2011年5月27日金曜日

●今日も終わった(5-27)

●5月27日、戦いすんで日が暮れて……

昔(昭和44年)、佐藤愛子という作家が、『戦いすんで日が暮れて』という小説を
発表した。
直木賞を受賞した。
私は、その小説は読んでいないが、この『戦いすんで日が暮れて』という言葉は、当時の
流行語にもなった。
一日の仕事が終わり、家に帰りほっと一息ついたようなとき、今でも自然とこの言葉が
口をついて出てくる。

『戦いすんで日が暮れて』と。

 昭和44年というから、私が22歳のとき。
大学4年生のときのことだった。

●日々に戦い

 今日は霧のような小雨の中、町までの4キロを歩いた。
時間にして、ちょうど40分前後。
一度佐鳴湖畔に出て、その湖畔沿いに歩く。
途中、「富士見橋」という橋がある。
その名の通り、そこからは天気のよい日には、富士山を見ることができる。
いつもの散歩コースである。

 が、歩いている人は、ほとんどいなかった。
(そういえば、ゼロ?)
原発事故の影響か?
私も雲の動きが気になった。

 浜松から見ると、富士山は、やや北よりの東方向にある。
それをさらに延長したところに、福島第一原発がある。

その富士山のあるあたりを基準にすれば、風の方向がおおよそわかる。
富士山の方から吹いてくれば、東風。
要注意!
ときどき歩くのをやめ、私は空の雲の動きを追った。
風は、やや南よりの東から吹いていた。
が、それで安心したわけではない。
風というのは、そのつど向きを変えて吹く。

 言い忘れたが、このあたりでも、みな、こう言うようになった。
「雨の日は、出歩かないほうがいい」と。

●疎開

 そう言えば、昨日会ったSさんも、こう言っていた。
何でも知人が、福島から千葉へ、千葉からさらに、この浜松へ引っ越してきたという。
Sさんは「疎開」という言葉を使った。
もともと「疎開」というのは、「各地へ分散する」という意味である。
戦時中の学童疎開が、それ。
その言葉を聞いたとき、私はこう思った。

 「まさに、戦争だな」と。

 その知人もSさんにこう言ったそうだ。
「浜松は、まるで別世界ですね」と。
もともと浜松市民というのは、大ざっぱで、ノー天気(失礼!)。
この浜松で、原発事故を心配している人は、まずいない。……いなかった。
が、神奈川県で茶葉が汚染されたと聞いてからは、少し雰囲気が変わった。
「つぎは静岡。そのつぎは浜松」と。

 「東京では、青山でも、人通りがぐんと少なくなりました」と。
その知人は、Sさんにそう言ったという。
ましてや雨の日に出歩く人は、いない。

 私はときどき口の中に飛び込んでくる雨粒をなめながら、「だいじょうぶかな?」と。
そんなことを心配しながら、4キロを歩いた。
イヤ~ナ気分だった。

●仕事

 が、こういうときというのは、かえってカラ元気が出る。
またそうでもしないと、そのまま心まで曇ってしまう。
私はいつも以上に、子ども(生徒)たちとはしゃいだ。
楽しかった。
おもしろかった。

 その様子はビデオに収めた。
幼児教室の今日のテーマは、『言葉』。

(1)



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●ついでに小4、5クラスの様子も、ビデオに収めた。
一番手前の子ども(男児)は、まだ小学1年生である。
名前をK君という。
私はこれほどまでに勉強癖のしっかりした子どもを、ほかに知らない。
冷静沈着。
しかも頭がキレる。
シャープ!

このタイプの子どもは、よく過干渉児と誤解される。
が、K君はちがう。
生まれもった性質そのものが、ちがう。
たいへん恵まれた子ども(Gifted Child)ということになる。

私はK君の将来を見届けることはできないが、K君はいつか、
ずば抜けた才能を光らせるはず。
恩師の田丸謙二先生のような、鋭い眼光をもっている。
そういう子どもに出会うと、私のほうがうれしくなる。

率直に言うと、私は勉強が嫌いな子どもを教えるのが、苦手。
反対に、K君のような頭のよい子どもを教えるのが得意。
ずば抜けてすばらしい子どもにする自信がある。

 ……というようなことも心のどこかに置き、このビデオを観てもらえれば、
うれしい。
またK君にとっても、あとあとすばらしい思い出になればうれしい。

●小4、5クラス+K君(小1)



●最善

 ということで、今日もがんばった。
自分を出し切った。
完全燃焼というには、ほど遠い。
しかし点数をつければ、70点くらい?

あとは、今日撮ったビデオをYOUTUBEにアップすればよい。
それで今日は、おしまい。

で、最後に一言。

『戦いすんで日が暮れて』。


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

*You are just Brain-less!

【福島原発事故・5月27日】

●「私はいったいなんだったのか」

 今は、責任問題を論じているばあいではない!
1号機だけならまだしも、2号機、3号機、4号機、すべてがメルトダウンしている。
とくに3号機があぶない。
MOX燃料を使っている。
にもかかわらず、1号機の55分間の海水中断がどうのこうの、
それがだれの命令によるものかどうのこうの、
首相はウソを言っているかどうのこうの、と、
そんなレベルで、政治家たちは大騒ぎしている!

火事はまだ延焼中。
ボーボーと燃えさかっている。
その最中に、放水を中断したのはだれかと騒ぐようなもの。
まず火を消せ! 
責任問題は、そのあと!

が、だれも中断など、していなかった。
結局は自民党と原子力安全委員会のHH委員長の、ひとり芝居だった
日本経済新聞は、つぎのように伝える(5月26日)。

「『私はいったいなんだったのか』……福島第1原発1号機への海水注入をめぐる問題で、東京電力が実際は注入を続けていたと一転して発表したことを受け、原子力安全委員会のHH委員長は26日、「中断がなかったのなら、私はいったい何だったのか」などと不信感をあらわにした」(日本経済新聞)と。

 「私はいったいなんだったのか」って? 
答は簡単。
「ただのバカだった」。

●現実検証能力

 今、私たちは、いったいどういう状況に置かれているか。
それを知る能力が、現実検証能力。
が、ただ客観的に知るだけでは足りない。
ことの大小が、的確に判断できなければならない。
ことの軽重が、的確に判断できなければならない。
そういうことが総合的に判断できて、はじめて、現実検証能力があるということになる。

 が、今回の「中断騒動」には、それがなかった。
55分間の海水中断があったにせよ、あるいはなかったにせよ、今は、全力を投じて
事故処理に専念すべきとき。
被災者の人たちの救援に全力を尽くすべきとき。
先にも書いたように、火事は目下、延焼中。
東京電力や原子力安全保安院は、さかんに「安定(stable)」という言葉を使って、私たち
を煙に巻こうとしている。
「原発は安定しています」と。

しかし新聞記事を読んだだけでも、それがウソとわかる。
問題は、何も解決していない。
むしろ日々に新たな問題が生まれ、日々に状況は悪化している(5月27日現在)。

 たとえばその近辺の学校では、表土を取り除き、すでに「除染?」を始めている。
気持ちはわかるが、まだ早い。
今の今も、放射性物質は、放出されたまま。
放射性物質は、この先も、どんどんと降り積もっていく。
雪かきの「雪」とは、訳がちがう。

●55分間の中断

 何も「55分間の中断」が、ささいな問題だったと言っているのではない。
それはそれで大きな問題かもしれない。
が、現在、起こりつつある問題は、それをはるかにしのぐほど、深刻かつ重大な問題。
仮に1号機について、55分間の中断があったにせよ、そのときすでに1号機とは
関係なく、2号機、3号機、それに4号機すべてが同時におかしくなり始めていた。
自民党やHH委員長は、「55分間の中断があったこと」が、あたかもすべての原因
であるかのような論陣を張り、管首相を追い落とそうとしていた。
が、繰り返すが、今は、そんな時ではない。

 仮に3号機が爆発でもしたら、そのとき、この日本はどうなるか。
それを少しでも頭の中で、想像してみればよい。
燃えたプルトニウムの微細粉末が、全国に散らばる。
「プルトニウムは比重が重いから(比重=19)、飛び散らない」と説く人もいる。
しかし1ミクロン(大腸菌とほぼ同じ)の微細粉末である。
地球の重力が、そこらの金属棒と同じように働くと考えるほうがおかしい。

 そのたった一個(ホット・パーティクル)でも体内に入れば、そこで内部被爆。
確実にがんを引き起こす。
「毒性がきわめて強い」というのは、そういう意味。

 そういう判断も的確にできないから、ここで「バカ」という言葉を使った。

●イタチごっこ

 このところこの浜松市へ、福島県のみならず、東京や千葉県から疎開してくる人が、
目立ってきた。
昨日も、「福島県から転校してきた子がいる」と話してくれた子ども(小2)がいた。
あるいは一度は福島県から千葉県へ疎開したものの、さらにその千葉県から浜松市へ
再疎開してきた人もいるという。
たまたま参観に来ていたSさんが、そう話してくれた。

 いくら「安定」という言葉を使っても、だれも安定しているとは思っていない。
現に放射性物質は、垂れ流し状態。
「貯蔵タンクが満杯になってしまった」と言っていたら、今度は「そのタンクに穴が
空いていた」と。
毎日がこの繰り返し。
つまりイタチごっこ。
私が現場で働いている作業員なら、とっくの昔にサジを投げてしまっていただろう。
つまり原子力発電所事故の恐ろしさは、ここにある。

 一度事故が発生すると、ドミノ倒しのドミノのように、つぎつぎと問題が発生していく。
が、問題はそのとき起こる。
それぞれのばあいに応じて、対策が用意されていれば、まだよい。
が、その対策が用意されていない。
用意されていないから、また別の新たな問題が発生していく。

 3号機についても、格納容器は鋼鉄製というが、配管などはゴム製のパッキングで
つながれているという。
格納容器そのものが熱に強くても、ゴムはそうでない。
そのゴムが溶けて、そこから高濃度の放射性物質が飛び出る。
が、そうなったら、もう打つ手はない。
(すでに溶け始めているが……。)

相手は超高濃度の放射性物質である。
現在2シーベルト前後の放射線が観測されているというが、10シーベルトの
放射線に当たれば、人間は即死状態になるという。

●敦賀原発

 選挙のとき政治家たちは、みなこう言う。
「命をかけて……します」と。
ならば今がそのとき。
地元の政治家たちは、どうか命をかけて、福島の事故現場へ駆けつけてほしい。
……というのは、言い過ぎと言うことは、よくわかっている。
政治家たちは、言葉のアヤとして、選挙のときだけ、そう言っているに過ぎない。

 しかし驚いたのは、こういう状況を目の当たりに見ながらも、まだ原発を擁護している
政治家がいるということ。
昨日(5月26日)見た、NHKの報道の中でも、そう言っている政治家がいた。
「原発は必要です」(敦賀市長)と。
ならば今、一筆、書いておいてほしい。
「事故にあっても、私たちは『国が……』『国が……』などと泣き言を言いません」と。
ずいぶんと辛らつな言い方に聞こえるかもしれない。
しかし実際、福島の事故現場で働いている作業員の方たちは、仕事に就く前に、こんな
念書を書かされているという。
「将来、放射線障害が現れても、(東電に対して)、責任を追及いたしません」と。

 番組の中では、鍵職人の男性も紹介されていた。
その男性も、「もし原発がなくなったら、私たちは別の県へ引っ越すしかありません」
(以上、記憶によるものなので、内容は不正確)と言っていた。
が、私にはその言葉が、こう聞こえた。
「原発事故が起き、強制避難が命じられても、私は文句を言いません」と。

●石棺化

 最終的には、チェルノブイリ事故のように、石棺化するしかないのか。
今の状況を見るかぎり、そういう心配は、ぬぐえない。
もちろん石棺化したからといって、それで問題が解決するというわけではない。
25年たった今ですら、チェルノブイリでは、その問題で苦しんでいる。 

 ……だったらというわけでもないが、つまりそういう可能性もあるなら、今すぐ、
何十万トン、あるいは何百万トンというコンクリートを用意しておくべきではないのか。
ブルドーザーにしても、何百台も並べておいたらよい。
つまりそこまでしてはじめて、「対策」ということになる。
それもしないで、その場しのぎのことばかりしているから、事故は拡大する。
今の今が、そうだ。

 もし政府に責められるべき点があるとするなら、まさしくこの点ということになる。
「だれかが何とかするだろう」と、責任を押しつけあっている。
おかしな楽観論が蔓延している。
あるいは「まだ、何とかなる」と、あえてそこにある事実から、目をそらそうとしている。
たとえば敦賀市長は、たしかこう言っていた。

「日本には原発は必要です」と。

 記憶によるものなので、言葉は不正確。
しかし私には、敦賀市長がそこまで高邁な国家論をもっているようには、見えなかった。
「日本には……」ではなく、「敦賀には……」ではないのか。
それとも「私には……」ではないのか。
「敦賀が、日本国の発展のために犠牲になってもいい」というような、そんな高邁な
精神は、私にはとても感じられなかった。

 が、もし敦賀市長に、ほんの少しでも現実検証能力があったら、とてもこんな言葉は
出てこなかったはず。
さらに一言。
NHKの報道では、飛行機事故を想定していた。
飛行機が原発に衝突したら、そうなるか、と。
が、それよりも心配なのは、テロ。
武力攻撃。

 もし敦賀にたった一発でも、K国のミサイルが撃ち込まれたら、それこそこの日本は
万事休す。
全滅。
そういう国際感覚はあるのか?
つまりそのあたりまで検証する能力があってはじめて、現実検証能力あり、という
ことになる。

 ともかくも今は、国家の存亡をかけた、一大危急時。
些細な問題はさておき、今そこにある危機と闘うしかない。
「現実」を原点として、つぎの対策を考えるしかない。
責任問題、原因追及は、つぎのつぎ。

あろうことか、民主党内部では、政権抗争が激化しているという。
バカげているというか、開いた口が塞がらない。
日本の政治のレベルがここまで低いとは、正直に告白するが、私は思っていなかった。
その一例が、今回の「55分間の海水注水中断劇」ということになる。
2011/05/27朝記


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【小学1年生と2年生に、「形」を教える】

●同じ教材を使って、小学1年生と2年生に「形」を教えてみました。
 反応のちがいなど、比較してくださると、この時期の子どもの発達の様子が
 わかっていただけるのではないでしょうか。

(小1クラス)

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Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(小2クラス)

(1)



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Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

2011年5月24日火曜日

●Nuclear Apathy

【年中児(4歳児)・数の学習】(1~30まで数えてみよう)

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年中児(つまり大半が4歳児)のレッスンです。

レッスンを始めてから、ほぼ2か月がすぎました。
今日のテーマは、「数」。
「1~30まで数えてみよう」です。

年長児(5歳児)と同じ教材を使いますが、年中児は
約3分の2程度のところで、時間切れ。
また全体に、(当然のことですが)、年長児のレッスンの
内容よりは、浅くなります。

今日は3歳児のY君が見学にやってきました。
1時間、座ってくれていたのには、驚きました。
この年齢の子どもには、座っているというだけでも、
たいへんな作業です。

最初は穏やかに導入し、徐々に盛り上げていくという
手法を、今回は使ってみました。
10分後には、みな、ワイワイと大声を出すように
なりました。
その変化をどうかご覧ください。

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(1)




(2)




(3)




(4)



(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 年中児 幼児教室 数の学習 4歳児の数 幼児教育)


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●5月24日(2011年)朝

●『ゆでガエル』と「アパシー」

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昨日、15枚ほど原稿を書いた。
USBメモリーに保存した。
が、今朝さがしたら、それがない!
つまりUSBメモリーがない!
たしかそれを、目がねケースに入れて
おいたはず……。

こういうときというのは、やる気をなくす。
本当になくす。

今朝もこうしてパソコンに向かう。
が、頭の中はからっぽ。
何をどう書いてよいものか?

これは私の性格。
同じことを繰り返すということができない。
いつも変わったことをしていないと、
気がすまない。
だから今、昨日書いたのと同じ原稿を
書けと言われても、それができない。
できないから、からっぽ。

ぼんやりと、……どこかうつろな気分で、
あちこちのニュースサイトをながめる。
読んでは、忘れる。
読んでは、忘れる。
気分は、どこか投げやり。

そう言えば昨日、どこかのサイトに
こんな言葉があった。
『ゆでガエル』。

カエルをゆでるにも、ゆで方というのがあるそうだ。
カエルを食用にしている国は多い。

つまり生きたカエルをゆでるとき、(残酷な
話だが……)、いきなり熱い湯に入れると、
カエルは飛び跳ねて、逃げてしまう。

そこでカエルをゆでるときには、水の中に入れ、
徐々に温度をあげる。
カエルは温度があがっているのに気づかず、
そのままゆであがってしまうという(※)。

(これはあくまでも「警句」として使われている
言葉で、実際にそうであるということではない。)

今度の福島第一原発事故に関しての
話である。

今ごろになって、東京電力は、事故直後すでに
メルトダウン(炉心融解)が始まっていたことを、
認めた(5月23日)。
もしあのときそれを公表していたら、
日本中は大混乱に陥っていただろう。
つまり熱い湯の中に、カエルを落とした
状態になっていた。

が、そのカエルも徐々に温度をあげられると、
それに気づかない。
そのまま湯の中で、ゆであがってしまう。
つまり今が、その状態ということになる。
だから「ゆでガエル」。

今朝のニュースを読むと、1号機も、2号機も、
3号機も、みな、メルトダウンしているという。
メルトダウンだぞ!
最悪の原子力発電所事故だぞ!
が、その深刻さが、どうもイマイチ、伝わって
こない。
状況に慣れてしまったというか、無関心に
なってしまった。

こういう心の状態を、英語では、「アパシー」という。
apathy……つまりものごとに、冷淡的に無感動
であること。
「無関心」と訳すが、それともややニュアンスが
ちがう。
アパシーはアパシー。
英語で「アパシー」という言葉を使うときは、
そこに「罪」というニュアンスをからませる。

 つまり問題があまりにも大きすぎて、対処できない。
言うなれば戦争状態。
法や秩序、良識や常識が、みな、吹き飛んでしまった。
もう少し具体的に説明すると、こうなる。

たとえば現在、どこかで保険金殺人事件が
話題になっている。
保険金をかけて、その人を殺す……。
何ごともない平和な時なら、今ごろは大問題になって
いただろう。
しかし現在、原発周辺で起きていることは、
そんな程度の問題ではない。
この先、何十万人、あるいは何百万人という
人たちが、放射線障害で命を落とすことになる。

それほどまでに深刻な問題である。
そういう深刻な問題をさておいたまま、何が
保険金殺人だ、となる。
が、これがアパシーというわけではない。
本物のアパシーは、もっと恐ろしい。

 たとえば今、原発事故の現場では、500~
1000人の作業員の方たちがその処理に
従事しているいう。
同時に、大量の放射線を浴びている。
そういう作業員の人たちが、今後、無事で
あるはずがない。
「今、ただちに……」ではないとしても、
今後1、2年から10年のうちには、
深刻な放射線障害が現れてくる。
チェルノブイリの例をあげるまでもない。

そこで本来なら、「退避しなさい。危険だ!」と
言いたいが、それができない。
口をつぐんでしまう。
「がんばってもらうしかない」と、目や耳を遠ざけて
しまう。
それがアパシーということになる。

「冷淡的に無関心になり」、わざと心を、
外に向ける。
向けたまま、何ごともないかのように、
自分の生活をつづける。
考えてみれば、これほどの「重罪」は、そうはない。
「だれかにやってもらわなければならない」と自分に
言い聞かせる。
またそう言い聞かせながら、自分の心をごまかしてしまう。
いつの間にか、私たちの心はそうなってしまった。

わかりやすく言えば、私たちが今、
「ゆでガエル」の状態になっている。

……で、「ゆでガエル」の話は知らなかったが、
以前、こんな原稿を書いたことがある。
2002年に書いた原稿だが、この原稿の
中で私が書きたかったことは、やはり「アパシー」
ということになる。

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【杉原千畝副領事のビザ発給事件を考える】 

●杉原千畝副領事のビザ発給事件 

 「1940年、カウナス(当時のリトアニアの首都)領事館の杉原千畝副領事は、ナチスの迫害から逃れるために日本の通過を求めたユダヤ人6000人に対して、ビザ(査証)を発給した。
これに対して1985年、イスラエル政府から、ユダヤ建国に尽くした外国人に与えられる勲章、『諸国民の中の正義の人賞(ヤド・バシェム賞)』を授与された」(郵政省発行20世紀デザイン切手第九集より)。

●たたえること自体、偽善

 ナチス・ドイツは、ヨーロッパ全土で、1100万人のユダヤ人虐殺を計画。結果、アウシュビッツの「ユダヤ人絶滅工場」だけでも、ソ連軍による解放時までに、約400万人ものユダヤ人が虐殺されたとされる。
杉原千畝副領事によるビザ発給事件は、そういう過程の中で起きたものだが、日本人はこの事件を、戦時中を飾る美談としてたたえる。
郵政省発行の記念切手にもなったことからも、それがわかる。
が、しかし、この事件をたたえること自体、日本にとっては偽善そのものと言ってよい。

●杉原副領事のしたことは、越権行為?

 当時日本とドイツは、日独防共協定(1936年)、日独伊防共協定(37年)を結んだあと、日独伊三国同盟(40年)まで結んでいる。
こうした流れからもわかるように、杉原副領事のした行為は、まさに越権行為。
日本政府への背信行為であるのみならず、軍事同盟の協定違反の疑いすらある。
杉原副領事のした行為を正当化するということは、当時の日本政府がしたことはまちがっていると言うに等しい。
その「まちがっている」という部分を取りあげないで、今になって杉原副領事を善人としてたたえるのは、まさに偽善。
いやこう書くからといって、私は杉原副領事のした行為がまちがっていたというのではない。
問題は、その先と言ったらとよいのか、その中味である。
当時の日本といえば、ドイツ以上にドイツ的だった。
しかも今になっても、その体質はほとんど変わっていない。
どこかで日本があの戦争を反省したとか、あるいは戦争責任を誰かに追及したというのであれば、話はわかる。
そうした事実がまったくないまま、杉原副領事のした行為をたたえるというのは、「今の日本人と戦争をした日本人は、別の人種です」と言うのと同じくらい、おかしなことなのだ。

●日本はだいじょうぶか?

 そこでこんな仮定をしてみよう。仮に、だ。
仮にこの日本に、100万単位の外国人不法入国者がやってくるようになったとしよう。そしてそれらの不法入国者が、もちまえの勤勉さで、日本の経済を動かすまでになったとしよう。
さらに不法入国者が不法入国者を呼び、日本の人口の何割かを占めるようになったとしよう。
そしてあなたの隣に住み、あなたよりリッチな生活をし始めたとしよう。もうそのころになると、日本の経済も、彼らを無視するわけにいかない。
が、彼らは日本に同化せず、彼らの国の言葉を話し、彼らの宗教を信じ、さらに税金もしっかりと払わないとする。
そのとき、だ。もしそうなったら、あなたならどうする? 
あなた自身のこととして考えてみてほしい。
あなたはそれでも平静でいられるだろうか。
ヒットラーが政権を取ったころのドイツは、まさにそういう状況だった。
つまり私が言いたいことは、あのドイツですら、狂ったということ。
ゲーテやシラー、さらにベートーベンを生んだドイツが、だ。
この日本が狂わないという保証はどこにもない。
現に2000年の夏、東京都の石原都知事は、「第三国発言」をして、物議をかもした。
そして具体的に自衛隊を使った、総合(治安)防災訓練までしている(2000年9月)。
石原都知事のような日本を代表する文化人ですら、そうなのだ。

●「日本の発展はこれ以上望めない」

 ついでながら石原都知事の発言を受けて、アメリカのCNNは、次のように報道している。
「日本人に『ワレワレ』意識があるうちは、日本の発展はこれ以上望めない」と。
そしてそれを受けてその直後、アメリカのクリントン大統領は、「アメリカはすべての国からの移民を認める」と宣言した。
日本へのあてこすりともとれるが、日本が杉原副知事をたたえるのは、あくまでも結果論。
チグハグな日本の姿勢を見ていると、どうもすっきりしない。
石原都知事の発言は、「私たち日本人も、外国で同じように差別されても文句は言いませんよ」と言っているのに等しい。
多くの経済学者は、2015年には日本と中国の経済的立場は逆転するだろうと予測している。
そうなればなったで、今度は日本人が中国へ出稼ぎに行かねばならない。
そういうことも考えながら、この杉原千畝副領事によるビザ発給事件、さらには石原都知事の発言を考える必要があるのではないだろうか。
(02-10-4転載)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●アパシーという重罪

 私はこの原稿を読みながら、改めてこう考える。

 いつの日か、福島第一原発の事故も、過去の一大事件として振り返られるときが
やってくるだろう。
そのとき、その事故処理で多量の放射線を浴び、犠牲になった人たちのことも振り返られるだろう。
「あの人たちのおかげで、私たちは、今、こうして無事でいられるのです」と。

 それはその通りだと思う。
しかしだからといって、今、私たちがもっているアパシーが、それで許されるというわけ
ではない。
もう少し辛らつな言い方をするなら、犠牲となった人たちに感謝する程度のことで、
私たちが今、犯しつつあるアパシーという重罪が、帳消しになるわけではない。

 杉原千畝副領事のビザ発給事件にしても、そうだ。
一方でドイツと手を組み、間接的であるにせよ、ユダヤ人の大量虐殺に手を貸し、
アジア地域で似たような虐殺事件を起こしてきた日本人。
軍人だけではない。
その周辺の日本人すべて。
そういう虐殺事件を見て見ぬフリをつづけた。
それがアパシー。

その同じ日本人が、杉原千畝副領事のビザ発給事件にしがみつく。
が、だからといって、私たちが犯したアパシーという重罪が、それで帳消しになる
わけではない。
さらに一歩進んで、もし杉原千畝副領事を称えるとしたら、それこそまさに偽善。
その前にやるべきことは、山のようにある。……はず。

 ……やはり今朝は、うまく原稿がまとめられない。
どこかバラバラ。
昨日書いた原稿が、とくによかったというわけではない。
ただこうも言う。
『釣り逃がした魚は大きい』と。
今は、そんな感じ。
「からっぽ感」は、今もある。

 ……しかしそれにしても、この罪悪感は、どこから来るのか。
原発事故の現場で事故処理に当たっている作業員の人たちのことを思うと、どうしても
気分が重くなる。
申し訳ないというより、罪悪感。
何か悪いことをしているという気分を、どうしてもぬぐい去ることができない。

 ……ということで、今日も始まった。
5月24日、肌寒い曇り空。
みなさん、おはようございます。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(注※)『ゆでガエル』(ウィキペディア百科事典より)

『ゆでガエル』

茹でガエル現象、茹でガエルの法則とは、ビジネス環境の変化に対応する事の重要性、困難性を指摘するために用いられる寓話の一種。
『ウサギとカメの競争』などと同様、自然科学とは無関係である。

出典は不明だが、スタンレー・ホールによって1887年に紹介されており、英語圏で伝えられてきた古典的な警句と見られる。
要旨は「2匹のカエルを用意し、一方は熱湯に入れ、もう一方は緩やかに昇温する冷水に入れる。すると、前者は直ちに飛び跳ね脱出・生存するのに対し、後者は水温の上昇を知覚できずに死亡する」というものである。

およそ人間は環境適応能力を持つがゆえに、暫時的な変化は万一それが致命的なものであっても、受け入れてしまう傾向が見られる。
(例えば業績悪化が危機的レベルに迫りつつあるにもかかわらず、低すぎる営業目標達成を祝す経営幹部や、敗色濃厚にもかかわらず、なお好戦的な軍上層部など)。
(以上、ウィキペディア百科事典より転載)

(補記)

 ついでに、2000年ごろには、「2015年ごろ、日本と中国の経済的立場は逆転するだろう」と言われていた(本文より)。
しかし実際には、2011年(今年)、日本と中国の経済的立場は逆転した。
予定より4年も早まったことになる。


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

2011年5月22日日曜日

*Profit and Loss of Life

【損得論】


● 山荘にて


5月末。
山荘に、ベストシーズンがやってくきた。
野生のジャスミンが咲き誇り、野いちごが赤い実をつける。
空には、もちろんホトトギス。
終日、トーキョートッキョ、キョカキョク……と鳴きながら、
空を舞う。


●野生のジャスミン


今日は、夜中に、山荘に着いた。
甘い香りが、厚い層となって、ゆっくりと全身をやさしく包む。
歩くのをやめ、そのまま深く息を吸い込む。
気温は21度。
車をおりるとき、外気温度を見たら、21度だった。
クーラーの設定温度より低かった。


 湿った冷気が心地よい。
空を見上げると、低い雲が町の明かりを受けて、ぼんやりと光っていた。
先週来たときには、満天の空に星々がまばたきもせず、輝いていた。
台風一過の、その翌日のことだった。


 見ると、ワイフが車から荷物をおろし終えるところだった。
私は土手にライトを向けた。
野いちごが、そこにあるはず。
先週来たとき、ワイフがこう言った。
「来週あたりが、食べごろね」と。


●野いちご


 野いちごが袋に一杯になった。
それをもって居間へ行くと、ワイフが驚いた。
「そんなにたくさん!」と。


 得意げな気持ちを抑えながら、私はだまってコタツに入る。
パソコンを並べる。
テーブルの上に散っていたミニコプター(おもちゃのヘリ)を、並べなおす。
ワイフが注いだ、ミネラルウォーターを飲む。


「生きていてよかった」と。
少し大げさな感じがしないでもないが、そう思った。
そこで損得論。
人は何をもって、損といい、得というか?


+++++++++++++++++++++++++


 ふつう「損・得」というと、金銭的な損得をいう。
しかし何も金銭的な損得だけが、損・得ではない。


時間的な損得論もある。
健康的な損得論もある。
心のつながりの損得論もある。
「人間的な損得論」というのが、それ。
しかし何が損か、得かということになれば、精神的な損得論。


 精神的に「損」をすれば、人生、すなわち命そのものを、
無駄にすることになる。


++++++++++++++++++++++++


●時間的な損得論


 「時間は財産である」。
が、若い人にこんなことを言っても、理解されないだろう。
時間は無限にあるように思っている。
10年後も、20年後も、今のまま・・・と考えている。


 自己中心性の強い中学生だと、こう言う。
「ぼくは、歳を取らない」と。
中学生や高校生でも、そう考えている子どもは、少なくない。
I君(高校男子)も、こう言った。
「ジジイのような役立たずは、早く死ねばいい」と。
そこで私が、「君だって、やがて歳を取って、ジジイになる」と言うと、こう言った。
「ぼくはそれまでにうんとお金を稼いでおくからいい」「だれにも迷惑をかけない」と。


 が、時間はけっして無限ではない。
わかりきったことだが・・・。
しかも皮肉なことに、加齢とともに、時間が過ぎるのが、加速度的に早くなる。
脳のCPUの働きそのものが、遅くなる。
鈍くなる。


 私は・・・時間というのは、金の砂時計のようものと思うことがある。
金銭的な価値に例えているのではない。
それくらい貴重、……という意味で、「金の砂」に例える。
それが絶え間なく、サラサラと下へ、下へと流れていく。
もちろん流れ切ってしまえば、寿命は尽きる。


 そこで「浪費」。
少し前、こう書いた。
「パチンコなどで、一日をつぶしている人は、時間を無駄にしている」と。
中には、娯楽としてパチンコを楽しんでいる人もいる。
娯楽は娯楽。
仕事の合間の息抜き。
だからみながみな、無駄にしているとは思わない。


 もしパチンコを否定してしまったら、魚を釣るのも、映画を観るのも、無駄と
いうことになってしまう。
私だって、旅行先では、何もせずぼんやりとしていることが多い。
が、ことパチンコとなると、話は別。
私には、できない。
1~2時間、無駄にしたと思っただけで、「しまった!」と思う。


 残された時間は、みな、同じ。
要は過ごし方の問題ということか。


●健康的な損得論


 健康的な損得論といえば、第一に思いつくのが、運動と食事。
たとえば寒い朝、ジョギングに出かけるのはつらい。
しかしその(つらさ)に負けていたのでは、健康にはなれない。
「なれない」というよりは、維持できない。


 寒い朝、寝床の中で時間をつぶすのは、「損」ということになる。
一方、一見「損」に見える運動だが、運動した方が、「得」ということになる。
だからときどきビルのエスカレーターに乗りながら、こう思う。
「歩いたほうが、得なのに……」と。


 が、問題は「食事」。


 最近はホテルや旅館などでは、どこでもバイキング料理というのが、ふえた。
あのバイキング料理。
食べなければ、損なのか?
それとも食べたら、損なのか?


 私のばあい、いまでも、それに迷う。
迷うが、結局はいつもより食べ過ぎてしまう。
が、結果からみると、食べ過ぎることのほうが、「損」。
歳を取れば取るほど、体の機能が微妙になる。
少し油断をすれば、すぐ肥満。
糖尿病にもなる。
ほかにもいろいろ。
病気の種類だけでも、分厚い家庭医学書ほどもある。


 だから私のばあい、いつもこう問いかけながら食べる。


「食べたら損ねるのか?」「食べなければ損ねるのか?」と。


●人間的な損得論


 人間は社会的な動物である。
社会、つまり人との関わりをもって、はじめて人は人でありえる。
人と隔絶された世界で、たったひとりで生きたとしても、生きたことにはならない。
これはあくまでも極端なケースだが、たとえば猿だけが住む猿が島に、ひとりで
住むようなケースを空想してみればよい。
あなたはそのとき「人」でいられるだろうか。
猿たちを相手に、幸福で満ち足りた生活を送ることができるだろうか。


 たとえば私もこうして今、ひとりでものを書いている。
たったひとり?
しかしやがてすぐこの文章は、ネットにのって、全世界に配信される。
そこで人とのつながりが、できる。


 当然のことながら、(こう決めてかかるのも危険なことだが)、人間関係は、幅広く、
豊かであればあるほどよい。
もちろん密度の問題もある。
つまらない友人が100人いたところで、心の隙間を埋めることはできない。
ある賢人はこう書き残している。


「歳を取ったら、少数の人と、親密に交際した方がいい」と。


 いろいろな考え方があるようだが、人間関係そのものは、貴重な財産である。
もちろん金銭的な意味で、そう言っているのではない。
友や親類、近親の人をなくすのは、「損」ということになる。
わかりやすく言えば、「理解しあえる相手」こそが、財産ということになる。
その数が多ければ多いほど、「得」ということになる。


●精神的な損得論


 若いころ、こんな話を聞いた。
生徒の家の近くに、80歳前後になる女性が住んでいた。
(年齢は記憶による。)


 その女性は、近所で花の植木鉢を盗んできては、自分の家にそれを並べていたという。
私はその話を聞いたとき、頭の中で思考がバチバチとショートするのを覚えた。
理解できなかった。
「花を楽しむという美しい心と、ものを盗むという醜い心は、衝突しないのか」と。
ほかのものならともかくも、「花」である。
美しい花である。


 この話は私の心に中にずっと残った。
そして今は、こう思う。
「花を盗むことで、人は回り道をすることになる」と。


 話を少し飛躍させてしまった。
私がここで書きたいことは、こういうこと。


 人はいつも何かの目標に向かって生きている。
真・善・美がその代表的なものだが、ほかにもある。
その目標に向かって生きている。
そのとき、自分の心を偽ることは、それ自体が回り道になる。
しかも一度、回り道をすると、そこで「得?」をした分の、何倍も「損?」をする
ことになる。


 たとえば先の女性のばあい、花の植木鉢を盗んだことにより、一時の得(?)を
するかもしれない。
しかしその分だけ、人生の目標からはずれることになる。
たとえば一度醜い心に染まってしまうと、それを消すのに、何倍もの時間がかかって
しまう。
つまり損(?)をする。


 これが精神的な損得論である。


●寛大


 それぞれの損得論は、それぞれ別のものに思う人もいるかもしれない。
私もそう思っていた。
が、人間の脳みそは、それほど器用にできていない。
一部が全部、全部が一部と、それぞれ関連しあっている。


 たとえば私は若いころ、金銭的な損得に、かなりシビアだった。
そのつど敏感に反応した。
が、以来30~40年?
自分の人生を振り返ってみても、金銭的な意味で「得」をしたということは、
ほとんどない。
損ばかりしていた。


 最初は10万円単位だった。
それが100万円単位になり、そのあとさらにふえた。
が、それに慣れると、そのうち、金銭的な損がどうでもよくなってしまった。
・・・というか、免疫性ができ、寛大になった。


 が、ほかの面に寛大になったというわけではない。
金銭的な損得論から解放されることによって、それまで見えなかった損得論が
見えるようになった。


 ここに書いた、時間的な損得論、健康的な損得論、人間的な損得論、精神的な
損得論が見えるようになった。
わかりやすく言えば、金銭的な損を重ねるうち、「損」というものが、どういうものか、
それがよりよくわかるようになった。
「何をもって、私たちは損というか?」と。
そしてその反射的効果として、何が「得」なのかも、よくわかるようになった。


●時間的な損


 時間的な損と言えば、くだらないテレビが、あげられる。
もっとも私の年齢になると、あのバラエティ番組を見る人は少ない。
少ないが、その一方で、どうしてあんな番組が、人気があるのか、私にはよく理解
できない。
それなりに意味のあること(?)をまぶしてはいるが、まさに情報の羅列。
洪水。
それを見る人にしても、見ては覚え、そして覚えては忘れる。
それを繰り返している。


 が、これを繰り返していると、思考力そのものが衰退してしまう。
自分の力で考えることができなくなってしまう。
言うなれば情報中毒。
その情報中毒が、こわい。


バカになりながら、自分がバカになっていることにさえ、気がつかない。
よい例が、バスや電車の中で、大声で話し立てるオバチャンたち。
もし今度そういうオバチャンたちを見かけたら、どんな話をしているか、
少し耳を傾けてみたらよい。


(1) 脳に飛来した情報を、そのまま話しているだけ。
(2) 話の内容が、どんどんと変化していく。
(3) 世俗的な世間論のみで、議論による深まりがない。
(4) 発展性もなければ、創造性もない、など。


 つまり時間を無駄にしているだけ。
せつな的な時間つぶしをしているだけ。
話しては忘れ、話しては忘れ、それを繰り返しているだけ。
もっと辛らつな言い方をすれば、口の運動をしているだけ。


●健康的な損


 健康的な損といえば、第一にあげられるのが、喫煙。
高額な税金を払い、病気を買っているようなもの。
タバコにしても、「吸っている」のではなく、タバコに「吸わせられている」。
自分の意思で吸っているのではない。
吸わせられている。


 結果、喫煙は健康のあらゆる面に、影響を与える。
病気を引き起こす。
がんを例にあげるまでもない。


 要するに、肉体というのは、だらしなく、怠けもので、誘惑に弱いということ。
そういう前提で、自分の肉体を考える。
もう少しわかりやすく例えると、あなたの脳みそは、経営者。
肉体は言うなれば、労働者。
文句ばかり並べて、働こうとしない労働者。
だからあなたは自分の肉体に向かって、こう叫ぶ。
「働け!」と。


 それが健康につながる。
つまり「得」。


●最大の損


 最大の損といえば、当然、「死」ということになる。
人は死ぬことで、すべてを失う。
名誉も地位も財産も、そして命すらも。


 あのホーキング博士は、最近、こう言っている。


『天国とは闇を恐れる人のおとぎ話にすぎない』と。


 天国はあるのか、ないのか。
本当のところは、私にもわからない。
わからないが、「天国はない」という前提で私は生きている。
「死んでみて、あればもうけもの」と。


 が、ホーキング博士は、「そんなものは、ない」と。
わかりやすく言えば、死は、「コンピューターが壊れたような状態」(ホーキング
博士)という。
「私」どころか、死ねば、この宇宙もろとも、消えてなくなる。


 そんな損……それを「大損」というのなら、大損でもよい。
そんな大損を前にすれば、目の前の損など、どれもささいなもの。
が、ここで誤解してはいけない。


 だから人生は虚しいとか、つまらないとか言っているのではない。
その逆。
私たちはかぎられた時間の中で、懸命に生きる。
生きながら無数のドラマを残す。
ときに運命にさからい、土俵の間際で足をふんばる。
そこに人が生きる意味があり、価値がある。


 あのトルストイもこう書いている。
『(人間の最高の幸福を手に入れるためには)、ただひたすら進むこと。生きること。愛すること。
信ずること』(『戦争と平和』・第五編四節)と。


 ホーキング博士も同じようなことを書いているのは、たいへん興味深い。
『(重要なことは)、自らの行動の価値を最大化するため努力すべき』と。
わかりやすく言えば、とにかく懸命に生きろ、と。


●『自らの行動の価値』


 ホーキング博士は、「自らの価値」とは言っていない。
「自らの行動の価値」と言っている。
そこがすごい。
「行動の価値」である。


 人はただ生きているだけではない。
何かの行動を繰り返している。
その行動の価値を「最大化するため努力すべき」と。


 反対の例で考えてみると、ホーキング博士の言わんとしている意味がよくわかる。


 たとえば近所にこんな老人(80歳くらい)がいる。
彼は毎日時刻表に沿って、生活をしている。
恐ろしく時刻に正確な人で、近所の人たちは、みなこう言っている。
「あの人の姿を見ると、時刻がわかります」と。


最近は少し元気がなくなってきたようだが、一日中、裏の畑の世話をしている。
家の横には、花木も10本近く、ある。
が、訪れる人もいない。
その季節になると、花木は美しい花を満開させる。
もちろん、それを見る人はいない。


 で、考える。
「彼の行動に価値はあるかないか」と。
答は、「NO!」。


 その老人の生き方の中で、何が欠けているかといえば、「価値を高める」という
努力である。
平たく言えば、自分の欲望のおもむくまま、好き勝手なことをしているだけ。


価値の高め方には、いろいろあるだろう。
新種を開発するのもよし、他人を楽しませるのもよし。
絵を描いたり、写真を撮って、それを発表するのもよし。
花の育て方の本を書くのもよし。
それが即、生きる目的ということになる。
私たちがなぜ、ここに生まれ、ここにいるかという答ということになる。


●老後のテーマ


 私たちはこの年齢まで、生きてきた。
「息(いき)てきた」のではなく、「生きてきた」。
が、その中身といえば、「行動してきた」。
その結果、多くのものを失い、同時に多くのものを得てきた。


 が、もう無駄にできるものはない。
失ったものは、しかたない。
過去を振り返り、愚痴を並べても、しかたない。
大切なことは、今、ここにあるものの価値を、最大限高めること。


 時間的価値、健康的価値、人間的価値、そして精神的価値。
そのつど、何が大切で、何がそうでないか。
もっとわかりやすく言えば、何が得で、何が損か。
それをそのつど考えながら、行動する。
それが結果として、行動の価値を高める。


 そこで最後の命題。


 が、「ただ高めるだけでは足りない」。
ホーキング博士は、「最大限」という言葉を使っている。
同時に「努力」という言葉も使っている。
ぐうたらな生活を繰り返していたのでは、行動の価値を高めることはできない。
仏教の言葉を借りるなら、ただひたすら精進(しょうじん)あるのみ。
つまりその(きびしさ)こそが、人生を光り輝くものにする。
またそれにまさる「得」はない。


 ……ということで、久々に、改めて損得論について書いてみた。


 ワイフは、横で寝支度にかかり始めた。
私はボサボサになった髪の毛のうしろを指でかきながら、こう言う。
「どうしようか?」と。
それに答えてワイフは、こう言う。
「明日の朝にしましょう」と。


 時計を見ると、12時を過ぎていた。
風呂に入るのは、「明日の朝」にする。


 窓を開けると、網戸を通って、相変わらずジャスミンの甘い香りが、
部屋の中にサーッと入ってきた。


 少し眠くなった。
疲れた。
では、みなさん、おやすみ!


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 損得論 損とは何か 得とは何か)
2011/05/22


【補記】


 懸命に生きて、その先に何があるか?
それは私にもわからないし、だれにもわからない。
1人の人間の寿命が、1000年に延びてもわからないだろう。
大切なことは、1歩でも2歩でも、あるいは半歩でもよい。
その(何か)に近づくこと。

 
 が、このとき2つの考え方があるのがわかる。
「どうせ何があるかわからないなら、はじめからあきらめ、人生は楽しんだほうが
よい」と考える考え方。
昔、私の知人も、そう言った。


 「林君(=私のこと)、どんなに偉くなっても、人は死ねばおしまいだよ。
首相の名前だって、10年は残らない。だったら、今は、楽しく生きるのが
いい。苦労して首相になっても、意味はないよ」と。


 それから20年近く、彼のその言葉がときどき私の頭の中を横切る。
が、それほど悪魔的な言葉も、そうはない。
生きる力そのものを、後ろへ引く。
後退させる。
「損」を「損」とその人にわからせないまま、つまりだましながら、その人を
後退させる。
だから悪魔的。


 首相にしても、「首相になるかどうか」は、あくまでも結果。
(もちろん首相という地位を求めて首相になる人もいるだろうが……。)
大切なことは、そういうことには構わず、自分の道を進むこと。
だからもし今、その言葉を聞いたら、私はこう言い返すだろう。


 「君は、そういうふうに考えることによって、大きな損をしているのだよ」と。



Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

2011年5月21日土曜日

*Children's Obese and Sleepiness

【National Public Radio(USA)の記事より】

●子どもの睡眠時間と肥満

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Kids who don't get enough sleep face a greater risk of being overweight or obese. But being overweight could also be causing the sleep problems, making it hard for children to stay awake and alert during the day.
じゅうぶんな睡眠時間をとっていない子どもは、肥満あるいは体重超過の危険と直面することになる。また体重超過は、睡眠障害を引き起こす。たとえば日中、眠気に襲われたりする。

Researchers at Pennsylvania State University were looking for risk factors for daytime sleepiness in kids. To their surprise, they found that sleep-disordered breathing, a common problem that can range from snoring all the way up to sleep apnea, wasn't the biggest risk factor.
日中、眠気を催す子どもについて、ペンシルバニア州立大学の研究によれば、驚いたことに、いびきなどの睡眠呼吸障害などは、それほど深刻な問題ではないことがわかった。

Instead, it was obesity, followed by mood disorders like anxiety and depression, and asthma.
そのかわり、不安やうつ(気分の落ち込み)のような、気分障害による肥満や、ぜんそくが原因であることがわかった。

That's a bit of a wake-up call to parents, because sleep-disordered breathing is often cited as a cause of ADHD-like behavior problems in children, based on the notion that a sleepy kid can't pay attention in school.
日中眠気に襲われる子どもは、集中力に欠けるということもあり、睡眠時呼吸障害が、たとえばADHD児の原因として考えられることもある。

The most common treatment: tonsillectomy. A sleep-disordered breathing diagnosis is now the most common reason for tonsillectomy in children.
もっともありふれた治療法としての扁桃腺摘出手術:
睡眠時呼吸障害が診断されると、子どものばあい、扁桃腺摘出手術が、もっともありふれた治療法となっている。

But tonsillectomy isn't without its risks, says sleep specialist Edward Bixler, a professor of psychiatry at the Penn State Milton S. Hershey Medical Center. He's one of the authors of this new study, published in the current issue of Sleep.
しかし扁桃腺摘出手術では、ない。

There's considerable research linking lack of sleep in young children and adults to increased weight.
子どもに限らずおとなも、睡眠不足と体重増加には、有意の関連性がみられる。

For example, infants and toddlers who slept less than 10 hours a night were more likely to become overweight or obese within 5 years, according to a report last fall from researchers at the University of Washington.
たとえばワシントン大学の研究によれば、睡眠時間が10時間以下の幼児は、5年以内に体重増加になりがちであることがわかっている。

Naps don't make up the sleep deficit. Another 2010 study found that teenage boys who stayed up late playing video games or texting were more likely to be overweight or obese. But sleep had little effect on weight for girls.
昼寝をしたからといって、睡眠に悪影響を与えるわけではない。
2010年の研究によれば、夜遅くまで起き、テレビゲームをしたり試験勉強をしている子どもは、体重増加や肥満になる傾向がみられる。
が、女子のばあい、睡眠は、ほんとど体重には影響を与えない。

But quite a few of those studies rely on self-reports of sleep, or reports by parents. They can be subjective. Bixler's group observed the children overnight in a sleep lab.
多くは親からの報告などであったりして、主観的なものである。
そこでBixlerたちは、睡眠研究所で、子どもの観察をした。

They also arranged for extensive medical workups. Of the 508 children ages 5 to 12 years old, 15 percent of them had "excessive daytime sleepiness."
日中眠気を訴える5歳から12歳までの、508人の子どもについて、集中的に観察した。

That was most strongly associated with being overweight or obese. Kids taking asthma meds, those reported to be anxious or depressed by a parent, and those said to have trouble sleeping at night by their parents were also risk factors.
これらの子どもは、かなり体重超過と肥満傾向をともなっていた。
ぜんそくの薬を服用している子どもは、睡眠障害を起こしやすい。
その原因として、両親による不安や抑鬱感、また両親による睡眠障害なども報告されている。

So which comes first, the weight problem or the sleep problem? That's impossible to know from this study, because it didn't look at cause and effect.
それ故に、どちらが先か。
体重問題か、睡眠障害か。
この研究では、どちらが先かということは言えない。
なぜならそれは双方ともに、原因であり、結果であるからである。

But it does suggest that parents might want to first consider weight loss, adjusting asthma meds, and treating a child's mood problems before getting a tonsillectomy.
しかしつぎのことは言える。
子どもの肥満を解決しようとしたら、ぜんそく治療を考え、扁桃腺摘出手術を考える前に、子どもの(心の問題=MOOD)を治療すべきということになる。

"Sleepiness in children I'm sure is a very complicated factor, we're only touching on some of the issues here," Bixler told Shots. "A whole lot of things can influence your sleep. It's an extremely sensitive marker, but it's not very specific." In other words: "It doesn't tell you what the problem is. But it's clearly a red flag."
子どもの眠気は、複雑な要素が重なって引き起こされる。
日常のすべてのことが、睡眠に影響を与える。
眠気は、あくまでも結果。
言い換えると、それが問題というのではなく、それは何らかの病気の赤信号ということになる。


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●The Other Big Deficit: Many Teens Fall Short On Sleep
もうひとつの大きな睡眠問題:10代の多くの子どもは、睡眠不足である。


The typical high school senior gets less than seven hours of sleep on school nights. But teenagers need a great deal more.

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The typical high school senior gets less than seven hours of sleep on school nights. But teenagers need a great deal more.
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May 16, 2011
Most high school students are chronically tired. They juggle school, sports, homework, chores, friends and family.
To meet all of these demands, surveys show, high schoolers usually stay up close to midnight on school nights. And then they have to get up early the next morning, typically around 6 or 6:30 a.m., to get to school on time, as most high schools start classes around 7:30 a.m.
By Friday, most teens are very tired, says Dr. Helene Emsellem, a sleep researcher with George Washington University in Washington, D.C. And then comes the weekend.
Submit Your Sleep Questions
Got questions about teens and sleep? Submit them in the comments section at the bottom of this page by Tuesday at noon EDT. We'll pose some of them to Dr. Helene Emsellem and other sleep experts. Come back to NPR.org on Thursday to read their responses.
"Every parent of a teenager knows that if you try to get them up in the morning on the weekends, they're tired, grouchy, irritable and not the charming individuals that they're capable of being, because they're so exhausted," says Emsellem, a neurologist who also runs the Center for Sleep and Wake Disorders in Chevy Chase, Md.
She says the typical high school senior gets less than seven hours of sleep on school nights. But they need a great deal more.
Growth Spurts Call For Sleep
"Most studies show a fairly consistent 9 1/4 hours sleep requirement," says Emsellem. "So there's a huge gap between what they're getting on an average school night and what they require."
An adolescent's biology bears some of the blame for this sleep problem. As teens progress through puberty, unprecedented growth occurs in body and brain that requires a lot of sleep.
In addition, something else is changing: The very brain chemical that makes one feel sleepy — a hormone called melatonin — is released later and later in the evening as teens get older.
Because of this shift in the onset of melatonin, teenagers don't feel sleepy until later at night, says Stephanie Crowley, a sleep researcher at Rush University Medical Center in Chicago.
"A 16- or 17-year-old might be able to stay awake later compared to a 10-year-old who will likely fall asleep on the couch watching TV," Crowley explains.
Accruing A 'Sleep Debt'
Most studies show a fairly consistent 9 1/4 hours sleep requirement. So there's a huge gap between what they're getting on an average school night and what they require.
- Helene Emsellem, neurologist at George Washington University and medical director of the Center for Sleep and Wake Disorders
When a teen's propensity to fall asleep later is coupled with the early-to-rise school start times, most high school students end up accruing a "sleep debt" of five to 10 hours by the end of a school week.
And teenagers' typical habits on the weekend create even more chaos in their sleep-wake cycle.
"What the majority of adolescents do is they will try to recover their sleep on the weekends," Crowley observes. "And what usually will happen is they'll stay up late to socialize with friends and then sleep in in the morning."
But this sleep-wake pattern makes things worse for the teen, not better, Emsellem says.
"Even if you catch up by sleeping in late on your weekend mornings," she says, "by doing so, it makes it harder for you to fall asleep by 10 or 10:30 on Sunday night. And you start all over again, sleep restricted."
But Emsellem offers some suggestions for the weekends, based on her sleep research in the lab — and her personal experience of raising three daughters.
"As a parent myself, I feel like a criminal if I ask them to get up at 7:30 or 8 in the morning. But I do try to get them up by 9. And I encourage them to get some activity and some light exposure in the morning," she says.
Let There Be Not Much Light At Night
Light, Emsellem says, is a "drug that promotes wakefulness" in the morning, in the same way that darkness can promote sleep at night. In the evening, she recommends dimming and even turning off some lights in the house to minimize light exposure.
The teen should also try to make the transition to sleep time by taking a warm shower or doing some gentle stretching. Emsellem suggests that there be a lights-out time in the teen's bedroom during the school week and that they try to stick with it.
But if the teenager gets into bed and turns out the lights but cannot sleep, Emsellem says, just lying there in bed doing nothing is just as frustrating for the teen as it is for an adult. In that case, electronics can be helpful if used carefully — for example, soothing music or an audio book. But she suggests limiting such sleep aids to 30 minutes.

Making The Case For Sleep
Emsellem wants teenagers to understand what sleep does for them every night.
"I think it's important for teens to recognize that during the day, they're gathering information," she says. "But they're really not learning it till they sleep on it."
Another tip for teens: no caffeine — including chocolate — after midafternoon. Emsellem says caffeine stays in a teen's system for at least six hours.
Experts also recommend naps. Over the weekend, an hour or so can help a teen catch up on sleep. During the school week, naps should be short — 20 to 30 minutes — and are best taken during study hall or a break before midafternoon. Otherwise, they could interfere with nighttime sleep.
Naps can be particularly helpful when teens have a test in the afternoon. "Studies have shown they'll do better on their test with a nap midday," Emsellem says.
There's another advantage to an early afternoon nap: Teens will then have more energy and concentration to power through homework later in the evening.

【以上、National Public Radio(USA)の記事より】

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 子どもの睡眠障害 居眠り 眠気 体重超過 肥満 睡眠と肥満 肥満と睡眠 睡眠障害と喘息 ぜんそく はやし浩司 子供の睡眠 肥満)


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【年長児(大半が5歳児)・数の遊び】

新年長児に、数(1~100)を教えてみました。年長児だから、順に簡単なところから……というような考え方は、おかしいですね。子どもたちのもつ知識欲とエネルギー。そういうことも、このビデオを通して、知っていただければ、うれしいです。5歳という新年長児を、50分前後のレッスンに引きつけておくのは、たいへんなことです。リズミカルに、テンポの速いレッスンに心がけました。大切なことは、子どもたちの頭を「熱くすること」。それがそのまま知能教育につながります。


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(はやし浩司 2011-05-20)

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 年長児 幼児 幼児教室 幼児教育 知恵 知能教室 はやし浩司 知能教育)


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

2011年5月20日金曜日

*13-7=? (Age 5&6)

【新小学1年生に、繰り下がりのある引き算を教えてみる】

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今週は、小学1年生に、繰り下がりのある引き算を
教えてみました。

小学1年生の多くが、つまずく難所です。

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(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 繰り下がりのある引き算 引き算 小学1年生)


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【NPR HEALTH BLOGより】
National Public Radio(USA)


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放射能の測定は、簡単ではない。
場所、測定の仕方、放射線の種類などに
よって、大きく数値が変化する。

多くの市民有志が測定結果を、ネット上に
公開している。
しかしそれが集合され、信頼性のおけるデータと
なるためには、いくつかの関門がある。

市民団体による放射線測定について。
NPRは、私たちにつぎのような注意を
促している。

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Citizen Scientists' Crowdsource Radiation Measurements In Japan

日本の市民科学者有志による放射線測定について



Marcelino Alvarez was getting frustrated and a little paranoid last week as he watched news reports about radiation levels in Japan and plumes drifting across the Pacific.
"There were a lot of talking heads speculating about how this could happen or that could happen," says Alvarez, a Web developer, news friend and allー
around data junkie. "But not a lot of facts."
いろいろな議論がなされ、データが集められているが、「事実」でないものも多い。

Alvarez got an idea: Enlist an army of citizen scientists to buy Geiger counters — they're advertised online for several hundred dollars — and send radiation measurements to a website for posting and continual updating.
ひとつの方法として、ガイガー測定器をより多くの市民科学者に購入させ、それをウェブサイトに送り、そのつど、更新させる。

"We thought there was something noble to the notion of having people purchase their own detection devices and post data," Alvarez says. "The word 'crowdsourced' has been used to describe this."
人々に検知器を購入させることはよいことと思った。
「集団で測定する」ことには意味がある。

By last Saturday the Portland, Ore.-based group launched a website called RDTN.org — "radiation" without the vowels — and began putting up data on a map of Japan. Last we checked there were 100 or so data points from citizen scientists, official Japanese sources, and a data-aggregating site called Pachube.
で、アメリカでそうした測定結果が、ウエブ上に公開された。

Is this a good idea? Or the latest example of garbage in producing garbage out?
There's no question crowdsourcing is a great way of finding out what's going on in real time by aggregating the input of lots of people in Tahrir Square,Tehran or Benghazi. But what about technical data, of the sort measured in sieverts? Might that require some expertise of a kind citizen scientists shouldn't be assumed to have?
みながデータをもちよるということは、ケースによってはよいことだが、しかし放射能測定については、どうか。
測定するにも、ある程度の専門的知識と経験が必要である。

I put the question to a couple of experts in radiation detection and analysis.
Kim Kearfott, a professor of nuclear engineering and radiological science at the University of Michigan, sounded notes of caution. "Radiation detectors sometimes can read very high and sometimes very low," she told Shots. "It depends on the proper calibration. The device should be calibrated to the type of radiation energy it's going to be exposed to."
で、何人かの専門家に聞いてみた。
結果、放射能測定値というのは、測定の仕方によって、高く表示されたり、低く表示される。
また放射線の種類によっても、測定値は違ってくる。

In addition, there's a lot of variation in background radiation in the environment, influenced by such things as altitude, rock outcroppings or mining operations, even nearby hospitals that do radionuclide testing.
測定する高さ、岩盤のあるなし、あるいは近くに病院があるかないかなどによっても、影響を受ける。

"Perhaps most importantly," Kearfott says, "radiation detectors can become contaminated. If they do, they will give you very, very high spurious readings."
Keafott's all for "as much monitoring as possible," she told us. "But one must interpret the radiation reports on RDTN.org rather skeptically."
そうした測定値だけを集めて、公表すると、まちがった情報を広めてしまうことになる。

The other expert is Evan Douple, associate research director of the Radiation Effects Research Foundation in Hiroshima, which has been monitoring the health of atom bomb survivors for six decades. He agrees that calibration of off-the-shelf radiation detectors is "a big factor" in getting meaningful data.
放射線の測定値は、とくに岩礁、岩盤の影響を受けやすい。

"On the other hand," Douple says, "if the network becomes widespread, it could provide indications of hot spots or potential plumes or interesting activities. So it could be interesting, depending on how it's analyzed."
ネットワークが広がれば、「ホット・スポット」がどこにあるかはわかるだろう。
要は、分析の問題ということになる。

So far RDTN.org hasn't turned up any hot spots. But the network is still small. Expanding it quickly may be a problem, as Alvarez, the mastermind, acknowledges. There's been a run on handheld radiation detectors, so they're not so easy to get — even if lots of people could be persuaded to shell out a few hundred dollars to join the team.
今のところネットワークは小さく、ホットスポットがどこにあるかわかっていない。
仮により多くの人が、放射線探知機をもったとしても、簡単なことではない。

"If we could get these devices cheaper and more dependable, it could be a network for radiation detection," Alvarez says. "We're nowhere near that level of sophistication. It most certainly is a work in progress and it's still too early to assess it."
今のところ「進行中」。
検知器が安価になり、より広がればネットワークでつながれ、集められたデータは、信頼性のおけるものとなるだろう。
今のところ、それを公表するのは、まだ時期尚早ということになる。
(以上、NPR Health Blog より)

2011年5月19日木曜日

*Accident in Hamaoka Nuclear Power Plant

【日本人と思考力】

●冷却装置の穴

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浜岡原子炉(静岡県御前崎市)の原子炉が
停止された。
とたん、トラブル発生!

原子炉の冷却水に、塩水が400トンも
逆流したという。
中日新聞はつぎのように伝える。

『……中電によると、トラブルが確認されたのは14日午後4時半ごろ。
復水器内には、 海水が流れている配管が通り、蒸気を冷やす仕組みだが、
この配管が破損し、海水400トンが復水器内に流れた可能性が高い。
流入経路が逆で、復水器から海水の管に水が流れ込めば、放射線物質に
汚染された水が、外部に流れ出すことになる。

(中略)

山口彰・大阪大教授(原子炉工学)は「復水器内は、構造的に腐食や亀裂は
起こり得る」と 指摘する。
師岡慎一・早稲田大特任教授(原子炉熱流動)は「海水の流入で圧力容器の
腐食が心配される。
これまで400トンもの流入は事例が無く、あってはいけないトラブル」と
問題視する。

NPO法人原子力資料情報室の伴英幸共同代表は「電力会社の公表は常に遅いが、
今回は特別な状況下。すぐに出すべきだった」と批判。
「緊急停止ならともかく、通常の 停止作業で400トンもの海水がいきなり
流れ出る穴が開くか。もっと前から漏れ出て いたのではないか」と推測する』と。

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●冷却装置

 原子炉で蒸気を発生する。
その蒸気で、タービンを回して発電する。
その蒸気を再び、「復水器」で冷やして、水に戻す。
その水を原子炉に戻す。
その原子炉で、蒸気を発生する。

 チャート化すると、つぎのようになる。

(原子炉で蒸気を発生)→(タービンを回す)→(復水器で蒸気を冷やして
蒸気を水に戻す)→(水を原子炉に戻す)→……。

  基本的には、原子力発電所というのは、そういう構造になっている。
その「冷やすとき」に、海水を使って冷却装置を使う。
今回の事故は、その復水器の中の冷却装置の中で起きた。

構造は簡単なものらしい。
何かの液体の冷却が必要な工場なら、たいていどこでも使っている。
近くのメッキ工場でも使っている。

 電話をかけて構造を聞くと、こう話してくれた。

 「薄い金属製の板で間を仕切り、交互に、冷却水と熱水を通過させる」と。

 私が「塩水が冷却水に入ったということは、どういうふうに考えたらいいのですか」と
聞くと、「仕切り板に穴があいていたのですよ」と。

 これに対して、中部電力側は、『復水器内は真空状態で、配管内の圧力
が高いため、復水器内との圧力差で配管側に流入する可能性はない』(中日新聞)
と答えている。

●疑問?

 疑問がいくつかある。

(1)穴はいつあいたのか?
(2)復水器は真空状態という。真空状態というのは、いつのことか?
(3)穴から、放射性物質を含んだ汚染水が、漏れた形跡はないのか?

 原発が稼働中に、復水器が「真空状態になる」ことは、ありえない。
高圧力をもった蒸気でタービンを回す。
その蒸気が復水器に送られる。

 が、原発は停止状態になった。
復水器にたまった蒸気は水になり、圧力はさがる。
真空ではないが、「真空状態」になる。
それは私のような素人にもわかる。

が、もしそうなら、原子炉圧力容器内の冷却水も同時に逆流するはず。
が、「真空状態だった」(中電)という。
真空状態になったとするなら、どこかで原子炉から送られてくる水蒸気を、
遮断しなければならない。
が、遮断したら、今度は原子炉圧力容器そのものが、超高圧となってしまう。
ばあいによっては、爆発してしまう。
ご存知のように、停止したからといって、原子炉の温度が急激にさがるという
わけではない。
それこそ20~30年という長い時間が必要。

 中電側は、『復水器内は真空状態で、配管内の圧力が高いため、復水器内との
圧力差で配管側に流入する可能性はない』(中日新聞)と答えている。

 ……となると、「穴」は、停止と同時にあいたことになる。
(実際には、「遮断」と同時にあいたことになる。)
可能性としては、ないわけではない。

が、これに対して、NPO法人原子力資料情報室の伴英幸共同代表は、
「緊急停止ならともかく、通常の 停止作業で400トンもの海水がいきなり
流れ出る穴が開くか。もっと前から漏れ出て いたのではないか」と推測している。

 つまり通常の停止状態で、いきなり400トンも海水が逆流するような
穴は、あかない(?)、と。

●思考力

 原発事故は、まさに思考力との闘い。
私たちの思考力そのものが、今、試されている。
新聞の記事を、何度も読みなおす。
そのつど、考える。

 が、「事実」はどうなのか、今の段階では、よくわからない。
穴は、いつあいたのか。
停止前からあいていたのか。
それとも停止後にあいたのか。
「放射性物質は観測されていない」(中電)ということであれば、かなり
希望的な推測だが、「穴は停止後にあいたことになる」。

 が、本当にそう考えてよいのか。
現状をみるかぎり、電力会社の言うことは、どうもアテにならない。
ウソは言わないが、本当のことも言わない。
ひょっとしたら穴は、ずいぶん前からあいていたのではないか。
それが停止と同時に、爆発的に拡大した。
もしそうだとするなら、放射性物質は、海水とともに、海に漏れ出ていた
ことになる。
が、中電側は、それを否定する。

 謎は深まる。

●黒潮

 御前崎市・浜岡原子炉のある遠州灘では、南からの黒潮が南から北に流れている。
もし汚水がたれ流されていたとすると、その汚水は黒潮にのり、駿河湾全体に
流れ込み、そのあと伊豆半島を回り、東京湾へ。
静岡市は、その駿河湾に面している。

 が、ここまで書いて、もうひとつの疑問が解けた(?)。

 毎日中日新聞には、その前日の放射能測定値(文科省調査)が載っている。
それによれば、日によって、静岡県(静岡市)の測定値が、東京都のそれよりも
高いときがある。
毎日……というわけではないが、「どうして?」と思うことが多い。
その理由のひとつが、ひょっとしたら、浜岡原子炉にあるのではないか。
これはあくまでも私の憶測だが、浜岡原子炉からの汚水が、静岡県の測定値を
高くしている(?)。
その可能性は、ないとは言えない。

静岡県も、文科省や中電の発表だけを信用するのではなく、独自に調査を
したらよい。
ついでに、おかしなことに、本当におかしなことに、テレビ局も新聞社も、
この問題については、あまり触れたがらないようにも見える。
本来なら事実の追及を先頭に立ってすべきマスコミが、どうしてこうまで
消極的なのか?

 御前崎市にしても、そうだ。
交付金の減額のことばかり、心配している。
私にはそう見える。

 放射線測定器にしても、10万円前後で手に入る。
その気になれば、簡単に調べられる。
どうして独自に調べて、公表しないのか?

 ちなみに焼津市焼津での放射線測定値は、0・051(5月13日、地上100センチ
で測定by放射線・原子力教育関係者有志による全国環境放射線モニタリング)。
文科省の公表した数値は、0・04(静岡市、5月13日、環境放射能水準調査)。

 ……ということで、今ほど、私たち日本人の思考力が試されている時期はない。
大本営発表だけを鵜呑みにし、それを信じてよいのか。
もしそうなら、私たち日本人は、戦時中の日本人と何も違わないことになる。

 中部電力側は、「詳しく調べて、事故の調査結果を詳しく報告する」と述べている。
それをみて、このつづきを書いてみたい。

2011/05/19


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司