【伯父の訃報】
●電車で岐阜へ
昨夜、伯父の訃報が届いた。
「トイレの前で倒れ、そのまま亡くなった」と。
3年前に亡くなった母と、ちょうど12歳違いだったということだから、今年89歳か90歳。
よい伯父だった。
いろいろあったが、総括してみると、そうなる。
こう書くと、ほめているのか、けなしているのかはわからない。
が、映画『男はつらいよ』のフーテンの寅さんのような伯父だった。
もちろんよい意味で、寅さんのような伯父だった。
人情豊かで、世話好きだった。
それにやさしかった。
●ワイフの頭痛
この数日、ワイフはあまり調子がよくない。
花粉症のせいとワイフは言う。
鼻づまりと軽い頭痛。
昨夜も、寝るまで「頭が痛い」と言っていた。
最後に時計を見たのは、午前1時。
で、今朝、「どうする?」と聞くと、「今朝はだいじょうぶ」と。
顔色はあまりよくない。
元気もない。
話す声も、どこか沈んでいる。
●電車
電車に乗ると、すぐうしろの男が、さかんにクシャミをし始めた。
私たちはすぐ席を移動した。
幸い、電車はすいていた。
窓の外はすっかり、冬景色。
枯れた草木の葉が、さらに色を落としている。
残ったわずかな緑も、黒い影のようにしか見えない。
今年の冬も、あと少し。
今、そう思った。
●おかしな計算
時間がなかったので、浜松→名古屋間の切符を買った。
浜松駅では岐阜までの切符は、自動販売機では買えない。
が、切符売り場(ブース)には、ズラリと客が並んでいた。
浜松から名古屋まで、1名、1890円。
浜松から岐阜まで、1名、2210円。
車掌が通りかかったので、「乗り越し」を頼むと、差額は1名、450円という。
が、この計算は、おかしい。
で、それを告げると、名古屋から岐阜まで、1名、450円だから、と。
・・・?
差額分だけというのなら、320円でよいはず。
「そういう規則なら、しかたないね」と言うと、「そうなんです」と。
●さざ波
人生にはいろいろある。
そのつど小さなドラマがさざ波のようにやってきて、また去っていく。
ときどき大きな波もやってくる。
それが繰り返し、繰り返し、つづく。
で、大切なことは、できるだけ大きな船になること。
大きな船になればなるほど、波に揺れることはない。
・・・とまあ、偉そうなことを書いたが、親類づきあいだけは別。
簡単にON/OFFで割り切ることができない。
理屈や合理が通じない。
ふと油断すると、ささいな問題に巻き込まれ、自分を見失う。
小さなさざ波に、心を煩わされる。
●思い出
子どものころ、伯父は私をよく遊びに連れて行ってくれた。
川で魚も取ってくれた。
若いときからスポーツマンで、そういう点ではたくましかった。
鉈(なた)一本で、イノシシと対峙し、そのイノシシを倒した話。
猟に行った帰りに、サルを撃ち殺した話。
大水で流れ出た墓場の死体を、背負って帰った話。
ダイナマイトを使って、魚を取った話、などなど。
今まで思い出したことのないような話が、つぎつぎと脳裏をかすめる。
いろいろあったが、伯父は、私にはよい伯父だった。
●いつもの声
電車は豊橋を過ぎて、「新快速」になった。
名鉄電車の特急ほどの速さがある。
浜松からは、乗り換えなしで岐阜まで行くことができる。
時刻は今、午前10時37分。
ワイフはぼんやりと、(多分?)、窓の外の景色を見ている。
昨日も、「どこかへ旅行したいわ」と言っていた。
その希望がかなった?
伯父の死といっても、あぶないという話は、すでに前から聞いていた。
覚悟をしていた。
それもあるのかもしれない。
訃報を知らせてくれた、いとこたちにしても、いつもの声だった。
今朝、別のいとこに道路の雪の状態を問い合わせた。
そのいとこも、いつもの声だった。
こうして人は去っていく。
あたかも何ごともなかったかのように。
そしてそのあと、また何ごともなかったかのように、また新しい時が始まる。
●タクシーで
岐阜からⅠ村までは、車で1時間半余り。
タクシーで行くと、片道、1万5000円?
前回、・・・3年ほど前だったが、それくらいかかった。
往復で、3万円。
「バスで行って、その分で、どこかに泊まってこようか」と言うと、ワイフも、
「そうねエ・・・」と。
あまり乗り気ではなさそう。
どうしようか?
どうしてこんなとき、こんなセコイことを考えるのか。
●寒い
窓の外が急に曇ってきた。
いつもなら見える遠くの山々も、今日は雪雲に隠れて、見えない。
灰色の、どんよりとした境目のない雲だ。
「雪かもしれないよ」と。
しばらく黙っていたが、ワイフがこう言った。
「今年は寒いわね」と。
寒いというより、冷たい。
先週、浜松でも40年ぶりと言ってよいほどの降雪があった。
雪はそれほど積もらなかったが、道路が凍結した。
そのためバイパスや東名高速道路は閉鎖。
その朝だけで、何と370件余りもの交通事故が起きたという。
浜松市内だけ、で。
370件余り、だぞ!
●NG先生の奥さん
今朝、先月亡くなったNG先生の奥さんから、メールが入っていた。
「さみしい」とそれにはあった。
それで今度の日曜日に、食事に誘ってみた。
一度、みなで会食をしたことがあるレストランを提案した。
まだ返事はないが、家に帰ったら、もう一度強引に誘ってみる。
レストラン・・・名前は忘れたが、丘の上にある外国風のレストラン。
途中の道から、浜名湖が一望できた。
NG先生夫妻が、私たち夫婦を誘ってくれた。
今度は、私たちが、誘う番。
●思考停止
愛する人が亡くなると、いろいろな段階を経て、やがて現実を受け入れるようになる。
何かの本にそう書いてあった。
最初は(混乱)。
それが一巡すると、(怒り)。
それが収まると、・・・?
詳しくは忘れたが、キューブラー・ロスの「死の段階論」に似ている。
そのときは、そう思った。
また同じ「喪失」でも、衝撃度によって、いくつかに分類されている。
その中でも、配偶者の死は、最大級とか。
「そうだろうな」と思ったところで、思考停止。
それ以上のことは、私にもわからない。
興味本位で書くには、あまりにも失礼。
だから思考停止。
●心の余裕
今日のお供は、TOSHIBAのUX-23。
最軽量のミニ・パソコン。
バッテリーは5時間ほどもつ(?)。
が、たった今見たら、「残り63%」。
もう37%も消費!
ところで今度、電気自動車が発売になるとか。
その試乗記を、何かの雑誌で読んだ。
フル充電で、120キロ走るそうだ。
そのつど、バッテリーの残量が「%」表示されるそうだ。
しかし・・・。
私ならそんな車には乗らない。
いつもハラハラ。
ハラハラのしどうし。
今の私の心の状態と同じ。
生活には、いつも「余裕」が必要。
昔、こんな話をしたことがある。
●余裕論
サラリーマンをしていると友人が、私にこう言った。
「林さん(=私)はいいですねえ。ぼくらの何倍も収入があるから」と。
それに答えて、こう言った。
「サラリーマンの人が手にする20万円(月給)と、ぼくらが手にする20万円は、ちがいますよ。
ぼくらの20万円は、明日のない20万円です。
来月の保証が、まったくない。
だから予定が立たない。
もしぼくらがサラリーマンの人たちと同じ安心感を得ようとしたら、数倍でも足りないくらいです」と。
このパソコンにしても、そうだ。
「まだ100時間、使える」というのなら、安心。
が、「あと5時間」というのは、今の私には心細くてしかたない。
●余裕
心の余裕について書いた。
が、「余裕」とは何か?
最初に思いつくのが、金銭的な余裕。
つぎに肉体的(健康的)な余裕。
そして心の余裕。
どうであれ、余裕をもって生きるというのは、大切なこと。
が、だからといって、ぜいたくがよいというわけではない。
ぜいたくをしたいというわけではない。
万事、控えめ。
質素。
そう、「質素を旨とすべし」。
いつもあと一歩という、その手前の状態で、やめる。
それが「余裕」。
つまり余裕というのは、そのときの状態ではなく、自分で作るもの。
2000円しかなかったら、1000円のものを買えばよい。
1000円しかなかったら、500円のものを買えばよい。
それが「余裕」。
人生も、これまた同じ。
●仕事
4月からの仕事を考える。
あれこれ考える。
私の仕事は、4月が新年度。
1月という正月ではない。
仕事があるとか、ないとかいうことではない。
仕事ができるか、どうか。
それが問題。
体力と相談しながら、仕事を考える。
そう言えば、事務所の隣人の姿を、このところ見ない。
今朝、車を駐車しながら大家さんにそれを話すと、「入院なさっています」と。
私より15歳は、若い。
そんな人が、1か月近くも入院?
「明日はわが身」と、身を引き締める。
廊下で立ち話程度のつきあいしかない。
が、それでも気になる。
心配。
ザワザワとした心配。
●1月27日
先のところまで書いて、今は、その翌日の1月27日。
昨夜、暗くなってから、家に着いた。
以後、何をするでもなし、しないでもなし……という状態で、夜、床に就いた。
時刻は10時前。
「ここ数日、原稿が書けない」とワイフにこぼす。
こぼしながら、またまたPSP相手に将棋。
やはり子どもには、PSPなどのゲーム機器は、買い与えない方がよい。
時間が、無駄になる。
将棋ならまだよいが、……というのも、それなりにためになる部分もあるが、怪獣を倒すとか、動物を闘わせるとかいうのは、そもそも意味がない。
そんな意味のないゲームで、1時間とか2時間を浪費する。
そんなヒマがあったら、家事の手伝いをさせる。
そのほうがよほど、子どものためになる。
●I村
I村では、夢のような美しい景色を見た。
白銀の世界を、白い粉雪が舞っていた。
私は夢中でデジタルカメラのシャッターを切った。
タクシーの運転手も、気を利かして、ところどころでスピードを落としてくれた。
ワイフは、「映画の中のシーンみたい」と、何度も言った。
美しかった。
こんな簡単な言葉しか思いつかないが、とにかく、美しかった。
マガジン2月号用の写真ということになる。
マガジン2月号は、その写真で飾りたい。
……遠い昔に見た景色。
一点の汚れもない、純白の世界。
顔にかかる粉雪が、心地よかった。
●今日も始まった!
さて、今日も、始まった。
1月27日、木曜日。
最後に一言。
昨日乗ったタクシーの運転手は、「ものすごい人」(ワイフの言葉)だった。
ヨボヨボのジーさんだった。
髪の毛がほとんど抜け、残った髪の毛もちぢれていた。
その上やせこけて、色も浅黒かった。
が、年齢を聞いてびっくりした。
というのも、少し心配になったので、年齢を聞いてみた。
私には、75歳前後の老人に見えた。
すると運転手は、ためらうことなく、こう言った。
「63歳です。昭和23年生まれです」と。
な、何と、私と同じ年齢!
「あ、そうですか」と言っただけで、つぎの言葉が出てこなかった。
それについて、ワイフは、帰りの電車の中でこう言った。
「タバコのせいよ」と。
「ドアのハンドルも、タバコのヤニで、ベタベタしていたわ」と。
かなりのヘビースモーカーとみた。
それが老化を早めた?
それにしても、「ものすごい人」だった。
強く印象に残った。
(私は、22年生まれの63歳。)
Hiroshi Hayashi+++++++JAN. 2011++++++はやし浩司・林浩司
2011年1月27日木曜日
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