もはやカルト教団の教祖そのものです。
奴の弱者商法に騙される善良な被害者を増やさぬよう、白黒ハッキリつける人が必要にな
ります。
その一翼を先生が担ってくださるのなら、私は感謝しても感謝しきれません。
日本全国の声なき声も、必ず先生を応援していると確信しております。
陰ながら応援しております。
お体にお気をつけてお過ごしください。
------------------------------
▼大槻からの回答
------------------------------
アグネス Cの霊感商法批判をした途端、新聞社・通信社の取材で急に騒がしくなりました。
しかし、アグネス側は即座に対応、霊感商品は売り場から撤去したそうです。私としては、
ささやかな成果だったと思っていますが、また何をやりだすか、注意深く看視していく必
要があると思っています。
彼女の背景に『中国共産党、S学会、大手マスコミ』がある、とのご指摘ですが、この意
味は明瞭ではありません。彼女はキリスト教信者である、と自分を紹介している(私への
私信)のですが、そうだとすると中国共産党やS学会と密接な関係にあるとは思えません。
私は、科学者・教育者として、世にはびこる迷信・オカルト・不正義などを批判・排除し
ていき、子供の教育や社会の進歩を目指す活動をしてきました。しかし、それ以外の個人
的な思想・信条・哲学を槍玉にあげたことはありません。
アグネス Cがどのような社会活動・宗教活動をしようと、それは個人の人格にも関したこ
とですから、批判は控えます。
++++++++++++以上、大槻義彦のHPより転載++++++++++++
●日本ユニセフとは何か?
私は知らなかった。
ユニセフと、日本ユニセフとは、別組織?
しかも日本ユニセフというのは、「一般組織」?
道理で……というか、あの団体は、そのつど著名人をうまく利用している?
その胡散(うさん)臭さは、私も感じていた。
だれかの紹介で、ダイレクトメールが届いた。
それをきっかけに何度か寄付金を送ったことがある。
が、それ以後、毎年、私の住所、名前をあらかじめ印刷したネームカードとともに、
寄付金の募集用紙が送られてきた。
「熱心な団体だな?」とは思ったが、それにはウラ(?)があった。
ウィキペディア百科事典には、つぎのようにある。
『……36の国と地域にある「ユニセフ国内委員会(Committee for UNICEF)」のうちの
1つであり、国際連合児童基金 (ユニセフ) の日本事務所ではない。
(ユニセフ本部(国際連合児童基金)との関係参照)』。
さらに明確に、『日本における「ユニセフ国内委員会」として[5]、世界におけるユニセフの
活動を支援するために、日本において寄付募集、広報・啓蒙活動、政策提言協力を行うこ
とを使命としている。
日本ユニセフ協会と国連ユニセフ(UNICEF)は基本的に別組織である』。
『「ユニセフ」という名称を含むが、国際連合児童基金 (ユニセフ) の日本事務
所ではない。日本ユニセフ協会はユニセフ本部と協力協定を結んでいる団体であり、
日本において民間人・民間団体・企業向けにユニセフを代表する唯一の組織である。
日本における民間協力の窓口として運営されている非政府組織であって、国連機関
ではない。ユニセフ本部は東京都内に「ユニセフ東京事務所」を設置しているが、
この事務所もユニセフ日本支部ではない』(以上、ウィキペディア百科事典より)
と。
だんだんとわかってきたぞ!
つまり平たく言えば、「日本ユニセフ」は、巧みに国際機関である「ユニセフ」という
名前をまぶしながら、日本人から金を集めている(?)。
そういう疑惑も浮上してきた(?)。
日本における国際連合児童基金の出先機関は、東京都渋谷区神宮前の国連大学ビルの
中にCとある。
「国際連合児童基金東京事務所」(ユニセフ東京事務所)というのが、それ。
『「財団法人日本ユニセフ協会と密接に協力しながら」(日本ユニセフ協会サイトによる)
各種の交渉などに当たっていることになっている。ほぼ同一の意味の言及は、ユニセフ公
式サイトにもあり、日本ユニセフ協会は、ユニセフ東京事務所の業務の一部にも関わりを
持っている」と説明している』(同)と。
つまり「私たちはユニセフとは無関係ではない。ユニセフと『密接に協力しながら』活
動している」と。
だったらはじめから、無私無欲で、ユニセフ(本部)に協力すれば、それですむはず。
●アグネス・Cへの疑問
「教育学博士」とは何か?
どんな論文を書いたにせよ、また書かなかったにせよ、「博士」には博士らしい言葉づかい
がある。
たとえば育児論を語っていても、言葉の端々に、それなりの専門用語が出てきたり、知見
の深さがにじみ出たりする。
が、私が知るところ、アグネス・Cには、それがない。
ときどきテレビで教育講演(育児講演)をしているのを見る。
全体的に思慮が浅いというか、どこかタレント風……?
それ以上の判断は、読者のみなさんに任せる。
一度自分の耳で聞いて、自分で判断すればよい。
ともかくも、「教育学博士」と「霊感商法」は、結びつかない。
大槻義彦氏が指摘しているとおりである。
それが今回、問題になっている。
日本ユニセフは、どういう経緯で、アグネス・Cを親善大使に任命したのか。
その前に、彼女はどのような活動をしていて、「大使」にふさわしいと判断されたのか。
そのあたりを、一度しっかりと説明する義務があるのではないか。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 アグネス・チャン 大槻義久 霊感商法 日本ユニセフ ユニセフ)
Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司
●怒り(補足)
10年ほど前に書いた原稿を
再掲載します。
+++++++++++++++++
(怒り)について考えているとき、
以前、尾崎豊の「卒業」について書いた
原稿を思い出しました。
それをそのまま転載します。
(中日新聞掲載済み)
+++++++++++++++++
【若者たちが社会に反抗するとき】
●尾崎豊の「卒業」論
学校以外に学校はなく、学校を離れて道はない。そんな息苦しさを、尾崎豊は、『卒業』の
中でこう歌った。「♪……チャイムが鳴り、教室のいつもの席に座り、何に従い、従うべき
か考えていた」と。「人間は自由だ」と叫んでも、それは「♪しくまれた自由」にすぎない。
現実にはコースがあり、そのコースに逆らえば逆らったで、負け犬のレッテルを張られて
しまう。尾崎はそれを、「♪幻とリアルな気持ち」と表現した。
宇宙飛行士のM氏は、勝ち誇ったようにこう言った。「子どもたちよ、夢をもて」と。しか
し夢をもてばもったで、苦しむのは、子どもたち自身ではないのか。つまずくことすら許
されない。ほんの一部の、M氏のような人間選別をうまくくぐり抜けた人だけが、そこそ
この夢をかなえることができる。大半の子どもはその過程で、あがき、もがき、挫折する。
尾崎はこう続ける。「♪放課後街ふらつき、俺たちは風の中。孤独、瞳に浮かべ、寂しく歩
いた」と。
●若者たちの声なき反抗
日本人は弱者の立場でものを考えるのが苦手。目が上ばかり向いている。たとえば茶パ
ツ、腰パン姿の学生を、「落ちこぼれ」と決めてかかる。しかし彼らとて精一杯、自己主張
しているだけだ。それがだめだというなら、彼らにはほかに、どんな方法があるというの
か。そういう弱者に向かって、服装を正せと言っても、無理。尾崎もこう歌う。「♪行儀よ
くまじめなんてできやしなかった」と。彼にしてみれば、それは「♪信じられぬおとなとの
争い」でもあった。
実際この世の中、偽善が満ちあふれている。年俸が二億円もあるようなニュースキャスタ
ーが、「不況で生活がたいへんです」と顔をしかめて見せる。いつもは豪華な衣装を身につ
けているテレビタレントが、別のところで、涙ながらに難民への寄金を訴える。こういう
のを見せつけられると、この私だってまじめに生きるのがバカらしくなる。そこで尾崎は
そのホコ先を、学校に向ける。「♪夜の校舎、窓ガラス壊して回った……」と。もちろん窓
ガラスを壊すという行為は、許されるべき行為ではない。が、それ以外に方法が思いつか
なかったのだろう。いや、その前にこういう若者の行為を、誰が「石もて、打てる」のか。
●CDとシングル盤だけで二〇〇万枚以上!
この「卒業」は、空前のヒット曲になった。CDとシングル盤だけで、二〇〇万枚を超
えた(CBSソニー広報部、現在のソニーME)。「カセットになったのや、アルバムの中
に収録されたものも含めると、さらに多くなります」とのこと。この数字こそが、現代の
教育に対する、若者たちの、まさに声なき抗議とみるべきではないのか。
(付記)
●日本は超管理型社会
最近の中学生たちは、尾崎豊をもうすでに知らない。そこで私はこの歌を説明したあと、
中学生たちに「夢」を語ってもらった。私が「君たちの夢は何か」と聞くと、まず1人の
中学生(中2女子)がこう言った。「ない」と。「おとなになってからしたいことはないの
か」と聞くと、「それもない」と。「どうして?」と聞くと、「どうせ実現しないから」と。
もう1人の中学生(中2男子)は、「それよりもお金がほしい」と言った。そこで私が、「で
は、今ここに1億円があったとする。それが君のお金になったらどうする?」と聞くと、
こう言った。「毎日、机の上に置いてながめている」と。ほかに5人の中学生がいたが、皆、
ほぼ同じ意見だった。今の子どもたちは、自分の将来について、明るい展望をもてなくな
っているとみてよい。このことは内閣府の「青少年の生活と意識に関する基本調査」(20
01年)でもわかる。
15~17歳の若者でみたとき、「日本の将来の見とおしが、よくなっている」と答えた
のが、41・8%、「悪くなっている」と答えたのが、46・6%だそうだ。
●超の上に「超」がつく管理社会
日本の社会は、アメリカと比べても、超の上に「超」がつく超管理社会。アメリカのリ
トルロック(アーカンソー州の州都)という町の近くでタクシーに乗ったときのこと(2
001年4月)。タクシーにはメーターはついていなかった。料金は乗る前に、運転手と話
しあって決める。しかも運転してくれたのは、いつも運転手をしている女性の夫だった。「今
日は妻は、ほかの予約で来られないから……」と。
社会は管理されればされるほど、それを管理する側にとっては便利な世界かもしれない
が、一方ですき間をつぶす。そのすき間がなくなった分だけ、息苦しい社会になる。息苦
しいだけならまだしも、社会から生きる活力そのものを奪う。尾崎豊の「卒業」は、そう
いう超管理社会に対する、若者の抗議の歌と考えてよい。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●補足
この中で私は、2人のタレントを批判した。
あの人とあの人である。
「・・・年俸が二億円もあるようなニュースキャスターが、『不況で生活がたいへんです』と
顔をしかめて見せる。いつもは豪華な衣装を身につけているテレビタレントが、別のとこ
ろで、涙ながらに難民への寄金を訴える」と。
当時、こう書けば、みな、(あの人)が、だれであるかわかった。
で、この原稿を書いてから、10年。
彼らがいかに偽善者であったかは、この10年だけをみてもわかる。
たとえば難民救済活動をしていた、あの人。
その周辺部分、つまり連続性が、まるで浮かび上がってこない(?)。
その後、別の(あの人)に、活動をバトンタッチしてからは、いっさい、音沙汰なし!
それほどまでに高徳なボランティア活動をしながら、したのは、(そのときだけ)。
最近でも、また別の(あの人)が同じようなことをしている。
そこに至る過程の中で、たとえばホームレスの人たちのために、炊き出しをしたとか、
貧しい子どもたちを家で預かったとか、そういう経緯があればよい。
それをいきなり、アフリカの難民救済運動?
一度、ラオスで、そういった活動をしている人に会ったことがある。
当時、50歳くらいの女性だった。
もの静かな女性で、腕を白い包帯で巻いていた。
活動しているときに、けがをし、そのとき日本へ一時帰国していた。
もちろん無名の女性である。
そしてその女性がそういう活動をするようになった背景には、10年単位の歴史がある。
が、これらの(あの人)には、周辺部分もなければ、連続性もない。
積み重ねもない。
一事が万事というか、万事が一事。
つまり偽善。
もっと言えば、難民の人に対する冒涜!
集められた基金なるものは、どこにどう消えたことやら?
(私も出したぞ!)
少なくとも、私たちは一度は疑ってみるべきではないのか。
つまりこれが私が言う(怒り)である。
この(怒り)を忘れたら、それこそ、この世界は、闇!
・・・と思いつつ、こうして文章を叩いている。
Hiroshi Hayashi++++++++Sep. 2010+++++++++はやし浩司
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はやし浩司のホームページ http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
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. みなさん、 o o β
.こんにちは! (″ ▽ ゛)○
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 10年 9月 27日
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★★★HTML版★★★
HTML(カラー・写真版)を用意しました。
どうか、お楽しみください。(↓をクリックしてみてください。)
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http://bwhayashi2.fc2web.com/page014.html
メルマガ(6万3000誌)の中で、2008年度、メルマガ・オブ・ザ・イヤーに
選ばれました!
【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●勇気(2010-8-29)
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昨日、友人が経営しているミカン畑を
訪れてみた。
ドライブの途中だった。
友人は私と同じ、昭和22年(1947年)
生まれ。
市の部長職を退職したあと、1年ほど、
どこかの団体で働いていた。
そのあと、長年の夢をかなえるため、農場主に
変身した。
1年ぶりの訪問だった。
が、ミカンの木は、かなり減っていた。
そのかわり、そこにログハウスが建っていた。
友人は、自分であちこちに山小屋を建てて、
人生を楽しんでいる。
今度で、4棟目ではないか?
1度、雑誌で紹介されたことこともある。
それを見て、ググーッと感動した。
水は、農業用水。
飲み水は、ペットボトル。
電気は近くの電柱から。
風呂は、家の外。
家の中をのぞくと、工具が整然と並べられていた。
今は屋根の工事の最中らしい。
ビニールのシートが、夏の暑い風にあおられて、
パタパタとはためいていた。
「何だ、やればできるんだ!」と思った。
生きる勇気が、腹の底からわいてきた。
友人は60歳を過ぎても、まだ意気軒昂(いき・けんこう)。
家に帰ってからさっそく、電話する。
「林さん(=私)、オレたちは、まだ若いんだよ、ナッ!」と。
大いに励まされた。
私「ぼくはね、どう生きるかよりも、どう死ぬかばかりを
考えているよ」
友「ははは、だから、ジジ臭い」
私「いや、死ぬのがこわいというのじゃないんだよ。
死に向かっていくプロセスがこわい」
友「それはそのとき、考えればいい」と。
そう、我ら、ヤング・オールド・マン、
何にも遠慮する必要はない。
だれにも遠慮する必要はない。
我らは、まだ若い。
その気になれば、1年でログハウスを建てることも
できる。
それにしても昨日ほど、一軒の家をまじまじと
見たことはなかった。
どこかの山城より、ずっと立派に見えた。
力強く見えた。
ただミカンの木が減ったのは、こういうことらしい。
友人はできるだけ農薬を使わないで、有機農法
にこだわった。
が、それが裏目に出た。
「カミキリムシにやられた」、とか。
「ミカンは難しいよ」と、その友人は笑っていた。
(補記)
うっかりしいて、カメラをもっていかなかった。
そのため新しいログハウスを、写真に収める
ことができなかった。
来週のはじめにもう一度行くことになっているので、
そのとき写真を撮る。
マガジンのほうで紹介する。
お楽しみに!
+++++++++++++++++++
●流れ
退職をすると、みな、一様に健康運動を始めたり、日々の生きがいを求めたり
するようになる。
スポーツジムに通うようになったり、夫婦で散歩に出たりするようになったりする。
あるいは町内の世話役をしたりするようになったりする、など。
判を押したように、みな、同じことをするようになるから、おもしろい(失礼!)。
しかし(流れ)の中にないものは、長つづきしない。
たいてい2、3年もすると、花がしぼむように、少しずつ衰退していく。
軽い事故や怪我がきっかけで、そのままやめてしまう人も多い。
昔から『泡銭(あぶくぜに)、身につかず』という。
同じように、取って付け足したようなことをしても、長つづきしない。
そこには(流れ)というのがある。
それを称して、「老後の統合性」という。
その統合性は、若いときから準備するもの。
あるいはその「芽」は、若いときから作っておくもの。
早ければ早いほど、よい。
40歳(=人生の正午)でも遅いくらい……。
●老後の統合性
「老後の統合性」については、何度も書いてきた。
もう少し正確には、「退職後の統合性」でもよい。
退職後、(やるべきこと)をもち、その(やるべきこと)に向かって、日々を忘れる
ことができる人は、幸福な人だ。
が、それには条件がある。
無私無欲。
打算、功利が入ったとたん、統合性は霧散する。
が、いくら無私無欲といっても、暇つぶしや時間つぶしでは、意味がない。
かえって虚しくなるだけ。
言うまでもなく、真・善・美の追求。
そこに行き着く。
私たちがなぜここに今、生きているかといえば、真・善・美の追求にほかならない。
つまりそのために生きている。
しかもその追求は、日々の研鑽と努力のみによって、可能。
一日でも休んだら、その緊張感はその日を境にして崩れていく。
それはちょうど健康法に似ている。
究極の健康法というのはない。
私たちがなぜ今日、健康かと言えば、昨日までの努力がそこにあるから。
そうでなくても、退職年齢になると、脳みその底に穴が開いたような状態になる。
知恵や知識、経験や技術が、そこからどんどんと、それこそ容赦なく下へこぼれ
落ちていく。
健康については、さらにはっきりしている。
1週間もだらしない生活をしたら、とたんに足腰が動かなくなる。
●40歳になった人へ
40歳になったら、運動をはじめなさい。
「運動」というより、「運動する習慣」を身につけなさい。
40歳になったら、無私無欲でできる(何か)を見つけなさい。
真理の探究、善の追求、美の創造……。
「これが私」と言えるものを、見つけなさい。
またその「芽」がすでにあれば、よし。
そうでなければ、今すぐ、始めなさい。
コツは、(したいこと)をどんどん高めて、それを「目標」と言えるほどまでに、
昇華させること。
冒頭に書いた友人は、現役時代も、土日はひとりで山にこもって、ログハウスを建てて
いた。
そういう下地があったからこそ、今、生き生きと自分の人生を歩むことができる。
「退職しました。ログハウスでも建ててみるか」では、何度も書くが、長つづきしない。
中に「子育てが生きがい」と言う人もいる。
女性(母親)に多い。
しかし子育てなど、生きがいにしてはいけない。
安っぽい家族主義に振り回されてはいけない。
私たちは親として(やるべきこと)はやる。
しかし「その限度」(バートランド・ラッセル)を忘れてはいけない。
あなたが子どもに、自分の人生を力強く生きてほしいと願うなら、同時に、あなた
自身も、自分の人生を力強く生きる。
それが結局は、子どもを育てるということになる。
●私もがんばる!
今日は8月30日。
月曜日。
朝、目を覚ますと、冷気を含んださわやかな風が、カーテンを揺らしていた。
ふだんならそのまま起きて、ランニングマシンに直行。
しかしそれを見ている間に、また眠ってしまった。
つぎに目を覚ましたのは、犬のハナが吠えたとき。
ハナは、私たちが起きるのが遅いと、一声だけだが、寝室の横に来て、「ワン!」と
吠える。
食事の催促か?
それとも私たちのことを心配してか?
どうであるにせよ、今朝は、それで起きた。
時計を見たら、午前8時。
ランニングマシンと乗馬マシンで体を動かして、そのまま体重計に。
数日前62キロになって喜んでいたが、今朝は、何と63・5キロ!
昨日、ギョーザを食べたのが、よくなかった。
今日の運動(予定)。
昼に、もう一度、20分のランニング。
夜になって、サイクリング。
来週は友人が、オーストラリアから来る。
楽しみ!
今日も+今週も、がんばります!
8月30日。
月曜日。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 老後の統合性 退職後の統合性 生きがい 無私無欲)
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
【参考:2009年、5月の原稿より】
●自我の統合性と世代性(我々は、どう生きるべきか?)
(Do we have what we should do? If you have something that you should do, your life
after you retire from your job, would be fruitful. If not, you will despair in a miserable
age.)
+++++++++++++++++
乳児期の信頼関係の構築を、人生の
入り口とするなら、老年期の自我の
統合性は、その出口ということになる。
人は、この入り口から、人生に入り、
そしてやがて、人生の出口にたどりつく。
出口イコール、「死」ではない。
出口から出て、今度は、自分の(命)を、
つぎの世代に還元しようとする。
こうした一連の心理作用を、エリクソンという
学者は、「世代性」と呼んだ。
+++++++++++++++++
我々は何をなすべきか。
「何をしたいか」ではない。
「何をなすべきか」。
その(なすべきこと)の先に見えてくるのが、エリクソンが説いた、「世代性」である。
我々は、誕生と同時に、「生」を受ける。
が、その「生」には、限界がある。
その限界状況の中で、自分の晩年はどうあるべきかを考える。
その(どうあるべきか)という部分で、我々は、自分たちのもっている経験、知識、哲学、
倫理、道徳を、つぎの世代に伝えようとする。
つぎの世代が、よりよい人生を享受できるように努める。
それが世代性ということになる。
その条件として、私は、つぎの5つを考える。
(1)普遍性(=世界的に通用する。歴史に左右されない。)
(2)没利己性(=利己主義であってはいけない。)
(3)無私、無欲性(=私の子孫、私の財産という考え方をしない。)
(4)高邁(こうまい)性(=真・善・美の追求。)
(5)還元性(=教育を通して、後世に伝える。)
この世代性の構築に失敗すると、その人の晩年は、あわれでみじめなものになる。エリク
ソンは、「絶望」という言葉すら使っている(エリクソン「心理社会的発達理論」)。
何がこわいかといって、老年期の絶望ほど、こわいものはない。
言葉はきついが、それこそまさに、「地獄」。
「無間地獄」。
つまり自我の統合性に失敗すれば、その先で待っているものは、地獄ということになる。
来る日も、来る日も、ただ死を待つだけの人生ということになる。
健康であるとか、ないとかいうことは、問題ではない。
大切なことは、(やるべきこと)と、(現実にしていること)を一致させること。
が、その統合性は、何度も書くが、一朝一夕に確立できるものではない。
それこそ10年単位の熟成期間、あるいは準備期間が必要である。
「定年で退職しました。明日から、ゴビの砂漠で、ヤナギの木を植えてきます」というわ
けにはいかない。
またそうした行動には、意味はない。
さらに言えば、功利、打算が入ったとたん、ここでいう統合性は、そのまま霧散する。
私は、条件のひとつとして、「無私、無欲性」をあげたが、無私、無欲をクリアしないかぎ
り、統合性の確立は不可能と言ってよい。
我々は、何のために生きているのか。
どう生きるべきなのか。
その結論を出すのが、成人後期から晩年期ということになる。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 人生の統合性 世代性 統
合性の確立)
(追記)
(やるべきこと)の基礎をつくる時期は、「人生の正午」(エリクソン)と言われる40歳
前後である。もちろんこの年齢にこだわる必要はない。早ければ早いほど、よい。
その時期から、先にあげた5つの条件を常に念頭に置きながら、行動を開始する。
この問題だけは、そのときになって、あわてて始めても、意味はない。
たとえばボランティア活動があるが、そういう活動をしたこともない人が、いきなりボラ
ンティア活動をしたところで、意味はない。身につかない。
……ではどうするか?、ということになるが、しかしこれは「ではどうするか?」という
問題ではない。
もしそれがわからなければ、あなたの周囲にいる老人たちを静かに観察してみればよい。
孫の世話に庭いじりをしている老人は、まだよいほうかもしれない。
中には、小銭にこだわり、守銭奴になっている人もいる。
来世に望みを託したり、宗教に走る老人もいる。
利己主義で自分勝手な老人となると、それこそゴマンといる。
しかしそういう方法では、この絶望感から逃れることはできない。
忘れることはできるかもしれないが、それで絶望感が消えるわけではない。
もしゆいいつ、この絶望感から逃れる方法があるとするなら、人間であることをやめるこ
と。
認知症か何かになって、何も考えない人間になること。
もし、それでもよいというのなら、それでもかまわない。
しかし、だれがそんな人間を、あるべき私たちの老人像と考えるだろうか。
(付記)
統合性を確立するためのひとつの方法として、常に、自分に、「だからどうなの?」と自問
してみるという方法がある。
「おいしいものを食べた」……だから、それがどうしたの?、と。
「高級外車を買った」……だから、それがどうしたの?、と。
ところがときどき、「だからどうなの?」と自問してみたとき、ぐぐっと、跳ね返ってくる
ものを感ずるときがある。
真・善・美のどれかに接したときほど、そうかもしれない。
それがあなたが探し求めている、「使命」ということになる。
なおこの使命というのは、みな、ちがう。
人それぞれ。
その人が置かれた境遇、境涯によって、みな、ちがう。
大切なことは、自分なりの使命を見出し、それに向かって進むということ。
50歳を過ぎると、その熱意は急速に冷えてくる。
持病も出てくるし、頭の活動も鈍くなる。
60歳をすぎれば、さらにそうである。
我々に残された時間は、あまりにも少ない。
私の実感としては、40歳から始めても、遅すぎるのではないかと思う。
早ければ早いほど、よい。
Hiroshi Hayashi++++++++May. 09+++++++++はやし浩司
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●アグネス・チャンvs. 霊感商法(by大槻義彦氏)
+++++++++++++++++
ホメオパシーについての情報を集めていたら、
今度は、アグネス・Cに関する
霊感商法疑惑問題が出てきた。
『しまねこ』さんのBLOGから、まず
その突破口を開いてみたい。
++++++++以下『しまねこ』さんのBLOG
●今度は霊感商法の疑い:アグネス・C
『「今度はアグネス・Cを叩きますよ!」
大槻教授に公言されちゃったアグネス・Cなんだけど、
パワーストンで霊感商法をやってるらしい
自らは豪邸に生活しながら、他人の金で
貧しい人々の救済をつづけるアグネス・C。
贅沢をするなと言うつもりはないが、偽善はいけない。
他人の金で手柄を自分の物にしている。
そんなわかりやすい偽善者のアグネス・Cの関係者が
詐欺まがいの商法をやってる疑いがもたれている。
この動画では、
アグネスCのアグネス大学の動画を
youtubeに投稿していたアグネス大学の関係者が、
怪しいパワーストーンを売っていた事実が告発されている。
現在問題のyoutubeの動画は削除済みである。
(抜粋)
●Yさんの日記より
うっはー。こりゃこりゃ。
折しも、ホメオパシーが俎上にあげられてる今、
いろんな所に飛び火しそうですね。
ホメオパシーに関しては、
劇的に効いたと言う人から直に話を聞いているので、
(たしかぜんそくだったか)
完全否定は出来ませんわ。
そういや今朝、「花まる」のVTRだかで
美輪明宏さんがチラッと江原さんの話をしてたけど、
今はどうなってんのかね?
まだ仲良しなんだろうか。
(以上、『しまねこ』さんのBLOGより)
++++++++以上『しまねこ』HPより++++++
●大槻義彦氏のコメント
++++++++++++以下、大槻義彦のHPより転載++++++++++++
既に皆様もご存知のとおり、アグネス Cは自分の写真を載せ、宣伝に努める販売会社Cズ
(CHAN'S)で『健康食品』や『開運グッズ』を販売している。
その一つがなんと、『風水 パワーストーン』というものだ。『あなたの下降運勢を上昇にか
える』『開運パワー』というわけ。
このパワーストーンとやら、色とりどりで『水色は仕事運』が開け、『青は出世運』『ピン
クは恋愛運』(笑)、『黄色は健康運』が開けるのだという。
『このストーンを手首に巻いておれば、この手首から運を呼び込む』のだそうだ。
つまり、アグネス Cの販売するこのような開運グッズは毎度毎度、性懲りもなく繰り返さ
れる霊感商法そのものではないか。
『黄色のパワーストーンを身につけておれば健康運が向いてくる』というのは、『この壺を
買えば体の具合がよくなる』『この掛け軸を家に飾れば病気もよくなる』と売りつけるオカ
ルト宗教団体と変わりがない。はっきりとした霊感商法である。
アグネスもカナダの大学を出たと公言している(正式の大学名は私には分からないし、正
式の卒業であったのかも分からない)のだから、『腕首に黄色の石を巻けば体がよくなり、
病気も改善する』という科学的、医学的理由を説明する責任がある。なぜ黄色かも。
もっといかがわしいのは、『五色霊芝』の販売がある。
このサプリメント(漢方薬?)は高価で1万8千円もする。『中国では古来より健康を維持
する』妙薬として用いられたもの、とのふれこみ。『βグルカン』『有機ゲルマニウム』を含
み、様々な病気に適応されるというのだ。
『現代の社会における環境汚染、加工食品の害、さまざまなストレスに適応される』とも
説明されている。
『中国古代からの妙薬』だと?それがどうして『現代の環境汚染、加工食品の害』にあて
はまるのか?そもそも霊芝というが、これはその辺に生える『マンネンタケ』のことでは
ないか。マンネンタケは食用に適さない。毒キノコではないが、食用は不向きなだけでな
く誤用は危険なのだ。
食用には適さなくても漢方薬としての効果はあるのではないか。
ところが、漢方薬について調べると、『正式の漢方では霊芝を含む処方はない』と明記され
ているではないか。抗がん作用についても、その他の病気治療効果についても『ヒトへの
臨床報告は公には認められていない』となっている。まして、出血傾向の副作用、低血圧
の副作用、末梢神経障害、尿路障害、腎障害などの副作用も指摘されている(一部、国立
健康・栄養研究所)。
このようなことで、国民生活センターは『霊芝、とくに有機ゲルマニウムは貧血やガンに
効くという薬効を否定、薬事法に抵触する可能性』を指摘している。
『アグネス大学入学案内』によると、『日本ユニセフ協会大使として貧しい人々の救済を続
けるアグネス Cのような立派な人間になりたい方は入学を』と勧誘している。
私から言わせれば、『貧しい人々の救済と見せかけて、霊感商法をやり、薬事法抵触も疑わ
れるものを販売するような人間になりたい方は入学を』と、なってしまうかも。
++++++++++++以上、大槻義彦のHPより転載++++++++++++
●アグネス・C
私も「教育学博士」という肩書きが気になって、アグネス・Cについては
調べさせてもらったことがある。
大槻義彦氏は疑っているようだが、(私も疑ったが)、アグネス・Cは、経歴どおりの
大学を卒業している。
(アメリカでは、学位取得者には通し番号がつけられ、即座に検索できるようになって
いる。)
が、どんな論文を書いて、「博士号」を取ったかについては、わからない。
たしか「日米~~子育て比較」(記憶によるもの)に関する論文だったと思う。
ただし欧米では、論文審査だけで博士号を取得することが可能。
その大学に在学しているかどうかは、関係ない。
が、どこかおかしい。
アメリカの教育事情とはちがい、アグネス・Cは、少女時代に日本へ移住してきている。
その少女が、最終的にはJ大学の英文科(東京)を卒業するなどということは、当時の
日本の常識ではありえない。
中学や高校はどうしたのか?
それとも高卒でなくても、大学へ入れたのか?
その間、アグネス・Cは、歌手生活が忙しく、勉強どころではなかったはず。
そういう女性が、今、「教育学博士」?
それで調べさせてもらった。
●偽善
『しまねこ』さん(静岡県在住)は、こう端的に指摘している。
『……自らは豪邸に生活しながら、他人の金で
貧しい人々の救済をつづけるアグネス・C。
贅沢をするなと言うつもりはないが、偽善はいけない。
他人の金で手柄を自分の物にしている』と。
善行にせよ、善行に基づくボランティア活動にせよ、そこに至る過程には、それなりの
「積み重ね」がある。
あるいは「周囲環境」というのがある。
たとえば若いときから、ホームレスの人の世話をしてきたとか、孤児の世話をしてきた
とか、など。
そういうものが(積み重なって)、ユニセフとか何とか運動へとつながっていく。
難民救済運動へとつながっていく。
しかしそういう(積み重ね)もなく、また(周辺環境)もなく、いきなり「王手!」は
ない。
そんなことは、ほんの少し冷静になってみれば、わかること。
『しまねこ』さんは、「偽善」という言葉を使っているが、欧米人ならみな、まちがいなく、
こうした行為を「偽善」と位置づけるだろう。
貧しい人たちを、食い物にしている。
つまり悪人以下の悪人。
それが偽善を行う偽善者ということになる。
●大槻義久氏のHPへの投稿と、そのコメント
++++++++++++以下、大槻義彦のHPより転載++++++++++++
読者の方から、下記のメールをいただきました。
▼読者の方からのメール
------------------------------
大槻先生
はじめまして○○と申します。
先生のブログにて、アグネスCに関する言及を拝見し、非常に感銘受け筆を執りました。
C氏は二重三重の極めて強固な権力の防壁によって守られた、「アンタッチャブルな悪の要
塞」の様な人物です。
彼女の周りには、中国共産党、S学会、日本ユニセフ、そしてそれら団体と蜜月関係にあ
る大手マスコミ各社が防壁を作り、彼女に対するネガティブな論を全てシャットアウトし
ている様に見えます。
そのような人物に対して敵対的な論を、公人(先生はそう呼ぶにふさわしい知名度と影響
力を持たれています)が表明するのは、ある意味非常に勇気のいることです。
敢えてそれを実行された先生は、文字通り信念の人であり、私にとって正義の人なのです。
さて、アグネスC。
彼女のウサン臭さは、正に、「叩けば叩くほど埃が立つ」状態であり、言動と行動の不一致、
矛盾点の羅列には事欠きません。
例えば、彼女の代名詞である慈善活動。
彼女がそれほどまでに私腹よりも公を重視する人物であれば、なぜ講演料130万を取り
(つまり金を出せる団体以外ではしゃべらないと公言しているに等しい)、かつ下記のよう
な豪邸を建てねばならないのか?
彼女の主張に従えば、「その装飾物1つで、何万人もの子供たちが救われる」のではないで
しょうか?
そもそも日本ユニセフ自体が、ユニセフとは別の一般団体であり、募金から25%はね、
その資金でマスコミからの天下り役員の給料や、自社ビルを建てているのは有名な話です。
また彼女は政治活動にも熱心ですが、それを中国国内で展開しているとは聞いたことがあ
りません。
必ずこの日本でのみ規制強化関連の法案成立に熱心です。
規制強化に対する考え方そのものは、個々人の自由なので否定しませんが、彼女の場合、
常に、「時と場合を選ぶ」のが、非常に胡散臭く見える。
その上、大槻先生おっしゃられる、オカルト流布による洗脳、それから派生するカネと権
力の流れにまで勢力を増しているとなると、もはやカルト教団の教祖そのものです。
奴の弱者商法に騙される善良な被害者を増やさぬよう、白黒ハッキリつける人が必要にな
ります。
その一翼を先生が担ってくださるのなら、私は感謝しても感謝しきれません。
日本全国の声なき声も、必ず先生を応援していると確信しております。
陰ながら応援しております。
お体にお気をつけてお過ごしください。
------------------------------
▼大槻からの回答
------------------------------
アグネス Cの霊感商法批判をした途端、新聞社・通信社の取材で急に騒がしくなりました。
しかし、アグネス側は即座に対応、霊感商品は売り場から撤去したそうです。私としては、
ささやかな成果だったと思っていますが、また何をやりだすか、注意深く看視していく必
要があると思っています。
彼女の背景に『中国共産党、S学会、大手マスコミ』がある、とのご指摘ですが、この意
味は明瞭ではありません。彼女はキリスト教信者である、と自分を紹介している(私への
私信)のですが、そうだとすると中国共産党やS学会と密接な関係にあるとは思えません。
私は、科学者・教育者として、世にはびこる迷信・オカルト・不正義などを批判・排除し
ていき、子供の教育や社会の進歩を目指す活動をしてきました。しかし、それ以外の個人
的な思想・信条・哲学を槍玉にあげたことはありません。
アグネス Cがどのような社会活動・宗教活動をしようと、それは個人の人格にも関したこ
とですから、批判は控えます。
++++++++++++以上、大槻義彦のHPより転載++++++++++++
●日本ユニセフとは何か?
私は知らなかった。
ユニセフと、日本ユニセフとは、別組織?
しかも日本ユニセフというのは、「一般組織」?
道理で……というか、あの団体は、そのつど著名人をうまく利用している?
その胡散(うさん)臭さは、私も感じていた。
だれかの紹介で、ダイレクトメールが届いた。
それをきっかけに何度か寄付金を送ったことがある。
が、それ以後、毎年、私の住所、名前をあらかじめ印刷したネームカードとともに、
寄付金の募集用紙が送られてきた。
「熱心な団体だな?」とは思ったが、それにはウラ(?)があった。
ウィキペディア百科事典には、つぎのようにある。
『……36の国と地域にある「ユニセフ国内委員会(Committee for UNICEF)」のうちの
1つであり、国際連合児童基金 (ユニセフ) の日本事務所ではない。
(ユニセフ本部(国際連合児童基金)との関係参照)』。
さらに明確に、『日本における「ユニセフ国内委員会」として[5]、世界におけるユニセフの
活動を支援するために、日本において寄付募集、広報・啓蒙活動、政策提言協力を行うこ
とを使命としている。
日本ユニセフ協会と国連ユニセフ(UNICEF)は基本的に別組織である』。
『「ユニセフ」という名称を含むが、国際連合児童基金 (ユニセフ) の日本事務
所ではない。日本ユニセフ協会はユニセフ本部と協力協定を結んでいる団体であり、
日本において民間人・民間団体・企業向けにユニセフを代表する唯一の組織である。
日本における民間協力の窓口として運営されている非政府組織であって、国連機関
ではない。ユニセフ本部は東京都内に「ユニセフ東京事務所」を設置しているが、
この事務所もユニセフ日本支部ではない』(以上、ウィキペディア百科事典より)
と。
だんだんとわかってきたぞ!
つまり平たく言えば、「日本ユニセフ」は、巧みに国際機関である「ユニセフ」という
名前をまぶしながら、日本人から金を集めている(?)。
そういう疑惑も浮上してきた(?)。
日本における国際連合児童基金の出先機関は、東京都渋谷区神宮前の国連大学ビルの
中にCとある。
「国際連合児童基金東京事務所」(ユニセフ東京事務所)というのが、それ。
『「財団法人日本ユニセフ協会と密接に協力しながら」(日本ユニセフ協会サイトによる)
各種の交渉などに当たっていることになっている。ほぼ同一の意味の言及は、ユニセフ公
式サイトにもあり、日本ユニセフ協会は、ユニセフ東京事務所の業務の一部にも関わりを
持っている」と説明している』(同)と。
つまり「私たちはユニセフとは無関係ではない。ユニセフと『密接に協力しながら』活
動している」と。
だったらはじめから、無私無欲で、ユニセフ(本部)に協力すれば、それですむはず。
●アグネス・Cへの疑問
「教育学博士」とは何か?
どんな論文を書いたにせよ、また書かなかったにせよ、「博士」には博士らしい言葉づかい
がある。
たとえば育児論を語っていても、言葉の端々に、それなりの専門用語が出てきたり、知見
の深さがにじみ出たりする。
が、私が知るところ、アグネス・Cには、それがない。
ときどきテレビで教育講演(育児講演)をしているのを見る。
全体的に思慮が浅いというか、どこかタレント風……?
それ以上の判断は、読者のみなさんに任せる。
一度自分の耳で聞いて、自分で判断すればよい。
ともかくも、「教育学博士」と「霊感商法」は、結びつかない。
大槻義彦氏が指摘しているとおりである。
それが今回、問題になっている。
日本ユニセフは、どういう経緯で、アグネス・Cを親善大使に任命したのか。
その前に、彼女はどのような活動をしていて、「大使」にふさわしいと判断されたのか。
そのあたりを、一度しっかりと説明する義務があるのではないか。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 アグネス・チャン 大槻義久 霊感商法 日本ユニセフ ユニセフ)
Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司
●怒り(補足)
10年ほど前に書いた原稿を
再掲載します。
+++++++++++++++++
(怒り)について考えているとき、
以前、尾崎豊の「卒業」について書いた
原稿を思い出しました。
それをそのまま転載します。
(中日新聞掲載済み)
+++++++++++++++++
【若者たちが社会に反抗するとき】
●尾崎豊の「卒業」論
学校以外に学校はなく、学校を離れて道はない。そんな息苦しさを、尾崎豊は、『卒業』の
中でこう歌った。「♪……チャイムが鳴り、教室のいつもの席に座り、何に従い、従うべき
か考えていた」と。「人間は自由だ」と叫んでも、それは「♪しくまれた自由」にすぎない。
現実にはコースがあり、そのコースに逆らえば逆らったで、負け犬のレッテルを張られて
しまう。尾崎はそれを、「♪幻とリアルな気持ち」と表現した。
宇宙飛行士のM氏は、勝ち誇ったようにこう言った。「子どもたちよ、夢をもて」と。しか
し夢をもてばもったで、苦しむのは、子どもたち自身ではないのか。つまずくことすら許
されない。ほんの一部の、M氏のような人間選別をうまくくぐり抜けた人だけが、そこそ
この夢をかなえることができる。大半の子どもはその過程で、あがき、もがき、挫折する。
尾崎はこう続ける。「♪放課後街ふらつき、俺たちは風の中。孤独、瞳に浮かべ、寂しく歩
いた」と。
●若者たちの声なき反抗
日本人は弱者の立場でものを考えるのが苦手。目が上ばかり向いている。たとえば茶パ
ツ、腰パン姿の学生を、「落ちこぼれ」と決めてかかる。しかし彼らとて精一杯、自己主張
しているだけだ。それがだめだというなら、彼らにはほかに、どんな方法があるというの
か。そういう弱者に向かって、服装を正せと言っても、無理。尾崎もこう歌う。「♪行儀よ
くまじめなんてできやしなかった」と。彼にしてみれば、それは「♪信じられぬおとなとの
争い」でもあった。
実際この世の中、偽善が満ちあふれている。年俸が二億円もあるようなニュースキャスタ
ーが、「不況で生活がたいへんです」と顔をしかめて見せる。いつもは豪華な衣装を身につ
けているテレビタレントが、別のところで、涙ながらに難民への寄金を訴える。こういう
のを見せつけられると、この私だってまじめに生きるのがバカらしくなる。そこで尾崎は
そのホコ先を、学校に向ける。「♪夜の校舎、窓ガラス壊して回った……」と。もちろん窓
ガラスを壊すという行為は、許されるべき行為ではない。が、それ以外に方法が思いつか
なかったのだろう。いや、その前にこういう若者の行為を、誰が「石もて、打てる」のか。
●CDとシングル盤だけで二〇〇万枚以上!
この「卒業」は、空前のヒット曲になった。CDとシングル盤だけで、二〇〇万枚を超
えた(CBSソニー広報部、現在のソニーME)。「カセットになったのや、アルバムの中
に収録されたものも含めると、さらに多くなります」とのこと。この数字こそが、現代の
教育に対する、若者たちの、まさに声なき抗議とみるべきではないのか。
(付記)
●日本は超管理型社会
最近の中学生たちは、尾崎豊をもうすでに知らない。そこで私はこの歌を説明したあと、
中学生たちに「夢」を語ってもらった。私が「君たちの夢は何か」と聞くと、まず1人の
中学生(中2女子)がこう言った。「ない」と。「おとなになってからしたいことはないの
か」と聞くと、「それもない」と。「どうして?」と聞くと、「どうせ実現しないから」と。
もう1人の中学生(中2男子)は、「それよりもお金がほしい」と言った。そこで私が、「で
は、今ここに1億円があったとする。それが君のお金になったらどうする?」と聞くと、
こう言った。「毎日、机の上に置いてながめている」と。ほかに5人の中学生がいたが、皆、
ほぼ同じ意見だった。今の子どもたちは、自分の将来について、明るい展望をもてなくな
っているとみてよい。このことは内閣府の「青少年の生活と意識に関する基本調査」(20
01年)でもわかる。
15~17歳の若者でみたとき、「日本の将来の見とおしが、よくなっている」と答えた
のが、41・8%、「悪くなっている」と答えたのが、46・6%だそうだ。
●超の上に「超」がつく管理社会
日本の社会は、アメリカと比べても、超の上に「超」がつく超管理社会。アメリカのリ
トルロック(アーカンソー州の州都)という町の近くでタクシーに乗ったときのこと(2
001年4月)。タクシーにはメーターはついていなかった。料金は乗る前に、運転手と話
しあって決める。しかも運転してくれたのは、いつも運転手をしている女性の夫だった。「今
日は妻は、ほかの予約で来られないから……」と。
社会は管理されればされるほど、それを管理する側にとっては便利な世界かもしれない
が、一方ですき間をつぶす。そのすき間がなくなった分だけ、息苦しい社会になる。息苦
しいだけならまだしも、社会から生きる活力そのものを奪う。尾崎豊の「卒業」は、そう
いう超管理社会に対する、若者の抗議の歌と考えてよい。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●補足
この中で私は、2人のタレントを批判した。
あの人とあの人である。
「・・・年俸が二億円もあるようなニュースキャスターが、『不況で生活がたいへんです』と
顔をしかめて見せる。いつもは豪華な衣装を身につけているテレビタレントが、別のとこ
ろで、涙ながらに難民への寄金を訴える」と。
当時、こう書けば、みな、(あの人)が、だれであるかわかった。
で、この原稿を書いてから、10年。
彼らがいかに偽善者であったかは、この10年だけをみてもわかる。
たとえば難民救済活動をしていた、あの人。
その周辺部分、つまり連続性が、まるで浮かび上がってこない(?)。
その後、別の(あの人)に、活動をバトンタッチしてからは、いっさい、音沙汰なし!
それほどまでに高徳なボランティア活動をしながら、したのは、(そのときだけ)。
最近でも、また別の(あの人)が同じようなことをしている。
そこに至る過程の中で、たとえばホームレスの人たちのために、炊き出しをしたとか、
貧しい子どもたちを家で預かったとか、そういう経緯があればよい。
それをいきなり、アフリカの難民救済運動?
一度、ラオスで、そういった活動をしている人に会ったことがある。
当時、50歳くらいの女性だった。
もの静かな女性で、腕を白い包帯で巻いていた。
活動しているときに、けがをし、そのとき日本へ一時帰国していた。
もちろん無名の女性である。
そしてその女性がそういう活動をするようになった背景には、10年単位の歴史がある。
が、これらの(あの人)には、周辺部分もなければ、連続性もない。
積み重ねもない。
一事が万事というか、万事が一事。
つまり偽善。
もっと言えば、難民の人に対する冒涜!
集められた基金なるものは、どこにどう消えたことやら?
(私も出したぞ!)
少なくとも、私たちは一度は疑ってみるべきではないのか。
つまりこれが私が言う(怒り)である。
この(怒り)を忘れたら、それこそ、この世界は、闇!
・・・と思いつつ、こうして文章を叩いている。
Hiroshi Hayashi++++++++Sep. 2010+++++++++はやし浩司
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はやし浩司のホームページ http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
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2010年9月26日日曜日
*Next is Okinawa
【緊急提言】『尖閣諸島事件に関して』
+++++++++++++++++
日本よ、日本人よ、
覚悟しよう!
+++++++++++++++++
●尖閣諸島事件
++++++++++++++++++++
第一の誤算は、日本の巡視船に中国の漁船を
衝突させたこと。
第二の誤算は、中国人船長らを逮捕したこと。
第三の誤算は、中国側が強硬な姿勢を示した
とたん、船長を「処分保留のまま釈放」(Jcast
ニュース)したこと。
2010年9月24日。
++++++++++++++++++++
●偽装漁船
2010年に入ってから、中国の偽装漁船が、東南アジアのあちこちで
トラブルを起こしている。
手口は今回の事件と同じ。
まず偽装漁船を相手の国の巡視船などに衝突させる。
相手の国が法的措置を取ったのを見届けて、今度は一転、攻撃的態度で、相手の
国を脅す。
軍事攻撃をちらつかせ、強圧的に相手の国を抑え込む。
もっとわかりやすい例に、『天安門事件』※がある。
天安門前に集まった群衆の中に、一台だけ装甲車を送り込む。
が、これはワナ。
オトリ。
それを群衆に攻撃させる。
それを口実に、一気に群衆を制圧する。
「漁船」といっても、中国政府の意に沿った、偽装漁船である。
中国政府は、今回、同じ手法をこの日本に対して用いた。
※天安門事件(六四天安門事件)
「六四天安門事件(ろくしてんあんもんじけん)とは、1989年(平成元年)6月4日に、
同年4月の胡耀邦の死をきっかけとして、中国・北京市にある天安門広場に民主化を求め
て集結していた学生を中心とした一般市民のデモ隊に対し、中国人民解放軍が武力弾圧し、
多数の死傷者を出した出来事である」(以上、ウィキペディア百科事典より。)
●正義と主権
「日本は、お金(マネー)のためなら、平気で主義主張をねじ曲げる」。
それが世界の人たちの常識的な日本観と考えてよい。
とくに東南アジア(中国、韓国も含めて)の人たちの共通した日本観と考えてよい。
今回の尖閣諸島事件は、そうした認識を、さらに確固たるものにした。
が、それだけではない。
今回の事件は、日本の領土主権に関する問題でもある。
中国は、尖閣諸島を突破口に、最終的には沖縄まで、領土主権を拡充する覚悟で
いる。
けっして憶測でも何でもない。
つい先月(2010年8月)に私が書いた原稿をもう一度、読んでみてほしい。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●とうとうでてきた、「沖縄領有権問題」
++++++++++++++++
私は10年ほど前から、こう書いてきた。
「中国はそのうち沖縄は中国の領土と
言い出すようになるだろう」と。
カイロ宣言(1943)のとき、中国の毛沢東は、
それを主張した。
で、今月、中国のGDPが日本のそれを
追い越した。
とたん、出てきた、「沖縄領有権問題」。
いわく
『(8月)18日付毎日新聞は、最近数年の間に沖縄が中国領だとして、返還を求める声が
中国で高まっていると報じた。
報道によると、中国の一部学者は、沖縄がかつて琉球王国時代に中国との交易で栄え、
中国に従属する地位にあったと主張している。昨年12月に北京で中国人歴史研究者らに
よるシンポジウムが開かれ、「明治政府による琉球併合(1879年)も、戦後の沖縄返還
(1972年)も国際法上の根拠はない」との主張が繰り返されたという。
同紙は中国でこうした主張が出る背景について、「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)
の移設問題で日米同盟が揺らぎ、沖縄と日本政府の関係もぎくしゃくする中、中国では『沖
縄を返せ』の声が強まっている」と分析した』(朝鮮N報より)と。
中国が国力をますにつれて、この問題は加速度的に大きくなる。
そのとき日本および、沖縄の命運は決まる。(2010年8月記)
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
今回の尖閣諸島事件は、その(流れ)の中にある。
つまり日本は、まんまとそのワナにはまってしまった!
●さらに強硬に!
「船長を返したから、それで終わり」と、管首相は考えていたらしい。
が、先の(流れ)がわかれば、管首相がいかに外交音痴(BLIND)かがわかる。
民主党内部ですら、こう言っている。
「菅も仙谷も、外交なんて全くの門外漢だ。恫喝(どうかつ)され、慌てふためいて釈放しただけ。中国は、日本は脅せば譲る、とまた自信を持って無理難題を言う。他のアジアの国々もがっかりする」(Yahoo News Japan)と。
●事件の流れ
読売新聞は、今回の尖閣諸島事件の(流れ)を詳しく報じている。
それを箇条書きにさせてもらう。
***********以下、読売新聞より************
(1)首相とその周辺が中国人船長の扱いをめぐる「落としどころ」を本気で探り始めたのは、船長の拘置期限が延長された19日以降のこと。
(2)この日を境に中国政府は、日本人4人を拘束し、レアアース(希土類)の対日輸出禁止の動きに出るなど、本格的な「報復カード」を相次いで切った。
(3)実際に「船長釈放」に動いたのは、仙谷官房長官と前原外相だったとされる。
(4)前原外相は9月23日朝、ニューヨーク。日中関係の行方を懸念するクリントン米国務長官と向かい合った、こう自信ありげに伝えた。「まもなく解決しますから」と。
(5)那覇地検が船長を釈放すると発表したのは、その半日余り後の日本時間24日午後2時半だった。東京・霞が関の海上保安庁に、寝耳に水の一報が入ったのは、そのわずか10分ほど前。
(6)「戦争になるよりはいい。このまま行けば、駐日大使の引き揚げ、国交断絶もありえた」。首相に近い政府筋は24日夜、船長釈放に政治判断が動いたことを、周囲に苦しげに認めた。
(7)仙谷官房長官は24日夕の記者会見で、ひたすら「地検の判断」を繰り返し、政治の介入を否定した。
(8)柳田法相もこの後すぐ、法務省で記者団を前に「法相として検察庁法14条に基づく指揮権を行使した事実はない」とのコメントを読み上げた。質問は一切受けつけなかった。
(9)首相がそれでも「政治決断」を選択したのは、中国の反発の強さが当初の予想を超えていたためだ。
(10)19日の拘置延長決定後、中国は、20日に日本人4人を拘束、21日にはレアアース(希土類)の対日禁輸に踏み切るなど、たたみかけるように「対抗措置」を取った。(11)日本側はこれらを公表しなかった。
(12)ニューヨークにいた温家宝首相は21日夜(日本時間22日朝)、在米中国人約400人が出席する会合で、船長釈放を要求する異例の動きに出た。
(13)「あそこまで強硬にやるとは……。海上保安庁の船長逮捕の方針にゴーサインを出した時、甘く見ていたかもしれない」。政府関係者は、そもそも「初動」に判断ミスがあった、と苦々しげに振り返る。
***********以上、読売新聞より************
●初動ミス?
先にも書いたように、今回の事件を暗示させるような動きは、すでに先月(8月)から始まっていた。
情報の出所は日本ではなく、「朝鮮N報」である。
この私ですら、そうした(動き)をつかんでいた。
にもかかわらず、「初動の判断ミス?」(前述(13))?
漁船が近づいてきても相手にせず、漁船をうまくかわすべきだった。
逮捕したらどういうことになるか?
つまりどんなやっかいなことになるか、ふつうの判断能力のある政治家ならわかるはず。
いわんや、「船長を返せば、それでおしまい」?
中国がそんな甘い国でないことくらいは、よくわかっているはず。
尖閣諸島事件は、この先もっと大きな問題、つまり沖縄領有権に関する、その小さな
突破口にすぎない。
「そんなバカな!」と思う人も多いかと思う。
しかし毛沢東はすでにカイロ宣言の過程で、それを公然と口にしている。
それに関して書いた私の原稿を読んでほしい。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
++++++++++++++++
2009年に書いた原稿を
そのまま再掲載します。
++++++++++++++++
●琉球独立党
「沖縄が生き残る道は、日本(ヤマトンチュー)からの独立しかない」と。
そうして生まれたのが、琉球独立党。
党首は、YC氏(55歳)。
06年の沖縄県県知事選挙にも出馬している。
そのとき獲得した票数が、6220票。
その数を多いとみると、少ないとみるか……。
沖縄独立党は、それを「大勝利」と喜んでいる。
「我々を支持してくれる人が、6220人もいる」、あるいは「6220人にふえた」と。
「独立党」という名称からもわかるとおり、沖縄独立党は、「日米の支配状態を脱せ」を、
旗印にかかげている。
ほかにも「琉球共和国」とか、「石油採掘権獲得」などという言葉も並ぶ。
興味深いのは、「独立したあかつきには……」「国際入札で、アメリカ軍はもちろん、
日本の自衛隊、あるいは中国やロシアの軍隊を、(有料で)、駐留させる」(「日本のタブー」・
ミリオン出版)という部分。
しかしそうはうまく、いくものか?
どこか現実離れしている?
あるいは排他的民族主義?
中国は、台湾の独立を認めていない。
いずれは、台湾を自国の領土に編入しようとしている。
と、同時に、すでに、沖縄は、中国の領土であると主張し始めている。
その前に、もう一度、日米関係について考えてみたい。
つぎの原稿は、2006年の1月に書いたものである。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●対米追従外交?
++++++++++++++++
たしかに日本の外交は、戦後一貫して、
「対米追従外交」(経済評論家・T氏談)
である。
事実は、事実。それは、もうだれの目にも、
疑いようがない。
しかし一方で、国際外交は、どこまでも
現実的でなければならない。
現実を見失ったとき、国際外交は崩壊する。
同時に、その国は、進むべき道を、
見誤る。
++++++++++++++++
対米追従外交を、批判する人は多い。経済評論家のTJ氏も、そのひとりである。三井
物産時代のかつての同僚ということで、肩をもちたい気持ちもないわけではないが、なら
ば聞く。今の日本にとって、どうして対米追従外交であってはいけないのか。
「追従」「追従」というが、追従しなければならない「現実」がそこにある。
あの中国は、ものの10分足らずで、(あるいは数分で)、日本中を廃墟と化すことがで
きる。それだけの核兵器を、すでに保有し、実践配備をすませている。
忘れていけないのは、戦争というのは、兵器だけでするものではないということ。日本
にとって脅威なのは、兵器もさることながら、その兵器を底流で支える、士気である。反
日感情である。中国人がもっている、その反日感情には、ものすごいものがある。
いったんどこかでそれに火がつけば、悲しいかな、今の日本に、それをくい止めるだけ
の武器もなければ、実力もない。もっとわかりやすく言えば、日本の平和がかろうじて守
られているのは、(中国側から見れば)、その背後に、アメリカという巨大な軍事国家がひ
かえているからにほかならない。
また在日米軍を支えるための、多額の負担金を問題にする人もいる。たしかに日本は、
2006年度だけでも、「思いやり予算」(=在日米軍駐留経費)と称して、2326億円
もの負担金を支払っている。先に問題になった、沖縄からの基地移転費用についても、こ
れとは別に、「3500億円までなら支払ってもよい」と、日本側は、回答している。
この額を多いとみるか、少ないとみるか?
仮に日本有事ということにでもなれば、日米安保条約が発動されて、日本は、アメリカ
軍の庇護下に入る。が、そのときアメリカ側が負担する金額は、ぼう大なものになるはず。
あの韓国でさえ、こんな試算を出している。
「朝鮮半島有事の際には、韓国は、アメリカから1300兆ウォン(約158兆円)分の
軍事装備を、無償で借りることができる」(朝鮮日報・K論説委員)と。(158兆円だぞ!)
現に今、となりのK国は、日本攻撃を目的として、核兵器を開発している。が、そのK
国に対して、この日本には、満足な交渉能力すら、もっていない。拉致問題ひとつ解決で
きない。そういう日本が、どうして核開発問題を解決できるというのか。
韓国にしても、いまや日本の同盟国と考えている人は、ほとんど、いない。いつなんど
き、中国と手を組んで、日本に襲いかかってくるか、わかったものではない。K国とさえ、
手を組むかもしれない。少なくとも、現在のN大統領政権というのは、そういう政権であ
る。
日本は、そういう立場である。つまりそういう立場であることを棚にあげて、「自主権」
なるものをいくら唱えても、意味はない。わかりやすく言えば、日本は、アメリカに追従
するしか、今のところ、生き残る道はない。「追従」という言葉に語弊(ごへい)があるな
ら、「密接な協調」でもよい。
戦後、日本という国が、かろうじて平和を保つことができたのは、日本人が、平和を愛
したからではない。(こういうばあい、「愛する」という言葉は、腸から出るガスくらいの
意味しかないが……。)
日本が平和を保つことができたのは、背後にアメリカ軍がいたからにほかならない。が、
もしアメリカ軍がいなければ、そのつど日本は、毛沢東・中国、スターリン・ソ連、金日
成・K国、さらに李承晩・韓国に攻撃されていただろう。これまた悲しいかな、日本はそ
ういうことをされても文句が言えないようなことを、先の戦争でしてしまった。
日本は、アメリカに追従せざるをえなかったし、基本的には、今も、その状態はつづい
ている。それが「現実」である。
もちろん私も、このままではよいとは思っていない。いつか日本も、アメリカから独立
し、日本は日本として、独自の道を歩まねばならない。しかしその前提として、この極東
アジア、東北アジアに、相互の信頼関係が築かれなければならない。それがないまま、「日
本は日本だ」「日本が国内で何をしようが、日本の勝手」と言い切ってしまうのは、今の日
本にとっては、きわめて危険なことである。
その一例が、日本のK首相によるY神社参拝問題ということになる。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●沖縄の独立(?)
琉球独立党のYC氏(党首)には悪いが、もし沖縄が独立すれば、沖縄はそのまま中国
の支配下に入る。
中国が、黙っていない。
また中国は、現状においては、そんな甘い国ではない。
ないことは、チベット問題ひとつみても、わかるはず。
尖閣諸島周辺には、天然ガスや石油など海洋資源が眠っている。
であるならなおさら、中国は、沖縄の独立を認めるわけがない。
2005年に書いた原稿を、そのまま紹介する。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●台湾問題は、日本の問題
++++++++++++++++++++++
どうして、中国は、日本が主張する経済水域の中で、
ガス油田の開発および採掘を始めたのか。
どうして日本の抗議に対して、中国は耳を貸そうと
しないのか。
実は、この問題に裏には、台湾、さらには沖縄(琉球)
の領有権問題がからんでいる。
雑誌「諸君」(11月号)の中の記事を参考に、この
問題を考えてみたい。
+++++++++++++++++++++++
中国と台湾。その中国は、台湾は、中国の領土と主張し、もし台湾が独立宣言をするよ
うなことがあれば、中国は武力介入も辞さないと、ことあるごとに宣言している。
つまり台湾の独立は、許さない、というわけである。
しかし、この問題は、そのまま日本の問題と考えてよい。中国に視点を置いてみれば、
それがわかる。中国の東には、台湾がある。しかしその台湾の向こうには、沖縄(琉球)
がある。もし台湾が独立してしまえば、沖縄(琉球)は、ますます、中国から遠ざかって
しまう。
仮に台湾が、中国の領土の一部になれば、つぎに中国が領有権を主張してくるのは、実
は、沖縄(琉球)なのである。これは私の被害妄想でも、憶測でも、何でもない。
連合国は、ポツダム宣言(1945)によって、日本の敗戦を明確に位置づけた。しか
しそのポツダム宣言の前に、ヤルタ協定(同、1945)、さらにその前に、エジプトのカ
イロでなされたカイロ宣言(1943)がある。
そのカイロ宣言の中には、「日本は、中国から奪取したすべての領土を、中国に返還すべ
き」という一文があるが、中国は、その中には、台湾はもちろんのこと、沖縄(琉球)も
含まれると主張した。毛沢東が、その人である。毛沢東は、その著書、『中国革命と中国共
産党』の中で、「沖縄(琉球)は、日本が中国から奪った領土である」と書いている(中西
輝政氏、指摘・「諸君」11月号)。
……こう書くと、「沖縄が、中国の領土だって?」と思う人がいるかもしれない。しかし
ここは、明確に述べておかねばならない。
琉球王朝、つまり沖縄は、江戸時代においては、薩摩の「附庸国」であると同時に、明と
清との朝貢関係をもっていた。つまり沖縄(琉球)は、幕藩体制の中では、一応、日本の
「領分」としながらも、日本では異国として扱われていたのである。
が、1871年、宮古・八重山島民が台湾に漂着し、54人が、台湾島民に殺害される
という事件が起きた。これに対して時の明治政府は、「日本国民を殺害した」として清国に
抗議、台湾へ出兵。そしてそのあと、日本は、北京条約で、清に沖縄(琉球)の日本への
帰属を認めさせる(参考、中島成久氏ゼミ資料)。
こういう流れからみると、つまりどこか力ずくで、沖縄(琉球)を日本の領土としてき
たという流れからみると、「沖縄(琉球)は、中国の領土である」と、中国が主張しても、
どこもおかしくない。少なくとも、「沖縄は、日本の領土である」という主張には、歴史的
根拠があまりない。つまりここが、日本最大のアキレス腱ということになる。
しかしその中国が、沖縄をあきらめたわけではない。かろうじて、本当にかろうじて、
今、中国がそれを主張しないのは、台湾問題があるからにほかならない。台湾が、中国の
コブなら、沖縄(琉球)は、そのコブの上のコブにすぎない。「沖縄(琉球)が、中国の領
土である」ということを主張するためには、まず台湾を、自分の領土に組みこまねばなら
ない。
わかりやすく言えば、台湾が、大きな壁となって、中国と日本の間に、またがっている。
中国にしてみれば、まず、台湾問題なのである。
つまりもうおわかりかと思うが、台湾問題が片づけば、つぎにやってくるのが、沖縄(琉
球)問題である。「台湾問題は、日本に関係ない」などと思っていたら、たいへんなまちが
いである。現に今、「沖縄は中国の領土である」と主張する知識人が、中国国内で、ふえ始
めている。
一方、ここ1、2年、米中関係は、急速に悪化の一途をたどっている。新たな冷戦時代
の始まりと説明する人も多い。最近になってアメリカのライス国務次官も、中国を、「明ら
かな脅威」と位置づけ始めている(05年8月)。台湾や日本にとって、脅威という意味で
はない。アメリカ本土にとって、脅威という意味である。
事実、それに呼応するかのように、中国の軍の近代化と拡充には、ものすごいものがあ
る。軍事費にしても、公表されている数字の3倍近くはあると言われている。あるいは、
それ以上かもしれない。
そこで、その中国がなぜ、こうまで、軍事力の拡充に熱を入れるかといえば、すでに中
国は、台湾や日本を飛び越して、アメリカとの戦争を、念頭に置いているからに、ほかな
らない。その中国は、これまたことあるごとに、「もし中台戦争にアメリカが介入してくる
ようなことがあれば、アメリカとの対決も辞さない」と主張している。
中西輝政氏は、つぎのような事実も指摘している。
「この(05年)7月、中国国防大学のエリート、朱成虎少将が多くの欧米記者を前に、
『アメリカが中台の武力紛争に介入したときには、中国は、アメリカ本土に、戦略核ミサ
イルによる先制攻撃を加える』という警告を発した」(同、「諸君」11月号)と。
そうなれば、沖縄はもちろん、日本の本土すらも、中国の核攻撃の対象となる。
……とまあ、こうした物騒な話はさておき、中国は、日本の主張する経済水域を、そも
そも認めていない。だから平気で、その中で、ガス油田の開発、採掘をすることができる。
だからいくら日本が抗議の、のろしをあげても、どこ吹く風。中国は、これから先も、ま
すます堂々と、日本の経済水域内に入ってきて、ガス油田の開発、採掘をするだろう。
ワイフ「そう言えば、沖縄って、日本とは、ちがうという感じがしていたわ」
私「あまり、そういうことは言わないほうがいい。もしそんなことを、日本人のお前が言
っていることを知ったら、中国人は、『そら、みろ!』と喜んで、飛びついてくるかもよ」
ワ「でも、事実は事実だから……」
私「日本としては、何としても、米中関係の悪化を、阻止しなければならない。これ以上、
悪化すれば、日本の平和どころの問題では、なくなってしまう」
ワ「K国の核開発問題も、どこかへ吹っ飛んでしまうわね」
私「そういうこと」と。
こうした中国の野望を封じこめるための方法は、2つある。一つは、中国の民主化運動
を、側面から支援して、中国を民主化すること。ブッシュ大統領も、「世界を民主化するこ
とが、世界に平和をもたらす方法」というようなことを言っている。
もう一つは、日本、東南アジアからインドにかけて、中国包囲網を構築すること。とく
に重要なカギを握るのが、すでに核保有国となったインドである。すでに、アメリカも日
本も、その方向で進んでいる。中国が、軍拡をつづけているかぎり、日本は、中国とはど
こかで一線を画す。でないと、それこそ敵に、塩を送るようなことになりかねない。
……とまあ、いっぱしの外交評論家のようなことを書いてしまったが、しかしこれらの
問題はそのまま、私たち自身の問題である。日本の平和と安全に、直接かかわってくる問
題である。これからも、これらの問題を追求していきたい。
(参考、「国家の覚悟が問われる秋」by中西輝政、「諸君」11月号)
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hay
ashi 林浩司 BW はやし浩司 琉球 沖縄 沖縄の領有権 沖縄独立党 ポツダ
ム宣言 ヤルタ会談 ヤルタ協定 沖縄問題)
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●国際政治は、現実的に!
沖縄がかかえている問題は、よくわかる。
「(沖縄の)住民は、基地問題、低学歴、就職難で苦しめられている」(「日本のタブー」)。
そのとおりだと、私も思う。
YC氏は、同書のインタビューに答えて、こう述べている。
「沖縄独立なんていえば、妄想だの、荒唐無稽だのって、鼻で笑われたが、六千数百人の
有権者が、私の訴えに賛成したのも事実。
海や空の色とは裏腹に、基地の重圧、戦争の傷痕、財政難が住民の心を重くしている。
けれどこれはみんなヤマトンチューから押し付けられたもの。
だから私はこれをヤマトにお返しして、シマンチューのための琉球共和国を作ろうと言っ
ているのです」と。
が、その問題と、「独立」とは、まったく別の問題である。
ヤマトンチュー(日本)が気に入らないから、シマンチュー(沖縄)は独立すべきという
考え方は、沖縄の人たちにとっても、現実的ではない。
第一に、私たち本土の(?)人間にしても、「鼻で笑っている」わけではない。
また「押しつけている」わけでもない。
沖縄県の人たちに、「申し訳ない」と思っている人のほうが、多い。
それを一足飛びに飛び越えて、「独立」と言われると、私たちとて、どうしてよいのかわか
らなくなってしまう。
むしろ私が心配するのは、「独立」の向うに見え隠れする、YC氏自身の排他的民族主義。
民族主義というのは、より狭小になればなるほど、また先鋭化すればするほど、戦争の火
種となってしまう。
それが排他的であればなおさら、そうである。
あのアインシュタインも、TK先生への手紙の中で、こう述べている。
「exaggerated nationalism(誇張されたナショナリズム=国粋主義)こそが、すべての戦
争の原因である」と。
ともあれ、沖縄というより、沖縄県の問題は、日本全体の問題である。
そのことを気づかせてくれた、沖縄独立党の存在感は、大きい。
私たちは私たちで、「沖縄に独立されては困る」という発想からではなく、沖縄の人たちが
かかえる問題を、私たちの問題として考える必要がある。
たしかに私たちは、今まで、沖縄の人たちがかかええる問題について、あまりにも無関心
でありすぎた。
一方、沖縄の人たちは沖縄の人たちで、もう少し現実的なものの考え方をしてほしい。
いろいろな問題があることは、みな知っている。
だからこそ、それらの問題をひとつずつ解決していく。
私はそのほうが現実的だと思うし、建設的だと思う。
そういう意味で、いきなり「離婚」を訴える沖縄独立党の考え方には、どうしてもついて
いけない。
……イマイチ歯切れの悪い結論で、ごめん!
Hiroshi Hayashi++++++++Dec. 09+++++++++はやし浩司
●日本よ、覚悟しよう!
この先、この問題は大きくなることはあっても、小さくなることはない。
今度は「謝罪と補償を要求する」と、さらにボルテージをあげている。
●結論
日本はあえて火中の栗を拾ってしまった。
これも平和ボケ。
繁栄ボケ。
いまだに「いざとなったら、アメリカが……」と考えている人は多い。
しかしそのアメリカはすでにこの日本を切り捨てている。
たとえばアメリカが極東アジアの国々を名指しで呼ぶとき、現在、アメリカは、
「Korea, Japan & China(韓日中)」、もしくは「Korea and Japan(韓日)」と呼んでいる。
少し前まで、「日本」が先頭だった。
が、今は、「韓国」。
これを韓国の外向的勝利と言わずして、何と言う?
さらに今回、「小沢総理だったら、中国と渡り合えたはず」と主張する政治家が多い
には驚いた。
どうしてこうまで外交音痴なのか?
小沢幹事長のもと、鳩山政権が誕生したとき、小沢幹事長は300人あまりの国会
議員団を従え、北京詣でをした。
ワシントン詣でではなく、北京詣で、である。
いくら「左翼政権」でも、これはやりすぎ。
アメリカが怒って、当然。
中国が日本をなめて、当然。
その結果が今である。
トヨタバッシングは、そのひとつの現われにすぎない。
アメリカ追従外交反対論も結構だが、時期が早い。
沖縄米軍基地反対闘争にしても、そうだ。
今、ここで日本がアメリカという後ろ盾を失ったら、この日本はどうなる?
日本独自で……ということになるが、それこそ日本の思いあがり。
悲しいかな、日本には、お金(マネー)で相手の国をひっぱたくことはできても、
外交能力は、ゼロ。
こんなエピソードがある。
●インターナショナル・ハウス
1970年当時、私はメルボルン大学の、IHカレッジにいた。
世界中から、各国の王子や皇太子たちが集まっていた。
そのこともあって、毎週金曜日とか土曜日の夜は、各国の大使や大臣、政治家を
招いて晩餐会が開かれた。
日本からも合計で、3~5人の大臣や政治家がやってきた。
しかしほかの国の大臣や政治家とちがって、晩餐会のあと、(晩餐会のあとゲストが
1時間あまりのスピーチをするのが習わしになっていたが)、スピーチをして
帰った日本の大臣や政治家はゼロ。
ただ食事だけして、それで「はい、さようなら」。
当時から今に至るまで、こうした日本の姿勢は、変わっていない。
大会議を前にしても、ひとりポツンと座っているだけ。
意見を述べるにしても、原稿を読むだけ。
口角泡を飛ばして……などという姿を、私は見たことがない。
あなたも見たことがないはず。
日本の外交能力は、つまりはその程度。
日本国内でいくら威勢のよいことを言っても、一歩外に出たら、借りてきた猫の子の
ようにおとなしい。
●では、どうするか?
尖閣諸島ではもう、これ以上、妥協してはいけない。
その先に「沖縄」があることを念頭に置き、妥協してはいけない。
また中国は、「国として(レアメタルの)輸出規制をした覚えはない」と言い出している。
すでに責任逃れの煙幕を張り始めている。
だったら日本は、粛々と、正義にのっとり、事務手続きだけを進めていけばよい。
時事通信は、こう報道している。
『菅直人首相は26日、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件で中国側が日本に謝罪と賠償を求めていることについて、「尖閣諸島はわが国固有の領土だ。謝罪、賠償は考えられない。全く応じられない」と述べ、拒否する意向を示した。視察先の東京都青梅市内で記者団の質問に答えた』(以上、「時事通信」と。
けだし、当然のことである。
2010/09/26記
Hiroshi Hayashi+++++++Sep. 2010++++++はやし浩司
+++++++++++++++++
日本よ、日本人よ、
覚悟しよう!
+++++++++++++++++
●尖閣諸島事件
++++++++++++++++++++
第一の誤算は、日本の巡視船に中国の漁船を
衝突させたこと。
第二の誤算は、中国人船長らを逮捕したこと。
第三の誤算は、中国側が強硬な姿勢を示した
とたん、船長を「処分保留のまま釈放」(Jcast
ニュース)したこと。
2010年9月24日。
++++++++++++++++++++
●偽装漁船
2010年に入ってから、中国の偽装漁船が、東南アジアのあちこちで
トラブルを起こしている。
手口は今回の事件と同じ。
まず偽装漁船を相手の国の巡視船などに衝突させる。
相手の国が法的措置を取ったのを見届けて、今度は一転、攻撃的態度で、相手の
国を脅す。
軍事攻撃をちらつかせ、強圧的に相手の国を抑え込む。
もっとわかりやすい例に、『天安門事件』※がある。
天安門前に集まった群衆の中に、一台だけ装甲車を送り込む。
が、これはワナ。
オトリ。
それを群衆に攻撃させる。
それを口実に、一気に群衆を制圧する。
「漁船」といっても、中国政府の意に沿った、偽装漁船である。
中国政府は、今回、同じ手法をこの日本に対して用いた。
※天安門事件(六四天安門事件)
「六四天安門事件(ろくしてんあんもんじけん)とは、1989年(平成元年)6月4日に、
同年4月の胡耀邦の死をきっかけとして、中国・北京市にある天安門広場に民主化を求め
て集結していた学生を中心とした一般市民のデモ隊に対し、中国人民解放軍が武力弾圧し、
多数の死傷者を出した出来事である」(以上、ウィキペディア百科事典より。)
●正義と主権
「日本は、お金(マネー)のためなら、平気で主義主張をねじ曲げる」。
それが世界の人たちの常識的な日本観と考えてよい。
とくに東南アジア(中国、韓国も含めて)の人たちの共通した日本観と考えてよい。
今回の尖閣諸島事件は、そうした認識を、さらに確固たるものにした。
が、それだけではない。
今回の事件は、日本の領土主権に関する問題でもある。
中国は、尖閣諸島を突破口に、最終的には沖縄まで、領土主権を拡充する覚悟で
いる。
けっして憶測でも何でもない。
つい先月(2010年8月)に私が書いた原稿をもう一度、読んでみてほしい。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●とうとうでてきた、「沖縄領有権問題」
++++++++++++++++
私は10年ほど前から、こう書いてきた。
「中国はそのうち沖縄は中国の領土と
言い出すようになるだろう」と。
カイロ宣言(1943)のとき、中国の毛沢東は、
それを主張した。
で、今月、中国のGDPが日本のそれを
追い越した。
とたん、出てきた、「沖縄領有権問題」。
いわく
『(8月)18日付毎日新聞は、最近数年の間に沖縄が中国領だとして、返還を求める声が
中国で高まっていると報じた。
報道によると、中国の一部学者は、沖縄がかつて琉球王国時代に中国との交易で栄え、
中国に従属する地位にあったと主張している。昨年12月に北京で中国人歴史研究者らに
よるシンポジウムが開かれ、「明治政府による琉球併合(1879年)も、戦後の沖縄返還
(1972年)も国際法上の根拠はない」との主張が繰り返されたという。
同紙は中国でこうした主張が出る背景について、「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)
の移設問題で日米同盟が揺らぎ、沖縄と日本政府の関係もぎくしゃくする中、中国では『沖
縄を返せ』の声が強まっている」と分析した』(朝鮮N報より)と。
中国が国力をますにつれて、この問題は加速度的に大きくなる。
そのとき日本および、沖縄の命運は決まる。(2010年8月記)
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
今回の尖閣諸島事件は、その(流れ)の中にある。
つまり日本は、まんまとそのワナにはまってしまった!
●さらに強硬に!
「船長を返したから、それで終わり」と、管首相は考えていたらしい。
が、先の(流れ)がわかれば、管首相がいかに外交音痴(BLIND)かがわかる。
民主党内部ですら、こう言っている。
「菅も仙谷も、外交なんて全くの門外漢だ。恫喝(どうかつ)され、慌てふためいて釈放しただけ。中国は、日本は脅せば譲る、とまた自信を持って無理難題を言う。他のアジアの国々もがっかりする」(Yahoo News Japan)と。
●事件の流れ
読売新聞は、今回の尖閣諸島事件の(流れ)を詳しく報じている。
それを箇条書きにさせてもらう。
***********以下、読売新聞より************
(1)首相とその周辺が中国人船長の扱いをめぐる「落としどころ」を本気で探り始めたのは、船長の拘置期限が延長された19日以降のこと。
(2)この日を境に中国政府は、日本人4人を拘束し、レアアース(希土類)の対日輸出禁止の動きに出るなど、本格的な「報復カード」を相次いで切った。
(3)実際に「船長釈放」に動いたのは、仙谷官房長官と前原外相だったとされる。
(4)前原外相は9月23日朝、ニューヨーク。日中関係の行方を懸念するクリントン米国務長官と向かい合った、こう自信ありげに伝えた。「まもなく解決しますから」と。
(5)那覇地検が船長を釈放すると発表したのは、その半日余り後の日本時間24日午後2時半だった。東京・霞が関の海上保安庁に、寝耳に水の一報が入ったのは、そのわずか10分ほど前。
(6)「戦争になるよりはいい。このまま行けば、駐日大使の引き揚げ、国交断絶もありえた」。首相に近い政府筋は24日夜、船長釈放に政治判断が動いたことを、周囲に苦しげに認めた。
(7)仙谷官房長官は24日夕の記者会見で、ひたすら「地検の判断」を繰り返し、政治の介入を否定した。
(8)柳田法相もこの後すぐ、法務省で記者団を前に「法相として検察庁法14条に基づく指揮権を行使した事実はない」とのコメントを読み上げた。質問は一切受けつけなかった。
(9)首相がそれでも「政治決断」を選択したのは、中国の反発の強さが当初の予想を超えていたためだ。
(10)19日の拘置延長決定後、中国は、20日に日本人4人を拘束、21日にはレアアース(希土類)の対日禁輸に踏み切るなど、たたみかけるように「対抗措置」を取った。(11)日本側はこれらを公表しなかった。
(12)ニューヨークにいた温家宝首相は21日夜(日本時間22日朝)、在米中国人約400人が出席する会合で、船長釈放を要求する異例の動きに出た。
(13)「あそこまで強硬にやるとは……。海上保安庁の船長逮捕の方針にゴーサインを出した時、甘く見ていたかもしれない」。政府関係者は、そもそも「初動」に判断ミスがあった、と苦々しげに振り返る。
***********以上、読売新聞より************
●初動ミス?
先にも書いたように、今回の事件を暗示させるような動きは、すでに先月(8月)から始まっていた。
情報の出所は日本ではなく、「朝鮮N報」である。
この私ですら、そうした(動き)をつかんでいた。
にもかかわらず、「初動の判断ミス?」(前述(13))?
漁船が近づいてきても相手にせず、漁船をうまくかわすべきだった。
逮捕したらどういうことになるか?
つまりどんなやっかいなことになるか、ふつうの判断能力のある政治家ならわかるはず。
いわんや、「船長を返せば、それでおしまい」?
中国がそんな甘い国でないことくらいは、よくわかっているはず。
尖閣諸島事件は、この先もっと大きな問題、つまり沖縄領有権に関する、その小さな
突破口にすぎない。
「そんなバカな!」と思う人も多いかと思う。
しかし毛沢東はすでにカイロ宣言の過程で、それを公然と口にしている。
それに関して書いた私の原稿を読んでほしい。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
++++++++++++++++
2009年に書いた原稿を
そのまま再掲載します。
++++++++++++++++
●琉球独立党
「沖縄が生き残る道は、日本(ヤマトンチュー)からの独立しかない」と。
そうして生まれたのが、琉球独立党。
党首は、YC氏(55歳)。
06年の沖縄県県知事選挙にも出馬している。
そのとき獲得した票数が、6220票。
その数を多いとみると、少ないとみるか……。
沖縄独立党は、それを「大勝利」と喜んでいる。
「我々を支持してくれる人が、6220人もいる」、あるいは「6220人にふえた」と。
「独立党」という名称からもわかるとおり、沖縄独立党は、「日米の支配状態を脱せ」を、
旗印にかかげている。
ほかにも「琉球共和国」とか、「石油採掘権獲得」などという言葉も並ぶ。
興味深いのは、「独立したあかつきには……」「国際入札で、アメリカ軍はもちろん、
日本の自衛隊、あるいは中国やロシアの軍隊を、(有料で)、駐留させる」(「日本のタブー」・
ミリオン出版)という部分。
しかしそうはうまく、いくものか?
どこか現実離れしている?
あるいは排他的民族主義?
中国は、台湾の独立を認めていない。
いずれは、台湾を自国の領土に編入しようとしている。
と、同時に、すでに、沖縄は、中国の領土であると主張し始めている。
その前に、もう一度、日米関係について考えてみたい。
つぎの原稿は、2006年の1月に書いたものである。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●対米追従外交?
++++++++++++++++
たしかに日本の外交は、戦後一貫して、
「対米追従外交」(経済評論家・T氏談)
である。
事実は、事実。それは、もうだれの目にも、
疑いようがない。
しかし一方で、国際外交は、どこまでも
現実的でなければならない。
現実を見失ったとき、国際外交は崩壊する。
同時に、その国は、進むべき道を、
見誤る。
++++++++++++++++
対米追従外交を、批判する人は多い。経済評論家のTJ氏も、そのひとりである。三井
物産時代のかつての同僚ということで、肩をもちたい気持ちもないわけではないが、なら
ば聞く。今の日本にとって、どうして対米追従外交であってはいけないのか。
「追従」「追従」というが、追従しなければならない「現実」がそこにある。
あの中国は、ものの10分足らずで、(あるいは数分で)、日本中を廃墟と化すことがで
きる。それだけの核兵器を、すでに保有し、実践配備をすませている。
忘れていけないのは、戦争というのは、兵器だけでするものではないということ。日本
にとって脅威なのは、兵器もさることながら、その兵器を底流で支える、士気である。反
日感情である。中国人がもっている、その反日感情には、ものすごいものがある。
いったんどこかでそれに火がつけば、悲しいかな、今の日本に、それをくい止めるだけ
の武器もなければ、実力もない。もっとわかりやすく言えば、日本の平和がかろうじて守
られているのは、(中国側から見れば)、その背後に、アメリカという巨大な軍事国家がひ
かえているからにほかならない。
また在日米軍を支えるための、多額の負担金を問題にする人もいる。たしかに日本は、
2006年度だけでも、「思いやり予算」(=在日米軍駐留経費)と称して、2326億円
もの負担金を支払っている。先に問題になった、沖縄からの基地移転費用についても、こ
れとは別に、「3500億円までなら支払ってもよい」と、日本側は、回答している。
この額を多いとみるか、少ないとみるか?
仮に日本有事ということにでもなれば、日米安保条約が発動されて、日本は、アメリカ
軍の庇護下に入る。が、そのときアメリカ側が負担する金額は、ぼう大なものになるはず。
あの韓国でさえ、こんな試算を出している。
「朝鮮半島有事の際には、韓国は、アメリカから1300兆ウォン(約158兆円)分の
軍事装備を、無償で借りることができる」(朝鮮日報・K論説委員)と。(158兆円だぞ!)
現に今、となりのK国は、日本攻撃を目的として、核兵器を開発している。が、そのK
国に対して、この日本には、満足な交渉能力すら、もっていない。拉致問題ひとつ解決で
きない。そういう日本が、どうして核開発問題を解決できるというのか。
韓国にしても、いまや日本の同盟国と考えている人は、ほとんど、いない。いつなんど
き、中国と手を組んで、日本に襲いかかってくるか、わかったものではない。K国とさえ、
手を組むかもしれない。少なくとも、現在のN大統領政権というのは、そういう政権であ
る。
日本は、そういう立場である。つまりそういう立場であることを棚にあげて、「自主権」
なるものをいくら唱えても、意味はない。わかりやすく言えば、日本は、アメリカに追従
するしか、今のところ、生き残る道はない。「追従」という言葉に語弊(ごへい)があるな
ら、「密接な協調」でもよい。
戦後、日本という国が、かろうじて平和を保つことができたのは、日本人が、平和を愛
したからではない。(こういうばあい、「愛する」という言葉は、腸から出るガスくらいの
意味しかないが……。)
日本が平和を保つことができたのは、背後にアメリカ軍がいたからにほかならない。が、
もしアメリカ軍がいなければ、そのつど日本は、毛沢東・中国、スターリン・ソ連、金日
成・K国、さらに李承晩・韓国に攻撃されていただろう。これまた悲しいかな、日本はそ
ういうことをされても文句が言えないようなことを、先の戦争でしてしまった。
日本は、アメリカに追従せざるをえなかったし、基本的には、今も、その状態はつづい
ている。それが「現実」である。
もちろん私も、このままではよいとは思っていない。いつか日本も、アメリカから独立
し、日本は日本として、独自の道を歩まねばならない。しかしその前提として、この極東
アジア、東北アジアに、相互の信頼関係が築かれなければならない。それがないまま、「日
本は日本だ」「日本が国内で何をしようが、日本の勝手」と言い切ってしまうのは、今の日
本にとっては、きわめて危険なことである。
その一例が、日本のK首相によるY神社参拝問題ということになる。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●沖縄の独立(?)
琉球独立党のYC氏(党首)には悪いが、もし沖縄が独立すれば、沖縄はそのまま中国
の支配下に入る。
中国が、黙っていない。
また中国は、現状においては、そんな甘い国ではない。
ないことは、チベット問題ひとつみても、わかるはず。
尖閣諸島周辺には、天然ガスや石油など海洋資源が眠っている。
であるならなおさら、中国は、沖縄の独立を認めるわけがない。
2005年に書いた原稿を、そのまま紹介する。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●台湾問題は、日本の問題
++++++++++++++++++++++
どうして、中国は、日本が主張する経済水域の中で、
ガス油田の開発および採掘を始めたのか。
どうして日本の抗議に対して、中国は耳を貸そうと
しないのか。
実は、この問題に裏には、台湾、さらには沖縄(琉球)
の領有権問題がからんでいる。
雑誌「諸君」(11月号)の中の記事を参考に、この
問題を考えてみたい。
+++++++++++++++++++++++
中国と台湾。その中国は、台湾は、中国の領土と主張し、もし台湾が独立宣言をするよ
うなことがあれば、中国は武力介入も辞さないと、ことあるごとに宣言している。
つまり台湾の独立は、許さない、というわけである。
しかし、この問題は、そのまま日本の問題と考えてよい。中国に視点を置いてみれば、
それがわかる。中国の東には、台湾がある。しかしその台湾の向こうには、沖縄(琉球)
がある。もし台湾が独立してしまえば、沖縄(琉球)は、ますます、中国から遠ざかって
しまう。
仮に台湾が、中国の領土の一部になれば、つぎに中国が領有権を主張してくるのは、実
は、沖縄(琉球)なのである。これは私の被害妄想でも、憶測でも、何でもない。
連合国は、ポツダム宣言(1945)によって、日本の敗戦を明確に位置づけた。しか
しそのポツダム宣言の前に、ヤルタ協定(同、1945)、さらにその前に、エジプトのカ
イロでなされたカイロ宣言(1943)がある。
そのカイロ宣言の中には、「日本は、中国から奪取したすべての領土を、中国に返還すべ
き」という一文があるが、中国は、その中には、台湾はもちろんのこと、沖縄(琉球)も
含まれると主張した。毛沢東が、その人である。毛沢東は、その著書、『中国革命と中国共
産党』の中で、「沖縄(琉球)は、日本が中国から奪った領土である」と書いている(中西
輝政氏、指摘・「諸君」11月号)。
……こう書くと、「沖縄が、中国の領土だって?」と思う人がいるかもしれない。しかし
ここは、明確に述べておかねばならない。
琉球王朝、つまり沖縄は、江戸時代においては、薩摩の「附庸国」であると同時に、明と
清との朝貢関係をもっていた。つまり沖縄(琉球)は、幕藩体制の中では、一応、日本の
「領分」としながらも、日本では異国として扱われていたのである。
が、1871年、宮古・八重山島民が台湾に漂着し、54人が、台湾島民に殺害される
という事件が起きた。これに対して時の明治政府は、「日本国民を殺害した」として清国に
抗議、台湾へ出兵。そしてそのあと、日本は、北京条約で、清に沖縄(琉球)の日本への
帰属を認めさせる(参考、中島成久氏ゼミ資料)。
こういう流れからみると、つまりどこか力ずくで、沖縄(琉球)を日本の領土としてき
たという流れからみると、「沖縄(琉球)は、中国の領土である」と、中国が主張しても、
どこもおかしくない。少なくとも、「沖縄は、日本の領土である」という主張には、歴史的
根拠があまりない。つまりここが、日本最大のアキレス腱ということになる。
しかしその中国が、沖縄をあきらめたわけではない。かろうじて、本当にかろうじて、
今、中国がそれを主張しないのは、台湾問題があるからにほかならない。台湾が、中国の
コブなら、沖縄(琉球)は、そのコブの上のコブにすぎない。「沖縄(琉球)が、中国の領
土である」ということを主張するためには、まず台湾を、自分の領土に組みこまねばなら
ない。
わかりやすく言えば、台湾が、大きな壁となって、中国と日本の間に、またがっている。
中国にしてみれば、まず、台湾問題なのである。
つまりもうおわかりかと思うが、台湾問題が片づけば、つぎにやってくるのが、沖縄(琉
球)問題である。「台湾問題は、日本に関係ない」などと思っていたら、たいへんなまちが
いである。現に今、「沖縄は中国の領土である」と主張する知識人が、中国国内で、ふえ始
めている。
一方、ここ1、2年、米中関係は、急速に悪化の一途をたどっている。新たな冷戦時代
の始まりと説明する人も多い。最近になってアメリカのライス国務次官も、中国を、「明ら
かな脅威」と位置づけ始めている(05年8月)。台湾や日本にとって、脅威という意味で
はない。アメリカ本土にとって、脅威という意味である。
事実、それに呼応するかのように、中国の軍の近代化と拡充には、ものすごいものがあ
る。軍事費にしても、公表されている数字の3倍近くはあると言われている。あるいは、
それ以上かもしれない。
そこで、その中国がなぜ、こうまで、軍事力の拡充に熱を入れるかといえば、すでに中
国は、台湾や日本を飛び越して、アメリカとの戦争を、念頭に置いているからに、ほかな
らない。その中国は、これまたことあるごとに、「もし中台戦争にアメリカが介入してくる
ようなことがあれば、アメリカとの対決も辞さない」と主張している。
中西輝政氏は、つぎのような事実も指摘している。
「この(05年)7月、中国国防大学のエリート、朱成虎少将が多くの欧米記者を前に、
『アメリカが中台の武力紛争に介入したときには、中国は、アメリカ本土に、戦略核ミサ
イルによる先制攻撃を加える』という警告を発した」(同、「諸君」11月号)と。
そうなれば、沖縄はもちろん、日本の本土すらも、中国の核攻撃の対象となる。
……とまあ、こうした物騒な話はさておき、中国は、日本の主張する経済水域を、そも
そも認めていない。だから平気で、その中で、ガス油田の開発、採掘をすることができる。
だからいくら日本が抗議の、のろしをあげても、どこ吹く風。中国は、これから先も、ま
すます堂々と、日本の経済水域内に入ってきて、ガス油田の開発、採掘をするだろう。
ワイフ「そう言えば、沖縄って、日本とは、ちがうという感じがしていたわ」
私「あまり、そういうことは言わないほうがいい。もしそんなことを、日本人のお前が言
っていることを知ったら、中国人は、『そら、みろ!』と喜んで、飛びついてくるかもよ」
ワ「でも、事実は事実だから……」
私「日本としては、何としても、米中関係の悪化を、阻止しなければならない。これ以上、
悪化すれば、日本の平和どころの問題では、なくなってしまう」
ワ「K国の核開発問題も、どこかへ吹っ飛んでしまうわね」
私「そういうこと」と。
こうした中国の野望を封じこめるための方法は、2つある。一つは、中国の民主化運動
を、側面から支援して、中国を民主化すること。ブッシュ大統領も、「世界を民主化するこ
とが、世界に平和をもたらす方法」というようなことを言っている。
もう一つは、日本、東南アジアからインドにかけて、中国包囲網を構築すること。とく
に重要なカギを握るのが、すでに核保有国となったインドである。すでに、アメリカも日
本も、その方向で進んでいる。中国が、軍拡をつづけているかぎり、日本は、中国とはど
こかで一線を画す。でないと、それこそ敵に、塩を送るようなことになりかねない。
……とまあ、いっぱしの外交評論家のようなことを書いてしまったが、しかしこれらの
問題はそのまま、私たち自身の問題である。日本の平和と安全に、直接かかわってくる問
題である。これからも、これらの問題を追求していきたい。
(参考、「国家の覚悟が問われる秋」by中西輝政、「諸君」11月号)
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hay
ashi 林浩司 BW はやし浩司 琉球 沖縄 沖縄の領有権 沖縄独立党 ポツダ
ム宣言 ヤルタ会談 ヤルタ協定 沖縄問題)
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●国際政治は、現実的に!
沖縄がかかえている問題は、よくわかる。
「(沖縄の)住民は、基地問題、低学歴、就職難で苦しめられている」(「日本のタブー」)。
そのとおりだと、私も思う。
YC氏は、同書のインタビューに答えて、こう述べている。
「沖縄独立なんていえば、妄想だの、荒唐無稽だのって、鼻で笑われたが、六千数百人の
有権者が、私の訴えに賛成したのも事実。
海や空の色とは裏腹に、基地の重圧、戦争の傷痕、財政難が住民の心を重くしている。
けれどこれはみんなヤマトンチューから押し付けられたもの。
だから私はこれをヤマトにお返しして、シマンチューのための琉球共和国を作ろうと言っ
ているのです」と。
が、その問題と、「独立」とは、まったく別の問題である。
ヤマトンチュー(日本)が気に入らないから、シマンチュー(沖縄)は独立すべきという
考え方は、沖縄の人たちにとっても、現実的ではない。
第一に、私たち本土の(?)人間にしても、「鼻で笑っている」わけではない。
また「押しつけている」わけでもない。
沖縄県の人たちに、「申し訳ない」と思っている人のほうが、多い。
それを一足飛びに飛び越えて、「独立」と言われると、私たちとて、どうしてよいのかわか
らなくなってしまう。
むしろ私が心配するのは、「独立」の向うに見え隠れする、YC氏自身の排他的民族主義。
民族主義というのは、より狭小になればなるほど、また先鋭化すればするほど、戦争の火
種となってしまう。
それが排他的であればなおさら、そうである。
あのアインシュタインも、TK先生への手紙の中で、こう述べている。
「exaggerated nationalism(誇張されたナショナリズム=国粋主義)こそが、すべての戦
争の原因である」と。
ともあれ、沖縄というより、沖縄県の問題は、日本全体の問題である。
そのことを気づかせてくれた、沖縄独立党の存在感は、大きい。
私たちは私たちで、「沖縄に独立されては困る」という発想からではなく、沖縄の人たちが
かかえる問題を、私たちの問題として考える必要がある。
たしかに私たちは、今まで、沖縄の人たちがかかええる問題について、あまりにも無関心
でありすぎた。
一方、沖縄の人たちは沖縄の人たちで、もう少し現実的なものの考え方をしてほしい。
いろいろな問題があることは、みな知っている。
だからこそ、それらの問題をひとつずつ解決していく。
私はそのほうが現実的だと思うし、建設的だと思う。
そういう意味で、いきなり「離婚」を訴える沖縄独立党の考え方には、どうしてもついて
いけない。
……イマイチ歯切れの悪い結論で、ごめん!
Hiroshi Hayashi++++++++Dec. 09+++++++++はやし浩司
●日本よ、覚悟しよう!
この先、この問題は大きくなることはあっても、小さくなることはない。
今度は「謝罪と補償を要求する」と、さらにボルテージをあげている。
●結論
日本はあえて火中の栗を拾ってしまった。
これも平和ボケ。
繁栄ボケ。
いまだに「いざとなったら、アメリカが……」と考えている人は多い。
しかしそのアメリカはすでにこの日本を切り捨てている。
たとえばアメリカが極東アジアの国々を名指しで呼ぶとき、現在、アメリカは、
「Korea, Japan & China(韓日中)」、もしくは「Korea and Japan(韓日)」と呼んでいる。
少し前まで、「日本」が先頭だった。
が、今は、「韓国」。
これを韓国の外向的勝利と言わずして、何と言う?
さらに今回、「小沢総理だったら、中国と渡り合えたはず」と主張する政治家が多い
には驚いた。
どうしてこうまで外交音痴なのか?
小沢幹事長のもと、鳩山政権が誕生したとき、小沢幹事長は300人あまりの国会
議員団を従え、北京詣でをした。
ワシントン詣でではなく、北京詣で、である。
いくら「左翼政権」でも、これはやりすぎ。
アメリカが怒って、当然。
中国が日本をなめて、当然。
その結果が今である。
トヨタバッシングは、そのひとつの現われにすぎない。
アメリカ追従外交反対論も結構だが、時期が早い。
沖縄米軍基地反対闘争にしても、そうだ。
今、ここで日本がアメリカという後ろ盾を失ったら、この日本はどうなる?
日本独自で……ということになるが、それこそ日本の思いあがり。
悲しいかな、日本には、お金(マネー)で相手の国をひっぱたくことはできても、
外交能力は、ゼロ。
こんなエピソードがある。
●インターナショナル・ハウス
1970年当時、私はメルボルン大学の、IHカレッジにいた。
世界中から、各国の王子や皇太子たちが集まっていた。
そのこともあって、毎週金曜日とか土曜日の夜は、各国の大使や大臣、政治家を
招いて晩餐会が開かれた。
日本からも合計で、3~5人の大臣や政治家がやってきた。
しかしほかの国の大臣や政治家とちがって、晩餐会のあと、(晩餐会のあとゲストが
1時間あまりのスピーチをするのが習わしになっていたが)、スピーチをして
帰った日本の大臣や政治家はゼロ。
ただ食事だけして、それで「はい、さようなら」。
当時から今に至るまで、こうした日本の姿勢は、変わっていない。
大会議を前にしても、ひとりポツンと座っているだけ。
意見を述べるにしても、原稿を読むだけ。
口角泡を飛ばして……などという姿を、私は見たことがない。
あなたも見たことがないはず。
日本の外交能力は、つまりはその程度。
日本国内でいくら威勢のよいことを言っても、一歩外に出たら、借りてきた猫の子の
ようにおとなしい。
●では、どうするか?
尖閣諸島ではもう、これ以上、妥協してはいけない。
その先に「沖縄」があることを念頭に置き、妥協してはいけない。
また中国は、「国として(レアメタルの)輸出規制をした覚えはない」と言い出している。
すでに責任逃れの煙幕を張り始めている。
だったら日本は、粛々と、正義にのっとり、事務手続きだけを進めていけばよい。
時事通信は、こう報道している。
『菅直人首相は26日、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件で中国側が日本に謝罪と賠償を求めていることについて、「尖閣諸島はわが国固有の領土だ。謝罪、賠償は考えられない。全く応じられない」と述べ、拒否する意向を示した。視察先の東京都青梅市内で記者団の質問に答えた』(以上、「時事通信」と。
けだし、当然のことである。
2010/09/26記
Hiroshi Hayashi+++++++Sep. 2010++++++はやし浩司
*My B-Day is coming soon
●10月28日、My Birthday!
++++++++++++++++++++
今日は9月26日。
来月(10月)28日に、私は満63歳になる。
(この原稿がマガジンに載るのは、10月
22日の予定。)
まだ1か月先の話だが、62歳という歳を、
今ここで、振り返ってみたい。
(9月26日記)
++++++++++++++++++++
●現状維持
この一年間は、現状維持に心がけた。
仕事も生活も、そして体重も。
体重は、61~2キロ台をキープ。
ときどき64キロ近くになった。
私にとって適正体重は、61キロ前後?
少し太り気味。
60キロ台になると、「ルンルン」と言いたくなるほど、
身を軽く感ずる。
しかし61キロの壁を破るのは、容易なことではない。
(食べ過ぎ)→(あわててダイエット)。
これを、1、2週間ごとに繰り返した。
●運動
定年退職すると、みな、判を押したように運動を始める。
運動のしかた、内容は、人それぞれだが、しかし3、4年もすると、それをやめてしまう。
病気や怪我をきっかけとして、やめることが多い。
そのときそれをどう乗り越えるか?
つまりそこでやめてはいけない。
それで老後の健康が決まる。
私のばあい、自転車に乗る回数がぐんと減った。
そのかわり、ウォーキングマシンの上で歩くことが多くなった。
最近は、朝起きるとすぐ、30分は、歩くことにしている。
(以前は10分単位だった。)
「運動するという習慣」。
運動ではなく、習慣。
それが重要。
●旅行
この1年間、よく旅行をした。
ワイフとあちこちへ行った。
8月をのぞいて、月に2~3度は、一泊旅行に出かけた。
8月は、どこへ行っても、割高。
それに混雑している。
ほかに週に1、2度は映画館へ足を運んだ。
これはボケ防止のため。
昨夜(9月25日)も、『プレシャス』という映画を観てきた。
星は、4つプラスの、★★★★+。
よかった。
感動した。
以前観た、『レスラー』を彷彿させる映画だった。
●収穫
今年の収穫(?)は、デジタルカメラ1台(SonyのHX-5)、
パソコン1台(TOSHIBAのMX)、ビデオカメラ(Sony-170)など。
ほかに2月にデスクトップパソコンを、(MOUSEのMDV)に買い換えた。
iPodは、購入直前でやめた。
いろいろに使うとなると、月々の使用料金がどんどんと加算される。
それに私のばあい、文章を打つという点では、ふつうのノートパソコンのほうが、
使い勝手がよい。
iPodは、おとなのもちゃ。
で、今は、TOSHIBAのMXノート(12インチサイズ)が、ほしくてたまらない。
表面のあのザラザラ感がよい。
キーボード周辺に、細かい彫り込みがしてあって、触っているだけでも気持ちがよい。
しかし今でさえ、ノートパソコンは4台もある。
(すべて現役で、稼働中!)
ワイフも「YES」とは、言わないだろう。
何とか誕生日までに……ということで、目下、ワイフと交渉中。
●原稿書き
このところ原稿書きが低調になってきた。
自分でもそれがよくわかる。
量が減った。
内容が浅くなった。
思考力が鈍った。
気力がつづかない、など。
が、自分としては、それを認めたくない。
だからがんばる。
自分の精神に、ムチを打つ。
で、ひとつの打開策として、最近は雑誌や週刊誌を、よく買う。
週に5~6冊、買っている。
情報を吸収するというよりは、ほかの人たちの書き方に関心がある。
的確でうまい文章に出会ったりすると、ホホーッと感心したりする。
ただ私のばあい、雑誌や週刊誌といっても、育児とは関係のないものばかり。
他人の書いた育児書類は、ほとんど読まない。
影響を受けるのは、いや。
が、それ以上に、他人の書いた育児論は、目を通すだけで、不愉快になる。
まちがいだらけ!
たまに「そうだ!」と納得するのもあるが、たいていは、私の文章からのパクリ!
そう、最近は、本当に多くなった。
私が考えた造語をそのまま使って、本を書いている人もいる。
たとえば「代償的愛」「子育て二番底論」「悪玉親意識」などなど。
こうした言葉は、私が考えて使い始めた。
ためしにあなたも一度、『友を責めるな、行為を責めろ』を、インターネットで
検索してみるとよい。
この格言は、オーストラリアの友人から私が学んだもの。
それを短くして、私が『友を責めるな、行為を責めろ』にした。
それがいたるところで、パクられている。
ついでにどんな人たちが、パクっているか、それも知ったらよい。
(愚痴ぽくなったので、この話はここまで。)
●さて63歳
平均寿命まで、あと15年。
今のところ、健康。
成人病とは無縁。
つぎの1年間も、現状維持。
それに心がける。
私が恐れるのは、(流れ)が止まること。
仕事の流れ、収入の流れ、生活の流れ……。
流れが止まったときの私が、こわい。
それ以外の生き方を私は知らない。
止まったとたん、大混乱を引き起こすにちがいない。
だから何としても、現状維持。
あとは少しずつ、身辺の整理を始める。
山荘を売る。
敷地を半分売る。
小さな老後用の家を建てる。
置物などは、どんどんと生徒たちに分けてやる。
何とかつぎの1年を無事過ごし、来年も今と
同じようなことを書きたい。
それがこの1年の目標ということになる。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 友を責めるな 行為を責めろ 責めよ 代償的愛 子育て二番底論 悪玉親意識)
Hiroshi Hayashi+++++++Sep. 2010++++++はやし浩司
++++++++++++++++++++
今日は9月26日。
来月(10月)28日に、私は満63歳になる。
(この原稿がマガジンに載るのは、10月
22日の予定。)
まだ1か月先の話だが、62歳という歳を、
今ここで、振り返ってみたい。
(9月26日記)
++++++++++++++++++++
●現状維持
この一年間は、現状維持に心がけた。
仕事も生活も、そして体重も。
体重は、61~2キロ台をキープ。
ときどき64キロ近くになった。
私にとって適正体重は、61キロ前後?
少し太り気味。
60キロ台になると、「ルンルン」と言いたくなるほど、
身を軽く感ずる。
しかし61キロの壁を破るのは、容易なことではない。
(食べ過ぎ)→(あわててダイエット)。
これを、1、2週間ごとに繰り返した。
●運動
定年退職すると、みな、判を押したように運動を始める。
運動のしかた、内容は、人それぞれだが、しかし3、4年もすると、それをやめてしまう。
病気や怪我をきっかけとして、やめることが多い。
そのときそれをどう乗り越えるか?
つまりそこでやめてはいけない。
それで老後の健康が決まる。
私のばあい、自転車に乗る回数がぐんと減った。
そのかわり、ウォーキングマシンの上で歩くことが多くなった。
最近は、朝起きるとすぐ、30分は、歩くことにしている。
(以前は10分単位だった。)
「運動するという習慣」。
運動ではなく、習慣。
それが重要。
●旅行
この1年間、よく旅行をした。
ワイフとあちこちへ行った。
8月をのぞいて、月に2~3度は、一泊旅行に出かけた。
8月は、どこへ行っても、割高。
それに混雑している。
ほかに週に1、2度は映画館へ足を運んだ。
これはボケ防止のため。
昨夜(9月25日)も、『プレシャス』という映画を観てきた。
星は、4つプラスの、★★★★+。
よかった。
感動した。
以前観た、『レスラー』を彷彿させる映画だった。
●収穫
今年の収穫(?)は、デジタルカメラ1台(SonyのHX-5)、
パソコン1台(TOSHIBAのMX)、ビデオカメラ(Sony-170)など。
ほかに2月にデスクトップパソコンを、(MOUSEのMDV)に買い換えた。
iPodは、購入直前でやめた。
いろいろに使うとなると、月々の使用料金がどんどんと加算される。
それに私のばあい、文章を打つという点では、ふつうのノートパソコンのほうが、
使い勝手がよい。
iPodは、おとなのもちゃ。
で、今は、TOSHIBAのMXノート(12インチサイズ)が、ほしくてたまらない。
表面のあのザラザラ感がよい。
キーボード周辺に、細かい彫り込みがしてあって、触っているだけでも気持ちがよい。
しかし今でさえ、ノートパソコンは4台もある。
(すべて現役で、稼働中!)
ワイフも「YES」とは、言わないだろう。
何とか誕生日までに……ということで、目下、ワイフと交渉中。
●原稿書き
このところ原稿書きが低調になってきた。
自分でもそれがよくわかる。
量が減った。
内容が浅くなった。
思考力が鈍った。
気力がつづかない、など。
が、自分としては、それを認めたくない。
だからがんばる。
自分の精神に、ムチを打つ。
で、ひとつの打開策として、最近は雑誌や週刊誌を、よく買う。
週に5~6冊、買っている。
情報を吸収するというよりは、ほかの人たちの書き方に関心がある。
的確でうまい文章に出会ったりすると、ホホーッと感心したりする。
ただ私のばあい、雑誌や週刊誌といっても、育児とは関係のないものばかり。
他人の書いた育児書類は、ほとんど読まない。
影響を受けるのは、いや。
が、それ以上に、他人の書いた育児論は、目を通すだけで、不愉快になる。
まちがいだらけ!
たまに「そうだ!」と納得するのもあるが、たいていは、私の文章からのパクリ!
そう、最近は、本当に多くなった。
私が考えた造語をそのまま使って、本を書いている人もいる。
たとえば「代償的愛」「子育て二番底論」「悪玉親意識」などなど。
こうした言葉は、私が考えて使い始めた。
ためしにあなたも一度、『友を責めるな、行為を責めろ』を、インターネットで
検索してみるとよい。
この格言は、オーストラリアの友人から私が学んだもの。
それを短くして、私が『友を責めるな、行為を責めろ』にした。
それがいたるところで、パクられている。
ついでにどんな人たちが、パクっているか、それも知ったらよい。
(愚痴ぽくなったので、この話はここまで。)
●さて63歳
平均寿命まで、あと15年。
今のところ、健康。
成人病とは無縁。
つぎの1年間も、現状維持。
それに心がける。
私が恐れるのは、(流れ)が止まること。
仕事の流れ、収入の流れ、生活の流れ……。
流れが止まったときの私が、こわい。
それ以外の生き方を私は知らない。
止まったとたん、大混乱を引き起こすにちがいない。
だから何としても、現状維持。
あとは少しずつ、身辺の整理を始める。
山荘を売る。
敷地を半分売る。
小さな老後用の家を建てる。
置物などは、どんどんと生徒たちに分けてやる。
何とかつぎの1年を無事過ごし、来年も今と
同じようなことを書きたい。
それがこの1年の目標ということになる。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 友を責めるな 行為を責めろ 責めよ 代償的愛 子育て二番底論 悪玉親意識)
Hiroshi Hayashi+++++++Sep. 2010++++++はやし浩司
*Magazine Oct 15th
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 10月 15日号
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メルマガ(6万3000誌)の中で、2008年度、メルマガ・オブ・ザ・イヤーに
選ばれました!
【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【BW幼児教室より】(BW子どもクラブの様子)****************
●テーマ:作文指導
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年長児に作文指導をしてみました。
「文を書くことは楽しい」……そんな印象づくりを大切にしました。
子どもたちの笑い声をお楽しみください。
2010年9月20日
by
はやし浩司
@
BW教室(BW幼児教室)
もっと見てくださる方は、
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
より
「BW公開教室」へと、お進みください。
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【1】導入
【2】展開
【3】展開
【4】展開
【5】作文指導
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 幼児の作文指導、楽しく学ぶ子どもたち Happy Learners learn Best)
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●易経とDNA
++++++++++++++++++++
今日もしつこく調べる。
易経とDNAの関係。
あきらめない。
謎が解けるまで、私は
あきらめない。
いくつかのヒント(手がかり)を
手に入れた。
++++++++++++++++++++
●
DNA言語は、前にも書いたが、A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、
T(チミン)の4つの塩基が基本となって、構成される。
その4つの中から3つが取り出され、その組み合わせで、遺伝子情報が決定される。
その組み合わせの数は、64通り。
で、この64通りと、二進数を組み合わせることはできないか?
それがまず謎の(1)。
なおこれから書くことは、はやし浩司という、この道のド素人の(遊戯)に過ぎないので、
その点を前もって了承しておいてほしい。
つまりは、頭のパズル。
ひまつぶし!
●
手がかりは、64通りの組み合わせの中で、それぞれの塩基が3つ並ぶばあいが、ある。
たとえば、つぎのように並ぶ。
AAA
GGG
CCC
TTT、と。
たとえば(AAA)のとき、易経の対応表では、二進数では、(00・00・00)
であることがわかる。
同じように、(GGG)のときも、(00・00・00)。
(CCC)のときは、(11・11・11)。
(TTT)のときも、(11・11・11)。
(00・00・00)は、易経では、「」、(11・11・11)は、「乾」。
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【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【一貫性と連続性】
+++++++++++++++++++
どんな人でも、その人の過去とつながりがある。
過去の上に、現在の「私」がある。
一方、どんな人にも、周囲とのつながりがある。
周囲の人たちとのつながりの中に、現在の「私」がある。
これを私は「一貫性」「連続性」と呼んでいる。
どちらがどちらでもよい。
しかしこれからの話をわかりやすくするために、
(過去とのつながり)を、「一貫性」といい、
(周囲とのつながり)を、「連続性」という。
(注:先にも書いたように、どちらがどちらでもよい。)
++++++++++++++++++++
●A・C疑惑
先週、私はタレントのA・Cという人物について批評した。
「教育学博士」という肩書きをフルに使いながら、講演活動をしている。
が、その同じ人物が、他方で、霊感商法に手を染めていた。
それを指摘されると、それらの商品はHPから、さっと消えた。
どこか、おかしい?
チグハグ?
「博士」が、「霊感商法」?
・・・ということで、批判記事を書いた。
BLOGに載せた。
反響は、ものすごかった。
多くは「ファン」と名乗る人たちからのものだが、「ファン」と
いうよりは、「信者」。
それを読んだとき、「さすが霊感商法」と、へんに感心した。
が、私が本当に問題にしたのは、そのことではなかった。
一貫性の問題だった。
「教育学博士」というくらいなら、少なくともこの私よりはるかに
高い知性と理性をもった人ということになる。
私もそういう目で、よくA・Cのテレビ講演会などを聞いた。
A・Cは、ときにボランティア活動の大切さを説いた。
ときに「二匹のヤマアラシ」の話をした。
しかし私は、首をかしげるばかり。
どこがどうというのではない。
たわいもない話を、たわいもない言葉で話すだけ。
専門用語や専門知識は、ほとんど出てこなかった。
こんな私でも、一般の人向けに話をするときは、専門用語を使うのを、極力控える。
が、それでもつい油断すると、口から出てきてしまう。
そうした疑問を感じていたところに、今回、霊感商法疑惑が飛び出した。
A・Cが、自分のHPを使って、五色のブレスレットを売っていたという。
値段は一個、4~5万円!
●一貫性
人も50歳を過ぎると、一貫性が明確になってくる。
それまでの(積み重ね)があって、現在の(その人)になる。
こうして一貫性は生まれる。
が、もしその一貫性がないというのなら、まずその人の人間性を
疑ってみたらよい。
たとえば一方で教会の牧師をしながら、他方で子どもを性的に虐待しているとか。
こういうケースのばあい、(実際にはよくあることらしいが)、その
人の人間性を疑ってみる。
人格的に何かの障害者ということも考えられる。
が、ふつうの人で、ふつうの人生を歩んできたなら、そこに一貫性が
生まれてくる。
「この人は、こういう人だ」という(つかみどろこ)と言ってもよい。
たとえば若いときから、ホームレスの人を助けてきたとか、あるいは
孤児の施設でボランティア活動をしてきたとか。
そういう過去が積み重なって、NPO法人を設立し、貧しい人たちの
救済活動をする。
そういう話なら、無理がない。
それが(その人らしさ)ということになる。
●連続性
また連続性にしてもそうだ。
たとえば遠くアフリカの難民救済運動をしている人がいる。
それはそれで立派な活動だが、そういう人が、東京でたいへん
豪勢な邸宅に住み、リッチな生活をしている。
どこかへん。
どこかおかしい。
仮に何かのチャリティ・コンサートを開いたとしても、そこに別の意図を
感じてしまう。
こういうケースのばあい、まず連続性を疑ってみる。
たとえばあのマザーテレサは、日本へ来たとき、弁当箱はもちろんのこと、
弁当箱についていた箸まで洗ってもって帰った。
それが「連続性」ということになる。
行動に矛盾がない。
もしその連続性がないとするなら、たとえば難民救済活動について言えば、
「偽善」を疑う。
●偽善
この日本では、「偽善」に甘い。
本音と建前をうまく使い分ける。
『ウソも100ぺんつけば、本当になる』と教えている仏教教団もある。
偽善でも100回つづければ、本物になるということか?
しかし欧米では、偽善にきびしい。
偽善者は、悪人以上の悪人と位置づけられている。
表向き、善人の顔をしているから、ふつうの悪人より性質(たち)が悪い。
しかも弱者を食い物にして、それを自己の名声、権力、財力へとつなげる。
私の恩師の故松下哲子先生(A幼稚園元園長)はいつもこう言っていた。
「林さん(=私)、悪人の餌(えさ)にだけはなってはいけませんよ」と。
このばあいの悪人というのは、「偽善者」をいう。
相手が見るからに悪人なら、だれも近寄らない。
その連続性があるか、ないか。
一貫性と同じように、その人を判断するときの材料としてみる。
●三浦和義の自殺事件
私たちの世代には、忘れられないひとつの事件がある。
『ロス疑惑事件』(1981年)というのが、それ。
その主人公が、三浦和義という男だった。
私と同じ、昭和22年生まれ。
段階の世代。
だからというわけでもないが、あの事件は、私たちに強烈な衝撃を
残した。
で、その三浦和義が、(あえて呼び捨てにするのは、一美さん殴打事件では、
最高裁で懲役7年の実刑が確定しているから)、サイパンの拘置所で、自殺した。
が、この自殺に真っ先に疑問をもったのは、ほかならぬ妻のY氏だった。
「ぜったいに自殺のはずがない。殺された!」と。
長年、そばにいた人だから、そう確信したのだろう。
実は私も、当時、半分だけそう思った。
「半分」というのは、「絶対に自殺のはずがない」と。
ただ「(拘置所のだれかに)殺された」ということは、考えなかった。
また状況からして、ありえない話だった。
というのも、あの『ロス疑惑事件』を知っている人ならだれでも、そう
思うだろうが、三浦和義は、自殺をするような人間ではない。
もし本当に自殺だったら、私が言う、三浦和義がもつ一貫性が崩れてしまう。
三浦和義は、マスコミから総攻撃を受けても、かつ裁判所で裁判を
繰り返しながらも、一度もひるむことはなかった。
むしろ逆に、自分を疑ったマスコミを片っ端から名誉既存で告発し、
莫大な慰謝料と損害賠償金を手にしている。
「冤罪(えんざい)の会」(仮称)まで主宰している。
そんな男が、自殺?
が、これについて、『文藝春秋』(2010年10月号)は、こんな興味
深い手記を載せている。
「自殺でも、他殺でもない。狂言自殺が失敗して、本当に死んでしまったのだ」
と。
安倍隆典氏が、こう書いている。
「ロス市警による他殺説はまったくのナンセンス」
「狂言自殺の失敗である」
「絶体絶命になったとき、自殺をちらつかせる。これは三浦氏の
行動パターンである」
「・・・ここから先は、読者の皆さんで考えていただきたい。
考えるヒントは、縊死による自殺未遂では、しばしば脳障害の後遺症
が残ることである。そして三浦氏が実にすばらしい演技能力を持って
いることは、皆さんがよくご存知のはず」(以上、原文のまま)と。
冤罪なのか、冤罪でないのか。
今では事件のすべてが、三浦和義とともに、闇の世界に入ってしまった。
が、ここで私がいう「一貫性」をあてはめてみると、一本の筋道が見えてくる。
それを安倍氏は指摘した。
なお三浦和義は、「縊死による自殺」、つまり首吊り自殺といっても、
天井からそれをしたのではなく、もっと低い位置から、足が床についた状態
でそれをしたという。
私には、「本気性」が、どうしても感じられない。
本気で自殺を考えたら、そんな方法は考えない。
その本気性が感じられないという点でも、三浦和義には、一貫性がある。
●安倍氏の手記より
『文藝春秋』の中で阿部氏は、こんな興味深い事実を指摘している。
三浦和義事件については、隅の隅まで知り尽くしたはずの私ですら、知らなかった。
阿部氏は、こう書いている。
そのまま転載させてもらう。
(以下、『文藝春秋』より転載。)
「・・・『週刊文春』が発売されたころ、中年の女性の声で奇妙な電話が
編集部にかかってきた・・・。
「昨日、八重洲にあるブックセンターへ行ったら、三浦さんがいた。
サングラスをかけていたが、三浦さんとすぐにわかったので、後をつけて
いったら、『自殺』という本を買っていた・・・」
翌日の午前、今度はやくざ風の男から電話がかかってきた。
「てめえ、このクソ野郎、おめえたちが、いい加減なことを書きやがるから、
和さんが自殺したじゃねえか」
しかし、これはまったくのデマだった。
本の話が気になった私は、本当に『自殺』が売れたのか、問い合わせてみた。
答えは、「一冊も売れていません」。
絶体絶命になったとき、危機から脱出するために、自殺をちらつかせる、
これは三浦氏の行動パターンである」(以上、『文藝春秋』P296より)。
安倍氏の話には一貫性がある。
三浦和義の行動にも一貫性がある。
●化けの皮
が、その一方で連続性があるからといって、そのまま信じてもいけない。
こんな話もある。
ある女性(当時60歳くらい)は、近所で、「仏様」とさえ呼ばれていた。
小さな村だったが、毎週、独居老人の家を回って、そうした老人の世話を
していた。
話術にたけた人で、自分でもそうした話を、みなに吹聴して回った。
「・・・私ね、見るに見かねてねエ・・・」と。
市の福祉協議会から感謝状を渡されたこともある。
が、それは仮面だった。
実の父親の介護をすることになったときのこと。
実の父親である。
内々では虐待に近い行為を繰り返していた。
食事といっても3食とも、ごはんと味噌汁だけ。
部屋から部屋へ移動するときも、うしろ首をつかんで、床を引きずっていた。
が、他人の視線を少しでも感ずると、一転、できのよい娘を演じた。
かいがいしく介護してみせた。
その介護の仕方が過剰というか、実に演技ぽいものだった。
この心理学の世界には『代理ミュンヒハウゼン症候群』という言葉がある。
一方で子どもを虐待しながら、一方でよき母親(父親)を演ずる。
精神障害のひとつに考えられている。
代理ミュンヒハウゼンというと、相手が子どものばあいをいうが、相手が親
というケースも、実際には同じくらい多い。
さらに・・・。
父親は財産のほとんどを現金にし、タンスの奥に詰めていた。
父親が亡くなったときには、その現金もそのほとんどが消えていたという。
この女性のばあい、父親を介護することになったとき、その一貫性が
崩れた。
「化けの皮がはがれた」という言葉のほうがふさわしいかもしれない。
●50歳という年齢
50歳を過ぎたら、その人の一貫性と連続性をみる。
あなた自身の一貫性と連続性でもよい。
が、このことは、さらに重大な意味を含む。
『統合性の問題』である。
正確には「自我の統合性の確立」という言い方をする。
老齢期にさしかかったら、(自分がすべきこと)を決定し、実際に
(それをする)。
これら両者を一致させることが、『統合性』ということになる。
が、この統合性は、一朝一夕には確立しない。・・・できない。
それまでの(積み重ね)が必要。
「定年退職をしました。明日からゴビの砂漠で、ヤナギの木の苗を
植えてきます」というわけにはいかない。
そんな取ってつけたようなことをしても、長続きしない。
すぐボロがでる。
言い換えると一貫性と連続性をもつということは、それだけたいへんという
ことになる。
(もちろん悪い意味での一貫性では、困るが・・・。)
エリクソンは、それを始めるのは、40歳くらいからと説いている。
「それ」というのは、統合性の確立のための準備をいう。
その下地をつくる。
そのための努力を重ねる。
が、実際には40歳では遅すぎるのではないか。
早ければ早いほどよい。
30歳でも早すぎるということはない。
たとえばボランティア活動にしても、少しずつの積み重ねが、時間をかけ、
行動として熟成していく。
「一貫性」とは、それをいう。
●終わりに・・・
あえて付け加えるなら、一貫性と連続性は、その人の人格の完成度を
計るバロメーターにもなる。
ピーター・サロベイも、人格の完成度のひとつに、「良好な人間関係」を
あげている。
一貫性と連続性がなければ、良好な人間関係を結ぶのもむずかしい。
また道徳の完成度においても、「公平性」が問題になる(コールバーグ)。
その公平性を決定するのも、一貫性と連続性ということになる。
相手に応じて善悪の価値基準を変えていたのでは、公平性は保てない。
で、ここから先は、自分の問題。
さて私には、一貫性と連続性があるやなしや、と。
しかしそれを判断するのは、実際には私ではない。
私の近くにいる周囲の人たちである。
が、こういうことなら言える。
「私は一貫性と連続性をもって生きてきたか」と。
それについては、残念ながら、答は「NO!」。
私は子どものころから、どこかいいかげんな人間だった。
今もそうだ。
つまりそれだけ人格の完成度も、道徳の完成度も低いということになる。
……ということで、今日もがんばろう。
9月20日。
祭日ということになっているが、今日の私にはフルタイムの職場が待っている。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 一貫性 連続性 人格の完成度 サロベイ 道徳の完成度 コールバ
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2010年9月20日
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はやし浩司
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DNA言語は、前にも書いたが、A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、
T(チミン)の4つの塩基が基本となって、構成される。
その4つの中から3つが取り出され、その組み合わせで、遺伝子情報が決定される。
その組み合わせの数は、64通り。
で、この64通りと、二進数を組み合わせることはできないか?
それがまず謎の(1)。
なおこれから書くことは、はやし浩司という、この道のド素人の(遊戯)に過ぎないので、
その点を前もって了承しておいてほしい。
つまりは、頭のパズル。
ひまつぶし!
●
手がかりは、64通りの組み合わせの中で、それぞれの塩基が3つ並ぶばあいが、ある。
たとえば、つぎのように並ぶ。
AAA
GGG
CCC
TTT、と。
たとえば(AAA)のとき、易経の対応表では、二進数では、(00・00・00)
であることがわかる。
同じように、(GGG)のときも、(00・00・00)。
(CCC)のときは、(11・11・11)。
(TTT)のときも、(11・11・11)。
(00・00・00)は、易経では、「」、(11・11・11)は、「乾」。
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【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【一貫性と連続性】
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どんな人でも、その人の過去とつながりがある。
過去の上に、現在の「私」がある。
一方、どんな人にも、周囲とのつながりがある。
周囲の人たちとのつながりの中に、現在の「私」がある。
これを私は「一貫性」「連続性」と呼んでいる。
どちらがどちらでもよい。
しかしこれからの話をわかりやすくするために、
(過去とのつながり)を、「一貫性」といい、
(周囲とのつながり)を、「連続性」という。
(注:先にも書いたように、どちらがどちらでもよい。)
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●A・C疑惑
先週、私はタレントのA・Cという人物について批評した。
「教育学博士」という肩書きをフルに使いながら、講演活動をしている。
が、その同じ人物が、他方で、霊感商法に手を染めていた。
それを指摘されると、それらの商品はHPから、さっと消えた。
どこか、おかしい?
チグハグ?
「博士」が、「霊感商法」?
・・・ということで、批判記事を書いた。
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多くは「ファン」と名乗る人たちからのものだが、「ファン」と
いうよりは、「信者」。
それを読んだとき、「さすが霊感商法」と、へんに感心した。
が、私が本当に問題にしたのは、そのことではなかった。
一貫性の問題だった。
「教育学博士」というくらいなら、少なくともこの私よりはるかに
高い知性と理性をもった人ということになる。
私もそういう目で、よくA・Cのテレビ講演会などを聞いた。
A・Cは、ときにボランティア活動の大切さを説いた。
ときに「二匹のヤマアラシ」の話をした。
しかし私は、首をかしげるばかり。
どこがどうというのではない。
たわいもない話を、たわいもない言葉で話すだけ。
専門用語や専門知識は、ほとんど出てこなかった。
こんな私でも、一般の人向けに話をするときは、専門用語を使うのを、極力控える。
が、それでもつい油断すると、口から出てきてしまう。
そうした疑問を感じていたところに、今回、霊感商法疑惑が飛び出した。
A・Cが、自分のHPを使って、五色のブレスレットを売っていたという。
値段は一個、4~5万円!
●一貫性
人も50歳を過ぎると、一貫性が明確になってくる。
それまでの(積み重ね)があって、現在の(その人)になる。
こうして一貫性は生まれる。
が、もしその一貫性がないというのなら、まずその人の人間性を
疑ってみたらよい。
たとえば一方で教会の牧師をしながら、他方で子どもを性的に虐待しているとか。
こういうケースのばあい、(実際にはよくあることらしいが)、その
人の人間性を疑ってみる。
人格的に何かの障害者ということも考えられる。
が、ふつうの人で、ふつうの人生を歩んできたなら、そこに一貫性が
生まれてくる。
「この人は、こういう人だ」という(つかみどろこ)と言ってもよい。
たとえば若いときから、ホームレスの人を助けてきたとか、あるいは
孤児の施設でボランティア活動をしてきたとか。
そういう過去が積み重なって、NPO法人を設立し、貧しい人たちの
救済活動をする。
そういう話なら、無理がない。
それが(その人らしさ)ということになる。
●連続性
また連続性にしてもそうだ。
たとえば遠くアフリカの難民救済運動をしている人がいる。
それはそれで立派な活動だが、そういう人が、東京でたいへん
豪勢な邸宅に住み、リッチな生活をしている。
どこかへん。
どこかおかしい。
仮に何かのチャリティ・コンサートを開いたとしても、そこに別の意図を
感じてしまう。
こういうケースのばあい、まず連続性を疑ってみる。
たとえばあのマザーテレサは、日本へ来たとき、弁当箱はもちろんのこと、
弁当箱についていた箸まで洗ってもって帰った。
それが「連続性」ということになる。
行動に矛盾がない。
もしその連続性がないとするなら、たとえば難民救済活動について言えば、
「偽善」を疑う。
●偽善
この日本では、「偽善」に甘い。
本音と建前をうまく使い分ける。
『ウソも100ぺんつけば、本当になる』と教えている仏教教団もある。
偽善でも100回つづければ、本物になるということか?
しかし欧米では、偽善にきびしい。
偽善者は、悪人以上の悪人と位置づけられている。
表向き、善人の顔をしているから、ふつうの悪人より性質(たち)が悪い。
しかも弱者を食い物にして、それを自己の名声、権力、財力へとつなげる。
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「林さん(=私)、悪人の餌(えさ)にだけはなってはいけませんよ」と。
このばあいの悪人というのは、「偽善者」をいう。
相手が見るからに悪人なら、だれも近寄らない。
その連続性があるか、ないか。
一貫性と同じように、その人を判断するときの材料としてみる。
●三浦和義の自殺事件
私たちの世代には、忘れられないひとつの事件がある。
『ロス疑惑事件』(1981年)というのが、それ。
その主人公が、三浦和義という男だった。
私と同じ、昭和22年生まれ。
段階の世代。
だからというわけでもないが、あの事件は、私たちに強烈な衝撃を
残した。
で、その三浦和義が、(あえて呼び捨てにするのは、一美さん殴打事件では、
最高裁で懲役7年の実刑が確定しているから)、サイパンの拘置所で、自殺した。
が、この自殺に真っ先に疑問をもったのは、ほかならぬ妻のY氏だった。
「ぜったいに自殺のはずがない。殺された!」と。
長年、そばにいた人だから、そう確信したのだろう。
実は私も、当時、半分だけそう思った。
「半分」というのは、「絶対に自殺のはずがない」と。
ただ「(拘置所のだれかに)殺された」ということは、考えなかった。
また状況からして、ありえない話だった。
というのも、あの『ロス疑惑事件』を知っている人ならだれでも、そう
思うだろうが、三浦和義は、自殺をするような人間ではない。
もし本当に自殺だったら、私が言う、三浦和義がもつ一貫性が崩れてしまう。
三浦和義は、マスコミから総攻撃を受けても、かつ裁判所で裁判を
繰り返しながらも、一度もひるむことはなかった。
むしろ逆に、自分を疑ったマスコミを片っ端から名誉既存で告発し、
莫大な慰謝料と損害賠償金を手にしている。
「冤罪(えんざい)の会」(仮称)まで主宰している。
そんな男が、自殺?
が、これについて、『文藝春秋』(2010年10月号)は、こんな興味
深い手記を載せている。
「自殺でも、他殺でもない。狂言自殺が失敗して、本当に死んでしまったのだ」
と。
安倍隆典氏が、こう書いている。
「ロス市警による他殺説はまったくのナンセンス」
「狂言自殺の失敗である」
「絶体絶命になったとき、自殺をちらつかせる。これは三浦氏の
行動パターンである」
「・・・ここから先は、読者の皆さんで考えていただきたい。
考えるヒントは、縊死による自殺未遂では、しばしば脳障害の後遺症
が残ることである。そして三浦氏が実にすばらしい演技能力を持って
いることは、皆さんがよくご存知のはず」(以上、原文のまま)と。
冤罪なのか、冤罪でないのか。
今では事件のすべてが、三浦和義とともに、闇の世界に入ってしまった。
が、ここで私がいう「一貫性」をあてはめてみると、一本の筋道が見えてくる。
それを安倍氏は指摘した。
なお三浦和義は、「縊死による自殺」、つまり首吊り自殺といっても、
天井からそれをしたのではなく、もっと低い位置から、足が床についた状態
でそれをしたという。
私には、「本気性」が、どうしても感じられない。
本気で自殺を考えたら、そんな方法は考えない。
その本気性が感じられないという点でも、三浦和義には、一貫性がある。
●安倍氏の手記より
『文藝春秋』の中で阿部氏は、こんな興味深い事実を指摘している。
三浦和義事件については、隅の隅まで知り尽くしたはずの私ですら、知らなかった。
阿部氏は、こう書いている。
そのまま転載させてもらう。
(以下、『文藝春秋』より転載。)
「・・・『週刊文春』が発売されたころ、中年の女性の声で奇妙な電話が
編集部にかかってきた・・・。
「昨日、八重洲にあるブックセンターへ行ったら、三浦さんがいた。
サングラスをかけていたが、三浦さんとすぐにわかったので、後をつけて
いったら、『自殺』という本を買っていた・・・」
翌日の午前、今度はやくざ風の男から電話がかかってきた。
「てめえ、このクソ野郎、おめえたちが、いい加減なことを書きやがるから、
和さんが自殺したじゃねえか」
しかし、これはまったくのデマだった。
本の話が気になった私は、本当に『自殺』が売れたのか、問い合わせてみた。
答えは、「一冊も売れていません」。
絶体絶命になったとき、危機から脱出するために、自殺をちらつかせる、
これは三浦氏の行動パターンである」(以上、『文藝春秋』P296より)。
安倍氏の話には一貫性がある。
三浦和義の行動にも一貫性がある。
●化けの皮
が、その一方で連続性があるからといって、そのまま信じてもいけない。
こんな話もある。
ある女性(当時60歳くらい)は、近所で、「仏様」とさえ呼ばれていた。
小さな村だったが、毎週、独居老人の家を回って、そうした老人の世話を
していた。
話術にたけた人で、自分でもそうした話を、みなに吹聴して回った。
「・・・私ね、見るに見かねてねエ・・・」と。
市の福祉協議会から感謝状を渡されたこともある。
が、それは仮面だった。
実の父親の介護をすることになったときのこと。
実の父親である。
内々では虐待に近い行為を繰り返していた。
食事といっても3食とも、ごはんと味噌汁だけ。
部屋から部屋へ移動するときも、うしろ首をつかんで、床を引きずっていた。
が、他人の視線を少しでも感ずると、一転、できのよい娘を演じた。
かいがいしく介護してみせた。
その介護の仕方が過剰というか、実に演技ぽいものだった。
この心理学の世界には『代理ミュンヒハウゼン症候群』という言葉がある。
一方で子どもを虐待しながら、一方でよき母親(父親)を演ずる。
精神障害のひとつに考えられている。
代理ミュンヒハウゼンというと、相手が子どものばあいをいうが、相手が親
というケースも、実際には同じくらい多い。
さらに・・・。
父親は財産のほとんどを現金にし、タンスの奥に詰めていた。
父親が亡くなったときには、その現金もそのほとんどが消えていたという。
この女性のばあい、父親を介護することになったとき、その一貫性が
崩れた。
「化けの皮がはがれた」という言葉のほうがふさわしいかもしれない。
●50歳という年齢
50歳を過ぎたら、その人の一貫性と連続性をみる。
あなた自身の一貫性と連続性でもよい。
が、このことは、さらに重大な意味を含む。
『統合性の問題』である。
正確には「自我の統合性の確立」という言い方をする。
老齢期にさしかかったら、(自分がすべきこと)を決定し、実際に
(それをする)。
これら両者を一致させることが、『統合性』ということになる。
が、この統合性は、一朝一夕には確立しない。・・・できない。
それまでの(積み重ね)が必要。
「定年退職をしました。明日からゴビの砂漠で、ヤナギの木の苗を
植えてきます」というわけにはいかない。
そんな取ってつけたようなことをしても、長続きしない。
すぐボロがでる。
言い換えると一貫性と連続性をもつということは、それだけたいへんという
ことになる。
(もちろん悪い意味での一貫性では、困るが・・・。)
エリクソンは、それを始めるのは、40歳くらいからと説いている。
「それ」というのは、統合性の確立のための準備をいう。
その下地をつくる。
そのための努力を重ねる。
が、実際には40歳では遅すぎるのではないか。
早ければ早いほどよい。
30歳でも早すぎるということはない。
たとえばボランティア活動にしても、少しずつの積み重ねが、時間をかけ、
行動として熟成していく。
「一貫性」とは、それをいう。
●終わりに・・・
あえて付け加えるなら、一貫性と連続性は、その人の人格の完成度を
計るバロメーターにもなる。
ピーター・サロベイも、人格の完成度のひとつに、「良好な人間関係」を
あげている。
一貫性と連続性がなければ、良好な人間関係を結ぶのもむずかしい。
また道徳の完成度においても、「公平性」が問題になる(コールバーグ)。
その公平性を決定するのも、一貫性と連続性ということになる。
相手に応じて善悪の価値基準を変えていたのでは、公平性は保てない。
で、ここから先は、自分の問題。
さて私には、一貫性と連続性があるやなしや、と。
しかしそれを判断するのは、実際には私ではない。
私の近くにいる周囲の人たちである。
が、こういうことなら言える。
「私は一貫性と連続性をもって生きてきたか」と。
それについては、残念ながら、答は「NO!」。
私は子どものころから、どこかいいかげんな人間だった。
今もそうだ。
つまりそれだけ人格の完成度も、道徳の完成度も低いということになる。
……ということで、今日もがんばろう。
9月20日。
祭日ということになっているが、今日の私にはフルタイムの職場が待っている。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 一貫性 連続性 人格の完成度 サロベイ 道徳の完成度 コールバ
ーグ はやし浩司 ロス疑惑 ロス疑惑事件)
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